はからずも
「おじさん、あーん」
差し出されたものに、桐生は素直に口を開けることはしなかった。
町角の、小さな喫茶店。二人は買い物ついでに、ちょっとお茶でも…とやってきたのだが。
「遥、俺にそれはないだろう?」
細長いパフェ用スプーンにすくわれた、甘い甘い生クリーム。その上には大きな苺がのっている。遥が注文したパフェの天辺にのっていたものだ。
女の子が天辺の苺を差し出すという行為。
その意味を四十に近い男が理解するはずもなく。
「甘いものは苦手なんだ」
お前が食べろ。そう言ってにこりと笑った。
もちろん意図をまったく汲み取ってくれない桐生に遥は頬を膨らませるが、極道上がりに理解しろというほうが無理だ。
それに、おとなしく『あーん』とやらをやる桐生は気持ち悪い。
遥も想像して諦めた。
「ねぇ、スーパーのタイムサービスまで、まだ時間あるよね」
「そうだな」
最近主婦じみてきたな…と桐生は微妙な気持ちだ。
子供らしく何も考えないでいいのに、家事の苦手な桐生の為に学校へ行きながら家事全般を担ってくれている。
人間的な生活をおくれているのも、遥があってのことだ。
「じゃあさ、ゲームセンターに寄ってもいい?」
「ああ、いいぞ」
「やったー!プリクラ撮ろうね!」
「…あれは苦手だ」
「駄目だよ。友達におじさんとのプリクラを見せるって約束したんだから」
仕方ない…桐生は黙って頷く。
遥は嬉しそうに笑うと、ジャンボパフェを掻き込み始める。
急がなくても桐生は待っててくれるのだが…直ぐに行きたい遥は猛スピードで器を空にして一息つく。
それを微笑ましく見ていた桐生は不意に手を伸ばし…
「付いてるぞ」
ひょい、と頬に付いていたクリームをすくいとり口に入れた。
甘さに顔をしかめる桐生に、事の重大さに真っ赤になる遥。
「さ、行くか」
何もわかっていない桐生はジャケットを肩にかけ、席を立つ。
遥の顔の熱りは、プリクラを撮るまでにとれるだろうか。
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