□01□ 秘密の味<樊瑞とサニー>
□01□ 秘密の味
「好きな・・・食べ物。」
ふむ、とうなずく。
目の前には幼い養い子。
しろいテラスの真ん中で、尋ねられた言葉を反芻する。
樊瑞は困った。
正直、食べ物など胃に入れば皆同じもの、と思っているし、
どちらかというと、自分は美食家ではない。
養い子と一緒に暮らし始めてからは、
それこそ神経質なまでに、カロリー摂取量から食品添加物の有無、着色料、保存料などの危険性を考慮し、さまざまなシェフを雇い入れ、すべてサニーのためになるように、気を使ってはきたものの。
・・・さて、どうしたものか。
自分の事となると、一向鈍くなるのが、樊瑞の生まれながらの性質。
まぁ、あえて言うなら辛口の酒とそれにあう肴は好きだが、
子供にそんなこと言えるはずもなく。
「好きな食べ物は?」
と、幼い子に聞かれて、
すぐさま答えられない自分が恥ずかしくなった。
作戦実行時など、
食べ物に気を使っている余裕などない時の方が多いし、
さらに、
幼い子に言っても分からないような、
特殊な食べ物であるとか、
珍味などは好きなのだが・・・。
樊瑞はどう答えるか迷った。
まだ小さいサニーには、包丁を握らせたことはない。
周りには優秀なシェフやパティシエがいるし、
何より父親の部下であるイワンが、
これもまたとても優秀なコックなのである。
サニーはイワンがとてもお気に入りで、
特にイワンの作ったザッハトルテが大好物のようで、
・・・チョコにチョコを重ねたような、あんな糖質や脂質の多いケーキは健康上良くない。
と、何度もイワンに言っては見たものの、
サニーが落ち込んだときや、何かご褒美をやっていいときに、
秘密で作ってやっているようだ。
少女はまた秘密が好きだから、
そのチョコの濃厚な味と、
秘密というスパイスが絡まって、
より一層サニーのザッハトルテ好きが強まっている。
そんなことをつらつらと思いながら、
それでもまだ、
自分の「好きな食べ物」が、
思い浮かばない。
「わしは・・・うぅん、そうだな・・・」
視線が泳ぐ。
幼い子は、
言い渋っている樊瑞を見て、
少しばかり怪訝な顔。
さっきまで目をきらきらと輝かせて、
とても楽しそうにしていた顔から一変、
樊瑞が困った顔をしているのが悲しいのか、
サニーはほんの少し俯いている。
「あの、おじさま・・・?」
聞き取れるか取れぬかの小さな声でそう尋ねられると、
さすがに樊瑞は居た堪れなくなってきた。
「うむ、わしはサニーと一緒に食べるものなら何でも好きだが・・・」
その場しのぎに言う。
我ながら上手く言ったものよ、
とその時は思った。
だが。
サニーは暫く思案して、
そして先ほどまでの気鬱な顔もどこへやら、
ぱああっ、と顔を明るくすると、
「じゃあ、ザッハトルテにします!」
笑顔でそう言った。
――何が?
と聞き返そうかと思ったが、
時すでに遅し。
目の前には空席が。
なんにせよ、
好きなものを聞いてきたということは、
それを作ってくれるに違いない。
そして「サニーと一緒にたべるものならなんでもいい」とまで言った。
そこまで言っておきながら、
樊瑞は、
後悔した。
ザッハトルテ。
ウィーンの菓子職人フランツ・ザッハが作り出した、
世界で最も有名なチョコレートケーキ。
簡単に言うと、甘い。
そしてデコレーションに、生クリームが付く。
どちらかと言うと、苦手な部類。
美食家ではない樊瑞は、
食べ物に好き嫌いがあるわけではないし、
甘いものが食べれないわけではないのだが、
さすがに、
――限度が、ある。
・・・サニーが作ってくれるのだろうな、あれは。
きっとイワンにでも聞いて。
いつも何事にも真剣に取り組むサニーの事だ。
一生懸命作ってくれるだろう。
・・・全部食べなければ、悲しむだろうな・・・。
甘い甘い、
秘密の味を。
樊瑞はめずらしく、
額を手で覆い、
天を仰いだ。
陽光が注ぐ、
爽やかな冬空だった。
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