「氣ってのぁ、法力五大属性の中で最も使い手を選ぶ属性だ。
体内に七つ存在すると言われるチャクラを開く事によって大気と通じ……」
「アァ? 俺ぁそんな小難しい事、毅師匠から習った覚えねぇぞ?
気合だ気合っ! 日本人ならまさに『気合』で氣を使いこなせっ!」
「……アナタ日本人じゃないアルよ?」
御津闇慈とチップ=ザナフ、そして蔵土縁紗夢の三人が、
一人の日本人少女に氣の基礎を叩き込んでいた。
少女の名は、不明。
五月(さつき)であるとも、芽衣(めい)であるとも言われているが、定かではない。
孤児であった頃、さる年の五月(May)にジョニーに拾われて以来、
仲間や保護者達からはメイと呼ばれていた。
出自や出身は、アイデンティティ形成に深く関わる。
自らの過去を知らざるメイにとって、かつての聖騎士団選抜大会で
かの最強最悪のギア・ジャスティスに「ジャパニーズ」と呼ばれた事は、
自分のアイデンティティを固めるための一助になるかもしれなかった。
ジョニーは「気にするな」と言うし、実際メイもそれ程気にかけてはいない。
だが、東洋人のみが先天的に素質を保有するとされる「氣」を使いこなせれば
それは憧れの異性であるジョニーに、大いに役立てる可能性を孕む。
アイデンティティ形成の欲求と、好きな人の役に立ちたいという欲求。
そこに共通するのは、自己実現という概念。
彼女が、正直信用出来ない(笑)三人にコンタクトをとってまで
教えを請うには、十分な理由だった。
氣を習うのに、最も適しているであろう人物は、クリフ=アンダーソンだった。
だが、彼はかつての大会で天に召されて以来、家庭用で化けて出てくるのみだった。
ジョニーは炎の法力は使えるが、氣は恐らく無理であろう。
信用出来る上に教え方もうまそうなのはカイ=キスクだが、
彼も氣ではなく雷を使う者だし、そもそも義賊が警察の前にホイホイ姿を現すわけにもいかない。
ディズィーのガンマレイも、その生成要素は氣ではないだろうし、
第一彼女は自力で能力を制限出来ない。教えを請うのは彼女にとっても危険というものだ。
散々考えあぐねた結果、気は進まないが
やはりこの三人に頼るしか無いと、メイは結論付けた。
ところが、である。
三人とも、氣を使いこなせるようになったプロセスが異なるのである。
闇慈は学問的に法力を習得しており、そのため氣のみならず、
最も扱いの難しい雷をも使いこなす秀才だった。
小説版『白銀の迅雷』にも書かれていた事だが、雷を戦闘技術に転用出来るのは、
盛栄揃いの騎士団の中さえ、カイ一人だけだった。
直情的でありながら理知も重んじる彼であればこそ、
がむしゃらに頑張ったからと言って何でも叶うわけではない事を知っていた。
それ故彼は、きちんとした師をもって大系的に氣を習得すべきだと判断していた。
……が、チップは違った。
公式の氣の使い手の中で、故クリフを除けば唯一東洋人でない彼は
闇慈が習ったような理詰めの方法論は、師である毅から聞き及んでいなかった。
毅は、それこそ気合でもって彼に氣を習得させていたのだ。
無論毅自身は、学術的な勉強も重要視しただろうが、相手がチップでは
理屈で教えたところで意味は無い、と判断しての事だろう。
紗夢は、独学に近い方法で格闘技を習得したため、
氣はおろかただの徒手空拳ですらも、人に教えてやれる程体系づけてはいなかった。
呼吸法や間合いの取り方なども、師に習うのではなく、実戦の中で身に着けた。
更に言えば、別段彼女は氣に執着を持っていない。
長い年月の中で、たまたま習得出来ていたから多用しているだけだ。
それが証拠に、彼女は氣ばかりでなく、炎の法力も使いこなす。
確実に勝利できるプロセスを構築するためならば、氣に執着する必要は無いというのが持論だった。
困ったのはメイである。
三人ともが全く異なる方法論を提示してくるのでは、
戦闘術すら満足に身に着けていない彼女には、どの方法も採択出来なかった。
選別基準がわからないのである。
また、ここに揃った三人は全員押しが強いタイプの人間なので
メイ本人の存在を忘れる程の勢いで、それぞれが頑なに持論を展開して討論しあっていた。
紗夢の経営する中華料理屋の客席。
三人が終わりの見えない議論を続けている間に閉店時間がせまり、
従業員は後片付けを始めていた。
「……と、もうこんな時間か。長居しちまったなぁ」
「腹ぁ減ったな。おい空き缶女、何か食わせろ」
「収入の無い男がどうやって飯代払うつもりカ。タダ飯奢る気はさらさら無いアルよ」
「……で氣の話は結局どうなったのさ。僕だけ置いてけぼりじゃん」
ジョニーから小遣いを貰っているメイは、その金で何か注文しようと思った。
が、闇慈がそれを制止した。
「っといけねぇ。飯は食わねぇ方が良いな、嬢ちゃん」
空腹に耐えかねたメイは、苛つきながら理由を尋ねた。
「……何でさ、イジワルぅ」
「意地悪なんかじゃねぇよ。丹田……つまり下腹部だな。
ここに氣を入れさせるためにゃ、空腹の方が都合が良いんだよ」
氣を習得するのに断食が必要とは思わなかったメイは、思わず眩暈を覚えた。
「くっ……くらくらするぅ……」
今にも鳴りそうな腹を押さえて、メイはとぼとぼと夜道を歩いた。
彼女の目の前には、やはり議論を続ける三人の馬鹿達。
彼らは腹が減らないのだろうか、甚だ疑問である。
「ねぇ……お腹すいたぁ」
耐えかねたメイは、懇願するような表情で三人を見た。
「さっきも言ったろ? 下腹部に力をだなぁ……」
「他に方法無いの?」
泣きそうな目で言い寄られて、闇慈は少しばかり思案した。
「そうさなぁ……まぁ、下腹部に力さえ入れば、何でも良いわけだが……」
考えながら道を歩いていると、町医者が目にとまった。
窓の向こう側に、やたら背の高い紙袋をかぶった男が歩いているように見えた。
メイは、その紙袋から本能的に「見間違い、見間違い……」と目を背けた。
闇慈は医者の看板をじぃっと眺めて、一つ妙案を思いついた。
というより、正確には「思い出した」と言うべきか。
いたって真面目な表情で、後ろを振り向きメイの顔を見る。
「お前さぁ、薬局で下剤買ってきて飲んでみる?」
もしこの場でメイがいつもの錨を担いでいたとしたら、思わずそれを地面に落としていただろう。
町中で派手な轟音が響かずに済んだのは幸いだった。
代わりに、町中に聞こえる程大きな声で、メイは目の前の男に
罵声に近い疑問符をなげかけた。
「……はぁあ!?」
「いや、まぁ聞けよ」
闇慈は悪びれる事なく説明を始めた。
「下腹部に氣が入れば良いわけだから、確かに絶食以外にも方法はあらぁな。
俺はやった事無いけど、便意を我慢して腹痛に耐えるってのも
一つのやり方としては間違ってないと思うし……」
メイが、ツッコミの代わりに痛烈なパンチをお見舞いしようかと思って
振りかぶった瞬間、チップも闇慈に同意を示す声をあげた。
「なぁるほど! 修行始めたばっかの頃に、師匠が
俺の食事の中に下剤を混入してた事があったのは、そのためだったのか!」
恐らくそんな筈は無い。
ただの、度を越した悪戯心であると思われる。
だが、師匠を崇拝しているチップの判断に、理知は伴っていない。
メイは、恐る恐る紗夢の方を見た。
「アタシはそんな修行した覚え無いあるヨ、安心するヨロシ」
その言葉に、メイは心の底から安堵した。
もし彼女も腹痛耐久レース経験者であれば、この場でメイも
下剤を飲まされて、悶え苦しむ事になるところだった。
「……ただ、駆け出しの頃はお金無かったからネ。
下剤は飲んでないけど、闇慈の言う『絶食』は、ほぼ毎日だタヨ?」
思い出したように呟いた彼女の言葉に、メイは愕然とした。
結局、どんな方法にせよ下腹部に負担をかけねばならないようだ。
そしてその点で、今日初めて闇慈とチップと紗夢は意見を同じくした。
いくら何でも下剤など飲みたくない。
さりとて、昼からずっと彼ら三人の議論に付き合わされたせいで、腹は減っている。
成長期であるメイに、絶食は不健康以外の何物でもなかった。
「他に無いのぉ? お腹に力ためる方法」
そう言われても、チップには思いつきもしなかった。
何しろ、本当に気合と下剤だけで氣を習得したのだ。
彼にしてみれば、たかが絶食が出来ないような根性の足りない小娘に、
自分が気合によって習得した氣の扱い方が、マスター出来る筈が無かった。
が、闇慈と紗夢の二人は、意味深な表情で顔を見合わせていた。
「絶食でも、下剤でもなく……」
「下腹部に、力をこめる方法……」
ただ一人、童貞のチップが思いつかなかった方法。
それは、食事によって通常通り栄養補給して構わない上に、
多少の運動も兼ねるので代謝を促進し、健康にも良いとされている方法。
女性にとっては、ダイエットに効果的とも言われている。
一説には、三日に一回「ソレ」をする事によって、年間で計上すれば六回、
サッカーの試合にフル出場したのと同じだけの運動量になると言われている行為。
あまり、子供には薦められる手段ではない。
第一、保護者であるジョニーを敵にまわす可能性が高い。
だが、この場で他にぱっと思いつく修練は、他に無い。
二人は、思い切ってメイに尋ねてみた。
「お前さぁ……セ○クスって興味ねぇ?」
少女の驚きようは、筆舌に尽くしがたかった。
最初はぼけっとしていたメイの表情が、次第に赤くなっていき、
それにあわせて目も大きく見開かれていった。
闇慈の言葉の意味を理解するまでにたっぷり十秒はかかったろうか。
そしてその十秒が経った時、メイは声を抑える事もせず
ひたすら闇慈に向かって荒々しい罵倒の声をあげはじめたのだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿! 馬鹿阿呆間抜けの眼鏡マッチョ! 変態! 変態っ! 変態っ!!」
耳を聾するその大声に、町の人々は何事かと振り向いた。
紗夢を慌ててメイの口を抑え、路地裏に彼女を連れて逃げた。
その後を、闇慈とチップが追った。
「はぁ……はぁ……」
「落ち着くアルよ、子猫ちゃん。闇慈はセクハラのつもりで言ったんじゃないヨ?」
いきなり大人の男(しかも上半身裸)に卑猥な言葉を口走られたショックは、
さながら電車の中で痴漢されたに等しい辱めだった。
紗夢の腕に抱かれてメソメソと泣くメイに、闇慈が謝罪の言葉を述べる。
「悪ぃ悪ぃ、そんなに拒絶反応起こすとは思わなかったぜ」
後からついてきたチップが、闇慈に事情を尋ねる。
納得のいく理由が説明出来ないようであれば、師匠の教えに従って
弱き者=この場で言うところのメイを守るために、一戦交える覚悟すら彼にはあった。
「説明してもらおうか、あぁ? こんなガキンチョに助兵衛な事のたまった理由をよぉ!」
闇慈は必死に説明した。
交尾行動は、下腹部に氣をこめるのに、まさに適した行為であると。
まさしく下腹部を使った運動なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
フリーセックスを嫌う向きのある東洋では、普通推奨される方法ではない。
だが、メイ自身が絶食も下剤も嫌と言っている以上、他に提案は無い。
もっとも、メイはこれを断っても構わない。
彼女が氣を習得出来なくても別に闇慈達は困らないし、
別にセッ○スに頼らずとも、何度も言っている通り絶食で事足りるのだ。
純潔を散らす事と、空腹に耐える事。
並みの神経をしていれば、どちらを選ぶかは必然だった。
闇慈と紗夢は、それを見越した上で「一応」提案してみただけなのだ。
諦めてメイが絶食を選択してくれれば、それが一番良い形だった。
「……わかった」
「んなにぃ?」
さぁこのゴタゴタも片付いた、後は帰って飯を食うだけだと
団扇で顔を仰いでいた闇慈の耳に、意外すぎる言葉が聞こえてきた。
「おま、もっぺん言ってみ?」
振り向き、俯いたまま顔を上げないメイを見やる。
チップは「Jesus!」と叫びつつ頭を押さえ、
紗夢は口元に手をあてて「アイヤー……」と呟いていた。
「何度も言わせないでよっ……その方法で構わないって言ってんの!」
闇慈と紗夢の二人が、見落としていた点が一つだけあった。
メイには、恐らく人並みの貞操観念が無いという事だ。
何しろ、それなりの年頃であるにも関わらず好んでスパッツを履いて、
何恥じ入る事なく股間のラインを戦闘中にバンバン見せつける、
変態御用達のコスチュームを着用しているのだ。
その意味では、平然とパンチラをする紗夢に近いものがある。
また、親代わりの大人がジョニーとリープおばさんぐらいのものであるため、
誰も彼女に「女の子の初めては、大好きな男性に捧げるもの」
という観念を、教育していない可能性すらあった。
彼女にとってセック○とは、性的にそれなりの覚悟を要するものの、
普通の処女のように、人生全部をかける程の覚悟が必要な行為だとは
認識していなかったのだ。
メイはジョニーに連絡をいれて、朝帰りの旨を述べた。
闇慈やチップは兎も角、女性である紗夢が同行しているという事で、
何とかジョニーの了承と信用を得る事は出来た。
メイは、そんなジョニーの信頼を裏切って○ックスに明け暮れる一晩を過ごす事に
罪悪感さえ覚えた。
だが、全てはジョニーのためだ。
彼の力になるために、氣を習得したい。
三人のお陰で私は強くなったよと、誇らしげに彼の元に帰りたい。
出会い茶屋の一室を借りて、今夜はそこに泊まる事になった。
メイを気遣った紗夢が、彼女にシャワーを浴びる事を薦めた。
彼女がその幼い体に、法力で温められた湯を被っている間に、
三人はベッドの上でひとしきり話し合っていた。
「誰があの子の相手すんだよ。言っとくが俺ぁ子供に手ぇ出す程落ちぶれちゃいないぞ」
「上半身裸の変態がよく言うネ……アタシは女だから、当然無理アルよ」
「なぁ、おい、お前らちょっと待て、この流れじゃ、まるで……」
闇慈と紗夢は、二人揃ってチップの顔をマジマジと眺めた。
精神年齢から言っても、最も適任なのが誰であるか、決まりきっていた。
問題があるとすれば、彼は基本的に女性に気のきく男ではないから、
メイの気持ちを無視して一方的に動いて勝手に果ててしまいそう、という事だけだった。
だがそれも、闇慈と紗夢の二人でうまくアドバイスしながらであれば、抑える事は出来るだろう。
メイが浴室から全裸の状態で部屋に戻ってきた時、
そこには白い陰毛をあらわにした、チップが待ち構えていた。
「うわぁ……」
「んだよ、男の見るの初めてかよ、パイパン」
「そんなわけじゃないけど……っていうかジョニーのよりはちっちゃいし」
「んだとテメェ!」
チップ「ガキは黙ってろ」
メイ「テメーは若白髪だろーが」
チップ「ガキガキガキガキ」
メイ「白髪白髪白髪白髪」
チップ「パイパンは黙ってろ」
メイ「テメーのチンゲ白髪だろーが」
チップ「パイパンパイパンパイパンパイパン」
メイ「白髪チンゲ白髪チンゲ白髪チンゲ白髪チンゲ 」
メイ「お前貧チンだろ」
チップ「なめんなこれでも喰らえ」
メイ「!!・・・・・ざけん、な・・・・抜けぇ・・・・」
チップ「んだその余裕ヅラァ?」
メイ「こんな貧チン何とも思わないもん・・・・ねぇ」
チップ「あの世にいっちまえ」
メイ「いやぁ!!・・・・やだぁ、ふぁあ!」
チップ「はっ糞餓鬼がっ」
メイ「やっやぁ・・・・」
チップ「いつまで喘いでんだよ」
メイ「や、山田さーーーーーん!」
チップ「こ、こんなトロい奴にーー!」
ウィナー・メイ。
メイ「はぁっ・・・はぁ・・・楽勝だねっ!!」
ジョニー「やかましいッ!うっおとしいぜッ!おまえら!」
体内に七つ存在すると言われるチャクラを開く事によって大気と通じ……」
「アァ? 俺ぁそんな小難しい事、毅師匠から習った覚えねぇぞ?
気合だ気合っ! 日本人ならまさに『気合』で氣を使いこなせっ!」
「……アナタ日本人じゃないアルよ?」
御津闇慈とチップ=ザナフ、そして蔵土縁紗夢の三人が、
一人の日本人少女に氣の基礎を叩き込んでいた。
少女の名は、不明。
五月(さつき)であるとも、芽衣(めい)であるとも言われているが、定かではない。
孤児であった頃、さる年の五月(May)にジョニーに拾われて以来、
仲間や保護者達からはメイと呼ばれていた。
出自や出身は、アイデンティティ形成に深く関わる。
自らの過去を知らざるメイにとって、かつての聖騎士団選抜大会で
かの最強最悪のギア・ジャスティスに「ジャパニーズ」と呼ばれた事は、
自分のアイデンティティを固めるための一助になるかもしれなかった。
ジョニーは「気にするな」と言うし、実際メイもそれ程気にかけてはいない。
だが、東洋人のみが先天的に素質を保有するとされる「氣」を使いこなせれば
それは憧れの異性であるジョニーに、大いに役立てる可能性を孕む。
アイデンティティ形成の欲求と、好きな人の役に立ちたいという欲求。
そこに共通するのは、自己実現という概念。
彼女が、正直信用出来ない(笑)三人にコンタクトをとってまで
教えを請うには、十分な理由だった。
氣を習うのに、最も適しているであろう人物は、クリフ=アンダーソンだった。
だが、彼はかつての大会で天に召されて以来、家庭用で化けて出てくるのみだった。
ジョニーは炎の法力は使えるが、氣は恐らく無理であろう。
信用出来る上に教え方もうまそうなのはカイ=キスクだが、
彼も氣ではなく雷を使う者だし、そもそも義賊が警察の前にホイホイ姿を現すわけにもいかない。
ディズィーのガンマレイも、その生成要素は氣ではないだろうし、
第一彼女は自力で能力を制限出来ない。教えを請うのは彼女にとっても危険というものだ。
散々考えあぐねた結果、気は進まないが
やはりこの三人に頼るしか無いと、メイは結論付けた。
ところが、である。
三人とも、氣を使いこなせるようになったプロセスが異なるのである。
闇慈は学問的に法力を習得しており、そのため氣のみならず、
最も扱いの難しい雷をも使いこなす秀才だった。
小説版『白銀の迅雷』にも書かれていた事だが、雷を戦闘技術に転用出来るのは、
盛栄揃いの騎士団の中さえ、カイ一人だけだった。
直情的でありながら理知も重んじる彼であればこそ、
がむしゃらに頑張ったからと言って何でも叶うわけではない事を知っていた。
それ故彼は、きちんとした師をもって大系的に氣を習得すべきだと判断していた。
……が、チップは違った。
公式の氣の使い手の中で、故クリフを除けば唯一東洋人でない彼は
闇慈が習ったような理詰めの方法論は、師である毅から聞き及んでいなかった。
毅は、それこそ気合でもって彼に氣を習得させていたのだ。
無論毅自身は、学術的な勉強も重要視しただろうが、相手がチップでは
理屈で教えたところで意味は無い、と判断しての事だろう。
紗夢は、独学に近い方法で格闘技を習得したため、
氣はおろかただの徒手空拳ですらも、人に教えてやれる程体系づけてはいなかった。
呼吸法や間合いの取り方なども、師に習うのではなく、実戦の中で身に着けた。
更に言えば、別段彼女は氣に執着を持っていない。
長い年月の中で、たまたま習得出来ていたから多用しているだけだ。
それが証拠に、彼女は氣ばかりでなく、炎の法力も使いこなす。
確実に勝利できるプロセスを構築するためならば、氣に執着する必要は無いというのが持論だった。
困ったのはメイである。
三人ともが全く異なる方法論を提示してくるのでは、
戦闘術すら満足に身に着けていない彼女には、どの方法も採択出来なかった。
選別基準がわからないのである。
また、ここに揃った三人は全員押しが強いタイプの人間なので
メイ本人の存在を忘れる程の勢いで、それぞれが頑なに持論を展開して討論しあっていた。
紗夢の経営する中華料理屋の客席。
三人が終わりの見えない議論を続けている間に閉店時間がせまり、
従業員は後片付けを始めていた。
「……と、もうこんな時間か。長居しちまったなぁ」
「腹ぁ減ったな。おい空き缶女、何か食わせろ」
「収入の無い男がどうやって飯代払うつもりカ。タダ飯奢る気はさらさら無いアルよ」
「……で氣の話は結局どうなったのさ。僕だけ置いてけぼりじゃん」
ジョニーから小遣いを貰っているメイは、その金で何か注文しようと思った。
が、闇慈がそれを制止した。
「っといけねぇ。飯は食わねぇ方が良いな、嬢ちゃん」
空腹に耐えかねたメイは、苛つきながら理由を尋ねた。
「……何でさ、イジワルぅ」
「意地悪なんかじゃねぇよ。丹田……つまり下腹部だな。
ここに氣を入れさせるためにゃ、空腹の方が都合が良いんだよ」
氣を習得するのに断食が必要とは思わなかったメイは、思わず眩暈を覚えた。
「くっ……くらくらするぅ……」
今にも鳴りそうな腹を押さえて、メイはとぼとぼと夜道を歩いた。
彼女の目の前には、やはり議論を続ける三人の馬鹿達。
彼らは腹が減らないのだろうか、甚だ疑問である。
「ねぇ……お腹すいたぁ」
耐えかねたメイは、懇願するような表情で三人を見た。
「さっきも言ったろ? 下腹部に力をだなぁ……」
「他に方法無いの?」
泣きそうな目で言い寄られて、闇慈は少しばかり思案した。
「そうさなぁ……まぁ、下腹部に力さえ入れば、何でも良いわけだが……」
考えながら道を歩いていると、町医者が目にとまった。
窓の向こう側に、やたら背の高い紙袋をかぶった男が歩いているように見えた。
メイは、その紙袋から本能的に「見間違い、見間違い……」と目を背けた。
闇慈は医者の看板をじぃっと眺めて、一つ妙案を思いついた。
というより、正確には「思い出した」と言うべきか。
いたって真面目な表情で、後ろを振り向きメイの顔を見る。
「お前さぁ、薬局で下剤買ってきて飲んでみる?」
もしこの場でメイがいつもの錨を担いでいたとしたら、思わずそれを地面に落としていただろう。
町中で派手な轟音が響かずに済んだのは幸いだった。
代わりに、町中に聞こえる程大きな声で、メイは目の前の男に
罵声に近い疑問符をなげかけた。
「……はぁあ!?」
「いや、まぁ聞けよ」
闇慈は悪びれる事なく説明を始めた。
「下腹部に氣が入れば良いわけだから、確かに絶食以外にも方法はあらぁな。
俺はやった事無いけど、便意を我慢して腹痛に耐えるってのも
一つのやり方としては間違ってないと思うし……」
メイが、ツッコミの代わりに痛烈なパンチをお見舞いしようかと思って
振りかぶった瞬間、チップも闇慈に同意を示す声をあげた。
「なぁるほど! 修行始めたばっかの頃に、師匠が
俺の食事の中に下剤を混入してた事があったのは、そのためだったのか!」
恐らくそんな筈は無い。
ただの、度を越した悪戯心であると思われる。
だが、師匠を崇拝しているチップの判断に、理知は伴っていない。
メイは、恐る恐る紗夢の方を見た。
「アタシはそんな修行した覚え無いあるヨ、安心するヨロシ」
その言葉に、メイは心の底から安堵した。
もし彼女も腹痛耐久レース経験者であれば、この場でメイも
下剤を飲まされて、悶え苦しむ事になるところだった。
「……ただ、駆け出しの頃はお金無かったからネ。
下剤は飲んでないけど、闇慈の言う『絶食』は、ほぼ毎日だタヨ?」
思い出したように呟いた彼女の言葉に、メイは愕然とした。
結局、どんな方法にせよ下腹部に負担をかけねばならないようだ。
そしてその点で、今日初めて闇慈とチップと紗夢は意見を同じくした。
いくら何でも下剤など飲みたくない。
さりとて、昼からずっと彼ら三人の議論に付き合わされたせいで、腹は減っている。
成長期であるメイに、絶食は不健康以外の何物でもなかった。
「他に無いのぉ? お腹に力ためる方法」
そう言われても、チップには思いつきもしなかった。
何しろ、本当に気合と下剤だけで氣を習得したのだ。
彼にしてみれば、たかが絶食が出来ないような根性の足りない小娘に、
自分が気合によって習得した氣の扱い方が、マスター出来る筈が無かった。
が、闇慈と紗夢の二人は、意味深な表情で顔を見合わせていた。
「絶食でも、下剤でもなく……」
「下腹部に、力をこめる方法……」
ただ一人、童貞のチップが思いつかなかった方法。
それは、食事によって通常通り栄養補給して構わない上に、
多少の運動も兼ねるので代謝を促進し、健康にも良いとされている方法。
女性にとっては、ダイエットに効果的とも言われている。
一説には、三日に一回「ソレ」をする事によって、年間で計上すれば六回、
サッカーの試合にフル出場したのと同じだけの運動量になると言われている行為。
あまり、子供には薦められる手段ではない。
第一、保護者であるジョニーを敵にまわす可能性が高い。
だが、この場で他にぱっと思いつく修練は、他に無い。
二人は、思い切ってメイに尋ねてみた。
「お前さぁ……セ○クスって興味ねぇ?」
少女の驚きようは、筆舌に尽くしがたかった。
最初はぼけっとしていたメイの表情が、次第に赤くなっていき、
それにあわせて目も大きく見開かれていった。
闇慈の言葉の意味を理解するまでにたっぷり十秒はかかったろうか。
そしてその十秒が経った時、メイは声を抑える事もせず
ひたすら闇慈に向かって荒々しい罵倒の声をあげはじめたのだ。
「馬鹿馬鹿馬鹿! 馬鹿阿呆間抜けの眼鏡マッチョ! 変態! 変態っ! 変態っ!!」
耳を聾するその大声に、町の人々は何事かと振り向いた。
紗夢を慌ててメイの口を抑え、路地裏に彼女を連れて逃げた。
その後を、闇慈とチップが追った。
「はぁ……はぁ……」
「落ち着くアルよ、子猫ちゃん。闇慈はセクハラのつもりで言ったんじゃないヨ?」
いきなり大人の男(しかも上半身裸)に卑猥な言葉を口走られたショックは、
さながら電車の中で痴漢されたに等しい辱めだった。
紗夢の腕に抱かれてメソメソと泣くメイに、闇慈が謝罪の言葉を述べる。
「悪ぃ悪ぃ、そんなに拒絶反応起こすとは思わなかったぜ」
後からついてきたチップが、闇慈に事情を尋ねる。
納得のいく理由が説明出来ないようであれば、師匠の教えに従って
弱き者=この場で言うところのメイを守るために、一戦交える覚悟すら彼にはあった。
「説明してもらおうか、あぁ? こんなガキンチョに助兵衛な事のたまった理由をよぉ!」
闇慈は必死に説明した。
交尾行動は、下腹部に氣をこめるのに、まさに適した行為であると。
まさしく下腹部を使った運動なのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
フリーセックスを嫌う向きのある東洋では、普通推奨される方法ではない。
だが、メイ自身が絶食も下剤も嫌と言っている以上、他に提案は無い。
もっとも、メイはこれを断っても構わない。
彼女が氣を習得出来なくても別に闇慈達は困らないし、
別にセッ○スに頼らずとも、何度も言っている通り絶食で事足りるのだ。
純潔を散らす事と、空腹に耐える事。
並みの神経をしていれば、どちらを選ぶかは必然だった。
闇慈と紗夢は、それを見越した上で「一応」提案してみただけなのだ。
諦めてメイが絶食を選択してくれれば、それが一番良い形だった。
「……わかった」
「んなにぃ?」
さぁこのゴタゴタも片付いた、後は帰って飯を食うだけだと
団扇で顔を仰いでいた闇慈の耳に、意外すぎる言葉が聞こえてきた。
「おま、もっぺん言ってみ?」
振り向き、俯いたまま顔を上げないメイを見やる。
チップは「Jesus!」と叫びつつ頭を押さえ、
紗夢は口元に手をあてて「アイヤー……」と呟いていた。
「何度も言わせないでよっ……その方法で構わないって言ってんの!」
闇慈と紗夢の二人が、見落としていた点が一つだけあった。
メイには、恐らく人並みの貞操観念が無いという事だ。
何しろ、それなりの年頃であるにも関わらず好んでスパッツを履いて、
何恥じ入る事なく股間のラインを戦闘中にバンバン見せつける、
変態御用達のコスチュームを着用しているのだ。
その意味では、平然とパンチラをする紗夢に近いものがある。
また、親代わりの大人がジョニーとリープおばさんぐらいのものであるため、
誰も彼女に「女の子の初めては、大好きな男性に捧げるもの」
という観念を、教育していない可能性すらあった。
彼女にとってセック○とは、性的にそれなりの覚悟を要するものの、
普通の処女のように、人生全部をかける程の覚悟が必要な行為だとは
認識していなかったのだ。
メイはジョニーに連絡をいれて、朝帰りの旨を述べた。
闇慈やチップは兎も角、女性である紗夢が同行しているという事で、
何とかジョニーの了承と信用を得る事は出来た。
メイは、そんなジョニーの信頼を裏切って○ックスに明け暮れる一晩を過ごす事に
罪悪感さえ覚えた。
だが、全てはジョニーのためだ。
彼の力になるために、氣を習得したい。
三人のお陰で私は強くなったよと、誇らしげに彼の元に帰りたい。
出会い茶屋の一室を借りて、今夜はそこに泊まる事になった。
メイを気遣った紗夢が、彼女にシャワーを浴びる事を薦めた。
彼女がその幼い体に、法力で温められた湯を被っている間に、
三人はベッドの上でひとしきり話し合っていた。
「誰があの子の相手すんだよ。言っとくが俺ぁ子供に手ぇ出す程落ちぶれちゃいないぞ」
「上半身裸の変態がよく言うネ……アタシは女だから、当然無理アルよ」
「なぁ、おい、お前らちょっと待て、この流れじゃ、まるで……」
闇慈と紗夢は、二人揃ってチップの顔をマジマジと眺めた。
精神年齢から言っても、最も適任なのが誰であるか、決まりきっていた。
問題があるとすれば、彼は基本的に女性に気のきく男ではないから、
メイの気持ちを無視して一方的に動いて勝手に果ててしまいそう、という事だけだった。
だがそれも、闇慈と紗夢の二人でうまくアドバイスしながらであれば、抑える事は出来るだろう。
メイが浴室から全裸の状態で部屋に戻ってきた時、
そこには白い陰毛をあらわにした、チップが待ち構えていた。
「うわぁ……」
「んだよ、男の見るの初めてかよ、パイパン」
「そんなわけじゃないけど……っていうかジョニーのよりはちっちゃいし」
「んだとテメェ!」
チップ「ガキは黙ってろ」
メイ「テメーは若白髪だろーが」
チップ「ガキガキガキガキ」
メイ「白髪白髪白髪白髪」
チップ「パイパンは黙ってろ」
メイ「テメーのチンゲ白髪だろーが」
チップ「パイパンパイパンパイパンパイパン」
メイ「白髪チンゲ白髪チンゲ白髪チンゲ白髪チンゲ 」
メイ「お前貧チンだろ」
チップ「なめんなこれでも喰らえ」
メイ「!!・・・・・ざけん、な・・・・抜けぇ・・・・」
チップ「んだその余裕ヅラァ?」
メイ「こんな貧チン何とも思わないもん・・・・ねぇ」
チップ「あの世にいっちまえ」
メイ「いやぁ!!・・・・やだぁ、ふぁあ!」
チップ「はっ糞餓鬼がっ」
メイ「やっやぁ・・・・」
チップ「いつまで喘いでんだよ」
メイ「や、山田さーーーーーん!」
チップ「こ、こんなトロい奴にーー!」
ウィナー・メイ。
メイ「はぁっ・・・はぁ・・・楽勝だねっ!!」
ジョニー「やかましいッ!うっおとしいぜッ!おまえら!」
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空は青く晴れ渡り、雲は1つとして見られない。
9月半ば、秋晴れである。
ジェリーフィッシュ快賊団所属メイシップは、今日も快調に大空を往く。
ちょっと前までは猛暑の所為で外に、甲板にすら出る気になれず、部屋の中でアイスをほおばっていたメイであったが、残暑も終わり涼しくなってきた今日この頃再び外に出てくるようになった。
しかしここの所彼女は何かを考えているようで、話し掛けても上の空のことが多い。
見かねたディズィーがその原因を探るべく彼女に近づく。
・・・・・と言ってもメイが考え込む要因など、殆ど1つにすぎない。
半ば事態を予想しつつディズィーはメイに声をかける。
問題のメイは壁を背もたれにしつつ相変わらず考え込んでいた。
「メイ。」
ディズィーの声に反応してメイが顔を上げる。
普段は元気いっぱいの表情なのだが、やはり思い悩んでいる所為か眉間にはくっきりと皺が入ってしまっている。
メイは「やっほー」と簡単に返事を返すと再び下を向き溜め息をついた。
「どうしたんですか?」
そう尋ねると今度は視線だけこちらに寄越し、また溜め息を1つついた。
「お金が無い・・・。」
予想とは違った彼女の答えに少し驚きつつも―――絶対にここの快賊団の団長、ジョニーに関してだと思っていたから―――考えを巡らせる。
ここにいる限り生活は保証されているのだから、それが差し迫った問題であるようには見られなかった。
彼女と接するようになってそんなに長くなるわけではないが、彼女の思考というのは単純明快で至極読みやすい。
その彼女がジョニー以外のことで悩んでいる。
お手上げであった。
「はあ。」
仕方なしにそんな曖昧な答えを返してみたがやはり彼女は気に入らなかったらしく、キッとこちらを睨んでくるが―――可愛らしいだけで怖くも何とも無いのだが―――少しだけ声を荒げて、しかし後の方はやはり小声になって言った。
「はあ、じゃないよ!これは重大なことなんだよ!お金が無いイクォール欲しい物が買えない。」
「ジョニーさんに頼んでみてはいかがでしょうか?」
悩むほど欲しい物があるならば、彼女の保護者でもある団長の彼に頼んでみれば良い問題である。
ジョニーはメイに甘いわけではいが、ここ数日の彼女をみればYESと言うだろう。
・・・・・やはり甘いのかもしれない。
しかしそのディズィーの提案もメイは力なく首を横に振り却下した。
「・・・・ディズィー。それじゃ駄目なんだよ。・・・・・そもそもディズィーが・・・。」
「私が、なんでしょう。」
「賞金首じゃなくなるから・・・。入る予定だったお金が無い!・・・・・・ジョニーの誕生日プレゼントが~(泣)。」
「ああ・・・なるほど。」
なるほど物凄く納得のいく理由だった。
確かに後一ヶ月でジョニーの誕生日である。
ジョニーにここ連れてきてもらった時、彼女がディズィーの賞金について言っていたのもまだ記憶に新しい。
個人的にジョニーにプレゼントをあげるために必要な資金をそれで賄うつもりだったらしい。
「今からディズィーをケーサツに突き出すってのは・・・・。」
わきわきと指を動かしながらにじり寄って来るメイに、身の危険を感じて半歩後ろに下がった。
冗談だとは思うが、目が笑ってないのが怖い。
「メイ(汗)。私は死んだことになってますし、第一賞金は紗夢さんが持っていっちゃいました。」
「うぬぅ、紗夢め。・・・他に良い賞金首、いないかなー。」
あくまで一攫千金思考のメイに適切な助言を与えてみる。
・・・・・・・無駄になるのはなんとなく分かってはいるが。
「と言うよりも、真面目に働いて・・・。」
「いたっ!打って付の奴が!」
やはり全く聞いていなかった。
しかし、どうやら彼女は良い事を思いついたらしくにこやかにディズィーを見た。
その妙に晴れ晴れとした表情があやしい。
ろくでも無い事を思いついた時の彼女の癖だ。
立ち上がり痛いくらいにディズィーの手を握り締め言った。
「ディズィーの協力が絶対に必要なんだよ・・・・・・。協力、してくれるよね?」
「はあ・・・・。」
嫌な予感から曖昧にしか答えられないディズィーの返事も了承の言葉と取り、上目遣いにディズィーを見て笑顔を浮かべた。
「やっぱり駄目です。辞めましょう?ね?」
ある街の警察所の裏。
他の快賊団のメンバーに見つからないようにここまで来た二人であったが、ディズィーは正直もうメイを連れて帰りたかった。
しかしメイはそれを応としない。
「ここまできて何言ってんのさ。大丈夫!ディズィーには迷惑かけないよ。」
「・・・・やはり駄目です。私がジョニーさんに怒られちゃいます~!」
後ろで両手を縛られているメイ、フード+全身を覆い隠すロープを着こんだディズィーは小声でちょっとした言い合いをしていた。
辺りに人の気配はしない。
仲良さげに話しているところを人に見られたら、メイの立てた計画に支障が出るだろう。
しかし今のディズィーは寧ろ人に見つけてもらいたいくらいの気持ちだった。
それで彼女の暴走が止まるのなら。
「ジョニーは誕生日まで帰ってこないから平気だってばv」
「・・・・でも駄目ですよ。自分にかけられた賞金を貰う、なんて。」
メイの考えた計画はこうだった。
義賊、と言えども賊は賊。
ジェリーフィッシュ快賊団団員にもそれなりに賞金はかかっている。
中でもメイはメイシップの事実上の船長であり、何かにつけても率先して動いていると言う事もあり(ジョニー自身には負けるものの)結構な金額がかけられていた。
・・・・という事実を知ったのは何処ぞのヨーヨー使いに会ってからなのだが。
捕まえる手間を省き、更に高額な賞金がかかっているという利点ばかりのメイ自身である。
だったら、自分自身の賞金を貰ってしまえば良いわけで。
1人で警察に赴いても賞金を貰えるわけがないから受取人―――今回はディズィーとなる訳だが――― を作り、メイは何処かに送検される前に逃げ出せば良い。
そして受取人と何処か別の場所で落ち合ってお金を受け取れば良いのだ。
完璧な作戦である。
しかしディズィーは駄目だと止める。
彼女に協力してもらわない事には埒があかないので、メイは説得(又の名を言いくるめ)にはいった。
「何で?ディズィーはボクを捕まえました。ディズィーは賞金を貰いました。ボクは自力で脱出しました。・・・・・何も悪いことなんか無いよ?」
大丈夫!と言わんばかりに満面の笑みを浮かべてみるのだが、ディズィーは複雑な表情を作る。
「計画的犯罪な気がするんですけど・・・・。」
やはり納得してくれていない。
メイは更に押す。
「大丈夫!ディズィーにも一割いくから。」
「それは否応無しに私を共犯にしてるだけじゃ・・・。」
彼女の利益について述べてみても、ディズィーはますます顔を顰めるだけだった。
押すだけでは埒があかない。
メイは1つ嘆息して、一呼吸おいてから改めてディズィーを見る。
「・・・・・・ディズィー?」
なるべく憐れみを誘う声色で呼びかけた。
「・・・・・・何ですか?メイ。」
「愛ってね、辛いものなの。」
見つめる瞳に涙なども溜めてみる。
それにしても世の中良い言葉があるものだ。
押して駄目なら引いてみろ、と。
「はあ。」
そんなメイの様子にディズィーは曖昧な返事を返した。
いきなり話が飛んで対応に困っているのが分かる。
その隙をついてメイはたたみかけるように言葉を出す。
「ボクってばジョニーに振り向いてもらえなくて、すっごく不憫だよね?」
「・・・・・・・ええと・・・。」
その言葉に対して妙にディズィーは何か言いかけだったが、取り敢えず無視をする。
たたみかけるときは一気に、相手に反撃の隙を与えずに、が成功の秘訣だ。
「誕生日プレゼントで他の輩と差をつけて、ジョニーもこれでイチコロvな計画、分かってくれるよね?」
「・・・・・ええと、ジョニーさんは・・・・。」
視線を泳がせて何か言葉を飲みこんでいるディズィー。
彼女の言いたい事が分かれば、メイもこの先厄介事に巻き込まれなくてもすんだであろう。
一方通行の想いと信じきっている彼女には分かれという方が無理な話ではあるのだが。
「言うこと聞いてくれないんなら、ソルんとこいって一緒に賞金稼ぎの仕事してくる。」
そうして最後に切り札の「押し」を出した。
「駄目ですよ、危険です!」
さっきの曖昧な態度は何処へやら、声を荒げてディズィーは止める。
メイはそれを見てしてやったりとほくそ笑んだ。
「・・・・・じゃあ、良いよね?」
ディズィーの完敗である。
と言うか、暴走状態のメイにはなから勝てるとは思えなかったが。
それでも止めなければいけなかった、と後悔するのはまた先の話。
「どうなっても知りませんよ・・・・。」
諦め顔で溜め息など吐きつつ、ディズィーは協力を余儀無くされたのだった。
当のメイは涼しい顔である。
のん気なものだった。
「へーきへーきv」
かくして計画は実行された。
しかし、一週間たっても二週間たってもメイが帰ってくる事は無かったのである。
ジェリーフィッシュ団一のトラブルメーカーがいなくなって3週間がたった。
メイの事だから、と楽観視していた団員たちにも焦りの色が目立ち始める。
特に責任を感じているのは、この事態の発端に深く関わったディズィーであった。
外に行く支度をして皆に告げる。
「これはメイを止められなかった私の責任です。私が責任もって探してきます。」
焦燥しきった表情でそう言った。
そのまま空へと飛び立とうとするのを傍にいたエイプリルが止める。
「まあまあディズィー、そう言わないで。・・・・暴走メイを止められるのなんてこの世で1人しかいないんだから。」
「しかし・・・・・!」
「メイならそのうちケロッと帰ってくるから。それにディズィーが外に出る方がこの状況よりも、危険。」
「・・・っ。」
反撃の余地が無くなりディズィーは俯いた。
確かにディズィーがあまり公に外に出て行動するのは拙いのだ。
死亡したことになっていること。
そして、ギアであること。
メイがいなくなった上にディズィーまで何かに巻き込まれるわけにはいかない。
エイプリルは安心させるように笑うと、団員に向かって言う。
「幸いまだ団長は帰ってこないから時間はあるし。このことに関しては緘口令を敷く。ジュライとオーガスは外で、メイを探して。」
「まかせろ!」
「オッケー!」
二人は踵を返し自室へと向かう。
「あの、私には何が出来ますか?」
ディズィーは両手を胸の前で重ねる。
メイがどんな性格であれ、原因は自分だ。
何もしない訳にはいかない。
「ディズィーは、ここにいて?団長が帰ってくるまでにメイが見つからなかったとき、そのフォローをお願い。・・・・・・団長には知られちゃやっぱ拙いし。」
―――なんせあの団長は彼女を溺愛しているとしか思えないから。
当人目の前にしたらやんわりと否定されそうなことを考え、苦笑したエイプリルであった。
その時だった。
聞きなれた声が上方から聞こえた。
「何が、拙いんだ?」
エンジン音と共に黒い陰が甲板を通る。
反射的に上を見上げると、普段はあまりここには置いていないジョニー専用の小型機が止まっていた。
それを操縦している人物は案の定というか、黒い快賊服を身に纏った我らがジェリーフィッシュ団団長ジョニ―であった。
「団長!」
「ジョニーさん!」
そのまま小型機は甲板に着陸し、ジョニーは操縦席からひらりと飛び降りる。
ジョニーは辺りを見回し、軽く嘆息する。
「メイは、どした?」
ジョイ―の一言に団員に一気に緊張が走る。
―――誤魔化さなければ。
団員の思いは一緒だった。
初めに口を開いたのはやはりエイプリルだった。
「あああああ~、団長。早いお帰りですね~。後1週間は帰ってこないと思ってましたよ。」
「・・・・・・途中でみょーな噂を耳にしてな。」
びきびきびき
更に団員の間で緊張が走った。
それを楽しそうに眺めてジョニーはもう一回同じ台詞を吐く。
「で、メイはどした?」
「えええ~とぉ。」
「エイプリル。」
更に悪あがきを続けるエイプリルを制して、
ディズィーはジョニーの前に一歩踏み出し深々と頭を下げる。
「申し訳無いです、ジョニーさん。メイがいないのは私の所為なんです。」
「ディズィー。君が悪いわけじゃあ無いのは分かってる。だから顔を上げてくれないか。それにそんな顔よりも笑顔も方が似合う。美人が台無しだぜ?」
項垂れているディズィーに苦笑を返し、ジョニーは徐に懐から煙草を取り出し、吸う。
白い煙が空高く上がっていく。
何処までも余裕な態度を崩さないジョニーにディズィーは尋ねた。
――――大事な人が行方不明だというのに。
「心配じゃ、ないんですか?」
「メイにかかった賞金が受け渡された、という噂を聞いた。しかしその当のメイは然るべき場所に送られている様子は無い。逃げた、という話も聞かない。」
ディズィーから視線を外し、空を見ながら煙草をまたひと吸い。
「また、受け渡されてからメイを見かけたという人もいない。もちろんここにも戻ってきていない。さて、この状況を君は如何に捉える?」
楽しそうに言うジョニーに反比例してディズィーは血の気が引いていくのが分かった。
それは今この世にメイという存在が消えている、ということではないか。
まだメイに関して情報収集を何もしていなかったが、ジョニーの言ったことに偽りは無いだろう。
無意識に考えないようにしていた『死』という言葉がリアルに感じられる。
――――彼女はもうこの世には存在していない?
しんと静まりかえった甲板にジョニーのクックッという押し殺した笑い声が響いた。
「ジョニーさん!」
誰よりも彼女のことを想っている、と思ったのは錯覚なのだろうか?
ジョニーを見据えると、ちょうど目が合う。
彼の眼差しに真面目な光が宿るのが分かった。
「メイがこの世から消える、なんてある訳無いだろう?あいつはそんなにヤワじゃ無い。」
しかしそれも一瞬のことで、すぐに元の色に戻る。
片目を瞑り、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて言うのだった。
「こういう場合は、こう捉えるのさ。『メイは厄介事に巻き込まれました』ってな。」
何処までも高く漆黒の空は続いていた。
新月のため月の姿は無く、散りばめられた星のみが辺りを照らす道標となった。
聞こえるのはさわさわと風に揺れ擦れ合う木々の音。
森林の中隠すように広がる草むらにひっそりとメイシップは止まっていた。
それを背に、一人の女性が歩いていく。
栗色の長い髪をたなびかせ、瞳は只前のみを見据えている。
紅の着流しに小さな手荷物だけをお供につれて。
幾分か船から離れたところで彼女は、回りの気配が変わったことに気づき後ろを振り返った。
そこにはここ十数年間想い続けた人が静かな笑みを持って佇んでいた。
黒い快賊服を身に纏い、一輪の赤い薔薇を持ってその人ジョニーはいた。
「メイ。」
昔から何ら変わることの無いトーンでジョニーは彼女――メイの名を呼んだ。
だからメイも、あのころのように彼の名を呼ぶ。
「ジョニー。」
彼は微かに苦笑し、持っていた薔薇をメイに投げる。
驚くほど自然にそれはメイの手の中に収まった。
その花の持つ意味を暫しメイは考えたが、この場に最も相応しいと思われる推測を口にした。
「・・・・見送り?」
「まあな。お前さんの門出を祝って。」
今夜を最後にメイは快賊団を抜ける。
誰にもそのことは話していなかった、告げる気も無かった。
出て行くところを誰にも見られたくなかった。
誰も見たくなかった。
思いとどまってしまうかもしれないから。
きっとそれは『未練』というものなのだろう、と彼女は思う。
長く居すぎた、のだろう、快賊団に、彼の傍に。
決して望んだ答えはくれなかったのだけれど。
彼は云う、「外の世界で平和に暮らせ。」と。
その準備も出来ている、と。
快賊団メイは何処にも存在する必要は無いのだ、と。
どうすれば良いのか分からなくなった。
ヤダ、と一蹴できるほどもう子供ではなかった。
子供だった自分を無くしてしまった時から、何処かが歪み始めていたのだ。
だから、せめて最後はあのころの自分のように。
微笑して。
「ねえ、ジョニー。ボクはきっと、幸せになるよ。」
「それを心から祈ってるさ。」
「祈んなくて良いよ、忘れてくれたってかまわないから。」
これが最後の我侭、だよ?
もう解放してあげよう、メイという足枷から。
今日から彼は自由になる。
彼から発せられる次の科白が怖くて、会話を打ち切った。
「・・・・・・じゃあ、もう行くね。」
再びメイシップに背を向け歩き出す。
振り返りたい衝動を懸命に押さえ、前だけを見据え。
遠ざかっていくジョニーの気配。
追いかけてくれることを、もしかしたらと少なからず希望を持っていたことにメイは軽く自嘲した。
そして追い討ちのようなジョニーの台詞。
「Good-Bye MAY。」
彼が身を翻して船に戻っていったのが分かった。
「バイバイ、ジョニー。」
彼女もポツリとそう言った。
その声は小さすぎて彼には届いていないだろうけれど。
手に持つ薔薇を投げ捨てる。
涙は流さない。
きっともう流れない。
歪んでしまった、壊れてしまった。
これからの自分が起こすであろう行動に、メイは薄暗い表情で口元をゆがませた。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
家主―――カイ=キスクは飲みかけのティーカップをテーブルに置き、時計を見て首を傾げた。
「?誰だろう?こんな時間に。」
時刻は優に22時を回っている。
仕事関係の人間はもうとっくに帰った後であったし、この時間に連絡なしにここに来る友人もいない。
タチの悪い悪戯かもしれない。
悪戯で済めば良いが、最悪何らかの犯罪とかかわっているかもしれない。
そこまで考えて、さすがに考えすぎかとは思ったが、それでも警戒心を残しつつ扉を開けた。
「・・・・・?!」
扉の前には予想もしていなかった人物がいた。
緋色の着流しから覗くしなやかな身体。
健康美溢れていたそれは今はほのかな色気さえ放っている。
背中まで伸びている栗色の髪は上質の絹のような輝きを持っていた。
前回会った時よりも確実に大人の女性へと変化している彼女。
突然の訪問者は薄く笑みを浮かべながら軽く頭を下げ挨拶をする。
ふわりと髪が舞った。
「・・・・・今晩は。久しぶり、になるのかな?」
「メイさん?」
確信していても確認してしまうのは、以前の彼女と何処かが違うから。
しかしその違いも漠然としていて捉えきれない。
カイの問いかけにメイは静かに首を振った。
「ボクの名前はディアナ=セイクリッド。」
そして聞こえる小さな呟き。
――――もう、メイなんて人物はいないんだよ。
「・・・え?・・・・・・しかし・・・・。」
次の言葉を発する前に、背中にまわされた柔らかな感触、身体に感じる温度に思考を遮られた。
遅れて頭の片隅が状況を理解する。
――――メイが身体を預けてきている。
着物から出ている華奢な腕を精一杯背中にまわし、頬を胸に軽く押し付けて。
甘い芳香が辺りに漂う。
その匂いに導かれるように、カイはメイを抱きしめた。
女性特有の柔らかさ、それでいて少し力を加えれば壊れてしまうような、儚さ。
「お願いがあって来たんだよ・・・・。それさえ叶えてくれれば、その後に『ジェリーフィッシュ快賊団メイ』として捕まえてくれても構わない。」
そこまで言って、メイは顔を上げカイを見上げる。
その彼女を見て、
――――ああ、そうなのか。
カイは彼女に纏わりつく違和感の正体をやっと理解することが出来た。
「・・・・・快賊団の知ってる限りの情報は提供するから。」
眼差しが、違うのだ。
かつてのような澱みの無い、何にも汚されていないそれを彼女は持っていなかった。
ここに在るのは灰色の世界を映すガラス玉だけ。
否、それすらもう映していないかもしれない。
彼女は声にならない声で言う。
――――快賊団を壊滅させて。
薄暗い表情を湛える彼女。
カイは抱きしめる腕に少し力を加えた。
「ジョニー・・・・。」
メイは今はもう動かないその人を見つめつづけた。
昨日まで一緒だったのに。
これからのずっと一緒にいられると思ったのに。
血の通っていない彼の手を握る。
嘘みたいに冷たかった。
「ねえ、ジョニー?ジョニーは馬鹿だよ。ボクを庇って死んじゃうなんてさ・・・・。」
嬉しくなんてないよ。
庇われて嬉しいわけないよ・・・・。
目を瞑れば今でも鮮明に思い出せる最期のシーン。
確実にメイを捕らえた刃物。
その銀の煌き。
自分自身の死の覚悟。
目の前に広がる黒い布。
刃物を伝う紅。
敵の断末魔の叫び声。
同時に崩れ落ちる黒い物体。
「めい・・・?怪我・・・ないかあ・・・・?」
息も絶え絶えにメイを気遣う声。
そして、最期の彼の言葉。
「良いか・・・メイ?お前さんは・・・自由に・・・・『生きろ』。」
その言葉に縛られて、後を追うことも出来ないから・・・・・。
彼が護ってくれたこの命を無駄にするわけにはいかないから・・・。
「幸せになれる日なんて、来るのかなあ?」
彼のいないこの世界で。
それでも瞳を逸らす事は許されない。
自由に生きろといった彼。
「その約束、守るよ。ボクは『自由に』生きる。・・・・・おこんないでね?ジョニー。これがボクの選んだ道だから・・・。」
メイはおもむろに着ていた服を脱ぎ、そこに丁寧に畳まれているものに着替え始める。
黒いズボンは裾が長すぎたが幾重にも折って誤魔化す。
ウエストはベルトで無理矢理調節。
胸には丁寧にさらしを巻いていく。
黒のロングコートは長い、ナンテものじゃなくなっていたが、この際無視する。
さすがに靴は自前を用意した。
仕上げに黒の帽子をかぶった。
彼女が身につけていったのは、ジョニーの遺品だった。
身長差のため、かなりの違和感のある着こなしだが、彼女自身は気にしていない。
「ボクが今日からジェリーフィッシュ快賊団団長の『ジョニー』だよ・・・。ジョニーの代わりに、皆を救うから・・・・・。ジョニーの遺志を、ボクが継ぐから・・・・。」
そして、冷たい唇にキスを送った。
「ボクも何時かそっちに行くから、待っててね・・・・。山田さん、食らわしたげるから。何でボクを庇ったんだ、ってね・・・。」
メイは微笑し、その場を立ち上がった。
「ジョニー、また、ね?」
何時かそちらに行った時まで。
「気長に待ってるさ・・・。」
そんなジョニーの返事が聞こえた気がして、メイは一粒涙を流し、微笑んだ。
バイバイ、ジョニー。
So Long・・・・
THE死にネタ(笑)。ジョニーがいなくなるヴァージョンです。少し軽め(そうか?)なにげにメイヴァージョンも考えてあったり。女の子至上主義の僕としてはあんまりメイに苦しんで欲しくなかったからこうなったのだけれど、逆だったら・・・・・、イタイの書きたいねえ(にやり)。
2月14日。
メイシップはメンテナンス材料の買い付けに向かっている途中、大吹雪にみまわれて停泊を余儀なくされていた。
メイにしてみれば、この日にジョニーが外に出られない状態な事は非常に嬉しかった。
山のように貰ってくるものに嫉妬しなくても良いのだから。
今年の今日は、彼女だけのもの。
「ジョニー。今日は、何の日か知ってる?」
メイは悪戯っ子のような瞳でジョニーを上目遣い気味に見上げた。
彼女の珍しく下ろしている長い髪の毛がふわりと揺れる。
昔に比べ、格段に大人っぽくなった。
大人に近づいても、その純粋さだけは一向に衰えることが無い。
ジョニーは彼女に視線を合わせた。
両手は後ろに組んでいて、見えない。
今日の日付を思えば、そこにあるものは唯1つ。
彼女の意図にジョニーは早々に気が付いているが敢えて彼女の望んでいない答えを返す。
「俺様の日。」
「何でっ!」
即座に反応を返すメイ。
両手は相変わらず後ろに組まれたまま。
ジョニーはタバコをひと吸いすると、続けて云った。
「じゃあ、にいしの日。」
さすがのメイもこの答えには呆れたのか、半眼でジョニーを見据える。
「・・・・・・そんな日無いよ。しかも訳わかんないし。」
「そうか。・・・じゃあ、何の日なんだ?わからんなあ。」
わざとらしく首を捻る。
出来ればこのまま終わらせたい。
メイが呆れかえってこの場を離れることを期待したが、どうやら無理らしい。
「・・・・・・じょにー・・・・。」
彼女の目は完全に据わっていて、今にもクジラさん辺りを召喚しそうな勢いだ。
つまりは此のまましらばっくれていても、痛い思いをし尚且つ誤魔化しが効かない、というのであればそれは有効な手立てではない、ということだ。
ジョニーは嘆息し、仕方なしに答える。
「バレンタインデー、だろ?悪いがチョコだったら受け取れないぜ?」
・・・・・・・・・・。
きっぱりと断るジョニーに、メイは暫し言葉を忘れた。
冗談かと思ってその顔を覗き見ても、いつもと何ら変わりの無い顔。
少なくとも冗談を言っている顔ではなかった。
「・・・・・・どーしてさ。」
受け取らない、といったら彼は受け取らないだろう。
去年までは貰ってくれたのに、何故今年は駄目なのだろう?
せめて理由が知りたかった。
ジョニーは笑いながら答える。
「いい加減『父親』にチョコをやるような年齢でもないだろ。も外に目を向けてだなあ・・・・。」
(そんな言葉、聞きたくないよ!)
この何年間、メイは何時だってジョニーのことを想って行動を起こしてきた。
誰よりも何よりも大切で、大好きで。
この世の、自分の全ては彼を中心に周っていると言っても過言ではなかった。
『父親』なんて感情だったら、こんなに心が求めたりはしなかっただろう。
ジョニーの一言一言に一喜一憂することも無かっただろう。
何も伝わってはいなかったんだろうか?
あくまでメイという存在を、その中に入り込ましてくれないのだろうか?
何処まで行けば。
何時まで待てば。
一人の『女性』として見てくれる?
メイの瞳に透明な雫がつうっと伝う。
「ジョニーの・・・・・、馬鹿ああああああああ!!」
叫び声といっしょに手に持っていたもの―チョコレートをジョニーに向かって投げつけた。
ジョニーはそんなメイの怒りの行為すら片手でキャッチしてしまう。
それが悔しくて、メイはそのまま外に飛び出した。
外は猛吹雪。
メイの格好はそれに耐えられるものではない。
「メイ!・・・・・・・・クソッ。」
彼女に関してはどうもうまくことが運ばない。
ジョニーは舌打ちをかましながら、メイを追いかけるべく外に飛び出した。
(ジョニーの馬鹿っ!)
ざくざくと雪を踏みわけつつ、何処へ向かうわけでもないけれど、走った。
雪からの冷気が頭を徐々に冷やしていく。
「へくちっ!」
くしゃみがでて、ようやく彼女は自分の体が冷えきっている事に気がついた。
格好を振り返れば、どう贔屓目に見ても吹雪の中を歩く格好ではない。
自覚した瞬間、一気に寒さが押し寄せてきた。
「へくちっ!うう~、これもぜんっぶジョニーが悪いんだから!」
そして、あの憎い愛しい人はなにくわぬ顔で上着などを持ちつつこの場に現れるに違いない。
余裕の笑みを持って。
それでも帰る所はあそこだけだから。
きっと、また彼の後を追ってしまうのだろう。
そして、また何も変わらない日々が待っているのだろう。
分かっているけれど。
分かっているけれど。
(ムショーにムカツクよね・・・・。)
ピュウと風が吹き付ける。
メイは悴んで全く動かなくなった手に息を吹きかけた。
そんなとき、彼はきた。
「メイ!」
掴まれる肩。
ふわりと揺れる髪
振り向かされる身体。
その反動のまま、その人を見やる。
・・・・・・・何時も通りのジョニーだった。
「・・・・・・・・寒くないの?」
黒いロングコート(?)を直に着込んでいるジョニーに対して思わず呟いた。
「ああ、寒いさ。だからさっさと帰るぞ。」
にこりともせずジョニーは云う。
「・・・・・・・・ボクの上着は?」
「・・・・・寒いんだからさっさと帰るぞ。」
その疑問には答えることなく、ジョニーはメイを抱え上げ、帰路につく。
さっきまではあんなに寒かったはずの気温が、何処か、温かく感じられる。
ジョニーの腕の中、メイは思う。
少しは、余裕が無かった、のかなあ?
外の寒さを忘れるほど。
余裕の笑みが消えるほど。
導き出された結論にメイは顔をほころばせた。
ジョニーの首に腕を絡ませつつ云う。
「少し自惚れちゃうからねーだっ!」
「・・・・・・・歩きにくい・・・・。」
上機嫌のメイとは裏腹にジョニーは憮然とした顔のまま嘆息した。
やはり彼女に関しては事がうまく運ばないのだ。
それを心の何処かで喜んでいる自分にも気がつきながら。
・・・・・書き直したは良いが、これもこれでどうかと(汗)。題名をつけるのが苦手です。いっそ無題で出そうかと思いました。えと、sora様5000HIT申請どうもありがとうございます!リクエストして頂いた「バレンタイン・ジョニメイ」です。リク、とても嬉しかった・・・のに、何故僕はこんなものしか書けないのでしょう・・・。精進します・・。これからも見捨てないで「ぱらろす」に遊びに来て頂けると嬉しいのですが・・・・・。やっぱり駄目、ですか(泣)?