「ワシは桐生ちゃんのこと、好きやで」
目の前の真島は煙草の紫煙を目で追いながらなんてこともないように切り出した。
今日がエイプリルフールということも、しかしその言葉が嘘ではないことも桐生は分かっていた。
自分は試されているのかもしれないと桐生は思う。
しかし今日なら自分の言葉は全て嘘だったとごまかせる。
非生産的で背徳の。恋愛なんて甘い響きに似ているけれど、ただそれだけではなくて衝動的な破壊欲や征服欲を含んでいる。本能的なだけに危険なのだと、やはり本能が訴えている。
桐生はこのまま流されたらば真島の虜になることが目に見えているからこそ、嘘を吐かなくてはならないのだと言い聞かせる。
今日だけ。
今日だけは素直になって、そして嘘だと言ってしまえばいい。
嘘をつくの日に嘘だと嘘をつく。
苦しくてもこの先自分達に明るい未来なんてものが人並みにあるとは言えなかった。
「…俺も好きです。いや、好きというよりなくてはならない存在です」
それは欠けてしまった自分のような。求めずにはいられない存在。
「ほんま?」
「ええ」
「嬉しいなぁ」
真島が実に嬉しそうな表情を見せたものだから、桐生は胸が痛む。子供のようなこの笑顔を曇らせてしまう。
人を苦しませるような嘘はつきたくなかったが。これが最後の嘘であればいい。
「やったらワシら両想いやんなぁ。ほんま、嬉しい。桐生ちゃんからそないな殺し文句言われる日が来るとは思わんかったなあ」
目を細めて呟くその姿に狂犬の牙はない。
長引けば長引くほど辛いから、と桐生は切り出した。
「…兄さん、今日が何の日か忘れたんですか?」
桐生の言葉に真島は首を傾げた。
「嘘に・・・決まっているでしょう」
自分は上手に嘘を吐けただろうか。桐生は思う。
声がわずか震えていた。
真島は気付いただろうか。
気付いてくれたらいい。
気付かなければいい。
さまざまな気持ちが入り交じって心の中に重く沈んでいく。
桐生は真島の顔を見ることができなかった。ほんの少しの沈黙。しかし、桐生にはひどく長い時間に感じられるのだった。
「アホやなあ、桐生ちゃん」
桐生が顔を向ければ真島はへらへらと正体不明の笑みを浮かべていた。
「エイプリルフールは昨日やで」
「え?」
指し示された時計はすでに12時を超えていた。
「さっきの言葉、嘘やないんやろ」
そう言われた瞬間桐生は耳まで赤くなる。
「桐生ちゃん」
「…」
「おおきに」
何に対しての礼かは分からなかったが、抱き寄せてくれた真島の手と言葉がいつもよりずっと優しかったので、桐生は黙って目を閉じた。
本当に、大切に想っています。
変なところだけ妙に勘の鋭い真島のことだ。
きっと分かっていたのだろう。それに分かっていなくてもいい。桐生は難しく考えすぎてしまったことを心の中で笑った。
「あんな、5分だけ進ませておいたんや」
「は?」
「時計や時計」
「ってことは…」
「せや、さっきの桐生ちゃんの愛の告白はまだエイプリルフール中やったってことやな」
「何でアンタは…」
呆れるばかりで桐生は言葉もなく、自分の迂闊さを呪った。
「桐生ちゃんはそうでもして追いつめんとほんとのこと言うてくれへんやんか。それにワシも嘘ついとかなな。エイプリルフールやし」
あんたはいつだって嘘をついてるじゃないかという言葉を桐生はなんとか飲み込む。
「じゃ…さっきの取り消します」
「もう無理や。桐生ちゃんの気持ちは受け取ってしまったからな」
真島は実に憎たらしい表情をして笑った。
「それに…エイプリルフールの日かて別にほんまのこと言うてもええん違うの?」
「ま、そうですけど」
「なら、別にかまへんやろ?」
ああ、本当に。
敵わないのだ。
嘘をついたって、ほんとのことを言ったって結局敵わないのだ。
桐生は観念して、真島の言葉に騙されるために身をゆだねた。
目の前の真島は煙草の紫煙を目で追いながらなんてこともないように切り出した。
今日がエイプリルフールということも、しかしその言葉が嘘ではないことも桐生は分かっていた。
自分は試されているのかもしれないと桐生は思う。
しかし今日なら自分の言葉は全て嘘だったとごまかせる。
非生産的で背徳の。恋愛なんて甘い響きに似ているけれど、ただそれだけではなくて衝動的な破壊欲や征服欲を含んでいる。本能的なだけに危険なのだと、やはり本能が訴えている。
桐生はこのまま流されたらば真島の虜になることが目に見えているからこそ、嘘を吐かなくてはならないのだと言い聞かせる。
今日だけ。
今日だけは素直になって、そして嘘だと言ってしまえばいい。
嘘をつくの日に嘘だと嘘をつく。
苦しくてもこの先自分達に明るい未来なんてものが人並みにあるとは言えなかった。
「…俺も好きです。いや、好きというよりなくてはならない存在です」
それは欠けてしまった自分のような。求めずにはいられない存在。
「ほんま?」
「ええ」
「嬉しいなぁ」
真島が実に嬉しそうな表情を見せたものだから、桐生は胸が痛む。子供のようなこの笑顔を曇らせてしまう。
人を苦しませるような嘘はつきたくなかったが。これが最後の嘘であればいい。
「やったらワシら両想いやんなぁ。ほんま、嬉しい。桐生ちゃんからそないな殺し文句言われる日が来るとは思わんかったなあ」
目を細めて呟くその姿に狂犬の牙はない。
長引けば長引くほど辛いから、と桐生は切り出した。
「…兄さん、今日が何の日か忘れたんですか?」
桐生の言葉に真島は首を傾げた。
「嘘に・・・決まっているでしょう」
自分は上手に嘘を吐けただろうか。桐生は思う。
声がわずか震えていた。
真島は気付いただろうか。
気付いてくれたらいい。
気付かなければいい。
さまざまな気持ちが入り交じって心の中に重く沈んでいく。
桐生は真島の顔を見ることができなかった。ほんの少しの沈黙。しかし、桐生にはひどく長い時間に感じられるのだった。
「アホやなあ、桐生ちゃん」
桐生が顔を向ければ真島はへらへらと正体不明の笑みを浮かべていた。
「エイプリルフールは昨日やで」
「え?」
指し示された時計はすでに12時を超えていた。
「さっきの言葉、嘘やないんやろ」
そう言われた瞬間桐生は耳まで赤くなる。
「桐生ちゃん」
「…」
「おおきに」
何に対しての礼かは分からなかったが、抱き寄せてくれた真島の手と言葉がいつもよりずっと優しかったので、桐生は黙って目を閉じた。
本当に、大切に想っています。
変なところだけ妙に勘の鋭い真島のことだ。
きっと分かっていたのだろう。それに分かっていなくてもいい。桐生は難しく考えすぎてしまったことを心の中で笑った。
「あんな、5分だけ進ませておいたんや」
「は?」
「時計や時計」
「ってことは…」
「せや、さっきの桐生ちゃんの愛の告白はまだエイプリルフール中やったってことやな」
「何でアンタは…」
呆れるばかりで桐生は言葉もなく、自分の迂闊さを呪った。
「桐生ちゃんはそうでもして追いつめんとほんとのこと言うてくれへんやんか。それにワシも嘘ついとかなな。エイプリルフールやし」
あんたはいつだって嘘をついてるじゃないかという言葉を桐生はなんとか飲み込む。
「じゃ…さっきの取り消します」
「もう無理や。桐生ちゃんの気持ちは受け取ってしまったからな」
真島は実に憎たらしい表情をして笑った。
「それに…エイプリルフールの日かて別にほんまのこと言うてもええん違うの?」
「ま、そうですけど」
「なら、別にかまへんやろ?」
ああ、本当に。
敵わないのだ。
嘘をついたって、ほんとのことを言ったって結局敵わないのだ。
桐生は観念して、真島の言葉に騙されるために身をゆだねた。
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