うっとりと、惚けた言葉が耳に届く。
「相変わらず、えぇ背中しとる」
「・・・」
「好きやわァ。お前の背中」
愛しさを込めたて掌で、じっとりと撫でる行為がむず痒い。心が無性に、ざわめく。
「・・この背中、本当に好きなのか?」
「・・・?」
「アンタが好きなのは、刺青彫る前の。背中じゃないのか?」
龍が刻まれる前の背中を撫でてくれた感触は、今でも忘れない。戻れるなら戻りたい、そう思わせるほど狂いに狂った、あの時間。
「・・どうやろな。桐生ちゃんはどう言ってほしい?」
「俺に・・・聞くのか?それを」
「桐生ちゃんが望む答え、言ってあげたいからな」
相変わらずだ、いつまで経っても。確信的な言葉は出ない、男の腹の底が見えない。十年経ってもまた十年経っても恐らく、この男から真の言葉が聞こえることはないのだろう。歯がゆくて、悔しくて、そして安心する。
「・・・・」
「アンタ、本当に酷い人間だな」
(知ってるくせに。今を愛してと言いたいこの気持ちを)
過去は戻らないから輝いて、美化されて。
その過去を貴方が好きといったら、今の自分はどうしたらいいの。
「好きにいい。お前の望む俺でおったるから」
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