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bruise.

 メリル・ストライフ。
 女性。
 女性に年を訊いてはいけないので正確にはわからないが、多分22,3歳。
 標準よりやや小柄位の背格好なのだが、規格外なサイズの相棒の隣にいるからか、とても華奢に見える。
 丁寧な口調と物腰とは裏腹に、思い切りの良い行動力に確かで冷静な判断力。
 何十丁ものデリンジャーを携帯し、その腕前も確か。
 けれど、それでも。
 彼女の肩は本当に細くて、とてもじゃないけど、あれだけの人殺しの道具を背負っているとは思えなくて。
 ……彼女が、本当に背負っているものは見えなくて。

「ヴァッシュさんてどうしてそうなのでしょう」
 腰に手を当てて、彼女は深々と嘆息する。信じられないと言いたげに頭を振る、その動きにつられて夜の闇の色を溶かしたようなダークヘアーが揺れた。
「……いやあの……これ、僕のせいだけじゃないと……思いません僕のせいですハイ」
 あたりにもうもうと巻き起こっている埃の中心にあぐらをかいて彼女を見上げながら、彼はつぶやいた。
 保険屋さんたちをまいて、酒場で遅めの昼食をとっていたのだが、脇のテーブルで起こったいざこざに仲裁に入ったところ、なぜか半時後には酒場は半壊していた。
 当然騒ぎを聞きつけて、保険屋さんたちは彼を見つけだし、おっきい方の子は保安官に縛り上げたちんぴらたちを引き渡している。
 そして、彼女は座り込んでいる彼の前に仁王立ちになって見下ろしているのだ。
「わ・た・し・が・申し上げているのは。責任がどこにあるかの問題ではありませんわ」
 きりり、と彼女の形の良い眉がつり上げられる。
 ヴァッシュは反射的に身をすくめた。次にくるのは、きっといつものように反論の余地もない正論のおしかりだ。
 思わず両目を閉じて待ち受けるヴァッシュの頭上に、なぜか雷はいつまでたっても落ちてこない。
「?」
 不思議に思っておそるおそる顔を上げると、メリルは、何か困ったような顔をしていた。
 そして、もう一度ため息。
「……どういえば、あなたは分かって下さるのかしら」
 絞り出されるような言葉の意味をつかみきれず、問い返そうとするヴァッシュにくるりと背を向けて、その背中が遠ざかる。
 小さくて細くて、抱きしめたら壊れそうな後ろ姿。それを覆うマントにたくさんの銃。
 そこまでして。背負った肩口に痣までこしらえて、それでも追ってくる彼女。
 何度振り切っても、何度危ない目にあっても、追ってくる彼女。
 ……どういえば、君は分かってくれるんだろうね?

 宿屋の一室にこもり、赤いコートを脱ぐ。
「……っつ」
 思わず顔をしかめる。慎重にアンダースーツの留め金をはずしてそれも脱ぎ終え、ヴァッシュは先ほど酒場で痛めた右の手首をそっと動かしてみた。
 ちょっと筋を痛めたらしい。銃を使うものとしてはかなりの痛手だ。
 まあ、軽く固定していれば2日もあれば直るだろう。
 荷物を左腕の義手で引き寄せ、中身をあさる。
 固定のための布地を探そうとして、ふと指に触れた柔らかな布地を引っぱり出した。
「……これはちょっと、包帯には使えないよね」
 苦い笑みを浮かべて、ヴァッシュは引っぱり出した布地を眺める。
 革の匂いと、さびた鉄の匂いがしみこんでしまったそれは、血のにじんだ自分の頬に当てられたときには彼女と同じ優しい匂いのしたハンカチ。
 しばらく手の中に包むようにしてそれを眺めていたヴァッシュは、やおらそれを握りつぶした。
 いずれ、彼女も。こんな風に、血の匂いに染めて、そして壊してしまうのではないだろうか。
 そんなことはあってはならないのに。したくないのに。
「ヴァッシュさん? 入ってもよろしくて?」
 ここん、と、軽いノックの音とともに、ドアの向こうから彼女の声が遠慮がちに響く。
「あ、どぞ!」
 答えながら、ヴァッシュはあわてて荷物の中にハンカチを押し込んだ。
 かちゃ、とドアの隙間から彼女が顔をのぞかせたときには、ヴァッシュはいつもの笑顔を浮かべていた。
 次の瞬間、ばたん!と勢いよくドアが閉まる。
「……せめてシャツか何か羽織って下さいませんこと!?」
 ドアの向こうからの悲鳴にも似た要請に、ヴァッシュはあわてて寝間着のスウェットを頭からかぶった。
 ついでにアンダースーツを全部脱いでしまい、全部寝間着姿に着替える。
「ごめんごめん、どうぞ」
 言いながらドアを開けると、彼女は怒ったような顔つきのまま、ヴァッシュに軽く頭を下げて部屋の中に入ってきた。
 部屋に備え付けてある寝台脇のサイドテーブルに、彼女のものらしいポーチをおくと、メリルはヴァッシュに向き直った。
 彼女の行動の理由が分からないまま、首を傾げてドアの横に突っ立っていたヴァッシュの目の前までつかつかと歩いてくると、メリルはため息混じりに肩をすくめる。
「ヴァッシュさん」
「はい?」
 素直に返事をすると、やおら彼の生身の右手に、小さな柔らかな手のひらが二つ、そっと重ねられる。
 唐突な行動に目をぱちくりした次の瞬間、ヴァッシュは右手首にはしった痛みに思わず顔をしかめた。
 メリルが、自分の両手でくるんだヴァッシュの手首を、有無を言わさず軽くひねったのだ。
「やっぱり、痛めてらしたんですね?」
 きっと表情を厳しくして、メリルがヴァッシュを見上げる。
 目尻にうっすら涙がにじむのを自覚しつつ、ヴァッシュはそっとその小さな手のひらの中から自分の手を引き抜いた。
「……何で分かったの?」
「夕食の時、片手で食べられるものしか召し上がってなかったでしょう?」
 言いながら、メリルはくるりときびすを返して、先ほどサイドテーブルにおいたポーチを開ける。
「あなたが両利きなのは存じてますけど、でもお食事はたいてい右手なのに、左手を使ってらっしゃいましたし」
 ポーチから何かを取り出したメリルが再び彼に向き直った。そして、両腕に包帯や湿布などを抱えて、目線で寝台を指す。
「とりあえず、かけて下さいな。応急処置で申し訳ありませんけど」
「……」
 ヴァッシュはしばらくためらった後、素直に寝台の端に腰掛けた。メリルが、ヴァッシュの右隣に腰掛けて、彼の右腕をとる。
「ああ、擦り傷まで作って。湿布貼らなきゃならない場所でなくって良かったですわね」
 けがしている腕を抱え込むようにして、彼女が手早く処置をする。おとなしく手当を受けながら、ヴァッシュは暖かな気配と優しい匂いに目を閉じた。
 ……いつまでも、こんな状況を続けていてはいけないのは分かっている。
 それでも、居心地が良くて。けれど選べなくて。
 何一つ失いたくない。それはつまり、何も選ばないと言うこと。
「――矛盾だね」
「は?」
 包帯を巻き終えたメリルが顔を上げる。きょとんとした瞳にヴァッシュはにこりと笑んで見せた。
「ううん、なんでもないよ。ありがとう」
「……いえ」
 一言つぶやくと、メリルは長いまつげをそっと伏せてしまった。
 巻き残った包帯をくるくるとまとめながら、彼女はうつむいてしまった顔を上げようとしない。
 その襟口から、肩の痣がのぞいており、ヴァッシュは顔をしかめた。
「……どうしてそうまでして追ってくるのかな、君たちは」
「は?」
 口をついて出たせりふに、メリルが怪訝そうに顔を上げる。オレンジ色の明かりを受けた瞳は、いつもより暗いすみれ色をしていた。
「肩の痣。デリンジャーのせいでしょ?」
「――っ!」
 あわてて彼女は両手で肩口を隠す。その拍子に、腕に抱えていた包帯やはさみなどがバラバラと床に落ちた。
「そんなところ覗かないで下さいます?」
「あ、や、ごめんそんなつもりは!」
 あわてて弁解すると、メリルはすっくと立ち上がった。床に落ちたものを拾い上げてから、ポーチのおいてあるサイドテーブルに歩み寄る。
「……ヴァッシュさん」
 今はマントを羽織っていない、小さな背中が彼の名を呼ぶ。
「うん?」
「どうしてかと言われましても、困りますわ。私たちには、お仕事です、としか答えようがありませんもの」
 背中が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。ヴァッシュはその背中から視線を逸らした。
「うん……そうだね、だけど……どうすればわかってくれ」
「あなたこそ!」
 やおら、メリルがくるりとこちらを振り返る。荒げられた口調に、ヴァッシュは続けかけた言葉を飲み込んだ。
「……どう言えば、わかってくださいますの?」
 何かを必死に押さえ込んだ、震える声での、彼女の問いかけ。
 なにを、とは彼女は言わない。
 なにが、とは彼は尋ねない。
 二人の瞳がお互いだけを映していたのはほんの数秒のことのはずだったが、その視線をはずすまで、やけに長く感じられた。
 先にそらしたのはメリルだった。形の良い紅唇が、ごめんなさい、と動く。
「……湿布、おいていきますから。ちゃんと、もう一度眠る前に取り替えて下さいね」
「うん」 
 返事をして、ヴァッシュは立ち上がった。
彼に背を向けたまま、ドアを開けるために立ち止まったメリルの華奢な体を、長い腕がたぐり寄せるようにして抱きすくめる。
「――!」
 背中に当たるほのかなぬくもりと、自分の体に巻き付いた腕の感触に驚いてメリルが振り仰いだときには、すでにヴァッシュは体を離していた。
「オヤスミ」
 微笑んだ瞳のまま、ヴァッシュはメリルの後ろからドアノブを回した。きしんだ音を立ててドアが開く。
「……おやすみなさい」
 挨拶を返して、ヴァッシュが開けてくれたドアから出ると、メリルはそのドアを後ろ手に閉めた。
 息を殺して、今閉めたばかりのドアにもたれかかる。
 思わず、こみ上げそうになるものを呼吸ごと押し殺す。

 ……同じように、ドアを挟んで、彼が背中をもたせかけていることを、メリルは知らない。

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