『地平線の向こうへ』<12>
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「チェリは、――墓泥棒の村です」
言って、カシムはアルフレッドに黒い皮の手帳を差し出した。
それを聞き、彼は一瞬息を呑んだ。
あの後、彼等は適当な場所でアーメッドを下ろした。
そしてそのまま路傍に停車した車中で、ようやくカシムから詳しい事情を聞く事になったのだが。
「…墓泥棒の村?」
言って、運転席のメリッサは訝しげに眉を寄せた。
しかし、アルフレッドは厳しい表情で手帳をめくり、――しばらくして、天を仰ぐ仕草をする。
「…本当のようだね」
「…はい」
「ねえ、一体どういう事?」
そのメリッサの問いかけに、アルフレッドは一つ大きくため息をつき、複雑な表情になった。
「…古来より、身分の高い人間の墓には遺体と共に大量の副葬品――簡単に言うと、宝物が埋められていたんだ。
死者の眠る神聖な場所――といっても、何しろ埋まってるのは金銀財宝だからね。当然墓を暴いてでもそれを手に入れようとする人間もでてくる。そういう奴らを、墓泥棒というんだ」
「それは判るけど…」
「エジプトには古代文明があるから、宝物が埋まっている立派な墓が多い。それに比例して、墓泥棒も多かったみたいだね」
そう、大昔の墳墓や遺跡は、発見された時、既に盗掘に遭っていることも少なくない。
あの有名な、ギザのピラミッドも王の墓だと呼ばれている。
けれど、学者が初めて調査しようとした時には、もう既に墓泥棒の手に落ちていた。
「…僕等は今までにいくつもの宝を発見する事が出来た。
でも、それは本当に幸運が重なっただけだ。
本来なら一つの手付かずの遺跡を発見する事でさえ、奇跡に近いことなんだよ」
言って、アルフレッドは腹立たしそうに頭を掻いた。
彼等考古学者も、ある意味死者の墓を暴く、という点では墓泥棒と変わらないかもしれない。
けれど、人類史の再構成者である考古学者のプライドにかけて、金銭の為に貴重な墳墓を破壊することも辞さない墓泥棒は許すことの出来ない存在なのだ。
それに、メリッサは大きく首を傾げた。
「で?それがチェリ村とどう関係があるの?」
「つまり……村の人間全員が墓泥棒なんだ。村の周囲にある墓を盗掘して生計を立てている」
「!」
アルフレッドの言葉に、メリッサは息を呑む。
「そんな、この現代に?!」
「ゼロ卿みたいな例もあるだろう?あれは個人的な趣味の為にやっているみたいだけど、生活の為に今だ続けている人間も居るんだ」
「犯罪よ!?村ぐるみで、だなんて」
「実際は犯罪だけど、彼等にとっては農業や金属を採掘する感覚と同じだなんだろうね。
おそらく村の人の感覚としては、近くに埋まっている鉱脈の金銀を掘り出して売り飛ばす、…それだけなんだよ」
たしかに貧しい村にとって金銀財宝は何にも変えがたい収入になるだろう。
…手に届く範囲にそれがあるなら言わずもがな。
けれど、それは貴重な考古遺物を二度と光の当たらない世界に流すことでもある。
「……先祖代々、ずっとそうやってました。近くの遺跡の宝物を売って、最近ではオークションに流して高く売り払って…。
考古局の役人には、賄賂を渡して捜査の手を緩めさせています。
…それでも気付かれたら、村の人たち、気付いた人を皆、殺してしまいます。…それが、村の昔からのおきてだから」
カシムは俯き、きゅ、と唇を噛む。
「さっきの、アーメッド…彼が危険だ、と言っていたのは、チェリ村に不用意に近付いた人間が何人も帰ってこないことがあるからだと思います」
たどたどしい、カシムの告白。
しかし、その内容はとんでもないもので。
「…じゃあ、この手帳をギルト博士に渡せば」
「…本当は、そうです。けど、…今、Dr.タラールが、村の人に捕まってしまって」
「え…」
「お願いです、助けてください!」
「け、警察は」
「…多分駄目です。根回しがしてあるので、多少の事件では動きません」
「それはいつの事だい?」
「昨日の、夜です。Dr.はこの事件の詳細を書いた、この手帳を僕に渡して、逃がせてくれました」
「ちょっと、それじゃあ」
メリッサとアルフレッドの顔からさ、と血の気が引く。
外部に自分たちの犯罪行為がばれたなら、―― 一時も置かず、その裏切り者のタラール医師の命は無いだろう。
それに、彼はひとつ大きく首を横に振った。
「違います。ばれたのは――村の近くに在る、『隠れ家』の事です。今まで、僕と、Dr.タラールしか、知りませんでした」
「かっ『隠れ家』!?…そ、それは本当かい!!本当にあるのかい!?」
「はっ、はい!」
カシムの言葉を聞き、アルフレッドは目をむく。
勢い込んで少年の顔を覗き込んでしまい、カシムは驚いて一歩後ろに後じさった。
「アルフレッド、『隠れ家』って」
「…さっき、エジプトには墓泥棒が多かった、って説明したよね?
でも、同時に墓を守ろうとする人間――その家に代々仕える墓守たちも居た」
墓を見守り、その永の眠りを妨げる者を排除する。
「僕等が良く冒険で見るトラップも、むやみに踏み込む連中から墓を守ろうと作られたんだ。
けど、…そのトラップも所詮、人間の作ったものだ。
突破できない事は無いし、どんなに複雑な迷路だって、どんなに恐ろしい仕掛けだって、作った人間を買収すれば、それで終わりさ」
「まあ、そうね」
アルフレッドの言葉を聞き、メリッサはひとつ頷く。
実際、彼等はいくつもの遺跡のトラップを見てきているが、最終的にはそのどれもをくぐりぬけてきた。
人の作ったものには完璧の文字は無い。
「だから、墓自体を引っ越すこともあった。
…そして、色んな場所を墓泥棒の手から逃れるために転々とし、行き場を無くした死者達やその副葬品をいくつも集めて、目立たない場所にひっそりと隠す事がある」
墓の住人の眠りを守る為に、こんな所に墓があるとは思わない場所を選び、こっそりと隠しておく。地下に穴を掘って、わざわざ埋め戻して何もなかったかの様に見せかけることすらあるのだ。
「行き場を無くした、死者たちの『隠れ家』、というわけさ。
だから、『隠れ家』は今まで見つかっていない、貴重な考古学上の資料になるんだ」
言って、アルフレッドは興奮したように目を輝かせる。
無傷の『隠れ家』が見つかる、と言うのはそれほど凄いことなのである。
「…僕が、2年前に村はずれの岩山の割れ目に誤って落ちた先が、『隠れ家』と繋がっていたんです」
カシムは言って、目を伏せる。
「けど、Dr.はその頃から村の行為を良く思ってなかったので、村の誰にも言わなかった。
村がそれを知れば、『隠れ家』のミイラや副葬品は、ごっそりと闇に流れてしまいますから。
けど、…それを隠していた事が、ばれて。多分、今はその場所を喋らせようとしていると思います」
「…――」
それを聞き、アルフレッドは、深い安堵と、まだ逢ったことの無い医師への感謝の念を憶える。
そして、暫し考え、顔を上げた。
「とりあえず、この手帳をギルト博士宛てに郵送するよ。…流石にチェリ村の人間も、郵便局までには手を回していないだろうし、僕が持っているより安心だ。
そして、急ぎ電報でギルト博士の方から、エジプト考古局に、チェリ村へ警察を動かしてもらう様に働きかけてもらおう。…早くとも、明日の朝になるだろうけど。
それから僕達は今から――」
「Dr.タラールを助けに、チェリ村に行きましょう」
メリッサの毅然とした言葉に、アルフレッドは一瞬戸惑ったような顔になったが、――すぐに頷いた。
このまま明日の朝を待っていたら、『隠れ家』も、人一人の命も危ない。
それに――親友の手がかりも、途切れてしまう。
「ありがとう、ございます…」
「大丈夫よ。…貴方とDr.しか知らない、って事は、逆を言えば、まだ喋っていなければDr.タラールは無事よ」
カシムは俯いて、唇を噛んだ。今にも泣きそうな表情で、ぎゅう、と拳を握り締めている。
メリッサは優しく肩を叩くと、柔らかく微笑んだ。
それに、カシムも顔を上げる。――と。
「そうですね。…それに、彼も居ますから」
「え?」
「少し前、発掘をしていた谷に、外国の飛行機が落ちました。
本当なら、盗掘現場を見た人は、殺されるはずなんですが…幸い、Dr.と僕が最初に見つけたので、操縦をしていた人を、飛行機から運んで村の人たちから隠したんです」
ばさっ。
手の中にあった、黒い手帳が地面に音を立てて落ちた。
「村の人は『操縦者は死んだ』というDr.の説明に、最初は訝っていましたが、今は飛行機を修復して売る方が重要のようで、何とかごまかせました」
「――…」
「優しくて、頼りがいがあって、飛行機と空と、冒険が好きな人です。沢山、いろんな国の話をしてくれました」
口の中が、乾いていた。
「彼はDr.を守ってくれると、約束してくれました。…だから、大丈夫です」
「…彼の」
「――――彼の」
――アルフレッドの言葉を遮り。
「――――彼の名前は?」
メリッサが、カシムに問うた。
振り向かなかったアルフレッドには、彼女の表情は見えなかった。
だが―――――その声は震えていて。
それにカシムは、にこり、と微笑った。
「Mr.モンタナ・ジョーンズ」
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