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たとえばまあそんな感じの日。

「――どうするよ……」
「どうするってオマエ……どないしようもないやんか」
 カウンターのところでガタイの大きな男が二人、顔をつきあわせるようにしてひそひそ話をしている様子を、戸口のところで見つけたミリィは首を傾げた。
 確かヴァッシュさんと牧師さんって、宿屋取ってきなさいって先輩に頼まれてた……んですよね?
 とても宿をとるときの様子には見えない。
 と、どしんと背中に衝撃が走る。
「あああああ先輩! すみませんすみません、大丈夫です?」
 慌てて振り向くと、案の定小柄なメリルが鼻の頭を押さえながら首を振っている。
「気にしないでミリィ、私が気付かなかっただけですから。それより、あの二人は?」
「それがあ……」
 言葉を濁して、ミリィは奥のカウンターを指さした。ミリィの脇の下から覗き込むようにして、メリルがそちらを確認する。
 カウンターに肘をついて何やら熱心に話し込んでいるヴァッシュとウルフウッドを、宿屋の主人らしき男がやれやれ、と言った表情で眺めている。
「……何やってるんですのあの二人は」
「さあ……。でもさっきからずっとああやってひそひそと」
 ミリィの答えにひとつ嘆息して、メリルはひょいとミリィの腕の下をくぐってカウンターの方へと進んだ。
「何かトラブルでもありましたの?」
 かけられた声に、ぎょっと二人が振り返る。各々、頭みっつよっつ低い位置にある菫色の瞳を認めて、しどろもどろに、やあ、などと挨拶をした。
 メリルは半眼になった。
「……何かありましたのね?」
 既に確認である。ヴァッシュはそっぽを向いてこめかみの辺りを意味もなくかきはじめ、ウルフウッドは煙草の箱を探り出した。
 と、宿屋の主人らしき男が、このままでは埒が明かないと判断したのか、メリルに向き直った。
「お連れの方とはご婦人でしたか……。実はですね、こちらの方がツインを二つと仰るのですが、生憎一杯でして、大部屋がひとつしか空いていないのですよ」
「……大部屋?」
 メリルが怪訝な表情で問い返す。あくまでもにこやかに、主人ははげ上がった頭をつるりと撫でてから頷いた。
「はい。寝台は4つあるのですが、お連れの方が女性とは仰らなかったもので、お薦めしていたのですが」
「あ、4つあるんですのね? それなら、すみませんけどそこを」
 さらりと言ってのけるメリルに、男二人はぎょっとした。
「ちょちょちょ、ちょっと保険屋さん!?」
「おいおいおいちっこいねーちゃん、大部屋やでわかっとんのか!?」
 慌てて問いつめる男どもの叫びを涼しい顔で聞き流しながら、メリルは宿帳に記入を始める。
「何仰ってますの。今までだって野宿の時は4人きりだったじゃないですか。それともなんですか、お風呂に入ってゆっくり寝台で寝たいというささやかな願いを、二度も打ち砕かれるおつもり?」
 じろりと横目で睨み上げられて、二人はとりあえず押し黙った。
「ですよねえ、こないだ町で泊まろうとしたときも結局騒ぎのどさくさで、逃げ出すことになっちゃいましたもんね♪」
 悪意はないはずのミリィの一言が一番ささる。その騒ぎのきっかけはヴァッシュがつくり、ウルフウッドはそれに火をつけてなおかつ煽ってしまった格好だったのだ。
「……アレはトンガリのせいやないか」
「勝手なこと言うなよ。誰が煽ったんだ」
 互いに小突きあいながらひそひそ話しているのを無視して、メリルはかたんとペンを置いた。
「じゃあすみません、案内していただけますか?」
 にこりと営業用スマイルで微笑むメリルに、主人は愛想良く頷いた。

 案内された先は、一部屋に寝台を4つ詰め込んである他は、テーブルと椅子があるだけの部屋だった。
「安いはずですわね……。まあシャワーがあるだけマシとしましょう。さて」
 どさりと、戸口に近い寝台の傍らに荷物を下ろしたメリルが、何故かドアのところに突っ立っている男二人に向き直った。
「荷物を置いたら、すいませんけれど先に食堂でごはんでも食べていて下さいます? その間に、私もミリィもお風呂を済ませてしまいますから」
 狐につままれたような表情で、とりあえずテーブルの上に荷物を載せ、二人は無言のままそそくさと出ていった。
 その様子を、さっさとメリルの隣を確保したミリィが不思議そうに見送る。
「先輩、どうしたんでしょうねえヴァッシュさん達」
「……バカなんですわよ」
 あれっと思ったミリィが聞き返すより早く、メリルは鞄から出した洗面道具などを手に立ち上がっていた。
「じゃ、先にシャワーを借りても良いかしら、ミリィ?」
「あ、はいどぞです!」
 どうして先輩笑ってるんですか、と尋ねられなかったけれども、ミリィはまあいっかと寝台に腰掛けて荷ほどきを始めた。

「……何か……反応に困るんですけど……」
「阿呆。困るどころかどうしたらええのか見当もつかんわ」
 食事より先に、軽いアルコールを頼んだ二人は、とりあえずそれを一息に煽ってからぽつりと呟く。
 部屋が全部埋まっている影響か、食堂はひどく混んでいて、4人掛けの席を確保するのもやっとだった。
 そのテーブルの上で、頬杖をつきながら自分のグラスに麦酒をなみなみと注ぎながらヴァッシュはごちた。
「普通は、こう、同室なんてとんでもないとか、騒ぐもんだよなあ?」
「あんまりあっさり言うもんやからタイミング逃したわ……まずったなあ……」
 ヴァッシュの手から瓶を奪って、やはり溢れる寸前まで酒を注いだウルフウッドが、再びそれを一息に空ける。
「やっぱり一部屋しかないから俺達は別のところ探すって先に言うべきだったんだ」
「もう他がないことわかっとんのにか?」
 二人揃って深い溜め息。
「何か、思うけど」
「おう。オマエが何言いたいんかはだいたい判る」
「男扱いされてないんじゃねえか、俺達……」
「舐められとるんか信用されとるんかわからんのがミソやなあ……」
「でも絶対誘われてるわけでもなんでもないのは確か」
 つまみに頼んだピーナツの殻を、ぽいとウルフウッドの鼻先に投げつけてヴァッシュは溜息をついた。
「当たり前や。あのちっこいねーちゃんがそんなわかりやすい誘い方するかい」
 負けじと、同じように殻をヴァッシュにぽこんとぶつけてウルフウッドは椅子の背にどっかともたれた。
「大きい保険屋さんがそんな誘い方出来るようにも見えねえっての」
 お返しとばかりに更にぶつけて、ヴァッシュも椅子の背にもたれた。
「――まあ、彼女の言うとおり、野宿と一緒だよな……多分」
「そう思うほかないやろ。ったく、よーわからんわ、あのお姉ちゃん達は」
「何が判らないんですって?」
 突然頭の上から降って湧いた声に、ヴァッシュは驚いてバランスを崩してそのまま床に椅子ごと転げた。
「な、なんや姉ちゃん、もう上がったんか?」
 こちらはなんとか持ち直したウルフウッドが、テーブルにもたれかかるようにして愛想笑いを浮かべる。
 呆れたような表情のまま、ヴァッシュが起き上がるのに手を貸してから、メリルは空いている椅子に腰掛けた。
「ええ、ミリィももうすぐ参りますわ。あ、すいません、メニュー貸してくださいます?」
「え、あ、うん」
 ヴァッシュが差し出したメニューを眺めているメリルに、いつもと違うところは見あたらない。
 おたおたしてるのが自分達だけだと言う事実を確認して、なんとなく情けない気分に陥ったのは、ヴァッシュだけではなく、その向かいに座る牧師も一緒だったようだった。
 目が合うと苦虫を噛み潰したような表情で、小さく首を振ってみせる。
 ――すなわち。駄目だこりゃ。

 メリルとミリィを食堂に残して、男二人は先に部屋に追いやられた。風呂を使ってこいと言うのである。
 おとなしく階段を上がっていくのを眺めて、ミリィはデザートで頼んだアイスクリームを突っついた。
「ねえ先輩?」
 同じく、優雅にコーヒーを飲んでいるメリルが軽く首を傾げる
「なんですの?」
「意地悪ですね♪」
 にっこり笑いながらの後輩の台詞に、メリルは同じようににっこりと笑い返した。
「あらミリィ、人聞きの悪い。たまには、引っ張り回される方の気分も味わっていただかないと、公平とは言えないでしょう?」
「そうですねえ。あ、お酒ちょっとお部屋に買って帰りましょうか。飲み足りないみたいでしたよ、二人とも」
「素面で居られるかとかなんとか呟いてましたから……。ま、ちょっとなら、ね」
 くすり、と肩をすくめてメリルは笑った。
 同じようにくすくす笑いながら、ミリィは最後のアイスクリームを大事そうに口に運んで、ゆっくりと飲み込んだ。
 そして、幸せそうな笑顔のままで、ふと思いついたようにスプーンを掲げる。
「ねえねえ先輩、男の人って可愛いですねえ!」
「……同意するのはよしておきますわね」

 結局。
 ひさしぶりの柔らかい寝台ですやすやと眠る保険屋さん達に背を向けて、男二人は虚しく徹夜で酒を呑み続けたのであった。

 おしまい。

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