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「狂気」

 近江との一件以来、寄り付かなかった神室町に桐生は再び立っていた。
といっても、特に何か事件があったわけではなく、電話では伝えきれない事務連絡程度のものだ。わざわざ今住む町に東城会の人間を
出向かせるのは申し訳なかったし、本部に出向くとなると、一応四代目だった手前なにかとわずらわしい事も多い。となれば東城会の
人間も多く、旧知の人間も多い神室町がこういったことには丁度よかった。
「遥、ちょっと行ってくる。その辺でぶらぶらしててくれるか」
桐生の傍らには遥が微笑んでいる。彼女は特に不満を漏らすことなく、素直に頷いた。
「うん、後でね!」
その返事に安心して桐生は東城会の事務所に向かった。残された遥は、久しぶりの神室町を見回しながらゆっくり歩き出した。

 神室町はたった数日来ないだけでも風景が変わる。飲み屋だった場所が風俗店になり、廃墟だった空間がコンビニにもなる。その
めまぐるしい変化を、遥は間違い探しのように発見しては笑い、そして残念がった。
「この裏は……まだ空き地なのかな」
神室町では、建物同士の都合上ぽっかりと空いた空間がいくつかある。ビルを建てるには狭すぎて、家を建てるには広すぎる空間。
とはいえ、このような治安も悪い街に家を建てる人間はまずいない。自然、その空き地は空き地のままとなってしまうのだ。
 遥はそういった空き地の中のひとつを、そろりと覗いた。そこは薄暗く湿っていて、昼間のためかガラの悪い人間さえ見かけない。
なんとなくそのまま足を進める。周囲にはひびのはいったポリバケツや紙くずが散乱していた。その退廃した闇を見ているだけで、
気分が滅入る。そろそろ出ようと思った時だった。
「誰や」
空間の最奥で声がした。遥はひどく驚き、薄闇に目を凝らす。と、その時奥で何かが閃いた。
「え……?」
次の瞬間、何かが自分の頭上をかすめた。それは背後にあったコンクリートの壁に当たり、地面に転がっていく。
それを見たとき、遥は凍りついた。これは、ドスと呼ばれる刃物ではないか。壁を見るとドスが当たった跡が残っていた。彼女が小さ
かったため当たらなかったが、もし大人が立っていたら間違いなく命を落としていたであろう場所だ。
 状況を掴みきれずにいると、奥で舌打ちが聞こえる。
「外れたんか……方向は間違いなかったんやけどな」
その声となまりに、遥は思い当たる人物がいた。しかし、今のようなことをいきなり行う人間だっただろうか。遥は思い切ってその人物の
名を呼んだ。
「真島の…おじさん?」
「その声は、遥ちゃんか……?あかん、ここにいたら危ないで」
「どうしたの?何かあったの?」
声のする方を見つめると、奥で真島の影が見える。影の形から見るに、彼は座り込んでいるようだ。そして、そこからはむせ返るような
血の臭いがした。遥は息をのむ。
「怪我してるの?おじさん!」
駆け寄ろうとした瞬間、真島の怒声が響いた。
「来たらあかん!」
威圧感に満ちた声に、遥は足を止める。しかし、この雰囲気は尋常ではない。
「なんで?手当てしないと駄目だよ。すごい血の臭いがしてるよ」
「今近寄ったら、いくら遥ちゃんでも殺すで……」
彼女は立ち竦んだ。今の真島は普通じゃない。これが殺気というのだろうか、彼がそう言うのだから彼女がこれ以上近づけば確実に
殺されるのだろう。真島は乱れた呼吸を整えつつ、言葉を続ける。
「悪いな。ワシ、今遥ちゃんが一人かどうかなのかもわかれへんねや。だから、ほっといたって」
わからない?遥は困惑しつつ彼に声をかけ続ける。
「そんなわけにいかないよ!私が駄目なら誰か呼んでくるから、言って?」
真島は沈黙する。わずかな時間だったが、遥にはとても長く感じられた。
「なら……桐生ちゃん呼べるか?」
「うん!今呼んで来るから待ってて!」
遥はその言葉を聞くなり踵を返した。早くこのことを知らせなければ。
幸いにも桐生は事務所でつかまえることが出来た。息せき切って駆け込んできた遥を桐生は驚いて見ている。
彼女は彼の手を引き、悲鳴のような声で叫んだ。
「おじさん来て!真島のおじさんが大変なの!」

 桐生は、遥に案内され空き地に急いだ。確かに、血の臭いがすごい。彼は遥を外に待たせ奥へと進んだ。
「兄さん!桐生です!」
「ああ……桐生ちゃんか」
確かに真島の声だ。桐生は注意深く奥へ進み、ようやく視界に真島をとらえた。聞いていたのとは違い、彼は壁にもたれて俯いている。
「どうしたんですか、何が……」
手を伸ばそうとした瞬間、真島が動いた。桐生が異様な雰囲気に気付き身を引くが、風を切る音と共に袖口が裂ける。よく見ると彼の
手にはドスが握られていた。真島は注意深く、気配を探るように桐生と距離をとる。
「桐生ちゃん、一人か」
「……一人です。わからないんですか?」
「見えへん。まあええわ……確かに一人みたいやし。ここは信じたるわ……」
その瞬間、真島は桐生に倒れこむ。そのまま意識を失った真島を桐生は何度も呼んだ。
「おい兄さん!兄さん!遥、先に病院行ってこのことを話してくれ!」




「あっはっはっは!手間かけさせて悪かったな~桐生ちゃん。遥ちゃんももう少しで殺すところだったわ。許したってな!」
数時間後、真島は豪快に笑っていた。先ほどの彼とはうってかわってどこから見ても元気いっぱいだ。
横で桐生が呆れたように溜息をつき、遥は困ったように笑いつつ差し入れのりんごをむいた。
「確かに急所付近撃たれてましたけど、わずかにそれてましたし。体に付いた血は相手のものがほとんど。悪運が強いというか
 なんというか……」
「そうそう、それや。ま、ワシやからできたワザっちゅうこっちゃ!あ、遥ちゃんおおきに!」
遥のむいたりんごをほおばり、真島は胸を張る。桐生は肩をすくめた
「それはそうと、一体なにがあったんです?」
「あー、どこの組のもんか知らんけど、ワシの命取る言うてな、あいつら突然撃ってきよってん。あいたー、思たらアホが間髪いれずに
 催涙スプレーかけよってからに…それで視界ゼロや。しゃーないから、かかってくる奴らみんな叩きのめしてあそこまで逃げたんやけど
 何人いるかわかれへんよってな。まあ、あの場所の狭さやったら囲まれることもないし、正面から向かってくる人間だけ殺せばいい話
 やろ。今思うと、ハジキ使われたらおしまいやけどな!」
何がおかしいのか、真島は再び豪快に笑う。命を狙われた割にけろっとしているのは、彼の性格だろうか。
「それで私が一人かどうかわからなかったんだね?」
遥が納得しつつ尋ねると、彼は腕を組み真面目な顔で頷いた。
「せや。いくらワシでも気配は感じても、奴らが離れたところにいてたら人数まではわからん。もしかしたら遥ちゃんが誰かの指示で
 来てるかもしれへんし。あのまま近づいてたら桐生ちゃんにしたみたいに切りかかってたで」
「あれは正直驚きましたよ。避けられなかったらどうするつもりです」
桐生が抗議するが、真島は乱暴に彼の肩を叩いて笑った。
「えーやん、桐生ちゃんなら避けられると思たから呼んだんやんか!ワシも桐生ちゃんが突然距離詰めるから驚いてしまってな~
 つい体が動いてもたわ。すまんすまん!」
あっけらかんとした真島の言葉に、桐生と遥は顔を見合わせ苦笑する。
「とにかく、命に別状がなくてよかったですよ。兄さん」
「おうよ、ワシは不死身や」
冗談に聞こえないのが彼のすごいところだ。遥は元気そうな真島をほっとしたように眺め、ふと先ほどの彼を思い出していた。
 あの時の真島は、野生の獣のようだった。桐生と戦っている時とも違う、無論普段の彼とも違う。誰も寄せ付けない手負いの獣。
慣れているはずの自分ですら、彼のただならぬ雰囲気に竦んだ。恐ろしい人だと思う。これが「狂気」と評される所以なのか。
どれが本当の真島なのかわからない。桐生でさえ読めないと言ったのだから、自分にわかるはずがないのだけれど。
 遥は目の前で笑う真島を改めて不思議そうに眺めた。真島は肩をならすと寝台から下りようとする。
「というわけで、ワシ自主退院するわ。桐生ちゃん飲み行こ!」
「兄さん、無理です。一応撃たれてるんですから」
「大丈夫やって。ワシこう見えても超合金でできてんねんで」
「超合金でも駄目です」
「冷たいなあ、遥ちゃん、なんとか言ってやって」
「真島のおじさんは、ロボットだったの?」
「今つっこむんかい、遥ちゃん……しかも微妙にズレとる」
「とにかく、安静にしてください。俺も遥も、もう少しだけここにいますから」
真島はその言葉に満足したようだ。言われた通り寝台に戻り、嬉しそうに笑った。
長くなりそうだ、と桐生は溜息をつくが遥と目が合わせ安心したように表情を和らげる。
遥もまた桐生と笑いあい、真島の無事を心から嬉しく思っていた。

-終-
(2006・12・28)
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