生臭い、鼻に付くたまらない臭い。たまらなさに目を瞑れば赤く濡れる視界、頬に添えられる手も感じるのは肌ではない、酷い臭いを醸し出す液体越し。
「ぁッ・・ぃさ、んッ」
否定しようと思った言葉は、押し込められた熱い舌で塞がれる。
「ッ・・・んんっ」
玄関から靴も脱がずにずがずがと、悪臭と色を持って突然現れた男は何を言うまでもなく突然キスを迫ってきた。逃げ場を閉ざすように壁に叩きつけられ、延ばした手も虚ろを掴む。
「兄さッ、は、ハル・・・ぁ」
「なんや?」
「は、遥・・ッが」
「寝てんねやろ?もう」
薄い壁の向こうに少女がいるにもかかわらず、容赦なく押さえつけられ強引に奪われる唇。二度三度とぬすくりつけられる乾き始めた血の結晶がじゃりじゃりと、撫でる頬に僅かな感触を与えた。
「ぅあ、っ――ふっ」
眉を顰める、死の臭いと血の臭い。男の浸かる世界から足を洗って嗅がなくなった臭いは、桐生の頭をぐらぐらと揺らした。
「骨のあるヤツちゃうかってん。今日の」
「あ。はっ、んんぅ・・ッ」
「まだ足りひんねや。まだ、まだまだまだまだまだ、まだ足りひん全然足りひん」
優しさを含む添えられた手とは裏腹に、暴力的に股間に押し付けられる膝の力。屈もうにも頭を持つようにある手に阻まれて、膝だけががくがくと震える。
赤い、頬も髪も眼すらも赤く見える。狂気が滲み出ていた、部屋に充満していた。
「や、め・・っ・・」
このままだと飲み込まれてしまう。立てなくなる。拒絶しなければならないと。頭ではわかっている。
「なぁ・・?桐生ちゃん」
「・・・っ?」
「こんな俺でも。好いてくれるか?」
でも、汚い赤越しに触れる体温は。向けられる表情は。
「・・・ぁッ」
臭いに負ける、否。最初から勝てるわけがない。彼はこういう男なのだ、生臭い臭いを纏う、狂気其の物なのだ。
「兄、さ・・・ッ」
そして例え血なまぐさい滾りの後処理でも。なんでも。構わない自分はこの臭いに感じてしまうのだから。
「今、更・・止めるっ。なんて、ぃわな・・・いで」
壁を伝っていた手が、自分の着ていたシャツのボタンをぷつんと外す。己が意思で、曝け出す。
「・・・ほんま、俺は愛してるで?」
満足そうな言葉を確かに受け止めて交わして、もう一度深く舌を絡ませた。
この生臭い匂いこそが愛しいものだと、気づいたときにはもう遅い。
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