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vm



G B 4 ~最強の魔法~(TRIGUN)




俺の名はヴァッシュ・ザ・スタンピード。
愛という名の陽炎を追い求めて早幾年…、その間、朝の訓練を欠かしたことはない。
チッ チッ チッ チッ・・・・・
ジリ……
     バン!!

けたたましく鳴り始める直前の目覚ましをはたいて彼は目覚める。
いつもどおり。そう。いつもどおりの時間だ。
「鶏おこし」「日曜日の子供」「朝日に左右される男」等の異名は健在である。
本日、ただ一つ違っていたのは…彼の体調がこの上も無く最悪だということだけであった。
「ごふ!ごふがふごふ…!」
咳き込みながら日課の訓練を始める彼の目に精気は無い。

そして。
この星一番のガンマンの受難の一日はこうして始まったのである。



まず、朝の瞑想(三秒)を終える。
のろりと起き上がった男はまずいつもの訓練の用意に入った。
ばさばさの髪に半ば隠れた表情は厳しく別人のようだ。肩から腕、手にかけて真っ直ぐに伸ばされ握られた銃身の上には生卵が絶妙のバランスで静止している。

研ぎ澄まされた緊張感。
肌が粟立つほどに集中力を高め、彼は軽くヒュッと呼気を吐く。
と共に卵を空中に置いたままで銃だけを目にも止まらぬ速度で下げ…

ガチャ
「あ~~っ!だめですよ~ちゃんと寝てないと~」
部屋に入ってくるなり開口一番そう口火を切ったのは大きい保険屋さん、ことミリィである。
「全く、何してますの?」
呆れたように後ろ手にドアを閉めたメリルは手に看病セットを抱えている。
意図はわかる。…むしろ分かりすぎるほど分かるが。
(あああ~~俺の朝飯……)
床でぐしゃぐしゃになった卵の残骸に視線をやり、保険屋二人にぎぎぎと首を動かしたヴァッシュは硬い声でぼそりとのたまった。
「キミタチ…何?」
「ベルナルデリ保険会社のミリィ・トンプソンです」
「同じくメリル・ストライフですわ」
(それはわかってるんだけど…)
時々この二人の言動は本気なのか冗談なのか掴みかねる。
脱力した彼の身体をミリィがベッドの上に引きずり上げた。同時に捲り上げられていたシーツが彼の上にかけられる。保険屋コンビは相変わらず感嘆するほど絶妙のコンビネーションだ。
半身を起こしながら苦笑し、首までしっかり上げられたシーツを下ろしてヴァッシュは口を開いた。
「僕は大丈夫だっ…、…もがっ!」
すかさず口に体温計が放り込まれた。
「熱がありますねぇ~」
「起きちゃ駄目ですわよ」
肩を押さえられ彼はマットに逆戻りする。
刹那、くらりと来た眩暈に、仕方ないかと諦める気持ちが沸き起こった。
彼女達が自分を心配してくれているのが分かっていたからだ。もう一つの理由にも気付いてはいたが、あえて知らない振りをしておこうと思う。
今日は―――この街でバーゲンがあるのだ。

「じゃ、これ飲んで下さい」
唐突に目の前に差し出されたものにヴァッシュは息を飲んだ。
「これ……何?」
「おばあちゃん直伝の風邪特効薬ミリィスペシャルです~~よぉっく効くんですよぉ~」
この緑色の泡立っている怪しい液体が?
気付くとさりげなくメリルが顔を背けている。どうやらやばい物らしい。
臭いもかなり強烈だ。
「え…遠慮しとくよ…」
「遠慮なんてしなくていいですよぉ」
「いや…いい!あのさ…本気で…!要らないって…!」
「大丈夫ですって~」
笑顔と共に、取られた体温計の代わりにコップが押し当てられた。眉を顰めて拒否の言葉を紡ごうとした口の中に容赦なく暗緑色の異物が流れ込む。
「……………!!!!!!!!」
無言で口を押さえて身体をくの字に折っている彼のベッドから保険屋二人の離れる気配。
「それじゃ、大人しくしててくださいね。私達は看病に必要な備品の買出しに行ってきますので」
「お土産かってきますね~~」
「ミリィ」
「あ。すみませんセンパイ~」
来たときと同じく唐突に慌しく二人は去っていった。

そして
この星最悪の名を轟かすガンマンは、その気合と根性で持って、数分後にはなんとか口の中のモノを全て飲み下すことに成功したのである。

『最悪だ…最悪の、一日だ』


ピシッ
軽い音を立てて秒針が重なる。瞬間、男は唐突に目を見開いた。
瞳孔が縮小していく。徐々に焦点を成して行く視界に見知らぬ天井。
(何故だ……?)
最初に思ったのはその一言だった。
な・ぜ。
答えは無かった。周囲を認識して、天井に吊られるように腹筋だけで上体を起こす。そのまま視線は天井から壁に移り身体にあわせて目的物を捉えた。―――時計。時間が間違っていなければ、正午。
カチリ
ぶれた秒針に長針が自身を僅かに傾ける。狂ってはいないようだ。ヴァッシュは微かに眉を顰めた。
何時でも起きられるように身体を訓練していたはずだ。永い旅生活の間これほどまでに完全に寝入ったことなど、かつて無かった。だが、今現実に彼は数時間完全に無防備を晒していたのだ。その事実に背筋が総毛だつ。
(やべぇな……気ぃつけねえと)
この星で、生き抜くために。
用心を兼ねた保険屋二人がミリィスペシャル(仮名)に睡眠薬を混入したことなど彼が知る由も無い。最も熱で麻痺した味覚とあの味では激薬を混ぜていた所でわかりはしないだろうが。
ヴァッシュは熱の引きかけた頭を軽く振って起きだした。何か足りないような気がして回りを見回す。
考えて―――はた、と思いついた。あの二人が居ないのだ。
食べ物の恨みはなんとやら。頭もだいぶすっきりしていたし動けないことはない。何よりここに居たら次は何を食べさせられるか判ったものではない。
膝の上に預けた男の肘が震えた。伏せられた前髪の向こうの口元はにやり、と形容するに相応しい不敵な笑みが浮かんでいる。数分後、コートを羽織り、愛用の黒いバッグを肩越しに背中に放り上げ、至極幸せそうな表情でドアを出て行く男の姿があった。
「さあ。行ってみようか~!?」

それは。
不幸の死神を意図せずして常備している哀れなガンマンの、ささやかな自由の一瞬であった。



「え~っと。これと、これと…あとこれ。御願いします」
にっこり笑って紙幣を払ったミリィは愛想よく品物を包んでいる店女から隣でまだ品物を物色中のメリルに視線を落とした。
「そういえば、ヴァッシュさん…大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですわよ」
あっさりと云ったメリルは条件反射だけで答えた様子だった。完全に意識は目的物の入手のみに向けられている。
よりいいものを、より安く。
今は苛酷な状況下なだけに余計に貴重な余暇―――無理矢理作ったのだが―――の時間なのである。
「身体の事もですけど、また起きて先に行っちゃったりなんかしたら…」
釣りを受け取り女に会釈をしたミリィは真剣な顔でメリルに向き直った。そんな後輩をメリルは呆れたように見やる。
「気の回しすぎですわよ。確かに薬は入れたんでしょう?」
「はい。念には念をいれて、少し多めに入れときました~」
「……どの位入れたんですの?」
「ん~…」
思案するようにミリィは顎に手を当て、ややしてにっこり微笑んだ。
「大型猛獣も一発でころりって位です!」
「明日の朝までぐっすりですわね」
さらりと返したメリルは更に人込の奥へ向けて歩を進める。慌ててミリィはその後を追った。
途中ふと彼女は何かを感じ、振り返ったがその数メートル先を上機嫌で過ぎていく―――眠っている筈の―――トンガリ頭には気付くことは無かった。
件の男は鼻歌など口ずさみつつ人を掻き分け歩いて行っている。さして広くも無い町のメインの大通りがフェスティバルで埋もれているということは其処を通らないと町の外には出られないということだ。だが、ごった返す人々の群れの中では逢う確立はゼロに近いと云って良い。時折人並みに巻き込まれた裾を引っ張りながら漸く人垣を抜けたヴァッシュは大きく深呼吸をした。荷物を抱えなおして歩き出す。
少し心残りな気もしたが、あの二人を危険に巻き込むこと、そしてあの二人に危険に今まで巻き込まされた事を考えると、今の状況は上々といえた。
男は進みだす。二つの重なりかけた太陽の方向へ。
ザシュ、と特別製の靴が砂地を踏みしめて、そして彼はぽそりと呟いた、
「しっかし、どうしてこんなに眠ぃんだ……?」
ぐわ~んとしばしば歪んだ様になる視界に首を傾げつつ。



 子供が泣いている。
眼鏡の男は、ケチャップをめいっぱいかけたフランクフルトを一口齧った。
 男が、泣いている。
眼鏡の男は、すっかり身の無くなってしまった芯をゴミ箱へ放り投げた。

一番酷い所は離れたとはいえ、まだ街中で人通りも多い場所である。
雑多な言葉の群に一際高い騒動の声。
「その子は関係ないんだ!放してくれ!」
「金が払えねえってんだ。だったら仕方ねえ事だろう。なあ、おっさん」
「金が必ず返す!」
「じゃあ今、耳を揃えて出しなってんだ!」
言葉と共に蹴り飛ばされた男は後ろにいた誰かに派手にぶつかり倒れこんだ。起き上がると、彼の横には身体を二つに折ってゴミ箱に突っ込んでいる赤いコートがあった。
「……」
「……ガァア!」
「うわっ!」
機械じみた所作で唐突に起き上がった「それ」に、男は飛び上がった。立ち上がると、上背がある。彼は頭から異臭を放ちながらそれに負けない異様なオーラを放っていた。

男の第一印象:なんだか強そう

「た、助けて下さいっ!」
男はばっ、とそのコートの後ろに隠れた。ぐいぐいと後ろから、無意識にだろうが、押されて三人の接近度は先程よりも上がっていたりする。暑苦しい男の団子状態に人は誰しも避けながら通っていっていた。
「あぁ?やんのか?」
「……」
ゴミを払いのけながら、その男は歪んだ眼鏡をかけなおした。妙な威圧感がある。気圧されて野卑な男も黙り込む。
緊迫感が立ち込め……
「こんなことをしてちゃだめだ~~!!!」
「ぐあッ!」
唐突に襲い掛かり、もとい抱きついてきたその男にごろつきは地面へ倒れこんだ。引き剥がそうとするが、まるではずれない。もがけばもがくほど締まって行く。まるでボーイスカウトのロープのようだ。

ごろつきの第一印象:なんだか解らないが恐ろしい

「放せ!はなしやがれ、この野郎!」
「ラブ&ピィイイス!!!」
訂正、とんでもなく怖い。
恐怖に駆られてひたすらに両手を動かし数ヤーズ程転がった所で、なんとか男はその赤い陸型海洋生物を引き剥がす事に成功した。既に二人とも泥塗れになってしまっている。すぐさま飛び離れて、怒りに顔を染めながら彼は腰の銃を抜いた。照準をばさばさのホウキ頭にぴたりと合わせてトリガーに力を込める。
ズドン
それが、何の音か一瞬理解が出来なかった。
ただ、わかったのは自分の手から銃が取りおとされた事だ。眼前の男が何時の間にかその手に硝煙の上がる銃を持っている。視線は外して居ないはずなのに、何時の間に現れたのか全く見えなかった。
まるで―――
「魔法?」
不意に聞こえてきた声に心を代弁されたかのようで彼はぎくりとした。
「そうなんです。何でも美味しくできる『魔法みたいな』鍋って!!」
「鍋なんてなんに使うんですの……」
「家で足りないって言ってたので送ろうかと思ったんですけど……ほら、あたしん家、大家族ですから」
「鍋だけでなんでも美味しく出来たら手間は要りませんわ。大体『魔法』なんてのは大昔のお伽話……」
そこで話は止まった。ごろつきの後ろ側、人込みの中に目立つ二人連れの女が立っている。

男の第一印象:なんだろう、この妙な凸凹は。

見ていると、止まった二人はこちらを見ながら何やらバタバタしている。大きい方が真っ直ぐに手を伸ばして男を、いやその前に立つ赤いコートを指しているのがわかった。
「せ、せ、せ先輩!あれ!あれ、ドッペルゲンガーって奴です!」
「違う」
ビシ、と絶妙の突っ込みが入った。

ごろつきの第一印象:また変なのが増えやがった。

「ちゃんと生身ですわ」
諦めたように小さい方の女が溜息を付いた。メリル・ストライフだ。大きい方、ミリィ・トンプソンは大きな目を更に見張って一言質問した。頭からゴミを被ったまま人に銃を向けている、寝ているはずの旅の連れに向かって。
「なんでおきてるんスか」
「何したのサ、君タチい」
そこでぐらり、とヴァッシュの身体が傾ぐ。
ギリギリの所で起き上がり人形のように体勢を戻した男に女性二人は溜息を禁じえない。
「もう少し薬の量増やして置けばよかったっス!」
「誰にでも誤算はありますわ。オッケードンマイレッツゴーミリィ!」
「てめぇら!仲間か」
叫んだのはごろつきである。満面にどす黒く怒りを刷いて新しく出てきた女二人を睨めあげた。同時に、
 ドゥン!
「はいはい、動かないで下さいね~」
鼻先スレスレを銃弾が掠めた。
意識を戻すと、オレンジ色がかった丸眼鏡の向こう側、口調と裏腹な目付きに背筋が凍った。少しでも動けば殺される、と実感する。急激な喉の渇きを感じて男はしゃっくりのような息を何度も繰り返した。じっとり、と冷たい汗が流れていく。息づまる、緊張感。
―――と。

……がくり。

唐突にヴァッシュの顎が落ちた。
「ね、眠ィ……」
「ふざけてんのかてめぇ!」
「いや、極めて真面目なんだケド」
ふらふらと定まらない手付きの割に銃口だけは動いていないのは寧ろ驚異的だ。隙だらけそうに見えるのに、いざ動こうとすると一片の隙も無い。
「今体調が悪くて、ぐし、チョッと手加減が出来そうも無いから……グシュン!」
 ドギュン!
「ぎゃああああ!」
全く正反対方向、助ける筈だった男の手のぎりぎりを弾丸が通り過ぎていった。
「あ、失敗」
父親の生命の危機に引き攣った子供の顔が印象的である。青ざめた父親は、子供を引っ掴むと脱兎の如く人込みの中に逃げ去っていった。

ヴァッシュ・ザ・スタンピード。別名、赤い悪魔は伊達ではない。
この惑星最強のガンマンは、敵にしても味方にしても恐ろしい男であった。



「これにて一件落着、ですわね」
保安官に連行されていく男を林立した三人の後姿が見送っている。
「大事にならなくて何よりでしたね!」
にこり、と笑いあった保険屋に男は少しだけ笑んだ。
「助かったよ」
見上げたメリルの上で、眼鏡を外した目が優しく細められる。いつもは隠されている鋭い容貌と、その表情のギャップにメリルは目を奪われた。と、だんだんそれが近付いてくるような気がする。
いや、それは気の所為ではなかった。本当に近付いている。
徐々に視点が合わなくなり、息遣いが肌を嬲るほどに接近する。僅かに閉じかけた瞳。傾く顎。
この体勢は、まさか。
「え……え?あ、あの、あーえと。ヴァヴァヴァヴァッシュ、さん……ッ!?」
 伏せられた長い睫。少し苦しげに寄せられた眉。通った鼻筋。熱い息遣いが首筋を撫で上げる。
「……もう、限界」
掠れた声にメリルはぺたん、と腰を落とした。動揺のあまりピコピコしているその上に重みが伸し掛かる。メリルは目の前が真っ赤に染まるのを感じた。ぎゅっと目を閉じていても近くに感じる硝煙の香りに血が上る。
「ッあ、あの!」
「……」
「私は……!」
「……」
返事は帰ってこない。おそるおそるメリルが目を開けると、なんと其処には完全に熟睡した男の寝顔があった。至極、幸せそうな顔である。暫く呆気にとられていたメリルは、その頬を引き伸ばしてみた。
 ぐに。
伸びる。伸びるが、起きる気配さえも無い。
「先輩、なに遊んでるんですか?」
聞かれて、メリルは無言で男の顔を指した。しゃがんだミリィはまじまじと男の顔を凝視する。
そしてメリルに向き直り、
「完っ全に、寝てますね」
「そのようですわ」
今頃になって、ミリィスペシャルの猛威がその効果を表したようだ。
暫く二人は考え込む。
光明のように過ぎる一つの御伽噺。
「眠り姫はキスで起こすんですよね」
「相手が王子の場合はどうするんですの?」
「やっぱコレ、じゃないっすか?」
手渡されたのは、先ほど買ったばかりのバーゲン品、激安特価仕送り用炊事鍋(1980¢¢)であった。えへら、と笑んだメリルとミリィは一気に両手を振り上げる。黒光りする鍋とフライパンが太陽に照り映えた。

そして。
この惑星最強のガンマンは。
目覚めて初めて、身体にかかった本当の魔法を知る事になるのだ。


とけない、笑顔の魔法を。

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