忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

mo2
冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第2章  ギルト博士は知っている

 モンタナとメリッサが博物館を訪れた時、アルフレッドは来客中であると告げられた。警備員が客人を案内してから、既に小一時間は経つという。
「そういえば、ロンさんの紹介で人が訪ねてくるって言ってたな」
 モンタナは、以前食事の時に出たアルフレッドとの会話を思い出した。
「ロンさん・・・って言うと、サンフランシスコの?」
「そうらしい」
 メリッサにも、ロンの名前には心当たりがある。出会ったのはサンフランシスコで、その時にモンタナ達共々事件に巻き込まれてしまった。ロンは、中国から流出し闇取り引きされている国の財産を思い、ギルト博士に事件の調査を依頼したという。チャイナタウンを舞台にした冒険の顛末を、メリッサはあらためて思い起こす。
「さぁてと。・・・こうなっちまうと、俺達は何処かで暇潰しをする事になるんだけど・・・」
 お茶でもしようという事になり、モンタナはレコードを持ってメリッサを外にエスコートする。
 モンタナは、暇潰しにはうってつけの喫茶に心当たりがあった。が、程なくして、建物奥から警備員が呼び止めながら走って来る。わざわざアルフレッドのもとへ走ってくれたようだ。
「アルフレッド教授がお待ちです。そのまま入って下さい」
 モンタナは、帽子の鍔を弄ぶ。
「来客中なんだろう?」
「はい。それでも、ちょうどよかったという口ぶりで・・・」
「わかった・・・行こう、メリッサ」
 他の観覧客が見学順路に流れていく中、警備員を先頭に2人は建物奥へと歩いてゆく。
 通されたいつもの部屋には、アルフレッドの他、弁髪を垂らした若者が1人、椅子に座って神妙な顔を交わしていた。
 アルフレッドは椅子から立ち上がっただけで、モンタナとメリッサにおざなりの挨拶をする。
「アルフレッド、お客さんが来てるんだろ? 入っていいのか?」
 モンタナは、部屋の端から声をかける。一見がさつではあるが、客人に気を遣ってのモンタナなりのやり方だ。
「ああ。ちょうどいいところに来てくれたね。・・・それに、メリッサまで・・・」
 アルフレッドが、警備員が口にしたものと同じ言葉を繰り返した。
 モンタナとメリッサは、顔を見合わせる。モンタナがギルト博士からの包みを無言でちらつかせても、了解と手を挙げるばかりだ。
「さぁ2人共、そんな所に立っていないで・・・」と言いかけ、アルフレッドがぱちんと手を叩く。
「そうか、椅子が足らないんだ・・・。僕が取って来るよ」
「俺も手伝うぜ」
 モンタナは包みをメリッサに預け、アルフレッドに続いて部屋を出た。
 1つづつ椅子を抱えながら、部屋に続く廊下を行く。モンタナは、アルフレッドに耳打ちした。
「ギルト博士からレコードが来たぞ」
「うん、そのようだね・・・」
 すっかり乗り気のモンタナに、アルフレッドが殊更気のない返事をする。
「どうしたんだい? また何か大発見ができそうだってぇのに」
「それどころじゃないんだよ、モンタナ。僕達はこれから、中国で盗まれた短剣を取り戻しに、アメリカ中を探し回らなくちゃいけないんだ」
「中国の短剣? そりゃまた一体、どういう事なんだ?」
「困った人を放ってはおけないだろ? おまけに僕らは、ロンさんに大きな借りがある」
「ロンさん? …ああ、やっぱり。そのお客さんじゃないかと思ってたんだ。しかし何だよ、その短剣っていうのは?」
「モンタナ、君の大好きな冒険ができるよ」
「ったく、何の事か後でちゃんと教えろよ。・・・しかし、ギルト博士のレコードも来てるってのになぁ。どっちを先にすりゃあいいんだ・・・」
 ドアの前に立つと、モンタナはドアを足で蹴った。
 コーヒーを4つ用意し万事支度を整えると、アルフレッドがチャンに2人を紹介すると言う。
 座っていた弁髪の青年は、とても華奢な体を僅かに屈め立ち上がった。立ち姿がつい前屈みになるのは、青年の癖のようにモンタナには映る。良識を感じる知的な青年だが、自信がないのか、不安を隠しきれない様子が、体を一層小さく見せてしまう。
「チャンさん、彼はモンタナ・ジョーンズ。ロンさんのお話にも出てきた僕の従兄弟ですよ。メリッサ、モンタナ、彼はチャン・チョンペイさん。ロンさんを頼って、はるばる中国からアメリカにやって来たんだ。近代史の研究家をしている人なんだよ」
「アメリカへようこそ。中国からの長旅、大変だったでしょう」
 モンタナは、チャンと握手を交わす。とても柔らかい感触に、なるほど、らしいと微笑した。
 アルフレッドの手よりも、メリッサのそれに近いとモンタナは思った。水仕事や力仕事には、おそらく縁がないのだろう。滑らかな、指先までしなやかな手をしている。
 チャンも微笑した。
「いえ、船旅は初めてでしたが船酔いもありませんでした。モンタナさん、お噂はかねがね。お会いできて本当に光栄です」
「噂か、あの闇取り引きの事件の事だろう? そう言われると、何だかちょっと照れるな」
 アルフレッドが、チャンにメリッサを手で示す。
「そして、彼女はメリッサ・ソーン。ボストン・タイムズの記者をしている、語学堪能な我々2人の心強い味方です」
「初めまして、メリッサさん」
「ようこそ、ボストンへ。ロンさんと言うと・・・サンフランシスコのあの事件を、御存知なんですね?」
 握手を交わしながら、チャンが笑う。
「はい、皆さんにお会いできて、ボストンまで来た甲斐がありました」
 アルフレッドが、チャンへ椅子を勧める。
 どっかと腰を下ろしたモンタナは、さっそく一同を見回した後、興味津々でアルフレッドに説明をねだった。
「さぁて、そろそろ何の話か聞かせてもらおうじゃないの!」
「うん・・・」
 アルフレッドがチャンに、「よろしいですか?」と問うた。
「是非お願いします」
 チャンが鞄の口を握り締めた。アルフレッドが、ふむと膝を押さえる。
「さて・・・僕も近代史については余りよく知らないんだけど、チャンさんに随分と教えてもらったよ。モンタナ、メリッサ、今の中国、中華民国の前、あの国土を支配していた国について知っているかい?」
「中国の前ってか? そりゃあ・・・知る訳ねぇだろう。俺は、お勉強は苦手だもん」
 モンタナを横目に、メリッサがにこりとする。
「清という国でしょ」
「正解。封建制度の国家で、太祖から宣統帝まで10代も続いた一大帝国だったんだ」
「その清が、どうしたって?」
 モンタナが話の先を急かす。
「第9代皇帝に就いたのは光緒帝という人物で、彼は晩年、二振りの短剣を作らせているんだ。どちらも黄金と宝石で美しく飾り、片方の鍔には龍を、そしてもう片方の鍔には鳳凰を彫金させたそうなんだ。・・・チャンさん、先程のものをお願いできますか?」
「はい」
 鞄に手をかけ、チャンが中から黄色い布の包みを取り出す。一同の視線が集まる中で、チャンがおごそかに包みを広げた。
 窓から日が差し込み、固唾を飲む見物人を黄金の輝きで明るく満たす。
「これが、その片方なのです」
 余りの華やかさに、モンタナは言葉を忘れた。メリッサもまた両手を重ね、歓声を体の内側に発しているのがわかる。
 チャンの手元から放たれる黄金の輝きは、陽光よりも眩しかった。一度見ている筈のアルフレッドさえ、うっとりと細工の繊細さに息を止めてしまう。
「東洋の細工ものの技術は、世界一と言ってもいいよ。その緻密さといい、正確さといい。これは清時代のもので、伝統として使われるようになった模様が沢山描かれている。すばらしいものだよ!」
「鍔のところに、鳥の絵があるな」と、モンタナ。
「それが、鳳凰という鳥なんだ。中国の皇室では、皇后のしるしとされている。ちなみに皇帝のしるしは龍であり、両方で皇室の権威を表すんだ」
「そりゃまた大層な代物だな。・・・って、アルフレッド。俺達がのんびり眺めてていい品物なのか?」
 チャンが、僅かに項垂れた。
「国に置いておくのがどうしても不安で・・・。私の旅行中に、また盗難に遭う事にでもなれば・・・。それを思うと、持ち歩くのが一番安全かと、結局ここまで持って来ました」
「盗まれた? 何だか物騒な話になってるな」
 モンタナの何気ない言葉に、チャンがぴくりと反応する。
「この短剣は、そもそも二振りで一対を成すもので、私の祖父が翁大臣からお預かりした光緒帝所縁の品なのです。人目に触れぬよう隠し置く事を命じられ、祖父の代から私まで、三代に渡って短剣の守護をしてまいりました。ところが半年程前、私の留守の間に賊が家に侵入し、龍の短剣を奪っていったのです。万一に備え二振りの短剣はそれぞれ別の隠し場所へとしまっていたので、この鳳凰の短剣だけが無事でした。しかし・・・」
「龍の短剣とやらは行方知れずという訳か」
「はい・・・」
 黄色の布で、チャンが短剣をそっと包み込む。
「八方手を尽くして手掛かりを追っていたところ、ブローカーによって国外へ持ち出されたと聞き、ここまでやって来ました。が、ロンさんの調べでも、この国に入った事までしかわからなくて・・・」
「なるほどね」
 大きく頷いてから、モンタナは立ち上がった。資料の上に乗せられた包みに手を伸ばし、梱包用の紐をナイフで切る。
「これからどうする、モンタナ?」
 いそいそと包みを開くモンタナに、アルフレッドが本音を漏らす。
 短剣を探すとなれば、2日・3日の話では済まないだろう。しかも、運悪くギルト博士からの指令と重なってしまった。どちらを先送りにしても、わだかまりは残ってしまう。
「ギルト博士からの指令も聞いてみようぜ。案外、博士が短剣の行方を知っているかもしれねぇしな」
「まさか」
 アルフレッドが天井を向く。
「とか何とか言いながら、レコードの内容が気になるだけなんでしょ」
 呆れたメリッサも、アルフレッドに賛意を示した。
「ま、聞いてみればわかる事よ」
 蓄音機にレコードをセットし、モンタナはそっと針を落とす。
 耳障りな雑音の後、いつものミステリアスな曲が部屋に流れ出す。
「親愛なる我が弟子アルフレッド君とモンタナ君、元気かね」
 慣用句となったギルト博士の言葉で、それは始まった。
「中国から盗み出されたという龍の短剣の行方がわかった。買い取ったのは、ゼロ卿だ。彼は短剣の秘密を知り、残る鳳凰の短剣の行方を追って、チャンという人物の足跡を辿っているという。君達はゼロ卿から龍の短剣を取り戻し、紫禁城に隠されているという西太后の宝を守るのだ。・・・例によって、行く先々では危険が待っている。君を守るのは君自身だ。・・・成功を祈る・・・」
 モンタナが針を上げるより早く、レコードからは煙が吹き出してきた。部屋にいる全員が咳込み、モンタナはたまらなくなり慌てて窓を全開にする。
「ホントにギルト博士が知ってるとはね」
 帽子を取り、モンタナは顔をぱたぱたと扇ぐ。
「わかっていたの、モンタナ?」
「まさか!」
 感心顔のメリッサに、モンタナはおどけて否定をした。
「ただ、予感はしたのさ。よく当たるんだぜ、俺の予感はさ」
「よく言うよ。ただ単に、ロンさんからギルト博士に、今回のこの話が行ってるんじゃないかって、そう思っただけなんだよ」
 ベストの埃を手で払いながら、アルフレッドが修正する。
「ま、感心して損しちゃったわ」
 メリッサが肩を落とした。
 しばらくすると煙に澱んだ空気も澄んで、4人は入れ直したコーヒーでのんびりと寛ぐ。
 カップを両手で包み込んだチャンが、おずおずと疑問を口にする。
「ゼロ卿とは、何者なのですか?」
「ま、一言で言うなら、泥棒も辞さない悪のコレクターさ。ドジでマヌケでキザで、その上執念深い連中だよ」
「一言になってないよ、モンタナ・・・」
 アルフレッドが小声で諭す。
「これからどうするの? 盗まれた短剣をゼロ卿から取り返すといっても、ゼロ卿の居場所なんて、私達知らないわよ」
「それなら心配ないよ、メリッサ」
「あら、どうして?」
 アルフレッドの訳知り顔が、メリッサとチャンを見比べる。
「ギルト博士のレコードに、紫禁城という言葉があったのを覚えているだろう? ゼロ卿の最終目的地は、中国にある紫禁城・・・つまり、今の故宮博物院だよ。連中は、必ずあそこに現れる!」
「それに・・・」
 モンタナは、アルフレッドの後を取る。彼は窓辺に寄り、外からはわからぬように博物館の周囲を観察していた。
「連中は鳳凰の短剣も欲しくて、チャンさんの荷物を狙っているって言ってたろ。・・・アルフレッド、そっとこっちに来て、窓の下を見てみろ」
「窓の下?」
 ぎこちない仕種で、アルフレッドはモンタナとは反対側の窓辺についた。
 その部屋は大通りに面しており、階下を見ると、人や車の賑やかな往来を目にする事ができる。
「もっと下だ。博物館の入り口に一番近い街灯に1人、通りを隔てた向こう側に1人だ」
 アルフレッドが、ようやくモンタナの言う人影を二つ捕らえた。失業者風のさえない恰好で、通行人をやり過ごしながらいつまでもそこに立っている男がいる。細身の男が1人、そしてでっぷりとした体躯の男が1人。
 怪しげな物売りもこの時代には目についたが、彼等2人は客である筈の通行人には一向に興味を示していない。何より、目つきが鋭く周囲からは浮いていた。
「あれは・・・スリムとスラムじゃないか!」
「さっそく、向こうさんからお出ましになったぜ」
「どうしてここがわかったんだろう?」
「わからねぇ。ただ単に、ギルト博士のレコードが目当てなだけかもしれねぇしな」
「ここから出られないよ・・・」
 おたおたするばかりのアルフレッドに、モンタナは余裕の笑みを浮かべる。
「情ない声を出すなって、アルフレッド。この建物にだって通用口くらいはあるだろう。まず俺が1人で外に出る。そして車を博物館の前につけるから、3人で一気に飛び乗れ。後は、ケティまで一直線だ」
「そんなに上手い事いくかなぁ」
「上手い事やるの! ・・・やらなきゃ後がないぞ」
 語尾にかけ、モンタナは凄んだ。
「このまま窓に張りついて、5分したら2人を連れて一階まで降りろ。俺がクラクションを3回鳴らすから、そうしたら全力で走って車に飛び乗るんだ。・・・車はほとんど停めないぞ、いいか?」
「・・・わかったよ」
「よし、メリッサとチャンさんを頼んだぜ」
 真顔でアルフレッドに念を押した後、モンタナは自信ありげに親指を立てた。
 表情の固いアルフレッドに、束の間の苦笑いが蘇る。
 そそくさとモンタナが部屋を出てゆくと、チャンがメリッサにそっと囁いた。
「頼もしい方ですね、モンタナさんは」
「こういう時はね、とても心強い味方よ。心配しないで、きっと無事に脱出できるから」
「はい」
「これで、大味なところとむらっ気がなかったら・・・、それにちょっと強引よね。あーあ、イヤリングを取りに来ただけだったのに・・・」
「はあ・・・」と、チャンが相槌を打つ。
 階段を降りながらくしゃみを一つし、モンタナは一階の通用口までやって来た。
 ここに来るまで40秒。ここからは、スピード勝負になる。
 ノブに手をかけ、突然止めた。
 誰かいる。ドアの向こうに、人の気配があった。
 1人か、2人か。その人数は定かではない。
 こちらの動きに気付かれたのか。モンタナの脳裏に、余り楽しくもないシナリオが思い浮かぶ。
 意を決し、ノブを回した後、モンタナは力任せにドアを蹴り開けた。

PR
mo1


冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第1章  トラブルは舞い降りた

 秋を迎えたボストンの空には、今日も鮮やかな晴天が広がっていた。建物の間を縫って吹き抜ける風は爽やかで、町を行く人々の顔には平穏さを満喫する笑顔がある。
 かつて通りや公園を埋め尽くしていた失業者の生垣も、今は随分と小さく、また数が少なくなった。一時は恒例と化していた町を巡るデモも、間隔が次第に開きつつある。
 「暗黒の木曜日」以来、アメリカ全土を席巻している不況の嵐は、ルーズベルトの大統領就任依頼、ゆっくりとしたペースで回復の兆しを見せていた。国民は倹約を強いられていたが、失業者の減少という目に見える変化を前に、国民性とも言うべき楽観論を取り戻しつつある。
 人々は映画に足を運び、トーキーの娯楽映画に金を落とすのも厭わないようになってきた。またある者は、ラジオの据え付けてある店にいり浸り、野球の中継に耳を傾け熱狂した。車が人々の足として定着し、ジャズの公演が各地で喝采を浴びる。人々と町が活気を取り戻しつつある事は、最早疑いようもなかった。
 かといって、アメリカの失業者がゼロになりはしなかった上、賃金の未払いによる労働者達の暴動は相変わらず頻発していた。1920年代の好景気に比べれば、経済界に広がる悲壮感は拭いようもなく大きなものがあったのである。
 後の歴史で大恐慌と呼ばれるインフレはアメリカだけではなくヨーロッパをも席巻し、海の向こうではファシズムの台頭を許していた。ドイツではヒットラー、イタリアではムッソリーニによる独裁政治が進んでゆくのも、ちょうどこの頃になる。
 ソ連ではスターリンが血の粛正を行った時代、そして日本が満州を占領していた時代。第一次世界大戦以来一つの節目を迎えたのが、この1930年代という時代だった。世界にとって、そしてアメリカにとっても、波瀾万丈な十年間である。
 独裁、民族主義が幅をきかせ、きな臭い臭いが走り始めた海外に比べ、人種のるつぼとも言うべきアメリカは、そのような意味に於いてはむしろ平穏な方だった。黒人の失業者は膨大な数にのぼったものの、白人にも失業者がいなかった訳ではない。人種間の軋轢は生じていたが、政府は経済の問題をあくまで経済政策で解決しようと試みていた。その考えが正しい事を、それなりに漂う町の活気が証明している。
 町には、幸福感を取り戻した人々と、憔悴しきった人々で雰囲気が二分していた。今日も、再建に失敗した銀行の入口では、2・3人の男が新聞の回し読みをしている。求人広告に望むものがないのであろう、既に諦めている男はスポーツ面に目を通していた。気のない様子からも、それで何度目の読み直しになるか定かではない。毎日、必ず何処でも伺い知る事のできる光景だった。
 どんよりとした男達の前を、一人の若者が足を引き摺るようにして歩いてゆく。弁髪を後ろに垂らし、持ち物といえば茶色の小さな鞄が一つ。紺色の上下スーツは若干くたびれ、着古した感じが見て取れる。男の顔には喪失感が浮かんでいた。まるで失業者だ。東洋人の若者は、疲れた様子で辺りを見回し、物問いたげに失業者の前を通り過ぎた。
 ボストンでも、職を失った者は珍しくない。しなだれた若者の姿は、通行人も相手にしなかった。若者は道を尋ねる事もできず、小さな鞄を下げ遠回しをした揚句、ようやく大きな建物の前で足を止める。
 ボストン自然博物館。入口を支える巨大な石の柱の上には、そう書かれた石の看板があった。
 建物からは、身なりを整えた紳士や婦人がゆっくりと出てきては、若者に目を止める事もなく、タクシーの車内や通りへと消えてゆく。
 どうやら、休館日ではなさそうだ。ほっとした若者は、ここで初めて表情を緩め、鞄を胸に抱えると博物館の中に進んでゆく。
 入館チケットを販売している女性職員に話しかける。が、金は出さない。担当の女性と、しばらくやりとりを交わす。警備員が呼ばれ、若者はその警備員に従って、建物奥、見学路とは違う廊下を静かに歩いた。
 幾つかの階段を上がった若者は、ほっとした様子を多少引締め、警備員の後を追う。やがて、警備員は一つの扉をノックした。
「アルフレッド先生! アルフレッド先生! 御在室ですか?お待ちになっていたお客様が到着なさいました」
 応えて、厚い扉の向こうから声がする。
「あっ! そのまま入ってもらって下さい」
 警備員は若者を扉の前に促した。若者は礼を言うと、ノブに手をかけゆっくりと押す。やたら慎重に、若者は部屋の中に入った。
 中を見回してから、若者はいささか拍子抜けしたものを覚えてしまう。雑然とした部屋を思い描いていたのだが、部屋は明るく、各地から送られてきた資料、文献は綺麗に整理され整然と壁一面を飾っていた。
 最近見直している文献や地図は、机の上に山を成している。しかし、色褪せたそれらの扱いは大変丁寧で、触れている者の心遣いを読み取る事ができた。
「ようこそボストンへ。…チャン…さんとおっしゃいましたか?」
 若者の前へ、眼鏡をかけた小太りの紳士が右手を差し出してきた。若者もにこやかに、その手を握り直す。
 若者は、紳士を自分よりも若干年上と見た。人の良さそうな顔立ちと声、背は若者よりも低い。信頼できるかもと思った途端、安堵の息が若者から漏れた。
「チャン・チョンペイ、と申します。お会いできて光栄です、アルフレッド先生」
「こちらこそ。ロンさんから、連絡は受けていますよ」
 アルフレッドが、チャンに椅子を勧めた。鞄を膝の上に乗せ、チャンが腰かける。
 彼が訪ねたのは、アルフレッド・ジョーンズ。このボストン自然博物館に勤めている考古学者だった。ギルト博士という考古学の権威者が育てた愛弟子だそうで、チャンの知人によれば、今のチャンが一番必要としている人物だという。
 アルフレッドが机の上を簡単に整理し、コーヒーを用意すると言って一度部屋を出た。ドアか開いた時、アルフレッドがトレイにカップを二つ乗せ、ゆっくりと戻ってくる。
 アルフレッドが机に二つのコーヒーを乗せ、一つをチャンに勧めた。暖かな湯気が香りをのせて立ちのぼる。
 アルフレッドが椅子に座るのを待って、チャンは切り出した。
「私はアメリカに来るのが初めてで、今回の渡航についてロンさんにはお世話になり通しでした。この広いアメリカに知り合いもいないとなると、同郷の人達しか頼れるものがなくて…」
「なるほど…。それでロンさんから僕を紹介された訳ですね。サンフランシスコにお寄りになったのですか?」
「いえ、シカゴです。サンフランシスコの店は畳んだと」
 アルフレッドが、さもありなんと頷いた。チャンは知らないが、サンフランシスコを中心としシンジケートを牛耳るリュウという男を、ロンは敵に回している。身の安全の為、そして今後の為には賢明な判断だったと、アルフレッドが納得する。
「それでチャンさん、何の為にわざわざ中国からボストンまで? 僕に会う事と、何か関係があるのですね?」
 チャンは、思わず鞄の口を両手で押さえた。
「それなのですが・・・。とても込み入った、お話しづらい内容なのです。・・・しかし、この人達なら頼りになるとロンさんからお墨付きをもらいました。アメリカでは勝手のわからない事だらけですし」
 唇を噛んで、チャンは押し黙った。
「チャンさん?」
「アルフレッド先生!」
「はい」
「アルフレッド先生、お願いします!」
 椅子から身を乗り出し、チャンはぺこりと頭を下げた。
「力を貸して下さい! 私の力だけではどうにもならないのです」
「チャンさん…」
 深々と頭を垂れ、チャンは顔を上げようとしない。
 アルフレッドがどぎまぎして、事情のわからぬまま、頭を上げて下さいとだけ呟き息を吐く。
 断られてしまっては、もうお終いだ。そんな思いがチャンにはあった。アルフレッドには気の毒であったが、チャンも散々悩んだ末にここまでやって来ている。もう後がないという現実に、チャンは縋る思いで食い下がるつもりだった。
 一方のアルフレッドはイエスとも即答しづらく、どうしたものかと頭を掻く。
「まず詳しい話を、お願いしてよろしいですか?」
「はい」
 チャンは破顔した。身勝手な奴と思われるのを承知で、アルフレッドの言葉を、引き受けてくれるものと解釈する。
 それまで大事そうに膝に乗せていた鞄を開き、チャンは中から黄色い布で包まれたものを取り出した。長さは30センチ程はあるだろう。かなり細いもので、布で丁寧にくるんでいる。
 アルフレッドの髭が、緊張に揺れた。持ち前の考古学的好奇心へ、直感が何かを告げて来る。
「アルフレッド先生、まず、これを御覧下さい」
 チャンは、大層慎重な扱いで、包みをアルフレッドに差し出した。
「相当大切な物のようですね。拝見してよろしいのですか?」
「どうぞ。我が家で、祖父の時代から管理している預かり物なのです」
 黄色い布をそっと剥ぎ、アルフレッドが中身をあらためた。
「うわぁ!」
 アルフレッドの鼓動が早さを増し、あんぐりと開いた口からは歓声が漏れる。
 まず最初にアルフレッドの度肝を抜いたのは、思いもかけない黄金の輝きが手元から放たれた事だった。動悸を鎮めようと心に言い聞かせ、やがて学者としての探求心が勝ってくると、気持ちに任せ眼鏡越しに品物を分析する。
 包みの中から現れたのは、装飾も豪華な一振りの短剣だった。鞘と柄の部分は皮製で、その上に金の細工で細かな模様が一面に描き出されている。鍔は小さく、彫金で鳥が描かれている。鳥の目には赤い宝石があしらわれており、まこと妖しい輝きを放っていた。
 道楽で作らせた品物と見るには、金の量、細工の繊細さ他、あらゆる点に於いて無理がある。
「これは・・・、大変見事なものですね・・・」
 知らず、アルフレッドの声は上ずっていた。
 チャンは、誇らしげな笑みを湛える。
「父の話によると、清時代後期のものなのだそうです。今から50年程前に作られた品であるとか。それを託された事は、祖父最高の誇りであったそうです」
「おじいさんの?」
「はい。その剣は、さる貴い身分の御方から側近の手に委ねられ、更に人目に触れぬようにせよとの命で、祖父が預かったのだそうです」
「つまりは、清王朝所縁の品な訳だ。大変な名誉だね」
 チャンは笑った。が、僅かに眉をひそめ、直に目線も下を向いてしまう。
「その名誉に、3代目の私が泥を塗ってしまいました。私が至らぬばかりに・・・」
 チャンの両手が拳を作る。
「アルフレッド先生。この短剣は、鳳凰の剣と名づけられているもので、実はもう一つの短剣と対になっているのです」
「対に?」
「はい。私はその剣を追って、アメリカまでやって来ました」


 ボストンは本来、海沿いの町だ。自然博物館のある同じボストンでも、海沿いに行くと景色は多少変化する。建物の高さが低くなり、質のよい商圏の匂いが感じられるようになってくる。中心街の喧騒も、流石にここまでは及ぶ心配がない。個人所有の建物が目立つものの、みな建築美を醸し出す、景観を損ねる事のないものばかりだった。
 海沿いを散歩していると、ついその違和感で桟橋に目をやってしまう場所がある。
 レンガ組みも鮮やかなレストランに、小さな桟橋が作られている。船の類いが繋留されていればどれ程のものでもない波間にゆらゆらと上下している姿。どう見たところで、船のものとは程遠い。
 繋留されているのは、中型の飛行艇だった。白い機体に双発のエンジン、型は古いものではないのだが、淡水用に設計されている為、ボストンの潮風が合わないようだ。使い込んだ機体には、腐食と戦っている修理の跡が随所に見受けられる。飛び立つ事は余りなく、こうして繋留されている方が多い。
 リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行をしたのは、1927年。当時はアメリカ全土が熱狂し、リンドバーグは英雄に祭り上げられた。しかし、その後も飛行機に対する信頼は今ひとつで、飛行機が民衆の足として定着し、信用を勝ち得るまでには及んでいない。民間飛行機に乗る事は、命賭けという意味も含め、庶民にとって夢のまた夢だった。
 そのような御時世の中、中古の飛行艇を相棒に、所有者は小さな会社を起こしている。桟橋の入り口に、それを示す看板が立てられていた。
 MONTAGUE ALL NECESSITY AIRLINES と書かれており、殊更 MONT.A.N.A. と略された字が大きく目立つ。『モンタギューなんでも屋航空』、少々怪しげな名前がつけられている。どうやら運送業一般という仕事ではないらしい。
 会社の事務所はなかった。社長兼パイロットに会いたい時には、桟橋のあるレストランに行けばよい事になっている。彼はそこでアルバイトをし、会社と修理費のかさむ飛行艇を維持しているという話だった。
 「CLOSE」と、小さな札がレストランの入口に下げてある。
 来客を告げるベルの音がし、その扉が開かれた。
「よぉ、メリッサ!」
 人気のない店内で、細身の男が広げた伝票を片付けている。
 ドアを閉まるに任せ、入って来た若い女性は辺りを見回した。長い金髪をアップにし、ワンピースと同じピンクの帽子に隠している。仕種は優雅で、裾の長いワンピースがよく似合っている。広い額、輝きを放つ青い瞳、まこと知的な印象のする、なかなかの美人だった。
「あら、モンタナだけ?」
 伝票を一つに纏め、モンタナはメリッサに真四角の封筒を掲げて見せる。店の手伝いをしている時のどんよりとした表情とは違い、その目は好奇心と喜びで輝いていた。
「いいところに来たじゃないか。ギルト博士からのレコードだよン」
「まぁ! いい所に来たのかしら、それとも悪いタイミングに来合わせたのかしら」
「退屈してなぁい、お嬢様?」
 おネエ言葉で、モンタナが半眼を作る。
「落としたイヤリングを拾いに来ただけなんだけど・・・」
「俺はこれから、アルフレッドの所に行く。ケティに先に乗ってるかい? それとも俺と一緒に来るか?」
「両方遠慮したいんだけど・・・」
 メリッサが、殊更つれなくつっぱねる。
「おやまぁ・・・」
 肩をすくめ、モンタナはレコードをテーブルに置いた。
「美容院? お食事? それとも観劇か? こうして冒険への招待状が来たっていうのに、君は町で一日を過ごすっていうのかい?」
「あなたのオンボロ飛行機で、また大事なお洋服に染みでも作ったら・・・。イヤリングを拾ったら、私は帰るわね」
 ハンドバッグを振って、メリッサが店を出ようとする。
「待てよ、メリッサ。ケティは今、絶好調だぜ。それに今度の冒険は一体何処になるのか。考えるだけでもワクワクしねぇか? 目指すは東洋の神秘か、はたまた中世ヨーロッパの失われた財宝か・・・!」
 両手を胸に当た後右手を上げ、大袈裟な仕種でモンタナが役者ぶる。
「きっと面白いぞぉ、メリッサ! 後になって、『ああ、私も一緒に行けばよかったのに』なんて、後悔したって遅いんだぜ!」
 口調まで真似、モンタナはメリッサの好奇心に揺さぶりをかける。
「そうねぇ・・・」
 決意が固いつもりだったが、メリッサも無下に断りづらくなってきた。
 渋りながらも、いざ出掛けてしまえば優雅な生活と同じ位、メリッサは冒険を楽しんでしまう。その性分を、モンタナはしっかり把握している。
 ちらちらと見せるわざとらしい流し目に、メリッサも遂に陥落した。
「・・・わかったわ。アルフレッドは博物館なの?」
 モンタナは、首肯した。
「メリッサ、車で来たのかい?」
「ええ、そうよ」
「そいつで博物館まで直行だ」
 伝票の束を右手に、レコードを左手に持ち、モンタナはメリッサに左手のものをくるりと回す。
「アルフレッドにも聴かせなきゃな」
 モンタナは一度上の階に消え、戻って来た時は、メリッサも見慣れたサファリ・ルックに着替えていた。
 冒険好きの少年がそのまま大人になった、モンタナは正にそのような人物だ。筋肉質という程の体型はしていないが、俊敏で、危険が訪れた時の判断力はずば抜けている。のんびりとして成り行きに任せる性分が普段の彼だが、冒険を楽しんでいる時のモンタナは、不敵な笑顔がさまになる。こと冒険に関しては、メリッサも一目置かずにはいられない程頼りになる男だった。
 メリッサの声を聞きつけたのか、レストランの従業員チャダが、階下に下りて来た。
「あ、こんにちは、メリッサさん」
「こんにちは、チャダ」
「お茶でも入れましょうか?」
「いえ、これから出かけるの。結構よ、・・・ありがとう」
 モンタナは、チャダにレコードをちらつかせる。
「あっ! なるほど。行ってらっしゃい」
「戸締まりを頼んだぜ、チャダ」
 チャダが見守る中、モンタナはレコードを小脇に抱えドアを開けてメリッサを招く。
 二人が外の陽射しに照らされると、チャダであろう、後ろでかちゃりと音がした。
m







 

             『飛行機雲、月へ』


--------------------------------------------------------------------------------


  



「…飛行機ってのは、戦争で発達した乗り物なんだよな」


ある日、ケティの修理中。
スパナを握って船体の下に滑り込んでいた彼の言葉に、横の木箱に座り、アルフレッドは顔を上げる。


「…どうしたんだい」
「いんや。…さっき見た新聞に、物騒なこと書いてあったからよ」
「ああ…ヨーロッパの方の内戦か」


言って、彼は本をぱたん、と閉じる。
そういえば、先程届いた新聞では先の大戦で負けて圧迫された国達に絡み、再びきな臭い雰囲気が感じ取れた。



「――なんでだろうな。…ただ最初は空に近付きたいだけだってのに」


顔は見えないが、モンタナが苦笑した雰囲気が伝わってくる。
それを察し、アルフレッドも複雑な笑みを浮かべた。


戦争は、人類の技術を発展させる。
歴史を勉強しているアルフレッドは、良くも悪くもそれを良く知っていた。
鉄・火薬など、今人々の生活を豊かにしている殆どのものが、戦争によって改良されてきたものだ。飛行機も、その中の一つである。


「わっかんねぇな…そりゃあ、飛行機は便利だろうよ。戦争に使えれば。
だけど――空まで戦場にすることは無いだろうに…っと、ペンチとってくれ」
「はい。…うん、そうだね」

モンタナが伸ばした手に赤いペンチを乗せると、アルフレッドは一つため息をついた。


見上げた空は、綺麗な青空。
けれど――先の大戦ではあそこで死んだ人間が、沢山いるのだ。

それを思うと、複雑な気持ちになる。
――と。



「…地球には、まだまだ人間の知らない所があるに違いねえのに…なーんで殺し合いに躍起になるかねえ。
やりたがる奴は、冒険のひとつでもしてみりゃいいんだ。そんなこと、つまらんって一発で判るのに」

「…」
「そうだろう?――きっと退屈してる暇なんかなくなって、戦争なんかなくなるぞきっと」



彼らしい言葉に、アルフレッドは微笑んだ。


「地球上の人間が、全部君みたいだったら大変だね」
「なんでだ?」
「だって、全部冒険しちゃったら、皆知ってる土地ばかりで、この世には冒険できるところなくなっちゃうよ?」
「そりゃ困るな」

言って、モンタナはケティの下から這い出す。
がしゃん、とペンチを道具箱に放り込み、うーん、と唸った。そして。



「なら、――あそこがまだあるぜ?」










指差したのは、真昼の白い月。



「…ええ?」
「人間は、空だって飛べたんだ。…いつかあそこにだって、行けるさ」
「まさか」




途方もない話。アルフレッドは肩をすくめ――
















「――そん時には、お前も一緒に行くだろ?」








俺達は、コンビだからな。



「――…」


微塵も、不可能だと考えていない言葉。
確信を持った笑み。

彼らしい、――この上なく彼らしい、言葉。















「…そうだね」


夢だとしても、いいではないか。



いつも――少年のように夢を追いかけ、実現しようとしているのが、この愛すべき従兄弟なのだから。






「そうだね、いつか」

夢みたいな言葉。不可能のように見えること。

だけど彼の夢は、いつか現実になる日が来る。
そんな気がするのだ。




言って、アルフレッドは空を見上げた。
その向こうには、白いまん丸の月。

「おう」


に、と笑って、モンタナは傍に置いておいた帽子を被った。





「行こうぜ、相棒」









空に、月までの飛行機雲が見えるのは、いつの日の事か。





                END.

 
 

back












広告 ◆ ~ 無借金っていいですよね ~ ◆  通販 花 無料 チャットレディ ブログ blog

q13







 

             『地平線の向こうへ』<13>


--------------------------------------------------------------------------------


  







「君があの機のパイロットか」





ぺっと血の混じった唾を床に吐き捨て、モンタナは膝立ちになったまま、じろり、とハシード、と名乗った男を睨みつける。
その顔には痣がいくつも付いている上、額の傷も開いている様で、僅かに包帯に血が滲んでいた。


流石に、2対10人近くでは勝負にならない。
カシムが逃げる時間は稼げたが、流石の彼も正面から銃を向けられれば、両手を挙げるしかなかったのだ。


後はお決まりのコース――後ろ手を縛られ、脅され殴られ、尋問。

喋ったら最後、という事は判っているが、――打った肩が、また疼き始めているし、壮年のタラールは既に、まともに口も聞けない状態。
どうするべきか、と考えをめぐらせている時、この男――ハシードが部屋に入って来たのだが。



今まで彼等を痛めつけていた男たちと違い、流暢な英語がその口から漏れる。
着ている物も、やや小奇麗なものを身に纏っていた。

『村長、こいつらしゃべりませんぜ』
「カシムが持っていた品は今までの発掘現場からは見つからなかった。…絶対、タラールが見つけた場所を知っているはず」


「アンタがこの村の村長か」
「そうだ」


言って、ハシードはに、と嫌味たらしく笑った。
悪人は皆似たような笑い方をするのか、と妙な感心をしながら、モンタナはふん、と鼻を鳴らす。


「タラールに教える様に言えば、生きて村を出してやるぞ」
「どーせ、吐いた時点で殺されるんだろ」

「折角永らえた命だ。待っている相手の居る国に帰りたいだろう?」
「…ここで卑怯者になって国に帰っても、待ってる相手に半殺しに合いそうなんでね。そっちの方が怖い」



普通に帰っても、一発や二発殴られそうなのに。

嘯き、彼は苦笑する。
それに、ハシードは顔を歪め、彼の腹に蹴りを入れた。



「…っツ」
「続けろ」

よろめき、モンタナは身体を曲げて地面に顔を擦り付ける羽目になり――





ドンッ!!



地響きと、盛大な爆発音が家の外から聞こえてくる。
それに、その場に居た全員が目を剥いた。

『なっ…!?』
『何だ!』

うろたえている様子から見ると、この音と地響きは男達にとっても予想外の物の様だ。
余りの事に、タラール医師もよろよろ、と顔を上げた。音と振動は、断続的に外からまだ聞こえてきている。
やがて、ばたん、と扉が開き、村人の一人が青い顔をして部屋に駆け込んできた。

『何だ!?どうしたんだ』
『村はずれの岩山の峡谷辺りで、誰かが爆薬を使ってるらしい!』
『何!?』
『あそこは隣の街から近い!盗掘孔も傍だし、見つかったら事だ!止めさせるんだ!』


訳の判らない現地語でなにやら叫び、ハシード以下殆どの人間が部屋を出て行く。
残った2人ほどの男達も、断続的に続く地響きと爆音でどうも落ち着かない様子を見せている。


そして、完全にハシード達の足音が聞こえなくなり――








ドンッ!





『がっ!』

爆音と同時に、モンタナは立ち上がり様、近くに居た男の鳩尾に頭突きを加える。
それに堪らず、男は呻いてその場に崩れ落ちた。


『き、貴様っ』
「――っ!」


続けざま、もう一人の男の脚を払う。どう、と大きな音を立て、男は頭を地面に打ちつけて昏倒した。
モンタナの方もバランスを崩し、壁で背中を打ったが、どうにかぜいぜい、と荒い息を整える。
そして、タラール医師の方に首を巡らせた。


「大丈夫か、先生」
「あ…ああ」

言って、モンタナはベッドサイドにあった果物ナイフの柄を咥え、テーブルの上に器用に突きたてる。
その刃で自分の手を縛っていたロープを斬ると、タラールの腕も解いてやる。そして、彼の腕を取り、どうにか支える形でその場に立たせた。



「今のうちだ。逃げるぞ!」

「いや…そういうわけにも行かないんだ。…今の爆発、どうやら『隠れ家』のある岩山の峡谷で起こったらしい」
「なにぃ?」

それを聞き、彼は眉を寄せる。



「君の飛行機もその付近に置いてある。…どっちにしろ、あの外れの岩山に行かなければ」
「…しゃーねーな。とにかく、ケティがある場所に見つからないように行くか」
「すまない」
「いいって。――カシムと約束したしな」



先生は、俺が守るって。

悪戯っぽく言って、彼はタラールを支え、歩き始める。
それに、タラールは切れた唇を笑みの形に結ぶ。





「しかし全くどこの馬鹿だ、爆薬なんて使い始めたのは…お陰で助かったが」






一人ごち、モンタナは息を吐く。
どかん、とまた景気の良い音が遠くから聞こえた。








 
 

next back












広告 今が旬の在宅ビジネス! その中身!! 通販 花 無料 チャットレディ ブログ blog

q12







 

             『地平線の向こうへ』<12>


--------------------------------------------------------------------------------


  







「チェリは、――墓泥棒の村です」





言って、カシムはアルフレッドに黒い皮の手帳を差し出した。
それを聞き、彼は一瞬息を呑んだ。

あの後、彼等は適当な場所でアーメッドを下ろした。
そしてそのまま路傍に停車した車中で、ようやくカシムから詳しい事情を聞く事になったのだが。


「…墓泥棒の村?」

言って、運転席のメリッサは訝しげに眉を寄せた。
しかし、アルフレッドは厳しい表情で手帳をめくり、――しばらくして、天を仰ぐ仕草をする。

「…本当のようだね」
「…はい」
「ねえ、一体どういう事?」

そのメリッサの問いかけに、アルフレッドは一つ大きくため息をつき、複雑な表情になった。






「…古来より、身分の高い人間の墓には遺体と共に大量の副葬品――簡単に言うと、宝物が埋められていたんだ。
死者の眠る神聖な場所――といっても、何しろ埋まってるのは金銀財宝だからね。当然墓を暴いてでもそれを手に入れようとする人間もでてくる。そういう奴らを、墓泥棒というんだ」


「それは判るけど…」


「エジプトには古代文明があるから、宝物が埋まっている立派な墓が多い。それに比例して、墓泥棒も多かったみたいだね」



そう、大昔の墳墓や遺跡は、発見された時、既に盗掘に遭っていることも少なくない。

あの有名な、ギザのピラミッドも王の墓だと呼ばれている。
けれど、学者が初めて調査しようとした時には、もう既に墓泥棒の手に落ちていた。



「…僕等は今までにいくつもの宝を発見する事が出来た。
でも、それは本当に幸運が重なっただけだ。
本来なら一つの手付かずの遺跡を発見する事でさえ、奇跡に近いことなんだよ」


言って、アルフレッドは腹立たしそうに頭を掻いた。
彼等考古学者も、ある意味死者の墓を暴く、という点では墓泥棒と変わらないかもしれない。
けれど、人類史の再構成者である考古学者のプライドにかけて、金銭の為に貴重な墳墓を破壊することも辞さない墓泥棒は許すことの出来ない存在なのだ。

それに、メリッサは大きく首を傾げた。







「で?それがチェリ村とどう関係があるの?」


「つまり……村の人間全員が墓泥棒なんだ。村の周囲にある墓を盗掘して生計を立てている」


「!」



アルフレッドの言葉に、メリッサは息を呑む。


「そんな、この現代に?!」
「ゼロ卿みたいな例もあるだろう?あれは個人的な趣味の為にやっているみたいだけど、生活の為に今だ続けている人間も居るんだ」

「犯罪よ!?村ぐるみで、だなんて」
「実際は犯罪だけど、彼等にとっては農業や金属を採掘する感覚と同じだなんだろうね。
おそらく村の人の感覚としては、近くに埋まっている鉱脈の金銀を掘り出して売り飛ばす、…それだけなんだよ」


たしかに貧しい村にとって金銀財宝は何にも変えがたい収入になるだろう。
…手に届く範囲にそれがあるなら言わずもがな。
けれど、それは貴重な考古遺物を二度と光の当たらない世界に流すことでもある。







「……先祖代々、ずっとそうやってました。近くの遺跡の宝物を売って、最近ではオークションに流して高く売り払って…。
考古局の役人には、賄賂を渡して捜査の手を緩めさせています。
…それでも気付かれたら、村の人たち、気付いた人を皆、殺してしまいます。…それが、村の昔からのおきてだから」

カシムは俯き、きゅ、と唇を噛む。

「さっきの、アーメッド…彼が危険だ、と言っていたのは、チェリ村に不用意に近付いた人間が何人も帰ってこないことがあるからだと思います」



たどたどしい、カシムの告白。
しかし、その内容はとんでもないもので。






「…じゃあ、この手帳をギルト博士に渡せば」
「…本当は、そうです。けど、…今、Dr.タラールが、村の人に捕まってしまって」
「え…」


「お願いです、助けてください!」
「け、警察は」
「…多分駄目です。根回しがしてあるので、多少の事件では動きません」


「それはいつの事だい?」
「昨日の、夜です。Dr.はこの事件の詳細を書いた、この手帳を僕に渡して、逃がせてくれました」
「ちょっと、それじゃあ」



メリッサとアルフレッドの顔からさ、と血の気が引く。

外部に自分たちの犯罪行為がばれたなら、―― 一時も置かず、その裏切り者のタラール医師の命は無いだろう。
それに、彼はひとつ大きく首を横に振った。





「違います。ばれたのは――村の近くに在る、『隠れ家』の事です。今まで、僕と、Dr.タラールしか、知りませんでした」
「かっ『隠れ家』!?…そ、それは本当かい!!本当にあるのかい!?」
「はっ、はい!」

カシムの言葉を聞き、アルフレッドは目をむく。
勢い込んで少年の顔を覗き込んでしまい、カシムは驚いて一歩後ろに後じさった。





「アルフレッド、『隠れ家』って」
「…さっき、エジプトには墓泥棒が多かった、って説明したよね?
でも、同時に墓を守ろうとする人間――その家に代々仕える墓守たちも居た」

墓を見守り、その永の眠りを妨げる者を排除する。

「僕等が良く冒険で見るトラップも、むやみに踏み込む連中から墓を守ろうと作られたんだ。
けど、…そのトラップも所詮、人間の作ったものだ。
突破できない事は無いし、どんなに複雑な迷路だって、どんなに恐ろしい仕掛けだって、作った人間を買収すれば、それで終わりさ」
「まあ、そうね」



アルフレッドの言葉を聞き、メリッサはひとつ頷く。
実際、彼等はいくつもの遺跡のトラップを見てきているが、最終的にはそのどれもをくぐりぬけてきた。

人の作ったものには完璧の文字は無い。





「だから、墓自体を引っ越すこともあった。
…そして、色んな場所を墓泥棒の手から逃れるために転々とし、行き場を無くした死者達やその副葬品をいくつも集めて、目立たない場所にひっそりと隠す事がある」


墓の住人の眠りを守る為に、こんな所に墓があるとは思わない場所を選び、こっそりと隠しておく。地下に穴を掘って、わざわざ埋め戻して何もなかったかの様に見せかけることすらあるのだ。



「行き場を無くした、死者たちの『隠れ家』、というわけさ。
だから、『隠れ家』は今まで見つかっていない、貴重な考古学上の資料になるんだ」

言って、アルフレッドは興奮したように目を輝かせる。
無傷の『隠れ家』が見つかる、と言うのはそれほど凄いことなのである。






「…僕が、2年前に村はずれの岩山の割れ目に誤って落ちた先が、『隠れ家』と繋がっていたんです」

カシムは言って、目を伏せる。


「けど、Dr.はその頃から村の行為を良く思ってなかったので、村の誰にも言わなかった。
村がそれを知れば、『隠れ家』のミイラや副葬品は、ごっそりと闇に流れてしまいますから。

けど、…それを隠していた事が、ばれて。多分、今はその場所を喋らせようとしていると思います」
「…――」



それを聞き、アルフレッドは、深い安堵と、まだ逢ったことの無い医師への感謝の念を憶える。

そして、暫し考え、顔を上げた。



「とりあえず、この手帳をギルト博士宛てに郵送するよ。…流石にチェリ村の人間も、郵便局までには手を回していないだろうし、僕が持っているより安心だ。

そして、急ぎ電報でギルト博士の方から、エジプト考古局に、チェリ村へ警察を動かしてもらう様に働きかけてもらおう。…早くとも、明日の朝になるだろうけど。
それから僕達は今から――」


「Dr.タラールを助けに、チェリ村に行きましょう」



メリッサの毅然とした言葉に、アルフレッドは一瞬戸惑ったような顔になったが、――すぐに頷いた。
このまま明日の朝を待っていたら、『隠れ家』も、人一人の命も危ない。

それに――親友の手がかりも、途切れてしまう。




「ありがとう、ございます…」
「大丈夫よ。…貴方とDr.しか知らない、って事は、逆を言えば、まだ喋っていなければDr.タラールは無事よ」

カシムは俯いて、唇を噛んだ。今にも泣きそうな表情で、ぎゅう、と拳を握り締めている。
メリッサは優しく肩を叩くと、柔らかく微笑んだ。
それに、カシムも顔を上げる。――と。








「そうですね。…それに、彼も居ますから」
「え?」










「少し前、発掘をしていた谷に、外国の飛行機が落ちました。

本当なら、盗掘現場を見た人は、殺されるはずなんですが…幸い、Dr.と僕が最初に見つけたので、操縦をしていた人を、飛行機から運んで村の人たちから隠したんです」











ばさっ。

手の中にあった、黒い手帳が地面に音を立てて落ちた。


























「村の人は『操縦者は死んだ』というDr.の説明に、最初は訝っていましたが、今は飛行機を修復して売る方が重要のようで、何とかごまかせました」






















「――…」




「優しくて、頼りがいがあって、飛行機と空と、冒険が好きな人です。沢山、いろんな国の話をしてくれました」


























口の中が、乾いていた。








「彼はDr.を守ってくれると、約束してくれました。…だから、大丈夫です」


























「…彼の」
「――――彼の」


――アルフレッドの言葉を遮り。










































「――――彼の名前は?」






メリッサが、カシムに問うた。
























振り向かなかったアルフレッドには、彼女の表情は見えなかった。











だが―――――その声は震えていて。












































それにカシムは、にこり、と微笑った。




































「Mr.モンタナ・ジョーンズ」









 
 

next back












広告 ■★ 給料カット!借金どうしょ?副収入探し! ★■ 通販 花 無料 チャットレディ ブログ blog

  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]