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石で造られた堅牢な建物の中、そこに少年はいた。
彼が産まれ育った土地では中々見ない建造物であるそれは木造の物と違い、とても静かで冷ややかだ。
彼、幽鬼が先程入ってきたドアからずっと奥へ向かい真っ直ぐに敷かれた赤い絨毯の上。
均等の間隔で脇に並ぶ石柱の影や、進む道の先はとても暗くて何だか怖い感じがしたから、繋ぐ手をしっかりと握り締めながら進む。
その奥の暗闇から人影が、バタバタと騒がしい足音を立てながら近付いてきた。
驚きと脅えに身を強張らせる幽鬼を宥めるように、隣に寄り添う初老の男が空いた手で頭を優しく撫でた。
それで気持の昂りはやや落ち着いたが、幽鬼はその身を包む着物の裾をきつく掴んだ。
やっと向かいからやってくる人の姿を認識出来る程の距離になって、相手が随分と大柄な人物だと知る。
図体もでかければ声もでかい男は、まだ随分と距離があるにも関わらず此方の姿を視認すると声をかけてきた。
派手な桃色のマントを翻しながら男は声を張り上げる。

「カワラザキの爺さま、今ご帰還か。予定より少々遅いので心配したぞ」
「おぉ、樊瑞。少々寄り道をしておった故いささか時間を食ったが万事順調だ、問題ない」

今や黒髪より白髪の量が多くなった初老の男がそう言って笑うと、長い黒髪の男も柔らかい表情を浮かべる。
脳裏へ直接伝わってくる二人の心の声を聞いて、その間柄が偽りの友好関係ではない事を察し幽鬼はやや緊張を解いた。
彼が唯一絶大な信頼を寄せる老人に好意的な人物だと分かっただけで、幽鬼にとっては安心できる。
それに何だかこれまで幽鬼の周囲にいた人間よりも、この樊瑞という男から流れ込んでくる感情や思考といった情報の量は随分と少ないようだった。
能力を持つが故に、幽鬼の中には望むと望まざるに関わらず他人の情報が流入してくる。
隣にいるカワラザキと出会って初めて幽鬼は力の制御法を知り、彼を蝕み続けていた力も今では徐々に抑えられつつあった。
それでも未熟な幽鬼には、受信チャンネルを遮断して流れ込んでくる情報の奔流を制限することは出来ないはずなのに。

(まるで、じさまみたいだ…)

不思議に思いながらその顔を見つめていると、視線に気付いたのか樊瑞が幽鬼を見た。
慌てて顔を背けると樊瑞は、ふむと唸る。

「それは何よりだ爺様。ところでその子どもは…?」
「あぁ…ワシが引き取った子でな、幽鬼という」

それまでカワラザキの手をしっかりと握り二人の遣り取りを観察していた幽鬼は、大人達の注意が己へ向けられた事で再び緊張を強めた。
カワラザキが、安心させる為に幽鬼の肩を抱きながら樊瑞の目の前へ引き出す。
樊瑞は物珍しそうに子どもの顔を覗き込み、黄と緑の不思議な色合いを持つその独特な瞳を見つめた。
慣れぬ男の無遠慮な視線に驚いた幽鬼が慌ててカワラザキの体の影に隠れると、一瞬呆気に取られたような顔をした後に樊瑞は破顔した。
豪快に一頻り笑うと、そのままカワラザキへ「また後程」と断ると、何やら機嫌良さそうに去って行く。
幽鬼はただ呆然と、やはり大股で去って行くその背中を見送って、それからカワラザキの顔を見上げた。
ニコニコと、何やら楽しそうな表情のカワラザキに幼い幽鬼は小首を傾げた。





雲一つない青空の下、スーツ姿のコードネーム暮れなずむ幽鬼は立ち尽くす。
それは実に奇妙な光景だった。
片や栗色の髪に真紅の瞳を持つ色白の愛らしい少女、片や怪しげな仮面と帽子で顔の殆んどを覆い隠し煙管を携えたスーツ姿の男。
その二名が、美しい庭園のベンチに腰掛け、あまつさえにこやかに談笑している。

(……何だアレは)

明らかにおかしい取り合わせだった。
少女一人だけであったらその光景はさぞ絵になっただろうが、一面に広がる見事な青空や花々が咲き乱れる庭と、仮面の男・白昼の残月はミスマッチと言う他無い。
そもそもあの男が溶け込める風景など、この世に存在しないだろうが。

現在地から幽鬼が自室へ帰る為の最短ルートはこの庭園を抜ける道で、ここを通ればすぐに着く。
出先から真っ直ぐこの道を通る為に来たのだし、ここを通らない理由など幽鬼にはない。
だから幽鬼は、一度止めた歩みを再び開始した。

(いや…)

踏み出した足を止める。
何か嫌な予感がした。
具体的な何かがあるというわけではないが、虫の知らせとも呼ばれる第六感的な部分からの警告を受け、あの二人とは顔を合わせない方が得策と幽鬼は考えた。
面倒ごとには関わらない事が幽鬼の信条だから、即座に踵を反す。
しかし迂回しようと進路を変えたところで無情にも少女の声が軽やかに響いた。

「あっ、幽鬼さま…!」

彼女、サニーはわざわざベンチから立ち上がり、可愛らしくお辞儀をした。
声をかけられたのに無視をするのも不自然だった。
がっくりとうなだれたい気分になりつつも、幽鬼は平静を保ち少女へ向き直る。
そもそもこの礼儀正しい少女に非はなく、その隣にいる、余計な茶々を入れて来るであろう人物こそが問題なのだ。
今もそのマスクの下から此方の様子を窺っているのだろうが、その表情は幽鬼には見えない。
余り関わり合いにはなりたくなかったのだが、幽鬼は仕方がなくサニーと残月の方へと歩み寄った。

「こんな昼日中に出歩くとは珍しいではないか」

いっそ清々しい程に不遜な態度を崩さず、アンティークな造りのベンチに我もの顔で陣取っている残月が問掛けた。
足を組み右手に煙管を掲げ、不敵な笑みを浮かべている。
人の事を何だと思っているのか知らないが、随分な物言いだった。

「孔明に呼び出されてな、その帰りだ。白昼の、お前こそサニーに何か良からぬ事を吹き込んでいるのではあるまいな」
「人聞きが悪いな、成すべき事を成し暇を持て余している者同士他愛の無い話に興じていただけだ」

口元以外の部分が隠されている為に表情は読めないが、下弦の弧を描く唇を見る限り残月は微笑を浮かべたようだった。
なぁサニーと彼が同意を求めると少女も、はい残月さまと笑顔で頷く。
サニーは樊瑞から与えられている課題を、残月は報告書の提出と上がってきた書類のチェックが終わったらしい。

「私には一緒に遊べるような友人もいませんし…こうして時折、残月さまにお相手して頂いているのです」

そう言って、サニーは少し寂しげに笑った。

「……」

今のサニーには父親のアルベルト、後見人の樊瑞、アルベルトの盟友セルバンテス、十傑集の長老カワラザキ、アルベルトの忠実な部下であるイワン…他にも頼るべき大人は多くいる。
しかし彼女の周りには年の近い友と呼べる存在はおらず、未だ幼い彼女の身の上を考えればその孤独は量り知れない。
幽鬼はそんな境遇のサニーを哀れむ一方で、それでも決して明るさを失わない彼女を眩しくすら感じていた。
彼女の持つその明るさやひたむきさ故に、子供好きのセルバンテスのみならず多くの幹部連中が一人の少女に暇さえあれば寄ってたかって構っている。
少女一人相手に何をしているんだか、と他の十傑集達を白い目で見ながら比較的積極的な関与は避けている幽鬼でも、この少女の暗い表情など見過ごせなかった。
結局幽鬼もやはり彼女が可愛くて仕方がないのだが、どうにもこんな場面で気の利いた台詞を言えるほど器用ではなく言葉に詰まる。

「………サニー」
「そういえば、暮れなずむは幼い頃からBF団に在籍していたと聞くが」

躊躇いがちに声をかけようとした幽鬼を遮って、無遠慮な声が響く。
それまで傍観していた残月が突如割り入ってきた。
しかも残月がその場へ振り込んだ話題が他ならぬ自分自身の事であったものだから、幽鬼は驚いた。
不躾に何を言い出すのかこの男は、と困惑の表情で残月を見る幽鬼とは異なり、興味を持ったのかその言葉にサニーの表情がパッと明るくなる。
寄りに寄ってこの話題に食い付くのかと若干苦々しい思いを抱きつつ、幽鬼は残月を見遣った。

「…確かにそれは事実だが……白昼の、それを誰から聞いたのだ」

新参者に数えられる残月が、10年以上も昔の出来事を知るはずもない。
一つの可能性を考えながら、幽鬼は残月に尋ねた。

「我等がリーダー、混世魔王殿だが?」

しれっと答える残月の回答を受け、全く予想に違わぬその内容に幽鬼は眉間に皺を寄せる。
元より悪い顔色が、益々悪化したようだった。
両眼をぎゅっと閉じ、今も昔も変わらず桃色のマントを羽織った男の姿を思い浮かべその口の軽さを呪った。
幽鬼の様子など気にも留めず…あるいは知りつつ、残月は更に続ける。

「BF団が誇る十傑集の幼少時代…実に興味深いとは思わないかね、サニー」
「えぇ、残月さま」
「………」

やけに連携の取れた遣り取りに、孤立無援の幽鬼は黙殺された。
思いの外絶妙な二人のコンビネーションと、昔話をせがむサニーのキラキラとした瞳に負けて、結局幽鬼は身の上話をする羽目になった。
残月の力技で話題の転換には成功したようだったが今一つ腑に落ちない。
今となっては過ぎた事でしかなく取り立てて神経質になるような話題でもなかったが、かといって特に面白い話でもないような気がする。
だが友と呼べる者もいないサニーの慰めに少しでもなるのならばと、溜め息混じりに幽鬼は口を開いた。
滅多に己の事を語らぬ幽鬼が話す幼き日の話に、サニーは心底嬉しそうな表情を見せる。
そんな少女の様子を見て、幽鬼は暖かい気持ちを抱いた。

(全く、柄でもない…)

それでもやはり満更でもない気持ちになっている自分を自覚して、幽鬼は密かに微笑した。

この三人が会話してる姿を思い浮かべるだけで凄い幸せな気分になれる今日この頃。
この後、幽鬼ちゃんから「余計なことを喋るな」と釘を刺される樊瑞。昔馴染みだからぞんざいな扱いを受ける魔王。リーダーの威厳皆無。
幽鬼はじさまに連れられて8歳くらいからBF団にいて、魔王とバンテスおじさん辺りが当時の様子を知っていると良いなーと。
ピンクマントとクフィーヤに構われる子幽鬼萌え。
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その日、世界各地に散らばって黒い活動を行っていた十傑集たちは緊急招集を受け、このBF団本部に勢揃いすることとなった。



「進行中の全作戦を一時中断してまでこの招集、納得いかん」

紫煙を吐き出しながらの残月の言葉に、彼と肩を並べて足早に歩くレッドも同感だとばかりにうなずいた。

「私などせっかくF国の機密情報をあと一歩のところで手に入れられるところだったのだ。だいたいあの情報入手は組織にとっても最重要であったはず・・・」

「となると・・・よほどの事、と捉えるべきか」

「ふん、そう願いたいものだな」

薄暗い回廊を抜ければ広大なドーム型の大広間。半球状の天井及び壁面全てにはモニターパネルが隙間無く貼り付けられ、世界各地のBF団の活動状況をライブ映像で確認できる。そこは十傑集たちの主な戦略会議の場でもあり、本部の中枢と言える。

2人は明るいその大広間に足を踏み入れた、すると足元の床が音も振動も無く円柱状に立ち上り2人を先に到着していた8人と同じ目線まで持ち上げた。


「これで10人全員揃ったようだな」

「樊瑞まず説明してもらおうか、作戦を中断してまでの十傑招集とはいったい・・・」

「まぁまて幽鬼、招集の主は私ではない」

「やっぱり策士殿かね、やれやれ・・・」

セルバンテスは首を振ってみせる。
他の面々も少なからず予想していたことだったらしく溜め息をついてみせた。

「これは十傑集の皆様、お忙しい中の速やかなる帰還、ご足労でございましたな」

10人の中央に位置する場所から宙に浮いて下降する円柱状の足場、白面の策士が笑みを浮かべて登場と相成った。

忌々しげに睨み付ける多くの視線を物ともせず、孔明は白羽扇を一度あおぐ。

「私も皆様同様に時間を無駄にするのは好みませぬ故、早速本題に移りましょうか・・・先だってサニー殿から皆様は過分なる贈り物を頂戴したはず」

「うん?バレンタインチョコのことか孔明」

「そうですカワラザキ殿。我らがビッグ・ファイア様もお心の広いお方、子どもからのチョコであろうと喜んでお受け取りになられその味に大変ご満足なさっておられました」

はて、ビッグ・ファイア様は本部の地下深くの場所、睡眠カプセルの中で『その時』が来るまで長い眠りについているはずだが。孔明以外の誰もが突っ込みたかったがその隙を与えず孔明は尚も続ける。

「そこで・・・皆様は明後日が何の日かご存知ですかな?」

「燃えないゴミの日だろう」

レッドの発言に孔明の額に青筋が浮かぶが、かろうじて白羽扇で隠した。

「・・・・ヒィッツカラルド殿、お答え願いたい」

「ホワイトデー・・・か」

「左様!この日がどういう日なのか、聡明なる十傑の皆様ならご存知のはず!」

「知らん」

ほぼ半数の声に(誰かはご想像にお任せ)、膝の力が抜けた孔明は支柱より落ちそうになったが踏ん張りきった。正直頭が痛い、日々熱心に犯罪に手を染めている連中とはいえこうも世間ズレしているとは。

「私は知っているとも、バレンタインでチョコをくれた女性にささやかなお返しをする日だろう。私は当然サニーちゃんにお返しする気満々だからねぇ~」

「セルバンテス殿、貴方・・・また財力にものを言わせてお金で解決ですかな?」

「え?」

「お返しと言ってもどうせ高価な物でも買い与える気でしょうに、島ですか?服ですか?それとも宝石?いずれであっても貴方にとっては息をするよりも造作も無いこと・・・しかし、サニー殿は幼い身でありながらご自分の手であのチョコをお作りになられたのですぞ?しかもたったお一人で相当な数を、そしていっさい手を抜かず贈る者への心配りを込めて」

「う・・・・・・」

珍しく何も言えなくなったセルバンテス。
孔明はぐるりと十傑集たちを見回した。

「皆様もそのことくらいよくおわかりのはず、それに対して金に任せての返礼などとんでもない。心には心で返すのが道理。あのチョコに対する返礼はそれに見合ったものにしなければ十傑の名折れ・・・そこで、ホワイトデーのサニー殿への返礼は『手作り』に限るものとします!!」

「なんと、我にとってこの上なき難題」

「ちょっと待て、お返しは当然だとしても『手作り』とは」

「ふむ、孔明の言うことも最もだ」

「っは、くだらぬ」

様々な反応をを見せる十傑たちの前で孔明は胸を張り、高らかに宣言した。

「全ては、ビッグ・ファイアのご意志である!!!!」

同時に孔明の支柱が浮き上がり「さ、これでお開きですごくろーさん。とっとと帰ってください」と顔に書いて開いた天井の中へと彼は消えていく。

「もしかして、我々はこれだけのために集まったのか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・」

呆然と立ち尽くす十傑集。
静まり返る大広間。
アルベルトの問いに誰も答えられなかった・・・。




さて、ビッグ・ファイア様のご意志により(孔明曰く)ホワイトデー当日の明後日までBF団の活動は完全停止することとなった。作戦の総指揮を執り行う多忙な十傑の面々に『手作り』の猶予期間を与えたというわけである。


かくして、世界はホワイトデーまで少しばかり平和となった。

世界は確かに少し平和になったのだが、十傑集たちは普段とは異なる事態に慌てた。もちろん慌てる者と、さして慌てなかった者・・・そして全く慌てない者とそれぞれなのだが。




全く慌てなかった数少ない者の一人、幽鬼は自身が管理する温室にいた。

スーツの上着を脱ぎ、シャツを腕まくりをした彼は腰をかがめてイチゴの収穫を行っていた。足元の籠には既に杏子(あんず)と無花果(いちじく)が入っており、赤いイチゴがその仲間入りとなる。

彼は最初から手作りジャムをお返しにするつもりだったので、孔明の発言に驚くことも頭を悩ますことも無かった。

「しかし幽鬼、お前がジャムなどを作れる男だったとは」

「意外と言いたげだな白昼の。私が厨房に立つ姿を想像できぬだろう?ふふふ」

実は、サニーにかつて「料理の手習い」を勧めたカワラザキは幽鬼が幼い頃にも同様に彼にも勧めていた。理由はやはりサニーの時と同じで『情操教育』の一環と言った方が早いかもしれない。今では趣味のレベルには収まりきらない腕前であったが、その事実を知るものはカワラザキぐらいだろう。

「他の連中には内緒にしておいてくれ、むさい男が手料理を趣味とすると知れれば笑いのネタにされるのが落ちだ」

「笑いのネタなどと・・・私は羨ましいと思うがな」

「そう言われれば悪い気はせんなぁ」

イチゴをひとつ、後ろに立つ残月に投げてよこす。
ところで、何故残月が幽鬼の温室にいるのかというと・・・

「さて、どれを図案にさせてもらおうか」

イチゴを口に入れ、広い温室内を見渡す。無花果の木の後ろにスミレがささやかな存在感で咲いていたのが残月の目に留まった。

繊細かつ優美で知られる仙頭(スワトウ)の真っ白なレースハンカチをサニーへお返しとして贈るつもりだったが、今回の事態、残月はそのハンカチに自らの刺繍の一手間を加えることにした。真っ白なハンカチにスミレの紫色が映えるのを想像しながら彼は刺繍の図案をイメージする。

「こう見えても『針仕事』は得意でな、ふふふ意外だったか?」

「いいや、とんでもない」

幽鬼は腰を上げて苦笑した。



その2人がいる幽鬼の温室から100m離れたところにあるのはヒィッツカラルドが管理する温室。ヒィッツカラルド本人はそこにいた。様々な草木を育てている幽鬼とは違って酒好きの彼がその温室で栽培しているのは原料に使える果実か葡萄の類がほとんどだった・・・・が。

「見事に咲いて手折るのは少々惜しい気もするが」

手折る、と言いつつ彼は指を軽く鳴らす。すると目の前の赤い薔薇が花弁からポトリと頭を落し、それをすかさず手に受け取った。

温室の一番隅、実はそこだけ赤いのと白い薔薇が群生している。彼の執務室に飾られている薔薇はここでこっそり育てていたのだった。こっそり、というのは誰もそのことを知らないだけで、温室内の植物はもっぱら下級エージェントに管理を任せているが、薔薇だけは自分が手をかけ咲かせたと彼が誰にも言ったことが無いからでもある。

「お嬢ちゃんのためだ」

ヒィッツカラルドは薄く笑うと再び指を鳴らし始め、薔薇は次々と頭を落していく。薔薇を何に使うのかというと化粧水やリネンウォーター、香水にも使える無添加のローズウォーターを作るつもりだった。




と、まぁ比較的慌てることもなくすんなりと事を運ばせているのがこの3人。


では他の連中は、というと・・・・。




カワラザキはスーツから作務衣(さむい)に着替えていた。おまけにタオルを頭に巻き、足元も足袋(たび)に履き替えすっかり『職人』の様相。

孔明に疑心と反感を抱いている者のうちの一人の彼だったが、今回に限っては策士の言葉に心動かされた。しかしなかなかサニーを喜ばせられるような「手作り」が思いつかない。そんな彼が年齢を感じさせる両手で掴み取ったのは・・・

「さて、湯のみにするか茶碗にするかそれとも・・・悩むのう」

腰を下ろしていた座布団から少し上半身を浮かせ、両手にある土に体重をかける。リズムに合わせた丹念な「菊練り」はもはや素人の手つきではない。

茶道をたしなむだけでなく茶器も自分で作るカワラザキ。ついには陶芸の趣味が高じて幹部の特権でもって中庭の一部に「作業場」まで作ってしまった。

もちろん焼成するための「窯(かま)」も。






「む、あれに見える白煙は激動大人の窯のもの」

本部の南端にある温室から、茶葉の入った籠を持って出てきた十常寺は目を細めた。

幽鬼、ヒィッツカラルド・・・そしてこの十常寺の3人が十傑集で温室を持つ者たち。しかし、彼の場合その目的は他の二人とは少々異なる。温室内で育てられているのは彼の能力である「道術」「呪術」に使われる植物がほとんどだった。誰も見た事が無い奇妙に捻じ曲がった木や怪しげな香りのする花、中には恐ろしい毒草も混じっているかもしれない。それらを扱えるのは十常寺くらいなもので、BF団の世界最高水準の科学力をもってしても安定した栽培は難しい。

ところが実益ばかりでもなく唯一「趣味」の一角を温室内に設けており、それが茶葉だった。彼は土と水の段階から厳選し完璧な温度管理でこだわりの栽培を行っている。意外に繊細な一面を持ち合わせる彼が作る茶の味は好評で、たまにカワラザキや樊瑞にわけたりもしている。

「サニー嬢に我が茶が受け入れられるや否か・・・されど『ちょこれいと』に報いる術(すべ)は我に是しか無し」

十常寺は大事そうに茶葉が入った籠を抱えなおした。







緊張と静寂の中、墨の香りを血風連A(仮名)はゆっくりと鼻腔より吸い込む。
横に鎮座する血風連B(仮名)の視線は一点に集中し、さらにその後ろの血風連C(仮名)とD(仮名)も息を止め拳を握りなおす。

血風連の中でも代表格のABCDの背後には血風連E~Z、血風連A´(えーだっしゅ)~Z´、血風連あ~(以下略)と・・・怒鬼の執務室に入るだけ汗臭い男どもが入っていた。彼らの視線は怒鬼が手に持つ筆の毛先。うっかりくしゃみなどをして「怒鬼様の神聖なる精神修養」を汚そうものなら他の連中から袋叩きされる緊張で室内はピリピリしている。

その緊張の中、室内の中央にいる怒鬼は右腕を躍動させるように大きく払った。

「おお!さすが怒鬼様。見事でございます」

「書は体を現すと申しますが、まさにそれ」

「怒鬼様の人となりが書に現れておりまする」

「これならサニー様もお喜びになられるでしょう」

ABCDは力強く頷き合う。
茶もたしなめば書も得意とする怒鬼、サニーに渾身の作を贈るべくかれこれ100枚近い作品がそこらじゅうに散乱していた。その中から最も出来のいい3枚を取り出し、彼は1枚に絞るべくをおもむろに腕を組んで見定める。

『現金払い』

『根性』

『人生劇場』

達筆なのは一目瞭然なのだが、いったい・・・何を考えてのこの言葉なのかは怒鬼本人に聞くべきところだろう。

「ううむ、いずれも見事な出来栄え。言葉も含蓄溢れるものとなれば悩みまするなぁ」

血風連の多数決によりサニーに贈る1枚は『根性』となった。




以上

頭を少々悩ませるも『手作り』の品が決まったのだ。





それにしても、彼らたちは意外なことに『生産的』な趣味を持ち合わせていた。
破壊と収奪、そして血なま臭い行いを常にし何も生み出すことはない彼ら。
全てはビッグ・ファイアの御為ではあるが彼らが死んだところで残るものは何も無い。
もしかしたらその心の隙間に存在する虚しさを少しでも埋めようとしているのか。








一方で反対に完全無趣味の男が。




「贈り物をせねばならん、とは言ってなかったはずだ。あのガキに何かくれてやるつもりなどない私には関係の無いこと。貴様らは勝手にやっていろ私は知らぬ」

そう吐き捨てるとレッドはその日を境にどこかに姿をくらませた。




残る十傑は例の3名。

話はいよいよ本題に入る。

万年常夏カーニバルの男、セルバンテスに冬が到来していた。

「はぁ~~~~・・・・・・」

長い長い溜め息は魂がそのまま吐き出されるような沈痛さ。
どんよりと今にも雨が振り出しそうなしみったれた雲を背負って、周囲に「陰鬱」の気配を押し付ける。周囲といってもアルベルトの屋敷の応接間、そこにいるのはアルベルトと樊瑞だけであるが。

舌戦では引けをとらない彼だったが、今回に限って孔明の言葉に何も言い返せなかったのがよほどのショックだったらしい。

「わざわざ私の屋敷に来て落ち込むな、見苦しい」

「アルベルト、私はダメな男だ・・・」

「ああ、そうだな」

「お金でなんでもどうにかしようとする貧しい心の持ち主だ」

「それくらい知っている」

「こんなにお金を持っていても、サニーちゃんからの心のこもった贈り物に見合うお返しを持ち合わせていないなんて・・・はぁ」

「どうしたセルバンテスお主らしくもない、そうはいうが金も大事だぞ?それにお主から金を取ったら何が残るというのだ、何も残るまい?」

樊瑞からの言葉はアルベルトの辛らつなものより相当キツかったらしく、彼から優しく肩を叩かれたセルバンテスはソファの上で膝を抱え、いよいよ雲を厚くする。吐いた本人に悪気が一切無いぶん受けたダメージが深刻だった。

「ええい!鬱陶しい!!だからどうしてわざわざ私の屋敷に貴様らが来るのだっ」

「そうカッカするなアルベルト。我々が用があるのはお主ではない、ほらお主が可愛がっているB級エージェントの・・・イワンとか言ったか、あの男に用があるのだ」

「別に可愛がってはおらん、それにイワンは今は忙しい」

「なぜだ?組織の活動は完全停止しているはずだぞ?」

「厨房でクッキーを焼いている、例のなんとかデーのためだとか言ってな」

鬱々としていたセルバンテスがはっとした表情で樊瑞と顔を見合わせる。そしてお互いに何か通じ合うものがあったのか強く頷き合うと2人は一目散に厨房へ駆け出していった。


一人アルベルトは我関せずの態度で葉巻に歯を立て、新聞を広げた。






「イ・ワ・ンくぅ~ん」

常夏に戻ったセルバンテスは愛しげにイワンのスキンヘッドに頬擦りする。
一方樊瑞はガシッっと彼の両手を握り締め熱い視線を傾ける。
そしてイワンは悪寒で動けない。

「わわ、わ、私に何か御用でしょうか」

「うむ!中々察しが良いではないか、さすが衝撃が認める男だけのことはある」

「そうだとも、イワン君は最高のB級エージェントだものねぇ、ふふふ」

足元で地獄が口を広げているような寒気を、イワンは確かに感じた。

「イワン君はすごいよ、クッキー作れるんだもの私は尊敬するなぁ」

「クッキー作りは立派な特殊能力だ、十傑候補として私がA級昇進の推薦をしよう」

「いえ、謹んでお断りいたします・・・」




仕事と自分に生真面目な樊瑞は趣味を持とうと考えた事も無く、本人曰く「無趣味の面白みの無い男だ」と自分のことを評する。しかし、「サニーを育て上げる」こと自体が彼の人生で最大かつ「人としての幸福な生産的行為」でありそのお陰で彼自身心が満たされ趣味によりどころを求める必要が無かっただけだった。

もう一人のセルバンテスに至っては、お金で手に入れられない物は無く、人の心もその気になれば能力でもって誑かし(たぶらかし)自分の都合の良いように意のままに操れる。おかげで自分を満たそうと思えばいくらでも満たせるのだが、返って虚しさが膨らむ悪循環。いつまでたっても埋められない虚しさと同居する彼にご趣味は?と問えば「サニーちゃんとアルベルトだよ」と彼は笑うかもしれない。


基本的に自分で何かを作る、ということを普段しつけないがためにサニーへの手作りプレゼントにはほとほと頭を悩ませた2人だった。


「クッキーを・・・お2人にこの私が作り方をお教えするのですか?」

「そうだ。恥ずかしいことに我々2人はその・・・こういうことには非常に疎くてな。ホワイトデーではクッキーやら飴玉やらをお返しにしても良いのであろう?しかし厨房に立つことも包丁を持つことも無い我々がそんな物を作れるわけがない」

「そこでイワン大先生にお願いというわけなのだよ。作り方教えてくれないかねぇ」

「はぁ・・・・」

泣く子も黙る十傑集が2人も腰を低くして自分に懇願する様は、イワンにとって心地よいどころか気味が悪かった。

「私のようなものでお力になれるのでしたら喜んで・・・」

その言葉に2人はよし、とばかりにトレードマークのマントとクフィーヤを脱ぐとそれを大きく翻した。するとそれぞれの色のエプロンと化し、2人は嬉しげにいそいそと身に着けた。

「こう見えてもな、仙人修行時代は野宿がほとんど。今でこそ厨房などに立たぬが蛇やウサギぐらいはさばけるぞ?あれは血をよく抜いてしっかり焼かねば臭みがなぁ」

「あの・・・クッキーに蛇やウサギは使いませんので」

「私はねぇ自慢じゃないけどなーんにもできないから、ははははは」

「・・・・・・・・・」

論外だった。


まるきし役に立たない男2人に卵の割り方から教えることから始まった。
まだサニーの方が飲み込みが早かったとイワンは思うが、相手が相手だけに勤めて心を穏やかに保ちながら指導をつづける。

「そういえばアルベルトはサニーちゃんに何か作ってあげるのかね?」

「いえ、私は何も聞き及んでおりませんが」

「あやつめ、よもやサニーに何もお返ししないと言うのではないだろうな・・・ああ!セルバンテスそれは砂糖ではない塩だ!」

「早く言ってくれたまえよ!入れちゃったじゃないか」






何度も失敗を重ねた末、どうにかこうにか「食べられる」クッキーが出来上がり、2人は大満足のままにアルベルトの屋敷をあとにする。イワンも戦場跡のような厨房を綺麗に片付け・・・


「それではアルベルト様、私はこれで失礼いたします」

「うむ」

イワンが帰ったのを確認してアルベルトはようやく腰を上げた。

趣味:戦うこと


何も生み出さない最も非生産的行為を趣味とする男がここにいる。


厨房の調味料を入れる棚の横にある「だれでもかんたんに作れるクッキー」の本。
イワンがサニーのために常備してある子ども向けの本だ。
苦々しげな顔しながら手に取ったのは黒いエプロンを身に着けたアルベルト。

「くそ、なぜ私がこんなことをせねばならんのだ」

じゃあ、しなきゃいいじゃん。と誰か突っ込もうならどうなるか、幸いココには彼以外に誰もいなかったから被害者は出なかったが・・・そう、誰もいないはずだったのだ。

「アルベルト様・・・何を?」

忘れ物を取りに戻ったイワンが見たのは、いるはずの無い厨房に立つ主人の見慣れない格好と、手に持つことは絶対に無いであろう本。

「もしかしてサニー様にクッキーを・・・」

「イワン」

瞬歩、というやつだった。
それはB級やA級も凌駕する人間離れした身体能力を有する十傑集の動き。
イワンが瞬きをした瞬間、彼の目と鼻の先に鬼のような顔をした男が立っていた。

「あ、あるべると様・・・」

「イワン、お前が有能なのは口が軽くないということも含めての評価だ」

「は・・・はい」

「 わ か っ て い る な 」

「は・・・・・・・・い」










サニーがホワイトデーというものを知ったのは、一番最初に幽鬼から手作りジャムを手渡されてから。

「え、幽鬼様がこれをお作りに?」

「ふふ、お嬢ちゃんへのお返しに見合えばいいのだが」

「こんな・・・私のために・・・ありがとうございます幽鬼様」

それは三種類のジャムが瓶詰めされ、綺麗にラッピングまでされている。カワラザキからは小ぶりの茶碗と大きめの茶碗の一対。「せっかくだから樊瑞のも作ってみたのだよ」と言われてもらった。残月からは見事な花の刺繍が施されたレースハンカチ、ヒィッツカラルドからは手の甲へのキスとともに香水瓶に入ったローズウォーター、十常寺からは茶壷に入った香り豊かな特級茶葉、怒鬼からは漢字が苦手なためその意味がわからないが額に入れられた見事な書。

おまけにアキレスからどうやって作ったかは謎のキャンディ、イワンから10種類の詰め合わせクッキーに孔明からは手編みのブランケット。そして

「これはビッグ・ファイア様よりサニー殿へとのことです」

それは美しい水色ビーズ細工の蝶のブローチだった。






「皆様、お忙しいのに・・・」

サニーは次々と樊瑞の屋敷へと訪れる十傑たちから手渡された「手作り」の品を丁寧に部屋に並べた。自分のために時間と手間をかけて作ってくれた心のこもった贈り物に心から感激したのか、少し涙が出そうだった。



「サニー入ってもよいか?」

ノックされたドアの向こうから樊瑞の声、サニーはドアを開けた。

「おお、たくさん皆からもらったな」

「はい、皆様には本当にどうお礼を申し上げれば・・・」

「これはなサニー、お前へのお礼なのだ。ありがたく受け取っておきなさい」

樊瑞の背後からもう一人、セルバンテスがひょっこり顔を覗かせる。

「サニーちゃん、私からのも受け取ってくれるかね?」

スーツの胸元から取り出したのはいびつな形のクッキーが5枚入ったラミネート袋。さんざん失敗作を積み上げてどうにか形になったのがこのの5枚だけだったのだ。

「私も、その・・・作ってみたのだ」

樊瑞も同じ数のいびつな形のクッキーで、サニーは2人からそれを受け取った。

「・・・・・・・・・」

「ん?どうしたサニー」

顔を俯かせて無言になってしまったのにいぶかしむ。

「ごめんよ、こんなかっこ悪い形のクッキーで・・・」

途端、サニーはセルバンテスに抱きついた。横にいた樊瑞はどうして抱きつくのが自分でないのかちょっぴり納得いかなかったが今はそんなことを言っている時ではない。

サニーは感激のあまり泣き出してしまった。

「サニーちゃんがこんなに喜んでくれて・・・ああ、手作りにして本当に良かった」

そういってサニーを優しく抱きしめるセルバンテスに虚しさは・・・無かった。









ホワイトデーもあと一時間で終わる深夜。

サニーが幸せに包まれて安らかに眠る寝室の壁より不審な影がにじみ出る。

「ふん、随分ともらいおって」

影は直ぐに赤い仮面をつけた人の形になった。
レッドは机の上に置いてあるい様々な品物の中からびつな形のクッキーを見つけると、当然のように摘んで食べようとしたが・・・

「・・・・・」

サニーの幸せそうな寝顔を見て止めた。
周囲を見渡しベッドサイドのテーブルにガーベラが一輪飾られているのを見つけると、スーツの胸元からなにやら取り出し花瓶にそれを押し込んだ。

レッドは再び影と化して壁に溶け込もうとしたが・・・別の気配を感じた。
窓の方を見れば何者かが二階にも関わらずそこから入ってきた。

-----ん?あれは・・・・

その不審者はほとんど影と同化して気配が死んでいるためにレッドに気づかないのか、誰もいないものとして大股で眠るサニーへと歩み寄る。身体をかがめてサニーの頭を撫でるのが暗い部屋でも良くわかった。

不審者もまた胸元から何か取り出すと、サニーの枕元に置く。

「味の保証はできんからな」

再びサニーの頭を撫でた時、一瞬だけ雲間から覗いた月明かりに照らされ浮かび上がった不審者の表情。それは一度も見たことも無いもので、レッドは妙な気分になる。

不審者は来た時と同じように窓から出て行った。
そしてレッドもまた、何も見なかった事にして壁の中へと消えていった。










サニーが目を覚ましてまず目に入ってきたのは枕元にあった焦げが少しついた5枚のクッキーが入った袋だった。目を丸くしてそれを見つめる彼女の横では、ベッドサイドのテーブルの上で赤いリボンが巻かれた摘みたての野菊の花束が一輪のガーベラを窮屈そうに押しやっていた。




END







(年齢高)
命の鐘(?)←不死身だから300年くらい生きてそう。
激動(61)←もはやシニア
魔王(43)←静夫とタメの45でもいい
衝撃(38)←盟友は同い年
眩惑(38)←衝撃と同期の桜
↑ミドル世代
↓ヤング世代
素晴らしき(32)←案外若くない
直系(31)←素晴らしきと同じくいい年
マスク(27)←23くらいでも問題ないけど
暮れなずむ(26)←30はいってなさそう
白昼(?)←声は30過ぎ
(年齢低)
ヤングって・・・はともかく並べるとこーなる気がする。素晴らしきはギリでヤングだな(いやアウトか)。イワンと同い年というイメージが何故かあるものでして(中の人が一緒だから)直系は素晴らしきと同い年か一個下くらい。赤い人はああみえて二十代後半だと思う。23くらいでも違和感ないけど。暮れなずむは赤い人とほぼ一緒。問題の白昼なんですが最年少という設定ではあっても管理人の心の中では30代です。

このサイトの方向性からして「にーさんズ」というよりも「サにーさんズ」のほうがしっくりくるのかどうか。サニーちゃんが「おじさま」つけて呼ばない世代の人々です。白昼あたり「残月のお兄様」と呼ばせようかと思いましたが管理人の歯が浮きまくって無理でした。


命の鐘←近所の世話好きのおじ様
激動←優しく見守る一家の長老、お爺様
魔王←育ての親、サニーちゃん命パパ
衝撃←実の親、仕事大好きパパ
眩惑←育ての親2、道楽者パパ
素晴らしき←隣の家のおにーさん、遊び人
直系←近所のおにーさん、道場を開いている
マスク←近所のいじめっ子、お菓子大好き
暮れなずむ←同居しているおにーさん、爺様の養子
白昼←お向かいさん家のおにーさん、秀才

イワン←ママ
孔明←教育ママ
アキレス←猫
エンシャク←置物
大作←仲良し同級生
BF様←憧れの君

脳内ポジショニング。
セルバンテスは、朝からご機嫌だった。何時もならば嫌がるデスクワークも、嬉々としながらこなしている。はっきり言って、かなり異様な光景である。こんな社長は滅多に見られるものではない、おかしい…。『有能』と噂のセルバンテスの秘書が、そんな彼を見逃さない筈はなかった。

「社長?」

「ん、なんだね~?」心なしか声まで弾んでいる。

「今日の午後の予定がキャンセル…とはどういう事でしょうか?」

 実は、これもかなり異様なことである。予定をキャンセルした事がではなく、それをわざわざ知らせた事が『異様』なのである。

「今日は誕生日なんでね、プレゼントを渡しに行こうかと思ってるんだよ♪」

「誕生日…ですか?」

 さて、誰の誕生日なのか。勿論、社長でもアルベルト様のでもないわね…と、秘書は頭の中で考える。それならば自分が覚えていない筈は無いからである。それでは、一体誰の誕生日なのか―?

「それでね、昨日私がバースデーケーキを焼いたんだよ♪」

 その一言で、秘書は一時自分の思考を停止させた。

「社長の…手作りの、ケーキ…?」

 社長室から、秘書の怒鳴り声が聞こえて来る。側を通りかかった社員達も、もうおなじみになっているのか、それを気にするような人は一人もいなかった。

 

 

 ここ、BF団の基地の中に、その場の雰囲気にそぐわない部屋があった。ピンクを基調にした女の子らしい部屋。サニー・ザ・マジシャンの私室である。

 その部屋の壁にはカレンダーが掛かっていて、今日の日付を表す所に、ピンクのマーカーで星が書いてある。特別な記念日などでは、勿論、無い。が、その星を書いた人物にとっては大事な日―誕生日だった。それなのに、サニーは一人で自分の部屋にいた。その表情はどこか暗かった。

 

 その日、サニーは珍しく一人だった。何時もならば、樊瑞やカワラザキのじい様がそばにいてくれるのだが。生憎と、その二人は今開発中のGR-ジャイアントロボ―に関係する任務の事で手一杯だった。一人でいる事には慣れていた。だが、自分の誕生日まで一人でいる、と言うのはこれが初めてだった。もう夜も大分更けていたにもかかわらず、明かりもつけていない。部屋の窓から暗くなり始めた外を見つめてはいたが、その瞳は何も移していない。

「たまには…こんなことも、ある、わよね…。」唇から呟きがもれる。今にも泣き出しそうな声音だった。

 自分一人の為に、BF団を束ねる十傑集である二人の都合を変えることが、無理だと言う事はわかっていた。それに、自分の父が誕生日を祝ってくれる、と言うことも。頭では、理屈では分かっていても、感情はそうたやすくついては来れない。何ともいえない感情が胸に広がる。意味もなく泣きたくなるというのは、こんな気持ちなのだろうか。力なくソファーにサニーが座り込んだ時、部屋のドアがノックされた。

「はい、どうぞ。」反射的に、びくりとしたが、サニーは返事を返す。

 

「やあサニーちゃん、誕生日おめでとう!!」

 大声とともに入ってきたのはセルバンテスで、その腕にはなにやら色々と抱えられていた。

「え、あ、あの…セルバンテスのおじさま?どうしてここに?」

 セルバンテスは普段BF団の基地には居ない。それは彼だけが十傑集の中でオイルダラーという表の顔を持っているからであり、その事情からここに彼がいる事は至極珍しい事だった。

「それは勿論、君の誕生日を祝う為だよ!」そう言いながらも、手にもっていた花束をサニーに手渡す。

 他にも、いくつか持っていた荷物をテーブルの上に置く。そして、部屋のカーテンを閉めて周り、電気を付ける。サニーは呆気にとられてそのセルバンテスを見ていた。

「私の誕生日…ご存知だったのですか?」

 その問を聞き、セルバンテスはその二つ名に相応しい、微笑を浮かべる。

「私に知らない事はないんだよ♪」酷く楽しそうな声音だった。

 それにつられるようにして、サニーの表情が明るくなる。

 そんなサニーを眺めながら、セルバンテスは満足そうに微笑んだ。…それは、どこか裏のありそうな笑みでもあったけど、サニーがそれに気付く筈もなくて。

「あの、ありがとうございます。」

 打って変わって、嬉しそうな表情を浮かべるサニーを見て、『アルベルトもこれ位愛想が良いといいんだが…それは怖いか。』などと考えているセルバンテスだった。

「いや、いいんだよ。」

 と―、廊下を早足で歩いてくる足音が聞こえた。

 ためらいがちにドアがノックされる。

「はい。」サニーは、こんな時間に誰だろう、と不思議そうにしていた。

 が、セルバンテスには見当が付いていた。

「サニー、起きていたか?」その声とともに、部屋に入ってきたのはカワラザキだった。

「おじい様!」驚いたように、サニーが声をあげる。

「樊瑞の奴もじきに来るそうだ…何でも誰か一緒につれてくると言っておったぞ。」穏やかそうな表情を浮かべながら、十傑集最強と言われる念動力の使い手は微笑んだ。

 その笑みは、サニーを酷く安心させると言うことを、カワラザキ本人は知らないのだ。

 そして、カワラザキはセルバンテスに眼を向ける。

「おぬしがここに居るとは珍しいの…。どういった風の吹き回しだ?」少々、当惑しているような声音だった。

 セルバンテスが口を開きかけた瞬間、部屋の扉がノックされた。

「あ、はい。」サニーはその場の雰囲気を取り繕うように、ドアを開ける。

「サニー、遅くなって済まない…。」

 そこに居たのは樊瑞だった。その後には、最近十傑集になった男―白昼の残月…がいた。

 心持ち、警戒気味のサニーの様子に気付いたのか、樊瑞は口を開く。

「ついこの間残月と話しておった時に、誕生日の話をしたら、残月もお主の誕生日を祝ってくれると言うのでな。」一緒に連れて来たのだ、と樊瑞は微笑みながら言う。

 サニーが残月の方に眼を向けると、彼はサニーに向かって優しく微笑んだ。

「一緒に祝わせてもらえるかな?」

 思っていたよりずっと、人当たりの良さそうな彼に向かって、サニーは微笑みながら頷いた。

 

 かくして、日付ももうじき変わると言うような夜更けに、サニーの部屋で誕生日のパーティが開かれた。そこにそろっているのは十傑集の面々で…かなり個性的な集まりだったが、サニーは十分に嬉しかった。

 セルバンテスか持ってきたケーキを、サニーが切り分ける。一見した所、何の変哲も無いケーキだったが、そのケーキは驚く位に美味しかった。サニーはやはり甘い物が好きだったが、甘さを控え目にしたそのケーキは、その場の他の面々の口にも合ったようだった。

「このケーキ…セルバンテスのおじ様が作ってくださったのですか?」

 そう、明らかにそのケーキは手作りと分かる物だった。

「いや、私の会社の秘書課にね、ケーキ作りの得意な子が居てね…その子の作った物だよ。」

「それにしても、美味しいケーキじゃな。ワシも、普段は普段はあまり甘い物は好かんのだが…これは程好い甘さが良いのぉ。」カワラザキのじい様が言う。

「サワークリームを使った、サワーケーキだと、ウチの秘書課の子は言っていたよ♪」楽しそうにセルバンテスが言う。

「そうなんですか…サワーケーキ…。美味しいケーキですね。」そう言っている途中に、サニーは思わず欠伸をしてしまった。

 もうじき日付が変わるような時間である。まだまだ子供のサニーにはかなり遅い時間だ。それを見て取って、カワラザキが口を開いた。

「さて、もう時間も遅いし、…最後にサニーにプレゼントを渡してから、お開きにするとしようかの?」そう言いながら、リボンで飾り付けられた大きな箱を取り出して、サニーに渡す。

「そうですな、じい様。…サニー、これはワシからだ。幸運を呼ぶと言われているものだが…。」樊瑞も、赤い中華風の刺繍が入った絹張りの箱をサニーに手渡す。

「サニーちゃん!これは特別なプレゼントだ!一人で居る時に、見てくれたまえ♪」そう言いながら、セルバンテスが差し出したのは、ビデオテープだった。

「これは…気に入るかどうか分からないが…。誕生日おめでとう。」一番最後に、控え目に小さい包みを差し出したのは残月だった。

 

「みなさん、ありがとうございます!」心底嬉しそうに、サニーは顔を綻ばせてお礼を言った。

 

次の日、サニーは皆から送られたプレゼントを開けてみた。

 カワラザキのじい様からは…イブニングドレスが送られた。はっきり言って、見当外れなプレゼントである。二十歳にもならない少女に、一体どこに着ていけというのだろうか・・・。樊瑞からは、古銭で出来た亀の置物…とてもではないが、女の子に送って喜ばれるような代物ではない…。

 そして、セルバンテスからのプレゼントは何と!自分の石油会社のPRのビデオレターだった。そんな物を貰って、喜ぶ女の子がどこにいるというのだ…。

 

 実は、毎年毎年、この調子で、見当ハズレなプレゼントばかり貰っているサニーである。

 それでも、サニーは嬉しかった。何を貰ったか、では無く…自分にプレゼントをくれるほど、気にかけていてくれる人が居ること自体が嬉しくて仕方が無かったのである。

 最後に、サニーは残月から貰った小さな包みを開いた。その中から出てきたのは、綺麗な作りの箱だった。表面に彫ってある模様は、サニーの目から見ても美しかった。

「宝石箱…かしら?」そう口にだして、サニーはその箱を開けた。

 とたんに、そこからメロディ―が流れ出した。明るく響いているようで、それでいてどこか物悲しげな、人の心の根底を揺さぶるような曲…。

 自分でも気付かないうちに、サニーは涙を流していた。頬を伝う水滴に、自分が泣いているのだと言う事に思い当たった。

 これからも、ずっと・・・こんな時間が続きますように。そして、毎年誕生日を祝えるような、幸せな日々が続きますように。そして、涙を流す事が無くなりますように、強い自分で居られますように、と。

 奇しくも、そのオルゴールに納められていた曲はバダジェフスカの「乙女の祈り」であった。

 

 後日談ではあるが、セルバンテスの手作りのケーキをそれと知らずに食べた、彼の会社の秘書課のメンバー達がそろって体調不良のため、休暇を取った。

 そして十傑集の内部で、この誕生日プレゼントの内容により、新参者である白昼の残月が激動たるカワラザキと、混世魔王樊瑞に、一目置かれるようになった、と言う…。

 

 更に言うのならば、その数日後、差出人不明のバースデーカードが、サニーの元に届けられたそうだ。

 

 

 THE END




AM:05:00

「サニー様を迎えに行かなくては」

ベットから半身を起こし、イワンはまだ動かない頭でぼんやり思った。

上司である“衝撃のアルベルト”の娘、サニーは先月やっと二歳になったばかりである。

十傑集の中で唯一所帯持ちの上司はしかし半年前あのバシュタールの惨劇で伴侶を亡くし、忙しい身である為娘の世話を新入りの部下である自分に任せていた。

といっても、自分はメカニックを専門としているB級エージェントであって、決して育児担当エージェントでは無い。
まだ小さいサニーの面倒を見ることは半分手探りでこの半年やってきている。

「もう起きた頃だろうか」

いかにも貴族然とした分厚く黒い扉の向こうでサニーが泣き出す様子が目に浮かぶ。アルベルトの屋敷はどう見ても幼子とは無縁の造りをしている、とイワンは常々思っていた。

出来ればあの重苦しいプルシャンブルーの壁紙を全部引き剥がして、可愛い風船柄、もしくは花柄にしてしまいたい。

そんな衝動に駆られる事もしばしばあったが、今はとにかく、テレパシーにより精神が繋がるあの親子の事、サニーが一度泣き出せば上司の機嫌も悪くなる事を思い出し、イワンはテキパキと身支度を整え部屋を出た。







バベルの塔(BF団本部)近くにある上司の屋敷にはいつも明け方にかけてうっすらと白い霧が辺りを覆い、不気味ささえ感じられた。
唯一黄赤色に輝く玄関先の灯が人の居る気配を僅かに漂わせている。

イワンはそこへ車を付けると渡されている合い鍵でなるべく音を起てないよう慎重に重い扉を開けた。
その隙間にするりと体を滑り込ませ、中を覗く。

屋敷の奥まで続く長い廊下にはいつもと変わらず灯りがポツポツと等間隔で点いていた。
音と言えば広間にある柱時計の秒針がコチコチと時を刻む以外、物音の一切立たない静かな屋内。
主人の寝息までもが聞こえてきそうな気がした。


(まだ寝てらっしゃるのだ)

イワンはホッと胸を撫で下ろし、足音を立てないよう廊下を進んだ。
奥から二番目の扉、サニーの部屋へ向かう。


しかし、扉の前でやっと気が付いた。

(中に誰かいる)

自分と上司、そして上司の娘しかいないはずのこの屋敷の中で、サニーの居る部屋に第三者の気配がした。

時刻はぴったり6時。
後10分もすれば上司も起き出す頃だが。

腰の銃を確認して、ドアノブに手をやった。何故だかそのヒンヤリとした感触が不気味でならない。

(もしサニー様に何かあれば)

その思いだけがイワンを奮い立たせる。

意を決して次の瞬間、扉を開けた。




「イワン」

そこにあったのは少し呆れたような上司の姿。

「扉越しに殺気を飛ばすな」

「アルベルト様…」

お早うございます、とまだ訳の分からない様子でイワンは応えた。その予感は頭に過ぎったはずだったが、何故だかどっと力が抜ける。

「目は覚めたか」

皮肉っぽく口角を上げ、アルベルトは部屋の前で立ち尽くすイワンにその腕に抱いていた赤ん坊をそっと預けた。

その瞬間、漸くイワンは全てを悟った。

「ア、アルベルト様…!!サニー様はもうご起床なさっていたのですか!!」

部屋を出ていこうとする上司は立ち止まり後ろ頭で頷く。

「1時間程前に頭痛がして起きてみれば、サニーが泣いていたのでな」

「で、ではずっとサニー様を…」

改めてよく見ると上司は昨日本部で別れた時と同じ服装をしている。
その後も上司にはまだ任務があった。
この所眠る暇も無いくらい忙しい事を誰よりも近くにいたイワンはよく知っている。
思う所、帰宅後シャワーも浴びずにベットへ倒れ込んだのだろう。

「申し訳ありません…」

気まずさに俯けば幸せそうに眠るサニーの寝顔が目に入る。

「イワン」

「はッ」

上司の声で半ば反射的に顔を上げると、無表情な上司の顔と目が合った。

罵倒されるだろうか。
上司の気丈の荒さは他の十傑集を圧倒する程だ。

「何をビクビクしておる」

「…はぁ」

責めるような口調にまたも目が合わせられず、視線を上司の靴先に移した。

「怒鳴ったりはせん」

眠った子を起こさぬよう、静かに上司は切り出す。

「咎めるつもりもない」

「し、しかし…貴重なお時間が…」

「イワン、お前は時間通りにここへやってきた、それより前は勤務時間外だ」

上司はそこまで言うと腕組みをしてため息をひとつついた。

「大体、泣く子をあやすのは親の仕事ではないか」

そもそも本来ならば部下に小守をさせているのも間違いだろう、と上司はまだ無表情なままイワンを見つめる。

「確かにそうかもしれませんが…しかし…」

イワンは二、三語口の中でモゴモゴと呟くと上司へ顔を上げた。

「私は…私は一向に構わないのです」

「………」

「…サニー様のお世話は私が責任を持って成し遂げると亡くなった奥様に誓ったのですから」

思っていた事をすっかり吐露し、ぐっと口元に力を入れた。いつもなら言わないような強気な発言にイワン自身驚いている。


上司はそうか、と呟くと口元だけで笑った。

イワンは暫くそうしていたが腕の中でサニーがぐずりだしたのに気付き、慌てて腕の時計を確認する。

「アルベルト様!!時間がありません、今朝は会議があったのでは!?」

「うむ、そうだったな」

アルベルトも急に現実に戻されたように不機嫌になる。

「孔明め…わしが忙しくなると朝っぱらから会議を開きおって」

「お急ぎ下さい」

「わかっておるわ」

イワンの急かす声に少しは慌てたのか、上司は早い歩調で部屋を後にした。

サニーは父親と離れるのが分かるのか顔を歪めて今にも泣き出しそうだ。

イワンは困ったように笑う。

「泣かないで下さい、サニー様。私がいるではありませんか」

悪の組織とは縁の無さそうな、腕の中のぬくもりにイワンは救われている気がしていた。



END
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