■ gimme some lovin'
タラップを降りていくクルーを見守っていたジョニーは、ふと足元に視線を落とした。
「ヘイ、待った!」
そうひょいっと抱き上げたのは、皆について行こうとしていたメンバーの中で一番幼いマーチだった。
「おチビさんよ、今日は俺と留守番だ、っと…」
クルーの誰かに連れて行かせても良かったが、一応お尋ね者の身ゆえにどんなハプニングが起こらないとも限らない。夫々自己防衛の手段を持っていてもそれは最低限―メイはちょいとばかり特殊な例だが―で、何かあった場合マーチの存在がネックにならないとは言い切れない。だからもうちっと大きくなるまでの辛抱だベイビーと小脇に抱え直す。マーチはきゃあきゃあ言いながら、手足をばたつかせて喜んだ。
「ねえ、ジョニーは行かないの?」
「うん?」
「行かないのって聞いてんの」
留守番と言う単語に反応したメイが振り向き、適当にマーチをあやしているジョニーにねえと繰り返す。
「まあな」
クルーにはあまり関らせたくないような物騒な連中とのコンタクトは既に昨日の内に行い、必要と思われる情報は仕入れてきていた。そこいらの同じ年頃の娘たちに比べれば随分と荒っぽくしたたかな生活を送っている彼女たちだが、快賊団のメンバーを必要以上に社会の裏の部分と関わらせるようなことは、ジョニーはしない。
うちの大事なレディ達に見せたくねえもんが、裏の世界にゃ多いんでな…。
笑顔で下船するクルー達に視線を転じながらジョニーは思う。あいつらが関わるのは、メイがよく言うところの゛ちょっぴり裏街道゛くらいでいい。避けられない後ろ暗い部分があるなら、それは俺が引き受けりゃ済む事だ。
但しそんな想いは濃い色のサングラスの奥に隠したままで、ただ今日はシップとおチビさんの子守りだと軽く肩を竦めて見せるに留める。半分しか見えない表情と、いつもと変わらない余裕の笑みを貼り付かせたジョニーに納得したのかしないのか、メイはふうんと頷いた。それから少し考えて、何かをねだるような目をジョニーに向ける。
「あのさ、ジョニーが行かないんだったらボク、」
「はい、ストップ!」
最後まで言わせず、マーチを肩車しながらフムと器用に片眉だけ吊り上げたジョニーに、なにようとメイはたじろぐ。
「そいつはダーメ」
「な、なんでっ!…っていうかまだボク何も言ってないんだけど!」
むっとするメイだが、こういう状況で彼女が言いそうなことは決まっているので、ジョニーも先回りな答えを返す。
「留守番はこのパ~フェクトなジョニー様に任せときな」
「ジョニーが、」
やんわりとだが拒絶されたことに少し傷つきながら、それでもメイはめげずに食い下がる。
「ジョニーがパーフェクトなのはよーーっくわかってるよ。けど、ほら、何かあったときに一人じゃ大変、でしょ?だからボクも一緒に…」
「ん~、そいつはちょっといただけねえ話だなァ」
メイの言葉を遮り、おまえさんエイプリルと約束してんだろうがと、彼女の顔を覗き込むようにしてげんこつでコツンと額を小突く。
「うっ…そ、それはそう、だけど…でも、」
「でもはナシ」
だって。
「守れねえなら約束した意味がねえよなぁ」
わかってるけど。
「ヘーイ、ハニー?」
ジョニーと一緒にいたいんだもの。
「メーイ?聞こえてるかい?」
「…聞こえてる」
ジョニーの言っていることは正しい。自分勝手なことを言っているのも解っている。でももう少しボクの気持ちも汲んで欲しいと思うのは、タダのわがまま?
黙り込んだメイに返事を促すように、ジョニーはうん?と首を傾げてみせた。上目遣いにジョニーの表情を伺いながらメイは、結局小さな声で「わかった」と呟く。結局いつもこのパターンだ。
「エクセレント!」
いい子だというようにジョニーはふてくされた顔のメイの頭をぽんぽんと撫でる。
大きな優しい手に撫でられて、嬉しいようなくすぐったいような…照れ隠しもあってメイは言う。
「ジョニー!子ども扱いしないでって言ってるでしょっ」
「はいはいっと」
「もうっ!」
言ってる側からこれだもん!ジョニーの態度にメイはプイとそっぽを向いた。
「ほれ、急がねえとエイプリルが待ちくたびれてるぜ?」
さっさと行った行った、とメイの体の向きを変えて背中を押す。
「うう…じゃ、行ってくるね」
「おう、気ィつけてな。…なんだがマーチよ。おまえ、ちっとはじっとしてらんねえのかい」
マーチはジョニーのトレードマークの一つである帽子をばふばふ叩きまわった挙句毟り取り、結えた髪を掴んで引っ張ったり振り回したりと先ほどからずっと忙しい。最初の内こそ肩車にご機嫌だったのだが、相手にして貰えないので手近にあるオモチャ―この場合ジョニーの頭―で遊び始めていた。ぐしゃぐしゃにされてちょっと様にならない状態に、いい男が台無しじゃねえかとジョニーはぼやいて見せた。
「あー…そうだ。メイ」
「なにっ?」
呼ばれて顔を輝かせて振り返るメイだったが、
「そいつは」
「へ?」
それだ、それとジョニーが指し示すのは、メイ愛用の巨大な錨。
「邪魔にならねえ所に置いといてくれよ」
「~~っ!いい、マーチ!ジョニーが浮気しないように、しーっかり見張ってるんだよっ!」
捨て台詞を残して、メイはどかどかとタラップを駆け下りる。
ジョニーが不機嫌な背中に転ぶんじゃねえぞーと声をかけると、「べーっ!」と盛大なあかんべえが返ってきた。
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