離れずに暖めて
うららかな日差しの、とある日の午後。
カフェテラスで、一人の男がぼんやりと空を見上げていた。
「平和だな-」
ぽつりとつぶやく。
彼にとって、ごくごく日常的な平穏というものは、まれであった。
柔らかな風が金髪をそっとなで、また空へとかえっていく。
時折はためく赤いコートのすそを気にもとめずに、彼はテーブルに置かれたドーナツへと手を伸ばした。
ひとつ、またひとつと、ただもくもくと食していく。
「ほんと、平和だな-・・・」
再びつぶやくと、八個目のドーナツをほおばる。
と、彼の表情が一変する。-どうやら、のどに詰まったようだった。
胸元をたたいて、何とか事無きをえようとするが、うまくいかない。
苦しさのあまり、顔が変色し始めたころ、目の前にコップが差し出された。
天の助けと思いながら、彼はそれを引っ手繰るように受け取ると、中の水を一気に飲み干した。
「っはー!助かったよ。ありがとう」
頭をかきながら、彼は笑顔で礼を言う。
「いえ。どういたしまして」
相手も、笑顔で返してきた。
だが、眼前の人物の笑顔に、彼は硬直する。
「ひ、久しぶり。保険屋さん」
「十四時間ぶりですわね。ヴァッシュさん」
「あは、あはははははは」
「ほほほほほほほほほほほほ」
「もうひとりは?」
「向こうの通りにある宿屋で、部屋を取っているところだと思いますわ」
「もしかして、青い屋根で三階建ての?」
「はい」
「・・・・・仕事、早いね。相変わらず」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
彼女の言葉に、彼は少々引きつった笑みを返したのだった。
(いつまで、ついて来るつもりなんだろう・・・)
彼は、ふと胸中でつぶやく。
メリル・ストライフ-彼女の名を反芻する。
(変わった子だよな・・・)
ぼーっと、彼女を眺める。
その視線に気づいていないのか。
メリルは素知らぬ顔で、コーヒーを飲んでいた。
「あのさ・・・」
「はい?」
「いつまで、ついて来る気なの?」
「愚問ですわよ、それは・・・」
ヴァッシュの方へ向き直り、手にしていたカップをテーブルの上へと置くメリル。
「いや、仕事だってのはわかるんだけどさ」
「・・・・別に、仕事だけでついて来ているわけではありませんのよ」
「他に理由あるの?」
「ええ」
「なに?」
「あなたを放っておけないから。ひとりにしておきたくないから・・・です」
「そんなに、危なっかしいかな」
「とっても・・・ね」
ふっと、沈黙があたりを支配する。
いつしか、風もやんでいた。
二人は視線をはずしたまま、ただ黙り込んでいた。
先に口を開いたのは、メリルの方であった。
「・・・・時々、そのまま倒れてしまいそうに見えたりするんですのよ」
どこか悲しそうな、いたわりを含んだ言葉。
「全部ひとりで抱え込んで、何にもすがらずにいる。そんな生き方では、いつかツケが回ってきて自分では支えられなくなりますわよ」
「・・・・・・そうかも・・・・知れないね」
「私じゃあ、やっぱり役不足ですか?」
「・・・・・・・・」
「あなたを支えてあげられないですか?」
「・・・・たぶんね。そのまま、一緒に倒れちゃいそうだもの」
軽く放たれた言葉に、重みがあった。
口をつぐみ、メリルはうつむく。
ひざに置かれた手をぎゅっと握ると、か細い声で反論する。
「・・・・そんなこと」
きゅっと唇を引き結ぶと、ヴァッシュをきっと見据えて続ける。
「・・・・・そんなこと、ありませんわ!!」
声に、先ほどのような気弱さは、もうなかった。
勢いにまま立ち上がったメリルは、ヴァッシュに詰め寄る。
「そんなことありませんわよ!」
「そう?」
「大丈夫です!ヴァッシュさんぐらい、支えられますわ!!」
「ぐらい・・・か。それは、頼もしいな」
「なんなら、試してみます?」
「・・・・・じゃあ、そうしてみようか」
「は?」
ヴァッシュの返答の意味がわからず、メリルは間の抜けた声をだす。
当のヴァッシュは、それにかまわず自分の身体をメリルの肩にもたれかけさせた。
「えっ・・・。あ、あのっ・・・」
「ちゃんと支えていないと、本当に倒れちゃうよ」
「・・・・・・っ」
顔を少し赤らめながら、必死に肩でヴァッシュを支えようとするメリル。
それを見て、ヴァッシュはくすりと笑う。
「何が、おかしいんですの?」
「必死なとこが」
「!」
ヴァッシュの言葉にむっとして、メリルはすっと肩をずらした。
「あらっ」
当然のごとく、ヴァッシュはそのまま床に倒れてしまった。
「笑ったから、バツですわ」
「支えてくれっるて言ったのに・・・。そりゃないよー」
「それはこっちのセリフですわよ。ひとが真剣に・・・」
ぽすっと、ヴァッシュはメリルを抱きしめた。
なんの前触れもなかった出来事に、メリルは驚く。
「ヴァッシュさんっ」
腕の中にちょうどおさまったその身体の肩に顔を埋づめ、そっとつぶやく。
「ごめん・・・・。今のは、僕が悪かった」
「・・・・・・・」
「許してくれる?」
「・・・・・・しょうがないから、許してあげますわ」
「よかった・・・・・」
「-で、いつまでこうしている気ですの?」
「いや?」
「いやじゃ・・・・ないですけど」
「それなら、もう少しこのままでいさせてもらっていいかな」
「・・・かまいませんけど」
「ありがとう」
やさしく抱きしめたままで、ささやくようにヴァッシュはメリルに告げる。
「あったかいね・・・・・」
「そうですか?」
「・・・・・うん。子供の体温並みに」
「前言撤回しますわ!離してください!!」
「いや」
「っ!!!」
「どうしても離れたいなら、自力でどうにかしてね」
「・・・・・・いじわる」
観念したように、自分の胸に顔を埋めたメリルを見て、ヴァッシュはうれしそうに目を細める。
すっと空を見上げると、背中に回している手に少しだけ力を込めた。
なくしたくはない、暖かさ。
求めていた暖かさ。
この暖かさを失わないために、遠ざけている自分。
本当は、何よりも一番近くに感じていたいものでもあるのに・・・。
失って悲しむのはいやだから遠ざけているのに、自分勝手に求めている。
ムシがよすぎる。
なんて、わがままなんだろうか。
けれども、そうしなければ歩いて行けない自分自身に対し苦笑すると、ヴァッシュはメリルの頭を軽くなで、髪にそっと口づけたのだった。
うららかな日差しの、とある日の午後。
カフェテラスで、一人の男がぼんやりと空を見上げていた。
「平和だな-」
ぽつりとつぶやく。
彼にとって、ごくごく日常的な平穏というものは、まれであった。
柔らかな風が金髪をそっとなで、また空へとかえっていく。
時折はためく赤いコートのすそを気にもとめずに、彼はテーブルに置かれたドーナツへと手を伸ばした。
ひとつ、またひとつと、ただもくもくと食していく。
「ほんと、平和だな-・・・」
再びつぶやくと、八個目のドーナツをほおばる。
と、彼の表情が一変する。-どうやら、のどに詰まったようだった。
胸元をたたいて、何とか事無きをえようとするが、うまくいかない。
苦しさのあまり、顔が変色し始めたころ、目の前にコップが差し出された。
天の助けと思いながら、彼はそれを引っ手繰るように受け取ると、中の水を一気に飲み干した。
「っはー!助かったよ。ありがとう」
頭をかきながら、彼は笑顔で礼を言う。
「いえ。どういたしまして」
相手も、笑顔で返してきた。
だが、眼前の人物の笑顔に、彼は硬直する。
「ひ、久しぶり。保険屋さん」
「十四時間ぶりですわね。ヴァッシュさん」
「あは、あはははははは」
「ほほほほほほほほほほほほ」
「もうひとりは?」
「向こうの通りにある宿屋で、部屋を取っているところだと思いますわ」
「もしかして、青い屋根で三階建ての?」
「はい」
「・・・・・仕事、早いね。相変わらず」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
彼女の言葉に、彼は少々引きつった笑みを返したのだった。
(いつまで、ついて来るつもりなんだろう・・・)
彼は、ふと胸中でつぶやく。
メリル・ストライフ-彼女の名を反芻する。
(変わった子だよな・・・)
ぼーっと、彼女を眺める。
その視線に気づいていないのか。
メリルは素知らぬ顔で、コーヒーを飲んでいた。
「あのさ・・・」
「はい?」
「いつまで、ついて来る気なの?」
「愚問ですわよ、それは・・・」
ヴァッシュの方へ向き直り、手にしていたカップをテーブルの上へと置くメリル。
「いや、仕事だってのはわかるんだけどさ」
「・・・・別に、仕事だけでついて来ているわけではありませんのよ」
「他に理由あるの?」
「ええ」
「なに?」
「あなたを放っておけないから。ひとりにしておきたくないから・・・です」
「そんなに、危なっかしいかな」
「とっても・・・ね」
ふっと、沈黙があたりを支配する。
いつしか、風もやんでいた。
二人は視線をはずしたまま、ただ黙り込んでいた。
先に口を開いたのは、メリルの方であった。
「・・・・時々、そのまま倒れてしまいそうに見えたりするんですのよ」
どこか悲しそうな、いたわりを含んだ言葉。
「全部ひとりで抱え込んで、何にもすがらずにいる。そんな生き方では、いつかツケが回ってきて自分では支えられなくなりますわよ」
「・・・・・・そうかも・・・・知れないね」
「私じゃあ、やっぱり役不足ですか?」
「・・・・・・・・」
「あなたを支えてあげられないですか?」
「・・・・たぶんね。そのまま、一緒に倒れちゃいそうだもの」
軽く放たれた言葉に、重みがあった。
口をつぐみ、メリルはうつむく。
ひざに置かれた手をぎゅっと握ると、か細い声で反論する。
「・・・・そんなこと」
きゅっと唇を引き結ぶと、ヴァッシュをきっと見据えて続ける。
「・・・・・そんなこと、ありませんわ!!」
声に、先ほどのような気弱さは、もうなかった。
勢いにまま立ち上がったメリルは、ヴァッシュに詰め寄る。
「そんなことありませんわよ!」
「そう?」
「大丈夫です!ヴァッシュさんぐらい、支えられますわ!!」
「ぐらい・・・か。それは、頼もしいな」
「なんなら、試してみます?」
「・・・・・じゃあ、そうしてみようか」
「は?」
ヴァッシュの返答の意味がわからず、メリルは間の抜けた声をだす。
当のヴァッシュは、それにかまわず自分の身体をメリルの肩にもたれかけさせた。
「えっ・・・。あ、あのっ・・・」
「ちゃんと支えていないと、本当に倒れちゃうよ」
「・・・・・・っ」
顔を少し赤らめながら、必死に肩でヴァッシュを支えようとするメリル。
それを見て、ヴァッシュはくすりと笑う。
「何が、おかしいんですの?」
「必死なとこが」
「!」
ヴァッシュの言葉にむっとして、メリルはすっと肩をずらした。
「あらっ」
当然のごとく、ヴァッシュはそのまま床に倒れてしまった。
「笑ったから、バツですわ」
「支えてくれっるて言ったのに・・・。そりゃないよー」
「それはこっちのセリフですわよ。ひとが真剣に・・・」
ぽすっと、ヴァッシュはメリルを抱きしめた。
なんの前触れもなかった出来事に、メリルは驚く。
「ヴァッシュさんっ」
腕の中にちょうどおさまったその身体の肩に顔を埋づめ、そっとつぶやく。
「ごめん・・・・。今のは、僕が悪かった」
「・・・・・・・」
「許してくれる?」
「・・・・・・しょうがないから、許してあげますわ」
「よかった・・・・・」
「-で、いつまでこうしている気ですの?」
「いや?」
「いやじゃ・・・・ないですけど」
「それなら、もう少しこのままでいさせてもらっていいかな」
「・・・かまいませんけど」
「ありがとう」
やさしく抱きしめたままで、ささやくようにヴァッシュはメリルに告げる。
「あったかいね・・・・・」
「そうですか?」
「・・・・・うん。子供の体温並みに」
「前言撤回しますわ!離してください!!」
「いや」
「っ!!!」
「どうしても離れたいなら、自力でどうにかしてね」
「・・・・・・いじわる」
観念したように、自分の胸に顔を埋めたメリルを見て、ヴァッシュはうれしそうに目を細める。
すっと空を見上げると、背中に回している手に少しだけ力を込めた。
なくしたくはない、暖かさ。
求めていた暖かさ。
この暖かさを失わないために、遠ざけている自分。
本当は、何よりも一番近くに感じていたいものでもあるのに・・・。
失って悲しむのはいやだから遠ざけているのに、自分勝手に求めている。
ムシがよすぎる。
なんて、わがままなんだろうか。
けれども、そうしなければ歩いて行けない自分自身に対し苦笑すると、ヴァッシュはメリルの頭を軽くなで、髪にそっと口づけたのだった。
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