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うろほろぞ
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おじさんとボク






「あしたまたあそぼーねー」

「うん!買ってもらったゲームソフトもって行くからさ、あしたいっしょにやろっ」




ってともだちのユウジ君と約束したのに。


電子レンジでチンしてさ、ばんごはんのカラアゲ弁当食べようとおもったらいつも帰りがおそいお父さんが帰ってきていきなり言ったんだ。

「大作、すぐに服をかばんに詰めなさい。お引越しだ」

わけがわかんなかったけどお父さんが「急ぎなさい」って言うから・・・とりあえずパンツとかくつしたもボクの服といっしょにつめこんだ。

「ランドセルは置いていきなさい」

えーどうやって学校にいくの?

「いいから」

お父さんがそう言うからいいのかな。明日別のかばんにノートときょうかしょを入れてくことになるのかな、やだなぁはずかしいよ。ぜったいクラスのやつにばかにされちゃうよ。

「さあ、もう行くよ」

え、もう?だってお引越しでしょ?テレビとかれいぞうこは?あれ?後でひっこしやさんにたのむのかな?じゃあボクのゲーム機もだよね?買ってくれたゲームソフトはボクが持っていこうっと。




車の外見てもまっくらでお父さん今からどこへおひっこしするんだろ。
おなか空いたなぁ・・・せっかくあっためたカラアゲべんとうも「そんなものはいいからとにかく急ぎなさい」って言ってお父さんがすてちゃった。

今夜見たいアニメがあったのになぁ・・・。
あしたどのかばんで学校に行こうかな・・・・・・・。
給食とうばんだからマスク忘れないようにしなきゃ・・・・・・・・。
ユウジ君・・・どうしよう・・・・やくそくしたのにな・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いいや、あした学校で会うし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。








「大作、着いたよ、起きなさい」

う・・・ん・・・ここどこだろ・・・・。もう朝?

「まだ夜だよ、さあ車からおりて」

あれ?大きな飛行機・・・車がこれに乗ってたのかな?それにあたらしいおうち?・・・・・でもなんかちがうよね、だって家って感じしないもん、工場みたい。中はまっくろい服を頭から着た人がいっぱいいるし、お父さんみたいな白衣をきた人もいっぱいいるし。いっぱいいっぱいロボットがいるもん。すっごく広くって、すっごく高い。

「さ、お父さんの後ろについてきなさい」

お父さんボクお腹すいたなー。
ねぇお父さんってば・・・・・・・。
・・・・・・・・・。

なんかオイルのにおいがいっぱいしててきもちわるいや。あ、あのまっくろい服の人がこっち見てる、なんであんなかっこうしてんだろ。変なの。ねぇお父さん変だよね。あれ?お父さん?

お父さんなんか変わった格好の人とお話してる。あ、こっち見た。

「大作、お世話になる人だよご挨拶しなさい」

おせわになるひと?
この人が?

「やあこんにちは、大作君」

「・・・・・・こ、こんにちわ・・・・」

「うん、きちんと挨拶できるなんてたいしたもんだ」

まっしろい布を頭からかぶって変なの、なんでこの人もこんなかっこうしてんだろ。
それにかわったメガネしてる、アニメの悪い奴でこんなメガネしてるのいたなぁ・・・あ、けっきょくアニメ見れなかったな、せっかく続きが見たかったのに・・・・。あれ見ておかないと休み時間でクラスのみんなの会話についていけなくなっちゃうよ。

「あの・・・息子は・・・」

「ああ、安心したまえどうもしやしないよ。それより着いたばかりだが・・・早速奥の部屋で他の技術者たちと打ち合わせをしてもらおう」

「わかりました」

あ、お父さんもういっちゃうの?

「大作君、お腹が空いてるのだろう?お父さんはお仕事で忙しいからおじさんと一緒に御飯を食べるかね?」

「おじ・・・さん?」

なにそれ。おじさんって何?おじいさんは知ってるけど。

「そうだよ、私はセルバンテスって言うんだ、だから『セルバンテスのおじさん』って呼んでくれていいよ?」

「せるばん・・・てすのおじさん?」

「ははははは、結構結構」

けっこうけっこうって何だろ。よくわかんないけどこのおじ・・・さんはもっとよくわかんない。変なかっこうとメガネしてるしさ。ヒゲも・・・やっぱり変かも。

「じゃあ大作君、何か食べたいものはあるかね?お寿司でも焼肉でも何でもいいよ?」

いいの?ほんと?じゃあ・・・・・


「カラアゲべんとう!!」









カラアゲべんとう知らないんだ・・・このおじさん。おいしいのに。ボクがすきなのはチンしなきゃ食べられないコンビニのより最初っからあったかいポカポカ屋のなんだ。

「へぇーそうなのかね、じゃあ今度はその『ポカポカ屋のカラアゲ弁当』ってやつにしようか」

いいよべつに、いつも食べてるとあきちゃうしさ。それに今食べてるよくわかんない方がなんかおいしいかも。テーブルいっぱいに料理が並んでるのってはじめてみたよボク。それにテレビで見たことがあるけど鳥の丸焼きがあるよすっごいなぁ、鳥がこんなんなってお皿に乗っかってるんだおいしそうだけどちょっと気持ちわるいや。

「ははははは」

おじさんまた笑った。よく笑うね。ボクそんなに面白いこと言ったかな。

あ、そうだ、あした学校までどうやって行こう。ここがどこかわかんないし歩いていけるのかな・・・お父さんが・・・ううん・・・このおじさんが車で乗せてってくれるのかな。

「学校かい?ああ大丈夫。おじさんから先生と校長先生にお話しておくよ、大作君は明日からずっとお休みしまーすってね」

「ええーお休みするの?ずっと?」

「お父さんのお仕事が終わるまでだ、それまでずっとここで暮らすんだよ」

どうして?ボク風邪ひいてないのにズル休みになっちゃうよ?

「はははは大丈夫、大丈夫」

何がだいじょうぶ、なんだろ。どうしよう給食とうばんだってあるのに。うんどうかいだって来週あるのに、ボクがリレーのアンカーやるのに。

「どうしたのかね?」

どうしようユウジ君に『あそべなくなっちゃってごめんね』って言えなくなっちゃった。
どうしよう・・・・・・・・・ぜんぜんだいじょうぶじゃないや・・・・。

「大作君?」

お父さん・・・ボクだいじょうぶじゃないよ・・・・・。
チンするの得意だけどだいじょうぶじゃないよ?

「・・・・・・・うーん困ったな」

どうしておじさんがこまるの?こまってるのボクだよ?

「そうだね、大作君の言うとおりだ」

・・・・もういいよ、ごちそうさま。学校は行かないんだったらしゅくだいやんなくていいよね?父さんに買ってもらったゲームやろっと、今人気のやつでクラスでもはやってるんだ。あーるぴーじーが得意なユウジ君といっしょにこうりゃくしよって思ってたんだけど・・・そうだ・・・おじさん学校に行ったらユウジ君にも『あそべなくなっちゃってごめんね』っていってくれるかな。

「ああ、わかったよ私からユウジ君に言っておこう」

「ぜったいだよ」

「おじさんに任せたまえ」

「やくそくだよ」

「約束しよう」

これなら・・・安心・・・かな。でもボク一人でクリアできるかなぁ・・・あ、でもゲーム機もって来てないから遊べないや、つまんないなぁ。

「ゲーム機かい?おじさんが用意してあげようか」

「ほんとう?」










うっわーうっわーすごーい。だってボクが持ってるのって「ツー」だけど、これこのまえ発売されたばっかりの「スリー」だよ?すっごく高くって手に入らないんだよ?

「大作君にプレゼントだ」

「わぁ!ありがとう、セルバンテスのおじさん!」

おじさんすごいなぁ、変なかっこうしてるけど見直しちゃった。きっとこれ持ってるのクラスでもボクだけだろうな、ユウジ君に見せてあげたいなぁ。

「これはどういうゲームなのかね?」

お父さんに買ってもらったこのソフト?これはねせかいせーふくしようとしている悪のそしきと戦いながらレベルを上げて伝説のロボットといっしょに悪い奴らをやっつけるんだ、ラスボスは悪のそしきの大ボスなんだよ。

「へぇ、面白そうだね、おじさんも大作君と一緒にやってみたいなぁ」

えーおじさんカラアゲべんとう知らないのにゲームできるの?

「大作君に教えてもらうから大丈夫だよ、はははは」

おじさん何にも知らないから大変だ・・・HPはねひっとぽいんとって読むんだ、それでねそれが無くなっちゃうとしんじゃってこうげきは・・・違うよーその敵にはふつうのこうげきはきかなかったじゃないかだからビーム使えばいいと思うんだ、あーだめそのアイテムはとってもきちょうなんだからすてちゃダメだって、もーおじさん笑ってばっかりでボクが言ってること聞いてるのかなぁ。

「ははは、面白いねぇこれ」

クリアできるか不安・・・でもセルバンテスのおじさんって楽しい・・・かも。









お父さんのお仕事は大きなロボットをつくることなんだって。

まっくろい服の人たちがボクの身の回りの世話をしてくれてる。

おべんきょうもやっぱりしなくちゃいけないみたい、ちょっと残念。

セルバンテスのおじさんはたまにボクに会いに来てくれるんだ。

この前ポカポカ屋のカラアゲべんとうをいっしょに食べたら「美味しい」って喜んでた。

ゲームはあいかわらず・・・へたくそだけど・・・・。















そしてボクはあれから一度もともだちのユウジ君に会ってない。

たぶんこれからもずっと会うこと無い気がする。



だってユウジ君の声も顔も、おもいだせなくなっちゃった。


だから・・・もう・・・会えない気がしたんだ。


それに気づいたの、きのうだった。ゲームやってて夢中であそんでたのになんでかとつぜんそう思ったんだ。そしたら急に悲しくなって泣きそうになって、でも恥ずかしいから泣くのがまんしてたんだ。どうしようって思ってたら横でいっしょにあそんでたセルバンテスのおじさんがはじめてあの変なメガネとってボクの顔を覗き込んでこう言ったんだ。

「大作君、大丈夫じゃないときはおじさんにそのことを言っていいんだよ」





ボクはお父さんがいちばん好きだけど

そのいちばんの次のいちばんに好きなのはおじさんなんだ。









END






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策士と盤上の少女






『その男』が、組織において実権を握るまでの過程を知る者はいない。

ある日突然だったのだ、男が現れボスの名の下に組織の作戦の立案者となったのは。

まだ十傑集が本来の10名構成であり、カワラザキがリーダーを務めていた頃だ。


少年の面立ちを残した歳若い男だった。彼は笑みを浮かべながら完璧とも言える作戦で組織の拡大を躍進的に行った。組織が過去に無い最大規模となったその功績は大きい、ところが、代償もまたそれに比例して大きかった。組織が拡大するにしたがって、流れる血は敵味方関係なく、その量も際限が無くなっていったのだ。

それでも『全てはビッグ・ファイアのため』であり
狂信的な組織の根幹理念は揺らぐことは無かった。

一方で男へ注がれる視線は「疑惑」に満ちていた。真意は常に腹の中、不透明さを増す中前線で己の信念のもと命をかける者たちならば尚のこと。それに彼にかかれば誰であろうと『駒』扱い、同格者である十傑集たちは一様に男への反発を強めていった。

ある日、十傑集を含む同胞らが次々と命を落としていくのを見続けて、意を決したカワラザキがリーダーを自ら退いた。不透明な策を立てる男の動向の「監視」に徹するためであり、替わりに樊瑞が新たなリーダーに推された。新しい顔も多く加わり、人格者の樊瑞を中心とした十傑集はカワラザキの思惑通り少なからず結束を強めた。そして現在の残月が加わる以前の1名の空席を残した9名構成の十傑集になったのだった。


未だ渦巻く複雑な組織の内情

一向に見えない男の心中





そして今

『その男』の執務室に小さなサニーはいた。

中庭で人形相手にままごとをしていたら突然現れ、「話があります、付いて来なさい」と言われてそのまま従った結果だ。サニーは二体の人形を抱きしめてキョロキョロとその男、策士・孔明の執務室を見回した。重そうな木製のデスク、壁には書棚にびっしりと詰められた難しそうな本、毛足の長い絨毯はサニーの足元を隠すほど。

中でもサニーの目を引いたのが十傑集の執務室とは異なった天井だった。中央から放射線状に格子が伸びるドーム状になっており、色散りばめたステンドグラスがとある神話の終末劇を描いて(えがいて)いた。


「きれい・・・・・」


ぽっかりと口を開けたまま、輝く天井を眺めていたら

「そこにお座りなさい」

「あ・・・はい。こうめい様」

彼の通る声とともに何処からともなく現れたそれは、脚のついていない宙に浮いた円盤状の「椅子」。サニーの腰に添えられる位置で止まり遠慮がちに小さなお尻を乗せれば、ふわり、とした不思議な感触。

「私が与えたカリキュラムは真面目にこなしておられるようですな」

デスクに浮かび上がった奥行きが無い光彩モニターには、サニーの特殊能力の成長推移表。非常に緩やかではあるが確実に上昇を示している。

「安定した数値にはまぁまぁの評価を与えましょう。しかしカリキュラム以外にも日常生活において恒常的に能力をお使いになればさらなる結果を・・・」

「あのね、はんずいのおじ様が『まほう』はむやみにつかっちゃダメって・・・」

「なんと」

サニーは孔明からの鋭い視線を受けて俯いた。
綺麗な人形と薄汚れた人形を抱きしめて搾り出すように

「それに・・・『おばけ』が・・・」

「は・・・?今何と仰いましたかな?」

「・・・・・・・・『おばけ』がサニーをたべちゃうもん・・・・」

非現実的な理由に孔明は頭が痛くなるのを感じた。
「そんなものはいません」と言い切ってやっても少女は首を振ってかたくなになるばかり。

-------この娘は素直というか、純真というか
-------ああいう男どもに囲まれていながらどうして心根がこうも・・・

ここは血と死と狂気で澱んだ場所。
そんな澱んだ水を吸い上げれば木は枯れるか、ねじれ病むしか無い。

-------十傑の血とともに能力を受け継ぎ、そしてここで育てばさぞ・・・と思っていたが
-------ところがどうしたことか、何故この娘は予想どおりの成長をしない!

なのに幹は太陽を目指して真っ直ぐ伸びようとしている。
澱み腐った水は太陽を目指すのを諦めた大人たちが飲み、かろうじて残ったわずかな上澄みだけを少女に与えているためなのか・・・

「わかりません、理解に苦しみます。まったく・・・・樊瑞殿を始めとするあの者達は自分たちがいったい何者なのか忘れているのでしょうか。周囲の貴女に対する可愛がり様にはこの私も呆れるばかりです」

光彩モニターを消し、デスク越しに目の前の小さな子どもを見据える。まるで尋問のような空気と、孔明と十傑集の相容れない複雑な関係を肌で感じ取っていたため

「ごめんなさい・・・」

「貴女が謝ってどうするのです、そもそも貴女に甘い樊瑞殿や・・・」

「・・・・サニーごめんなさいするからおじ様たちとケンカしないで?こうめい様・・・・」

「貴女には関係の無いこと、気遣いはご無用に願います」

「ひぃっく・・・なかよくして・・・ひぃっく・・・ほしいの・・・」

「泣くのをおやめなさい、見苦しいっ」

孔明は涙を零すサニーに嫌気がさしたような溜め息を漏らす。
そしてデスクにある飴玉を見た。

黄色い包み紙には青い水玉模様。両端は綺麗にねじられている。中身は舐めれば甘い砂糖を主成分とした何の変哲も無い飴玉だが、これはサニーによって生み出されたもの。まったくの無の空間から、触媒も無しにである。
変化(変質)系の能力者は組織に何人かいるが、ほとんどは変化する物質の素材は限定され、必ずと言っていいほど触媒が必要となる。しかし、サニーは恐ろしいことにその必要も無い上、飴玉だけでなく忽然と人形や花などを生み出すことができ、その物質を完全に別の物に変化させることができた。
これが樊瑞や十常寺が扱う仙術・呪術の類いで無いと、孔明は初めてサニーの能力を目にした時確信した。そして彼女の能力を便宜上「魔法」と呼んだ。

-------無からの物質の創造、そして変質
-------なんという・・・

孔明からすればサニーが持つ魔法は無二の「万能」と言える貴重な能力。使い方によれば神に近づけると言ってもいい。当然、この組織にとって大いなる戦力となり・・・

「よいですか?私は貴女に少なからず期待をしているのです」

・・・戦局を変えうる一手を指せる『駒』になると。

彼は涙で頬を濡らすサニーを抱き上げ膝に座らせ、小さな手で抱えられた人形をやんわり取り上げた。孔明の膝に乗れば少女も取り上げた2体のビスクドールの人形もさほど変わりはしないように見える。デスクに座らされる2人の友達に紅い瞳を追わせるがそれを孔明は言葉で遮った。

「私はある少年を一人知っておりましてね・・・十傑集の娘という貴女同様、身の上は違えど彼もまたどこへ流れようともここでしか生きる場が無い者。貴女がここに来て少しした頃、私が気に入り遥か北の「廃墟」より拾って参りました」

「ひろってきたの?」

「ええ、犬猫のように。ふふふ・・・その者は貴女と同じく父親から大きな十字架を背負わされている身。背負ったままにいずれ私が用意したシナリオに沿って舞台ではなく盤上で、喜劇のような悲劇を踊ってもらう予定です。さぞ見ものでありましょう、いかがです?貴女もご一緒に」

彼の目には何が映っているのか、陶酔したように目を細めて微笑む。

「はんずいのおじ様もいっしょだったら、サニーもみたい」

サニーの瞳から涙が途切れ、目をパチクリさせる。
ほとんど理解していないのに無邪気に言うものだから孔明は肩を大きく揺らして笑った。

「ええ、ええ、結構ですとも。何なら貴女の『パパ』もご一緒にいかがです?」

「パパも?じゃあセルバンテスのおじ様も!・・・いい?こうめい様」

「おや、お優しいことですな。まぁ・・・考えておきましょう」

孔明はサニーの小さな手をとると飴玉をのせてやった。

「サニー殿。私は貴女のその穢れを知らぬ滑稽なまでの無邪気さ・・・そう嫌いではありません。しばらくは澄んだ水を飲み、甘い飴を舐められるがよろしかろう。しかし、いずれ夢から覚めていただき、この私が貴女にも盤とシナリオをご用意しますので」

-------覚悟は、よろしいかな?

飴玉を手にしたサニーの小さな手を、包むように優しく握ってやる。少しだけヒンヤリとしているが孔明の手の感触は、サニーは嫌いではない。

サニーは初めて、まっすぐと孔明の目を見た。
黒曜石のような輝きの向こうに深い暗闇があった。
真紅の輝きがさらにその暗闇の中を覗き込もうとしたが

「ありがとう、こうめい様」

「どういたしまして・・・」

孔明は視線を逸らせ、握っている手に力を込めた。


-------『サニー・ザ・マジシャン』
-------避けては通れない貴女自身の「運命」として
-------どのような結末が待っていようとも、最後までそこで踊っていただきますぞ?


-------そう、全てはビッグ・ファイアのご意思なのですから・・・・




2人の頭上には、希望の無い「滅び」の終末劇

それは少女が「きれい」とつぶやくほどの

消えゆく星屑のような、悲しい美しさだった。





END








東の研究棟での視察を終え、パイプ状の連絡通路を通り抜けて本部の大回廊へと向かう途中だった。彼、残月はそこに存在するはずの無いモノを目にしてしまい、思わず立ち止まってしまう。

「・・・・・・・・・・・・ん?」

回廊へ繋がるT字路の影からこちらを窺うような視線。ひょっこりと顔を覗かせ、それは綺麗な正三角形の耳をピンと立てて・・・

にゃあ

と小さく鳴いた。

どこをどう見てもそれは「猫」だ。
どこかの街角か港町であれば景色に溶け込み少しも違和感を感じず、そのまま通り過ぎるところだが、しかしここはBF団の本部、さらに言えばその中心内部。ここ絶海の孤島は地図にも記載されない唯一の領土であり、その位置は超極秘。かつてここを探り当てようと何人かの諜報部員や国際警察機構のスパイが潜り込もうとしたが、全員が海の藻屑となった。物理的で無い呪術的な力で生み出された式神であろうと、千里眼能力者による透視であろうと全て未然に防いでいる。このように恐ろしく厳重で高度なセキュリティで管理された・・・そんな場所に一匹の猫である。

実験用が逃げ出した?
報告は無いし研究棟の管理は本部でも随一、ありえぬ事だ。
野良?何をバカな。
ならば誰かがこっそり飼っているペット?
いや、そんなものは上層部の許可無しには・・・・無断は処罰の対象だ。

残月はあれこれ猫がどうしてここに居るのか理由を考えていた。しかしどう考えても合点がいく理由は考え付かない。ならば自分がすべきことはただ一つ、万が一を危ぶんでここで始末すべきだろう。

ところが、一瞬過ぎったその考えは猫の姿を見直して消えてしまった。

にゃあ・・・

おずおずとT字路の影から身体を見せ、こちらへ歩み寄ってくる。成猫と子猫の間といった大きさと体つきだ。短毛でミルクティを思わせる淡く艶ある毛色、スラリとした四足はそこだけ長く白いソックスをに履いているようにみえる。長く細い尻尾を立ち上げる様は美しく気品があるが、目はまだ丸くそこだけ幼さがしっかりと残っていた。何よりも目を引いたのは猫の瞳で、鮮烈な紅さが際立っていた。

「むぅ・・・・・・?」

にゃあ

猫は彼の足元で止まった。白いソックスを履いた四足を上品に揃え、窺うような眼差しを上に向けてきて猫自身どうすべきか迷っているようにも見える。

対するのは覆面の下から否応が無しにも感じる強烈な視線。猫は残月からの何かを見定めるようなその視線を一身に浴びて緊張し、尻尾をピンと立てて固まる。完全に格上を前にして飲まれているようだ。

しばし『一匹』と『一人』の間に流れる緊張と沈黙だった、しかし

「さっさと私の前から去るがいい」

ふと視線が切れたかと思った瞬間、残月はまるで何も見なかったかのように再び歩みだした。どんどん彼は歩き行き、離れていく。

にゃあっ?

猫は慌てたように彼の後を追いすがった。





----------





ようやく立ち止まった先は彼の執務室。当然そこは彼は目的地であるからそのドアを開け、中に入ろうとした。猫もまるで当然の流れのように・・・・

「何故付いてくる、ここは猫禁止だ」

突然立ち止まった足に猫はぶつかってしまう。見上げれば覆面が見下ろしており、猫は再び尻尾を高く立たせて固まった。

「立ち入ることは許さんぞ」

上から投げかけられる言葉は甘くは無い。三角の耳を寝かせて、尻尾を下げて猫は戸惑い「にぃ」と小さく漏らす。その様を見つめていた彼だったが、いじらしさに負けたのか小さく溜め息をつくと

「本を爪とぎにしないと約束するのであれば・・・」

ドアは大きく開けられた。

跳ねるように入っていく後を残月もまた執務室に入り、スーツの上着を脱ぐと無造作に来客用ソファに投げて彼はいつものデスクに鎮座した。

猫はどこにいるべきか迷っているのかキョロキョロしている。彼と来客用ソファとを見比べるように何度も見ていたが、残月の覆面に隠された表情を窺いながら遠慮がちに来客用ソファに飛び乗り座った。脱ぎ捨てられたスーツに脚がかかったことに気づき慌てたように彼を見た。当然それを見逃さない、合わさった視線に萎縮しソファから飛び降り、そして小さくなって床に腰を下ろしてしまう。

「ほお、私のスーツを寝床扱いとは・・・」

その言葉に猫は一層身を小さくする。

「ふ・・・しかしそこで満足するのか?ここはどうだ?」

指先でデスクの上を軽く叩けば三角の耳がぷるりと反応し

「不満か?」

元気良く鳴くと、猫はしなやかな動きを見せ音もなくデスクに飛び上がる。書類や浮き上がる光彩モニターにかすめないよう、ステップを踏むように慎重に歩けば彼の右前に腰を下ろした。紅い瞳をキラキラさせて、長いヒゲが喜びにヒクヒク踊る。

しょげたり喜んだり、ころころと面白いほどに変わる表情に「やれやれ」と苦笑してしまう。もはやこの猫が「あやしい」などと思えない。彼は猫のいる前で仕事に取り掛かることにした。


最中に猫が鳴くようなことはなく、動き回って邪魔することもない。ただジィと彼が執務をこなす様子を見つめ、時折嬉しそうに尻尾の先を揺らすだけ。

テキパキと無駄ない動きで執務を執り行い1時間、残月はようやく仕事に集中していた意識を解放して猫に視線を移した。猫はいつの間にやら丸まって寝ており、身体が呼吸で浅く上下していた。

「・・・・・・さて」

200年前から時を刻み続ける置時計を見れば丁度ティータイム。猫を起こさぬよう静かにデスクから立ち上がり、煙管を手に打ちつける。すると一部の床が円柱状に音もなくせり上がり、円柱内部のガラスケースの中には彼愛用の揃いのティーセット。茶葉や気分に合わせて選べるよう最低でも20客、茶葉に至っては常時30種という彼のこだわりだ。

「今日は祁門(キーマン)にするつもりであったが」

眠る猫の姿を見ながら、彼はケースの前で手を彷徨わせアッサムの缶を掴んだ。ポットには適温の湯と適温のミルク。アッサムとミルクが出会い、セーブルのカップに注がれた高貴でまろやかな色合いは眠る猫と同じ。それを当然のように2人分淹れた。

片方だけに角砂糖を一つ、そして香りを堪能しながら眠る猫の寝顔を眺めながら彼は5分待つ。猫の前に猫舌でも飲めるほどに冷まされた甘いロイヤルミルクを差し出して、眠る猫の背を撫でて静かに起こした。

にゃ・・・・?

「猫がこのような物を口にするかは知らぬが、これがお前に最も相応しいと思ってな。ご所望ならばメープルマフィンも出してやっても良いが?」

肩を揺らして彼は笑った。





----------





舌を器用に使って飲んでいる猫を、テーブルに片腕をついて残月はじっくり観察していた。ちなみに彼は犬や猫の類いは特に嫌いではないがかといって好きと言えるほどでもない。根本的に興味は無いが目の前に居る猫は別のようだ。

「おまえは誰ぞの飼い猫であろう?」

直感的に思いついた確信を彼は訊いてみた。

彼からの問いに猫は耳をプルっと振るわせて小首をかしげる仕草を取った。ややあって猫は「にぃ」と肯定と思わしき鳴き声を上げ、再びロイヤルミルクに舌を突き出す。

「ふふ、なるほど飼い猫とはな・・・しかし、それにしては肝心のモノが無いようだが?」

にゃあ!?

彼は猫の身体に両手を伸ばすと抱え上げ、自分の膝の上に乗せてしまった。猫は丸い瞳をさらに丸くさせ緊張しているのか毛が少し逆立っているようだ。彼はそんなことお構いなしに猫のしなやかな背中に手袋で覆われた手を乗せるとゆっくりと撫で始めた。

「首輪がなければ野良だと間違われるであろうに、違うか?」

長い尻尾に向かってそのまま手を沿わせる、先の先まで丹念に。そして再び耳の先から始まり尻尾で終わる、その繰り返しを受けていつしか逆立っていた毛はなだめられ、猫は完全にされるがままの状態となりすっかり力が抜け切ってしまっていた。

「お前もそう思うであろう?」

今度は広い胸に抱きかかえ、顔を覗きこんでそう猫に同意を求めた。人差し指で猫の喉元をくすぐってやれば、猫は目を細め実に心地良さそうな表情を取る。そして残月に問われても言われるがままに完全に溶けきった声で鳴くだけ。

「ならば私に案がある」

猫が頭を乗せている位置にある胸元のスカーフを、彼はしゅるりと抜き取った。何事かと頭を上げた猫にそれを巻きつけながら

「さて、どうるす。こうすれば飼い猫らしくはなるが、お前は飼い主を替えなければならなくなるぞ?」

そう猫に言いつける覆面下の眉は、おそらく片側だけが愉快そうに上がっているだろう。口元に浮かぶ笑みから推測できる。

猫の首には真っ白いシルクスカーフが巻かれ、大きなリボンで最後は締めくくられた。まるでちょっとした贈答品にも見えないことは無い。

「私がお前の飼い主では不足か?」

微動だにせず残月の覆面越しの目をまっすぐ見つめる猫は、返答に困っていた。
残月にもそれがわかったのか

「ふ・・・よほど今の飼い主に愛されているらしい。何、戯言だ気にするな」

まるで幼子をあやすように残月は再び猫を抱えなおし、身体を優しく撫でた。


ティータイムが終わり、再び執務に取り掛かる残月を猫はまたあの定位置に座り見つめていた。首には真っ白い首輪で、その滑らかなシルクの手触りが心地よいらしくたまに顔を寄せていたりした。しかし卓上の置時計が4時半を指しているのに気づいて猫は急にソワソワし始めた。

にゃ・・・

猫は何度かソワソワを続け、置時計と残月と執務室のドア、その三つに視線を往復させる。残月も猫の奇妙な行動に気づいたのか

「ん?どうした」

猫は音もなく飛び降りてドアに駆け寄って残月に振り返った。それがどういう意味か、考えるまでもない。彼もドアに歩み寄り、そして開けてやった。

「人に見つからぬように帰るがいい」

にゃあ・・・・

「そのスカーフはお前にやろう、気に入らねば今の飼い主にちゃんとした首輪をつけてもらうのだな」

首元をくすぐる残月の手に頬擦りをして、名残惜しげに猫は去っていった。





----------





猫は言われた通り人に見つからないよう慎重に、そして『門限』に遅れないように大急ぎで駆けた。本部から抜け出し幹部の私邸が集合する区画へ向かう。その時だった、猫の背中に一枚の呪符が浮かび上がりそれはあっという間に塵と化した、そして人気の無い通りに差し掛かったところでで猫が輝き始め、まるで鱗が剥がれ落ちるように輝きの粒を撒き散らし・・・




「おじ様、ただいま戻りました」

「おお、サニーお帰り。そういえば先ほど用があって十常寺に会ってな」

「あ・・・十常寺のおじさまに・・・」

「うむ、お前に札(ふだ)を渡したそうだが・・・何の札を、あ!おいサニー!話はまだ」



慌てて二階に駆け上がってサニーは自分の部屋に逃げ込んだ。
これ以上話を続けると・・・
今日あったことがバレて首輪をつけられてしまうかもしれないからだ。

「ふう・・・」

部屋で一息ついてみたが胸の高鳴りはまだ止みそうに無い。


サニーは首元にまだ巻かれている白いスカーフに手を添えると


外すことなく丁寧に整えた。








END





----------------------
お約束のにゃんこネタ






~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

『あなたの今週の運勢』

総合★★★★☆
健康★★★☆☆
仕事★★★★☆
金運★★★★★
恋愛★☆☆☆☆

ラッキーアイテム:赤い花の髪飾り、身に着ければ恋愛運UP!

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



サニーはティーン向けの雑誌の最終ページを見て固まった。


コンビニ、書店とどこにでも売っていて、購買層の年代の小遣いで買えるような本だが生憎ここはBF団。犯罪組織の本拠地ではまず手に入れることはできはしない。実は樊瑞には内緒でセルバンテスが彼女のために毎週買ってきてプレゼントしているものだ。

それは世間一般の女の子と一般ではない彼女とを繋ぐささやかな情報源。多感な年頃のサニーも雑誌の最新号を毎週楽しみにしている。さて、その雑誌の最終ページには同世代の女の子たちに当たると評判の占いコーナーが。サニーはいつもチェックしており、占いごとが気になるのは女の性(サガ)で、彼女と言えども一緒だった。

ところが・・・今まではせいぜい総合運をサラリと流す程度だったのに、今や「恋愛運」のチェックは欠かさない。いや、寧ろ「恋愛運」以外眼中に無い。残月の顔を思い浮かべては恋愛運の結果に一喜一憂し、幸せな気持ちになったりちょっと落ち込んでみたり・・・しかし、彼女自身ざわつく気持ちは自覚できてもどうして残月なのかそれがわからない、これが所謂(いわゆる)恋なのかどうなのか、自分の中でハッキリしないでいた。




すぐに寝そべっていたベッドから起き上がり

「赤い花・・・・」

机の上にあるジュエリーボックスをひっくり返して見ても赤い花がついたピンや髪飾りは見当たらない。今までに無い最悪の恋愛運を向上させてくれるアイテムを、サニーは持ち合わせてはいなかった。






クッキーを焼いても、読書をしても。

何をしても身に入らない。

恋愛運の結果が気になってしょうがない。


どうしてだろう、こんなに最悪の運勢なのに

今週の運勢だとわかっていても、まるで一生の運勢のように感じてしまう。








------どうして?



「はー・・・・・・」

せっかく今日は残月に数学を教えてもらう日なのに、気持ちが重い。最悪の運勢のまま会ったら良くないことがおきるのではと悪い方向にばかり考えてしまう。鏡を見ながら白い小さな花がついたピンで前髪を留めてみるが、これが赤かったらどんなに・・・と気が晴れない。

来客用のテーブルを挟んで残月から数学の指導を受けている最中も、彼の顔をまともに見ることが出来ない。そわそわとしてほとんど上の空なサニーに彼も気づいたのか

「わからないところはわからないと言ってくれれば助かるのだが、私の教え方が悪ければ改める努力をしよう」

「あ・・・!いえ!そんなっ」

「サニーにこの定理はまだ難しいかもしれん、ふむ・・・どれから教えるべきか・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

真剣に教本をめくり自分の為に思案してくれている残月を見て、サニーは猛烈に申し訳ない気持ちになる。そもそも残月の教え方は非常に丁寧で細やか、サニーが本当に理解するまで何度でも根気強く教えてくれ文句のつけようが無い。

「残月様、ごめんなさい・・・悪いのは私です。ちょっと、その・・・今日はなんだか・・・」

言葉をしどろもどろにサニーは身を小さくして残月に謝った。

「今日はなんだか?・・・体調が悪いのか?ならば今日はもう止めるが」

残月が自分を心配してくれるでサニーはついに本当の事を話してしまった。

「占いの・・・『運勢』・・・・・・その悪い結果が気になって、というのか」

「はい・・・・・」

馬鹿馬鹿しい理由にきっと残月は呆れかえるだろうと覚悟していた。
やはり今週の運勢は最悪だ、サニーは肩を落とす。
しかし残月はその理由に少々驚きはしたが、指を組んで思案のそぶりを見せ

「その占いが載っている雑誌をここに持って来れるか?」







サニーが屋敷からもってきた女の子向け雑誌を残月は興味深げにめくっている。内容は年頃の女の子の興味を引く「美容・ファッション」「恋愛・異性」そしてちょっとだけ踏み込んだ「性の話題」などがほとんど。残月の目から見れば女の子が本当に求めるちょっと先行く情報と、雑誌を出版する大人達が売り上げを期待して必要以上に煽り立てる情報が複雑に絡んでいた。

しかし自分の中身を残月に見られているようでサニーは少し恥ずかしい。
雑誌に書かれていること全部が全部自分が興味を持っていると思われたくないのでそそくさと手を出して、残月の前で雑誌の最終ページを強引に開いてしまう。

そこは問題の占いのコーナーのページ。

「サニーの運勢はどれだ?」

「えっと、これです・・・あっ」

サニーはそこで気づいた、『運勢』が悪いから悩んでいるとは言ってみたが『恋愛』以外は悪いどころかかなり良い。つまり・・・

「なるほど」

慌てるサニーの顔をちらりと見て、残月は彼女の学習の指導に使っている赤ペンを取り出すと雑誌に何やら書き込み始めた。




~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

『あなたの今週の運勢』

総合★★★★★
健康★★★★★
仕事★★★★★
金運★★★★★
恋愛★★★★★

ラッキーアイテム:赤い花の髪飾り、身に着ければ恋愛運UP!
            白い
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~



「これで問題は無くなったな、なんと羨むべき最高の運勢か」

赤ペンにキャップをしながら満足する。

「・・・・・・・・・・・・・」

「今後悩むような運勢が載せられることがあるなら私のところへ持って来るがいい。いくらでもサニーが望むような運勢に変えてやろう、ふははは」

「・・・・・・・・・・・・・」

彼は愉快なのか楽しそうに笑った。

しかしサニーは目の前であっさりと好転した自分の運勢を、まるで不思議なものの様に見ていた。心あらずなのか理解するまでに時間がかかっているのか、とにかくボーっと眺めていたら

「私はその髪留め、サニーに良く似合うと思う」

言い聞かせるように残月はサニーの頭を撫でてやった。特別、というわけでもない。彼は時たまこういうことをする。それは樊瑞やセルバンテスらがサニーにそうするように同じ事。
しかしその瞬間だった、スイッチが入ったように彼女の心臓が痛いほど大きく波打つ。
それは身も心も揺さぶるような衝撃で、弾かれたように顔を上げ残月を見た。

「どうした?」

「あ・・・ありがとうございます」

サニーはやっと・・・自分が彼に『恋』をしているのだと知った。







その日の夜、パジャマ姿のサニーはベッドの上で寝そべってあの雑誌を広げた。
彼によってあっさりと変えられた最高の運勢をサニーは飽きもせずずっと眺めていた。
足が浮き立つ心に合わせて動き、顔は幸せに溶けている。


恋している事への戸惑いよりも先に、今こうして恋していることの喜び
彼女の中はそれでいっぱいだ。












どうしてだろう、こんなに最悪の運勢なのに

今週の運勢だとわかっていても、まるで一生の運勢のように感じてしまう。

どうしてだろう、彼によって修正されたこの最高の運勢

今週の運勢だとわかっていても、まるで一生の運勢のように感じてしまう。


-------どうして?




それは私が彼に『恋』をしているから。






END







「ただいまー!!!」

元気な声が玄関から景気良く響き渡る。分厚く皮をむいて小さくなったジャガイモをそのままに、この家の「主夫」はピンク色のエプロンで手を拭いた。コンロの火を止めて出迎えるべく足を向ける。

「おかえり、サニー。河川敷の散歩はどうだった?」

「楽しかったよねぇサニーちゃん、ほらアレを見せてあげようか」

サニーの散歩に付き添っていたセルバンテスにうながされ、サニーは小さな小さな手に持っていたモノを腕を伸ばして主夫・樊瑞に見せ付けた。

「おお、タンポポか!」

「うん!」

「河川敷はそれはもうこの色に染まりきってるよ、もう少しすれば盛大な綿毛ショーとなるだろうね。その頃にもう一度『ばんてすパパ』と河川敷へ散歩に行こうか」

「いいや、次は『はんずいパパ』と行こうなサニー」

目じりを下げてサニーのふわふわの髪を撫でてやる。しかし、あっさりとサニーはセルバンテスに抱きかかえ上げられ没収。

「ちょっと待ちたまえ、先に約束したのはこの私だ。ねぇ~サニーちゃん」

「お主は・・・たまには家で飯を作れ!毎日毎日献立を考える苦行を味わえ!」

「いっそ『はんずいママ』になればいいじゃないか」

恒例の2人のいがみあいは不思議とサニーに悪影響を与えず、むしろ楽しそうに様子を眺めてニコニコ笑っている始末。この家はデコボコしつつも、こうしてまぁるくまとまっていて、その中心にサニーはいた。

そのまま3人は台所へと移動すれば

「あ、かれーのにおいする!はんずいパパきょうはかれーらいす?」

カレー粉の香りにサニーは目を輝かせた・・・が

「また・・・にんじんもはいってるの?」

「ん?んーと・・・そうだな入ってはいるが今日はちょっと違うぞ?ホラ見ろハートのにんじんさんだ~すっごく美味しいぞ~~」

まな板の上に転がるジャガイモのとなりには、その型で抜き取られたハートの形をしたにんじん。イワンから貰った銀色の「ハートの型」、サニーのにんじん嫌いを直そうとアイディアを貰ったのだ。単純に見た目で誤魔化す手法だが・・・根本的な解決にはならなかったと、この後の夕食、サニーが一口齧って食べ残したハートのにんじんの残骸を見て樊瑞は痛感することとなる。

「にんじん食べれなくったって問題無いんじゃないのかねぇ」

敗北し、うな垂れる樊瑞とは対照的にセルバンテスは楽観的だ。

「いいや、食べられる物が一つでも多い方が幸せが増える。サニーのためにもにんじん嫌いを必ずや克服させるぞ・・・」







「主夫」としての課題を多く残した晩御飯が終わり食後の団欒。サニーは食後のデザートの練乳掛けのいちごを頬張りながら、台所のテーブルの上に転がる一輪のタンポポを眺めていた。

「パパ・・・きょうはいつかえってくるのかな・・・」

『○○パパ』でないパパはこの世でただ一人。サニーの本当の父親、アルベルト。しかしここ一週間は顔を合わせていない。朝早く、そして夜遅い。出張も重なれば二週間近く顔を見ないこともざらで、第一線で活躍する企業戦士を父に持つ娘は悲しい顔をし、指先でタンポポを突付いてみた。

その様子を見て缶ビールをテーブルに置いた2人は顔を見合わせる。常々より実の父親と娘の「距離」を問題に感じているのはお互いに同じ。

「サニー、ぱぱに「おかえりなさい」ってぜんぜんいってない・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

アルベルトが小さな娘が起きている時間に帰ってくることなど稀、朝も食卓を4人で囲むことも稀でほとんど外食で済ませてしまう。「そんな生活、どこが楽しいのかね?」とセルバンテスは溜め息混じりで友人に苦言を吐くが・・・妻を亡くして以来、仕事中心の生活に拍車が掛かってしまったようだった。

「サニーちゃん、きっとパパも「ただいまー」って言いたいんだと思うよ?」

「ほんと?」

「うむ、サニーが帰りを待っているのをちゃーんと知っているからな、安心しろ」

「・・・・うん・・・・」

黄色いタンポポもサニーに笑顔を向けていた。





寝る前、サニーは「らくがきうちょう」取り出して12色クレヨンから一番ちびた桃色を手にした。頭に「?」が浮かぶ2人の目の前で何やら描いているようだが・・・

「ミミズ?・・・いや、何だろうね・・・??」

「どうしたサニー、今日はもう遅い。お絵かきは明日にするぞ?」

『描いて』いるのでは無く『書いて』いると気づくのに、2人は少々時間が掛かった。









午前様は疲れをたっぷり背中に背負って、寝静まって静かな我が家にようやく帰宅した。ネクタイをまず緩め、スーツの上着を無造作に台所の椅子に投げかける。そのまま風呂場に直行し疲れを洗い流した。

濡れた髪を拭きながら台所へ、そこでようやくカレーの香りに気づいた。鍋の中身を確認し炊飯器も覗けば軽く一杯分、おそらく樊瑞が気を利かせて残してくれたのだろうか。軽く食べた程度だったので迷わずコンロのスイッチを回した。

黙々と一人、カレーを口にする。味は・・・物足りないくらいに甘口なのはサニーに合わせてなのだろう。この生活を始めて最初に樊瑞が作ったカレーは食べられたものではなかったが、今では「もっとも無難に作れる」レシピの一つ。しかし・・・スプーンですくったにんじんが妙な形をしていることに気づき、彼は眉をひそめた。しばらくハート型のにんじんと睨みあっていたが口に入れてしまい、全て平らげた。

空になった皿を流しに置いて冷蔵庫を開ける、ビールが側面にびっしり並んでいるが下に追いやられている愛用のミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると自分の寝床に向かった。途中セルバンテスの部屋の前に通常のスリッパに並んで小さなスリッパが目に入る。今日は「こっち」で娘は寝ているらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

娘の寝顔を見ることもできないままその前を通り過ぎ、自室のドアを静かに閉めた。


ベッドのサイドポーチを点け、寝る前の一服のためクリスタル製の灰皿を手にしようとした。亡き妻から貰った愛用の灰皿だが・・・その中にあるそれに彼は目を見開く。


一輪の黄色いタンポポがまるで待ち疲れていたかのように

頭をくったりと灰皿の淵に乗せていた。


さらに灰皿の下にある紙切れに目が行く。何だ?と思いながら手に取り見るが、紙に描かれたそれは桃色のミミズがのたくったようにしか見えない。灯りに近づけ、斜めにしたり横にしたり、いったい何が描かれているのか必死に理解しようとしたが逆さまにしたところでようやく、そしてかろうじて「書かれて」いることに気づく。


『ぱぱおかえりなさい』


しばらく眺め、そのままくったりとしたタンポポに目をやる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ミネラルウォーターを開けるとそっと灰皿に冷えた水を流し込んでやった。結局タバコを吸うことも無く、そのまま一口だけ水を飲むと彼はすぐにベッドに横になり灯りを消し


「ただいま」


我が家に帰宅しての第一声。彼、父アルベルトは目を閉じた。




明日も早い。


娘の顔を見ることは出来ない。



しかし娘の笑顔によく似た花が、元気な姿で自分を見送ってくれると確信できればいつもより朝が待ち遠しく感じた。







END




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