見渡す先は、雲ひとつない見事な五月晴れ。何処までも澄み切った青い空は見る者の心を浮き立たせる。けれどもメイはその空を目の前にして、心に小さな雨雲を抱いていた。
「メーイーっ?」
風に乗ってエイプリルの声が聞こえたが、自分を探す親友の声を無視して、メイは甲板の上で抱えた膝をさらに引き寄せて縮こまった。
「あー、いたいた。まったく、こんなとこで何してんの?」
「………別にぃ………」
見つけたメイの声には覇気がなく、どこか投げやりに聞こえる。その様子にエイプリルはメイの不機嫌に原因に思い当たって曖昧に笑って見せた。
「もう。せっかくのおめでたい日に、なーに拗ねてるのよ」
「だって…だって今日はボクの---」
「メイ?」
ボク? と唇の動きだけで注意され、慌てて言い直す。
「私の、特別な誕生日なのにさ、ジョニーってばいないんだもん!」
今日は今までの十九回の誕生日とは訳が違うのだ。それなのに朝からジョニーの姿は見当たらない。
「そりゃね、ジョニーが仕事で忙しいのはわかるよ。でもね、今日くらいはボ…私のこと、優先してくれたっていいと思わない?」
「大丈夫だって。大体クルーの誕生日は盛大にパーティーしようって言い出したのはキャプテンなんだから、ちゃんと戻ってくるって」
「う~、ホントに大丈夫かなぁ…?」
「ヘーキ、ヘーキ。
ほら、みんなが待ってるよ。主役がいなきゃ始まらないでしょ」
何となく軽くあしらわれてしまった気がしないでもないが、エイプリルの言っていることももっともだ。
メイは不機嫌を飲み込んで、促されるままに甲板を下りた。
窓の外を流れる景色はすっかり暗くなり、時計の針はあと半周もしないで明日へとなってしまう。
先ほどまで盛り上がっていたパーティー会場は、今は今にも泣き出しそうなメイを中心にして静まりかえっていた。
「……ジョニーの………、ジョニーの……………っ」
感情を押し殺した低い呟き。これは嵐の前兆に他ならない。次の瞬間、メイは盛大に泣き出すか、もしくは手のつけられないほどに暴れ出すだろう。
どちらに転んでも歓迎できない事態を目前にクルー全員が覚悟を決めた時、思いがけないタイミングで件の人物から通信が入った。
『ザッ……、ようみんな、楽しんでるかい?』
「ジョニー!?」
ダダダッと音を立てそうな勢いで、メイが通信機に囓りつく。
「ちょっと、ジョニー! 一体どこで何してるのよ? ボクがどんな思いでねぇ…」
『いやー、絶好のロケーションを探すのに手間取っちまってな』
「どこにいるのよー!!」
『すぅーぐ下だぜ? 見てみな、ベィベェ』
後半のジョニーの台詞が終わる前に、メイは近くの窓へとへばりついた。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは大きく丸い月が映った蒼い海。そこで無数のイルカが思い思いに踊っている。
「すごい…キレイ……」
『だろ? これをメイに見せたくて探しに出てたんだが、ちと情報に齟齬があってな』
それでこんなに遅くなってしまったのだという。
とりあえずジョニーを回収するために飛空廷が降下し、メイが甲板まで向かえに出る。
「俺からのバースディプレゼント、気に入って貰えたか?」
「うん! 最高だったよ」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、メイは満面の笑みである。
「そいつはよかった。それともうひとつ…。
HappyBirthday、メイ。これでお前さんも立派なレディの仲間入りだ」
手渡されたのは真っ赤なバラの花束。バラの数はメイの歳と同じ数---二十本。
「レディには赤いバラを送るのが俺の主義だからな」
そう、今日でメイは二十歳になる。これでやっと、愛しい人と同じラインに立てるのだ。
「ジョニー、ありがとう!」
ここからが新しいスタートライン。
待っててね、ジョニー。あなたに釣り合ういい女に、きっと絶対なって見せるから!
思いっきりメイがジョニーに抱きついて、蒼い夜に赤い花びらが舞い散った
「メーイーっ?」
風に乗ってエイプリルの声が聞こえたが、自分を探す親友の声を無視して、メイは甲板の上で抱えた膝をさらに引き寄せて縮こまった。
「あー、いたいた。まったく、こんなとこで何してんの?」
「………別にぃ………」
見つけたメイの声には覇気がなく、どこか投げやりに聞こえる。その様子にエイプリルはメイの不機嫌に原因に思い当たって曖昧に笑って見せた。
「もう。せっかくのおめでたい日に、なーに拗ねてるのよ」
「だって…だって今日はボクの---」
「メイ?」
ボク? と唇の動きだけで注意され、慌てて言い直す。
「私の、特別な誕生日なのにさ、ジョニーってばいないんだもん!」
今日は今までの十九回の誕生日とは訳が違うのだ。それなのに朝からジョニーの姿は見当たらない。
「そりゃね、ジョニーが仕事で忙しいのはわかるよ。でもね、今日くらいはボ…私のこと、優先してくれたっていいと思わない?」
「大丈夫だって。大体クルーの誕生日は盛大にパーティーしようって言い出したのはキャプテンなんだから、ちゃんと戻ってくるって」
「う~、ホントに大丈夫かなぁ…?」
「ヘーキ、ヘーキ。
ほら、みんなが待ってるよ。主役がいなきゃ始まらないでしょ」
何となく軽くあしらわれてしまった気がしないでもないが、エイプリルの言っていることももっともだ。
メイは不機嫌を飲み込んで、促されるままに甲板を下りた。
窓の外を流れる景色はすっかり暗くなり、時計の針はあと半周もしないで明日へとなってしまう。
先ほどまで盛り上がっていたパーティー会場は、今は今にも泣き出しそうなメイを中心にして静まりかえっていた。
「……ジョニーの………、ジョニーの……………っ」
感情を押し殺した低い呟き。これは嵐の前兆に他ならない。次の瞬間、メイは盛大に泣き出すか、もしくは手のつけられないほどに暴れ出すだろう。
どちらに転んでも歓迎できない事態を目前にクルー全員が覚悟を決めた時、思いがけないタイミングで件の人物から通信が入った。
『ザッ……、ようみんな、楽しんでるかい?』
「ジョニー!?」
ダダダッと音を立てそうな勢いで、メイが通信機に囓りつく。
「ちょっと、ジョニー! 一体どこで何してるのよ? ボクがどんな思いでねぇ…」
『いやー、絶好のロケーションを探すのに手間取っちまってな』
「どこにいるのよー!!」
『すぅーぐ下だぜ? 見てみな、ベィベェ』
後半のジョニーの台詞が終わる前に、メイは近くの窓へとへばりついた。
「うわぁ……」
眼下に広がるのは大きく丸い月が映った蒼い海。そこで無数のイルカが思い思いに踊っている。
「すごい…キレイ……」
『だろ? これをメイに見せたくて探しに出てたんだが、ちと情報に齟齬があってな』
それでこんなに遅くなってしまったのだという。
とりあえずジョニーを回収するために飛空廷が降下し、メイが甲板まで向かえに出る。
「俺からのバースディプレゼント、気に入って貰えたか?」
「うん! 最高だったよ」
さっきまでの不機嫌はどこへ行ったのか、メイは満面の笑みである。
「そいつはよかった。それともうひとつ…。
HappyBirthday、メイ。これでお前さんも立派なレディの仲間入りだ」
手渡されたのは真っ赤なバラの花束。バラの数はメイの歳と同じ数---二十本。
「レディには赤いバラを送るのが俺の主義だからな」
そう、今日でメイは二十歳になる。これでやっと、愛しい人と同じラインに立てるのだ。
「ジョニー、ありがとう!」
ここからが新しいスタートライン。
待っててね、ジョニー。あなたに釣り合ういい女に、きっと絶対なって見せるから!
思いっきりメイがジョニーに抱きついて、蒼い夜に赤い花びらが舞い散った
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きゃあ!?」
「メイ!!」
メイがイノに吹き飛ばされ、木にぶつかる。
その物音にジョニーが登場し、メイをかばう形でイノと対峙した。
「あら…騎士のご登場?いつになっても…ガキなんだな、テメェは」
「レディーには…あまり見せたくは無いんだが、アンタはちょっと例外だ。少しどいててもらおうか」
「ふんっ。それが遺言か!」
「ま、話が分かる相手とは思ってないけどねぇ…」
メイを後ろに庇いながらもイノと対峙する。
イノは不敵に笑った。
理由は分かる。
相手は何でもし放題。その一方自分のほうは怪我人を庇いながら闘わなければならない。
自分の身を危惧して避ければ、後ろに当たってしまう。
かといってメイを抱えながら闘うのは困難を極めた。
「そこで二人とも一緒にへばってな!!」
「それはどうかねぇ…来な」
「アタシに指図すんじゃねぇよ!!」
赤い楽師が宙を飛び襲い掛かってくる。
そこを剣で押さえつけるジョニー。
相手はまだ本気も出していないだろう。この者としては軽い力だ。
ふん…と力を込めれば相手は後ろに飛びのく。
「女相手に刃物振り回して闘うってのか!?笑えるねぇ!」
「おまいさんは…例外、と言った筈だ」
「面白くねぇ…まとめてとっちめてやる!!」
「そうはさせない!」
相手の帽子が変化する。
それは相手の力を込めた一発一発が大きい技。
避ける事も出来るが、それでは後ろに…まだ意識も戻ってないようだ。
横目でメイの状態を確認し、そして緑色のフィールドを張った。
「くっ…」
やはり一撃一撃が重い。
しかし負けるわけにはいかない。
衝撃が終わった後にすぐに反撃に出る。
「はっ!」
「そんなもん効かねぇよ!」
「何…!?」
スピード重視の技を放てば相手は上空に居て。
出す事だけに重視したその技が戻るまでには時間がかかる。
ほんの一瞬の隙。
そこに容赦ない先ほどと同様の技が襲い掛かる。
「うっ!」
だが吹き飛ぶわけにはいかない。後ろにはメイが…!
全ての攻撃を自らの体で受け止める。
しかし弱い所を晒してしまっていた。
全ての攻撃を食らい終わったジョニーは膝をついた。
「へっ…そんなにそのジャパニーズが大事ってのか?」
「ああ…俺の、大切な…家族だからな」
「家族ぅ?そのガキがか?」
「ガキ…じゃない、クルーの…一員だ」
「ふんっ。うざったらしい。さっさとおっ死にな」
「うぐっ!」
容赦ないイノの追撃に遂に倒れる。
だがまだ意識はあるようだ。体が震えている。
「さて…そろそろトドメを…」
その時、メイは意識を戻した。
(あれ…さっきの女の人…それにジョニー…?)
「どうやって刺そうかねぇ。その獲物とかどうだ?」
「例え…俺が死んでも…メイは守る…」
(死ぬ…ジョニーが…?)
「はっ!口だけは達者だな。遺言はそれだけか?」
「…ぐっ」
(ジョニー…ジョニー…!?)
「アタシはそういうのが嫌いなんだよ!…ほら、テメェの獲物だ。最後ぐらいいい思いをさせてやるさ…テメェの獲物でな!!」
(ジョニー…ジョニーが死んじゃう!!)
ジョニーは目を瞑った。
もうこの目が開けられることも無いだろう。
そして…姫を守れなかった自分を悔やみながらあの世へと連れて行かれるのだろう。
所詮自分は…それだけだったのだ…
「う、うわぁぁぁ!!」
「な、何!?」
「ジョニーを…傷つけるなぁぁぁ!!」
「ま、まさか覚醒…きゃぁぁぁ!!」
だがその剣は自分に刺さる事が無かった。
そしてゆっくりと目を開ければ心配そうに見つめるメイが居た。
「ジョニー…ジョニー!」
「ああ…おまいさんが助けてくれたのか…」
「死んじゃ嫌!ジョニーが死ぬだなんて僕許さない!」
「大丈夫だ、メイ。歩けるぐらいは…出来るさ」
「本当!?本当!?」
「ああ…と、どうするかねぇ」
「ジョニー…」
「どうかしたか?」
「ごめんね…皆、皆僕のせいだ…」
「何を言ってる。一度もおまいさんが原因だった事は無いじゃないか」
「だって、だって!!」
「悪いのは…あの女だろ?おまいさんはおまいさんで居てくれればいい。元気なおまいさんが俺は好きだけどな…」
「え…う、うん」
「お…っとっと」
メイがジョニーに強く抱きつく。
そんなメイにジョニーは頭をなでてやる。
「怖かった…僕、ジョニーが死んじゃうのが…嫌だった」
「俺も…おまいさんが死ぬのは…死んでも死に切れないねぇ…」
「ジョニー…あのね…」
「なんだ?俺に告白とか…する気かい?」
「え?」
突然の言葉にビックリするメイ。
どうして分かったのだろうか?
そんなメイを強く抱きしめるジョニー。
「おまいさん…いや、メイ…どうやら愛しているのはおまいさんだけのようだ」
「じょ、ジョニー!?」
「俺の…ピンチを救ってくれた。これじゃどっちが騎士か分からないな」
「ぼ、僕も…僕もジョニーの事が…っ!」
「ああ、分かってるさ…」
愛している。
その言葉は迎えに来たエンジンの音でかき消された。
でも二人はお互いに伝えたい事を伝えられた。
仲間が来て、恥ずかしそうに走り去っていくメイ。
そんなメイに仲間達は疑問に感じ、しかしジョニーだけは微笑みをずっと浮かべていた。
「メイ!!」
メイがイノに吹き飛ばされ、木にぶつかる。
その物音にジョニーが登場し、メイをかばう形でイノと対峙した。
「あら…騎士のご登場?いつになっても…ガキなんだな、テメェは」
「レディーには…あまり見せたくは無いんだが、アンタはちょっと例外だ。少しどいててもらおうか」
「ふんっ。それが遺言か!」
「ま、話が分かる相手とは思ってないけどねぇ…」
メイを後ろに庇いながらもイノと対峙する。
イノは不敵に笑った。
理由は分かる。
相手は何でもし放題。その一方自分のほうは怪我人を庇いながら闘わなければならない。
自分の身を危惧して避ければ、後ろに当たってしまう。
かといってメイを抱えながら闘うのは困難を極めた。
「そこで二人とも一緒にへばってな!!」
「それはどうかねぇ…来な」
「アタシに指図すんじゃねぇよ!!」
赤い楽師が宙を飛び襲い掛かってくる。
そこを剣で押さえつけるジョニー。
相手はまだ本気も出していないだろう。この者としては軽い力だ。
ふん…と力を込めれば相手は後ろに飛びのく。
「女相手に刃物振り回して闘うってのか!?笑えるねぇ!」
「おまいさんは…例外、と言った筈だ」
「面白くねぇ…まとめてとっちめてやる!!」
「そうはさせない!」
相手の帽子が変化する。
それは相手の力を込めた一発一発が大きい技。
避ける事も出来るが、それでは後ろに…まだ意識も戻ってないようだ。
横目でメイの状態を確認し、そして緑色のフィールドを張った。
「くっ…」
やはり一撃一撃が重い。
しかし負けるわけにはいかない。
衝撃が終わった後にすぐに反撃に出る。
「はっ!」
「そんなもん効かねぇよ!」
「何…!?」
スピード重視の技を放てば相手は上空に居て。
出す事だけに重視したその技が戻るまでには時間がかかる。
ほんの一瞬の隙。
そこに容赦ない先ほどと同様の技が襲い掛かる。
「うっ!」
だが吹き飛ぶわけにはいかない。後ろにはメイが…!
全ての攻撃を自らの体で受け止める。
しかし弱い所を晒してしまっていた。
全ての攻撃を食らい終わったジョニーは膝をついた。
「へっ…そんなにそのジャパニーズが大事ってのか?」
「ああ…俺の、大切な…家族だからな」
「家族ぅ?そのガキがか?」
「ガキ…じゃない、クルーの…一員だ」
「ふんっ。うざったらしい。さっさとおっ死にな」
「うぐっ!」
容赦ないイノの追撃に遂に倒れる。
だがまだ意識はあるようだ。体が震えている。
「さて…そろそろトドメを…」
その時、メイは意識を戻した。
(あれ…さっきの女の人…それにジョニー…?)
「どうやって刺そうかねぇ。その獲物とかどうだ?」
「例え…俺が死んでも…メイは守る…」
(死ぬ…ジョニーが…?)
「はっ!口だけは達者だな。遺言はそれだけか?」
「…ぐっ」
(ジョニー…ジョニー…!?)
「アタシはそういうのが嫌いなんだよ!…ほら、テメェの獲物だ。最後ぐらいいい思いをさせてやるさ…テメェの獲物でな!!」
(ジョニー…ジョニーが死んじゃう!!)
ジョニーは目を瞑った。
もうこの目が開けられることも無いだろう。
そして…姫を守れなかった自分を悔やみながらあの世へと連れて行かれるのだろう。
所詮自分は…それだけだったのだ…
「う、うわぁぁぁ!!」
「な、何!?」
「ジョニーを…傷つけるなぁぁぁ!!」
「ま、まさか覚醒…きゃぁぁぁ!!」
だがその剣は自分に刺さる事が無かった。
そしてゆっくりと目を開ければ心配そうに見つめるメイが居た。
「ジョニー…ジョニー!」
「ああ…おまいさんが助けてくれたのか…」
「死んじゃ嫌!ジョニーが死ぬだなんて僕許さない!」
「大丈夫だ、メイ。歩けるぐらいは…出来るさ」
「本当!?本当!?」
「ああ…と、どうするかねぇ」
「ジョニー…」
「どうかしたか?」
「ごめんね…皆、皆僕のせいだ…」
「何を言ってる。一度もおまいさんが原因だった事は無いじゃないか」
「だって、だって!!」
「悪いのは…あの女だろ?おまいさんはおまいさんで居てくれればいい。元気なおまいさんが俺は好きだけどな…」
「え…う、うん」
「お…っとっと」
メイがジョニーに強く抱きつく。
そんなメイにジョニーは頭をなでてやる。
「怖かった…僕、ジョニーが死んじゃうのが…嫌だった」
「俺も…おまいさんが死ぬのは…死んでも死に切れないねぇ…」
「ジョニー…あのね…」
「なんだ?俺に告白とか…する気かい?」
「え?」
突然の言葉にビックリするメイ。
どうして分かったのだろうか?
そんなメイを強く抱きしめるジョニー。
「おまいさん…いや、メイ…どうやら愛しているのはおまいさんだけのようだ」
「じょ、ジョニー!?」
「俺の…ピンチを救ってくれた。これじゃどっちが騎士か分からないな」
「ぼ、僕も…僕もジョニーの事が…っ!」
「ああ、分かってるさ…」
愛している。
その言葉は迎えに来たエンジンの音でかき消された。
でも二人はお互いに伝えたい事を伝えられた。
仲間が来て、恥ずかしそうに走り去っていくメイ。
そんなメイに仲間達は疑問に感じ、しかしジョニーだけは微笑みをずっと浮かべていた。
「おはようジョニー、」
今日も大好き!
と駆け寄って来る少女の愛らしさに頬を緩め、挨拶を返す。
大好き、ね…
メイは恋をしているつもりなのだろうけれど、やはりそれは錯覚とか、単なる憧れ、家族愛、そういうものだと思う。
本人も主張していることだが、後数年もすれば彼女は美しく成長するだろう。
彼女を幸せにしてくれる男だって現れる筈だ。
それでも彼女は自分を選ぶのだろうか。
有り得ない話だと思う。けれど期待してしまっているのも本当で。
自分は彼女を選ぶつもりもないというのに。
悩むようなことでもないか、
内心苦笑して、唐突に少女の小さな体を抱き上げる。
ふわり、
宙に浮く感覚に目を丸くし、次いで顔を赤らめた。
なんてこと、もうすっかり女の顔じゃないか。
どんな感情であれ、彼女の心は自分にある。
未来なんて分からないけれど、きっと幾らでも変えられるだろう。
未だ答えは導き出せないままにいるけれど。
今日も大好き!
と駆け寄って来る少女の愛らしさに頬を緩め、挨拶を返す。
大好き、ね…
メイは恋をしているつもりなのだろうけれど、やはりそれは錯覚とか、単なる憧れ、家族愛、そういうものだと思う。
本人も主張していることだが、後数年もすれば彼女は美しく成長するだろう。
彼女を幸せにしてくれる男だって現れる筈だ。
それでも彼女は自分を選ぶのだろうか。
有り得ない話だと思う。けれど期待してしまっているのも本当で。
自分は彼女を選ぶつもりもないというのに。
悩むようなことでもないか、
内心苦笑して、唐突に少女の小さな体を抱き上げる。
ふわり、
宙に浮く感覚に目を丸くし、次いで顔を赤らめた。
なんてこと、もうすっかり女の顔じゃないか。
どんな感情であれ、彼女の心は自分にある。
未来なんて分からないけれど、きっと幾らでも変えられるだろう。
未だ答えは導き出せないままにいるけれど。
室内に絶え間なく響き渡る、甲高い少女の声。
赤い液体の注がれたグラスを手に持て余しながら、カイはひっそりと、目の前に座る少女に気付かれないよう、溜め息を吐いた。
疲れと戸惑いとが色濃く現れた吐息であったが、熱弁を揮うのに忙しい少女は、それに気付いた風もない。頬を膨らませ、唇を尖らせて、彼女はまだ成長途中の小柄な体全体で目一杯の怒りを表していた。
メイは琥珀色の双眸を興奮に輝かせながら、また大きな声を張り上げてテーブルから身を乗り出し、カイに詰め寄った。
「ね、カイさんもひどいと思うでしょ?」
「・・・はあ」
「はあ、じゃないよ! ちゃんと話聞いてた?!」
「は、はい、聞いてました」
怒りに悔しさにと強い感情の篭められた声に、カイはただ圧倒されるばかりだった。
けれど文句一つを口にする事もなく、カイは身振り手振りをつけて語り続けるメイに、努めて柔和な笑顔を作り、時折頷き相槌を打って、話を聞いてやっていた。
両手一杯にワインやらブランデーやらたくさんの酒瓶を抱えたメイが、珍しく自分からカイの自宅を訪ねてきたのは、既に陽も暮れた時間、ちょうど食事を終えて、片付けもそこそこに一息ついていた所だった。
彼女とは前大会以来の顔見知り同士ではあるが、とはいえ快賊と警察の関係である。クルーの人間を伴わずに一人で訪ねてきたのも初めての事で、カイは少なからず驚いたが、尋ねるまでもなく彼女自身が語ってくれた事の顛末は、いたって簡単なものだった。彼女の保護者であり思い人である快賊の頭領が、どうやら女性と姿を消してしまったらしい。
メイはそれに腹を立てて家出してきた、という事のようであり、大量の酒を抱えてきた理由も単純明快で、『グレてやる』であった。グレようとしている少女の家出先が警察機構の人間の自宅、というのも、考えれば少しおかしなものではあるけれど。
だがカイにしてみれば、ジョニーが女性と消えてしまうというのは珍しい事とも思えなかった。警察に捕まっている時でさえ、看守の女性を口説きまわっていたような男だ。日常がどうであるかは、想像するのも容易い事だった。それは自分などよりも、付き合いの長い彼女の方が、ずっとよくわかっているはずである。
しかしそれを口にすればどうなるかも想像に難くないので、カイは沈黙を守る事にした。メイはまだ足りないとばかりにぶつぶつと呟き続けている。
「ボクだって、お酒飲めるのにぃ・・・」
恨めしそうにそう言うメイのグラスに注がれている飲み物は、コーラに香り付け程度にブランデーを数滴だけ落としたもので、アルコールと呼べるほどのものではない。要は『グレた』という気分が味わえればいいだけなのだろう、メイはジュースと変わりない飲み物を、それでも満足げに飲み干した。
大きく息を吐いてたメイは、しかしやはりまだ拗ねた表情で、じとりとカイを睨み付けた。酔っているように見えなくもない、とろんとした瞳。けれどそこに宿る光は真剣だった。
「カイさんも、ボクはまだ子供だから何もわかってない、って思ってるんでしょ」
「・・・・・・」
「わかってるもん」
反論しなかったカイに、メイは怒らず、小さくぼやいた。
「ジョニーがボクを大事にしてくれてるのは、ちゃんと、わかってるんだよ」
それが保護者という意味でも、とメイは大きな瞳に涙を溜めて俯いた。意外な言葉にカイは少し驚いたけれど、納得もした。年若いとはいえやはり少女だ。こういった感情の機微には、自分より余程聡い部分がある。
メイは膝の上に置いた手を握り締めた。
「でも、やっぱり、言葉で聞きたいよ・・・」
泣き出す寸前の声での呟きと、チャイムの音が重なった。
この時間に訪問してくる人間など、心当たりは今のところ一人しかいない。カイがメイを見やると、メイもまた訪問者の気配を敏く感じ取って、一旦顔を上げはしたものの、また無言のまま、脇にあったクッションを抱き締めて俯いてしまった。
カイは仕方なしに自分で立ち上がり、インターフォン越しに一言二言を交わして、予想通りの訪問者を邸内へと招き入れた。
いつもと同じ黒い帽子にコートにサングラスといった出で立ちの男は、部屋にメイの姿を認めると、大仰に肩を竦めながら大きな溜め息を吐いた。
「探したぞ、メイ」
ジョニーが部屋に入ってきても、メイは返事どころか、ドアの方を見もしなかった。クッションに縋るようにして、拗ねた背中だけをジョニーに向ける。すっかり機嫌を損ねてしまっているメイに、ジョニーは苦笑しながら懐から紙片を取り出し、それを広げてみせた。
綺麗に折りたたまれていた紙には、丸みのある大きな字で、家出する、といった主旨の事が乱雑に書き殴られていた。
「全く、警察に家出してどうするんだ」
男の声は普段と同じに軽妙で、呆れるというよりは少女のある意味矛盾した行動を面白がっている節があった。広げた紙片を再び元通りに綺麗にたたんで懐に戻し、腰に手を当ててメイを見下ろす。
「帰るぞ。長居すると、本当に逮捕されかねないからな」
冗談めかしてジョニーは言うが、メイはそれでも振り返らなかった。クッションを更に強く抱き締めて、大きく首を振る事だけで応じる。ジョニーはやはり困った顔もせず、メイの様子を窺うように軽く上体を折った。
「どうした、メイ? 帰らないのか?」
「ボクなんか、帰らなくてもいいくせに」
「は?」
「ジョニーは、ボクより大人の女の人の方がいいんでしょっ」
吐き捨てるように言ったきり、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった少女に、ジョニーは小さく苦笑した。だが心底困っているという様子はなく、メイの背中を見やる眼差しは、暖かささえ感じられる。
ジョニーはサングラスの奥の目を細め、少し思案して、軽い溜め息を漏らした。メイの隣に静かに腰を下ろす。二人分の重みに、ソファが軋んだ。
「メイ」
低い声が、優しく、甘い響きをもって少女を呼んだ。
普段とはまるで違った、それは例えば女性に呼びかけるような、誰もを振り向かせる魅惑的な声だった。誘惑に、メイは音がするほど勢いよく振り返った。癖のない髪が柔らかに揺れる。メイの視線に合わせて腰を曲げたジョニーは、振り向いた少女を、そっと抱き寄せた。
唇がメイの頬を掠めた。栗色の瞳が大きく瞠られる。そして頬に押し当てられた唇が、何事かを呟いたようだった。呟きはメイの耳だけに届き、それにメイはかあっと頬を染めた。年頃の少女らしい、初々しい反応だった。傍で見ているカイまで、思わず顔を赤らめてしまう。
体を離したジョニーは、少女の髪を指先で梳いてやりながら、薄く笑った。
「ジョニー・・・」
「こういうのはな、年がら年中口にすればいいってもんじゃないんだぞ、メイ」
大きな瞳に、先程までとは違った意味の涙を溜めたメイに、ジョニーは指先を唇に当てながら囁く。口調はやはりどこかおどけたようなものだったけれど、その言葉が冗談などでない事は、メイ自身がよくわかっている事だろう。
ジョニーが確認するように顔を近付けて首を傾けると、メイは大きく頷いて、元気よくジョニーに飛びついた。胸に顔を埋め、再び顔をあげたメイは、先程までの曇った表情がまるで嘘のように明るく微笑んでみせた。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。満面に笑みを浮かべて、メイは普段と同じの、元気の良い声でもって高らかに告げる。
「ジョニー、大好きっ!」
何のてらいもなく正直に気持ちを明かし、少女は男を押し倒すばかりの勢いで体を摺り寄せた。まるで小動物のような懐き方だ。カイが口を挟めずにいると、ジョニーはさすがに今度は困った顔をして、メイの背中を叩いて促した。
「話は帰ってからだ。ほら、行くぞ」
軽く腕を引いて立ち上がらせるが、メイはジョニーに抱きついたまま離れようともしない。幸せ一杯といった顔で微笑むメイにつられるようにして笑いながら、カイはジョニーを見た。
サングラスを指で押し上げながら、ジョニーはおどけたように片手を額に当て、敬礼してみせた。
「世話になったな」
「いいえ。お土産も貰いましたしね」
カイはグラスを傾けて笑った。メイが持ち込んできた酒は、さほど詳しくないカイでも、高価なものだとわかるようなものだった。おそらくはジョニーの、それも秘蔵のものを勝手に持ち出してきたのだろう。
テーブルに並べられ、無造作に栓を開けられたそれらを見やったジョニーは、少しだけ眉をしかめたが、肩を竦めるに留まった。
「いいさ。安いもんだ」
腰に腕を巻き付けて、ぴったりと体を寄り添わせて離さないメイの頭を優しく叩いてやりながら笑うジョニーに、カイは大きく息を吐いた。顔見知りとはいえ男は空賊なのである。本来であれば身柄を拘束する所であるのだが、それは無粋というものだろう。心底幸せそうなメイの笑顔を見れば、そんな事は瑣末な事に思えた。
「未成年に飲酒させるような事をしたら、今度は逮捕しますから」
「肝に銘じておくよ。・・・そっちも仲良くな」
メイの肩を抱き、くるりと背を向けたジョニーは、去り際に軽く手を上げてさらりとそんな事を言う。意趣返しとばかりに投げられた一言に、カイは正直に顔を赤くしてしまった。幸い、背を向けていた二人には見られずに済んだけれど。
赤い液体の注がれたグラスを手に持て余しながら、カイはひっそりと、目の前に座る少女に気付かれないよう、溜め息を吐いた。
疲れと戸惑いとが色濃く現れた吐息であったが、熱弁を揮うのに忙しい少女は、それに気付いた風もない。頬を膨らませ、唇を尖らせて、彼女はまだ成長途中の小柄な体全体で目一杯の怒りを表していた。
メイは琥珀色の双眸を興奮に輝かせながら、また大きな声を張り上げてテーブルから身を乗り出し、カイに詰め寄った。
「ね、カイさんもひどいと思うでしょ?」
「・・・はあ」
「はあ、じゃないよ! ちゃんと話聞いてた?!」
「は、はい、聞いてました」
怒りに悔しさにと強い感情の篭められた声に、カイはただ圧倒されるばかりだった。
けれど文句一つを口にする事もなく、カイは身振り手振りをつけて語り続けるメイに、努めて柔和な笑顔を作り、時折頷き相槌を打って、話を聞いてやっていた。
両手一杯にワインやらブランデーやらたくさんの酒瓶を抱えたメイが、珍しく自分からカイの自宅を訪ねてきたのは、既に陽も暮れた時間、ちょうど食事を終えて、片付けもそこそこに一息ついていた所だった。
彼女とは前大会以来の顔見知り同士ではあるが、とはいえ快賊と警察の関係である。クルーの人間を伴わずに一人で訪ねてきたのも初めての事で、カイは少なからず驚いたが、尋ねるまでもなく彼女自身が語ってくれた事の顛末は、いたって簡単なものだった。彼女の保護者であり思い人である快賊の頭領が、どうやら女性と姿を消してしまったらしい。
メイはそれに腹を立てて家出してきた、という事のようであり、大量の酒を抱えてきた理由も単純明快で、『グレてやる』であった。グレようとしている少女の家出先が警察機構の人間の自宅、というのも、考えれば少しおかしなものではあるけれど。
だがカイにしてみれば、ジョニーが女性と消えてしまうというのは珍しい事とも思えなかった。警察に捕まっている時でさえ、看守の女性を口説きまわっていたような男だ。日常がどうであるかは、想像するのも容易い事だった。それは自分などよりも、付き合いの長い彼女の方が、ずっとよくわかっているはずである。
しかしそれを口にすればどうなるかも想像に難くないので、カイは沈黙を守る事にした。メイはまだ足りないとばかりにぶつぶつと呟き続けている。
「ボクだって、お酒飲めるのにぃ・・・」
恨めしそうにそう言うメイのグラスに注がれている飲み物は、コーラに香り付け程度にブランデーを数滴だけ落としたもので、アルコールと呼べるほどのものではない。要は『グレた』という気分が味わえればいいだけなのだろう、メイはジュースと変わりない飲み物を、それでも満足げに飲み干した。
大きく息を吐いてたメイは、しかしやはりまだ拗ねた表情で、じとりとカイを睨み付けた。酔っているように見えなくもない、とろんとした瞳。けれどそこに宿る光は真剣だった。
「カイさんも、ボクはまだ子供だから何もわかってない、って思ってるんでしょ」
「・・・・・・」
「わかってるもん」
反論しなかったカイに、メイは怒らず、小さくぼやいた。
「ジョニーがボクを大事にしてくれてるのは、ちゃんと、わかってるんだよ」
それが保護者という意味でも、とメイは大きな瞳に涙を溜めて俯いた。意外な言葉にカイは少し驚いたけれど、納得もした。年若いとはいえやはり少女だ。こういった感情の機微には、自分より余程聡い部分がある。
メイは膝の上に置いた手を握り締めた。
「でも、やっぱり、言葉で聞きたいよ・・・」
泣き出す寸前の声での呟きと、チャイムの音が重なった。
この時間に訪問してくる人間など、心当たりは今のところ一人しかいない。カイがメイを見やると、メイもまた訪問者の気配を敏く感じ取って、一旦顔を上げはしたものの、また無言のまま、脇にあったクッションを抱き締めて俯いてしまった。
カイは仕方なしに自分で立ち上がり、インターフォン越しに一言二言を交わして、予想通りの訪問者を邸内へと招き入れた。
いつもと同じ黒い帽子にコートにサングラスといった出で立ちの男は、部屋にメイの姿を認めると、大仰に肩を竦めながら大きな溜め息を吐いた。
「探したぞ、メイ」
ジョニーが部屋に入ってきても、メイは返事どころか、ドアの方を見もしなかった。クッションに縋るようにして、拗ねた背中だけをジョニーに向ける。すっかり機嫌を損ねてしまっているメイに、ジョニーは苦笑しながら懐から紙片を取り出し、それを広げてみせた。
綺麗に折りたたまれていた紙には、丸みのある大きな字で、家出する、といった主旨の事が乱雑に書き殴られていた。
「全く、警察に家出してどうするんだ」
男の声は普段と同じに軽妙で、呆れるというよりは少女のある意味矛盾した行動を面白がっている節があった。広げた紙片を再び元通りに綺麗にたたんで懐に戻し、腰に手を当ててメイを見下ろす。
「帰るぞ。長居すると、本当に逮捕されかねないからな」
冗談めかしてジョニーは言うが、メイはそれでも振り返らなかった。クッションを更に強く抱き締めて、大きく首を振る事だけで応じる。ジョニーはやはり困った顔もせず、メイの様子を窺うように軽く上体を折った。
「どうした、メイ? 帰らないのか?」
「ボクなんか、帰らなくてもいいくせに」
「は?」
「ジョニーは、ボクより大人の女の人の方がいいんでしょっ」
吐き捨てるように言ったきり、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった少女に、ジョニーは小さく苦笑した。だが心底困っているという様子はなく、メイの背中を見やる眼差しは、暖かささえ感じられる。
ジョニーはサングラスの奥の目を細め、少し思案して、軽い溜め息を漏らした。メイの隣に静かに腰を下ろす。二人分の重みに、ソファが軋んだ。
「メイ」
低い声が、優しく、甘い響きをもって少女を呼んだ。
普段とはまるで違った、それは例えば女性に呼びかけるような、誰もを振り向かせる魅惑的な声だった。誘惑に、メイは音がするほど勢いよく振り返った。癖のない髪が柔らかに揺れる。メイの視線に合わせて腰を曲げたジョニーは、振り向いた少女を、そっと抱き寄せた。
唇がメイの頬を掠めた。栗色の瞳が大きく瞠られる。そして頬に押し当てられた唇が、何事かを呟いたようだった。呟きはメイの耳だけに届き、それにメイはかあっと頬を染めた。年頃の少女らしい、初々しい反応だった。傍で見ているカイまで、思わず顔を赤らめてしまう。
体を離したジョニーは、少女の髪を指先で梳いてやりながら、薄く笑った。
「ジョニー・・・」
「こういうのはな、年がら年中口にすればいいってもんじゃないんだぞ、メイ」
大きな瞳に、先程までとは違った意味の涙を溜めたメイに、ジョニーは指先を唇に当てながら囁く。口調はやはりどこかおどけたようなものだったけれど、その言葉が冗談などでない事は、メイ自身がよくわかっている事だろう。
ジョニーが確認するように顔を近付けて首を傾けると、メイは大きく頷いて、元気よくジョニーに飛びついた。胸に顔を埋め、再び顔をあげたメイは、先程までの曇った表情がまるで嘘のように明るく微笑んでみせた。
大輪の花が咲いたような笑顔だった。満面に笑みを浮かべて、メイは普段と同じの、元気の良い声でもって高らかに告げる。
「ジョニー、大好きっ!」
何のてらいもなく正直に気持ちを明かし、少女は男を押し倒すばかりの勢いで体を摺り寄せた。まるで小動物のような懐き方だ。カイが口を挟めずにいると、ジョニーはさすがに今度は困った顔をして、メイの背中を叩いて促した。
「話は帰ってからだ。ほら、行くぞ」
軽く腕を引いて立ち上がらせるが、メイはジョニーに抱きついたまま離れようともしない。幸せ一杯といった顔で微笑むメイにつられるようにして笑いながら、カイはジョニーを見た。
サングラスを指で押し上げながら、ジョニーはおどけたように片手を額に当て、敬礼してみせた。
「世話になったな」
「いいえ。お土産も貰いましたしね」
カイはグラスを傾けて笑った。メイが持ち込んできた酒は、さほど詳しくないカイでも、高価なものだとわかるようなものだった。おそらくはジョニーの、それも秘蔵のものを勝手に持ち出してきたのだろう。
テーブルに並べられ、無造作に栓を開けられたそれらを見やったジョニーは、少しだけ眉をしかめたが、肩を竦めるに留まった。
「いいさ。安いもんだ」
腰に腕を巻き付けて、ぴったりと体を寄り添わせて離さないメイの頭を優しく叩いてやりながら笑うジョニーに、カイは大きく息を吐いた。顔見知りとはいえ男は空賊なのである。本来であれば身柄を拘束する所であるのだが、それは無粋というものだろう。心底幸せそうなメイの笑顔を見れば、そんな事は瑣末な事に思えた。
「未成年に飲酒させるような事をしたら、今度は逮捕しますから」
「肝に銘じておくよ。・・・そっちも仲良くな」
メイの肩を抱き、くるりと背を向けたジョニーは、去り際に軽く手を上げてさらりとそんな事を言う。意趣返しとばかりに投げられた一言に、カイは正直に顔を赤くしてしまった。幸い、背を向けていた二人には見られずに済んだけれど。
渇いた風が、頬を撫でる。地上を遥か遠くに見下ろす上空で強い風に髪をなびかせていたメイは、柵から上体を乗り出して眼下を見つめていた。
建物も殆ど区別できない高さからでは、もう、人影を探すことは不可能だったが、それでも何となく二人が消えていった道の向こうを目で追った。懸命に目を凝らしてはみるものの、やはり、人影は判別することは出来なかったけれど。
小さく息を吐いてくるりと柵に背を向けると、コートの端をはためかせて歩み寄ってくるジョニーの姿があった。片手でサングラスを直し、少々疲れたような顔をしている男に、メイは堪えきれずに笑った。
まだ先程の、カイを女と間違えていたという最大の失態のショックが消えていないらしい。あのジョニーが男を女と間違うなんて自分が知る限りでも初めての事だし、無理もない事なのかもしれないが。
ジョニーは少し難しい顔をしたが、あえてメイを窘めはせず、代わりに頭に手を置いて自らも柵から下へ視線を投げた。もちろんジョニーが見下ろしたところで、光景が変わるわけでもない。地上は遠く、やはり求める人影を捉える事はできなかった。
軽く叩くようにしてメイの頭を撫でながら、ジョニーはぽつりと呟いた。
「途中まで送ってやればよかったかねえ」
「男なのに、いーの?」
「・・・いい加減大人をからかうんじゃないよ、メイ」
心地好く髪を梳く手が強張る。メイは陽気に笑った。
「だって、こういう時じゃないとジョニーの弱味なんて握れないもん」
「・・・そこそこにしてくれよ・・・」
疲れた顔を更に憔悴させて、ジョニーは低く呟いて苦笑した。困った顔は珍しく、また嬉しく、メイは擽ったそうに肩を竦めた。
そうしてまた、大地に視線を落とした。上空の風は澄んでいて肌に冷たかった。地上はどうなのだろうかと、そんな事を考える。今日は風の勢いが強い。下も、徒歩で進むには少し辛いかもしれないが、心配はないだろう。
あのソルが他人を気遣いながら旅をする姿というのはちょっと想像に難いのだけれど、きっと、カイは大事にされているんだろうと思った。笑顔は結局殆ど見れなかったが、ソルの話題に真っ赤になった顔は鮮明に思い出すことが出来る。おそらくは、ソルの知らない顔だ。
それを思うと、ちょっとした優越感に浸る事が出来た。恋する者同士の秘密というやつだ。
時に寂しげに、時に楽しげに表情をくるくると変えているメイを暖かい、少しだけ複雑な眼差しで見守って、ジョニーは柵に寄りかかり、急に思い立ったように、ああ、と手を叩いた。
「プランツ、買ってやろうか」
「ええっ?」
唐突な言葉に驚いて、メイは声を大きくしてジョニーを見た。大きな瞳をさらに大きくして瞬かせる。ジョニーは照れたように片手で頬をかきながら、にっと歯を見せて笑った。気障ったらしい笑みだが、この男にはよく似合う笑みである。
「今回の賞金はかなりの額だからな。たまにはお前さんの我侭を聞いてやってもいいと思ってね」
お前さんも頑張ってくれたからな、と軽く頭を叩きながら、ジョニーは背を屈めてメイに顔を近付けた。間近に瞬くサングラスの奥の青い瞳は冗談を言っている風ではなく、それにまた驚いたメイは、返事も忘れてジョニーを凝視した。ジョニーは優しい笑顔のまま、メイの視線を受け止める。
今までも、散々我侭を言って欲しがったものはたくさんあった。ぬいぐるみや洋服や、年頃の少女ともなれば欲しいものはいくらだってある。が、クルーの手前もあり、そういった物欲的な我侭をジョニーは殆ど聞いてくれた事がない。ディズィーや、他のクルーにしてみても同じである。集団の頭領として、ジョニーは誰か一人を特別に扱うようなことは絶対にしなかった。
それが一転しての、しかも目が飛び出るほどの金額の買い物をあっさりと言い出したジョニーに、さすがのメイも驚愕と戸惑いとを隠せない。噂に聞くだけで実際に店に行った事はないけれど、今回の賞金全てをつぎこんだとて、例えばカイのような一級品を買い求めるとすれば足りないだろう。
メイが何とも言えずに黙りこんでしまうと、ジョニーは軽い溜め息と共に苦笑した。
「うちの一番の元気娘が、珍しく寂しそうにしてるからな」
そこでようやく合点がいって、メイは納得した顔になる。自覚してのことではないが、どうやら随分沈んだ顔をしてしまっていたらしい。そういえばディズィーも、お菓子を分けてくれたりしていた事を思い出した。寂しい思いをしているのは、彼女だって同じなのに。
ばつの悪い顔になって、メイは悪戯っぽく舌を出してみせた
「えへへ、もしかして妬いてるとか」
「うーん、じゃ、まあ、今回はそういう事にしておこうかね」
「・・・ごめんなさい」
あえて否定はせずに、ジョニーは目を細める。その様子に、メイはくすぐったいような気持ちになって肩を竦めた。素直にぺこりと頭を下げると、ジョニーはそれを褒める代わりに小さく頷きながらまた頭を撫でた。優しく大きな手に、目元が熱くなる。
ジョニーに気を遣われるというのは、何だかおかしな気分だ。でも、知っている。いつだってジョニーは、自分の一挙一動を気にかけてくれている。体調を崩した時も、いつも一番に気が付いてくれる。そうして、甘えさせてくれるのだ。
けれど、いつまでも、子供ではいられない。
メイは意気揚々と息を吐き、腰に両手を当てて、勢いよくジョニーを振り仰いだ。晴れやかな笑顔に、逆にジョニーが少し驚いた顔になる。
「いらない」
「ん?」
「いらないっていったの! ・・・ボクには、ボクに笑ってくれる家族がたくさんいるもん」
もちろん一番はジョニーだけど、と飛び付いて剥き出しの胸に頬を摺り寄せていたメイは、ふと動きを止め、声のトーンを落として囁くように言った。
「カイにはソルだけだってジョニーは言ったけど・・・ソルにも、カイだけなんだよね」
「・・・そうだな」
応えるジョニーの声は、いつになく穏やかな響きがある。
自分は、ソルという人間をよく知っているわけではない。けれど、自分が知っていたソルと、カイを伴って現れたソルは、まるで別人のように感じた。以前に会った時に感じた冷たさや威圧感は、完全に消えてはいないけれど、それでも随分穏やかな印象になっていた。最初は、何事かと思ったものだったが。
その原因が何なのか、今はわかる。
メイはもう一度名残りを惜しむように地上に視線を投げた。けれどそれも一瞬で、メイはすいっと顔をあげた。晴れやかな、明るい笑顔だった。
「いいよ、約束したもん、また遊びに来てって・・・その頃には、カイも、ソルも、もう少しボクに笑ってくれるかなあ・・・」
夢見るように呟いたメイを、ジョニーは優しく抱いてやった。
抱き締める腕は暖かい。その感触にうっとりと目を閉じながら、メイは思う。―――今はまだ、この腕は自分だけのものではないけれど。でもいつかはきっと自分だけに振り向かせてみせる。見惚れずにはいられないような、とびきりのいい女になって。
―――カイが、ソルを変えたように。
ふと思いついて、メイは身動ぎして少し体を離し、ジョニーを見上げた。
「ねえ、ジョニーはプランツ欲しい? カイみたいな、すっごい可愛いの。こんどはちゃんと女の子のをだよ」
「さあてねぇ」
悪戯っぽい表情で覗き込んでくるメイに、ジョニーは大袈裟に肩をひそめてみせる。おどけた動作だった。肯定とも否定ともつかない動作にメイが大きな瞳を瞬かせると、ジョニーはそっとメイの髪を撫で、前髪を払って、白い額に軽く口接けてやった。
栗色の瞳が更に大きく瞠られる。ジョニーは目を細めた。
「俺にはもう、真っ直ぐ俺を見て笑ってくれるレディがいるからな」
メイは大輪の花が咲くような笑みを満面に浮かべて、ジョニーを真っ直ぐ見つめ、大きく頷いた。