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RR






11.心臓が止まりそうです






 いつ死ぬかも判らぬ職業柄、『食えるものは食う、抱ける女は抱く』を貫き通してきたものの、成程だからいつまでも独身なのだと、ラルフ・ジョーンズは改めて頭をかかえた。先日かわいげのない部下にも同様のことを忠告されたばかりである。
 とはいえ、肉欲的な口唇に艶やかな紅を引き、白い鎖骨をさらしながら求められでもされたら、彼としては早速肩を抱いて、食事でもホテルでもと連れていってしまいたくなるものだ。
「好きです。付き合ってください」
 ただし、その声や瞳が無愛想を通り越して無表情でなければ。
 そして何より、彼女の名前がレオナ・ハイデルンでさえなければ。
 おおジーザス、不安も恥じらいもない少女に祈る。



(心臓が、止まりそうです。いろんな意味で)



 額から嫌な汗が流れた。齢四十を前にして幻聴が始まったのかもしれない。レオナの言葉が呪詛のたぐいに聞こえてくる。隣部隊の少佐も、若い頃は戦場でよく虹色の蝶を見たものですと語っていたのを思い出す。
(いいや違う、奴ぁジャンキーだっただけだ)
 わざとらしく背けていた目をおそるおそる戻し、すぐさま後悔する。幻覚でもなんでもなく佇むレオナは、いくらか上背のあるラルフを見上げ、返事を待っている様子だった。
 裂傷や銃創など傷痕の残った彼女の肉体は、されど軍人以前にうら若き女のものには変わりない。剥き出しの腹部にくびれを覗かせ、ホットパンツからのびた太腿は川魚の腹のようで、しなやかな脚線美を強調させる。鍛えられた体のラインは丸みを忘れずに、誰もが食指を動かさんばかりに柔らかさを秘めている。深海を宿す双眸は豊かなまつ毛にふちどられ、鋭いながらもあどけなさを感じさせるものがあった。
 実際のところ、レオナ見たさに同じ隊を希望する者も少なくない。ファンクラブまで結成されているのをラルフは知っている。
 しかし、そうまでしながらラルフを含め一切の男たちが彼女を口説くことはなかった。下心を持って声を掛けたら最後、功を奏するか否かに関係なく、彼女の養父によって完膚なきまでに叩きのめされるからだ。彼女に愛を語った男は皆、二度と姿を現さなかった。遠くで見ているが花、ファンクラブ副会長フラ・フープがそう涙した。
「返事は?」
 レオナがぐっと踏み込んでくる。ラルフは慌てて飛びのいた。少女の無機質な瞳が、底のほうで似通った養父を連想させる。そしてまた、養父はラルフの上司でもあった。まずい、まずすぎる。内臓がきりきり痛んだ。こめかみの冷たいものを拭い、諸手を突き出し少女を制す。
「ま、待てレオナ! 話せば判る!」
「何?」
 レオナは掌を受け流し、数歩後退したところで鼻白んだ。シルクの眉間に微々たる皺が刻まれる。
「あのだな、教官に言ったりとか……してないよな、な?」
「今は任務中だから、終わり次第報告する」時計に目を遣りレオナが答える。
 ラルフは血液が沸き立ち、刹那にして凍りつくような感覚に襲われた。
(どっちにしろ殺されるじゃねえか!)
 少女の育てかたについて小一時間問い掛けたかったが、それもままならない。大体ファザコンにも程度ってもんがあるだろ。こいつは自分の生理の周期すら養父に伝えているにちがいない。毒づきながら手をズボンにこすりつける。養父に見つからぬようにと願うか、それとも新しい就職先を探すか、腕利きの医者を紹介してもらうのが先かと、大脳をめまぐるしく回転させる。赤いバンダナが半分ほどまでしめっていた。
「あと五分以内に答えて。任務に支障をきたす」
 レオナはあくまで毅然たる態度を崩さない。再び時計に視線を落とす。能面めいた姿にデジャ・ビュをおぼえ、ラルフは太い首をかしげた。時を正確に刻むべく、時計を何度も確認する癖は戦場でよく目撃したものだ。
「おい、このあとは任務か?」
「いいえ、デスクだけよ」
「午前にこなしてきたとか?」
「予定を管理しているのはあなたでしょう? ないわ」
 重ね重ねの問いを、レオナは淡白に否定した。足をやや開き、両腕が腰の裏で組まれた時、ラルフは大きく噴出した。
「そういうことかてめえ! クラークに伝えろ、この『任務』は失敗だってな!」
「……了解」
 けたたましく震える喉に反し、脱力感が全身にのし掛かる。濡れた背中が急速に熱を失う。今度は慎重に息を吐き出した。
「んで、あの野郎に何を吹き込まれたんだ?」
「大佐の日ごろの行いの悪さを正すための任務よ」
「……確かに肝は冷えたけど。おまえね、さっきの言葉の意味判って言ってたのか?」
「さあ……ウイップが、わたしにしか出来ないからって」
 あいつら。ともに耐え抜いた理性に感謝する反面、計画犯たちを殴りに行こうと歯軋りする。サングラスの下で瓢々とするクラークが目に浮かぶようだった。
 ほどけた靴紐を直さんとレオナがかがんでいた。垂れ下がるのが邪魔なのか、何度も首を振って髪の束を避ける。弓型のイヤリングが蛍光灯に照らされる。少女の首筋から目を逸らしつつ、ラルフはポケットに手を突っ込んだ。紙屑の感触しか得られず舌打ちする。静まった鼓動が強く跳ね上がり始める。
(なんだって一体。本当に、心臓に悪い)
「知っていたとしたらどうする?」
「おう、俺もあとで行くわ……あ?」
「あの言葉の、意味を」
 少女のシルエットが床に落ちる。レオナの目はラルフを射抜いていた。甘さとはほど遠い、ともすれば不機嫌にすら思われる視線ではあったものの。ごくりとラルフは生唾を飲んだ。朱唇の動きに意識を奪われる。
 数十秒と経過してから、レオナは何事もなかったかのように立ち去った。
「……脈アリってこと、なのか?」
 自動販売機に硬貨をつぎ込む。選んだブラックコーヒーのプルタブを開けて一息つき、ラルフは小さく唸った。
 十八の生娘が、二十以上も歳の離れた自分に恋愛の情などいだいくわけがない。まして相手は恋愛どころか笑顔のひとつも持ち合わせていない具合だ。乾いた笑みがこぼれる。そんなはずはない、そんなはずはない。言い含めるようにコーヒーを呷る。
「でも……ま、確かめてみるのもいいよな?」
 空になった缶を捨てる。ああ麗しの少女よ、難攻不落の心に咲くのは薔薇かウツボカズラか。動悸が静まらない。にやける頬が締まらない。絶対にオトす、俺の魂に掛けてオトす! 鼻息荒く誓ったラルフの後方で、ゴミ箱にぶつかった缶が転がった。
「ほう、落とすとは貴様の不埒な首のことか」
 レオナに呼ばれた際よりも激しい悪寒がはしった。蛇に睨まれた蛙のごとく、歴戦の四肢は竦んで役に立たない。弁明の余地はなかった。教官、と呟くだけで精一杯だった。
 気付けばラルフは宙を舞い、鬼神と化した隻眼の男が見えた。



(心臓が止まりそう、むしろ止まる! いくつあっても足りねえよ!)







FIN.



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