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vv


Snowy Cristmas

 





「雪なんて見たことありませんもの」
 メリルは、きょとんとした顔でそういった。

 それは、移動途中に立ち寄った町でのことだった。
 昼間は別行動を取っていたのだが、夕方に食堂で顔を合わせたときに、ウルフウッドがクリスマスミサを執り行うことになったことを、ミリィが報告したのである。
「……どうしてウルフウッドさんが?」
 メリルが、食後の紅茶を口元に運ぶ手を止めて首を傾げる。
「なんや、この町の牧師が去年ぽっくり逝ってしもたんやて。その葬儀は、なんとかその牧師の友人がやってくれたらしいんやけど、その後替わりがみつからんとかで」
「ふーん」
 ウイスキーに氷を放り込みながら、ヴァッシュはテーブルに肘をついた。
「それで、ウルフウッドさんが替わりを?」
「ま、そやねんけど……ゆーてもなあ、ワイも本式のミサやったことないし」
 メリルの質問に、ウルフウッドは決まり悪げに後ろ頭をがしがしかいた。
「牧師のくせに?」
 ウルフウッドにも酒瓶を差し出しながら、ヴァッシュが問う。
 グラスをヴァッシュの方に押しやって、ウルフウッドはいすの背もたれにもたれかかった。
「あーゆーのはお偉いさんがやるんや。うちの教会で子供らとやるのとは勝手がちゃう」
「でも引き受けたんですよね♪」
 ミリィの言葉に、ウルフウッドは力無く頭を垂れた。
「……そういえばミリィ、どうしてあなたがそれを知ってるんです?」
 ミリィのカップに砂糖をおとしながら、メリルが尋ねる。ミリィはそれはですねえ、と胸を張った。
「わたしそこにいたんですよ。買い物してたらばったり牧師さんにあって、それでわたしが牧師さんって呼んだのを町の人が聞いててそれで」
「頼まれたの?」
 完全に事態を面白がっているヴァッシュの問いに、うなだれたウルフウッドの首が小さく縦に振られる。
「嬢ちゃんと一緒におったんが敗因や」
「何か負けたんですか? 牧師さん」
「想像はつきますわ」
 紅茶のカップをソーサーに戻しながら、メリルが口を開く。
「どうせ、ミリィあなたこう言ったんでしょ? 『牧師さんミサやるんですか!? わたしも出たいです』って」
「すごおい先輩! 念ずれば花開くって奴ですね!」
「違いましてよミリィ」
 力のない笑顔でメリルがやんわりと突っ込む。ヴァッシュはにやにや笑いながら自分のグラスを目の高さに掲げた。
「押しに弱いよねえ、君」
「どでかいお世話や。お前はあのお嬢ちゃんにじっと無言でプリン見つめられて『欲しいんか?』て尋ねずに立ち去れるんか!?」
「ま、それはそれとして」
 ひとしきり笑い転げてから、ヴァッシュは話題を仕切りなおした。
「いいんじゃない? 君がいつもやってたようなのでさ。この町の人だって、そんな形式張ったものをしたがってるんじゃないんでしょ?」
「まあ、向こうも簡単なもんでええとは言っとったけど」
 おやつのケーキを平らげてミリィが首を傾げる。
「ミサって何やるんですか?」
「まあクリスマスにちなんだ説教、賛美歌、聖書の朗読、そんなもんかな」
 ウルフウッドが指折りながら数える。ヴァッシュが少し考えて、あ、と声をあげた。
「キャンドルサービスは? あれは綺麗だよ」
「ああ、ろうそく用意できるんやったらそれもええな」
 ウルフウッドがうなずく。果実酒の蜂蜜割りをカウンターに注文してから、メリルはヴァッシュに向き直った。
「ヴァッシュさん、ミサに出られたことあるんですの?」
「うーん、何度かはね。でも昔、記録映像でみた地球のクリスマスが印象深くて」
「地球の!?」
 ミリィがテーブルに身を乗り出す。ウルフウッドもヴァッシュの方へ視線を向けた。
「うん。街の広場……公園かな? の木をたくさんの小さい電球で飾ってね、大きなクリスマスツリーが据えられて、それが真っ白な景色の中できらきら光ってて」
「どうして真っ白なんですの?」
 メリルが首を傾げた。
「雪が積もってるんだよ。あ、ひょっとして雪知らない?」
「大兄ちゃんから聞いたことあります! 雨が凍ってシャーベットみたいになってるんでしょ?」
 ミリィが元気良く手を挙げる。ヴァッシュは苦笑した。
「うーん……それはどっちかって言うと霙かな。雪がもうちょっととけた奴」
 しばらく3人は見たことない雪と霙の違いを考えていたが、結局ぴんとこなかったようだ。
「雪なんて見たことありませんもの。どう違うかと言われても、わかりませんわよ」
 最後の方は肩をすくめながら、メリルはそう言った。

 それもそうか、と自分の部屋の寝台に寝ころんでヴァッシュは思う。
 いくらこの星の砂漠の夜が息が白くなるほど寒いとは言っても、そもそも雨が降りにくいのだから雪など見たことがなくて当たり前なのだ。
 シップの中で人工雪にふれたときの感触はもう遠いものになってはいるけれど。
『そんなに綺麗なものでしたら、一度見てみたいものですわね』
 説明しようとして結局自分も訳が分からなくなったヴァッシュに、そう言ったメリルの言葉を思い出す。
「雪かあ……」
 そう呟いたとき、ふとひらめくものがあった。

 ろうそくは街の人たちの協力で集まり、キャンドルサービスも執り行われた。
 照明を落とした教会の中で、いくつもの柔らかな灯りが揺らめく光景は好奇心半分で参加したヴァッシュ達ですら厳かな気分にさせた。
 最後の祈りの唱和が終わり、キャンドルを手に家路につく人々の列を見送りながら、メリルがほう、と息をついた。
「いいミサでしたわね。牧師らしいウルフウッドさんを我慢できるか不安だったんですけれど」
「あははは。酷いね君も」
「笑っておいて何言ってるんですの」
 そういうメリルの口調はきついが、瞳は笑っていた。
 左斜め下後方にある、メリルの顔にちら、と目をやって、ヴァッシュはその手をとる。
「!?」
 驚いてメリルが彼を見上げた。自分の胸より低い位置にあるすみれ色の瞳に、にこ、と微笑んでみせる。
「ちょっと付き合わない? 見せたいものがあるんだ」
「……え? あ、はい……?」
 訝しげな表情のまま、うなずいたメリルの手を引いて、ヴァッシュは目的地へずんずん進んだ。 


「ご苦労様でした、牧師さん!」
 街の人々がお礼代わりに置いていったパンやキャンディー、焼き菓子などをバスケットにまとめながら、ミリィは満面の笑顔でウルフウッドをねぎらった。
「あー慣れんコトすると肩凝るわ」
 こきこきと肩をならしながら、ウルフウッドがごちる。
「そんなことないですよ! なんだか本当に神様がわたしの横に座ってるみたいな気がしました」
 まとめ終わったバスケットに布を掛けて、胸に抱きしめてミリィは笑う。ウルフウッドも、つられて笑みを浮かべた。
「……おおきに。そない言うてもらえたら気い楽やわ」
「町の人たちも幸せそうでしたね。やっぱり牧師さんてすごいです」
「別になんもすごかないで」
 ほめすぎやがな、と苦笑するウルフウッドに、ミリィは首を振る。
「すごいですよ。あんなにたくさんの人に、幸せそうな笑顔プレゼントできるんですもん」
 ウルフウッドは、何かまぶしいものでも見るように、目を細めた。それはひどく微笑みに似ていた。
「じゃ、わたしこれ片づけちゃいますね。先輩たち先帰っちゃったのかなあ」
 ぱたぱた遠くへ行く背中を見送って、ウルフウッドはタバコに火をつけた。煙を吸い込んで、溜め息と一緒に吐き出す。
「……すごいんは、そっちやろ……」 
 呟きは、ミリィの元へは届かない。届けない。
 ウルフウッドは、くゆる煙を出口の方へ吹いて散らした。


 ヴァッシュに手を引かれてやってきたのは、この町の中心部にあるプラント施設だった。
「ヴァッシュさん、ここ……」
 言いよどむメリルの目の前で、ヴァッシュは彼の背丈より高さのある、半地下へ潜る通路へ飛び降りる。
「大丈夫、ここ誰もいないから。はい」
 言って、ヴァッシュがメリルに手をのべる。
「……はいって……なんですの?」
「え? 飛び降りるの。支えてあげるから、はい」
 一瞬の間をおいて、メリルは自分の頬に一気に血が上ったのを自覚した。
「一人で降りれます!」
 そういって、その場にしゃがみ込もうとするメリルに、ヴァッシュはあわてた。
「ちょ、ちょっとストップ保険屋さん! その体勢はまずいって僕!」
 言われて自分を見下ろしたメリルは、さらに顔を赤くして、ミニのタイトスカートの裾を押さえながら立ち上がった。いくらタイツをはいているとは言っても、気持ちとしては恥ずかしい。
「だからふつーにそのまま飛び降りてったら」
「どっちも恥ずかしいです!」
 メリルは叫んだ。このまま飛び降りたら、ヴァッシュに抱き止められることになる。それはそれで彼女には十分恥ずかしかった。
「誰も見てないって」
「私が恥ずかしいんです!」
 苦笑しながらのヴァッシュのセリフに、メリルは反論する。ヴァッシュは今度は可笑しそうに口元をゆるめた。
「いいからおいで。ちゃんと支えるから」
 子どもをなだめるような口調に、メリルは小さな唇をとがらせる。しばらく迷った末に、彼女は渋々飛び降りることにした。
 えいっとばかりに地面を蹴ると、一瞬の浮遊感がメリルを包む。次の瞬間、彼女はヴァッシュに易々と抱き止められていた。
「あれだけデリンジャー下げてるのに……ちゃんと食べてる?」
 すとん、と地面に下ろしながらのヴァッシュのセリフに、メリルは食べてますわよ、とすねたように答えた。
「それより離して下さいません事!?」
「あ、うん」
 支えていた手を離したヴァッシュは、その手で再びメリルの手をとる。
「こっちこっち」
「ちょ、ちょっとヴァッシュさん……!」
「ん?」
 手、離れてませんわよ、という言葉をすんでの所で飲み込んで、メリルは別のことを口にした。
「どこに行くんですの? このあたり立入禁止なんじゃ」
「大丈夫、管理のおじさんとは仲良しだから。今日はクリスマスで人も少ないんだ」
 ……いいのかしら、と悩んでいる間に、ヴァッシュは手早く端末に数字を打ち込んでドアを開ける。
 ドアの向こうには、不思議な淡い光に満ちた、コードとパイプだらけのただっぴろい空間。
 そこへ促されるままに足を踏み入れて、メリルは上を見上げ息を呑んだ。
「プラント……!?」
「そう。この町の電力プラント」
 言いながら、ヴァッシュがメリルの手を離して壁際にある端末操作盤へと向かう。
「でも今日はクリスマスだから。毎年、あまり電力いらないんだって。だから、一部だけこっちに回して……」
 説明しながら、ヴァッシュの指がキーボードを叩く。一通り打ち込み終わったのか、ヴァッシュはプラント見上げた。
「ちょっとだけ、頼み聞いてくれよね」
 微笑みかけて、ヴァッシュは視線をメリルに移す。そこ動かないでね、と、とまどったままの彼女に念を押し、最後のキーを押し下げた。
「……なんですの?」
 作業を終えて、彼女の方へ歩いてくるヴァッシュに尋ねたメリルの頬に、何か冷たいものが触れた。
「つめたっ」
 首をすくめて頬を押さえた彼女の手のひらに、ひんやりとした水滴がつく。
「え?」
 ふと視界の端を、何か白い小さなものが落ちていく。
「な、なに……!?」
 あわてて振り仰ぐと、そこには米粒ほどの小さい白い粒がたくさん舞い降りてきては、メリルの頬に瞼に髪に手のひらに落ちてくる。
 しばらく呆然としていたメリルは、はっとして、すぐ傍らにたたずんでいたヴァッシュの碧色の瞳を見上げた。
「まさか、これ……!」
「うん。雪」
 ひとつうなずいてから、ヴァッシュも上を仰ぐ。
「綺麗だろ? これがホームでは空から一面に降って来るんだって」
 笑ったままの顔に、寂しげな影がよぎる。
「それは綺麗なんだって……音も色も全部吸い込んで、もう一度まっさらにするんだって」
 遠くを見つめる瞳。そんな瞳を彼が見せるたびに、メリルは目を伏せる。
 立ち入れない。この人は、何かを心に抱え込んで、それを誰にも見せようとしない。
 でもそれは、きっとこの人の一番大事なところだから、だから何も言わない。
 気づかぬ振りをして、ただ黙り込む。
 それは、メリルの精一杯の強がりでもあったけれど。
「君に、見せようと思って」
 声に、メリルはヴァッシュを見上げた。先ほどの影は、瞳から消えていて、メリルは少しほっとした。
「私に?」
 おうむ返しに問い返してから、メリルは首を傾げた。
「うん。クリスマスプレゼント」
 しばらく、何も言葉が出てこずに、メリルは呆然とヴァッシュを見上げていた。
「……あ」
 掠れたような声が喉から出たのは、ヴァッシュが、メリルの髪についた雪を払おうと腕を伸ばしたときだった。
「あ?」
 短くそろえられた、夜の色をした髪から白い雪を払いながら、ヴァッシュは尋ねる。
「ありがとう、ございます……」
 唇から漏れる言葉は、感情を表して不安定に揺れていた。それに気がついて、メリルは視線を足元に落とす。何度か瞬きをして、ゆるみかけた涙腺を叱咤する。
 幾分落ち着いたのを自分自身で確認すると、メリルはもう一度、ヴァッシュの瞳を見上げた。
「今まで頂いた中で、一番嬉しいプレゼントですわ」
 自然と、笑みがほころんだ。ヴァッシュが嬉しそうに、うん、とうなずく。
 2人のまわりだけに音もなく降りしきる雪の中、メリルはまあいいか、と思った。
 今、横にいられるのだから。 こうして、同じものを見上げることができるのだから。
「……寒くない?」
「大丈夫ですわ」
 手のひらの上で溶ける雪を飽きもせずに眺めているメリルに、ヴァッシュは微笑んだ。
 そっと、その細い肩を、降りしきる雪から守るように抱き寄せる。
 猫が触れられて身じろぐ様を思わせる動作で、メリルが顔を上げた。
「風邪ひいたら大変でしょ?」
 肩に置かれた手に、居心地悪そうに身をすくめていたメリルは、ふ、とため息をついて瞳を閉じた。
「そうですわね。誰かさんはすぐに人を放ってどこかへ行くんですから」
「ひどいな」
 片目を開けて見上げたヴァッシュの顔は笑っていて、メリルも安心して笑った。

 大切にしよう。
 時は流れ、頬に触れる冷たさも、肩に置かれた手のひらの暖かな重みも、いずれは消えて行くけれど。
 確かに消えないものを、心に刻んでおこう。


「……これ、ミリィ達に持って帰ってあげられないかしら」
「……雪だるまにしてみよっか」
「なんですの、それ?」


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