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2008/07/23 21:00
 珍しく自室に大人しく篭っている皐月。
 その顔には幼児には似つかわしくない笑みをゆったりと浮かべて、目の前の真新しい洋服を握り締める。
――ぜったい、ぜったい。パパよろこぶよね。だって、『おとこのろまん』ってやつだもん。
 そこまで考えて、三歳児は思わず大の男が怯むような笑みを顔中に浮かべたのだった。
 大吾は、今日は珍しく早めに仕事を切り上げた。
 朝、出掛けに彼の愛妻である遥と愛娘である皐月と、ババアである弥生から喧しい程『早く帰れコール』を頂いたからである。
――何、企んでやがんだ?
 彼が思うのはそんなところである。
 例え、それが善意のものでも、彼にしては悪意の塊にしか取れない。悲しい男である。
 ネクタイを緩めながら車から降りる。今日の最高気温は35度を超え、湿気も高く日本特有の蒸し暑さに閉口する。こんな時は、こんな黒服をかっちり着込む極道世界を呪いたくもなる。
 堂島家の門扉を開けると、奥からパタパタと軽い足音が響いて来た。
 来る人間は分っている。
 皐月だ。
 大吾はこの後、皐月が自分の胸に飛び込んで来るだろう事を予想し、受け止める覚悟を決めた。
 が、彼のその期待は色々な意味で、物の見事外れる事になる。
 カラカラと高い音をさせて、開いた玄関の向こうには、
「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま」
 黒いワンピースドレスに、白のフリフリエプロン、頭には白レースのカチューシャを着た皐月はどこからどう見ても、メイドだ。
 大吾は思わず固まる。否、大吾だけではない。見送りに出た他の組員達も皆呆気に取られている。
 皐月は大吾が固まったのを、嬉しさの為声も出ない。と取ったらしい。誇らしげに胸を反らし、どこか偉そうにご主人様を出迎えている。
 皐月の声が中まで聞こえたのだろう家の奥から二つの笑い声が聞こえて来て、そこで始めて大吾は覚醒する。
「おい!なんだ、この凶悪な物体は!!」
「ぶったいじゃないもん、さつきだもん!」
「分ってるっつーの!!そうじゃねーよ、何なんだよ、お前のその格好は!!」
「さつき、メイドさんなの」
「まんまじゃねーか!そうじゃねーよ、俺が言いたいのはなぁ」
 まさか愛娘にメイドコスをされて出迎えられるとは思ってもみなかったのだろう、大吾は軽く頭痛を覚えて額に手をやった。
 皐月はといえば、後ろにいる組員を捕まえて『にあう?さつき、かわいい?』と問い掛けている。それに答える組員達も、大吾を気遣ってか曖昧な返事をする。
「どうしても、今日はその格好でパパをお出迎えするんだって言って、きかなかったの」
 騒ぎを聞いて奥から出て来たのは、遥だ。
「だからって……」
 大吾は激しく脱力する。
「パパ。パパはメイドさんきらいなの?『おとこのろまん』じゃないの?」
「どこで覚えて来た!そんな言葉!!」
 が、大吾の怒鳴り声もどこ吹く風で、皐月は組員達に小首を傾げて尚も尋ねる。
「みんなは、『おとこのろまん』なの?」
「え?あ、はぁ……まぁ」
「時と場合によっては……」
「おい、こいつにまともに返事すんな」
 鋭い眼光とともに、苦々しく言い捨てて、大吾はメイドの皐月を小脇に抱えて荒々しく玄関の扉を閉めた。

「……参った……」
 ソファーに寄りかかりながら、大吾は深く息を吐いて、ビールを飲む。
 台所を行ったり来たりしながら、皐月メイドは忙しく働いている。それを横目で見ながら大吾は首を捻る。
 どうして今日、メイドなんだ?と。
 彼の為におつまみを運んで来た遥に、なぁ。と短く声を掛け、声を潜めて尋ねる。
「なんだって、皐月はあんな格好してんだ?しかも今日って、なんかあったか?肝試しの予行練習か?」
 だとしたら、一体皐月はどんなお化けの役なんだか。
 遥は小さく笑った後、
「今日はあなたの誕生日の前日でしょ。明日が本番なんだけど、明日は遅くなるって言っていたから、『今日メイドさんになってパパをおもてなしするんだ』って。朝からずっと張り切っていたのよ」
 大吾は忙しなく、弥生の側でウロチョロ動き回る小さなメイドの背中を見つめた。
 こういった職業柄、行事物には酷く疎くなる。こと、自分の事となると尚更だ。
「怒らないであげてね?」
「……怒れっかよ」
 大吾は憮然と答える。
 こうして、誰かが自分の事を祝ってくれるというのはいいものだ。それが、新しく増えた家族だと、喜びもひとしおだ。
「あー、ママずるいの!パパひとりじめきんし!!」
「はいはい。パパは皆のだもんね」
「ねー?」
「願い下げだ」
 素っ気無く言い捨て、残りのビールを煽った。
「皐月ちゃん、パパにとっておきのプレゼントがあるんじゃないのかい?」
 台所からケーキを持って来た弥生は、含みのある声で皐月に告げる。
 皐月は大きく頷いて、おもむろに大吾の膝の上に乗った。
「重いだろ。お前は、俺を持て成すんじゃなかったのかよ!」
 言葉とは裏腹に大吾は皐月をどかそうとはしなかった。それどころか、落ちない様にしっかりと腰を抱いてやっている。
 皐月は少しだけ恥ずかしそうにもじもじとしていたが、
「パパ、おさわりしていいよ」
 とんでもない事を口にしたのである。
 弥生と遥は口に手を当て、肩を震わせながら必死で笑いを噛み殺している。
 恐らくは、そう言う事を皐月から聞かされていたのだろう。仕掛けが成功したとばかりに、二人は手も取り合わんばかりの喜びようだ。
「はあ?」
 かたや、大吾は目を白黒させた。
 よりにもよって、愛娘からそんな風俗嬢紛いの言葉を聞くとは思いもよらなかったのだろう。そう言ったきり、中々次の言葉が出て来ない。
 皐月は若干、頬を赤らめながら尚も言う。しかも目を固く瞑っている。これは相当な覚悟の上の言葉だろう。
「さつき、パパにならがまんするから」
「……な、にを。どう、我慢するから、だ!皐月ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「なんで、おこるの?なんで、おこるの?『おさわりもおとこのろまん』なんでしょ?」
「どこの言葉だ!!テメ、父親を犯罪者に仕立て上げてーのか!!あぁ?」
「ママ~。パパがおこったぁ~」
「あらあら、何でだろうねぇ?」
「冗談を間に受けるなんて、本当に器の小さい男だよ。皐月ちゃん、そんなパパほっといて、ケーキ食べな」
「わーい、おばあちゃん。だいすきーー」
「ちょ、待て、皐月。話はまだ終わってねぇ!!コラッ、無視してケーキを貪り食うな!!」
 大吾の怒声を背中に受けながら、皐月は弥生が用意してくれたケーキをお腹一杯食べるのだった。
 そして、その後皐月のメイド服は使用禁止となり押入れの奥深くに押し込められ、妙な言葉を使ったらデコピンの刑と言い渡されてしまった。
 
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