忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[204]  [203]  [202]  [201]  [200]  [199]  [198]  [197]  [196]  [195]  [194
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

bbb

「あなたが教えてくれたこと」

「こんにちは。伊達のおじさん、沙耶お姉ちゃん、いる?」
週末の昼下がり、伊達のアパートに遥が顔を覗かせた。家族ぐるみで仲の良い遥にとって、こういったことは珍しくない。
しかし、いつも桐生といるのに、今日は珍しく一人だ。伊達はすまなそうに遥を迎えた。
「ああ、悪いな遥。沙耶は今日出かけちまってるんだ。俺でよかったら話にのるぞ」
遥は少し考え、それじゃ、と部屋に入って行った。
「今日は何の用だ?お前も桐生も元気でやってんのか」
伊達は遥のためにジュースをコップに注ぎながら尋ねる。遥は元気よく頷いた。
「うん、おじさんも私も元気だよ!あのね、今日は教えてもらいに来たの」
教える?彼は遥の前にコップを置き、首をかしげた。遥はおもむろに手提げ鞄の中から本やノートを出す。
「宿題で、わかんないところがあったの。休みになる前に先生に聞いておくの忘れちゃって」
「宿題?……教科は」
話を聞くなり、伊達は困ったような顔をする。遥は伊達の顔色をうかがいつつ、答えた。
「……算数」
更に伊達の顔が曇る。見せてみろ、と彼女の教科書を開いた。遥の指し示した問題をしばらく眺めていたが、やがて大きく溜息をついた。
「桐生に聞いてみたか?」
「おじさん、数字嫌いなんだって。これも一生懸命解いてくれようとしたんだけど、頭が痛くなるって…」
わかる気がする。伊達は頭をかいた。桐生はこういった勉強は苦手な方だろう。伊達は悩む。解くにはどうしたらいいのか、だいたいなら
わかる。ただ、教えるとなると話は別だ。人に説明するのが彼にとっては大の苦手だ。
「わからねえわけじゃないんだが……説明しにくいな」
「おじさんも?」
「まぁ、ちょっと待ってくれ。もう少し考えてみる……」
その時、部屋の呼び鈴が押された。今日は千客万来だな、伊達は呟き玄関に向かった。
「誰だ?」
「伊達さん、須藤です。お久しぶりです」
「須藤?」
伊達は鍵をはずし、扉を開いた。須藤はいつものように仕立てのいいシングルのスーツを着、微笑みながら会釈した。右手には
洋菓子の箱が提げられている。彼は箱を差し出しつつ、伊達に告げた。
「ヒルズ爆破未遂事件の事後報告に来ました。それと、これは娘さんに」
「おう、忙しいのにわざわざ悪かったな」
須藤は、伊達の他に人の気配を感じたのか、申し訳なさそうに告げた。
「来客中でしたか。すみません」
ああ、と伊達は笑顔を浮かべて手を振った。
「気にしなくていい。急に遥が来てな……ん、そういえば」
ふと何かを思い立ったように押し黙る伊達を、須藤は怪訝な面持ちで見つめる。伊達はふいに須藤を見返すと、彼の両肩を掴んだ。
「須藤、お前算数得意か!?」
「……は?」


須藤は先ほどからおかしそうに笑っている。その横で伊達はふてくされたようにそっぽを向いていた。
「伊達さん、これ小学生の算数ですよ」
「うるせえな、教えるのは苦手なんだよ」
伊達の頼みで須藤は遥に宿題を教えていた。彼の説明は明快でわかりやすい。遥は時折質問しながら、問題を解いていく。
この調子だと、今日で全部終わりそうだ。
「しかし、あれだな。ゆとり教育とか言ってるが、今時の子供は結構難しいことやってんだな」
感心したように伊達が教科書を眺める。遥は手を止め、小さく笑った。
「おじさんも、勉強しなきゃね」
「俺はもういいよ。どうもデスクワークってのは性に合わねえ」
須藤は溜息をつき、そっと眼鏡を押し上げた。
「そうですね。昔もそんなことおっしゃって自分にばかり調書を書かせましたね」
ちらりと恨みがましく視線を送られ、伊達は目を丸くした。昔のことなど、今の今まで忘れていたようだ。
「そ、そうか?でも、仕方ねえだろ、調書作成は新人の仕事なんだから」
伊達が取り繕うのをものともせず、須藤は冷静にたたみかけた。
「諸申請、日報、あなたの始末書まで新人の仕事ですか」
ついに言葉に詰まる伊達を見て、遥は思わずふきだした。先輩後輩のはずなのに、今の二人は立場が全く逆だ。
「おじさんの負け。須藤さんの勝ち!」
「遥まで……ああ、わかった。わかったよ。俺が悪かった!」
伊達は観念したように声を上げる。その様を眺め、須藤は遥と顔を見合わせ、笑いあった。


 外は陽が傾き、道路も渋滞しているところが増え始めた。そうはいっても、特に苛々させられるほどではない。遥は須藤の運転する
車の中で、小さく頭を下げた。
「わざわざ送ってくれてありがとうございます」
須藤はちらりと遥を眺め、小さく笑った。
「構わないですよ。暗くなる時に子供を一人歩きさせるのは不安ですからね」
あれから宿題は早々に済んだのだが、途中で沙耶が帰宅し遥は更に引き止められた。姉妹のような関係の二人は、思った以上に
話に花が咲いたらしい、すっかり遅くなってしまった。時間に気付いた遥が夕食の誘いも断り、急いで帰宅しようとした時、声をかけた
のが須藤だった。伊達のすすめもあり、遥は須藤に送ってもらうことにした。
遥は申し訳なさそうに呟く。
「でも、伊達のおじさんにご用があったんじゃ」
「大丈夫ですよ、ちゃんと話はできましたから。それに、あなたを一人で帰したら逆に伊達さんに叱られます」
須藤の言葉に、遥はもう一度礼を言った。彼はそれに答えるように小さく手を上げる。やがて信号が変わり、車が動き出した。
「よかった」
しばらく黙って運転していた須藤が突然口を開く。遥は思わず彼を見上げた。
「何が、ですか」
問いかける遥に須藤は前を見ながら答えた。
「遥さんが幸せそうで、ですよ」
突然そんなことを言われ、遥はひどく驚く。彼女にとっては意外な人物からの意外な言葉だったのだろう。遥は考え込んだ。
「そ、そうかな……」
「あなたは、いつもこの世の終わりのような顔をしてる」
遥が顔を上げると、須藤と視線がぶつかった。それは一瞬で、彼はまた前の車の流れに視線を戻した。遥はミレニアムタワーの一件と
彼や伊達とヒルズに向かった時を思い出す。そのどちらとも、遥と須藤とは言葉を交わすことはなかった。しかし、ヒルズの一件で桐生の
安否を気遣いヘリに同乗させてほしいと願った彼女に、須藤は何も言わず許可してくれた。無論、伊達の口添えもあったわけだが。
「あの時は…すみませんでした」
「謝ることはないですよ。逆に私が謝らなければいけないほどです。警察は何もかもが後手後手で、結果的に桐生さんも狭山警部補も
 助けてあげられなかった。もしあの爆弾の信管が抜かれていなかったら、と思うとぞっとします」
須藤の声は硬かった。遥はあの時のことを思い出すと、今でも背筋が寒くなる。大切な人を失う辛さは、もう二度と味わいたくない。
遥は何も言わず窓の外を眺めた。緩やかではあるが、景色が後ろへと流れていく。そろそろ繁華街は出て、幾分車の流れも速くなるだろう。
重くなった雰囲気を変えるように、遥は明るく声を上げた。
「そういえば、伊達のおじさんが人に教えるの苦手なんて、初めて知りました。須藤さんは、知ってました?」
須藤は苦笑を浮かべ、大きく頷いた。
「それはもう。お会いして開口一番『こういった仕事は、口で説明してもわかんねえ。見て覚えろ』ですから」
遥は声を上げて笑う。伊達の性格から言って、その状況は想像に難くない。
「おじさんらしいね」
「でも、それでずいぶん鍛えられましたよ。それこそいろんなことをね」
何かを思い出すように何度か頷く須藤を、遥は真面目な顔で覗き込んだ。
「始末書や、調書の書き方を?」
彼は遥に合わせるように、真剣な面持ちで大きく頷いた。
「ですね」
二人は顔を見合わせると、おもむろに声を上げて笑った。車は高速に乗る、遠く離れた伊達は自分の噂をされていることなど夢にも
思わないだろう。


「今日はありがとうございました」
車を降り、遥は深々と頭を下げる。須藤は窓を開けると優しく微笑んだ。
「どういたしまして。桐生さんによろしく」
「はい。伝えます!」
元気よく返事をし、遥は手を振りながら建物に入っていった。須藤は彼女が帰宅するのを確認してから自分の携帯でどこかにダイヤル
した。耳に入ってきたのは、聞きなれた声。
『おう、須藤。遥はついたか?』
相手は伊達だった。須藤は幾分表情を和らげ、告げた。
「ええ、無事に送り届けました。ご報告をと思いまして」
『わざわざ悪かったな。今度酒でも奢るから』
「期待しないで待ってますよ。ああ、そうだ。伊達さん?」
『なんだ?』
須藤は小さく笑い、問いかけた。
「さっき、くしゃみしませんでしたか?」
『はあ?なんだそりゃ』
ぽかんとした声が聞こえてくる。須藤は中指で眼鏡を上げ、楽しそうに告げた。
「なんでもないですよ。私はあなたに何かと教わりっぱなしだということです」
『話が見えねえんだが……俺、今日お前になんか教えたか?』
伊達はいまいち須藤の言葉の意図がわからないようだ。自分のことになると疎くなる所も相変わらずだ、須藤は思いつつ口を開いた。
「いいんですよ。それじゃ、奢りの件、忘れないでくださいね。今日はこれで失礼します」
『あ?ああ…また連絡する』
最後まで伊達は不可解な様子だったが、素直に通話を切った。須藤も電話を切ると、胸ポケットに収める。
人々の歩みがせわしなくなる夕闇の中、車は一路警視庁へと走り去った。

PR
vv * HOME * nnn
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]