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うろほろぞ
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BF団本部で最初の患者は十常寺だった。


唯でさえ十傑集という非常識な存在な上に、死んでも死なない人外レベルの彼がなんと『風邪』を引いてしまったのである。

「はっ!冗談だろう?」

あのタヌキが?と言わんばかりの顔でレッドは『あの十常寺が風邪を引いた』事実を笑った。しかし樊瑞は苦虫を噛み潰したかのような顔で

「サニーが3日も十常寺の私邸に泊り込み、それはそれは甲斐甲斐しく看病したそうだ」

下級エージェントが奴の身の回りの世話をするから大丈夫だ、と言っても訊かずサニーは「まぁ、十常寺のおじ様が?大変!」と樊瑞の静止を振り切って十常寺の私邸に向かってしまった。サニーは熱を出す十常寺に氷嚢を取り替えてやったり、シーツを取り替えてやったり、特性のお粥を作ったり・・・

「おまけに奴に何をしたと思う?」

「裸踊りでも披露したか」

今の樊瑞に冗談は通用しない。
レッドは魔王の一撃を頭に喰らう。

「『あーん』だ、『あーーーーーん』っっっっっ」

うめく様にそう語る樊瑞の目は血走っている。
十常寺はというとサニーにお粥を『あーん』してもらった上に献身的な看病が功を奏したのか今はすっかり完治。サニーがいかに自分に尽くしてくれたか他の連中に言いまわっているらしい。

「サニーはどこへ出しても恥ずかしくない、それは素晴らしい嫁になる・・・だと」

「ふーん、何が『あーん』だかな」

レッドはどうでもいい話に最速飽きてしまい口にピーナッツチョコを放り込んだ。






しかしあの十常寺ですら引いてしまうような風邪である。

次の患者は怒鬼だった。ともかくそれに騒いだのは血風連で「我らの怒鬼様がぁ!」「うわぁー!一大事でござる」「いやぁ~拙者の怒鬼様が死んじゃう~!」と蜂の巣を突付いたような騒動。熱が余計に悪化する騒ぎの中、怒鬼は気合で風邪を治そうと試みるが十常寺ですら引いた風邪。

「まぁ!怒鬼様がお屋敷で寝込んでしまわれたのですか?大変!」

「サニー!待ちなさい!」

サニーが帰ってくるまでの三日間、樊瑞は一睡もできない。我が娘に等しいサニーがあろう事か一つ屋根の下で男と2人。ストライクゾーンを大きく外れた十常寺ならまだしも、インコースギリギリの怒鬼。そんなきわどい危険球は渾身の力で場外ホームランにしてやる!と樊瑞の脳内ではバッターボックスでホームラン宣言を彼は行った。

「サニー様のお陰で我らの怒鬼様は快方に向かわれました。ああ、なんと感謝申し上げてよいのやら」

「怒鬼様に尽くされるサニー様、これがまた実にお似合いで怒鬼様の伴侶として相応しいお方かもしれませぬなぁ。何よりも『あーん』される様に近い将来を見申した」

「サニー様なれば拙者の怒鬼様をあげちゃってもいいかも」

血風連の言葉に三球三振の樊瑞。
バットを膝で叩き折り、歯軋りするのが精一杯。





やはり寄る年波に勝てないのか、今度はカワラザキが風邪をひいた。一緒の屋敷に暮らす幽鬼が仕事の合間を見つけては献身的な看病にあたっていたがサニーもお手伝い。

「知りませんでした、幽鬼様がお粥をお作りになられるなんて」

「ん?ふふ・・・まぁな、これは爺様からの受け売りだ」

幼い頃風邪をひけばカワラザキ特製のお粥の世話になった。

「お嬢ちゃんにも作り方を教えてやろうか?」

「はい、是非」

中睦まじくキッチンで並ぶ2人を遠くベッドから見つめるカワラザキ。
ありえない未来でも無いかもしれん、と目を細め優しく見守っていた。

しかしバッターボックスの樊瑞は「あんなど真ん中の『直球』にこの私が手を出せぬとは!!」と見過ごしの三振。2本目のバットをへし折り次の打席を待った。






「ヒィッツカラルド、お主はよもや風邪をひくつもりではなかろうな?」

「つもりとはどういうことだ、意味が分からん」

大回廊の中庭を望めるテラスでお茶をしていたら、いきなり彼の白いネクタイを引っ掴み迫る樊瑞。何故か手には一本のバット。

「お主がひけば私の権限で下級エージェントを30名ほど寄越してやるから安心しろ。足りぬのであれば100名でも200名でも」

「・・・・・・・・・・・・・・」

盛大に眉を寄せ嫌~な表情をヒィッツカラルドは作ってみせる。自分の屋敷にむさい男が鮨詰め、寝込む自分の世話をするなど彼にとって耐え難い拷問に等しい。

「なんだ不満か?」

「貴様の曇った目には、これが満足している顔に見えるのかっ」

「あ、ヒィッツカラルド様」

何も知らないサニーが笑顔で近寄ってきた。

「風邪が流行っていますが、ヒィッツカラルド様は大丈夫ですか?」

「ん?心配してくれるのかい、嬉しいね。そうだな・・・もしかしたら熱があるかもしれないなぁ。お嬢ちゃん診てくれないか?」

そう言う彼はネクタイを掴む樊瑞の手を払いのけ、身体を屈めると当然のようにサニーに顔を近づける。

「熱が?まぁ大変」

サニーは前髪を上げてヒィッツカラルドの額に優しく自分の額を押し当てた。真剣に熱の具合を探るサニーと樊瑞に歯を見せ付けて笑うヒィッツカラルド。樊瑞の手にあるバットは『変化球』にかすりもせず、メキリッと音を立てて彼の手で握りつぶされてしまった。







「大丈夫ですか?セルバンテスのおじ様」

「う~んう~んさにぃーちゃん~、おじ様もうダメかも~。でもぉさにぃーちゃんが『あーん』してくれたらきっとすーぐ治ると思うんだけどなぁ~」

ベッドの上でいつもより増してサニーに甘ったれた声でおねだりするナマズおやじ。サニーはその言葉を素直に受け取ると大きな林檎を小さな手に持ち、それを果物ナイフで丁寧に剥いて

「はい、おじ様あ~ん」

「あ~~~~~~ん」

普段はやや釣りあがった目尻をすっかり下げきって、セルバンテスはウサギさんカットされた林檎を頬張った。

「おじ様、早く良くなってくださいね」

「もちろんだとも~~。よーし治ったらおじ様はさにぃーちゃんをお嫁さんにもらっちゃうぞ☆」

「まぁ、おじ様ったら」

「はははははは」








「で、最近姿を見ないがセルバンテスの風邪は治ったのか?」

性質の悪い風邪が流行っていて、サニーがあちこちに走り回っているとの噂をアルベルトと2人で話をしていた残月は、言葉を紫煙とともに継いだ。

「あの馬鹿、樊瑞に仮病だとあっさり見破られて全治三週間の身だ」

「・・・・・・・・・・・・(やはりな)」

『魔球を投げるな』とかなんとか意味不明を叫びながらバットでタコ殴りらしいがアルベルトにはどうでもいいこと。しかし彼もまた樊瑞同様この状況を喜んではいない。

「サニーの奴め、世話するのは結構だがわけのわからん風邪をもらったらどうする」

樊瑞とは違うこの視点は健全な父親ともいえる。

「娘に感染させてみろ、誰であろうと生まれてきたことをこの私が後悔させてやるわ」

健全かもしれないが剣呑だ。
葉巻を指先で揉み潰しその場から立ち去るアルベルトの背中を見送り、一人残った残月は今一度紫煙を吐く。彼は一向に風邪をひく気配が無い。今回ばかりはそれを少し残念に思っていた。






自分には関係の無いことだと高をくくっていた男が風邪をひいた。

「うう・・・」

体がだるい、頭が痛い、いやこれは気のせいだと自分に言い聞かせて一週間粘ってみたが、命の鐘お墨付きの風邪ウィルス。ついに彼をベッドの上へと連行してしまった。

「レッド様、お加減はいかがですか?」

真っ先に駆けつけて来たサニーが、辛そうにベッドで寝込むレッドを覗き込む。

「うるさい、あっちへ行け」

ちなみにいつものマフラーもマスクも見に付けてはいない、つんつんの髪は本人の体調バロメーターなのだろうか今はすっかり降りきっている。それに前髪も目を隠すほどに降りきった寝巻き姿はまるで別人の様だ。

「今氷をお取替えします」

「あっちへ行けと言っている、私に構うなう鬱陶しい」

そうは言うが力ない声。サニーはレッドの頭に乗っている氷嚢を新しいものに取替え、「お粥を作っておきますね」と邪魔にならないよう寝室から出て行った。

レッドが眠りから覚めたのはそれから二時間後、気づけばサニーが大人しくベッドの側で自分を見守っていた。頭に乗っている氷嚢はあれからまた新しいものに変えられていたらしい、頭を軽く起こせば氷の塊が中で鳴った。

「お口に合うかどうかわかりませんが・・・」

差し出されたのは湯気が立つお粥。
いらん、と突っぱねたいところだが腹が空いているのは確かだ。それに、風邪をひいて食欲が落ちているはずなのに随分と美味そうに見える。

「食べてやるありがたく思え」

「はい、ありがとうございます」

どうしてこうも素直なのだか、と呆れながらレッドはサニーお手製のお粥を口にした。薄味だが鶏の出汁のお陰か物足りなさは無い、溶き卵は自分好みのやや半熟、ちょっとだけかけられたポン酢が食欲を増してくれる。正直、かなり美味い。体調を崩せば何を混ぜ込んだのか分からない忍者食で無理やり済ませてきたレッドにとってそれは初めての味、消えかかりそうな幼い頃からの記憶をどんなに手繰り寄せても存在しない味だった。

「・・・・・・・・・・・・・」

ふと横を見ればサニーが林檎を剥いている。
まつげが長い、とその時初めて気づいた。

「何か?」

「べ、別になんでもない」

そしてお粥を米粒ひとつ残さず平らげ、久方ぶりの満足を味わう。

「レッド様、はい」

屈託の無い笑顔でサニーはウサギさんにカットした林檎を彼の口元に差し出してくる。

レッドは少し躊躇ったが思いっきり大きく口を開け

「ふん」

サニーからの林檎を受け入れた。







「随分と治りが早かったではないか」

「早くて悪いか」

樊瑞の含みのある視線を受けながらレッドはケロリとした態度で返す。赤いマスクに赤いマフラー、全てへの反抗のようなつんつん頭は復活してどこからどう見ても『十傑集マスク・ザ・レッド』。

「サニーがお主の屋敷に泊りがけの看病をしたのは知っている」

「だからなんだ」

ふんぞり返ってピーナッツチョコを口に放り投げる。

「もちろん『あーん』などしてもらってはおらぬだろうな」

レッドは思いっきりむせてチョコを吐き出してしまった。
見れば樊瑞の目はマジだ。それに手には何本目かのバット。
未だ快音をとどろかせていないため、樊瑞はうずうずしているのだ。

「あ、あーんなどと・・・そ・・・そんな恥ずかしいこと!アホか貴様は!」

「本当か?」

いつもはストライクゾーンを無視した暴投しかしないレッドは、思わずたじろぐ。

「 ほ ん と う か ?」

「・・・・・・・・・・・・」

何故か否定しきれないレッド。
そしてうっかり顔が赤くなる。






バッターボックスに仁王立ちの樊瑞は高らかにホームラン宣言を行った。







END








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301
アルベルトは執務室の書棚にあるファイルを引き出した時、書棚の一番隅に見覚えのある黒い装丁がたまたま目に入った。

それはやたら分厚いばかりで内容はあくびが出るほど退屈な経済白書。
はっきり言って面白いという類いの本ではない。
随分昔に途中まで読んだが、それっきり。
読破する気は今も無い。
そして今後も永遠に。

なのにどうしてこんな本をいつまでも書棚の肥やしにしているのか

「まったく」

アルベルトは理解できない自分自身に舌打ちし、黒い本を掴んだ。
そのまま足元のダストボックスに投げ入れて、彼は改めて本当の目的であるファイルを手に取りデスクに座った。ファイルの中身は明後日から行われる大規模作戦の資料。その面白みの無さは捨てた本とさして変わりはしないかもしれない。

それに目を通しながら彼は葉巻に火をつけた。着火具など必要はない、知らぬ者が見れば葉巻自身が自然と発火したように見えるかもしれない。漫然と葉巻の香りを楽しみながらアルベルトはファイルをめくる。デスク上に人差し指を立てると光彩モニターとキーボードが浮かび上がり情報を入力し、一度紫煙を吐き流す。

ピィーン・・・ピィーン・・・・

ダウンロード画面がモニターから別ウィンドウとしてデスクの上に浮かぶ。
アルベルトはただそれをぼんやりと見詰めていた。


「・・・・・・・!!!!!」


突如、アルベルトは思い出したかのように立ち上がり、デスクの角で派手に脚をぶつけながらもダストボックスに駆け寄る。ダストボックスの紙くずを全部掻き出し、埋もれていた黒い装丁の面白くもなんともない本を救出し

彼はページを捲り(めくり)始めた。











「お父様、私に何か御用ですか?」

サニーは珍しく執務室にいる父親に呼び出され少し緊張していた。

「この本をやるから読むがいい」

アルベルトから差し出されたのは真っ黒い本、その分厚さもだが色の雰囲気からしてかなり真面目で難しそうな本だとサニーは思った。

「何の本ですか?」

「用はこれで終わりだ」

質問は答えられることなくあっさりとしたやりとりが済む。
サニーは重さのあるその本を胸に抱えて執務室から出ようとしたら

「大事にしろ」

最後にそう忠告を受けた。











サニーはベッドの上で寝る前の読書に昼間父親から貰った本を選んだ。

まだ読めない文字が多い上、びっしりと塗りつぶすかのように敷き詰められている活字。そしておそらく経済用語なのだろう、さっぱりわからない専門用語がやたらと出てきて内容は半分も理解できない。

正直言って面白くない。

せっかくこの本をくれた父親には悪いが、最後まで読む気が起こらない。

サニーは肩で溜め息をついてうんざりすると、分厚い本を閉じ、改めて1ページから最終ページ目まで一気に流し捲ってみた。どうせなら胸ときめくような愛を語る物語だったらいいのに・・・と父親の顔を思い浮かべて面白みの無い黒い装丁の本と重ね合わせる。

「あら?何かしら」

再び流し捲った時に何か目に付いた。サニーは本の中ほどを開くと1ページ1ページ丁寧にめくってその何かを捜し求める。

「・・・・・・・花?」

301ページ目に挟まれていたのは名も無い小さな小さな薄桃色の花。



それは面白みの無い黒い本に大切に抱きしめられて

つい先ほどそこに入れられたかのように色褪せることなく、静かに眠っていた。





















「アルベルト様?何かお探しですか?」

「うむ、この本に付いていた筈の栞紐が切れたようだ」

「まぁ、随分と分厚くてなんだかとても難しそうなご本ですね」

黒い瞳を少女のように輝かせ彼女は覗き込んでくる。

「扈三娘、何か変わりになる物は無いか」

「はい、アルベルト様これを」

水が張られたガラス皿に横たわっていた小さな花を差し出した。

「花?これを栞にしろというのか」

「今朝私が庭園に咲いていたのを摘んで参りましたの、お嫌でしたら他にええと・・・」

「まぁいい、それでいいからよこせ」

「アルベルト様が読み終わりましたら、次は私が読んでもよろしいですか?」

「お前はこれが面白い本だとでも思っているのか?」

なんと酔狂な、と鼻先で笑うが彼女は至って真面目な顔して

「いいえ、思いませんわ」

「?」

「うふふ、だってアルベルト様がお読みになる本ですもの」

十傑集相手にコロコロと笑うので、ムスっとした顔で本を閉じた。


そうしたらまた笑う。

どんな顔をして良いのか、アルベルトは困ってしまった。








END





残月に食べてもらおうと腕によりを掛けて焼いたスコーン籠を手に、サニーは彼の執務室を訪ねた。いつもならすぐにノックするのだが・・・まず先にドアの前で胸元のリボンの形を整え、前髪をいじってみる。先日の件(「sweet season」参照)以来、サニーは残月の執務室に入る時は必ずこうしている。

「残月様、サニーです。入ってもよろしいですか?」

軽やかなノックをしてみたが返事は無い。不在なのだろうかともう一度ノックしてみるも同じ。しかし不在なら必ずカギがかかっているはずなのだが、ドアはそのままノックに押されてゆっくりと開いた。そろりと執務室の中に顔を入れてみたが残月の姿は無い。

「残月様?」

------どこへ行かれたのかしら。

一歩、二歩と足を踏み入れ、サニーは誰もいない執務室を見回す。隣接されている小部屋も覗いたがやはり人の気配は無い。

室内の唯一書棚に侵食されていない窓側にはマホガニーのデスクがあり、その上に残月が愛用する朱塗りの煙管が。

吸い口と火皿はよく磨き上げられ鈍く輝いているが、それ以上に窓から入り込む陽光を浴びて管部分である羅宇(らう)に塗られた朱色が鮮やかに映えていた。

「・・・・・・・・・」

サニーは誰もいないと分かっていながら周囲を見回した。スコーンが入った籠をデスクの上に置いて普段は残月だけが座るラムレザーのチェアに腰を下ろす。

煙管を緊張しながら手に取り、窓からの陽光の中で眺めた。火皿から羅宇に接合する雁首(がんくび)と呼ばれる部分には良く見れば細やかな彫金が施され、吸い口部分にも同様の優美な草花の紋様。少女の目から見ても洒落た造りだと感じる。しかしそれは想像していたよりも重さがあり、サニーの手にしっくりなじんだ。

床に足が届かないままお尻をずらして深く沈みこませ、大きな背もたれに身体を預けて胸をそらせ

「私は『白昼の残月』」

口調をまねて気取った風を装い、煙管をそれっぽく構えてみた。

「おやサニー、今日は何の御用かな?」

などと気分はすっかり残月。
サニーはさらに煙管を吸う素振りをとり、煙を吐いているつもりなのか口を尖らせる。

「うふふふっ」

本人はかなり楽しいらしい。

チェアを体重で揺らしながら改めて煙管を見詰めてみる。父親が吸っているためか煙草を吸うことが大人の特権だと感じ、憧れが無いわけではない。子どもから見れば少しカッコイイと思う。それに残月がいつもこれを優雅に扱い、口を寄せて味わう姿を思い浮かべると尚のこと。今まではあたりまえの光景としてその様子を見ていたはずだったが・・・・

ふと・・・少女の胸には好奇心ではない高鳴りが。

細い腰には彼の力強い腕の感触が蘇り
そこからじんわり伝わる体温はかなりリアルだ
頭の中には残月の顔、覆面から覗くのは端整な口元
それは笑みを浮かべて・・・

意識して思い浮かべていることに自覚が無いまま、煙管の吸い口を見詰めていた

高鳴りはもう耳には入らない

いつしか小さくふっくらとした唇は求めるかの様に・・・・



そっと・・・・



「残月殿、取り込み中であれば出直すが」

「!!」

心臓が飛び出るかと思った。
サニーが慌てて煙管を口元から離し椅子ごと振り向けば、そこには残月本人。

「ほう、スコーンか」

残月はデスクの上に置いていた籠の中を物色し、ココア味のスコーンを摘み出す。「うむこれは上手に焼けている、食感も申し分ない。紅茶によく合いそうだ」などと一口齧ればいつものように冷静にスコーンの批評。

「どうした?サニー?」

煙管を手にしたまま未だ固まっているサニー。
顔からは冗談みたいに湯気が上がり、面白いほど赤い。
しかし頭の中は真っ白だ。

「え?ざ・・・ざ、残月様・・・今までどちらに」

「十常寺に用があってほんの数分、隣にある彼の執務室にいたが」

「いつからここにいらっしゃって・・・」

「サニーが私になりきっているのに邪魔するのは野暮というものであろう」

今度はナッツ入りスコーンを取り出す。

「じゃ、じゃあ・・・」

混乱し始めた頭の中には先ほどまでの自分の姿。
手にある煙管に妄想全開中だったとようやく気づく。

「こちらも美味しそうだ。よし、取って置きの茶葉があるから・・・」

それからのサニーの動きはつむじ風のようだった。
煙管をデスクの上に投げて、残月の手からスコーンを奪い取り、籠をひったくって

「ざ、残月様のために焼いたんじゃありません!!!!」

捨て台詞を残すとあっという間に執務室から逃げていった。




「それは悪い事をした」




突然のおあずけをくらい、一人残された残月はいつもの調子。














息を継ぐ間もなくサニーは本部内を走った。
途中誰かに声を掛けられたかもしれないがそんな場合ではない。
走って走って、とにかく全力疾走。
樊瑞の屋敷に戻ると一目散に二階の自室に駆け上がり、ドアにカギをかけて手にあるスコーンは籠ごと放り投げて

そのままベッドにダイビング。



「~~~~~~~~!!!!!」



毛布を頭から被ってジタバタするのが、少女ができる精一杯だった。








END





--------------------

何だこりゃ






髪のブラッシングはいつも以上に念入りに。
リップクリームはほんのり色づくピーチの香り。
角度を変えながら鏡の前で気が済むまで自分をチェック。
軽やかにその場でターンを決めれば、サニーは「いざ」とばかりに部屋から出て行った。
一週間ぶりに本部に帰還した残月に今から会いに行く。
サニーの軽い足取りは、まるで雲の上を歩いている様だ。




残月のところへ行く理由はこれといって無い。

だから「本を貸して欲しい」という理由で来た・・・・もし「何の御用かな?」と訪ねられれば答えようとサニーは考えていた。




彼の執務室をノックしてみたが返事が無く鍵もかかって完全に不在のようだった。
帰還しても残務処理や結果報告、また各支部への指示に他の十傑との連携会議、施設の視察に下級エージェント育成などサニーがまだよく知らない仕事は山のようにある。多くの構成員を束ね、またその頂点に君臨する幹部としてやるべきことは実際多すぎるくらい。執務室で執り行う仕事はそのほんの一端でしかない。

サニーも幼少からこの組織で育ってきたので十傑たちが忙しい身であることくらい十分知っている。だから彼らの仕事の邪魔になるようなことはしないように気をつけているつもりだ。

------残月様まだかな・・・・

10分ほど執務室のドア前で彼の到着を待ってみたが、気持ちがどうも落ち着かない。1分ごとにキョロキョロと周囲を見回すが帰ってくる気配は無い。

「おや、お嬢ちゃんどうしたんだい」

その様子に気づいたのはたまたま通りがかったヒィッツカラルド。サニーは少し慌てて「い、いえあの別に・・・」と濁してみる。しかしヒィッツカラルドにはピンとくるモノを感じたらしく

「奴なら一時間前に帰還したが、つい先ほど指令が降りてね。今度はモスクワだよ、たぶん二週間は帰ってこないかもなぁ」

「え!・・・・そ、そうなんですか?・・・二週間・・・・・・・・」

「奴に何か用事があったのかい?」

「いえ!その・・・・いいんですごめんなさいっ」

サニーは走ってその場から立ち去った。ヒィッツカラルドはその背中を見送ったが、「ふむ」と肩をすくめて彼もまたその場から立ち去った。



息を切らすサニーは本部の屋上にある飛空挺の離発着場にいた。
わずかな期待は裏切られ、残月が搭乗した飛空挺は既に飛び立った後だった。







その晩、サニーはもやもやとした気持ちのままベッドに入った。朝はあんなに「ふわふわ」していたのに今は「もやもや」。この大きな気持ちの揺れはいったい何なのか。

------あと二週間も・・・・・

一週間でもひどく長く感じたのに、今度はその倍。

自分がどうしてこんなに彼に会いたいのかは分からない。
本を借りたいために会いに行くわけじゃない。
理由が無いのにじゃあ何故?

------何故だろう・・・・

「ふわふわ」に「もやもや」にと心が忙しく揺れ動く。
前は会えなくてもこんな想いににならなかったはずだ。

サニーは枕をギュっと抱きしめて「もやもや」が収まるのを待ってみた。








そして二週間。

モスクワでの作戦をつつがなく終了させて本部に帰還した残月は、ようやく執務室で一息入れていた。チェアに深く腰を沈めて身体を背もたれに預け、軽く反らして

「・・・・・・・・・・・・」

長い紫煙を吐いてみたもののいつもの刻み煙草の味は何故か物足りない。鋭く煙草皿に煙管を打ちつけ、火皿から燃えカスを落として彼は残る紫煙を全て吐き出した。それに・・・紅茶を淹れてみたがどうも口をつける気にならないらしく、それはデスクの上で香りだけ放っていた。

誰かを待つわけでもないのに誰かを待っているような。

------ふむ・・・

彼はデスクの上で手を組み、そんなハッキリとしない自分の感覚を探ってみた。ふと、物足りなさを感じ執務室を見回してみる。相変わらず整然と埋め尽くされている書棚。来客用のソファにテーブル。目の前にあるのは口をつけられないままのロイヤルミルク。

鼻をくすぐるのは高貴であるが甘やかな香りで、彼は「ああ」と納得した。


軽やかなノックの音はその後すぐだった。


「どうぞ」と言えばサニーが少しモジモジした様子で入ってくる。
残月は無表情の覆面の下で少しばかり目を見張った。

「何の御用かな?」

「・・・あ、えっと・・・お邪魔でなければ本を貸していただけないかと・・・・」

目を見張ったのはたった三週間しか会わなかったのに
少しだけ背が伸び、少しだけ大人に近づき

「本を?ああ良いとも。私はちょうどサニーに会いたかったところだ」

「え?私にですか?」

赤らめる『少女』が少しだけ綺麗になっていたため。

「そう思ったのは確かだ、特に用も無いのに何故であろうな」

おかしいものだ・・・とデスクで指を組む残月がいたって真剣にそう言うので、顔を赤くしたまま思い切り首を横に振ってみた。

「わ、私も・・・残月様に『会いたいから』会いに来ました!」

『ふわふわ』と『もやもや』の狭間で三週間もの間心を揺らし、それを受け入れてきた少女は確信をもって口にしてしまう。

「あ、いえその・・・!」

彼が目を丸くしてしまったのがわかって慌てたが


「そうか」


覆面の下にある男の顔は、すぐにほころんだ。
少々温くなったロイヤルミルクは今が飲み頃かもしれない。
残月は一気に呷り、少しだけ綺麗になった少女を丁重に出迎えるべく腰を上げた。








END






身分違いの許されぬ恋に堕ちた恋人たちの物語を読み終えたサニーは感動さめやらぬのか最終巻をそっと閉じた後も溜め息がやまない。そのままうっとりとした表情でベッドで一緒に横になっているウサギのぬいぐるみを抱き寄せ、物語で書かれていたように目を閉じ、ウサギの口元に桜貝のように色づいた唇を静かに寄せてみる。

「・・・・・・・・・・・」

もちろん想像するようなときめきはぬいぐるみ相手で味わえるはずもなく、唇に伝わる味気ない綿の感触にサニーはもう一度溜め息をついてみせた。








「残月様、ありがとうございました」

「今回は随分と早く読んだな。ということは・・・」

「はい!とっても面白くって、その・・・ページをめくるたびにドキドキしました・・・・」

「ふむ、結構だ」

顔を紅潮させて言い切るサニーに苦笑を漏らし、残月は執務室の書棚に貸していた恋愛小説を元ある場所に戻した。これでサニーが読んだこの類の本は30冊を超えたことになる。それは特殊な環境の中、年頃を迎えようとしている少女にとって大切な『教科書』と言えなくも無い。

残月は次に何を彼女に薦めるべきか、膨大な本を抱える書棚の前で物色し始める。そろそろ重厚な物語に手を出しても問題は無いだろう「悲劇」ではあるが王道の『ロミオとジュリエット』か『椿姫』か、いや『椿姫』は少々早すぎるか。などと手にある煙管を器用に水平に回しながら、あれこれ彼なりに考えている様子。

「あの・・・残月様」

「ん?何だサニー」

「残月様はキスしたことがありますか?」

カツーンと乾いた音を立てて手にあった煙管が床に落ちる。いつぞやのラブレターといいどうもこの少女は自分に想像つかない質問を投げかけるようだ。残月は冷静を装いながら落ちた煙管を手に取った。

「どうしたサニー、突然何を言い出すかと思えば」

「すみません・・・でも樊瑞のおじ様にはさすがに聞けなくて・・・」

樊瑞がサニーからそんな質問をされたらどんな顔になるか・・・今にも笑いがこみ上げそうになるが、実際は彼の怒りの矛先が『教科書』を貸し出している自分に向けられることくらい容易に想像がつく。

------くだらん事をサニーに教えるな!・・・と言うだろうな

だが、こんな『教科書』など無くともこの少女が自然と知ること。ただ、今の環境にこのままあれば知るのが随分遅くなるだけで、それが少女にとって喜ばしいことだとは残月は考えてはいない。

「知りたいのか?」

残月はサニーとテーブルを挟んだ向かい側のソファに深く腰を下ろし、両手を組み合わせ真っ直ぐサニーを見据える。その思いがけず堂々とした態度にサニーは返って気後れしたのか

「いえ・・・そのただ、キスってどんな感じなのかなって・・・変なこと聞いてすみません」

顔を赤くし、淹れてもらったロイヤルミルクに両手を添えて、申し訳無さそうに口をつけた。文章で濃密な描写があっても所詮は想像にまかせるしかない。しかしこういったことに興味が俄然湧く年頃にとっては好奇心は抑えられないらしい。

------誰もが迎える季節、そして過ぎ去る季節・・・か

覆面の下で感慨深げに彼は思う。

さて、まずこの少女のささやかな好奇心をどう満たしてやるべきか。このテの事には白眉と言えるヒィッツカラルドを呼び出してレクチャーを頼むか・・・いや、セルバンテスならば必要以上を語らず上手くサニーの好奇心を満たすだろうか。残月はロイヤルミルクをすするサニーを見ながら最善策を彼なりに廻らせていた。

ややあって彼の中で何か決定したのか

「教えてやっても良いが」

「え?」

「ただ、聞いて『知る』よりも実際『味わう』べきだ、その方が早い」

「残月様?」

急に下ろしていた腰を上げ、座るサニーの横までくるとそのままソファに身体を置く。残月の体重でソファは深く沈み、サニーはロイヤルミルクを零しそうになる。

「私はそう思うが、サニーはどうだ?」

「あっ・・・」

手にしていたロイヤルミルクは残月にそっと奪われた。
残月とは随分と近い距離だが今までも普通にあったこと、しかし今は何故か妙な緊張を覚えてしまう。サニーが目をパチクリさせていたら彼女の細い腰に残月の右腕が回る。

あっさりと彼の身体に体温を感じるほどに寄せられ
目の前には見慣れているはずの覆面から覗く端整な口元。
父親とは違う煙草の香りが少女の鼻をかすめた。

「あの・・・・・・」

「こういう場合は目を閉じるのではないのか?違うか?サニー」

「・・・は、はい!!」

慌ててサニーはきつく目を閉じた。
残月のやけに落ち着いた声に身体が従おうとする。

いったいこれから何がおこるのか。

視界を拘束したことで一気に不安が巻き起こったが、説明できない期待も確かに混じっている。揺れ動く2つの感情を好奇心がさらに揺さぶり、サニーの小さな胸の中を熱くした。心臓が頭に移ったと思えるほど高鳴りがうるさい。もしかしたら残月にも聴こえているのではないだろうか・・・と、こんな状況にありながら少しでも心配したのは彼女もやはり女。

目を閉じるだけでなく無意識に唇もキュっと閉じられているサニーの可愛げのある反応に、残月は気づかれないようこっそり苦笑を漏らす。抱き寄せたまま左手の手袋を脱ぎ捨て、サニーの表情を眺めながらテーブルにあるクリスタルのシュガーポットに伸ばすと角砂糖を一粒捉える。彼は自分の口に運ぶと角砂糖に歯を立てて、小さく半分に噛み砕いた。

そして指先にある残りの半分を・・・サニーのきつく結ばれた唇に、寄せた。

いきなりの感触にサニーは一瞬身体を震わせたが、同時に腰に回されている残月の腕に力がこもり、震えを抑えられてしまう。唇にあるのは無理にではなく、優しくなぞるように寄せられてくる。必死になって閉じていた唇は次第に解かれていき、ついには探るように噛み砕かれた砂糖を受け入れた。


舌に溶けるそれは、痺れるほどに甘い。

砂糖だとすぐに、わかる。

わかっているがこの甘さは砂糖の甘さでは、ない。

夢色の靄(もや)がかかったまま、少女は甘さの中に彷徨った。



「もう目を開けても良いと思うが」

ところがサニーの目は未だ閉じられたまま、きつく閉じていた瞼はいつのまにか和らぎ陶酔の表情。残月の声など聞こえていないようだ。

「サニー、サニー?」

「・・・あ・・・・はい・・・・え?ああ!」

ようやく目覚めれば残月の覆面から覗く意地の悪い笑みがある。

「ふ・・・・ふふ、ふはははははははは!」

そして愉快そうに声を上げて彼は笑う。
サニーは自分の顔が耳の先まで赤くなっていくのがわかった。

「しっかり味わえたようだな」

赤くしたまま頬を膨らませ、恨めしそうに睨んでくるサニーに残月は再び笑った。












その夜、ベッドの上でサニーはウサギのぬいぐるみ相手に再び「予行練習」を行っていた。しかし何度やっても昼間のような蕩ける感覚には程遠く、ウサギに唇を寄せてもやはり味気ない綿の感触だけ。今度は飴玉を口に入れ、甘さを実感しながら行ってはみたが・・・・

「何が違うのかしら・・・」








ぬいぐるみを抱きしめ、悩ましい溜め息を吐く


一生に一度きりの季節は到来したばかり


夢見る甘さに、少女はまだ彷徨っていた。







END








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残サニ







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