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ひだまり

 

 柔らかな風が頬を撫でる。
 ディセムバのオフィス街を吹き抜ける風は、あの砂漠の荒野に吹き渡る物とは全く別の物のように思えて、メリルは思わず苦笑した。
 同じ空の下、同じ世界を包む空気、同じ大地の上を通り過ぎる風。
 別な物であるはずがない。
 別な物があるとしたら、それは、自分自身。
 ファイルを胸に抱えて、青い青い空を仰ぐ。
 つながっているもの。この風が、空が、つなげているもの。
「……よし! メリル、ファイトッ」
 自分自身に一発活を入れると、彼女はハイヒールのかかとを巡らせた。


 時は、容赦なく彼女の脇を通り過ぎていく。
 いつも彼女の傍らにあった、あの暖かな優しい笑顔の後輩は、彼女自身のために選んだ場所で、彼女の一人息子だけではなく、多くの子ども達のお母さんになっていた。
 昨日から、何度も読み返した手紙を、休憩に入った喫茶店で、ミルクティーが来る前にもう一度広げる。
『お元気ですか、先輩。私は元気です! もちろんニコラスも含めて、です。』
 元気いっぱいの、丸っこい字が、便せんの上で所狭しといろんな事を語る。
 ニコラスが初めて縄跳びで後ろ回しができるようになったこと。納屋に住み着いた猫が子猫をたくさん産んだこと。
 日常のたくさんの幸せと驚きに満ちた手紙は、メリルを不思議な気分にさせる。
 あのころのまま変わらないもの。変わってしまったもの。
 戻らないもの、得ていくもの。
 ケーキとミルクティーが運ばれてきて、メリルは手紙を丁寧に折り畳んだ。
 ふわりと紅茶の香りが彼女を包む。
 カップを口に運びながら、メリルは手紙の文面を思い出していた。
『先輩、私思うんです。
 人を愛するってことが、「心」を「受」け取ることだとしたら、私、そうできていたかなあって、思います。
 ニコラスの寝顔を見ながら、そんなこと考えます。』

 ……ええミリィ。あなたはホントに、心を受け取ってくれる天才でしたわよ。

 そっと、手紙を指先で撫でる。
 自然と、引き結んでいたはずの唇がほころぶ。

 ねえ? 私は、そうできていましたかしら?

 喫茶店の窓ガラス越しに、メリルは青い青い空を見上げる。
 この空の下で、風の中で、きっと今も困った騒ぎの真ん中で、あの笑顔で笑っているであろう人を想って。

 ねえ? ヴァッシュさん……?

 赤いコートと、あの銃を捨てて、満面の笑顔で帰ってきてくれて。
 それだけでもいいと思える自分に少し驚いたが、不思議とイヤな感じはしなかった。
 むしろ、そう思える自分をくすぐったい思いで受け止めていた。
 しばらくは、意識を取り戻さない彼の兄弟の看病や、とりあえず戻ってきた日常にてんてこ舞いの日々が続いたが、そんな日々がそう長くは続かないことを、誰もが知っていたように思う。
 なぜならあのとき、彼が告げた言葉に、ああやっぱり、と、そう思ったのだから。
『話があるんだ』
 その言葉の後に何が続くか、知っていたのだから。
 そう、知っていたのだから――。

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