「……外から見るのと面積違ってない?」
「気にするな」
気にするなと言われても、人間一度気になったものはどうしようもない。
「だって、部屋の端が見えないよ、ここ。屋敷の構造から考えても、おかしいって」
そもそも、先程まで歩いてきた廊下の長さより、遥かに長い距離を書棚が埋め尽くしている。十分に間を取って並べられているにも関わらず、その数は数えることすら嫌になる位の量があり、ここに収められている書籍を今から分類しなおすのかと思うと、安易に手伝いを了承した事を、セルバンテスは早くも後悔した。
その様子を横で見ていた樊瑞が、ため息を吐く。
「だから、言っただろう「書庫の整理を甘く見すぎている」と。それに、お主はここに立ち入ったのが始めてだろうから知らんが……まあ、いい直に分る」
「そうだねえ、正直甘く見てたと今になっては思うよ。で、分るって何がだい?大変そうなのはもう、心の底から理解したけど」
どう考えたって、こんなの一日じゃ処理しきれない量だものねえ、と呟くセルバンテスに、実に微妙な表情を浮かべ、樊瑞は再度、『直に分る』と返答した。
× × ×
そもそもの始まりは、セルバンテスがアルベルトの屋敷を数日前に訪問――と言うか、強引に押しかけた――所から始まる。
まあ、それ自体は珍しくも無いどころか、年中行事と貸しており、最早屋敷の主であるアルベルト自身も余り咎め立てをすることは無くなっていた。言っても無駄だからであるが、それでも全く文句を言わない訳ではないところがアルベルトのアルベルトたる所だろう。
尤も、其れを全く意に介さず押しかけるセルバンテスもセルバンテスだが。
そんな事情はさて置き、休暇が取れたので遊びに行きたい、南の海なんてどうかな、それとも山の方がいいかな、等と相手の返事を聞かずに次々に計画を口にする友人の姿に、それ程暇では無いと、アルベルトが口にした所が事の始まりだ。
「何で!私は無い暇を無理やり作り出して、こうやって君の事を誘いに来ていると言うのに、そんな連れない返事をするんだい!大体、ちゃんと何のミッションもこの週末は入っていないのは確認済みだよ?50回くらい策士殿に確認して嫌がられて来たんだから、間違いは無いし、さしあたって作戦以外の用事が何も無いことはイワンにもさっき確認した!それほどまでに、私と一緒に休暇を過ごすのが嫌なのかい。何と友達甲斐の無い人間なんだ君は。ああ、実は君は私の事なんて友人と思ってなんて居ないんだ!そんな風に思われて居たなんて、もうこの場で息絶えてしまいたいくらいだよ!」
立て板に水とばかりに捲くし立て、大げさにテーブルに突っ伏して見せる。
別に心底そう思っているわけではない、駄々を捏ねて押しきろうというだけの事だ。事実、その喧しさに閉口したアルベルトが折れることにより、10回に1回くらいは成功する。勝率一割、実に確率は低いが、やらないよりはやった方が何事もマシという例だろう。
そんな友人の姿に嫌そうに眉を顰めると、アルベルトは手にしていたカップをソーサーの上に乗せ、ため息を吐いた。その顔には『どうしてこうも喧しい男なのだ』とくっきり判で押したかのように書かれている。馴れていても、煩いと思わなくなるものでもないらしい。
放置していては、更に大騒ぎをするのは経験上知っている。きちんと説明をするのが一番早く黙らせることが出来るとばかりに、アルベルトは今回は珍しく正当な理由があった断りの訳をこめかみを押さえつつ、口にする。
「この週末は書庫の整理をするつもりだ。随分長い間放置していたからな。何時までも先延ばしにして居っては、後が大変なことになる」
その返答に、セルバンテスは顔を上げるが、不満げな表情は変わらない。
「えー、そんなの使用人に任せて仕舞い給えよ。大体、そんな労働君がやるべきことじゃないじゃないか。そもそも、書斎はきちんと片付いている様に見えるよ。それに君はよっぽど気に入ったの以外は読み捨てにしてるじゃないか、そんなに大切にしているとは思えないね」
「書斎ではない、書庫の方だ。そもそも、集めたのは儂では無く、何代か前の人間だ。それにモノの性質上、あれは使用人に任せるのは色々と問題がある」
その言葉に、やっと興味を持ったのか文句を言うのをやめ、代わりに今度は話に食いついてくる。
「成る程、君の家が何代も掛けて集めてきたとなると、かなりの年代モノになるね。稀覯書とかも多そうだし、そうなると誰にでも任せられるって物じゃなくなるね。貴重な物が見れそうだなあ。ちょっと私にも覗かせてくれると嬉しいんだけど」
「確かに珍しい物が多くあるが、お前の想像するような物ではないとは言っておく。興味があるなら、どうせ休暇なのだろう、手伝えば食事くらいは出してやる」
アルベルトからの申し出に、セルバンテスが目を輝かせて同意する。どうせ、誘いは断わられたのだ。それならば、手伝いを口実に居座った方が幾らかマシだ。あわよくば、そのまま泊り込んでしまおうと、一瞬にして脳が計算を終える。
「やる。あとついでに要らない物でそれなりの値がつきそうな古書とかが貰えると嬉しいなあ。取引の時とかに、そういうのが好きそうな相手に対して話とか出すと、有利になりそうだからね」
「欲しければくれてやるが、扱いに困ったところで儂は引き取らんぞ。後の処分は責任を持って自分でやるのなら、むしろ金を出してでも引き取ってもらいたい位だ」
後になって、セルバンテスはその言葉の意味を痛感するのだが、この時点では未だ場所塞ぎなのだろう、程度にしか考えていない。
「大丈夫。ああ、そうと決まったら週末が楽しみだなあ。そうだ、予定が変わらないように、もう一度念を押しておこう。じゃあ、私はそろそろお暇するよ、玄関までお見送りよろしく」
「……自分から見送りを要求するな」
約束を取り付け、意気揚々と本部に戻ると、通路で樊瑞に鉢合わせした。早速捕まえて、予定の変更が無いように念を押す――というのは口実で、ただ単に惚気たいだけである。捕まる方は災難だ。
「でね、さっきも言ったんだけど週末なんだけどね。もうこっち予定入れちゃったからミッションとか入れないで欲しいんだ。いや、予定が無いのは分っているんだけど、一応念のためにね? 折角久々に、休暇をアルベルトと過ごせる機会なんだ。何かあっても、動くつもりは無いから、そのつもりで居て欲しいと思って」
「……理解したから、同じ内容を言葉を変えて5回も言ってくれるな。夢に出てきそうだ」
「酷いなあ。だって、珍しくもアルベルトからの御誘いだよ? これですっぽかすなんて、絶対にしたくないからね。まあ、書庫の整理って言うのが色気がないけど」
「ちょっと待て、男同士でどう色気を出すつもりだ。いや、そうではなく、今書庫の整理と言ったか?」
なおも語り続けようとする、セルバンテスを遮り樊瑞が問いかける。
「言ったけど、それが何か問題でもあるのかい?」
「当然、その書庫と言うのはアルベルトの屋敷の書庫だな?」
「さっき、アルベルトの屋敷で週末は過ごすって3回言ったよ、私」
「回数はこの際、どうでも良い。聞くが、『あの書庫』に入ったことが一度でもあるか? その様子を見ると確実に無いのだろうがな」
眉間に皺を寄せ、樊瑞が更に問う。
「無いよ。それより今度はこっちが聞きたいんだけどね、その反応だとそっちは入ったことがありそうなんだけど、どういうこと。私だって入ったこと無いのに!」
途端に機嫌が悪そうな顔になり、セルバンテスが叫ぶ。自分はそんなものがあることすら、始めて聞いたというのに、樊瑞が知っている、尚且つ入ったことがあると言うのが気にいらないらしい。
「以前に、こちらで探していたものが、書庫にあると聞いてな。借り出しに行ったのだが……あれは相当な物だぞ。よっぽど理由でもない限り……いや、あれは実際に体験してみんことには分るまい」
深刻な顔をして呟く樊瑞に、セルバンテスも様子のおかしさを感じる。相当何だと言うのか、気にはなるが、逆に余り知りたい内容では無さそうだ。
「そんなに大変なのかい? まあ、考えてみれば、自分から手伝えなんて言い出すくらいだからなあ。相当量があるってのは覚悟してるつもりなんだけどね」
「問題は量だけではないぞ。……分った、儂も手伝いに行こう。3人いれば、何とか被害は食い止められるだろう」
「え、来なくていいよ。むしろ来て欲しく無いんだけど」
二人で過ごすつもりだったのに、と不平を漏らすセルバンテスは、このとき重要な言葉を聞き漏らしている。そもそも、十傑集が三人で『何とか』『食い止められる』被害とは一体どれ程の災害なのか、考えるだに恐ろしい。
「今は不満に思うだろうが我慢しろ。確実に、後で感謝することになる。先に言っておく、お主はあの屋敷の書庫の整理を甘く見すぎている」
× × ×
そんなやり取りがあって、現在に至っているわけだが、早くもやる気が殺がれる光景が視界に広がっている。着替えを持ってくるようにと、前夜連絡があったのだが、なるほど、この量の書籍を分類すれば汗だくにもなろうし、着替えも必要だろう。そうでなくとも、本というものは毎日叩きを掛けていても、案外汚いものである。
「大体、何を基準にして分類しておるのだ。言語だの、年代だの分ける方法は幾らでもあるだろうに」
「言語で分類すると、同じ内容の他言語版と配置が離れ過ぎる。年代だと、全体の流れは掴みやすいが、書名や分類が分けづらくて敵わん。まあ、似た様内容での分類にして、そこから何とか扱うのが関の山だ」
樊瑞の言葉が示すとおり、書棚を眺めると其処に納められている背表紙の整合性の無さが目に止まる。Fの隣にDが、その反対側の隣には何語かすら分らない文字で書名が書かれた書籍が並んでいるといった有様だ。並べた本人には意図があっての事なのだろうが、第三者が見ると必要なものを探し出すのは至難の業だろう。並べた本人も把握しているかどうかは謎だが。
セルバンテスが手近にあった書物に手を伸ばすと、アルベルトから警告が発される。
「先に言っておく。封がされているものは開こうと思うなよ。此処に納められている物の大半はまともな物ではないからな。封がされていないものでも、油断はするな。碌なことにならん」
「一つ聞かせてくれるかな、此処は危険物保管庫か何かかい?」
「果てしなく、それに近いな」
「一般的な危険物保管庫の方がまだ安全だ。文字通り何が出てくるか分らんのだぞ」
アルベルトが肯定し、樊瑞が補足を入れる。そんな補足は、願わくば聞きたくはなかったが。
「大体、禁書室がここまで充実しているのは一体何事だ。此処から押し付けられる物だけでも、本部の地下の禁書室が拡張工事が必要になりそうな勢いではないか」
「組織の本部ともあろう場所が、一私人の書庫より貧弱な方がどうかしているだろう。いっそ、全てそちらに寄付してやるから遠慮なく持って行け。礼には及ばん」
二人のやり取りに、セルバンテスは内心、聞きたくなかったなあ、と意識を遠くに飛ばす。地下の書庫といえば、毎年そこに配置になった構成員が行方不明になることで有名だ。しかも、ダース単位で。生きて配置換えの幸運に預かった者も多くを語らない。黙して忘れ去ろうと願うばかりだと、ちょっとした怪談の舞台であるのだ。
「でも、まあ一応十傑集が三人も居るわけだからねえ」
呟く己の声が、セルバンテス自身説得力に欠けていると感じるが、気付かなかったことにする。色々考えると、開始する前に心が折れそうだった。
それでも、開始して数分。何事も起こらないと、人間忠告を忘れがちになる。
頁の一部が剥離しているのか、何かが挟まっているのか、中途半端にはみ出していた紙に気付いたセルバンテスが、中に戻そうと手にした書籍を開いた瞬間、後ろから力任せに襟首を引っ張られた。開いた場所から一瞬遅れで出てきた巨大な顎が、先程までセルバンテスの頭があった空間で、がちんと音を立てて閉じられる。悔しげに、唸り声を挙げるそれを、樊瑞が床に落ちた書籍の中に押し戻す光景を見ながら、ああこうやって事故が起きるのだなあと、行方不明のエージェントの行き先に思いを寄せる。
きっと、今頃骨さえ残っていない。
「だから、油断すると碌な事にならんと言っただろう」
「そうだね、今身を持って体験した所だよ。ところで、書庫で煙草は良くないんじゃないのかなあ」
襟首を背後から掴まれた状態のまま、返事をする。どうやら、開く直前に気付いたアルベルトが、助けてくれた様だ。首は今でも絞まったままだが、頭が半分齧られるよりは余程良い。何と言っても、頭はもう一度生えてきたりしない。
「良い事を教えてやる。暴れようが叫ぼうが、大半の本は所詮燃える」
言い様、床に落ちた本そのものに手にした葉巻を近づけると、樊瑞と格闘し続けていた怪生物(かどうかすら分らないが)が、慌てて本の中に戻り、独りでに頁が閉じられた。降参、と云う事らしい。
「……なるほど、でもどうせなら一番最初に教えて欲しかったなあ」
「かと言って、どれでも効く訳ではないからな。苦し紛れに、毒を吐く奴だの、余計に暴れる奴だのも居るので、一概にこの方法を薦めるわけにもいかん」
「そもそも、燃え広がったらどうするつもりだ。あっと言う間に火の海になるぞ」
先程の書を書棚に戻していた樊瑞が呆れた様に、会話に参加する。当然、この顔ぶれが万が一にも逃げ損ねることは無いだろうが、悪ければ屋敷は炎上するだろう。実に真っ当な指摘だ。
「どうせ、本宅ではない。周囲に民家があるわけでなし、燃えたところで被害はこの屋敷だけだ」
問題はそこではない。
「被害がないなら、いっそ屋敷ごと燃やしちゃった方が手っ取り早い気がしてきたよ」
そこではないと理解していても、その呟きに提案に賛同したくなるのも、無理からぬことだろう。
その後も、順調に(?)怪異は起こり続け、時折中断しつつも整頓は続いた。
手にした書の表紙から妖艶な美女が現れ、しなだれかかってくる。どうやら、接待をしてくれようとしているらしいが、丁重に断わりをいれると大人しく表装の中に戻っていく。
思わず、「お相手してもらったら、やっぱり中の頁がぱりぱりになってくっついたりするのかねえ?」と呟いたセルバンテスの言葉に妙な沈黙が落ちた。
どうやら、耳にした二人とも想像してしまったらしい。
アルベルトが移し替えようと手に取った書が、悲鳴を挙げるも「煩い」の一言で、所定の場所に納められ、くぐもった声を暫く挙げていたが、暫くして諦めたのか沈黙する。
何故か、樊瑞は怪奇現象に遭遇する率が低いが、これは道術を使えるため、書物の方が余計な手出しを控えている気配がある。恐らくこの面子の中で、一番の適任者といえるだろう。逆に怪現象に遭遇する率が一番高いのはセルバンテスだ。
「De Vermis Mysteriisっと……えーっと。え、何だい? ああ、これかありがとう」
探していた書物を渡され、礼を言いつつ振り向いたセルバンテスの背後に誰も居ない。屋敷の主に問うと、「書棚の中のモノの仕業だろう」との言葉が帰って来た。
「ちょっと待って、中の人って誰だい」
「中のモノは、中のモノだ」
「……中の人がいるんだ」
気にしたら、負けらしい。
「間違っておらんなら、気にするな。取り様によっては便利ではないか」
何処か遠くを見ながらの樊瑞の言葉に、欺瞞という単語の意味を脳内で検索しつつ、深く考えることは止めにすることにした。どうやら『中のモノ』とやらは善意の第三者らしいので、感謝しこそすれ、追及するのは良くないと無理矢理結論付ける。
実際、馴れてさえ仕舞えば大変ありがたい。
一時間もする頃には、中のモノと連携して作業を進めることさえ出来るようになっていた。因みに、セルバンテスの作業効率が格段に上がった事を追記しておこう。
「ウチの会社にも、何人か欲しいねえ。ああ、いや気にしなくていいよ、君には君の仕事がここであるんだろうしね」
「……あれは、心臓に毛が生えておるな」
「鱗の間違いだろう」
何となく、コミュニケーションさえ取れているセルバンテスに、アルベルトと樊瑞が呆れた表情をしているが、当の本人は全く意に介していない。この二人は、手伝いは借りていないが、書庫の整理そのものが始めてではないので、元々作業効率が良く、別段手伝いの必要が無いのも、また事実なのだが。
そんなあれこれがありつつも、流石に三人もいると、予定していたよりも随分作業は進む。そもそもの動きが、常人を越えた速度だ。この調子なら、夕刻には半分くらいまでの整理は終わるだろうとの判断をする。最初から、全部を整理する予定は無い。蔵書の量から考えて不可能だからだ。
一旦休憩を入れる意味を含めて昼食にする。イワンが、入り口まで持ってきたサンドイッチだ。書庫の中には入らない、懸命な判断だ。
「流石に、彼はここの整理は荷が重そうだからなあ」
「油断すると、途端だからな。言っている側から、つまみ食いをされておるぞ」
「え? あ、私の分が減っている!」
「本の分際で食事をするなどとは生意気な。儂が許可をする、燃やしても構わんぞ」
――何しろ食事時ですら、油断できないのであった。
サニーが現れたのは、それから3時間ほど経った時だった。
「お父様、おじさま達、お茶になさいませんか? 差し入れを持ってまいりました」
大きなバスケットを抱え、小走りに現れる姿は可憐だが、この書庫に平然と入り込む辺りは、流石に十傑集候補。見た目と違い、侮れない。
衝撃のアルベルトの娘にして、混世魔王 樊瑞の養い子だというのは伊達ではないと言えるだろう。
「お疲れでしょう。サニーがクッキーを焼いてまいりました。疲れた時には、甘いものが体に良いといいますから、召し上がってくださいな。暖かいお茶も用意して参りましたので、休憩にいたしましょう」
床にシートを広げ、てきぱきとお茶の用意を進める。その姿に、大げさな身振りでセルバンテスが感謝の言葉を口にする。
「ありがとう、流石はサニーちゃんだ! 何と気が利く良い子なのだろうね。まるで地上に女神が舞い降りたかのようだよ」
「ふふ。褒めて頂けるのは嬉しいですけれども、何も出ませんよ?」
「いやいや、サニーちゃんの笑顔だけで、疲れが癒されるというものだよ。ねえ、二人とも。さ、お茶にしようじゃないか!」
セルバンテスの言葉が終わらないうちに、いそいそと樊瑞もやってきてシートの上に座り込む。何気に、サニーの横を確保する辺りが見事なのか、呆れるべきところなのかはわからない。
複雑な顔で、その斜め向かいにアルベルトも座り、場違いなお茶会が始まる。
「お片づけは、順調に進んでおられますか?」
「うむ、流石に三人居ると中々進みが早くてな」
「ま、埃だらけになっちゃったけどね。レディに対して失礼な格好で申し訳ないけど、許してもらえるかな?」
我先にと、樊瑞とセルバンテスがサニーに大して話しかけるが、父親であるところのアルベルトは、黙って茶を飲むだけである。と、言っても普段から余り父娘としての会話などないのだが、かといって別段仲が険悪というわけではない。
付かず離れずの距離を保っているだけだ。世間はどうあれ、この父娘の関係としては、これが普通であり、このくらいの距離感が丁度良いのだろう。
和やかに、お茶会は進み差し入れがなくなった頃、再び作業に戻るべく、三人が立ち上がる。そこに、サニーからの質問が飛んだ。
「あの、あとどれ位お仕事は残っていますか?」
「うーん、夕方には半分まで整理が終わるかなあ」
「そうだな、この調子ならもう少し早く進むかもしれんな」
その返答に、サニーが更に言葉を継ぐ。
「あの、私もお手伝い致します」
「え? サニーちゃんがかい? 嬉しいけど、気持ちだけで十分だよ。差し入れをしてもらった上に、お手伝いまでさせちゃ申し訳ないからね」
「うむ、そうだぞ。サニーは上で寛いでおるがいい。そうだ、折角こちらに来たのだ、今夜はこちらで泊まると良い。なあ、アルベルト別に良かろう?」
話を振られたアルベルトが、余計な事をとでも言うように、顔を顰める。別に泊まるのが不満という訳ではなく、普段父親らしいことをしていないので、一晩屋敷に居られるとどう対応をして良いのかわからなくなるのが困るだけだろう。それを証明するかのように、「ならばイワンに今夜はこちらで過ごす事を言っておけ」とだけ返事を返す。
「なら、尚更お手伝いしないわけには参りません。お父様、サニーもお手伝いをさせていただいてよろしいですね?」
「……好きにしろ」
その言葉に、満面の笑みを浮かべサニーが言葉を口を開く。
「はい! ありがとうございます! 『あるべきものよ、あるべき場所へと戻れ』」
次の瞬間、先程まで散乱していた書籍が全て分類され、美しく書棚に納まる。
その光景に、半日作業を続けていた三人の男たちは言葉を失った。今日一日の労働は、一体何だったのだろうか。
「あ……その、いけませんでしたか?」
安易に魔法を使ったことに対して、咎められると思ったのだろう。気まずそうにサニーが俯いて問いかける。
「いや、大いに助かったよ。サニーちゃんは、書庫の整理の天才だね」
フォローをするセルバンテスの言葉も、どこか力ないものとなったことは、この際誰も責められないだろう。
× × ×
夕刻、玄関に灯りが灯り帰り支度を終えたセルバンテスと樊瑞が現れ、その後ろからアルベルトとサニー父娘、そしてイワンがそのあとに続く。
「おじ様たち、本当にお帰りになられるんですか。残念です」
「いや、シャワーも使わせてもらったし、今日はお暇するよ。折角の親子水入らずなんだ、邪魔をするのは紳士のするべきことじゃないしね」
でも、と引きとめようとするサニーに、樊瑞がサニーの顔の高さに合わせて座り込み、優しく声を掛ける。
「明日、迎えに来るのでそれまでゆっくりしているといい。それでは、また明日」
また明日、と元気良く返事をするサニーに手を振り、二人は車に乗り込む。背後が見えなくなった頃を見計らい、樊瑞がセルバンテスに問いかけた。
「それにしても、帰ると言い出すとはな。てっきり、泊り込むつもりだとばかり思っておったぞ」
「え? ああ、さっきも言っただろう? 折角の親子水入らずなんだ、邪魔はしたくないよ」
それに、十分に労働の対価は頂いたからね、と告げセルバンテスはバッグから一冊の凝った表装の書物を取り出した。促され、樊瑞が良く見てみると、古い写真帳らしい。
「くすねて来たのか」
「言葉が悪いなあ、労働の報酬として頂いてきただけだよ。あの書庫の中にあるもので、きちんと管理できるなら幾らでも持って帰って良いって言質は取ってあるからね」
「で、それがどうした」
「ん、中を見てご覧よ。中々興味深い写真が見れるよ?」
その言葉に促され、頁を捲った樊瑞が唸る。
「これは……」
「こうやって見てみると流石に父と娘だねえ。良く似てるじゃないか」
「うむ……まあ、確かに。しかしこんなもの、どうやって見つけた」
ああ、それはね、といとも簡単にセルバンテスが説明する。
書庫から出ようとしたとき、服の裾を引っ張られ振り向いたら、手の中に落ちてきたのだという。
「本棚の中の人なりの、労働に対するお礼じゃない? 後、半分はアルベルトに対しての嫌がらせじゃないかなあ。彼、あんまり本の扱いとか良くないし、嫌われてるのかもね」
「何故、こんなものまで禁書庫に保管しておったのだろうな」
「隠してたんじゃないかな。で、そのまま忘れちゃってたんだろう。じゃなきゃ、私達が来る前に別の場所に移動するなり燃やすなりしてただろうからね」
「……隠したくなる気持ちもわからんではないがな」
「おや、別に隠すほどの事じゃないだろう。洋の東西を問わず、男の子は育ちにくいから、無事に大きくなるようにとの親心からの風習だ。特に、身分の高い家では珍しい話じゃない。それにしても、愛らしいね。今の姿からは想像もつかないじゃないか」
そう言って、写真を指差す。
そこには、少々古びた写真が挟まれており、中には黒髪を背中まで垂らし、ドレスと同布で出来た赤いリボンを結んだ10歳前後と思われる少女姿が写っている。その顔立ちは、セルバンテスが言ったとおり、サニーと良く似通っている。
「ああ、でもこれを持って帰ったのは内緒にしておいてくれたまえね? でないと、後が怖いから」
「言われんでも、黙っておる。……共犯にする為に見せたのだろうが。しかし、なんともこれは、俄かには信じられんな」
「ちょっと姿形が変わっただけじゃないか。それにしても、随分貴重な物を手に入れちゃったな。これは、本棚の中の人に感謝だね。アルベルトの子供の頃の写真なんて」
その言葉どおり、写真の横に書かれた短い文章には、美しい字で「アルベルト、6月別荘にて」の言葉が踊っている。
後に、この写真の事が当人にバレ、大騒ぎになることになるのだが、それはまた別の話である。
「気にするな」
気にするなと言われても、人間一度気になったものはどうしようもない。
「だって、部屋の端が見えないよ、ここ。屋敷の構造から考えても、おかしいって」
そもそも、先程まで歩いてきた廊下の長さより、遥かに長い距離を書棚が埋め尽くしている。十分に間を取って並べられているにも関わらず、その数は数えることすら嫌になる位の量があり、ここに収められている書籍を今から分類しなおすのかと思うと、安易に手伝いを了承した事を、セルバンテスは早くも後悔した。
その様子を横で見ていた樊瑞が、ため息を吐く。
「だから、言っただろう「書庫の整理を甘く見すぎている」と。それに、お主はここに立ち入ったのが始めてだろうから知らんが……まあ、いい直に分る」
「そうだねえ、正直甘く見てたと今になっては思うよ。で、分るって何がだい?大変そうなのはもう、心の底から理解したけど」
どう考えたって、こんなの一日じゃ処理しきれない量だものねえ、と呟くセルバンテスに、実に微妙な表情を浮かべ、樊瑞は再度、『直に分る』と返答した。
× × ×
そもそもの始まりは、セルバンテスがアルベルトの屋敷を数日前に訪問――と言うか、強引に押しかけた――所から始まる。
まあ、それ自体は珍しくも無いどころか、年中行事と貸しており、最早屋敷の主であるアルベルト自身も余り咎め立てをすることは無くなっていた。言っても無駄だからであるが、それでも全く文句を言わない訳ではないところがアルベルトのアルベルトたる所だろう。
尤も、其れを全く意に介さず押しかけるセルバンテスもセルバンテスだが。
そんな事情はさて置き、休暇が取れたので遊びに行きたい、南の海なんてどうかな、それとも山の方がいいかな、等と相手の返事を聞かずに次々に計画を口にする友人の姿に、それ程暇では無いと、アルベルトが口にした所が事の始まりだ。
「何で!私は無い暇を無理やり作り出して、こうやって君の事を誘いに来ていると言うのに、そんな連れない返事をするんだい!大体、ちゃんと何のミッションもこの週末は入っていないのは確認済みだよ?50回くらい策士殿に確認して嫌がられて来たんだから、間違いは無いし、さしあたって作戦以外の用事が何も無いことはイワンにもさっき確認した!それほどまでに、私と一緒に休暇を過ごすのが嫌なのかい。何と友達甲斐の無い人間なんだ君は。ああ、実は君は私の事なんて友人と思ってなんて居ないんだ!そんな風に思われて居たなんて、もうこの場で息絶えてしまいたいくらいだよ!」
立て板に水とばかりに捲くし立て、大げさにテーブルに突っ伏して見せる。
別に心底そう思っているわけではない、駄々を捏ねて押しきろうというだけの事だ。事実、その喧しさに閉口したアルベルトが折れることにより、10回に1回くらいは成功する。勝率一割、実に確率は低いが、やらないよりはやった方が何事もマシという例だろう。
そんな友人の姿に嫌そうに眉を顰めると、アルベルトは手にしていたカップをソーサーの上に乗せ、ため息を吐いた。その顔には『どうしてこうも喧しい男なのだ』とくっきり判で押したかのように書かれている。馴れていても、煩いと思わなくなるものでもないらしい。
放置していては、更に大騒ぎをするのは経験上知っている。きちんと説明をするのが一番早く黙らせることが出来るとばかりに、アルベルトは今回は珍しく正当な理由があった断りの訳をこめかみを押さえつつ、口にする。
「この週末は書庫の整理をするつもりだ。随分長い間放置していたからな。何時までも先延ばしにして居っては、後が大変なことになる」
その返答に、セルバンテスは顔を上げるが、不満げな表情は変わらない。
「えー、そんなの使用人に任せて仕舞い給えよ。大体、そんな労働君がやるべきことじゃないじゃないか。そもそも、書斎はきちんと片付いている様に見えるよ。それに君はよっぽど気に入ったの以外は読み捨てにしてるじゃないか、そんなに大切にしているとは思えないね」
「書斎ではない、書庫の方だ。そもそも、集めたのは儂では無く、何代か前の人間だ。それにモノの性質上、あれは使用人に任せるのは色々と問題がある」
その言葉に、やっと興味を持ったのか文句を言うのをやめ、代わりに今度は話に食いついてくる。
「成る程、君の家が何代も掛けて集めてきたとなると、かなりの年代モノになるね。稀覯書とかも多そうだし、そうなると誰にでも任せられるって物じゃなくなるね。貴重な物が見れそうだなあ。ちょっと私にも覗かせてくれると嬉しいんだけど」
「確かに珍しい物が多くあるが、お前の想像するような物ではないとは言っておく。興味があるなら、どうせ休暇なのだろう、手伝えば食事くらいは出してやる」
アルベルトからの申し出に、セルバンテスが目を輝かせて同意する。どうせ、誘いは断わられたのだ。それならば、手伝いを口実に居座った方が幾らかマシだ。あわよくば、そのまま泊り込んでしまおうと、一瞬にして脳が計算を終える。
「やる。あとついでに要らない物でそれなりの値がつきそうな古書とかが貰えると嬉しいなあ。取引の時とかに、そういうのが好きそうな相手に対して話とか出すと、有利になりそうだからね」
「欲しければくれてやるが、扱いに困ったところで儂は引き取らんぞ。後の処分は責任を持って自分でやるのなら、むしろ金を出してでも引き取ってもらいたい位だ」
後になって、セルバンテスはその言葉の意味を痛感するのだが、この時点では未だ場所塞ぎなのだろう、程度にしか考えていない。
「大丈夫。ああ、そうと決まったら週末が楽しみだなあ。そうだ、予定が変わらないように、もう一度念を押しておこう。じゃあ、私はそろそろお暇するよ、玄関までお見送りよろしく」
「……自分から見送りを要求するな」
約束を取り付け、意気揚々と本部に戻ると、通路で樊瑞に鉢合わせした。早速捕まえて、予定の変更が無いように念を押す――というのは口実で、ただ単に惚気たいだけである。捕まる方は災難だ。
「でね、さっきも言ったんだけど週末なんだけどね。もうこっち予定入れちゃったからミッションとか入れないで欲しいんだ。いや、予定が無いのは分っているんだけど、一応念のためにね? 折角久々に、休暇をアルベルトと過ごせる機会なんだ。何かあっても、動くつもりは無いから、そのつもりで居て欲しいと思って」
「……理解したから、同じ内容を言葉を変えて5回も言ってくれるな。夢に出てきそうだ」
「酷いなあ。だって、珍しくもアルベルトからの御誘いだよ? これですっぽかすなんて、絶対にしたくないからね。まあ、書庫の整理って言うのが色気がないけど」
「ちょっと待て、男同士でどう色気を出すつもりだ。いや、そうではなく、今書庫の整理と言ったか?」
なおも語り続けようとする、セルバンテスを遮り樊瑞が問いかける。
「言ったけど、それが何か問題でもあるのかい?」
「当然、その書庫と言うのはアルベルトの屋敷の書庫だな?」
「さっき、アルベルトの屋敷で週末は過ごすって3回言ったよ、私」
「回数はこの際、どうでも良い。聞くが、『あの書庫』に入ったことが一度でもあるか? その様子を見ると確実に無いのだろうがな」
眉間に皺を寄せ、樊瑞が更に問う。
「無いよ。それより今度はこっちが聞きたいんだけどね、その反応だとそっちは入ったことがありそうなんだけど、どういうこと。私だって入ったこと無いのに!」
途端に機嫌が悪そうな顔になり、セルバンテスが叫ぶ。自分はそんなものがあることすら、始めて聞いたというのに、樊瑞が知っている、尚且つ入ったことがあると言うのが気にいらないらしい。
「以前に、こちらで探していたものが、書庫にあると聞いてな。借り出しに行ったのだが……あれは相当な物だぞ。よっぽど理由でもない限り……いや、あれは実際に体験してみんことには分るまい」
深刻な顔をして呟く樊瑞に、セルバンテスも様子のおかしさを感じる。相当何だと言うのか、気にはなるが、逆に余り知りたい内容では無さそうだ。
「そんなに大変なのかい? まあ、考えてみれば、自分から手伝えなんて言い出すくらいだからなあ。相当量があるってのは覚悟してるつもりなんだけどね」
「問題は量だけではないぞ。……分った、儂も手伝いに行こう。3人いれば、何とか被害は食い止められるだろう」
「え、来なくていいよ。むしろ来て欲しく無いんだけど」
二人で過ごすつもりだったのに、と不平を漏らすセルバンテスは、このとき重要な言葉を聞き漏らしている。そもそも、十傑集が三人で『何とか』『食い止められる』被害とは一体どれ程の災害なのか、考えるだに恐ろしい。
「今は不満に思うだろうが我慢しろ。確実に、後で感謝することになる。先に言っておく、お主はあの屋敷の書庫の整理を甘く見すぎている」
× × ×
そんなやり取りがあって、現在に至っているわけだが、早くもやる気が殺がれる光景が視界に広がっている。着替えを持ってくるようにと、前夜連絡があったのだが、なるほど、この量の書籍を分類すれば汗だくにもなろうし、着替えも必要だろう。そうでなくとも、本というものは毎日叩きを掛けていても、案外汚いものである。
「大体、何を基準にして分類しておるのだ。言語だの、年代だの分ける方法は幾らでもあるだろうに」
「言語で分類すると、同じ内容の他言語版と配置が離れ過ぎる。年代だと、全体の流れは掴みやすいが、書名や分類が分けづらくて敵わん。まあ、似た様内容での分類にして、そこから何とか扱うのが関の山だ」
樊瑞の言葉が示すとおり、書棚を眺めると其処に納められている背表紙の整合性の無さが目に止まる。Fの隣にDが、その反対側の隣には何語かすら分らない文字で書名が書かれた書籍が並んでいるといった有様だ。並べた本人には意図があっての事なのだろうが、第三者が見ると必要なものを探し出すのは至難の業だろう。並べた本人も把握しているかどうかは謎だが。
セルバンテスが手近にあった書物に手を伸ばすと、アルベルトから警告が発される。
「先に言っておく。封がされているものは開こうと思うなよ。此処に納められている物の大半はまともな物ではないからな。封がされていないものでも、油断はするな。碌なことにならん」
「一つ聞かせてくれるかな、此処は危険物保管庫か何かかい?」
「果てしなく、それに近いな」
「一般的な危険物保管庫の方がまだ安全だ。文字通り何が出てくるか分らんのだぞ」
アルベルトが肯定し、樊瑞が補足を入れる。そんな補足は、願わくば聞きたくはなかったが。
「大体、禁書室がここまで充実しているのは一体何事だ。此処から押し付けられる物だけでも、本部の地下の禁書室が拡張工事が必要になりそうな勢いではないか」
「組織の本部ともあろう場所が、一私人の書庫より貧弱な方がどうかしているだろう。いっそ、全てそちらに寄付してやるから遠慮なく持って行け。礼には及ばん」
二人のやり取りに、セルバンテスは内心、聞きたくなかったなあ、と意識を遠くに飛ばす。地下の書庫といえば、毎年そこに配置になった構成員が行方不明になることで有名だ。しかも、ダース単位で。生きて配置換えの幸運に預かった者も多くを語らない。黙して忘れ去ろうと願うばかりだと、ちょっとした怪談の舞台であるのだ。
「でも、まあ一応十傑集が三人も居るわけだからねえ」
呟く己の声が、セルバンテス自身説得力に欠けていると感じるが、気付かなかったことにする。色々考えると、開始する前に心が折れそうだった。
それでも、開始して数分。何事も起こらないと、人間忠告を忘れがちになる。
頁の一部が剥離しているのか、何かが挟まっているのか、中途半端にはみ出していた紙に気付いたセルバンテスが、中に戻そうと手にした書籍を開いた瞬間、後ろから力任せに襟首を引っ張られた。開いた場所から一瞬遅れで出てきた巨大な顎が、先程までセルバンテスの頭があった空間で、がちんと音を立てて閉じられる。悔しげに、唸り声を挙げるそれを、樊瑞が床に落ちた書籍の中に押し戻す光景を見ながら、ああこうやって事故が起きるのだなあと、行方不明のエージェントの行き先に思いを寄せる。
きっと、今頃骨さえ残っていない。
「だから、油断すると碌な事にならんと言っただろう」
「そうだね、今身を持って体験した所だよ。ところで、書庫で煙草は良くないんじゃないのかなあ」
襟首を背後から掴まれた状態のまま、返事をする。どうやら、開く直前に気付いたアルベルトが、助けてくれた様だ。首は今でも絞まったままだが、頭が半分齧られるよりは余程良い。何と言っても、頭はもう一度生えてきたりしない。
「良い事を教えてやる。暴れようが叫ぼうが、大半の本は所詮燃える」
言い様、床に落ちた本そのものに手にした葉巻を近づけると、樊瑞と格闘し続けていた怪生物(かどうかすら分らないが)が、慌てて本の中に戻り、独りでに頁が閉じられた。降参、と云う事らしい。
「……なるほど、でもどうせなら一番最初に教えて欲しかったなあ」
「かと言って、どれでも効く訳ではないからな。苦し紛れに、毒を吐く奴だの、余計に暴れる奴だのも居るので、一概にこの方法を薦めるわけにもいかん」
「そもそも、燃え広がったらどうするつもりだ。あっと言う間に火の海になるぞ」
先程の書を書棚に戻していた樊瑞が呆れた様に、会話に参加する。当然、この顔ぶれが万が一にも逃げ損ねることは無いだろうが、悪ければ屋敷は炎上するだろう。実に真っ当な指摘だ。
「どうせ、本宅ではない。周囲に民家があるわけでなし、燃えたところで被害はこの屋敷だけだ」
問題はそこではない。
「被害がないなら、いっそ屋敷ごと燃やしちゃった方が手っ取り早い気がしてきたよ」
そこではないと理解していても、その呟きに提案に賛同したくなるのも、無理からぬことだろう。
その後も、順調に(?)怪異は起こり続け、時折中断しつつも整頓は続いた。
手にした書の表紙から妖艶な美女が現れ、しなだれかかってくる。どうやら、接待をしてくれようとしているらしいが、丁重に断わりをいれると大人しく表装の中に戻っていく。
思わず、「お相手してもらったら、やっぱり中の頁がぱりぱりになってくっついたりするのかねえ?」と呟いたセルバンテスの言葉に妙な沈黙が落ちた。
どうやら、耳にした二人とも想像してしまったらしい。
アルベルトが移し替えようと手に取った書が、悲鳴を挙げるも「煩い」の一言で、所定の場所に納められ、くぐもった声を暫く挙げていたが、暫くして諦めたのか沈黙する。
何故か、樊瑞は怪奇現象に遭遇する率が低いが、これは道術を使えるため、書物の方が余計な手出しを控えている気配がある。恐らくこの面子の中で、一番の適任者といえるだろう。逆に怪現象に遭遇する率が一番高いのはセルバンテスだ。
「De Vermis Mysteriisっと……えーっと。え、何だい? ああ、これかありがとう」
探していた書物を渡され、礼を言いつつ振り向いたセルバンテスの背後に誰も居ない。屋敷の主に問うと、「書棚の中のモノの仕業だろう」との言葉が帰って来た。
「ちょっと待って、中の人って誰だい」
「中のモノは、中のモノだ」
「……中の人がいるんだ」
気にしたら、負けらしい。
「間違っておらんなら、気にするな。取り様によっては便利ではないか」
何処か遠くを見ながらの樊瑞の言葉に、欺瞞という単語の意味を脳内で検索しつつ、深く考えることは止めにすることにした。どうやら『中のモノ』とやらは善意の第三者らしいので、感謝しこそすれ、追及するのは良くないと無理矢理結論付ける。
実際、馴れてさえ仕舞えば大変ありがたい。
一時間もする頃には、中のモノと連携して作業を進めることさえ出来るようになっていた。因みに、セルバンテスの作業効率が格段に上がった事を追記しておこう。
「ウチの会社にも、何人か欲しいねえ。ああ、いや気にしなくていいよ、君には君の仕事がここであるんだろうしね」
「……あれは、心臓に毛が生えておるな」
「鱗の間違いだろう」
何となく、コミュニケーションさえ取れているセルバンテスに、アルベルトと樊瑞が呆れた表情をしているが、当の本人は全く意に介していない。この二人は、手伝いは借りていないが、書庫の整理そのものが始めてではないので、元々作業効率が良く、別段手伝いの必要が無いのも、また事実なのだが。
そんなあれこれがありつつも、流石に三人もいると、予定していたよりも随分作業は進む。そもそもの動きが、常人を越えた速度だ。この調子なら、夕刻には半分くらいまでの整理は終わるだろうとの判断をする。最初から、全部を整理する予定は無い。蔵書の量から考えて不可能だからだ。
一旦休憩を入れる意味を含めて昼食にする。イワンが、入り口まで持ってきたサンドイッチだ。書庫の中には入らない、懸命な判断だ。
「流石に、彼はここの整理は荷が重そうだからなあ」
「油断すると、途端だからな。言っている側から、つまみ食いをされておるぞ」
「え? あ、私の分が減っている!」
「本の分際で食事をするなどとは生意気な。儂が許可をする、燃やしても構わんぞ」
――何しろ食事時ですら、油断できないのであった。
サニーが現れたのは、それから3時間ほど経った時だった。
「お父様、おじさま達、お茶になさいませんか? 差し入れを持ってまいりました」
大きなバスケットを抱え、小走りに現れる姿は可憐だが、この書庫に平然と入り込む辺りは、流石に十傑集候補。見た目と違い、侮れない。
衝撃のアルベルトの娘にして、混世魔王 樊瑞の養い子だというのは伊達ではないと言えるだろう。
「お疲れでしょう。サニーがクッキーを焼いてまいりました。疲れた時には、甘いものが体に良いといいますから、召し上がってくださいな。暖かいお茶も用意して参りましたので、休憩にいたしましょう」
床にシートを広げ、てきぱきとお茶の用意を進める。その姿に、大げさな身振りでセルバンテスが感謝の言葉を口にする。
「ありがとう、流石はサニーちゃんだ! 何と気が利く良い子なのだろうね。まるで地上に女神が舞い降りたかのようだよ」
「ふふ。褒めて頂けるのは嬉しいですけれども、何も出ませんよ?」
「いやいや、サニーちゃんの笑顔だけで、疲れが癒されるというものだよ。ねえ、二人とも。さ、お茶にしようじゃないか!」
セルバンテスの言葉が終わらないうちに、いそいそと樊瑞もやってきてシートの上に座り込む。何気に、サニーの横を確保する辺りが見事なのか、呆れるべきところなのかはわからない。
複雑な顔で、その斜め向かいにアルベルトも座り、場違いなお茶会が始まる。
「お片づけは、順調に進んでおられますか?」
「うむ、流石に三人居ると中々進みが早くてな」
「ま、埃だらけになっちゃったけどね。レディに対して失礼な格好で申し訳ないけど、許してもらえるかな?」
我先にと、樊瑞とセルバンテスがサニーに大して話しかけるが、父親であるところのアルベルトは、黙って茶を飲むだけである。と、言っても普段から余り父娘としての会話などないのだが、かといって別段仲が険悪というわけではない。
付かず離れずの距離を保っているだけだ。世間はどうあれ、この父娘の関係としては、これが普通であり、このくらいの距離感が丁度良いのだろう。
和やかに、お茶会は進み差し入れがなくなった頃、再び作業に戻るべく、三人が立ち上がる。そこに、サニーからの質問が飛んだ。
「あの、あとどれ位お仕事は残っていますか?」
「うーん、夕方には半分まで整理が終わるかなあ」
「そうだな、この調子ならもう少し早く進むかもしれんな」
その返答に、サニーが更に言葉を継ぐ。
「あの、私もお手伝い致します」
「え? サニーちゃんがかい? 嬉しいけど、気持ちだけで十分だよ。差し入れをしてもらった上に、お手伝いまでさせちゃ申し訳ないからね」
「うむ、そうだぞ。サニーは上で寛いでおるがいい。そうだ、折角こちらに来たのだ、今夜はこちらで泊まると良い。なあ、アルベルト別に良かろう?」
話を振られたアルベルトが、余計な事をとでも言うように、顔を顰める。別に泊まるのが不満という訳ではなく、普段父親らしいことをしていないので、一晩屋敷に居られるとどう対応をして良いのかわからなくなるのが困るだけだろう。それを証明するかのように、「ならばイワンに今夜はこちらで過ごす事を言っておけ」とだけ返事を返す。
「なら、尚更お手伝いしないわけには参りません。お父様、サニーもお手伝いをさせていただいてよろしいですね?」
「……好きにしろ」
その言葉に、満面の笑みを浮かべサニーが言葉を口を開く。
「はい! ありがとうございます! 『あるべきものよ、あるべき場所へと戻れ』」
次の瞬間、先程まで散乱していた書籍が全て分類され、美しく書棚に納まる。
その光景に、半日作業を続けていた三人の男たちは言葉を失った。今日一日の労働は、一体何だったのだろうか。
「あ……その、いけませんでしたか?」
安易に魔法を使ったことに対して、咎められると思ったのだろう。気まずそうにサニーが俯いて問いかける。
「いや、大いに助かったよ。サニーちゃんは、書庫の整理の天才だね」
フォローをするセルバンテスの言葉も、どこか力ないものとなったことは、この際誰も責められないだろう。
× × ×
夕刻、玄関に灯りが灯り帰り支度を終えたセルバンテスと樊瑞が現れ、その後ろからアルベルトとサニー父娘、そしてイワンがそのあとに続く。
「おじ様たち、本当にお帰りになられるんですか。残念です」
「いや、シャワーも使わせてもらったし、今日はお暇するよ。折角の親子水入らずなんだ、邪魔をするのは紳士のするべきことじゃないしね」
でも、と引きとめようとするサニーに、樊瑞がサニーの顔の高さに合わせて座り込み、優しく声を掛ける。
「明日、迎えに来るのでそれまでゆっくりしているといい。それでは、また明日」
また明日、と元気良く返事をするサニーに手を振り、二人は車に乗り込む。背後が見えなくなった頃を見計らい、樊瑞がセルバンテスに問いかけた。
「それにしても、帰ると言い出すとはな。てっきり、泊り込むつもりだとばかり思っておったぞ」
「え? ああ、さっきも言っただろう? 折角の親子水入らずなんだ、邪魔はしたくないよ」
それに、十分に労働の対価は頂いたからね、と告げセルバンテスはバッグから一冊の凝った表装の書物を取り出した。促され、樊瑞が良く見てみると、古い写真帳らしい。
「くすねて来たのか」
「言葉が悪いなあ、労働の報酬として頂いてきただけだよ。あの書庫の中にあるもので、きちんと管理できるなら幾らでも持って帰って良いって言質は取ってあるからね」
「で、それがどうした」
「ん、中を見てご覧よ。中々興味深い写真が見れるよ?」
その言葉に促され、頁を捲った樊瑞が唸る。
「これは……」
「こうやって見てみると流石に父と娘だねえ。良く似てるじゃないか」
「うむ……まあ、確かに。しかしこんなもの、どうやって見つけた」
ああ、それはね、といとも簡単にセルバンテスが説明する。
書庫から出ようとしたとき、服の裾を引っ張られ振り向いたら、手の中に落ちてきたのだという。
「本棚の中の人なりの、労働に対するお礼じゃない? 後、半分はアルベルトに対しての嫌がらせじゃないかなあ。彼、あんまり本の扱いとか良くないし、嫌われてるのかもね」
「何故、こんなものまで禁書庫に保管しておったのだろうな」
「隠してたんじゃないかな。で、そのまま忘れちゃってたんだろう。じゃなきゃ、私達が来る前に別の場所に移動するなり燃やすなりしてただろうからね」
「……隠したくなる気持ちもわからんではないがな」
「おや、別に隠すほどの事じゃないだろう。洋の東西を問わず、男の子は育ちにくいから、無事に大きくなるようにとの親心からの風習だ。特に、身分の高い家では珍しい話じゃない。それにしても、愛らしいね。今の姿からは想像もつかないじゃないか」
そう言って、写真を指差す。
そこには、少々古びた写真が挟まれており、中には黒髪を背中まで垂らし、ドレスと同布で出来た赤いリボンを結んだ10歳前後と思われる少女姿が写っている。その顔立ちは、セルバンテスが言ったとおり、サニーと良く似通っている。
「ああ、でもこれを持って帰ったのは内緒にしておいてくれたまえね? でないと、後が怖いから」
「言われんでも、黙っておる。……共犯にする為に見せたのだろうが。しかし、なんともこれは、俄かには信じられんな」
「ちょっと姿形が変わっただけじゃないか。それにしても、随分貴重な物を手に入れちゃったな。これは、本棚の中の人に感謝だね。アルベルトの子供の頃の写真なんて」
その言葉どおり、写真の横に書かれた短い文章には、美しい字で「アルベルト、6月別荘にて」の言葉が踊っている。
後に、この写真の事が当人にバレ、大騒ぎになることになるのだが、それはまた別の話である。
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部屋に入るなり否応が為しに目に付いたものの、孔明はまるで目に見えてないかのうように振舞っていた。応接テーブルを挟んで対する部屋の主セルバンテスは鼻歌交じりに次回作戦の資料に目を通している。鼻歌は「真っ赤なおーはーな~の~」のリズムであり、先ほどから少なからず孔明の神経を逆なでしていた。
「・・・・セルバンテス殿、お聞きしてもよろしいですかな?」
「ふふ~んふ~ん♪・・・どーぞ」
聞いたら負け、だと自分に言い聞かせていたのに溜まりかねた孔明はついに口を開く。
「アレはいったい何ですかな?」
「アレって?」
資料から目を離さないセルバンテスが分かっていながらそう聞き返していることくらいわかっている。改めて神経を逆撫でされ額に青筋が浮かんだ。
「・・・・・・・あのクリスマスツリーです」
「ツリーって知っているんじゃないか」
「・・・・・・・・・・・」
相変わらず目を資料から離そうとしないまま。この男は自分が苛立つのを楽しんでいる、それをわかっていながら乗ってしまった自分。孔明は聞いてしまったことを後悔する。
「貴方、ここがどういうところなのか分かっておられるのですかな?まったく何を浮かれていらっしゃるのか。クリスマスなどというくだらない『イベント』に十傑集ともあろうお方が!」
部屋の隅にあるのは天井に届かんばかりの大きなモミの木、豪勢なオーナメントで飾り立てられ電球も規律正しくかつランダムに点滅している。何より目を引くのが天辺に飾り立てられた「一等星」は純金によるもので下からの光を浴びればより煌びやかに・・・
それは孔明にとってはイライラするほどどこからどう見てもクリスマスツリーだった。今まではクリスマスが来ようとこんな代物はBF団本部ではあり得なかったのにそれが
「セルバンテスのおじさま、サニーです。入ってもいい?」
この娘の出現によって大きく変わってしまったのだ。
「いいよいいよ~大歓迎だ」
「ちょっとお待ちなさい、今は大事な話を・・・!」
ノックの音とドア向こうの声に敏感に反応し、目を離そうとしなかった資料を投げ捨ててセルバンテスは大急ぎでドアを開けてやった。そこには小さなサニーが真っ白なタートルセーターとタータンチェックのスカート姿で立っていた。
「わー!すごいすごい!クリスマスツリー!」
サニーは真っ先に目に入るツリーに駆け寄り歓声をあげた。
セルバンテスは見たかったサニーの笑顔に満足し目尻を下げる。
そして、孔明の額の青筋が二つになった。
ツリーが飾られているのは何もセルバンテスの執務室だけではない。
樊瑞の部屋には飾られてはいないが屋敷にはカナダからわざわざ空輸した巨大ツリーがエントランスに鎮座しており、ヒィッツカラルドの部屋には光ファイバー製のメロディに合わせて青く輝く真っ白なツリーがある。幽鬼の部屋には温室で育ててきたモミの木をわざわざ移植しカワラザキと共にサニーが喜ぶようにクッキーや飴を飾った。さらに怒鬼は永遠にクリスマスとは無縁の男だと思われていたのに血風連だけでなく自らオーナメントの飾りたてを行いサニーの来訪を待った。十常寺は能力でオーナメントの人形を動かしサニーを大いに喜ばせ、残月は(都合により現段階で何故か十傑)敢えて裸のモミの木のままにしてサニーが来たら一緒に飾りたてを行った。
つまり
『どいつもこいつも』サニーのためにクリスマスを楽しんでいた。
いや、『どいつもこいつも』というのは語弊がある。
「くだらんな」
と言いながらもケーキを無条件に食べられる日を心待ちにする男と
「馬鹿馬鹿しい」
と心底呆れかえった様に吐き捨てながらも娘がウキウキしている姿に目を細める男
そして
「まったく嘆かわしい・・・・」
泣く子も黙る十傑集のあるまじき状況に額に無数の青筋を浮かべる男がいた。
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イヴまであと一週間。
「ねぇねぇ孔明さま、サンタさんってどこに住んでるのかなぁ」
「知りません」
「じゃあどうやってプレゼントって用意するの?トナカイさんはどうしてお空を飛べるの?えんとつが無いお家はどうやって入るの??」
「・・・・・・・・そんなことどうでも良いですからさっさとこの問題をお解きなさい。二桁の割り算ができないようではサンタはやって来ませんぞ?」
孔明の執務室で行っている「算数のおべんきょう」。
しかし、ドリルを前にしてもクリスマスに浮かれるサニーに孔明は溜め息を漏らす。
「え?できないとサンタさん来てくれないの??」
「そーですとも、さ、おやりなさい」
思わぬ情報にサニーはうろたえ、ドリルに向かうと小さい指を折り曲げながら必死に問題を解き始めた。
「サンタは『良い子』でないとプレゼントはくれないものです。貴女にその資格はございますまい。歯磨きは毎日欠かさずしてますか?好き嫌い無く食べてますか?ニンジンは?一人で朝起きれていますか?ドリルは100点ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
残念ながらどれもできていない。孔明に手厳しく釘を刺され、サニーは涙目になりながら3問目に頭を悩ませる。
「何ら努力もせずもらえるなど、甘いにもほどがありますな」
どうせ樊瑞やセルバンテスあたりがサンタの代わりになるのは考えるまでも無い。それを鼻先で笑い捨てると必死になるサニーを放って自身はデスクに向かい新たな作戦を練り始めた。
その日からサニーは歯磨きは毎日欠かさないようになり、嫌いなニンジンも無理してでも口にいれるようになった。それに目覚まし時計を3つもセットして一人で起きるよう努力した。
ただ、孔明が与えたドリルだけは最高は97点。100点はどうしても取れないままだった。
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イヴの夜。
イチゴ柄のパジャマ姿のサニーは、ベッドに入る前に小さな小さな靴下をベッドサイドの机に垂らした。
「100点とれなかったけど・・・サンタさん来てくれるかなぁ・・・・」
布団の中に入ったがそれが心配で何度も暗闇の中で靴下を見直す。もし明日の朝、靴下に何も入っていなかったら・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
不安を振り払うようにサニーはきつく目を閉じて布団を頭から被る。
そしていつしか眠りに落ちていった・・・。
そんなサニーの心配を知ってか知らずか、樊瑞は自身の書斎で着替えを始めていた。絵に描いたような白と赤のツートンカラーのコートに身を包み、黒のベルトを締め、そしてやはり赤と白の帽子。仕上げにたっぷりとしたボリュームの付け髭。
「うむ、我ながら完璧なサンタだ」
姿見の前で胸を張りポーズを決めれば満足に浸る魔王サンタ。寝ているサニーの枕元にプレゼントを置くのは簡単だが、こういうことは形から入るのが彼のこだわりらしい。
「サニーにとってのサンタは世界で私だけだからな」
ふぉっふぉっふぉ。と胡散臭い笑いを漏らし彼はまるで泥棒のような足運びで二階に上がってい。サニーの部屋のドアを静かに開けると「めり~くりすますサニー~」と小声で足を一歩踏み入れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
目が合った。
サニーとではない。
「セ、セルバンテス・・・・・」
ナマズ髭のサンタが今まさにプレゼントと思わしきリボンのついた箱を置こうとしていた。樊瑞とさほど変わらない姿だが帽子は被らずいつものクフィーヤが白の縁取りの赤いバージョン。これはセルバンテスのこだわりのようだ。
「あ・・・あはは見つかっちゃった」
「き、貴様!何をしている!!」
「シー!シー!サニーちゃんが起きちゃうだろ?」
思わず出した自分の大きな声に気づいて樊瑞は一気に声のトーンを落とす。横を見ればサニーはまだ深い眠りの中だ。
「何をしているのだっっ」
「見れば分かるだろ?サニーちゃんのためのサンタさんだよ」
「どこから入ってきたかは知らんがサニーのサンタは私だ。私一人で十分だからお前は家に帰って大人しく寝ていろ」
セルバンテスの胸倉を掴もうとした樊瑞は、今まさに窓から侵入しようとしているもう一人のサンタと目が合ってしまった。
「・・・・・幽鬼・・・・・・・・・・・」
「メ・・・メリークリスマス・・・・」
彼もまたご丁寧にサンタ衣装に身を包んでいた。ばつが悪そうに窓から入り込みその後から本物かと見まごう姿のカワラザキも入ってきた。
「何じゃ、お主らもか。おおサニーはよく寝ておるわい」
そう言って手にあるプレゼントの箱を置くと孫の寝顔を見るかのように目を細めた。
「カワラザキに幽鬼まで。ちょっと待て、え?ええ??」
「今宵限りは説明不要。我も『さんたくろす』に扮すること好しとすべし」
もう一方の窓から入ってきたのは丸い体格のサンタ。宙に浮く大きな袋に腰掛けて鐘を小さく鳴らせば袋は静かに床に降りた。
「十常寺・・・お主までも・・・。どういうことだこれは!」
「どういうことか聞きたいのはこっちだ」
樊瑞がその声に振り向けばまるで当然のようにドアから入ってきたヒィッツカラルド。もちろんサンタ衣装だがオーダーメイドの本毛皮、拘りが違う。
「随分と大人数だな」
「コラー!どうしてそっちから入ってくる!!」
「静かにしろ混世魔王、サニーが起きてしまう」
いつのまにか覆面サンタがプレゼントを置いてサニーの布団をかけ直してやっている。ちなみにサンタ帽子ではなくあくまでもいつもの覆面、ただ、色が赤いのは年に一度のクリスマスバージョンらしい。
「ざ、残月・・・・!!」
「この屋敷のセキュリティは見直す必要があるようだな」
しれ、と言い放つと残月は「あれを見ろ」と言わんばかりに顎をしゃくる。その方向に樊瑞が目をやるといつからいたのか和装のサンタが手下を10名ほど連れて仁王立ちになっていた。
「い・・・いつの間にこんな大人数で!」
「ふふ・・・怒鬼様のご命令とあらば我ら血風連、不可能も可能に」
渋くキメてはいるが10名とも首にベルをつけたトナカイの着ぐるみに編み笠姿。角が編み笠から突き出ているのは言うまでも無く。
「ささ、怒鬼様。サニー様にプレゼントを」
無言で頷き歩み寄る彼の姿はサンタ帽子に真っ赤な陣羽織のクリスマス仕様。
「怒鬼お・・・・おまっ・・・」
あまりの異常な状況に声が出ない樊瑞。
「おい、この格好でここに来ればケーキが食えると聞いたがケーキはどこだ?」
おまけに誰から聞いたのかは知らないが、そんなことを言いながらサニーの布団をめくりあげる仮面のサンタがいた。
「お、お前ら揃いも揃って・・・!住居不法侵入で訴えるぞ!!出て行け!」
小声でわめく魔王サンタに誰一人聞いてはいない。皆がサニーの安らかな寝顔を眺めて満足しているようだった。ちなみに赤いサンタはサニーのタンスを物色している。
「ううううう!サンタ役は私一人の特権なはず!!」
悔しがる魔王サンタだったが外ではまだサンタが出番を待っていた。
「くそ・・・あいつらめ何をのんびりやっているのだ。さっさと消えろ」
壁の出っ張りに足をかけてギリギリの状態でへばりつくサンタクロース。姿はサンタではないが・・・・
「イワンの奴めいらぬモノを寄越しおって」
白いボンボンが付いた赤い帽子だけは明確に彼をサンタだと説明していた。寄越されたからといって被らなければ済むことなのだがそれは考えないようだ。
小さなオルゴールが入った箱を手に雪がちらつく寒空の下、部屋で行われている「サンタ大集合」が終わるのを彼は律儀に待っていた。イライラとしているとふと、目が合う。そう、隣の窓の下にもう一人自分と同じように待っているサンタと。
「・・・・・・・・・・・・何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か?と不機嫌そうに言われても何も?としか言いようが無い。彼は何も見なかったことにしてただひたすら部屋に居るサンタが出て行くのを待つことにした。
もう一人の「帽子だけサンタ」の男も額に青筋を立てたまま、手にある手編みの手袋を落とさぬようそれから小一時間寒い外で待たされるハメになった。
-----------------------
サニーは目覚めてすぐに目を輝かせた。
山盛りいっぱいのプレゼントは溢れんばかり、夢中になって箱や包装紙を開ければ中にはサニーが喜ぶモノが入っている。ぬいぐるみ、人形、お菓子、絵本、ブローチや靴に人気アニメのおもちゃにとサニーは手に手にとってプレゼントを確かめ幸せを噛み締めた。
オルゴールの柔らかで優しい音色を楽しんでいたらあの靴下に何か押し込まれていたのを見つけた。それはオレンジの毛糸で編まれたミトンの手袋だ。
「あったかい・・・」
小さな手にピッタリのサイズにサニーは笑みがこぼれた。
「あのね、サンタさんがサニーに・・・」
樊瑞を始めとする十傑集にプレゼントをもらったことを嬉しそうに報告し、その様子に誰もが「そうかそうか」と満足する。レッドは樊瑞の屋敷の冷蔵庫で見つけたクリスマスケーキの残りを頬張りながら「良かったな」とだけの返事ではあったが。
そんな喜びいっぱいのサニーの姿を遠くから見つめる一人の男。
滅多にひかない風邪のため、仕方が無く甘んじているマスク姿が彼のプライドを損ねてはいるが娘の笑顔を見られればどうでもいい事。
しかし
彼の横を通り過ぎ、咳き込む策士もマスク姿。
「何か?」
目が合い、不機嫌そうに言われても
「何も」
としかやはり言いようが無かったのだった。
END
「・・・・セルバンテス殿、お聞きしてもよろしいですかな?」
「ふふ~んふ~ん♪・・・どーぞ」
聞いたら負け、だと自分に言い聞かせていたのに溜まりかねた孔明はついに口を開く。
「アレはいったい何ですかな?」
「アレって?」
資料から目を離さないセルバンテスが分かっていながらそう聞き返していることくらいわかっている。改めて神経を逆撫でされ額に青筋が浮かんだ。
「・・・・・・・あのクリスマスツリーです」
「ツリーって知っているんじゃないか」
「・・・・・・・・・・・」
相変わらず目を資料から離そうとしないまま。この男は自分が苛立つのを楽しんでいる、それをわかっていながら乗ってしまった自分。孔明は聞いてしまったことを後悔する。
「貴方、ここがどういうところなのか分かっておられるのですかな?まったく何を浮かれていらっしゃるのか。クリスマスなどというくだらない『イベント』に十傑集ともあろうお方が!」
部屋の隅にあるのは天井に届かんばかりの大きなモミの木、豪勢なオーナメントで飾り立てられ電球も規律正しくかつランダムに点滅している。何より目を引くのが天辺に飾り立てられた「一等星」は純金によるもので下からの光を浴びればより煌びやかに・・・
それは孔明にとってはイライラするほどどこからどう見てもクリスマスツリーだった。今まではクリスマスが来ようとこんな代物はBF団本部ではあり得なかったのにそれが
「セルバンテスのおじさま、サニーです。入ってもいい?」
この娘の出現によって大きく変わってしまったのだ。
「いいよいいよ~大歓迎だ」
「ちょっとお待ちなさい、今は大事な話を・・・!」
ノックの音とドア向こうの声に敏感に反応し、目を離そうとしなかった資料を投げ捨ててセルバンテスは大急ぎでドアを開けてやった。そこには小さなサニーが真っ白なタートルセーターとタータンチェックのスカート姿で立っていた。
「わー!すごいすごい!クリスマスツリー!」
サニーは真っ先に目に入るツリーに駆け寄り歓声をあげた。
セルバンテスは見たかったサニーの笑顔に満足し目尻を下げる。
そして、孔明の額の青筋が二つになった。
ツリーが飾られているのは何もセルバンテスの執務室だけではない。
樊瑞の部屋には飾られてはいないが屋敷にはカナダからわざわざ空輸した巨大ツリーがエントランスに鎮座しており、ヒィッツカラルドの部屋には光ファイバー製のメロディに合わせて青く輝く真っ白なツリーがある。幽鬼の部屋には温室で育ててきたモミの木をわざわざ移植しカワラザキと共にサニーが喜ぶようにクッキーや飴を飾った。さらに怒鬼は永遠にクリスマスとは無縁の男だと思われていたのに血風連だけでなく自らオーナメントの飾りたてを行いサニーの来訪を待った。十常寺は能力でオーナメントの人形を動かしサニーを大いに喜ばせ、残月は(都合により現段階で何故か十傑)敢えて裸のモミの木のままにしてサニーが来たら一緒に飾りたてを行った。
つまり
『どいつもこいつも』サニーのためにクリスマスを楽しんでいた。
いや、『どいつもこいつも』というのは語弊がある。
「くだらんな」
と言いながらもケーキを無条件に食べられる日を心待ちにする男と
「馬鹿馬鹿しい」
と心底呆れかえった様に吐き捨てながらも娘がウキウキしている姿に目を細める男
そして
「まったく嘆かわしい・・・・」
泣く子も黙る十傑集のあるまじき状況に額に無数の青筋を浮かべる男がいた。
----------------------
イヴまであと一週間。
「ねぇねぇ孔明さま、サンタさんってどこに住んでるのかなぁ」
「知りません」
「じゃあどうやってプレゼントって用意するの?トナカイさんはどうしてお空を飛べるの?えんとつが無いお家はどうやって入るの??」
「・・・・・・・・そんなことどうでも良いですからさっさとこの問題をお解きなさい。二桁の割り算ができないようではサンタはやって来ませんぞ?」
孔明の執務室で行っている「算数のおべんきょう」。
しかし、ドリルを前にしてもクリスマスに浮かれるサニーに孔明は溜め息を漏らす。
「え?できないとサンタさん来てくれないの??」
「そーですとも、さ、おやりなさい」
思わぬ情報にサニーはうろたえ、ドリルに向かうと小さい指を折り曲げながら必死に問題を解き始めた。
「サンタは『良い子』でないとプレゼントはくれないものです。貴女にその資格はございますまい。歯磨きは毎日欠かさずしてますか?好き嫌い無く食べてますか?ニンジンは?一人で朝起きれていますか?ドリルは100点ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
残念ながらどれもできていない。孔明に手厳しく釘を刺され、サニーは涙目になりながら3問目に頭を悩ませる。
「何ら努力もせずもらえるなど、甘いにもほどがありますな」
どうせ樊瑞やセルバンテスあたりがサンタの代わりになるのは考えるまでも無い。それを鼻先で笑い捨てると必死になるサニーを放って自身はデスクに向かい新たな作戦を練り始めた。
その日からサニーは歯磨きは毎日欠かさないようになり、嫌いなニンジンも無理してでも口にいれるようになった。それに目覚まし時計を3つもセットして一人で起きるよう努力した。
ただ、孔明が与えたドリルだけは最高は97点。100点はどうしても取れないままだった。
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イヴの夜。
イチゴ柄のパジャマ姿のサニーは、ベッドに入る前に小さな小さな靴下をベッドサイドの机に垂らした。
「100点とれなかったけど・・・サンタさん来てくれるかなぁ・・・・」
布団の中に入ったがそれが心配で何度も暗闇の中で靴下を見直す。もし明日の朝、靴下に何も入っていなかったら・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
不安を振り払うようにサニーはきつく目を閉じて布団を頭から被る。
そしていつしか眠りに落ちていった・・・。
そんなサニーの心配を知ってか知らずか、樊瑞は自身の書斎で着替えを始めていた。絵に描いたような白と赤のツートンカラーのコートに身を包み、黒のベルトを締め、そしてやはり赤と白の帽子。仕上げにたっぷりとしたボリュームの付け髭。
「うむ、我ながら完璧なサンタだ」
姿見の前で胸を張りポーズを決めれば満足に浸る魔王サンタ。寝ているサニーの枕元にプレゼントを置くのは簡単だが、こういうことは形から入るのが彼のこだわりらしい。
「サニーにとってのサンタは世界で私だけだからな」
ふぉっふぉっふぉ。と胡散臭い笑いを漏らし彼はまるで泥棒のような足運びで二階に上がってい。サニーの部屋のドアを静かに開けると「めり~くりすますサニー~」と小声で足を一歩踏み入れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
目が合った。
サニーとではない。
「セ、セルバンテス・・・・・」
ナマズ髭のサンタが今まさにプレゼントと思わしきリボンのついた箱を置こうとしていた。樊瑞とさほど変わらない姿だが帽子は被らずいつものクフィーヤが白の縁取りの赤いバージョン。これはセルバンテスのこだわりのようだ。
「あ・・・あはは見つかっちゃった」
「き、貴様!何をしている!!」
「シー!シー!サニーちゃんが起きちゃうだろ?」
思わず出した自分の大きな声に気づいて樊瑞は一気に声のトーンを落とす。横を見ればサニーはまだ深い眠りの中だ。
「何をしているのだっっ」
「見れば分かるだろ?サニーちゃんのためのサンタさんだよ」
「どこから入ってきたかは知らんがサニーのサンタは私だ。私一人で十分だからお前は家に帰って大人しく寝ていろ」
セルバンテスの胸倉を掴もうとした樊瑞は、今まさに窓から侵入しようとしているもう一人のサンタと目が合ってしまった。
「・・・・・幽鬼・・・・・・・・・・・」
「メ・・・メリークリスマス・・・・」
彼もまたご丁寧にサンタ衣装に身を包んでいた。ばつが悪そうに窓から入り込みその後から本物かと見まごう姿のカワラザキも入ってきた。
「何じゃ、お主らもか。おおサニーはよく寝ておるわい」
そう言って手にあるプレゼントの箱を置くと孫の寝顔を見るかのように目を細めた。
「カワラザキに幽鬼まで。ちょっと待て、え?ええ??」
「今宵限りは説明不要。我も『さんたくろす』に扮すること好しとすべし」
もう一方の窓から入ってきたのは丸い体格のサンタ。宙に浮く大きな袋に腰掛けて鐘を小さく鳴らせば袋は静かに床に降りた。
「十常寺・・・お主までも・・・。どういうことだこれは!」
「どういうことか聞きたいのはこっちだ」
樊瑞がその声に振り向けばまるで当然のようにドアから入ってきたヒィッツカラルド。もちろんサンタ衣装だがオーダーメイドの本毛皮、拘りが違う。
「随分と大人数だな」
「コラー!どうしてそっちから入ってくる!!」
「静かにしろ混世魔王、サニーが起きてしまう」
いつのまにか覆面サンタがプレゼントを置いてサニーの布団をかけ直してやっている。ちなみにサンタ帽子ではなくあくまでもいつもの覆面、ただ、色が赤いのは年に一度のクリスマスバージョンらしい。
「ざ、残月・・・・!!」
「この屋敷のセキュリティは見直す必要があるようだな」
しれ、と言い放つと残月は「あれを見ろ」と言わんばかりに顎をしゃくる。その方向に樊瑞が目をやるといつからいたのか和装のサンタが手下を10名ほど連れて仁王立ちになっていた。
「い・・・いつの間にこんな大人数で!」
「ふふ・・・怒鬼様のご命令とあらば我ら血風連、不可能も可能に」
渋くキメてはいるが10名とも首にベルをつけたトナカイの着ぐるみに編み笠姿。角が編み笠から突き出ているのは言うまでも無く。
「ささ、怒鬼様。サニー様にプレゼントを」
無言で頷き歩み寄る彼の姿はサンタ帽子に真っ赤な陣羽織のクリスマス仕様。
「怒鬼お・・・・おまっ・・・」
あまりの異常な状況に声が出ない樊瑞。
「おい、この格好でここに来ればケーキが食えると聞いたがケーキはどこだ?」
おまけに誰から聞いたのかは知らないが、そんなことを言いながらサニーの布団をめくりあげる仮面のサンタがいた。
「お、お前ら揃いも揃って・・・!住居不法侵入で訴えるぞ!!出て行け!」
小声でわめく魔王サンタに誰一人聞いてはいない。皆がサニーの安らかな寝顔を眺めて満足しているようだった。ちなみに赤いサンタはサニーのタンスを物色している。
「ううううう!サンタ役は私一人の特権なはず!!」
悔しがる魔王サンタだったが外ではまだサンタが出番を待っていた。
「くそ・・・あいつらめ何をのんびりやっているのだ。さっさと消えろ」
壁の出っ張りに足をかけてギリギリの状態でへばりつくサンタクロース。姿はサンタではないが・・・・
「イワンの奴めいらぬモノを寄越しおって」
白いボンボンが付いた赤い帽子だけは明確に彼をサンタだと説明していた。寄越されたからといって被らなければ済むことなのだがそれは考えないようだ。
小さなオルゴールが入った箱を手に雪がちらつく寒空の下、部屋で行われている「サンタ大集合」が終わるのを彼は律儀に待っていた。イライラとしているとふと、目が合う。そう、隣の窓の下にもう一人自分と同じように待っているサンタと。
「・・・・・・・・・・・・何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か?と不機嫌そうに言われても何も?としか言いようが無い。彼は何も見なかったことにしてただひたすら部屋に居るサンタが出て行くのを待つことにした。
もう一人の「帽子だけサンタ」の男も額に青筋を立てたまま、手にある手編みの手袋を落とさぬようそれから小一時間寒い外で待たされるハメになった。
-----------------------
サニーは目覚めてすぐに目を輝かせた。
山盛りいっぱいのプレゼントは溢れんばかり、夢中になって箱や包装紙を開ければ中にはサニーが喜ぶモノが入っている。ぬいぐるみ、人形、お菓子、絵本、ブローチや靴に人気アニメのおもちゃにとサニーは手に手にとってプレゼントを確かめ幸せを噛み締めた。
オルゴールの柔らかで優しい音色を楽しんでいたらあの靴下に何か押し込まれていたのを見つけた。それはオレンジの毛糸で編まれたミトンの手袋だ。
「あったかい・・・」
小さな手にピッタリのサイズにサニーは笑みがこぼれた。
「あのね、サンタさんがサニーに・・・」
樊瑞を始めとする十傑集にプレゼントをもらったことを嬉しそうに報告し、その様子に誰もが「そうかそうか」と満足する。レッドは樊瑞の屋敷の冷蔵庫で見つけたクリスマスケーキの残りを頬張りながら「良かったな」とだけの返事ではあったが。
そんな喜びいっぱいのサニーの姿を遠くから見つめる一人の男。
滅多にひかない風邪のため、仕方が無く甘んじているマスク姿が彼のプライドを損ねてはいるが娘の笑顔を見られればどうでもいい事。
しかし
彼の横を通り過ぎ、咳き込む策士もマスク姿。
「何か?」
目が合い、不機嫌そうに言われても
「何も」
としかやはり言いようが無かったのだった。
END
小さなサニーが本部を歩き回り、十傑たちの目に留まれば自然とその手にはおやつが乗せられた。例えば存外子ども好きの十常寺からは動物の形をした饅頭だったり、カワラザキからは蜜柑だったり、怒鬼はサニーといつ会っても良いように常に懐に飴を忍ばせていたり。
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
「サニー様、少しきついかもしれんが息を止めて我慢していただけますか」
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
---------------------------------------------
え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
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え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END
おじさんとボク (6)
お父さんにお母さんの写真を見せてもらったのは
ロボが完成するちょっと前のことだった。
ボクのお母さんはボクが生まれてすぐに、お父さんのロボット研究の事故で死んじゃったんだ。お父さんが目にケガしてるのはその事故のせいで・・・ううんこれはいいや、お父さんあんまし話さないから。つまりすぐに死んじゃったから・・・だからお母さんがどんな人だったのか、顔とか声とかボクは何にも覚えて無い。
「これがボクのお母さん?」
「そうだよ、もうこの写真一枚しか残っていないけどお前の母さんだよ。いつかお前に見せようと思っていたんだ・・・」
「ふうん・・・」
だからなのか・・・お父さんにその日初めておかあさんの写真を見せてもらったとき「この人がお母さんなんだ」ってくらいしか思わなかった。
「お前が生まれたとき、もちろん私は嬉しかったけどお母さんは綺麗な涙を流して喜んでいてね。その顔を見て・・・お前が生まれてきてくれて本当に良かったって思ったんだよ」
「そうなんだ」
でもお母さんを知らなくても、お父さんのその言葉はお母さんを好きにさせてくれた。それにボクにとってうれしいような、身体がムズムズしてはずかしいような・・・胸をはって「えっへん」って威張りたくなるようなとても・・・何て言っていいのかわかんないけどそんな気持ちでいっぱいにしてくれたんだ。
「ねぇねぇセルバンテスのおじさん」
ボクはこの前見せてもらったお母さんの写真を、お父さんの財布からこっそりとってきた。セルバンテスのおじさんにも見て欲しくって、ロボを作ってる「かくのうこ」って言うところにいたからそこで見せてあげたんだ。
「ほぉ、この人が大作君のお母さんなのかね?とても綺麗な女性だねぇ」
でしょ?えへへ
「お母さんが抱っこしてる赤ちゃん、ボクなんだよ」
「うん、わかるよ。だって大作君にそっくりだ」
「えーボクこんな真っ赤なお猿さんみたいな顔してないよ?」
「はははは、すまなかったね。でもそっくりだと思うよ?ふふふ」
おじさんにお父さんから言われたことを教えてあげた。
お母さんがとっても喜んでくれてお父さんも喜んでくれて
それを知ったボクが「えっへん」っていう気持ちになったってことも。
「それは羨ましい・・・そう思えることは、とても貴重で幸せなことなんだよ大作君」
きちょう?
「欲しくてもどこにも売ってないってことだ」
ふうん
「大作君、その気持ち・・・忘れてはいけないよ」
「うん」
ボクに言い聞かせるように言うおじさんは、ちょっとだけ遠くを見てるような顔だった。でもいつもの笑顔で「こっそり持って来たんだろう?無くさないように返してきたまえ」って写真をボクの手に丁寧に返してくれた。
そうなんだ、この写真こっちに来る時お父さんがたった一つだけ持って来たモノなんだ。だからどれだけ大切にしてたかってボクにもわかる。ボクはズボンのポケットに入れて、れんらくつうろを走って大急ぎで部屋に戻った。そして机の上にあるお父さんの財布の中にもどそうとしたんだけど・・・
「あ・・・あれ?」
「おや?大作君、どうしたんだいそんなところで。かくれんぼかね?」
あ・・・おじさん・・・。
「かくれんぼならおじさんも得意だよー?・・・え?違う?」
ボクはおじさんに写真をどこかに落としちゃってなくしたことを言った。どこを探してもぜんぜん写真が見つからないんだ、どうしよう!あれ、お父さんがとても大切にしてるのに!たった一枚のボクのお母さんの写真なのに!
どうしよう!どうしよう!どう・・・しよう・・・
「大作君泣かなくてもいいからね、よし私も一緒に探してあげよう」
「ほんと?おじさんありがとう・・・・」
おじさんボクの頭をなでてくれた。よかった・・・おじさんに言って。
それからおじさんはボクといっしょになって写真を探してくれることになった。ロボをつくってる「かくのうこ」からボクが住んでいる「きょじゅうく」まではそんなに離れて無いんだけどつうろがいっぱいあって、機械もたくさん並んでるからすごくゴチャゴチャしてるんだ。それに、つうろって言っても高いところにある網のみたいなところもあって・・・もし風で飛ばされたりしてたら・・・
「ううーん・・・ここにも無いねぇ・・・うおわ!ゴ、ゴキブリ!」
おじさんはあの真っ白なクフィーヤっていう布が汚れるのもかまわないで床にペタってなってすきまをのぞきこんだり、高いところにジャンプしてクモの巣を頭につけたり。本当にいっしょうけんめいボクのために写真を探してくれた。
でもやっぱり、いくら探しても見つからないんだ。
もし・・・このまま見つからなかったらどうしよう・・・・。
きっとお父さん怒るだろうな・・・ううん、怒るけどがっかりして悲しむだろうな・・・。
ボクのせいだ、ボクがかってに持ち出したから・・・。
「もういいよ・・・ごめんねおじさん、それにありがとう」
「大作君・・・」
ボクはお父さんにあやまろうって決めたんだ。あやまるのすっごく恐いけど、でも・・・これはちゃんとあやまらないとダメなんだって思ったから。
「うん、そうだね。エライぞ大作君。でも、もう少しおじさんに探させてくれないかね?お父さんもまだお仕事中だし、終わるまで時間があるだろ?それからでも良いと私は思うのだがね」
ホコリで真っ黒になっちゃったスーツのおじさんは機械のすきまに手をつっこみながらそう言った。ボクは・・・そんなおじさんの姿を見てたら「まだ探さなきゃ」って思っておじさんといっしょに写真を探すことにした。
けっきょく・・・夕方になっても写真は見つからなくって
ボクとおじさんは体中真っ黒になって、つかれてつうろに座った。おじさんはとても申し訳無さそうな顔して「見つけてあげられなくて・・・すまないね」ってボクにあやまってきた。
「・・・おじさんさ、どうしてボクにいっしょうけんめいになってくれるの?」
だって、真っ黒なおじさん見てるとそう思ったんだ。
「ん?・・・大切なお母さんの写真だろう?それにおじさんは暇人なんだよ、ははははは」
もう、また笑ってごまかした。ボクわかるんだからね、ちゃんと答えてないって。
「まいったな、大作君には適わないよ。そうだねぇ、おじさんには子どもがいないから・・・大作君が可愛くて仕方が無いんだろうね」
だから?うーん・・・よくわかんないんだけど。
「わからなくてもいいんだよ」
ボクについたホコリを大きな手で払いながら、おじさんは最後にボクの頭をクシャクシャとなでまわした。うん、よくわからない。どうしてなのか理由が。
でも
「写真が無くなってもお父さんは怒らないと、私は思うね」
「え、とっても大切にしてたんだよ?」
「確かに大切にしていたのなら少しがっかりするかもしれないけど、大丈夫だ」
「そうかなぁ」
「本当は写真がある無い自体に価値はそれほど無いのだよ。写真が無くてもお父さんとお母さんとの間にできた大作君がちゃんといるじゃないか。そんな一番大切な大作君が胸を張りたくなる、誇らしい気持ちでいられるのだから・・・仮に私が大作君のお父さんだったら写真が無くなっても問題無い」
その時のおじさんの笑顔が
「だから、大丈夫だ」
ボクを「えっへん」って気持ちにさせてくれてた。
お父さんのお仕事が終わったのはその後すぐで、ボクはおじさんにいっしょに付いててもらいながら「かくのうこ」へあやまりに行った。「ここで見ていてあげるから」って少しはなれた場所におじさんを残してボクはお父さんに・・・
「ごめんなさい・・・お父さん」
ゲンコツがとんでくるかなってビクビクしてた。けどおとうさんの溜め息が聞こえただけで、見上げたらちょっと残念そうな・・・少しさびしそうな顔があった。それ見てボクはすっごく・・・すごく悪かったなぁって思って泣きたくなった。お父さんほんとうにごめんね。
「そうか・・・無くなってしまったのなら仕方が無い。でも大作、随分と一生懸命探してくれたんだな」
え?あ・・・・うん。洗濯物ふやしちゃったかも・・・。
「写真が無いのは少し寂しいが」
しゃがんでボクの目をまっすぐ見て
「お前を見れば写真が無くても幸せそうなお母さんを思い出せる」
そう言ってくれたお父さんに、ボクは言ってあげなきゃって思ったんだ
「あのさ、お父さん。ボクが生まれてきた時のお母さんの話してくれた時、ボク「えっへん」って気持ちになったよ!」
「そうか・・・ありがとう大作」
お父さんは力いっぱいボクを抱きしめてくれた。
うん、ボクは「えっへん」って気持ちになる。
その気持ちでボクはいっぱいになるんだ。
それはとってもきちょうで幸せなことだって・・・そうだ・・・
「おじさんもいっしょに探してくれたんだよ。ねぇおじさ・・・・」
あれ?
さっきまでいたはずのおじさんは、いつの間にか・・・・いなくなってた・・・。
お父さんに抱きしめられながらボクは上を見た。
あと少しで完成するロボを見ながら
今度セルバンテスのおじさんに会ったら言おうって決めた。
ボクの「えっへん」って気持ちは
お父さんとお母さんと、そして
おじさんがいてくれるからだって。
END
お父さんにお母さんの写真を見せてもらったのは
ロボが完成するちょっと前のことだった。
ボクのお母さんはボクが生まれてすぐに、お父さんのロボット研究の事故で死んじゃったんだ。お父さんが目にケガしてるのはその事故のせいで・・・ううんこれはいいや、お父さんあんまし話さないから。つまりすぐに死んじゃったから・・・だからお母さんがどんな人だったのか、顔とか声とかボクは何にも覚えて無い。
「これがボクのお母さん?」
「そうだよ、もうこの写真一枚しか残っていないけどお前の母さんだよ。いつかお前に見せようと思っていたんだ・・・」
「ふうん・・・」
だからなのか・・・お父さんにその日初めておかあさんの写真を見せてもらったとき「この人がお母さんなんだ」ってくらいしか思わなかった。
「お前が生まれたとき、もちろん私は嬉しかったけどお母さんは綺麗な涙を流して喜んでいてね。その顔を見て・・・お前が生まれてきてくれて本当に良かったって思ったんだよ」
「そうなんだ」
でもお母さんを知らなくても、お父さんのその言葉はお母さんを好きにさせてくれた。それにボクにとってうれしいような、身体がムズムズしてはずかしいような・・・胸をはって「えっへん」って威張りたくなるようなとても・・・何て言っていいのかわかんないけどそんな気持ちでいっぱいにしてくれたんだ。
「ねぇねぇセルバンテスのおじさん」
ボクはこの前見せてもらったお母さんの写真を、お父さんの財布からこっそりとってきた。セルバンテスのおじさんにも見て欲しくって、ロボを作ってる「かくのうこ」って言うところにいたからそこで見せてあげたんだ。
「ほぉ、この人が大作君のお母さんなのかね?とても綺麗な女性だねぇ」
でしょ?えへへ
「お母さんが抱っこしてる赤ちゃん、ボクなんだよ」
「うん、わかるよ。だって大作君にそっくりだ」
「えーボクこんな真っ赤なお猿さんみたいな顔してないよ?」
「はははは、すまなかったね。でもそっくりだと思うよ?ふふふ」
おじさんにお父さんから言われたことを教えてあげた。
お母さんがとっても喜んでくれてお父さんも喜んでくれて
それを知ったボクが「えっへん」っていう気持ちになったってことも。
「それは羨ましい・・・そう思えることは、とても貴重で幸せなことなんだよ大作君」
きちょう?
「欲しくてもどこにも売ってないってことだ」
ふうん
「大作君、その気持ち・・・忘れてはいけないよ」
「うん」
ボクに言い聞かせるように言うおじさんは、ちょっとだけ遠くを見てるような顔だった。でもいつもの笑顔で「こっそり持って来たんだろう?無くさないように返してきたまえ」って写真をボクの手に丁寧に返してくれた。
そうなんだ、この写真こっちに来る時お父さんがたった一つだけ持って来たモノなんだ。だからどれだけ大切にしてたかってボクにもわかる。ボクはズボンのポケットに入れて、れんらくつうろを走って大急ぎで部屋に戻った。そして机の上にあるお父さんの財布の中にもどそうとしたんだけど・・・
「あ・・・あれ?」
「おや?大作君、どうしたんだいそんなところで。かくれんぼかね?」
あ・・・おじさん・・・。
「かくれんぼならおじさんも得意だよー?・・・え?違う?」
ボクはおじさんに写真をどこかに落としちゃってなくしたことを言った。どこを探してもぜんぜん写真が見つからないんだ、どうしよう!あれ、お父さんがとても大切にしてるのに!たった一枚のボクのお母さんの写真なのに!
どうしよう!どうしよう!どう・・・しよう・・・
「大作君泣かなくてもいいからね、よし私も一緒に探してあげよう」
「ほんと?おじさんありがとう・・・・」
おじさんボクの頭をなでてくれた。よかった・・・おじさんに言って。
それからおじさんはボクといっしょになって写真を探してくれることになった。ロボをつくってる「かくのうこ」からボクが住んでいる「きょじゅうく」まではそんなに離れて無いんだけどつうろがいっぱいあって、機械もたくさん並んでるからすごくゴチャゴチャしてるんだ。それに、つうろって言っても高いところにある網のみたいなところもあって・・・もし風で飛ばされたりしてたら・・・
「ううーん・・・ここにも無いねぇ・・・うおわ!ゴ、ゴキブリ!」
おじさんはあの真っ白なクフィーヤっていう布が汚れるのもかまわないで床にペタってなってすきまをのぞきこんだり、高いところにジャンプしてクモの巣を頭につけたり。本当にいっしょうけんめいボクのために写真を探してくれた。
でもやっぱり、いくら探しても見つからないんだ。
もし・・・このまま見つからなかったらどうしよう・・・・。
きっとお父さん怒るだろうな・・・ううん、怒るけどがっかりして悲しむだろうな・・・。
ボクのせいだ、ボクがかってに持ち出したから・・・。
「もういいよ・・・ごめんねおじさん、それにありがとう」
「大作君・・・」
ボクはお父さんにあやまろうって決めたんだ。あやまるのすっごく恐いけど、でも・・・これはちゃんとあやまらないとダメなんだって思ったから。
「うん、そうだね。エライぞ大作君。でも、もう少しおじさんに探させてくれないかね?お父さんもまだお仕事中だし、終わるまで時間があるだろ?それからでも良いと私は思うのだがね」
ホコリで真っ黒になっちゃったスーツのおじさんは機械のすきまに手をつっこみながらそう言った。ボクは・・・そんなおじさんの姿を見てたら「まだ探さなきゃ」って思っておじさんといっしょに写真を探すことにした。
けっきょく・・・夕方になっても写真は見つからなくって
ボクとおじさんは体中真っ黒になって、つかれてつうろに座った。おじさんはとても申し訳無さそうな顔して「見つけてあげられなくて・・・すまないね」ってボクにあやまってきた。
「・・・おじさんさ、どうしてボクにいっしょうけんめいになってくれるの?」
だって、真っ黒なおじさん見てるとそう思ったんだ。
「ん?・・・大切なお母さんの写真だろう?それにおじさんは暇人なんだよ、ははははは」
もう、また笑ってごまかした。ボクわかるんだからね、ちゃんと答えてないって。
「まいったな、大作君には適わないよ。そうだねぇ、おじさんには子どもがいないから・・・大作君が可愛くて仕方が無いんだろうね」
だから?うーん・・・よくわかんないんだけど。
「わからなくてもいいんだよ」
ボクについたホコリを大きな手で払いながら、おじさんは最後にボクの頭をクシャクシャとなでまわした。うん、よくわからない。どうしてなのか理由が。
でも
「写真が無くなってもお父さんは怒らないと、私は思うね」
「え、とっても大切にしてたんだよ?」
「確かに大切にしていたのなら少しがっかりするかもしれないけど、大丈夫だ」
「そうかなぁ」
「本当は写真がある無い自体に価値はそれほど無いのだよ。写真が無くてもお父さんとお母さんとの間にできた大作君がちゃんといるじゃないか。そんな一番大切な大作君が胸を張りたくなる、誇らしい気持ちでいられるのだから・・・仮に私が大作君のお父さんだったら写真が無くなっても問題無い」
その時のおじさんの笑顔が
「だから、大丈夫だ」
ボクを「えっへん」って気持ちにさせてくれてた。
お父さんのお仕事が終わったのはその後すぐで、ボクはおじさんにいっしょに付いててもらいながら「かくのうこ」へあやまりに行った。「ここで見ていてあげるから」って少しはなれた場所におじさんを残してボクはお父さんに・・・
「ごめんなさい・・・お父さん」
ゲンコツがとんでくるかなってビクビクしてた。けどおとうさんの溜め息が聞こえただけで、見上げたらちょっと残念そうな・・・少しさびしそうな顔があった。それ見てボクはすっごく・・・すごく悪かったなぁって思って泣きたくなった。お父さんほんとうにごめんね。
「そうか・・・無くなってしまったのなら仕方が無い。でも大作、随分と一生懸命探してくれたんだな」
え?あ・・・・うん。洗濯物ふやしちゃったかも・・・。
「写真が無いのは少し寂しいが」
しゃがんでボクの目をまっすぐ見て
「お前を見れば写真が無くても幸せそうなお母さんを思い出せる」
そう言ってくれたお父さんに、ボクは言ってあげなきゃって思ったんだ
「あのさ、お父さん。ボクが生まれてきた時のお母さんの話してくれた時、ボク「えっへん」って気持ちになったよ!」
「そうか・・・ありがとう大作」
お父さんは力いっぱいボクを抱きしめてくれた。
うん、ボクは「えっへん」って気持ちになる。
その気持ちでボクはいっぱいになるんだ。
それはとってもきちょうで幸せなことだって・・・そうだ・・・
「おじさんもいっしょに探してくれたんだよ。ねぇおじさ・・・・」
あれ?
さっきまでいたはずのおじさんは、いつの間にか・・・・いなくなってた・・・。
お父さんに抱きしめられながらボクは上を見た。
あと少しで完成するロボを見ながら
今度セルバンテスのおじさんに会ったら言おうって決めた。
ボクの「えっへん」って気持ちは
お父さんとお母さんと、そして
おじさんがいてくれるからだって。
END