忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

どんな奴でも…子供だった頃があるもんだ。

俺も…今は空を飛び回る空賊・ジェリーフィッシュ快賊団団長…なぁんてことをやってるわけだが、確かに、子供の頃があった。

時々ふと、その頃を思い出す。幸せ…というものがあるとすれば、あの時がそれだったと思う。シティから遠くはなれた静かな街で、静かに暮らす日々がただ続いていた。幸せというものは…案外近いとこにあるもんだったんじゃあないか、と思った。今の生活が詰まらねぇというわけじゃあない…だが今の生活とは違う幸せは…俺の手に戻ることは二度とないだろう。

…こんな話がある。

聖戦時代、ある一定の土地にはギアの攻撃を避け静かな生活の続いている場所があった。
そこに住む人達はギアの存在を知りながら、心のどこかで ここには来ないだろうという思いを抱きつつ日々過ごしていた。それは、ある人物の存在によって保たれていたにすぎないごく簡単に崩れ去るものであった…。

その人物は、丘の上にかまえた家に一人の子供と静かに暮らしているらしかった。街へは夜に見掛けることは時々あったが、普段は旅と称して飛び回っていると街の人々は言う。
詳しい生い立ちは知られていないのだが…知らず知らずのうちに、街の人々はその男をたよっているのだった。


街の人々がその男を頼るようになっていた理由はごく単純なことだった。男の容姿が強そうに見えた。噂で昔は聖騎士だったらしい。いつも黒い服を身につけている。短めの金髪、青い瞳、笑みを絶やさない余裕さ。…この男は…強いに違いない。ギアだろうが何だろうが倒してくれる。
そんな身勝手な人々の思いが、聖戦時代に隠れた哀しみを作りだすのだった。
この男の真実を知るただ一人の人物は、まだ幼さ残る少年しかいない。
彼は13歳。その男は彼の良き父親として今でも深く尊敬している。街の人々の噂する父親の容姿は確かに当てはまっていたが、どうも強そうには見えなかった。
黒いコートをなびかせる姿はかっこいい。だが家に帰ってくるとその整った顔は、満面の笑顔へとかわる。
「I’m home!元気だったかいっ!マァ~イサン~!」
ばんっ!と勢いよくドアが開いた。

「元気だったかい?」

そう言ってにっこりと微笑むとやさしく頭をなでた。それの答えるように少年も微笑む。徐に男のほうから口を開いた。

「・・聞いたかい?近くの街にギアがきたってハナシ。」

「・・!」

生体兵器ギア。その強さと非道さは全世界を恐怖させ、聖騎士団でさえ制圧することが出来るかどうかわからなくなってきていると言う。そのギアが近くの街まで来ているということは・・・。

「心配か?お前には俺がついてるから大丈夫さ!ここはどこの街からもあまり知られていないからねえ・・ま、問題ないさ。街の人たちも普通に暮らしてるしな」

この街にギアはこない。人々がそう思っている理由が自分の存在であることを男は知らなかった。

「そうだ・・マイサン。悪いがまたでなきゃいけなくなっちまってな・・昔のよしみで・・ちょっと、な」

また出かけるらしい。いつものことだから特に言うこともなくこくりとうなずいた。

「すまない。なあに・・ギアなんてきやしないさ!おとなしくまってなよ!」

そういいのこして彼はまた出かけていった・・・。しばらく歩いて、くるりと振り返ってにっこり微笑んだ。
大丈夫、きっとまたいつものように帰ってくる。心配することなんかないんだ。・・何故だろう?いつものことなのに今回ばかりはいやな予感がする・・。
いつの間にか彼の姿はなかった。

その日の夕方だったろうか・・ギアがきたと叫ぶ人々の声が街中に響き渡って自分の住んでいる丘の上まで聞こえてきたのだった。

ギアはついにこの街にもやってきてしまった・・・。静かだった街は突然に火の海と化した。煙に巻かれて逃げ惑う人々。ギアに襲われ苦しむ人々。

これは・・・夢じゃないのか?

あの人はいない。自分を守ってくれるあのひとは・・いないのだ。自力で逃げなければ。

殺されてしまう。

この街で一番高い土地であったこの丘はギアにとっては階段を一段あがるのと同じくらい簡単にあがれるものだった。トカゲににた顔のギアは住み慣れた自分の家を軽々と燃やしつくした。
雄たけびをききながらあの人を思い出した。

短く切られた金髪。青い瞳。黒いコートをはためかす姿は人々を安心させた。
強いに違いないという人々の意見が正しかったのかはわからないが、自分にとってはちょっと頼りない父親だった。

「いてて!!頼むからそっとやってくれよ・・・・」

いつだったか女の人に思いっきりひっぱたかれて帰ってきたことがあった・・。
「いいか?レィディってのは結構デリケートにできてるんだ。おまえも気をつけなよ?」
なあんていってたこともあった。

「そうだ!お前は俺に似てナイスガイだからきっともてるぜえ・・髪のばしたらもっとイイかもな!」
じゃあなぜ髪のばさないのときいてみた。
「んんー俺はいいの。これ以上もてたら他の男に悪いだろ?」
一体その自信はどこから来るんだろう?

そんなこと今思いだしたところで、仕方がない…。
地響きが、近付いてくる……!

「おぉっと…それ以上先にはいかせないぜ!」

俺は耳を疑った。彼は帰ってきた。また何事もなかったかのように。
「さあ…スマートにおわらせようか…」
彼の手元から光の筋がのびていく。あれは…サーベル…いや、何か木のように見える…?
瞬間、辺りを金属同士があたる高い耳なりのような音が響きわたった。それと同時にギアたちの雄たけびが死の宣告をうけ、それは断末魔へとかわっていった。あたりはいつしかもえさかる炎に包まれていった…。
その様子をただ呆然と見ていた俺に、彼が声をかけた。
「I’mhome…マイ…サン。平気か?待たせちまったな…ゴメンな…」
ふっとたよりげない笑みをうかべ、頭に手をぽんとおく。
いつもと同じ微笑みだった…。それはいつしかこの炎が消え、再び平穏な日々が訪れることを示すと言っても過言ではなかった。そう思っていた次の瞬間に、それは消え去っていた。
「…おっと…まだ安心するのは気が早いぜ?」
すっと立上がり、振り返ると…。
「……!?」
まさか。さっき倒したはずのギア…血まみれではあるが…眼はギラギラとこちらを睨み付けている。これがギア……勝てるのか…さすがに彼も息があがっている。
俺は…ただ怯えるしかできない…。
「…よくきけ。マイ…サン。」振り返らずに静かに告げた言葉は。
「逃げろ。」


「…え…?」
「逃げろ、と言ったんだ…あそこに木戸があるだろう?」
静かに指差した先に腰の丈ほどの薄汚れた木戸が見えた。普段からどこに通じているか気にはなっていたが、あえて通ることはなかった。
「あれを通り、ずぅっと進めば必ず教会へ辿り着く。さすがにもう聖騎士団が集っているだろう…だから…」
顔だけこちらを向いて、また微笑んだ。疲れているだろうに…傷もあるだろうにこの人は…。
「ほら、早く行きな!大丈夫~俺も後から追いつくからさ!」
そんな傷だらけで息もあがっている人に、微笑まれても…逆に不安になる…。
そう、今度こそ…あの平穏な日々にピリオドがうたれてしまうのでばないか、と。
それが俺の顔に出ていたのだろう…また微笑みを浮かべて言った。
「…心配かい?それなら…こうしよう。」
と、おもむろに着ていたトレードマークの黒いコートを脱ぎ、俺の肩にかけた。
「それ、俺が追いつくまで預かってくれよな!知ってるだろ?俺のお気に入りなんだから破いたりすんなよ~?」
今の状況を明らかに無視して、彼のペースにのせられて木戸の前まできてしまう。またギアとの間をつめていく。信じていいのか…?不安は拭いきれない。ふと彼が振り返る…

振り返った彼は眩しいほどの微笑みを浮かべていた。そして指でいつもしているサインをする。人差し指と中指を絡めるサイン。
「GOODLUCK!!」
こちらにそう告げ、煙る奥に消えた。
幸運を祈る、という意味のあるサインだった。彼なりに心配しているらしい。
あの満面の微笑みが頭からはなれない。自信ありといったところか…そうだ、きっと。心配しなくても帰ってくる。それに彼はコートを預けた。これはかなりのお気に入りだったし、間違いない。
さっき示された木戸を開き、一気に駆け降りた。結構がたがたの道程だったが、言う通りに教会にでる。すると、聖騎士団らしい服の男たちがかけよってきた。
「子ども…?…!おい、大丈夫か!?」
まだあのひとが、上にいる…と伝えようと燃え盛る丘指差したが、そのまま気を失ってしまった…。

次に眼がさめたのは教会の中の廊下だった。なんだかとてもながい夢を見ていたようだった。まわりには街の人々も集まってざわついていた。
ふと、視界が白になった。何かと思い上を見上げると、さっき倒れこんでしまった聖騎士団の団員だった。何かをいいたそうにこちらをみている…

団員の男は、目線の高さをこちらにあわせて静かに言った。
「きみの…お父さんが奥の礼拝堂で待っているから…さあ、おいで…」
手をひかれて付いて行くと、日曜にいつもお祈りにきていた見慣れた礼拝堂の扉があった。
この中に、彼がいる…約束どおり、帰ってきたんだ…。
「さあ、入って…きっとまちわびているよ」
つないでいた手をはなし扉をおす。軋んだ音をたてて開いていく。赤いけれどくたびれて薄汚れた敷き物を一歩、また一歩と進んでいく。まだ彼の姿は見えない。
後ろから扉の閉まる音がした。誰かが話をしているようだったが、気にせず先へ足を進める。

「…言ったのか?」
「いや…いずれ…わかることさ…」

椅子に座っているのだろうか…左右の長椅子を見回してみるが、人影らしいものはない。だんだんと十字架が近付いてくる。ステンドグラスからさす光でますます神々しく輝いている。
段差の前までくると、何気なく目線を十字架から下へと移した。

刹那、黒く大きな何かが目に入った。
再び、わが目を疑うしかなかった。恐ろしく時間がスローモーションのように流れているようだった。
誰か、俺に言ってくれ。これは、夢だよ、と。


嘘だ…こんなの。…そうさ、きっといつものジョークなんだ。
そう言い聞かせようと必死に頭を巡らせている自分がいた。
黒い箱…棺桶…その中には、身動き一つしない彼、らしき人物がいた。静かに目をとじ、胸より少し下に手を置いている。よく身に付けていたコートと同じ黒いスーツ。棺桶いっぱいの花。
おそるおそる近付いてみる。
ほら、もうこんなに近くにきたぜ…もうバレてるよ…さあ…いつものように得意のジョークで笑わせて…。

バン!と物凄く響く音に驚き振り返った。扉の開く音だった。ばらばらと数人の男達がこちらへ近付いてくる。何が起こったかわからず、ただ眼だけを動かしていくと、棺桶の前でぴたりと止まった。男の一人が口を開いた。
「ぼうず…父さんとのおわかれは済んだのかい?」
「……………」
「悪いが…怪我人が増えちまったからここもあけなきゃならないんでな…棺をださせてもらうよ。」
そう告げると指で他の男達に指示し、手際よく蓋を閉め、担いでいってしまった…。
…一体何が起こったのだろうか?確かにここに彼がいたのに…今からいつもどおりの展開になるはずだったのに…。
そうか、きっと外に、家に帰っているんだ…。止まっていた足を駆け足にかえ、礼拝堂を後にした。


いるとすればもうあの家しかない。
一気に走り、建物をすりぬけ、丘への階段を駆け上がる。こげたようなにおいがして徐々に焼け野原がひろがりはじめた。これがあの美しかった丘だろうか…すべて焼け落ち、ただ広い空間だけがそこにあった。
夢じゃない…これは現実…。唇をかみしめ、更に上へと急ぐ。
すると誰かが降りてくるのが見えた。あの人…ではなかった。さっきの男達…。
そんなことよりも上に急がねば…!声ひとつかわさずとおりすぎる。
「…あの子ども…泣いてすらいなかったな…親だったんだろ、あの人」
「まあそういうなよ、まだ子どもなんだ…理解するのに時間がかかるんだろうよ…」
5分ほどですぐたどり着いた。見慣れ、住み慣れた家は跡形もなく燃え尽きていた。あたりを見回しながら彼を探した。人らしきものも棺もない。ふと、夕日に反射して光っているものが目に入った。ゆっくりと近付いてみると、鉄の棒のようなものに見える。完全にそれの前にきて気付いた。これは…さっき戦ったときに持っていた…。
サーベルではない…見慣れない剣だ。刃はギアの血がところどころついている。
その剣のささっている地面をみる。土がこんもりとしている。


「……。」
…わかっていたことだった。この下にあの人がいるということは…。
変わりようのない事実…だが、彼は確かに言った。
「後から追いつくからそれ預かっててくれよな!」
愛用の黒いコート…。ほら、早く取りにくればいいじゃないか…。さっきより近くにいるんだから。早く取りにこないと汚しちゃうかもしれないぜ…。どうしたんだよ…こんなに…こんなにすぐ側にいるのに、届かないなんて。触れることすらかなわないなんて。
もう二度と、あの微笑みもくだらないジョークすらきけやしないなんて。
何故だろう…さっきはちっともでなかったのに。眼から冷たい雫が頬へ次々とつたっていく。
ギアに彼が殺されたということよりも、彼がここにいないことが…何よりも哀しい…。
誰か、救ってください。この哀しみから、寂しさから。

誰か……。

その夜静かな街に狼の遠吠えにもにた、慟哭が響きわたったという…。
とある静かな街の丘には、英雄と呼ばれる人の墓がある。かつての聖戦時代にギアの襲撃をうけたその街は、その英雄によって救われ、今再び静けさを取り戻している。

あれから随分と時が流れた。少年は青年になり、そして今は義賊の頭をやっている。
あのときの哀しみを忘れたことはない。あの日と同じ日がくるたびに、同じ哀しみが襲ってくる。あの日すべてがそっくり帰ってくるように、彼の死ぬ場面が夢となって現れ、俺を飛び起きさせる。その日は必ず汗びっしょりになって目覚めるのだ。
俺は、まだあの日を引きずっているのか…。

「…はぁ…」
「どうしたのジョニー?元気ないね…」
「…!!…メイ…か…脅かすなよ…」
甲板にたっていた俺の後ろから、オレンジ色の服を着たメイが声を掛けた。油断していたこともありビックリしてしまった。
「なんでもないからお前さんは気にせんでよろしい…。ところで何か用かな?」
「ううん、別に。ジョニー元気ないから…」
「そっか…お前さんに心配されるとはね…。ま、その気持ちはありがたくもらっておくよ」
ぽん、と頭に手を置き、メイを背に甲板を後にした。
今日は…あの日。あの人に会いにいくために、クルーには休暇をだしている。メイは何故か残っているみたいだが…他のメンバーは思い思いに出かけていったようだ。
俺もそろそろいくとしよう…。


誰にも気付かれないように艇をおりなければならない…。一番厄介なのは…メイ。
確か…今風呂入ってくるとか言ってたはずだ。レディはなんか知らんがやたら長く入っているのが普通らしい…出るなら今…!
あながち間違いではなかったが、彼はあることを計算にいれていなかった。そのことはいずれわかるであろう…。

「…よ~し…ジョニー…行ったみたい。絶対ついていくんだから!」

ジョニーの思惑を余所に、静かにメイが動き出した…。降りた先は海の近い街だった。小高い丘は珍しい木々が生い茂っている。街並みも綺麗で一際目立つのは教会の鐘がある塔。どうやら信仰は深いようだ。
その街の影から影へ身を潜め、ターゲットを追う少女メイがいた。
「むっ…ジョニーめ…お花なんか買って…!きっとまたナンパする気なんだ…」
更に尾行を続けていくと…だんだん街からとおざかっていくではないか。隠れる場所もなくなってきている。仕方無く距離を多く取ることにしたが…背の高い草でなかなか進まずに距離は遠のいていく。
どれくらい歩いただろうか…。小さな少女の肩は大きく上下にゆれ、口はカラカラに渇き、立っているのが不思議であった。この際見つかってもいい、とにかく進むことにした。

歩き続け、やっと見慣れた人の後ろ姿が見えた。いつの間にか丘の頂上にきていたようだ。空は晴れ渡りますます青く、また緑の木々は更に深くなっていた。その素晴らしさは稀にみる自然と言えるだろう。
とはいえ具合よく身を隠すものが無くなっているため、近くに行くことはできない。なるべく身を低く構え、息を殺す…。
「…久しぶりだな…。花…すぐ枯れちまうと思ったが…置いておくぜ。」
聞こえるか聞こえないかというくらいの小さな声だったが、そう言ったようだった。
さっき買っていたのはこのためだったのか…と内心自分の嫉妬深さが醜く思えた。
「……いつまでそこにいる気だ?…メイ。」
突然黒いコートがはためき、青い瞳がこちらを見た。自分の名前を呼ばれたと認識するまで少しかかってしまうほど、その瞳は哀しげであった。
「…あっ…えーと…その…ごめんなさい…。」
「…ふぅ。まあいい。…こっち来な。」
少し進み、何かの手前で足を止めた。白い石…これは墓…だろうか?
「…これは…俺の父親の墓だ。」
「ジョニーの…父さま…?」
そういえば…ジョニーの親のことや生い立ちは聞いたこともなければ聞こうと思ったこともなかった


他のクルーに関しても同じことがいえるほど、彼の過去を知らなかった。誰しも語りたくない過去はある。それを無理にきこうとは思わない。
今目の前にある小さな石と男は…何かを言いたそうに自分をみているのだった。
「…俺はあの時、何も出来なかった。ただ怯え、逃げることしかできなかった…。それは仕方の無いことだったと頭ではわかっているさ…。」
消えてしまいそうな声が哀しくて、今すぐ手を握ってここから立ち去りたい衝動に駆られたが、すぐに思い止どまった。聞かなければならない。彼の口から。
手のひらをつよく握り締める音がする。ギリギリという音が耳に痛い。いつしか血がしたたりだす。
「わかっているつもりだった…だが…何時になっても俺は、何故…何故俺は何も出来なかったのか、何故何もしなかったのか…!そればかりが頭から消えないんだ…!」
地に響く声は静寂を切り裂いてますます響きわたっていった。
少女は男の瞳から光るものが零れ落ちるのをみたような気がした。踵をかえし、また小さく言った。
「…ふ…俺もヤキがまわったみたいだな…。…帰るぞ。」
ずんずんと元来た方へと進んでいってしまった。だが止めなければ。このまま帰ってもまた繰り返すだけ…。刹那、辺りに閃光がはしった。


「…くっ!?何だ…敵か…いや違う…?!」
余りの眩しさにただ立っていることしかできない。それと同時に焼け付くような熱気が襲ってきた。たくさんの煙と燃え盛る炎の渦が、男に降り注ぐ。
「…これは一体…。メイ…メイは!?」
自分を心配し後を付けて来た、まだ幼さ残るあの少女は…。まさか…。
嫌なことばかりの想像を振り切ろうと辺りを走りまわる。しかし少女はどこにもいない。
突然煙が裂け、巨大な何かが立ちふさがった。
「…お…お前は…」
それはかつて此の地を焼き付くし、大切な人を奪い去ったギアであった…。確かにあの時、倒したはずだ…あの人が。
「…逃げろ、と言ったんだが?」
……まさか…忘れたことなどありはしない…この声は…!
「…と…う…さん?」
懐かしさと混乱がごちゃごちゃした中で、何とかそれだけの言葉を紡ぎ出した。
「…あのねぇマイサン?いーからここは俺様にまかせちゃって!ほら、行った行った!」
くるりと向きを変えられて、街へ続いている木戸の前に移動させられてしまった。しかし素直に降りるわけにはいかない。
「大丈夫!俺も後から追いつくからさ!」
これは…あの時…?
ならば……今こそ…!

今があの時ならば、俺はやらねばならない。今こそあの時の悔しさと哀しさすべてにケリをつけるとき…!
「…あんたは下がっててくれよ…。ここは俺がやる…!」
あの日と同じ姿のあの人を後ろに追いやり、ギアのすぐ目の前に立つ。
「…お前…どうして…」
あの人が不思議そうに俺を見つめて呟いた。背格好からおおよその年の数は他人からみれば同じに見えるのだろうか…。
「お前…強くなったようだな…。はは…こんなにでかくなっちまって…。髪…俺が言ったとおり、長い方がハンサムだぜ…!」
そういって、俺の背中を勢いよく叩いた。かわらない微笑みを浮かべて…。
「マイサン…俺にはわかってる。お前のしたいことが…。何故そんな姿になっているのかも、な。」
「…俺も…わかってるさ。こうでもしなきゃ俺は一生あんたに顔向けできやしない!だから…手は出すんじゃねぇぞ!」
その台詞を合図にギアに向かって走りだす。あっちも長い爪を振り、口から障気を吐き出して突進してくる。爪をかわして腕に一太刀食らわせる。叫びを上げたがすぐに体制をたてなおす。
地面に着地した瞬間、反対方向の爪が襲ってくる。が、間一髪で避けた。再び跳び上がり、今度はギアの顔の正面にきた。……今だ……!!

確実にギアをとらえ、攻撃はヒットした。ギアは叫びをあげて倒れた。

「…やったぜ…やっと俺は…守れたんだ…」
かつて力も技もなく、あっさりと散らせてしまった父親を…。
「…ありがとう…マイサン…。けどな…。」
すぐ後ろに立っていた父親のゆっくりと指さした先には、さっき倒したはずのギアが再び立っているのだった。
「…やはり駄目なのか…俺は…結局何一つできやしないただのガキだったっていうのか…!」
「…いや…お前さんは随分強くたくましくなってるさ。ただ…次元が違う者同士では仕方がないのさ…」
すっと自分を追い越し彼が前に立つ。またあの日は繰り返されるというのか。所詮自分はただ見ているしかできないのか…。
「なあ、まだ俺のコート…持ってるか?」
「…ああ。もちろん」
無くすはずがない。着てはいないが大切にしまってある。あの日のまま。
「…帰ったら…ポケットあさってみな。いいもんでてくるかもよ?」
そういってにっこり微笑み、ギアに向かって走り出した。それと同時に炎が勢いをまし、煙が辺りをうめつくしていった。「…父さん…!行くな…!行かないでくれ…!!」
自分でも不思議なくらい大きな声で叫んでいた。いつしか意識は遠のき、辺りが真っ白になった。


日が高くなり、やがて傾きはじめ、辺りはすっかり朱色に染まりだしていた。
突然倒れてしまったジョニーを抱え、ただ目覚めるのを待つしかできない少女は戸惑うしかなかった。時折口にする唸り声と、父さんという言葉。一体彼の身に何が起こったというのだろうか…。
「…ジョニー…お願い、早く目を覚まして…!」
今にも泣き出しそうなのを堪えながら彼の名を呼ぶ。ふいに身体がびくりと痙攣した。するとゆっくりと瞼が開いていく…。青く潤んだ瞳が空ろに空間を見つめている。
「ジョニー!よかった!ボクがわかる?わかるよね?」
「…ここは…?メイ…どうして…」
一体何がどうなっているというのか…。さっき確かにあの人に会って話をしていたはずなのに…。そうか…あれは幻。こえることの許されない場所だったんだ。今の俺が何をしようと終わってしまった過去を変えようなんて傲慢なことだった…。ならば何故俺はあそこに行くことができたのだろうか…?
「ねぇ何があったの…?大丈夫なの…?」
「…父親に…会ったんだ…でもまた何も出来なかった。俺は…どうして何も出来ないんだ…?どうして…」
いつになくうちひしがれる彼が哀しくてついに涙がこぼれてしまった。彼もうつむいて…泣いていた。

ジョニーが…泣いている。
メイは今の今まで彼が涙する姿は見たことがなかった。彼はいつだって余裕たっぷりで自信があって、そして強くたくましい人だった。それが今は、驚くほど小さく見える。その姿は少女の瞳に何ともいえず哀れなものに映った。
自分はかつて、目の前の男のように哀れな時があった。父と母を亡くし、途方にくれた日々があった。呆気なく時間は過ぎ去り、何をするわけでもなくただ生きていた頃。彼も同じような虚ろな日々があったのだ。
そんな日々を打ち破り、眩い世界に連れ戻してくれたのは他でもない彼である。今その彼が再び哀しみに疲れている…ならば、今度は自分が彼を連れ戻す番だ…!

「泣いて…いいんだよ…。ジョニーが泣いても平気な様に一緒に泣くから…」
「…メイ…お前…」
「わかるんだ…ジョニーはジョニーの父さまを助けたかった…。過去に戻ってでも…」
「…ああ、だがそんなことできやしなかったのさ…。今更あの人を救うなんて、……」
「…確かに…事実は変わらなかったけど…でもジョニーの父さまは今のジョニーが助けにきてくれたこと、きっと喜んでくれたよ…!」
彼は一瞬空を見上げ、少女を見つめた。
あの人の声、懐かしかった。変わらない微笑み。確かにあの人にあった。…あったんだ。


懐かしかった。変わらない微笑み、変わらない言葉遣い。すべてがあの時のままだった。
あの日、何もできなかった自分が嫌だった。かえられるなら今の自分がかえたかった。しかしそれもできなかった…。
あの人はただ微笑み、再び消えてしまった。死んだ事実だけを残して…。「でかくなっちまって…それに強くもなったみたいだな…」
確かそんなことを言われたような気がする…。
「…嬉しかったかな…?こんな無力な俺が会いにいったってのに…」
「ジョニーは…?嬉しくなかった…?」
「…俺…は…」
もう二度と会うことのないはずの人物。例え幻でも…俺は…。
「ああ…うれしかった…最高にうれしかった…」
「それと同じだよ…!ね…!ジョニー…!」
すっと手がこちらにのびてきた。頬をつたう涙をやさしくぬぐっていく。
「帰ろう…きっとみんな心配してるよ」
「…そうだな…長居しちまった…」
朱く染まっていた景色はすっかり夜空に姿をかえていた。月の光の中を二人の薄い影が遠く小さくなっていった…。

「遅いね…あの二人…」
艇にはすでにメンバーがそろって、帰らぬ二人を待ちわびていた。
「一体どこをほっつき歩いてんのかねぇ…」
と、艇の出入り口が開く音が響いてきた。
「帰ってきた!!」

「お帰りなさあ~い!」
全員の声が見事にはもり、艇内に響きわたった。見慣れた黒コートをはためかせながらジョニーが現れた。
「おぅ、すまねぇな遅くなっちまって…」
ぴっと指をたてて空をきり、中へと足を進めていく。何やら背中に抱えているのか、もう片方の手は後ろにまわしている。よくよく見ると…それはぐっすりと深い眠りについたメイであった。
「一体…何かあったんですか…?」
「なぁに、遊びすぎて途中でくたびれちまってな…。心配ないさ」
「なぁんだもぉ~なんかあったかと思っちゃったじゃんか!この~」
眠っているメイをちょっとつつく。幸せそうに寝息をたて、全く気付く気配はなかった。
「ったく呑気な子ねぇ…さて、みんなそろそろ寝ましょ!」
「そーですわねぇ…ふあ~」
緊張がとけたのか、次々と欠伸をしはじめた。時計を見るとすっかり深夜であった。やがてそれぞれ自分の部屋へと戻っていった…。

ジョニーは抱えていた少女をベッドへ寝かせて、静かに部屋を後にした。まだまだ幼さ残る少女、メイは今ごろどんな夢を見ているのだろうか…。そんなことを考えながら自分もベッドに横になった。
今日は…あの日の夢をみるのだろうか…?みないのだろうか…。薄れゆく意識の中でそんなことを思いながら、静かに落ちていった……。


「I’m home!」
聞き覚えのある声が部屋いっぱいに響きわたった。少しうとうとしていたおれはその声に起こされた。
「なぁんだまだ起きてたのか…子どもは寝る時間だぜぇ?」
確かに時計を見ると夜中の1時をすぎていた。しかしこんな時間に帰ってくる方も問題じゃないか?と心の中で思った。
「ん…さては…俺の帰りを待っててくれたんだな?ん~いい子だねぇお前さんは♪」
頭をなでながらおれの隣りに座る。本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。街の人達はこの人のことを強いらしいとか言ってるときいたことがある。確かに黙ってキリッとしていたら強そうにみえてしまうかもしれないが…。
本当の姿を知ったら街の人は何ていうんだろう…?
「…ん?なんだ?なに笑ってんの?」
「…な、なんでもない」
街の人はさぞかしがっかりして呆気に取られるんだろうなと思うとなんだかおかしくてつい笑ってしまった。
「なんだよ~気になるな~…教えろよ~」
「…やだよ」
「どうしてもか?」
「…うん」
「…仕方ないなあ…」
腕を組んでうつむいてしまった。諦めたのだろうか…と思った瞬間、組まれた腕が解けてこちらの身体をしっかりとらえた。うつむいていた顔はにんまりとした顔にかわっていた。
「…っわ…!や、やめろぉ!」
「残念でした~もう捕まえたもんね!」
にやにやしながら思いっきりくすぐりだしたのだった!たまらずに笑いがこぼれだし部屋いっぱいに響きわたっていった…


二人の笑う声があたりいっぱいに響いていたかと思うと、いつの間にか静けさがひろがる見慣れた部屋にかわっていた。
さっきのは…そうか…夢だったのか。
しばらくしてやっと静かなこの部屋が自分の寝室であり、そこで眠っていたことに気付いた。
いつもこの日の夢はあの人が目の前で死んでゆく夢しか見なかったのに…。
「中にいいもん入ってるから探してみな!」
ふと、あの日に還ったときに彼が言った台詞を思い出した。愛用していた黒いコートに何かを入れたと言っていた…。ベッドから跳ね起き、クロゼットの奥にしまってあるコートをひっぱり出した。念入りにポケットや縫い目を調べてみると、裏についていた小さな胸ポケットに何か入っていた…。
「…写真…?」
それはかつての自分自身と彼が映った古びた白黒写真だった。おどけながらピースサインをした彼を半ばあきれてみている自分が写っている。いつ撮ったのかよく思い出せないが、彼が突然撮ろうと言い出したのだ。その後すっかり忘れていたのだが…。
何気なく裏をめくってみると何か走り書きがしてあった。
「Dear my…」
『親愛なる我が息子。この身が天にめされてもお前を永久に愛する』
「…天にめされても…」
彼は何時何処にいてもこれをもち歩いていた、そして自分を想っていてくれた…。そして今この時も自分を想っていてくれる…。


彼が死んでから自分はただ絶望と哀しみだけを抱えて生きていた。今こうして何ごともなかったように生活しているどこかで、まだ彼のいないことを哀しんでいた。
しかしそれは違っていた。彼は確かに死んでしまったが、死んだからといって彼が自分を忘れてしまったことにはならない。愛していなかったことにはならないのだ。死んでしまったら彼は自分を忘れてしまうと想いこんでいたのだ。
それが今はっきりと間違いとわかった。
彼は今でも自分を気にかけ、愛し、見守ってくれている…。
あの日は変えることはできなかった。けれどそのことを悔やむことはもうしなくてもいいのだ。何故なら今でも彼は自分を愛していると信じていればいいからなのだ…!
「俺はどこかであんたを恨んでた。死んでしまったのがあまりにも信じられなくてすべてを疑って…。だからあんたを助けて生きていてくれれば恨まずに疑わずにすむと思った。死んだ人間は黄泉還らない、もっとしっかりしろと…そういいたかったんだろ…?」
懐かしい香りが残る黒いコートをそっと抱く。あの人の手が頭をなでてくれたような気がした。
そんな…気がした。

部屋のドアを何気なく開と、見慣れたオレンジ色の服を着た少女が立っていた。いつも元気な顔で笑っているのだが、憂いた瞳でこちらを見ている。あれだけみっともない姿をみせてしまったのだから仕方のないことなのだが…。


「…あのさ…ジョニー…もう平気なの…?」
真っ赤にはれた目でこちらを伺いながら、小さく言った。きっと自分の目も同じようにはれてしまっているのだろうが…。「…もう平気さ…お前さんのお陰でな」
「…え…ボクのお陰…?」
きょとんとした顔でこちらをみる。ぽんと頭に手を置き、少女の目線にあうよう腰をおとす。置いた手を肩へとうつしそっと背中にまわした。軽く自分の方へと引き寄せる。
「あの日の俺の分まで泣いてくれたからさ…」
「…ジョニー…」
「俺はなんて幸せ者なんだろうなぁ…俺の為に泣いてくれる人がいるんだから…な」
回した手にゆっくりと力をいれ強く抱き締めた。小さく少女の耳に囁く。
「…ありがとう…」
「……!…」
少女は再びこぼれた涙を静かにぬぐった。自分もそっと彼の背中に手をまわし抱きしめた…。

それから数日立ち、艇は再び慌ただしさをとりもどした。義賊としての活動を再開したのだ。メンバーは忙しく走り回り、毎日が飛ぶようにすぎていった。
「いっくよ~!みんな!次のターゲットはでかいよ!」
「のぞむところだぜ!!」
「念入りに作戦たてたんだからきっとうまくいくわよ!」
「さぁて…みんな準備はO.K.かな?」
「おぉ~!!!」
騒がしくも楽しい日々の中、義賊集団の団長ジョニーはふと、遠いあの日を想いだす。かつてのわだかまりはすべて捨て、今を生きている。ふだんよりも空が青くすんでいる。雲一つない空をいくかの空艇が、その空の向こうへと小さく消えていった…。




追話

「親愛なる我が息子…っと」
まだ幼い自分の息子を説得してやっと撮った一枚の写真。その裏へ万が一のために書き残すメッセージを考えていた。
「うーん…書きたいことはたくさんあるんだけどなあ…」
持っているペンで頭をちょっと掻く。見掛けによらず文才はあまりないのは自分がよく知っている。
「ここはストレートに…永久に愛する…とかにしようかな…うーん…」
ぶつぶつつぶやきながらあれでもないこれでもないと悩みに悩み、結局ストレートに書くことにした。改めて書いてみると何だか気恥ずかしいものだ。たった一人の家族…本当に一人になってしまったとき、この子にしてやれることはただ一つ…。
「あ~でも…もしかしたら気付かず捨てちまうかもなあ…。例え見つけても手遅れだったりして…」
いろいろな悪い結果が頭をよぎっていく。何せまだ幼いうえに片親だ。苦労するに違いない…。
「なんてな!大丈夫!なんせお前はこの俺の息子!元気よく力強く成長すると信じてるぜ!」
と、自信満々にメッセージを書き、お気に入りの黒いコートへしまった。
不思議なものだ…自分は近いうちに死ぬとわかっている。最愛の息子を一人残して…。
だが怖くはない。愛するものを守れるのだから。
そのことを何も知らない少年は…静かな寝息をたてて眠りつづけていた。


PR
「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
大きな体に、柔らかそうな真っ白い手。
笑うとしわの寄る、優しげな女性は、
この船――ジェリーフィッシュ快賊団――の母親兼賄い役であるリープさんであった。

そしてもうひとり。
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云った男は、屋内に入ったというのに帽子もサングラスも取らず、
あろうことか裸にコート(!)を羽織った…、この人が ボクをここに連れてきた張本人だった。



―本 日 快 晴 !―




「ジョニー--ッ!!」
「なにしてるのぉ~?」
下から声が聞こえる。見なくてもわかる。メイだ。
その声の方には視線をやらずに、“来い”とも“あっちへ行け”とも取れないような、
中途半端に手をひらひらさせるだけの返事をする。

俺は、船のいちばん突先の いちばん高いところで風を受けていた。
空の遠く遠くを見据えながら…。


「ジョニーってば!」
それから間もなくして再び聞こえたメイの声は、自分のすぐ横からで、そして少し拗ねているようだった。
「お」
メイは、俺を風の盾にするように立っていた。
「もぅ…ボクのこと手であしらおうなんて酷いんだから!」
そういいながら、同じ空を見やる。
「あ!ジョニー、これ見てたんだね」
そう言われて、心の中でドキッとする。
―――これ・・…?
空の遠くを見据えるようにしながらも、本当は…俺は空に映した過去を見ていたから。
俺の動揺には気づかなかったらしい。
メイは手を翳すと、眉間にしわを寄せた。
「このまま進むと…1時間後には突風が吹き荒れる雲に…突入?」
もう一度…今度は、目前に広がるその空に目をやると、確かにそんな雲が遙か向こうで出始めているのがわかる。
自分の云ったことがあってるか、メイは目をきらきら輝かせて俺を見上げていた。

メイを見つけたあの日から…もう八年近く。
(バトルでも無いのに何故か)錨を持っていたメイの手は、か弱く小さく頼りなかった子どものそれの面影はない。
―――成長…してんだなァ。
年寄りにも思える感慨に耽りながら、その自分を押し隠して云った。
「そうさなァ…よくわかったな」
メイの頭を海賊帽の上から撫でる。
へへ…。
メイは腰に手を当てると、得意げに笑って軽く鼻をこする。
「ただし…正確には55分後だ!」
威張るなよ、…とばかりに、メイを撫でたその手でそのまま軽く小突いた。
「ちぇっ…」
悔しそうに口を尖らせながらも、表情は明るく、楽しそうだ。
「さすがジョニーだねっ!ボクももっと見習わなきゃ!」
そう言って微笑むメイの笑顔が深く心に突き刺さる。

「じゃぁ、エイプリルに云ってくるね!!」
「頼む」
メイは、元気良くすべり降りて行った。

メイが降りていったあとも、ジョニーはそこに佇んで空を見つめていた。
空を見つめながら、再び 遠いあの日を思いを馳せた。




…あの雨の日。
戦いの中で、そこだけぽつんと置き去りにされたような、寂しい街の片隅で。
壊れた壁に頭をもたげて、ぺたんと座りこんでいた少女。
俺が目の前に立っても、手を伸ばしても指先一つ動かさず、ただ目前を凝視していた。
しかし、その目には何も映っていないことは火を見るより明らかだった。
「レェイディーが台無しだな…」
ボロボロになった、もう服とは呼べないような布きれの下に見える白かっただろうスリップすら、血で赤く染まっていた。
顔についた血の飛沫跡を拭うようにして、頬に手を添える。
それでも、その少女は何も反応しなかった。

それから、だいぶ時間がたったのだと…思う。
俺は、そこでその少女と出会ったことがまるで運命の様にすら思えて、その少女をそのまま抱きかかえた。
少しサングラスをずらして、サングラス越しでない少女を見る。
そのとき初めて少女の瞳が少し動いたのがわかった。
哀しみを押し隠し、精一杯に微笑む。
「帰ろうな…」
それ以外に、その少女にかける適切なコトバを思いつかなかった。
「一緒に…帰ろうな」
そのとき…だった。
少女の大きく見開かれた目から、ひとすじの雫が零れ落ちた。
「………あ…」
虚ろに淀んでいた目には、哀しみ苦しみが涙とともに溢れ出て、
その少女は、声もあげずにひたすら泣きじゃくった。



連れて返った少女をリープさんに託すと、俺は飛行艇の食堂で二人を待った。
小一時間ほど経ったときに、やっとそのドアが開いた。
「お。」
吸いかけの煙草を灰皿で押し消して、こねていた椅子から立ち上がる。
リープさんがドアの向こうで、少女を中に入るように促している声が聞こえた。

足音もなく、おずおずと歩み入れる少女は…先ほどのボロボロだった姿からは想像つかないほどだった。
艶のある茶色い髪。赤く腫れた傷も多かったが、それが彩りにさえ思えるような真っ白な肌。
大きなシャツをワンピースのようにして、ウェストで縛っている。
「まぁ…座んなよレェイディー」
どうすればのかわからず廻りを見回す少女に、向かいの椅子を指さした。
少し俺に視線を向けてから、えっちらと椅子によじ登る。

「こんな可愛い子とはねぇ~」
調理室から食事を運び込むリープさんが、少女に優しい笑みを向ける。
「さあ お嬢ちゃん…いっぱい食べなさいね」
「なんたって、リープさんの飯はマァ~ヴェラスにうまいからなぁ!」
そう云っても何も出ませんよ…さっき食べたでしょう?と、すまして肩をすくめるリープさんの腕や顔には、
風呂や洗面所で奮闘したらしい跡でいっぱいだった。
「お疲れさま…だな」
「そんなことないですよ。おやすいご用です」
そう微笑んでから、ドアから出ていった。

沈黙の走る部屋。
「さて…」
俺のそのコトバに一瞬肩を震わせる。
何かあったか。戦災孤児なら当然のこととも云えた。
しかし、それには気づかない振りをして話を続ける。
「まぁ…喰え。ほんとに美味いから。冷めると半減するぜ?」
俯けていた顔を少し上げ、湯気が上がっている温かい食事と俺の顔を交互に見て、ゆっくりとスプーンに手を伸ばした。
ふーふーと、2、3度息を吹きかけ、恐る恐るスープを口に運ぶ。
そのひとくちで、少女の表情ははっきりと緩んだのが見てとれた。
ふたくち、みくち…と食べすすむうちに、こわばっていた表情も消えていった。
次々にプレートの上の食べ物を口へ運んでいく その様を眺めていると、こちらの顔までほころぶようだった。



やっと、少し落ち着いたような表情になったその少女に、俺は尋ねた。
「親は…どうした?」
その少女はカチャンッ…とフォークを落とすが、表情は変わらず、ただ首を横に振った。
「…そうか。悪い」
無造作に尋ねたことを恥じたが、とうの少女は少し表情を暗くした以外に変化はなかった。
「お前さんの名前は?」
首を横に振る。
「名前…無いのか?」
首を横に振る。
この調子で、何を聞いても首を横に振るばかりだ。
家も、住んでいた場所も、どこから来たのかも、どこの国の人間なのかさえ。
―――どういうことだ…?
嘘をついているようにも見えない。
ただどこか…
「まさか…何も思い出せない…のか?」
呆けた表情で、初めて首を立てに振った。
「あちゃぁ…これじゃあ家に帰してやりたくても…無理だなぁ…」
「………」
返事をする代わりに、なんの感情も湧かない顔で――当然だ。記憶がないのだから――ただ俺をちらりと見返した。


少女は、目の前で俺があたふたしているのもまるで気にせずに、出された食事を全て食べ終わろうとしていた。
その、最後のひとくちを口に入れたときだった。
「メイ…メイってのはどうだ?」
ふと、口をついて出た名前。
口をもぐもぐさせながら、少女は何を云っているのかさっぱりわからないという表情だ。
「お前さんの名前だよ、名前!名無しじゃ都合が悪いしな」
ごくんと飲み込むと、“な・ま・え”と、口の動きだけで云った。
「そ。メイっていい名前じゃないか?呼びやすいし、ぴったりだぜ。」
「ついでに誕生日…も覚えてないなら、5月5日はどうだい?今夜は歓迎会と一緒に誕生日会もできるしなぁ」
メ・イ…と、やっぱり声には出さずに繰り返す。
「俺は、ジョニーって名前だ」

「………じょにー?」
俺は耳を疑った。
「お前さん…しゃべれるのか!?」
返事の代わりに、俺の名前をたどたどしく呼ぶ。
「じょにー?」
「そして、お前さんは“メイ”だ!」
「……め、い…」

その瞬間。
振動と、バターン!という大きな音と共にドアがはずれ、快賊団の面々がリープさんの下敷きになって転がりこんで来た。
「な…なにやってんの?お前さん方…」
「いいえね…私は立ち聞きなんてやめなさいって云ったんですよ…ホホ」
そう云って汗を拭く仕草をするリープさんの下で、人が藻掻いているようだった。
「り、リープさぁん!!言い訳はともかく早くどいてぇ~」
「あ…あら失礼…」
リープさんがのっそり起きあがると、下から3人…フェービー、ノーベル、そしてジュライが現れた。
「だって新団員って云うから、どんな子かなぁって通りがかったついでに挨拶しよぅかと…」
ノーベルは頭を打ったのか、さすりながら立ち上がった。
「ノーベルだけずるいじゃんか~!そしたら団長が珍しくたじたじしてるみたいだったから…」
あはは!と笑い合うその様子をぼーっと眺めていた少女にジュライが目線を向けた。
「名前はなんてーの?」
俺が答えようとしたところを遮って、ノーベルが口を開いた。
「メイちゃんか~呼びやすいし、ぴったりだぜ~」
「確かに可愛い名前だけど、団長が取り繕うみたいに付け足してんのが笑えるよな!」
「そうそう。ぴったりだぜ~ってなぁ!」
「あっはははは!」
すっかり立ち聞きされていたらしい。
―――お前らァ…。
つい拳を握り締めたときだった。
「………はは…あははっ!」
メイが笑った。
声をあげて。初めて見せる笑顔だった。
「あたしはジュライ。よろしくね!」
「俺はノーベルだ。主にメカニック担当。よろしくなっ!」
「あと猫のジャニスってのが居るんだが…」
子ども同士だからか、すぐにうち解け合ってしまうのに水を差すように口を挟む。
「おいおい…ちょっと待て。まだ入団決定ってわけじゃ…」
そう云ってみるものの、立て板に水だった。
「団長~ぉ、今更それはないでしょ~!連れてきた時点で決まってるようなものじゃない!」
そう答えるジュライの向こうで、ノーベルがメイに尋ねる。
「ここに一緒に住んで快賊やるんだ。どうだ?いいだろう?」
「……、うんっ!」
細い両腕に力をこめると きりっとした表情で答えたメイに、フェービーも歩み寄る。
「わたしはフェービー。よろしくね。皆ジョニーに拾われてここに居るの。私も一緒よ」
そう言って微笑むフェービーにメイも微笑みを返す。
「それから快賊団の母親代わりの…もう会ってるわよね、リープさんよ」
にっこり笑って、リープさんが手を差し出す。
「食事はどう?口に合った?」
「…はい」
そう照れくさそうに答えたメイは、リープさんと握手したあと、おずおずとスープカップを差し出した。
「あの…スープが…」
すごく…美味しかったです…と言いかけるメイに
「おかわりいかが?」
と微笑むと…
「ください!」
メイが今日の一番大きな声で答えた。

そうして、皆が笑い合ったのだった。




―――ん~懐かしいねぇ。
そこまで回想したとき、船が向きを変えて動き出した。
操舵室に、エイプリルとメイの影が見える。

俺はメイを拾って、名前と誕生日と居場所を与えた。
しかし、それはお尋ね者という立場と、好む好まないに関わらず戦いの場へと赴くこともあるという面も持っていた。
「俺に拾われたのが…運の尽き…、ってな」
帽子のつばを軽く弾いて、それからゆっくりと甲板へ降りて行った。


それでも。八年という年月を、考えないではいられなかった。
メイがジャパニーズというリスクを背負っているとしても、人との…人としての幸せを追う権利はあるのだ。
「人としての幸せ…」
ジョニーは呟いた。
「八年…か…」
危険と隣り合わせの快賊という家業から、足を洗わせるいい時期…なのかもしれないねぇ…――



「…ジョニー、…今なんて云ったの?」

「………。飛行艇から降りないか?と云ったんだ」

突然、思ってもみなかったことを、大好きなその人から云われたメイは 立ち尽くすしかなかった。
「快賊なんて危ない職業やめてだな…人並みの幸せを…」
立ち尽くしたまま、その頬に涙が溢れた。
「なんで…なんでそんなこと云うの?」
やっとの思いで、棒のようになったかのような足を動かすと、コートの襟を掴んでジョニーに食い下がる。
「ねぇ、なんで?ボクなにかした!?」
必死のメイの視線に耐えられないジョニーは、サングラスの奥で目を逸らした。
「もう八年たった…お前さんも成長したから、ここらで下でいい生活してもいいんじゃないかと思ってな」
精一杯の明るい声で、事も無げに云う様を取り繕った。
メイは、すっ…と掴んでいたコートから手を放す。
「本気で…云ってるの?」
「………ああ」
最後通牒を突きつけられたメイは、ジョニーのバカっ!…と、それだけ言い捨てて自室へ走っていった。


「団長 ひっどーい」
すぐに団員に囲まれた。
「なんでメイにだけ、あんなこと云うのさ」
「な…なんだ、お前さんたち…聞いてたのかァ!?趣味悪ぃーぞ!?」
ぱかーん!と、皆から頭を叩かれる。
「団長…メイの気持ち考えて云ったの?」
エイプリルに尋ねられて、ごくんと唾を飲み込む。
「…ああ!考えたさ。だけどこのままじゃアイツは、快賊とジャパニーズ、二重のお尋ね者だ!」
そこまで云って、エイプリルを除く全員に再び叩かれた。
「それが考えてないっていうの!団長のヒトデナシ!」
――しかし、
エイプリルだけは気づいていた。
どんなに、“真面目に考えたけどおちゃらけてる”ふうを装って、掌を天に仰がせてはいても、
ジョニーの目は真剣なのだ、ということに…。



そのころ、メイは自室のベッドに突っ伏して泣いていた。
ひたすら、何も云えずに、ただ泣いていた。
哀しくて哀しくて、哀しくて。
部屋に誰かが入ってきたことにも気づかずに、ただ肩を震わせるだけだ。
「メイ…」
ベッドサイドから躊躇いがちに自分を呼ぶ声が聞こえ、真っ赤に腫らした目をしたメイがゆっくりと顔をあげた。
「あ…、…リープさん…」
そのリープを顔を見ると、また涙が思いきりあふれ出す。
「リープさぁんっ!」
リープの胸で再び泣き出すメイの頭を、ゆっくりと撫でながら云った。
「ジョニーも悪気があるわけじゃないんだよ」
「アンタの幸せを心から願ってるから、ああ云ってしまうんだ」
「不器用な子だよねぇ…ほんとうに」

慰められても猶あふれる涙を拭って、メイが少しだけ顔をあげる。
「ボクはね…人並みの幸せなんか欲しくない。ボクは…ボクの幸せが欲しいんだ」
「ジョニーが居て、リープさんが居て、みんなが居る」
「ここが、この快賊団がボクの幸せなのに…なのに…」
そこまで云って、再び顔を埋めた。
「メイ…」
慰める言葉を失ったリープは、メイの頭を撫で続けるだけだった。




ジョニーとメイの間には気まずい空気が流れたまま日は暮れ、闇が空を包んでも船内は妙な緊張に包まれたままだった。
二人とも食事に出ては来ず、それぞれの団員たちもどうすればいいのかわからず、
そのことに関して、皆は口を噤んだ。


「ジョニー…今…いい?」
ジョニーがノックの音を聞きつけてドアを開けると、そこには沈んだ表情のエイプリルが立っていた。
「いらっしゃい」
部屋へ招き入れる。
エイプリルは近くに誰も居ないのを確かめると、ドアを閉めてそのドアにもたれかかった。
「ジョニー…ホントに本気なんだね」
そこらにあった酒ビンからひとくち酒を喉に流し込んでから、、ジョニーは重たく口を開く。
「………ああ」
「その方がメイのためだって…?」
俯いて 少しの沈黙のあと、正直…わからねぇ。と、そう呟いた。
「ただひとつわかることは、快賊をやめれば賞金首としての価値はなくなるし」
「アイツも下に降りて、人並みの幸せが得られる…ってことだ」
もうひとくち酒ビンに口をつける。
「人並みの…幸せ…ね」
エイプリルが含みのある言い方をすると、ドアにある小窓のガラスを指で弾いた。

「だって…そうだろ?保護したあと…すぐに船を下りていれば、錨を振り回すような怪力にはならなかった!」
強い調子でジョニーは云う。まるで、自分に言い聞かせるように・・・・・・・・・・・・。
「でもそうしてたら、私はメイとは出会えなかった…」
ジョニーがエイプリルを拾ってきたのは、メイを見つけたそのほんの少しあとだったから。
「…エイプリル……、済まない」

「まぁ…あの怪力は生まれつきだと思うよ。まさかここに来たから鍛えたって、錨は…持てないでしょうよ」
「…そんなもんか?」
ジョニーのためにやらなきゃならない…って云われたら、仮に持てなくても、持てるように鍛えたでしょうけど。
エイプリルは、そう云いたくなるのを我慢して
「…たぶんね」
そう呟いた。

邪魔してごめんなさい。おやすみなさい。
少し寂しげな表情で挨拶をしたエイプリルが出ていった部屋は不思議な沈黙が残されて、
ジョニーは再び酒をあおった。
「メイには…下で人並みの幸せをつかんでほしい…それの何が悪い…」
そう呟いて、拳をベッドにたたきつける。
ぼすっ…と、叩き甲斐の無い音だけが返ってきた。

あれ以来、メイはほとんど口をきかなくなっていた。
空を見つめて、雲を見つめては、なにか考え事をしているようだった。
以前はメイがジョニーを追いかけていたのに、今はジョニーがひたすらメイを目線で追っている。
そうしていることに気づくたび、ジョニーは舌打ちしながら何かを自分に言い聞かせるようにメイから目を逸らした。



「ったく、団長もだらしないよな~。だらしないのは女性関係だけかと思ったが…」
ノーベルは壁に寄りかかって、呆れた…という仕草をしてみせる。
「まぁ…結局は団長も、純な少年…ってわけよね」
フェービーとセフィーが笑い合う。
そこで、ふとオクティが口を開いた。
「これも…。団長がだらしないのは、これも女性関係問題だからじゃないですか…?」
その言葉に、皆きょとんと目を丸くする。
オーガスだけが、ちょっと離れたところで、うなずいていた。
「オクティ…うがった意見云うじゃねーか!」
そうか!とばかりに、ポンッと手を打ち鳴らすと、ノーベルがオクティの肩を力強く叩いた。
「そういうことかぁ~」
団員たちがなんとなく納得し合い、団長もだらしないよね…と苦笑いを浮かべていると、
向こうでジョニーの声がして、思わず皆は振り向いた。


「メェー--イ!」
ジョニーがメイを呼んだ。
声もなく、目の辺りを赤くしたメイが、ドアの影から元気の欠片もない表情で姿を現した。
「天気もいいし、最近パッとしないし、ここらで一発勝負してみねーかァ?」
無理に明るく見せようとするジョニーの大降りな仕草が痛々しい。
誰のせいだ…ボソッと呟いてから、メイは口の端をキッとつり上げた。
「…いいよ」

「せっかくだしな…なにか賭けよーぜ」
メイは無言で錨の用意を始めている。
「何がいいかな~あ…」
ジョニーはメイをちらりと見やるが、メイはジョニーの方を一度も見ようとはしなかった。

メイが錨を担ぎ上げた瞬間にジョニーは
――自分でもわかってる――卑怯な賭を提案した。
「俺が勝ったら…お前さんが船を下り…」
言いかけたジョニーの言葉を、直ぐさまメイが遮った。
「ジョニーの…好きにすればいい」


ジョニーが戦いの舞台へあがってくることに気づくと、メイは直ぐさま人差し指一本を立て、ジョニーへ向けた。
「なんだい?一発でKOって云うのかァ?そうはいかないぜ」
おちょくって見せるジョニーに対して、周囲が唖然とするほどにメイは表情を浮かべず、ただ淡々としていた。
「誰もそんなこと云ってないよ」
冷たく言い放つ。

ひとつ大きくため息をつくと、メイは決心したようにゆっくりと話しだす。
「ボクは、ジョニーより先に一発ジョニーにお見舞いする」
「できるもんならなァ」
少し小馬鹿にしたような姿勢で、ちょい、と帽子のツバを上げたジョニーはそのあとの言葉に耳を疑った。
「でも、それ以上の反撃はしない。勿論ガードもね」
「…どういうことだ?」
眉間にしわを寄せて、メイを見下ろす。
メイは、錨で肩を軽く叩きながら、さも鬱陶しげに云った。
「鈍いなぁ。ジョニーに選ばせてあげるって云ってるんだよ」

「ジョニーがボクをどうしても船から降ろしたければ、そのまま攻撃を続ければいい」
「ボクはガードしないから、簡単だよね」

「ジョニーが、ボクを船に残してもいいって云うんなら、そのまま攻撃をしなければいい」
「タイムアップでボクの勝ちだ」

面食らったジョニーはちょっと考えながら、小指を耳に突っ込んで掻く振りをする。
「それじゃあ…賭けの意味…、なくないか?」
メイは俯いて、拳を震わせた。
「こんな勝負…最初からなんの意味もないんだ」
「ボクの人生を、ボクの意志を無視して、勝負なんて時の運で決めようなんて失礼だよ」
メイの唇が歪む。
「ボクをなんだと思ってるの?」
錨を勢いよく船に打ち付けて、目にはまた大粒の涙をためていた。


「はいはい。そのくらいでやめておきなさい」
リープさんが手を打ちながら、二人の間へ入り込んだ。
「勝負するのはかまわないけど、やるなら何か別のことでやりなさいね」
「ほらほら…メイは部屋へ戻ってなさい」
ジョニーに向かって構えてた足を引くと、メイは踵を返した。
「リープさん…ありがと。」
メイは、後ろからでもわかるほどに俯いたまま、小さく口を開いた。
「ボクとってもムカついて…もし戦ってたら、負けてあげたくても、我を忘れて滅多打ちにしちゃってたかもしれないから…」
そんなメイを後ろからそっと抱きしめると、その背中を押した。


メイが甲板を降りていったのを確認してから、ジョニーに向き直る。
「ジョニー。この勝負は貴方の不戦敗です」
なんで不戦敗なのか…わかるわよね?リープさんがそう目で訴える。
うっ…、と、痛いところをつかれたジョニーは気まずそうに、サングラスを押し上げた。
「団長かっこわるーい」
「ちょっと見損なったな」
団員に口々に云われて、後ずさる。
「だって…しょうがねえだろ…あの場合!」
思わずジョニーはそう言い訳・・・をしてしまった。
「何がしょうがないのかしらねぇ…まぁ、胸に手を当てて考えてみなさいな」
そんなジョニーにそれだけ言い残すと、リープさんは皆の背を押して船室の方へ降りていった。

「だって………なぁ…?」
行き場の無くなった台詞を、手すりに座っていたジャニスに向けたが、
ジャニスはジョニーを冷たく一瞥しただけで、さっさと毛繕いの続きをし始めた。

「………なぁ…」



―――“ボクをなんだと思ってるの…”ねぇ…。
「大切に思ってるんだぜぃ」
調子のいい言葉も、天に向けた両手も虚しく空を切る。

先ほどからジョニーは、メイの部屋の前の廊下を端から端へと行ったり来たりしていた。
ノックしようとしながらも、何度もその手を引っ込めては再び廊下を歩き出す、くりかえしくりかえし…。
―――なぁ~にがいけなかったんかなぁ…。
何回目と数えきれないほどジョニーがノックしようとドアに手をのばし、
しかし…とその格好で考え込むように佇んでいると、バン!と、勢いよくメイの部屋のドアが開いたのだ。

「その…ジョニーの云う“大切”って…なにがどう大切なんだかサッパリわかんないんだけど…」
そう呟くと、横目でジョニーを睨みつけた。
その瞳はたった今まで泣いてましたと云わんばかりに赤く、メイは鼻をすする。
「入ったら?人の気配がずっと行ったり来たりしてるから、ボク疲れちゃった」
それだけ云うと、ドアを開けたまま自分はさっさと部屋に戻って行った。

ジョニーにとって、こんなに暗くて怖いメイは初めてだった。
あの日…はじめて“船を下りろ”と云った日から、こんな顔しか見せてないメイ…。
さっきまで考えていたことはすっかり忘れて、
そんなことばかり考えながら、ジョニーはメイの後ろ姿を追って部屋へ入った。


招き入れられたものの、ふたりの間に気まずい沈黙が走る。
ジョニーは耐えきれずにわざと大きな音を立てるように、ベッドに腰掛けた。
しかし、“気まずい”と思ったのはジョニーだけだったようで、
メイは窓辺に寄っかかり頬杖をついて、変わらぬ冷たい表情で窓の外を眺めている。

「…なぁ、…メイ?お前さん…」
「ジョニー?」
諭すような言い方が気に障ったように、メイがジョニーの言葉を遮って振り返った。
まるで、
“聞きたくない”
と、そんな表情をしていた。
「ねぇジョニー、ボクが好き?」
恋人とかそういう意味じゃなくて、家族として仲間として…、慌ててメイは付け足した。
「勿論だ」
頬杖をついた手を離し窓ガラスを指でなぞるメイの、それに映る顔がにっこりと微笑んだ。
「じゃあ、ボクが大切?」
「決まってるじゃないか」
そう云って、歩み寄ったジョニーがメイの頭を撫でようとした時だった。

「ボク、船を…下りてもいいよ」
窓辺に手をついて、ジョニーの方に向き直る。
「ボクを殺してけしてくれたら、下りてあげる」
たじろぐジョニーを見つめるメイの瞳は、真剣そのものだった。
「じゃなきゃ…ボクを知ってる人、ボクを“メイ”だって知ってる人を、みんな消して」
「リープさんも、エイプリルも…みんな殺して」
窓辺に立ったメイの後ろから射しこむ月の光と、メイが俯いたせいで、その顔は影しか見えない。
こんなに側に居るのに、表情の見て取れないもどかしさに、ジョニーは震える手を隠すように拳を握り締めた。
「誰もボクをメイだって知らなくなったら…メイって云うボクは消えるから」
顔の影から一筋の、こぼれ落ちる雫が僅かに光った。
「そうしたら、船を下りてあげる」

伸ばしかけたジョニーの手は、メイの頭を撫でることはできずに、宙に浮かせられたまま。
言葉を失ったまま。
その場に立ち尽くした。

メイがそんなジョニーに勢いよく飛びつくと、不意をつかれ尻餅を付いたジョニーの上に座り込む形になる。
そして、その胸のなかでメイは泣くのだった。
「ボク、下りたくないよ。ここに居たいよ。ジョニーとみんなと居たいよ!」
「ジョニーも居ない、みんなも居ないボクなんか、そんなの…いらないっ…」
どんどん と、ジョニーの胸を叩く。
“ジョニーのバカ…”
そう繰り返した。
「メイ…」
泣きじゃくる少女を、ジョニーはそっと抱き寄せた。


少女の嗚咽がやみ、肩の震えが止まっても、ふたりはそのままで居た。
星が空を縫うように流れ、窓から差しこむ月の光は輝きを増して、少女の茶色い髪と細く白い肩を照らしていた。

「メイ…」
ゆっくりと、ジョニーは穏やかな声で話はじめた。
「メイ…俺は…あの日お前さんを黙ってかっさらってきちまった…」
「探せば親が居たかも知れない…兄弟が居たかもしれないのに、問答無用で連れてきたんだ」
「そして…お前さんを当然のように団員にしちまった。俺達が快賊だってことも…半分忘れて…な」
「済まなかった…」
抱きしめられ、ジョニーの胸に頭をもたげたメイは何も答えず、ただ黙ってそれを聞いていた。

「お前さんに名前をやったのも…お前さんを縛るつもりなんか毛頭なかった…」
「が、結果、そうなっちまったことも…本当のことだ」
優しくメイの頭を撫でながら、ジョニーが時折メイの名前を呼ぶと、
メイはそれに答えるように、握っていたジョニーの襟を強く握りなおす。
「お前さんに選択の余地を与えなかった。ここに居ることを強要しちまった」
「それも…済まなかった」

「だからァ…これは、俺様なりのケジメだったんだァ…な…コレが」
そのときはじめて、くすっ…と笑い声が聞こえる。
くすくすと笑いながら、ゆっくりとメイが顔を上げた。
「ジョニー…口調がいつもに戻ってるよ…」
「そ、そーかァ…?」
思いもしないメイの応えに、ははは…とジョニーが力無く笑ったときだった。
“ばっちー--ん!”
激しい音と共に、一瞬でその視界が真横へ移動した。
ふと我に返ると、メイが怒った顔で、赤くなった掌をこちらへ向けていた。
平手打ちをお見舞いされたのだった。
再び不意をつかれたジョニーは、唖然とした顔で自分の胸のなかにいるメイに目をやると、
ジョニーのコートを握って、その肩を震わせていた。
「ジョニーはひとりで背負いこみ過ぎなんだよ。もっと…自分のしたことを信じてよ!」

“ボクを拾って名前をくれたことを、ボクは心から感謝しているんだ”
“ここに来れたことを…後悔なんかするわけがない”“せめて、それだけは…信じて”
そう、強い瞳がジョニーに訴えかけた。

「ボクはジョニーに拾われる前の記憶は何も無い。でも…それを見つけようとも思わない」
「だって。ボクはジョニーとの記憶が…みんなとの記憶があれば、それでいいんだから」
メイが泣き笑いして、頷いた。
「ここに来て…これ以上無いくらいの幸せを…見つけたんだから」
ボクの幸せ。
そう云って、胸をそっとおさえる。
―――信じて。
“温かい感情が溢れる心、幸せなボク”

メイに暖かな安堵の色の でもどこか寂しげな目を向けて、メイがぽつりぽつりと話すのにジョニーは耳を傾けた。
「ボクはもう…とっくに選んでたよ」
「ジョニーが連れて返ってくれたあの日…ボクに名前をくれたあの日に…ね」
もう一度、ジョニーの胸に顔を埋めると、メイは呟いた。
「ジョニーのために…生きるって」

コトン…と、サングラスが床に置かれた。
ジョニーはメイの両肩に手をおくと、躰から少し離させてその顔をのぞきこむ。
「メイ…お前さんは…“我がジェリーフィッシュ快賊団の一員”…だな?」
メイが頷く。
「そうだよ。今までも…これからも…ずっと…」

「ずっと…」



「みんな、おっはよー!起きてー!」
空が明るみ始めた頃、朝も早くからメイが元気一杯に船を走り回っていた。
「すがすがしい朝だよっ!今日も元気に働こうねーっ!」
まだパジャマ姿のノーベルが目をこすりながら部屋から出てきた。その手には枕が抱えられている。
「メイ…うるさい」
あっ!ごっめーん!…とは云うが、あまり謝っているようには見えない。
そのまま甲板へと駆けだした。

―――ああ…いつものメイだ。


「どうしたの?昨日とは打って変わって…やけに元気じゃない?」
メイの大きな声で目を醒ましたらしい、
未だ寝ぼけ眼の団員達がのそのそと起き出してきて、勢いよく走り回るメイを見て意外そうな顔をする。
本心では、団長とどうなったの!?…と聞きたくて仕方ないようだが、
眠たい気持ちが先んじているのか、誰もはっきり尋ねようとはしなかった。
「うん…あのね!入団当初に立ち返って、新しい気持ちで頑張ろうかと思って!」
そう言ってメイがにっこりと笑う。
その様子で、団員たちもなんとなく察したようだった。
「あー…じゃぁ、メイ」
セフィーが声をかける。
「ん?なになに?」
「錨は置いといて…これ持ってくれる?」
はーい!と元気の良い返事とともに、メイがセフィーから受け取ったものは…
「何コレぇ…モップ!?」
「やっぱ新入りさんには、掃除から初めてもらわないとね!」
ジュライがにやり…とセフィーに笑いかけると、セフィーも笑顔で答えた。
「…です!」

「そんなぁ…ボクそんなつもりじゃ…」
眉を寄せると不満げに、両手に持ったモップを見てため息をつく。
が、団員は皆、同じ気持ちのようで、起こされた恨みも相まって皆がメイを見てにやにやしている。
「観念しなって!」
エイプリルがメイの肩を叩く。
「んもー!」

怒りながらも、メイは錨を使うようにモップを大きく弧を描かせて回し、肩に乗せた。
そして、外へ足を向けると、再び元気良く走り出した。

「本日快晴!メイも元気でーっす!」




甲板へ上がる階段の中程に立ち、それを眺めていたジョニーを見つけるとエイプリルはそっと歩み寄った。
「だーんちょvv」
エイプリルにおどけた声で呼ばれ、ジョニーは片眉をあげて苦笑しながら振り返る。
エイプリルも、ジョニーにならって、その横の手すりにもたれかかった。
「なにがあったかは聞きませんけどねー…まぁ、メイが元気になってくれて よかったよかった」
あんなに揉めたのが、昨日までのことだったとは…。
少し前にその姿をはっきりと顕した太陽の光は、階段までも差しこんで、
ジョニーはその光を遮るようにサングラスを押し上げて云った。
「済まなかった…なァ。他のレェイディーたちにも…伝えておいてくれ」
アイアイ。
そう手をにぎにぎっとして、頷いた。

甲板へと繋がる入り口のドアは開け放されていて、メイが忙しそうに右から左へ、また左から右へと
モップかけをしているのが目に入る。
「あーぁ、あんなに張り切って」
いつかコケるぞ…と、眩しく目を細めながらそんなメイを見つめたエイプリルが、ゆっくりと口を開いた。
「メイには…ジョニーが必要なんだよ。他の誰でもない…ジョニーが…居ることがメイの幸せ…」
―――違う?
…とでも云うふうに、ジョニーに人差し指を向ける。
「いや~、女の勘には適わないぜ…」
降参…、とばかりに、ジョニーは肩をすくめた。
―――実際、メイと居る時間はジョニーより長いんだから!
そんな風に笑って、エイプリルは来た階段を再び駆け上がって行った。

その後ろ姿を追って、ジョニーも甲板際まで階段を上る。
ふいにメイを心配する声と、笑い声が聞こえた。
団員たちに見守られながらモップをかけていたメイが、濡れた甲板で滑って転がったらしかった。
が、照れ笑いしながらすぐに立ち上がると、メイはまた再びモップを握って走り出す。

そんな、空に映える明るいオレンジ色の服を着た少女を…遠くから見つめた。


―――メイ…。
メイを…ここに留めておくことは、俺の我が儘だと思っていた。
あんな風に連れてきた、そのことが余計に俺を後ろめたくさせ、負い目を感じさせていた。
だから、突き放した。

…違ったんだな。
メイは…自分の意志で、自分のために、ここに居た…留まった。

いい天気だ。
風は良風。雲行きも上々。
空を仰ぐ。

そう…あの日…。
メイを瓦礫のなかから見つけたあの日は、哀しく冷たい雨の日だった。
しかし、その次の年からずっと…毎年必ずメイの誕生日には、見事な五月晴れを見せていた。
メイの心が、いつもそう晴れているのなら。
そう…なんど願ったことか。
それが少しだけ確信に変わった…五月のある日。




ボクはもう…選んでた。
見つけてた、ジョニーを。
ジョニーのために生きる、
ジョニーと共に生きる…って。
そして、わかってた。
―――それこそが、ボクの幸せなんだって。
















「ジョニーっ!?」
一人の少女が甲板を駆けていく。
「ジョニぃぃぃ~どこ~!?」



―Birth Day―




探し人を追いかけて甲板を降りようとしていた少女がふと立ち止まる。
「あ、メイ」
“ジョニー”を探しているらしいその少女は、“メイ”と呼ばれると振り向いた。
「ディズィー!ジョニー知らない?」
ディズィーは、大きな羽根と尻尾を揺らしながら、ジョニーからの伝言を伝える。
「先ほど出かけられました…ちょっと出てくるからメイに伝えといてくれ…って」
「そんなぁ…」
今にも泣きださんばかりに、自分の服の裾を掴む。
其の服は、そんなメイの表情とは裏腹に明るく綺麗な橙色をしていた。
「ジョニーってば、今日が何日だと思ってるのさぁ~……」
赤くした頬を膨らませて、甲板から降りていく。
「あ…あの…メイ!それでですね…」
もう、ディズィーの言葉は耳に入らなかった。
「それで…あの…夜には帰ってくるって…云ってたんですケド…聞こえてませんね…」



―――“たんじょうび”
ボクの“たんじょうび”は、ただの“たんじょうび”じゃないんだ。
ベッドに転がり込んだメイは、ぼすっ…と頭を枕に埋めた。
「ただの…たんじょうび…ってだけじゃ…な・い・ん・だ、ぞー!」
枕元にあるジョニーの写真の入ったフォトスタンドのガラスを爪で弾く。
「はーあ…」
しかしながら、いくら写真に物言いしても、写真は写真。
大きくため息をついた。
「ジョニーの…ばぁーか…」

ボクのたんじょうびは、ボクが、“ただ生まれた日”じゃないんだ。
ジョニーがボクを見つけてくれた日。
ジョニーがボクを拾ってくれた日。
ジェリーフィッシュ快賊団に連れて行ってくれた日。
ジェリーフィッシュ快賊団のメイが生まれた日。
…ジョニーがボクに“メイ”って名前をくれた日。

と く べ つ な 日 。

誰にも譲れない。
いちばん大切な日。
なのに…
なのに。ジョニーは。

「ぅえ~ん……」
部屋の隅の見えないところまで放り投げてしまいたかったフォトスタンドを、そうすることもできずに、抱きしめた。




次にメイの目に入った物は、暗い部屋と窓から射しこむ月明かりだった。
「あれ…もぅ夜か…」
あれから泣き寝入りしてしまったらしい。
涙が流れた跡のある少しピリピリする皮膚と、赤くなってるであろう目をこする。
「何時だろ…」
惰性的に呟く。
だって、ジョニーが居ないなら、今が何日の何時でも別に構わないのだから。
ハタとそのことに気づくと、時計にのばしかけた手を止め、ベッドの上に無造作に投げ出した。
「あーぁ…」
そうため息をついて寝返りをうったときだった。
そこにある筈のない、黒い大きな影が目に入る。
「………」
暗闇の中で目を凝らすと、ベッドサイドにジョニーが座っていたのだ。
「…ジョ、ジョニー!?」

「……ん…」
さっきまで気配もなく微動だにしなかった影が、のっそりと動き始める。
―――ああ…起きたかぃ。
そんな風にメイに目をやって、自らも眠気を覚ますように大きく伸びをした。
「お前さんがどんなに首を長くして待ってるかと思って帰ってきてみればァ…」
「気持ちよさそ~うに寝てるから、俺様もついウトウトしてしまってな」
そう云って、メイの頭をポンポンっと叩く。

小さい子をなだめるようにジョニーの手はメイに置かれたままだ。
メイは、口をへの字に曲げると、恨みがましそうな瞳でジョニーを見上げた。
―――寝てたんじゃない。
気持ちよさそうに寝てたわけじゃない!
ジョニーが居ないから…。
なんで、よりによってボクの誕生日に出かけるの?
ジョニーのばか!
「………」
もっともっと云いたいことはあったのに、当のジョニーを前にすると何も言えなくなってしまう。
「どうした?」
そう聞かれても
「なんでも…ない」
そう答えることしかできずに、しょんぼりと肩を落とした。
「…そうか」
「………」

あからさまに元気のないメイにジョニーは困ったような表情をしながら、未だ頭に乗せてあるその手に力をいれる。
くっ…と。
少しだけメイの頭が、額が上を向く。
「…あ……」
ひたいにかすかなくちびるのかんしょく。
「はっぴー…ばーすでぃ」
ジョニーが耳元で囁いた。
メイは真っ赤になって、さっきまでジョニーの唇が触れていた場所に手をあてる。
「ああ……あ・ありがと…」
メイはそのまま恥ずかしそうに俯くだけだ。
「“額じゃイヤ!”とか云わねーんだなァ、今日は」
「ん…」
メイは自分でも不思議に思ったが、
―――なんだか今日は、今はこの方が嬉しい。

「で。何が欲しいんだ?お姫様」
ジョニーが床に膝をつくと、メイの方が微かに背が高くなる。
窓越しの月の光を浴びたジョニーが、メイを見上げた。
「なんに…しようかな」
いつもと違う角度だと、なんだかジョニーもいつもと違うように見えて、どこか照れくさい。
その表情さえもが違って見える。
「なんでも。お姫様のお気に召すままに」
明るい月光のためにサングラスの奥がはっきりと見えないことに、メイは少しホッとした。

少し考えてから、メイはにっこりと微笑むと、両手を差し出して言った。
「抱っこ。それから、ジョニーの子守歌!」
意外な答えに、ジョニーがきょとんとして聞き返す。
「…そんなのでいいのかぃ?」
思わず聞き返しちまった…そんなジョニーの意外そうな顔に頬をふくらませると、
何も云わずに差し出した両手で、改めて催促をする。
「はいはい…」
苦笑しながらメイの躰を引き寄せると、十分に躰を預けられるようにしっかりと支えた。
何時もは、「子ども扱いしないでよぉ~!」と喰ってかかるのに…
―――やれやれ。レェイディーは複雑だ。
そんな風に肩をすくめた。

ジョニーの腕の中で、メイはあの日を思い出していた。
街は、見える全てが瓦礫の山で、感じられるものは、血と何かが焦げる臭いだけ。
どんより重くたれ込めた空と、其れを染めようとする赤い火。
どこか寒かったあの日。
どうしたらいいのかわからずに、
どうすることもできずに、
ただうずくまっていた。
そこに差し伸べられた大きな手。
自分を抱きしめてくれた大きな腕。
そのときから、それが世界の全てになった。

「ジョニー…」
ジョニーの肩に頭をもたげて、メイが呟く。
「ジョニー…ありがとう」
ジョニーの静かな子守歌が、メイを再び優しく包んだ。



一応、「お子さま扱いしてるけど、ジョニーは一番メイが大切&好き。でもそれを認めたくない」がうちのラインです。
でも今回はメイが異様にロリっぽいです。ガキどころか幼児並みです。年の差大好きですがやりすぎたかな。
シリアスでもメイシューズのピコピコが鳴るのを考えると洒落にならんけど楽しいな、とかつい考えてます。
ここまで読んで下さってありがとうございました。感想などお聞かせ願えれば幸いです。

jm

「各自出航まで自由にしてよーし!」
頭領であるジョニーの宣言に、操舵室に集まったジェリーフィッシュ快賊団のクルーである少女たちから、わっと歓声があがる。
とある港、停泊2日目のことだった。
飛行艇での生活に不自由はないとは言ってもやはり制限があり、燃料や食料などの資材補給で地上に降りる時を利用しての束の間の散策を皆楽しみにしていた。が、何所に行っても他より"少しばかり"有名で、他より"いくらか"目立っているジェリーフィッシュ快賊団のメンバーは、義賊とはいえ立派な犯罪者でありお尋ね者である。だから但し、とジョニーも念を押すことを忘れない。
「あー、うちのレディ達に限って心配ないとは思うが、念のため言っておく。必要のない揉め事はノー・サンキューだ。一般の皆さんに迷惑をかけるなんてえ野暮もなし。それから、出航時間にゃ遅れるんじゃあないぜ。オーケイ?」
了解、はーい、と口々に応えるクルーたち。頷くジョニーの耳に、でもー、という声が届いた。
「でも、どした?」
「んー…あたしたちは大丈夫だけど、団長がねー」
「なんだあ?俺か?」
「そうそう」
「団長は前科があるもんね~」
ねー、という合唱。ええっとね、と情報通を自認するエイプリルが指を折っていく。
「今年に入っても、確実に判ってるだけでまず警察に3回、しつこい賞金稼ぎに追いかけられて2回、」
おいおい、そいつは不可抗力ってヤツだろうと苦笑いするジョニーに構わず、エイプリルは続ける。
「女の人口説いてて遅刻、5回」
「………」
「…エイプリル、ナンパで遅刻は7回だよ」
すかさず訂正し、メイは上目遣いに恨めしそうな視線をジョニーに向けると、確実に、判ってるだけで、と強調した。
「そうだよね、ジョニー?」
「………」
「ジョーニーーィー?」
「………」
無言のままジョニーはクルーに背を向け、そのままゴホンとわざとらしい咳払いを一つする。まったく、こいつらの情報収集能力も侮れねえなぁと胸中で呟きつつ、
「えー、以上で解散。我がジェリーフィッシュ快賊団のレディ達、気をつけて、行ってらっしゃい」
背中越しにひらひら手を振ってみせると、
「もうっ、すぐそうやって誤魔化そうとする!」
案の定メイが食いついて来た。
「んー?どうしたよ。もう解散だぜ、ベイビィ?」
「ジョニーーーーーっ」
「ねえメイ、自由時間なくなっちゃうよ」
「エイプリル、待って!まだボクはジョニーに言いたいことがあるんだから!」
「もー、団長のアレは病気みたいなものでしょ。ほら、早く行こうよ」
「病っ…ちょっと、それはヒドイんじゃない、エイプリル!!そりゃホントの事だけど…って、わあん、もうっ、ジョニーのバカーっ!」
エイプリルに引きずられるようにして大騒ぎのメイ退出。見慣れた光景を笑いをかみ殺しながら見守っていた他の団員たちも、彼女たちに続いて操舵室を出て行った。
病気だバカだと好き勝手言われたジョニーは、やれやれと首を振る。
「いつもの事だがまるでハリケーンだな、ありゃあ」
呟いてブリッジに向かう廊下に自らも出た。自分を呼ぶ小型だがイキのいいハリケーンの、賑やかな声が通路の奥から届く。そういえばハリケーンには女の名前が付けられるんだったなと思い出し、サングラスに隠れたのブルーの瞳が微笑んだ。
jm

■ gimme some lovin'







タラップを降りていくクルーを見守っていたジョニーは、ふと足元に視線を落とした。
「ヘイ、待った!」
そうひょいっと抱き上げたのは、皆について行こうとしていたメンバーの中で一番幼いマーチだった。
「おチビさんよ、今日は俺と留守番だ、っと…」
クルーの誰かに連れて行かせても良かったが、一応お尋ね者の身ゆえにどんなハプニングが起こらないとも限らない。夫々自己防衛の手段を持っていてもそれは最低限―メイはちょいとばかり特殊な例だが―で、何かあった場合マーチの存在がネックにならないとは言い切れない。だからもうちっと大きくなるまでの辛抱だベイビーと小脇に抱え直す。マーチはきゃあきゃあ言いながら、手足をばたつかせて喜んだ。
「ねえ、ジョニーは行かないの?」
「うん?」
「行かないのって聞いてんの」
留守番と言う単語に反応したメイが振り向き、適当にマーチをあやしているジョニーにねえと繰り返す。
「まあな」
クルーにはあまり関らせたくないような物騒な連中とのコンタクトは既に昨日の内に行い、必要と思われる情報は仕入れてきていた。そこいらの同じ年頃の娘たちに比べれば随分と荒っぽくしたたかな生活を送っている彼女たちだが、快賊団のメンバーを必要以上に社会の裏の部分と関わらせるようなことは、ジョニーはしない。
うちの大事なレディ達に見せたくねえもんが、裏の世界にゃ多いんでな…。
笑顔で下船するクルー達に視線を転じながらジョニーは思う。あいつらが関わるのは、メイがよく言うところの゛ちょっぴり裏街道゛くらいでいい。避けられない後ろ暗い部分があるなら、それは俺が引き受けりゃ済む事だ。
但しそんな想いは濃い色のサングラスの奥に隠したままで、ただ今日はシップとおチビさんの子守りだと軽く肩を竦めて見せるに留める。半分しか見えない表情と、いつもと変わらない余裕の笑みを貼り付かせたジョニーに納得したのかしないのか、メイはふうんと頷いた。それから少し考えて、何かをねだるような目をジョニーに向ける。
「あのさ、ジョニーが行かないんだったらボク、」
「はい、ストップ!」
最後まで言わせず、マーチを肩車しながらフムと器用に片眉だけ吊り上げたジョニーに、なにようとメイはたじろぐ。
「そいつはダーメ」
「な、なんでっ!…っていうかまだボク何も言ってないんだけど!」
むっとするメイだが、こういう状況で彼女が言いそうなことは決まっているので、ジョニーも先回りな答えを返す。
「留守番はこのパ~フェクトなジョニー様に任せときな」
「ジョニーが、」
やんわりとだが拒絶されたことに少し傷つきながら、それでもメイはめげずに食い下がる。
「ジョニーがパーフェクトなのはよーーっくわかってるよ。けど、ほら、何かあったときに一人じゃ大変、でしょ?だからボクも一緒に…」
「ん~、そいつはちょっといただけねえ話だなァ」
メイの言葉を遮り、おまえさんエイプリルと約束してんだろうがと、彼女の顔を覗き込むようにしてげんこつでコツンと額を小突く。
「うっ…そ、それはそう、だけど…でも、」
「でもはナシ」
だって。
「守れねえなら約束した意味がねえよなぁ」
わかってるけど。
「ヘーイ、ハニー?」
ジョニーと一緒にいたいんだもの。
「メーイ?聞こえてるかい?」
「…聞こえてる」
ジョニーの言っていることは正しい。自分勝手なことを言っているのも解っている。でももう少しボクの気持ちも汲んで欲しいと思うのは、タダのわがまま?
黙り込んだメイに返事を促すように、ジョニーはうん?と首を傾げてみせた。上目遣いにジョニーの表情を伺いながらメイは、結局小さな声で「わかった」と呟く。結局いつもこのパターンだ。
「エクセレント!」
いい子だというようにジョニーはふてくされた顔のメイの頭をぽんぽんと撫でる。
大きな優しい手に撫でられて、嬉しいようなくすぐったいような…照れ隠しもあってメイは言う。
「ジョニー!子ども扱いしないでって言ってるでしょっ」
「はいはいっと」
「もうっ!」
言ってる側からこれだもん!ジョニーの態度にメイはプイとそっぽを向いた。
「ほれ、急がねえとエイプリルが待ちくたびれてるぜ?」
さっさと行った行った、とメイの体の向きを変えて背中を押す。
「うう…じゃ、行ってくるね」
「おう、気ィつけてな。…なんだがマーチよ。おまえ、ちっとはじっとしてらんねえのかい」
マーチはジョニーのトレードマークの一つである帽子をばふばふ叩きまわった挙句毟り取り、結えた髪を掴んで引っ張ったり振り回したりと先ほどからずっと忙しい。最初の内こそ肩車にご機嫌だったのだが、相手にして貰えないので手近にあるオモチャ―この場合ジョニーの頭―で遊び始めていた。ぐしゃぐしゃにされてちょっと様にならない状態に、いい男が台無しじゃねえかとジョニーはぼやいて見せた。
「あー…そうだ。メイ」
「なにっ?」
呼ばれて顔を輝かせて振り返るメイだったが、
「そいつは」
「へ?」
それだ、それとジョニーが指し示すのは、メイ愛用の巨大な錨。
「邪魔にならねえ所に置いといてくれよ」
「~~っ!いい、マーチ!ジョニーが浮気しないように、しーっかり見張ってるんだよっ!」
捨て台詞を残して、メイはどかどかとタラップを駆け下りる。
ジョニーが不機嫌な背中に転ぶんじゃねえぞーと声をかけると、「べーっ!」と盛大なあかんべえが返ってきた。
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]