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月は巡る、日も巡る

「――ヴァッシュさん!」
 呼び止める声に、ヴァッシュは振り返った。狭いフロウリッシュ号の機関部の通路を器用にすり抜けるようにして、小柄な女性が真っ直ぐにかけてくる。いつも傍らにある、大きな保険屋さんの姿はない。
「どうしたの、保険屋さん。もう夜中だよ?」
 ヴァッシュの手前まで来て、彼女はひとつ息を整えてから破顔した。
「キャラバンが来たんです! コレで連絡が取れますわ、みんな助かります」
「――本当か!」
 長旅用の旅客車だ、売店から水から豊富に用意はされているものの、先の見えない状態では不安は増すだけだ。
 怪我人も出ている。なるべく早く助けを求めなければ、と、先程も船長と話していた矢先だ。ヴァッシュはにこにこと笑った。
「よかったよかった。これでなんとかなるな」
「ええ。本当によかったですわ」
 つられるように笑っている彼女を見下ろしながら、ヴァッシュはふと先程の疑問を思いだした。
「君の相棒はどうした?」
「あ、私と手分けしてあなたを捜しに、操舵室の方へ。そう言えば、こんなところで何してらっしゃるんですの?」
 首を傾げて問う彼女に、ヴァッシュは曖昧な笑みを浮かべた。
「……一緒に来るか?」
「あ、はい」
 どこへ、とは問わずに、踵を返す彼のあとに素直についてくるのを確認して、ヴァッシュは少し笑った。
 ちょっとは信用してもらえるようになったらしい。
 ――いつまでついてくる気なんだか知らないけれど。

 今は照明の入っていない薄暗い機関室の奥に、プラントはひっそりと佇んでいる。
 デッキになっているプラントの電球状になっている表面に触れられるところまで、ヴァッシュは無言で歩いた。
 コードやパイプが縦横無尽に這い回る中、歩幅の広い彼の後ろを軽い早足でついてくる足音がする。それを確認して、ヴァッシュは立ち止まった。
 と、その背中にどしんと衝撃。
「わ! 大丈夫か?」
「ええ、ちょっとぶつけただけですわ」
 慌てて振り向き、よろめく華奢な体を支えたヴァッシュに、顔をおさえながらメリルが答えた。
 鼻の辺りをさすりながら、メリルがまっすぐにヴァッシュを見上げる。
「……プラントは、調整中なんでしょう? 何かご用でもあるんですの?」
 人より暗闇を見通せる視界の中で、首を傾げた拍子にさらりと彼女の黒髪が揺れた。
 そっと彼女から手を離して、ヴァッシュは視線をプラントへと移す。
「様子を見に来たんだ」
 過大な負荷がかかりすぎて暴走を始めてしまったプラントを、同調による仮死状態で停止させたはいいが、後々の影響を考えるとそう楽観できる事態でもない。
 『調整』には多くの時間と費用がかかるだろう。けれど、それでも、あの時はそれが最善だった。
 選びようのない最善だった。
「とまって、ますのね……」
 ぽつりと呟いた声に、傍らに立っているメリルに視線を落とす。彼女は、灯火の消えた固い外郭にそっと手をあてて、そのプラントを見上げていた。
「まるで眠っているみたい」
 眠ってるんだけどな、と、心の中だけで呟いて、ヴァッシュは彼女と同じようにプラントに手を触れさせた。
 ……悪かった、な。巻き込んで。
 声にはのせないまま、目を閉じて伝える。
 どうしても、これだけは言っておきたかったのだ。
「あなたがプラントのそばで倒れていたのを見たときは、心臓が止まるかと思いましたわ」
 唐突に耳に入った声が、自分に向けての言葉だと認識して我に返る。斜め下に目をやると、菫色の瞳がじっと彼を見上げていた。
「怪我だらけなのに無茶するんですもの。当たり前ですわよ、倒れるのも」
 倒れていたのは怪我のせいではないのだが、ヴァッシュは頷いた。
「……ああ、うん。なんだ、そんなに心配してくれてたの?」
「ちゃかさないで下さい。普通の神経の持ち主なら心配する状況だとは思われませんの? 少しはご自分を省みて下さいね」
 人の心配ばかりしていないで、と、続ける間も、彼女はまっすぐに彼を見上げている。
 何も逃すまいとするかのような、力強い瞳。
 出会ってまだ間もないが、いつでも彼女は……いや、彼女たちはまるでびっくり箱そのものだ。
 仕事だと言った。局地人間災害に認定された、彼の監視と被害調査及び報告、おまけにリスク回避が仕事だと。
 ……だからって普通来るか? 都会暮らしのOLがアウターの600億$$の賞金首の監視に?
「こねえよなあ」
「は?」
 思わず呟いてしまっていたらしい。怪訝な顔で見上げてくる視線に笑み返して。
「いや、キャラバン来たなら潮時だと思って。これだけの騒ぎだし、当局が来るといろいろ、ホラ」
 咄嗟の言い訳だったが、それも差し迫った問題であった。メリルが眉を寄せて、考え込むように軽く握った拳を口元にあてる。
「それもそうですわね……不用意に騒ぎを起こしたくはありませんし。そろそろいつでも降りれる準備をしておかないと」
「……ってことはキミタチ……」
 どうあってもついて来るつもりなんだな、と、肩を落とす。最初に出会ったときもそうだったが、この腹の据わり様はいったいどこから来るのだろう。
 おもわずため息をつく。
 と、視線の先で彼女が笑みを浮かべた。不敵なとか、挑戦的なとか、そういった類の形容の笑みで。
「とーぜんついていきますわよ。ヨロシク」
「……ダメだって言っても来るんでしょ」
「もちろん。おしごとですもの」
「ハイハイ。オツトメご苦労様です」
 にこやかに言い切る彼女に来るなといえないのは、あの騒ぎの最中に助けられてしまったから、それでなのだ。
 決して、彼女が、彼女たちが傍らにいる空気が、心地よいせいではないのだと、そう思いたかった。
 まあ別に、今はそんな差し迫っているわけでもないし。しばらくは、このままでも大丈夫だろう。
 きっと。
「このプラントも、早くよくなるといいですね」
 何も知らない、知らせていない彼女の祈りの言葉にヴァッシュは一つ頷く。
「早く良くなるといいな」
 何もかも。
 ヴァッシュの答えに、一瞬メリルの瞳が強さを和らげて細められた。
 思わずその笑顔が自分に向けられていたことにとらわれた瞬間、
「せんぱーい、先輩どこですか?」
 暗がりの向こうから大声が響いてきてヴァッシュは現実に引き戻された。
「ミリィ! ここですわ、どうかしまして?」
 彼女を呼ぶ後輩の声に軽い足取りで階段を駆け下り、暗がりに白いマントが飲み込まれていくのを見送る。
 そして、ヴァッシュはもう一度プラントを見上げた。
 ありがとう。眠りを受け入れてくれて。
 失わずに、すんだものが、たくさんあるんだ。
 だから。今は、おやすみ。

「もう行くのかよ」
 怪我のひどかったカイトにつきそい、という形で、町へと先行するキャラバン隊の中に混じっていたヴァッシュ達が、夜更けに荷物を取り出したのを見てカイトが体を起こした。
「ああ。長居は無用ってね。早く良くなれよ」
「まだ治りきってないのですから、無茶は禁物ですわよ?」
「あ、これ売店からこっそりもらってきといたクッキー、おいておきますから、また食べてね!」
 荷物を手に立ち上がり、思い思いに言い置く3人を眺めて、カイトはため息をついた。
「……わーった。てきとーにごまかしとくよ。世話になったし」
「恩にきる!」
 荷物を持っていない左手で拝むヴァッシュの背を軽く叩いて、メリルが促す。
「さ、今から10分見張りがとぎれますわ。行きますわよ、ヴァッシュさん、ミリィ」
「はい、先輩!」
 トーンは落としたまま、元気いっぱいに声を上げる二人を眺めて、やれやれとカイトと苦笑を交わして、ふたりはその苦笑を笑顔に変えた。
「……元気でな」
「くたばんなよ」
 カイトなりの餞の言葉に片手を上げてきびすを返し、ヴァッシュは少し先で待ち受けている二人のもとへ歩き出した。
 うっすらと、光が大地と空とを分け始める、その狭間に向かって。

 ま、たまには、ひとりじゃないのもいいだろうさ。

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