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「サニー、君が読めるような本はだいたいこの辺りだ、好きな本を持っていくがいい」

「ありがとうございます、残月さま」


十傑集『白昼の残月』の執務室。
大きなガラス張りの窓は日の光を存分に部屋に注ぐ。その大きな窓と部屋入り口の扉以外四方の壁面は天井まで届く書棚、そしてそれ全ては隙間無く本で埋め尽くされている。その一角を部屋の主は指差す。

サニーは最近本を読むのに凝っている、まだ読めない文字も多かったがそれでも読める文字が増えるに従って彼女は読書に熱中した。以前は挿絵の多い子供向けのものを読んでいたが、最近では大人が読むような活字がビッシリとこびり付いたような本にも手を出し始めた。

ちなみにBF団には世界中にある古い本、新しい本が集められた図書室がある。書籍という形の場合もあればデータベースとして保管されている場合もある。サニーはその図書室を利用することも多かったが今日はこの執務室である「残月の図書室」にいる。

残月はおそらく十傑集でもっとも多くの本を保有する人間であるかもしれない、十傑一の頭脳といわれる十常寺も相当量の本を抱えてはいるが彼の場合ジャンルが偏っている。しかし残月の持つ膨大な量の本はジャンルは豊富だった。

若年ながらに十傑に名を連ね、達観した喋りや態度を隠さない事を裏付けるものなのか彼自身知識に関しては貪欲な方である、また知識というものは単純に多いだけでは意味は無い、そうも本人は考えており柔軟な知性と感性を自分に求めていた。結果、彼の所有する本は斯くもバラエティに富んでいる。

物理学、経済学、ロボット工学、天文学、心理学、歴史・民族学、人間力学、宗教学・・・。
このあたりは他の十傑でも持っているようなジャンルである。
残月の場合これらにさらに時代小説、推理小説、自伝、童話、詩集、挙句は恋愛小説まで含まれた。これはさすがにBF団の図書室には存在しない、あってもいわゆる「名著」とよばれるものしかない。他の十傑も持っている者は少ない上冊数も少ない、恋愛小説など尚更。つまりそれが今日「残月の図書室」にいる理由でありサニーの目当てだった。



「今日はもう私に任務は入っていない、急ぎはしないからゆっくり選びなさい。紅茶をいれてあげよう、ダージリンは好きだったか?」

「はい、大好きです」

残月は火の点いていない煙管を手の上で叩いた。すると床から半球状のガラスケースが現れ中にはそろいのティーセット。ガラスケースが自動で開き残月は茶葉を取り出す。それを鼻に寄せ香りを少し楽しんでから温められたポットへと入れた。

お茶を入れながら横目で見るとサニーは恋愛小説を手に取っていた。その小説はどちらかといえばサニーにはまだ早い少し背伸びした内容だ。濡れ場などは無いがなかなか官能的なキスシーンがあり、男と女が手と手を取り合い駆け落ちしてしまう悲劇的な大恋愛。読ませていいものかどうか残月は迷ったが好きにさせようと敢えて声は掛けなかった。

サニーは選んだ三冊をテーブルに置いて、残月と向い合う形でソファに座る。
見れば先ほどの駆け落ちの本と、そして他の二冊も恋愛小説。

この少女はそういう年頃になったということか、残月はそう思う。

あの真面目で少々過保護な「後見人」がこれを見たらどう思うのやら、残月は自分の顔のほとんどを覆う覆面の下でこっそり笑みを漏らした。


「残月さまはラブレターを書いた事がありますか?」

「む?」

突如の予測していなかった質問に残月は言葉を喉に詰まらせた。
目の前の少女はダージリンを手にいたって真剣な面持ちでこちらを見ている。

「ラブレターってどうやって書いたらいいのでしょう・・・」

「ラ・・・ラブ・・・レターか・・・サニーは誰かにラブレターを出すつもりか?」

その質問にサニーはすこし照れた笑顔を返すだけ。残月はどうそれを捉えていいのか悩んだ。はて、このBF団にこの少女からラブレターを受け取るような者がいただろうか。あれこれ顔が浮かんでは消えていく、そして誰も残らない。

「あの・・・書いてみたいのです、よければ手伝っていただけますか?」

---ラブレターを?私が??

「セルバンテスかヒィッツカラルドの方が器用そうな気がするが、何故私なのかね」

口が達者なセルバンテス、そして伊達を気取ったヒィッツカラルド。
どう考えても自分より女を夢中にさせて落すような文面を考えつきそうだと残月は思う。
まぁこの場合は対象が男ではあるが。

「残月さまにお願いしたいのです」

サニーは恥かしそうに三冊の恋愛小説に目を落す。
彼女としてはこういった本を持っている残月に頼ってみたくなったらしい。

「・・・」

この少女が自分の何に期待を寄せているのかはわからない、だが何故か残月はこの少女が望むようなラブレターを書いてみようと思った。

---自分も随分と粋狂な男かもしれんな。

残月はやはり覆面の下で笑みを漏らすと何も言わずソファから立ち上がりデスクの引き出しをあける。中には大量の便箋と封筒がありそのどれもが事務用であり仕事につかう色気のないもの。しかし一番奥にやや明るいクリーム色の便箋と封筒があった。それを取り出す。万年筆は彼が所有する数多くの中から一番繊細で優美なものを選んだ。

再びソファに座り、サニーを手招いて横に座らせた。

「それでは一緒に考えるとするとしよう」

「はい」

サニーは笑顔でうなづいた。



まずサニーの思い描くラブレターのイメージを訊いてみる。
入れたい言葉のイメージも訊いてそれを残月が大人の言葉に直してみる。
そしてサニーの希望でしゃれた詩も引用してみる。

ダージリンの香りに包まれて少女のラブレターはゆっくりと紡がれていった。


少女が語るイメージと希望に基づき、何度かの推敲をかさね出来上がったそれは愛を囁き、また愛を叫ぶ、コクトーの詩が含まれ情熱的で臆病、陶酔の中に切ない想いが見え隠れする熱烈なラブレター。
しかし愛を訴えるべき相手の名前は一切文中に無い。
そしてこの少女自身の名前もどこにも無い。

「・・・・・・・・ふむ」

まるで一編の詩のような文面。
内容も子どものものとは思えない随分と大人びたもの。むしろ絵にかいたような代物と言って良い。しかし隣に座っている少女を見れば目をキラキラ輝かせてうっとりとした表情でクリーム色のそれを眺め、紡がれた文章を読んでいる。

差し出す男を想うそれではなく、自分に夢見るような眼差し。

残月はこのラブレターが誰に渡されるものではない事を悟った。


「ありがとうございます、残月さま」

「なに、なかなか楽しませてもらった。サニー、これは鍵のついた箱か引き出しにしまうのが良いだろう、私からの提案だ」

丁寧に折りたたんでクリーム色の便箋に入れ、サニーに手渡す。

「はい、もちろんです!・・・あの・・・おじ様には内緒にしてくださいね」

照れたように微笑むサニーに残月も楽しくなる。

「心得た」

サニーは「ありがとうございました」と残月に深々と頭をさげ、三冊の恋愛小説と一通のラブレターを宝物のように大切に抱きしめて「残月の図書室」をあとにした。







それから一週間後、『残月の図書室』にドカドカと大きな足音を立てて『後見人』がやって来た。もちろんそれは残月が予測していたことである。もっとも、もっと早く彼がが訪れるかと思ってはいたが。


「残月!!お主サニーに何をたらしこんだ!」

なかなかの剣幕である。

「たらしこんだとは随分な言われようだが」

覆面に相変わらず動揺は見られない、常と変わらぬしれとした態度で煙管を咥える。

「こ・・・こんな本など貸しおって・・・サニーにはまだ早い!」

突き返されたのは二冊の恋愛小説。
『後見人』はまったくとブツブツつぶやいてさっさと出ていってしまった。
残月はつき返された二冊を見る。

どうやらあの一冊は見つからないで済んだらしい、そう、一番背伸びしたあの駆け落ちする話だ。そして夢見るラブレターは見つかる事無く少女にちゃんと鍵をかけられてしまわれている、そういうことだった。



---恋に恋する乙女の気持ちとやらは魔王にはわかるはずもない、といったところか。

---無粋な男たちに囲まれて、それでも少女はひとりの女になっていく。



残月は感慨深げに紫煙をくゆらせた。




END








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