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うろほろぞ
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『綱引きや戦いに似た何か。』

 ウルフウッドに無理矢理付き合わされ、大きな街の宝石店のショーウィンドウに並んでいた色とりどりの宝石たち。
 彼女の瞳によく似た石の嵌った指輪を見つけて、ふと、ウルフウッドにならって買ってみようかな、と思いついた。
 普通の恋人に言うようなわがままをいっさい言わない彼女に、喜んでもらえるのかどうかは疑わしかったけど。
 むしろ、無駄遣いをするなと叱られそうな気もしたけれど。
「恋人に贈られるんですか?」
 手際よく、指輪を収めた箱を包装紙でくるみながら、店員さんが営業スマイルで訊いてきた。
「え、あ、まあ……そんなようなもんです」
「あら、じゃ、これからですか? がんばってくださいね」
 ははは、と笑いながら包みを受け取って、それから今言われた言葉の意味を反芻して。
 ――ちょっとくらっとする頭を支えるように眉間を指で押さえた。

 なにやら神妙な顔つきで、膝に抱えた指輪の箱を眺めているウルフウッドはとりあえず放っておいて、ヴァッシュは車をひた走らせながら考え事をしていた。
 ただですら、彼女たちには書き置き一枚残しただけで出てきたのだ。きっと、烈火のごとく怒り狂っているだろう。
 いろんなことにさんざん悩んで、ようやく決心して彼女を腕の中に抱き締めたのは、ついこの前のことなのに。
 それからというもの、何の進展もないのはいったいどうしたことだろう。
 彼女の気質は知っている。意地っ張りで照れ屋で頑固だ。そこが可愛いのだといったら横に座っている男にははたかれるのだろうが、けれど同時に厄介なところでもある。
 そもそも、ようやく想いを伝えたときの状況がまずかったのかも知れない。
 ハンドルにもたれかかるように体を前に倒して、ヴァッシュは唸った。
 真っ昼間の告白劇から3週間目。普通、想いを伝えあったばかりの恋人同士なら、今頃はらぶらぶのいちゃいちゃの幸せ真っ盛りの時期ではないのか。
 そりゃあ、自分達があまり普通でないことは自覚している。けれども、それくらい人並みを望んでもいいはずだろう。
 なのに、腕の届く範囲の距離にいっこうに近寄らせてもらえないこの現状は何なんだ。
「あーあ……」
 声に出してぼやいてみると、余計に気分が重くなってしまい、ヴァッシュは何度目かの溜息をついた。
 そりゃ、始終べたべたしたいわけじゃない。ウルフウッドたちがやっているように大通りを腕を組んで歩くなんて恥ずかしくって言語道断だ。
 でもごくたまに、ふたりっきりでいるときくらい、抱き締めたりとかちょっと肩にもたれかかってうとうとしたりとか膝枕で耳掃除してもらったりとか望んでも罰は当たらないような……。
 再び溜息が漏れる。ささやかに人並みの幸せを満喫したいと思うのは間違っているのだろうか……。

 久しぶりの我が家のドアノブに手をかけようとした瞬間、先にドアが勢いよく開き、ヴァッシュとウルフウッドは身をそらして鼻先をかすめたドアをかわした。
「一体何考えてるんですか! まだ怪我も治りきってませんのよ? そんな身体で、こんなメモ一枚で、五日間も家を空けて! ミリィも私も、どれだけ心配したと思ってますの!」
「や、それはやな、つまり……」
 顔を出すと同時に、ものすごい勢いでメリルが集中砲火を開始した。先に的になったウルフウッドが一歩たじろぐ。
「ヴァッシュさんもヴァッシュさんですわ!ウルフウッドさんはまだそんなに無理が利くほど回復してませんのよ? だいたい貴方は」
 隣でウルフウッドが彼の小脇をこづいている。お前の管轄やろ、と、無言の圧力を感じ、ヴァッシュはにこりと笑って見せた。
 かみつかんばかりの勢いで、珍しく腕の届く範囲にいる彼女の頭をなだめるようにぽんぽんと叩いて。
「ごめんごめん、ちょっとね。大丈夫、無理はさせてないから。ゆっくり話すからとりあえず家に入らせて。ミリィは?」
 まだふくれている様子のメリルが、しぶしぶといった様子で頬を軽く膨らませながらもドアを大きく開けてくれる。
「……買い物に行ってますわ。本当にもう、あなた方ときたら……」
 自らも家の中に入るべく背を向けた彼女の後に続きながら、ウルフウッドに行っておいでよと目配せをする。そのまま後ろ手にドアを閉めて、ヴァッシュは荷物を玄関脇の自分の部屋に放り込んだ。
 いつも彼女がいる台所に行ってみると、すでにメリルはお茶の準備を始めていた。カップが3つ用意してある。
「メリル、ウルフウッド出かけたよ、ミリィ探しに」
「え? またそんな……無理をして」
 溜息をつきながら、メリルは湯気の沸き立つやかんを火から下ろしてお湯をポットに注いだ。ふわりと香ばしい匂いがあたりに漂う。
「先に、軽く水浴びでもなさってきたらどうですか? 埃まみれですわよ」
 そのころには、このお茶も飲みやすい頃合いになっているはずですから、と付け加えて、メリルが新しいタオルをヴァッシュに差し出した。
 おとなしくそれを受け取って、ヴァッシュはとりあえず浴室に向かった。

 とりあえずさっぱりして、服も着替えて濡れた頭をタオルでがしがし拭いながら台所に戻る。
 ダイニングテーブルにひじをついてぼんやりしていたメリルが、足音に振り返った。やはり怒っているのか、その視線は棘を含んでいる。
 死刑宣告を待つような面もちで、メリルの正面に腰掛ける。メリルがお茶のコップを差し出してくれた。
「さて。お話とやらを聞きましょうか?」
 ……怒ってるよ……。
 その口調と視線に確信しながら、一口お茶をすする。
「……ウルフウッドが、買い物に行きたいって言い出したんだよ」
「買い物? 一週間も家を空けて?」
「うん。だってこの辺りじゃ売ってないでしょ? 装飾品なんて」
 しばらく無言で眉をひそめて、それからメリルは何やら複雑な顔でああ、と呟いた。
「――それならそれで、私にくらい仰ってくださったら、ミリィのフォローもできましたのに……。あの子大変だったんですのよ? 笑ってても笑ってないし、夜もちゃんと眠ってないようでしたし……」
「え。あ、ゴメン……そっか、そうだよね……ごめん、考えが足らなかった」
 一度、ウルフウッドを失ったミリィには、突然の存在の消失は堪えたのだろう。
 ……それはそうとして。
「……君は?」
「え?」
 カップから顔を上げたメリルが小首を傾げる。
「君は心配してくれなかったの?」
 とたんにメリルの表情が硬くなる。一つ溜息をついて。
「私はいつでも覚悟してましてよ? あなたが私の前から居なくなることなら」
 溜息に乗せるような、メリルの呟き。
 信用してない訳じゃありませんのよ、と、表情を凍らせてしまったヴァッシュにメリルが苦笑を投げかける。
「ただ、……そんなことも、きっとあるだろうなって……」
「――メリル」
 向かいに腰掛けているメリルの頬に手を伸ばす。びくりと身体を固くしたメリルが、すっとイスから立ち上がった。
 窓の所まで歩いて、彼に背中を向けたまま窓の外を見ている。彼女を視線で追いながら、ヴァッシュは何を言っていいのか分からずにその小さな背中を見つめていた。
「でも!」
 やおら、くるりとメリルが振り向いた。太陽の光でまぶしい空を背負って。
「何度だって追いかけますわ、覚悟してくださいね?」
 にこりと、笑みの形に唇を引き結んで、彼女は誓いにも似た言葉を口にする。
 ――ああ。
 目を細めてメリルを眺めやりながら、ヴァッシュは泣きたいような気分に襲われていた。
 かたん、と、静かに立ち上がって、彼女の正面に歩み寄る。
「……ヴァッシュさん?」
 不思議そうに呼びかけてくる彼女の左手をそっと取って、その手のひらに小さな四角い箱を乗せる。
「なんですの?」
「受け取って?」
 彼女の質問には答えず、ヴァッシュは小さな手のひらに乗せたその箱ごと、彼の無骨な手でくるみ込む。
「高いものは買えないし、俺だってこんなもので君をつなぎ止められるとは思わないけど……」
 箱の大きさと、その言葉で中身を察したのか、メリルが大きな瞳を更に大きくして、首を振って箱を押し戻そうとする。
 それを押し止めながら、ヴァッシュはかがみ込むようにしてメリルに笑いかけた。
「でもね、ちょっとくらい、人並みの恋人同士みたいにしてみたいんだ。俺の我が儘だけど、良かったら付き合って?」
 しばらく、じっとヴァッシュを見上げていたメリルが、ややあって深々と息を吐いた。
「……仕方のない人ですわね」
 にこり、と、微笑んで、そっと箱を胸に抱く。
「ありがとう、ございます……大切にしますわ」
 ほっとして、そしてそんな彼女が愛しくて、抱き寄せようと腕を伸ばしかけた瞬間。
「ただいまー! 先輩、今戻りましたあ!」
「ああもう、なんもこないにようけ買いこまんでもええのに……」
 元気なミリィの声とぼやくウルフウッドの声が玄関から響いて、思わずヴァッシュはつんのめりかけた。
「あら、ちゃんと会えたんですのね」
 言って迎えに出ようとメリルがヴァッシュの傍らを通り過ぎようとした瞬間、彼女の腕を取って引き寄せる。
 半ば、逃してなるものかとの悲壮な決意すら抱いて、ヴァッシュは彼女の柔らかい頬にそっと唇を触れさせた。
 さて殴られるか怒られるか呆れられるかと、冷や汗をかきながら体を離そうとすると、いきなり襟首をひっつかまえられた。
「え?」
 咄嗟に加えられた力に逆らえずに引っ張られ、これは平手かと思わず目を閉じたが、刹那柔らかなものが彼の唇に触れた。
 驚いて瞼をぱちりとあけると、至近距離で彼女が不敵とも言える笑みを浮かべている。
「――不意打ちなら、これくらいやってくださらないと。ね?」
 囁くように、今彼に触れた紅唇に言葉を乗せて。そしてメリルはくるりと踵を返して扉の向こうへ消えた。
 ……ひょっとしなくても、彼女の方がうわてなのか……?
 自分の将来に一抹の不安を覚えながら、ヴァッシュはまだぬくもりの残る自分の唇に指を触れさせて、その手を握りしめた。
 このままにしてなるものか。
 ウルフウッドとミリィの夫婦漫才に律儀にツッコミながら近づいてくるメリルを出迎えに、ヴァッシュは扉へと足を踏み出した。

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