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決して踏み入るな
こちらを向いてはいけない

お前はいつまでも


美しい光であってくれ……



「…テスタメントさん…テスタメントさん、どこですか?」
そこは、木漏れ日の美しい森の中。心の安らぐ光が体を包み込み、本来ならばすっきりと癒してくれる小鳥の声も耳に優しい。が、今現在、この森に踏み入ったディズィーには足りないものがあった。
 それは漆黒の優しい人。いつも自分を想い、守ってくれていた存在が、今は何故かいなかった。ディズィーは、不安そうに周囲を見回した。
「…どうしたのかな…いつもならテスタメントさん、ここで待っててくれるのに。」
ひょっとして、何かあったのだろうか。急に心配になってきて、ディズィーは歩くスピードを少し上げた。本当ならば翼を広げて飛んでいきたいところだが、そうするとここにいる小鳥達を驚かせてしまう。彼女は仕方なく、自分の二本の足で森の中を走った。
「テスタメントさん、どこにいるの…?」
彼女は呟いて、ふとした違和感に気がついた。足を止め、その違和感が何なのかを考えてみる。そしてその答えはすぐに出た。彼女の目が、僅かに見開かれる。
「……血の匂い……。」
彼女の鼻腔に広がったのは、確かに鉄のような血の匂い。ディズィーの血の気が引いた。これは、「テスタメントに何かがあった」というよりも、「彼を取り巻く何か」に何かがあったと考えた方が正しいかもしれない。ディズィーは、胸騒ぎを止める事もできずに、胸元を押さえたままで走り出した。先程よりも早く、早く。
 テスタメントが何をしたのか。この血の匂いは何なのか。いずれにせよ、これがテスタメントの血でない事を祈るしかない、だろう。彼女は、だんだん濃くなってきた血の匂いに咽そうになりながら、足を早めていった。


そして。


「…………っ!?」
ディズィーの目が限界まで見開かれる。そこに広がっていた光景は、あまりに残酷だった。美しく堂々と立っていた木を真っ赤に染めて倒れている人間達。血の海が広がり、そこに沈んでいるのは何も人間だけではなく、巻き添えを食ったらしい動物達までがいる。そして、その真ん中に立つのは、あの優しい闇のギア。そして彼自身も、体中から血を流していた。明らかに、返り血ではないと分かるほどの。
 ディズィーはたまらなくなって、テスタメントに駆け寄ろうとした。が、テスタメントが先にディズィーの存在に気付き、ひどく冷たい目で睨みつけてきたため、彼女はもうそれ以上動く事ができなかった。
「…テスタメントさん…これは…どういう事ですか?」
絞り出した声が、震える。テスタメントに恐怖を感じるなど、今までなかったのに。どうして、と心の中で思い、その答えを出すより先に、テスタメントの静かな溜め息が聞こえた。その赤い目は、相変わらずディズィーを捕らえたままで。
 怯えるディズィーをしばらく見つめていたテスタメントは、やがて力ない微笑みを浮かべた。ゆっくりと、近付いてくる。ディズィーはあとずさる事もできずに、その様子を見ていた。やがて、彼女の元に辿り着いたテスタメントは、そっと、だが力強くディズィーの肩を掴んだ。それは痛いほどで、思わず顔をしかめてしまう。
「テスタメントさん……?」
「私には…何も残らない。」
名を呼んで帰ってきたのは、そんな応え。いや、むしろ答えにもなっていないのだが、テスタメントは俯いたままで、ディズィーに顔を見せようとはしなかった。身長差はかなりあるのに、テスタメントの長く垂れた髪が表情を隠している。ディズィーはしばらくうろたえていたが、何かを決心したようにテスタメントの肩を掴んで引き離した。まだ、彼の表情は見えない。が、お構い無しに、ディズィーは押し殺した声で言葉を紡いだ。
「これはどういう事ですか、テスタメントさん。」


こんなに人を殺して
自身も傷ついて

一体何があったのか


「…フフフ…ック、ハハハハハハハハハハハハハ!!」
突然狂ったように笑い出したテスタメントを、ディズィーは驚いたように見つめた。いつもの冷静な彼からは考えられないその姿に、声を失う。自分を見つめてくるディズィーに視線を戻したテスタメントは、優しく微笑んでいた。そのどこか狂気じみた笑顔に、ディズィーの心が震える。しばらく会いに来ないうちに、一体彼の何が変わってしまったと言うのだろうか。その答えは見つからないまま、テスタメントは次の言葉を発していた。笑顔のまま、声は低く。
「言ったろう、ディズィー…私には何も残らない。」
「……え?」
「私は暗い影の中で生きる者。何も…何も残されてはいない!」
なおも笑い続けるテスタメントを、ディズィーはただ呆然と見つめていた。結局、どうしてテスタメントがこうなったのかは分からず終いか。ディズィーの唇が、無意識にテスタメントの名前を呼んだ。どうして、何も変わっていないのに、何かが変わってしまったのか。何かがあったのならば、自分にも話して欲しいのに。今のテスタメントには、そんなディズィーの心情さえ、察する事はできなかった。ただ、ディズィーの目には、笑うテスタメントが悲しい目をしているように見えた。そう思うと、彼女自身も悲しくなってくる。
 気がつくと、ディズィーはテスタメントの腕を引っ張っていた。彼の笑い声が、ぴたりと止まる。そんな様子に構っている余裕は無く、ディズィーは自分の髪を結わえていたリボンを外し、テスタメントの傷口に押し当てた。じわじわと、布に血が染みて行く。それを見つめながら、ディズィーは静かに言った。
「テスタメントさん、貴方が影に生きるものなら、私は何ですか。」
ディズィーの言葉を、テスタメントは表情も変えずに聞いていた。心ここにあらず、と言った表情に悲しみを覚えつつ、ディズィーは下からテスタメントの顔を覗き込む。そして、涙が出てきそうなのを必死で堪えながら、ゆっくりと言った。
「私もギアです。この力は人をも殺します。…貴方と、何が違うの?」
紡がれた言葉の悲しさを、果たしてテスタメントは感じただろうか。だが彼は、変わらず優しく微笑んだままで、ディズィーの頭を撫でた。びく、と震える彼女に告げたのは、ディズィーの欲しかった言葉ではなかった。
「…お前には仲間がいる。共に笑い会える仲間がな。」


言うなればお前は光
その裏側でそれに焦がれるのは影

私の存在はまさにそれ

お前に焦がれ
決して届かぬ


交わらぬ


「……。もう行け、ディズィー。」
テスタメントが、ディズィーから一歩離れた。その表情に浮かべていた笑みを綺麗に消して。変わりに、切なさと苦しみをたたえた目をして。その様子に胸が痛くなったディズィーは、左右に首を振った。こんな状態のテスタメントを置いていくなど、一体誰ができようか。だが、そんな彼女の様子を見たテスタメントは、ただ困ったように溜め息をついただけだった。手を伸ばして、ディズィーの頬に触れる。血にまみれた手がその柔らかな頬をなぞり、ディズィーの顔が赤く染まった。が、彼女もそんな事は気にしない。赤く汚れた自らの頬に触れもせずに、彼女は真っ直ぐにテスタメントを見つめていた。
「…帰りたく、ありません。」
「帰れ。ここは影の領域だ。お前のいるべき場所は、ここではない。」
いつに無く冷たい声が、ディズィーを打ちのめす。その痛みに耐えながらも、彼女はなおも首を縦には振らなかった。嫌がる彼女をしばらく見ていたテスタメントは、仕方ない、と言うように鎌を取り出した。その鈍く光る刃に、ディズィーが怯えた表情を見せる。テスタメントは、小さく息を吐き出すと、素早く一歩を踏み出して、ディズィーの体にその柄を埋めた。みし、と嫌な音がしたのは、きっとディズィーの気のせいではないだろう。彼女の背中に宿る二つの力ですら、その素早さに対処が遅れた。顕現した時には、もう彼女はテスタメントの方に倒れこんでいて。
 テスタメントはそんな彼女を腕の中に抱きとめると、自分を睨みつけているネクロとウンディーネを見上げた。再び悲しげに唇の端を吊り上げる。
「ジェリーフィッシュに彼女を送る。すまなかった。」
呟けば、二つの力は翼に変わり、テスタメントは彼女を抱えて森の外へと向かった。

快賊団の船が、まだ地上にある事を祈って。



・・                ・・                 ・・



「ディズィー!どうしたの!?」
快賊団の船に乗り込むと、メイが誰よりも早く駆け寄ってきた。そして、血にまみれたテスタメントを、何か恐ろしいものでも見るような目つきで睨みつけてくる。間違ってはいないため、テスタメントは訂正する事無く、ディズィーを床の上に下ろした。さらり、と零れた青い髪が床の上に散らばり、幻想的な姿に見える。そのあまりの眩しさから目を逸らし、テスタメントは口を開いた。
「眠ってしまったようだ。だから送ってきた。」
「…そう…。ありがと。」
「いや。」
テスタメントの説明を耳にしたメイは、とりあえず礼を言ってきた。が、その目は変わらず、心配そうにディズィーを見つめていて。その目の美しさに、テスタメントは心を決め、その少女の名を呼んだ。今までテスタメントに名前で呼ばれた事が一度も無かったメイは、驚いたように顔を上げる。そんな様子には構わず、テスタメントは静かな声で言い放った。
「ディズィーに伝言だ。…影に沈むな、できれば忘れろ、…と。」
「……?それ、どういう意味?」
メイが怪訝な顔を下のを、テスタメントは綺麗に無視した。この意味を、この少女に説明する気にはなれない。問いには答えず去っていこうとするテスタメントに声をかける事もできず、メイはそれとなくそこに眠るディズィーに視線を戻した。そんな彼女が見たものは。
「…ディズィー…。」
ディズィーは、黙って涙を流していた。閉じていた瞳をうっすらと開いて、その目から零れ落ちる大粒の雫は、全てを物語っているかのようにも見える。彼女は、メイの顔を見て、無理に微笑みながら体を起こした。体に鈍い痛みが走ったが、どうしてかそれを大して痛いとも感じずに、胸を押さえる。彼女にとっては、この心の痛みの方がダメージが大きいのだろう。
 テスタメントの言葉の意味は分からなかったものの、ディズィーにそれを問い詰めるのはひどく残酷な気がして、メイはディズィーのすぐ傍に膝をついた。そっと抱きしめてやれば、ディズィーの細い肩が震える。
「…ねぇディズィー。無理して笑わなくても…。」
泣きたかったら泣いてもいいと、そう言おうとしたメイの耳に届いたのは、小さな嗚咽を含んだディズィーのくぐもった声だった。
「私…影を失うくらいなら、光にはなれない…。」
「……。うん。」
「私、もう少しの間…影に溺れていたいんです…!」
「…………じゃあ、そうすればいいよ。」
本当に、全く意味は分からない。だが、メイはディズィーの好きにさせておきたくて、ただ頷くだけだった。その態度に救われたのか、涙に濡れた瞳を細めて彼女は笑った。すみません、と謝られてしまい、メイもどうしたものかと一瞬悩んでしまう。が、すぐにディズィーを元気付けるために笑みを浮かべ、もう一度その小さな体で抱きしめてやった。

その様子を見つめる「影」の存在には、気付かぬままに……。



決して踏み入るな
振り返って欲しくも無かったのに

どうしてお前は

自ら影に沈んでくるのだ

お前は光
私はその裏に潜むもの


どうか


見失わないでくれ……



                                         fin





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