それは幾度目の逢瀬になるのか。
旅することを止めることのできないヴァッシュが、ディセムバにあるベルナルデリ保険協会の本社勤務からはずれることのできないメリルのもとへ、年に数度訪れる。
互いの生活と思いを尊重した、奇妙な生活。
ずっと一緒にいることが出来ない、ということにお互い不満がまるでないわけではない。
それでも、傍目にはいくら奇妙でも本人たちが幸せだと思っているのだからそれでいい、とヴァッシュもメリルも思っている。
金曜日の夕食を共にして。会うことのできなかった間を埋めるかのように、互いを暖めあった。
そしてすべての人に等しく、月曜日の朝は来る。
いっそ幼く見える寝顔のヴァッシュを残し、メリルはベッドを出る。
手早く着替えを終えると、トースターにパンを放り込み、顔を洗う。
これまた素早く朝食を済ませると、歯を磨き、化粧にうつる。
ファンデーション、パウダー、まゆずみ、シャドウ、チーク、口紅。いっそ感嘆の声を漏らしたくなるほどの手際よさで、色をのせてゆく。
カバンを肩にパンプスを履いていると、起きてきたヴァッシュが背後にやって来た。
「もう行くの?」
ええ、と振り返ったメリルにジーンズをはいただけのヴァッシュはひどく驚いた表情を浮かべる。
「どうかしまして?」
「いや、…きちんと、化粧しているんだ」
「いつも、していますわよ?」
確かに。旅路では必要最低限の薄いメークしかしていなかった。
旅に出なくなった今、彼と最もよく顔を会わせる夕刻には少々化粧崩れしているであろうことはメリルにも重々わかっているが。化粧していることに今初めて気付いた、と言わんばかりの口調はあんまりだとメリルは思う。
「街では、化粧も立派な女の武器ですし」
「キレイ、だね」
愛している、とささやくときと同じ熱で。もう一度、キレイだとつぶやくとヴァッシュはメリルを抱き寄せ、口づけた。深く、舌を絡め合う……朝の挨拶とは明らかに異なる、キス。
「仕事が、ありますの」
「休んじゃえば?」
長く続いたキスに息を上げるメリルに、軽く色うつりした赤い唇でヴァッシュがさらりと言う。
「会議が、あって…休むわけには…」
スーツのジャケットの下、背から腰にかけて、彼の手がうごめく。ブラウスの上をなぞる手が昨夜までの熱を容易に思い出させて、メリルは頬を染める。
「やだよ。ここに、いてよ」
「ヴァッシュさん!」
きつい声に手を止め、困った顔でヴァッシュがメリルの顔を覗き込む。捨てられた子犬のような目をして。
「ルール、違反ですわ。互いの生活を乱さないと…それが約束だったでしょう?」
「でも…」
でももしかしもない、と固めていたはずのメリルの決意は、ヴァッシュの次の言葉にもろくも崩れ去ってしまった。
「こんなにキレイな君を、他の人に見せたくない」
きっぱりとした物言いに、メリルはひとつため息をついた。
「2分…待っていただけます?」
ゆるめられた腕をすり抜け、電話の前に立って呼吸を整える。
風邪を引いたと会社に嘘を告げると、既にソファに座っていたヴァッシュが、無邪気に笑った。
「大変だね」
「勝手気ままな旅と違って、街には街のルールがありますの」
ワザとすねてみせるが、離れたくなかったのはメリルも同じで。
ジャケットとカバンをキッチンの椅子に置き、ヴァッシュのもとへと近づく。
「来てよ。僕の美しい人」
そして、差し伸べられた腕の中に、メリルは堕ちる。
変わらない人のざわめきと鳥の声の中、吐息を互いの唇で奪い合って、二人は笑った。
PR