冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第2章 ギルト博士は知っている
モンタナとメリッサが博物館を訪れた時、アルフレッドは来客中であると告げられた。警備員が客人を案内してから、既に小一時間は経つという。
「そういえば、ロンさんの紹介で人が訪ねてくるって言ってたな」
モンタナは、以前食事の時に出たアルフレッドとの会話を思い出した。
「ロンさん・・・って言うと、サンフランシスコの?」
「そうらしい」
メリッサにも、ロンの名前には心当たりがある。出会ったのはサンフランシスコで、その時にモンタナ達共々事件に巻き込まれてしまった。ロンは、中国から流出し闇取り引きされている国の財産を思い、ギルト博士に事件の調査を依頼したという。チャイナタウンを舞台にした冒険の顛末を、メリッサはあらためて思い起こす。
「さぁてと。・・・こうなっちまうと、俺達は何処かで暇潰しをする事になるんだけど・・・」
お茶でもしようという事になり、モンタナはレコードを持ってメリッサを外にエスコートする。
モンタナは、暇潰しにはうってつけの喫茶に心当たりがあった。が、程なくして、建物奥から警備員が呼び止めながら走って来る。わざわざアルフレッドのもとへ走ってくれたようだ。
「アルフレッド教授がお待ちです。そのまま入って下さい」
モンタナは、帽子の鍔を弄ぶ。
「来客中なんだろう?」
「はい。それでも、ちょうどよかったという口ぶりで・・・」
「わかった・・・行こう、メリッサ」
他の観覧客が見学順路に流れていく中、警備員を先頭に2人は建物奥へと歩いてゆく。
通されたいつもの部屋には、アルフレッドの他、弁髪を垂らした若者が1人、椅子に座って神妙な顔を交わしていた。
アルフレッドは椅子から立ち上がっただけで、モンタナとメリッサにおざなりの挨拶をする。
「アルフレッド、お客さんが来てるんだろ? 入っていいのか?」
モンタナは、部屋の端から声をかける。一見がさつではあるが、客人に気を遣ってのモンタナなりのやり方だ。
「ああ。ちょうどいいところに来てくれたね。・・・それに、メリッサまで・・・」
アルフレッドが、警備員が口にしたものと同じ言葉を繰り返した。
モンタナとメリッサは、顔を見合わせる。モンタナがギルト博士からの包みを無言でちらつかせても、了解と手を挙げるばかりだ。
「さぁ2人共、そんな所に立っていないで・・・」と言いかけ、アルフレッドがぱちんと手を叩く。
「そうか、椅子が足らないんだ・・・。僕が取って来るよ」
「俺も手伝うぜ」
モンタナは包みをメリッサに預け、アルフレッドに続いて部屋を出た。
1つづつ椅子を抱えながら、部屋に続く廊下を行く。モンタナは、アルフレッドに耳打ちした。
「ギルト博士からレコードが来たぞ」
「うん、そのようだね・・・」
すっかり乗り気のモンタナに、アルフレッドが殊更気のない返事をする。
「どうしたんだい? また何か大発見ができそうだってぇのに」
「それどころじゃないんだよ、モンタナ。僕達はこれから、中国で盗まれた短剣を取り戻しに、アメリカ中を探し回らなくちゃいけないんだ」
「中国の短剣? そりゃまた一体、どういう事なんだ?」
「困った人を放ってはおけないだろ? おまけに僕らは、ロンさんに大きな借りがある」
「ロンさん? …ああ、やっぱり。そのお客さんじゃないかと思ってたんだ。しかし何だよ、その短剣っていうのは?」
「モンタナ、君の大好きな冒険ができるよ」
「ったく、何の事か後でちゃんと教えろよ。・・・しかし、ギルト博士のレコードも来てるってのになぁ。どっちを先にすりゃあいいんだ・・・」
ドアの前に立つと、モンタナはドアを足で蹴った。
コーヒーを4つ用意し万事支度を整えると、アルフレッドがチャンに2人を紹介すると言う。
座っていた弁髪の青年は、とても華奢な体を僅かに屈め立ち上がった。立ち姿がつい前屈みになるのは、青年の癖のようにモンタナには映る。良識を感じる知的な青年だが、自信がないのか、不安を隠しきれない様子が、体を一層小さく見せてしまう。
「チャンさん、彼はモンタナ・ジョーンズ。ロンさんのお話にも出てきた僕の従兄弟ですよ。メリッサ、モンタナ、彼はチャン・チョンペイさん。ロンさんを頼って、はるばる中国からアメリカにやって来たんだ。近代史の研究家をしている人なんだよ」
「アメリカへようこそ。中国からの長旅、大変だったでしょう」
モンタナは、チャンと握手を交わす。とても柔らかい感触に、なるほど、らしいと微笑した。
アルフレッドの手よりも、メリッサのそれに近いとモンタナは思った。水仕事や力仕事には、おそらく縁がないのだろう。滑らかな、指先までしなやかな手をしている。
チャンも微笑した。
「いえ、船旅は初めてでしたが船酔いもありませんでした。モンタナさん、お噂はかねがね。お会いできて本当に光栄です」
「噂か、あの闇取り引きの事件の事だろう? そう言われると、何だかちょっと照れるな」
アルフレッドが、チャンにメリッサを手で示す。
「そして、彼女はメリッサ・ソーン。ボストン・タイムズの記者をしている、語学堪能な我々2人の心強い味方です」
「初めまして、メリッサさん」
「ようこそ、ボストンへ。ロンさんと言うと・・・サンフランシスコのあの事件を、御存知なんですね?」
握手を交わしながら、チャンが笑う。
「はい、皆さんにお会いできて、ボストンまで来た甲斐がありました」
アルフレッドが、チャンへ椅子を勧める。
どっかと腰を下ろしたモンタナは、さっそく一同を見回した後、興味津々でアルフレッドに説明をねだった。
「さぁて、そろそろ何の話か聞かせてもらおうじゃないの!」
「うん・・・」
アルフレッドがチャンに、「よろしいですか?」と問うた。
「是非お願いします」
チャンが鞄の口を握り締めた。アルフレッドが、ふむと膝を押さえる。
「さて・・・僕も近代史については余りよく知らないんだけど、チャンさんに随分と教えてもらったよ。モンタナ、メリッサ、今の中国、中華民国の前、あの国土を支配していた国について知っているかい?」
「中国の前ってか? そりゃあ・・・知る訳ねぇだろう。俺は、お勉強は苦手だもん」
モンタナを横目に、メリッサがにこりとする。
「清という国でしょ」
「正解。封建制度の国家で、太祖から宣統帝まで10代も続いた一大帝国だったんだ」
「その清が、どうしたって?」
モンタナが話の先を急かす。
「第9代皇帝に就いたのは光緒帝という人物で、彼は晩年、二振りの短剣を作らせているんだ。どちらも黄金と宝石で美しく飾り、片方の鍔には龍を、そしてもう片方の鍔には鳳凰を彫金させたそうなんだ。・・・チャンさん、先程のものをお願いできますか?」
「はい」
鞄に手をかけ、チャンが中から黄色い布の包みを取り出す。一同の視線が集まる中で、チャンがおごそかに包みを広げた。
窓から日が差し込み、固唾を飲む見物人を黄金の輝きで明るく満たす。
「これが、その片方なのです」
余りの華やかさに、モンタナは言葉を忘れた。メリッサもまた両手を重ね、歓声を体の内側に発しているのがわかる。
チャンの手元から放たれる黄金の輝きは、陽光よりも眩しかった。一度見ている筈のアルフレッドさえ、うっとりと細工の繊細さに息を止めてしまう。
「東洋の細工ものの技術は、世界一と言ってもいいよ。その緻密さといい、正確さといい。これは清時代のもので、伝統として使われるようになった模様が沢山描かれている。すばらしいものだよ!」
「鍔のところに、鳥の絵があるな」と、モンタナ。
「それが、鳳凰という鳥なんだ。中国の皇室では、皇后のしるしとされている。ちなみに皇帝のしるしは龍であり、両方で皇室の権威を表すんだ」
「そりゃまた大層な代物だな。・・・って、アルフレッド。俺達がのんびり眺めてていい品物なのか?」
チャンが、僅かに項垂れた。
「国に置いておくのがどうしても不安で・・・。私の旅行中に、また盗難に遭う事にでもなれば・・・。それを思うと、持ち歩くのが一番安全かと、結局ここまで持って来ました」
「盗まれた? 何だか物騒な話になってるな」
モンタナの何気ない言葉に、チャンがぴくりと反応する。
「この短剣は、そもそも二振りで一対を成すもので、私の祖父が翁大臣からお預かりした光緒帝所縁の品なのです。人目に触れぬよう隠し置く事を命じられ、祖父の代から私まで、三代に渡って短剣の守護をしてまいりました。ところが半年程前、私の留守の間に賊が家に侵入し、龍の短剣を奪っていったのです。万一に備え二振りの短剣はそれぞれ別の隠し場所へとしまっていたので、この鳳凰の短剣だけが無事でした。しかし・・・」
「龍の短剣とやらは行方知れずという訳か」
「はい・・・」
黄色の布で、チャンが短剣をそっと包み込む。
「八方手を尽くして手掛かりを追っていたところ、ブローカーによって国外へ持ち出されたと聞き、ここまでやって来ました。が、ロンさんの調べでも、この国に入った事までしかわからなくて・・・」
「なるほどね」
大きく頷いてから、モンタナは立ち上がった。資料の上に乗せられた包みに手を伸ばし、梱包用の紐をナイフで切る。
「これからどうする、モンタナ?」
いそいそと包みを開くモンタナに、アルフレッドが本音を漏らす。
短剣を探すとなれば、2日・3日の話では済まないだろう。しかも、運悪くギルト博士からの指令と重なってしまった。どちらを先送りにしても、わだかまりは残ってしまう。
「ギルト博士からの指令も聞いてみようぜ。案外、博士が短剣の行方を知っているかもしれねぇしな」
「まさか」
アルフレッドが天井を向く。
「とか何とか言いながら、レコードの内容が気になるだけなんでしょ」
呆れたメリッサも、アルフレッドに賛意を示した。
「ま、聞いてみればわかる事よ」
蓄音機にレコードをセットし、モンタナはそっと針を落とす。
耳障りな雑音の後、いつものミステリアスな曲が部屋に流れ出す。
「親愛なる我が弟子アルフレッド君とモンタナ君、元気かね」
慣用句となったギルト博士の言葉で、それは始まった。
「中国から盗み出されたという龍の短剣の行方がわかった。買い取ったのは、ゼロ卿だ。彼は短剣の秘密を知り、残る鳳凰の短剣の行方を追って、チャンという人物の足跡を辿っているという。君達はゼロ卿から龍の短剣を取り戻し、紫禁城に隠されているという西太后の宝を守るのだ。・・・例によって、行く先々では危険が待っている。君を守るのは君自身だ。・・・成功を祈る・・・」
モンタナが針を上げるより早く、レコードからは煙が吹き出してきた。部屋にいる全員が咳込み、モンタナはたまらなくなり慌てて窓を全開にする。
「ホントにギルト博士が知ってるとはね」
帽子を取り、モンタナは顔をぱたぱたと扇ぐ。
「わかっていたの、モンタナ?」
「まさか!」
感心顔のメリッサに、モンタナはおどけて否定をした。
「ただ、予感はしたのさ。よく当たるんだぜ、俺の予感はさ」
「よく言うよ。ただ単に、ロンさんからギルト博士に、今回のこの話が行ってるんじゃないかって、そう思っただけなんだよ」
ベストの埃を手で払いながら、アルフレッドが修正する。
「ま、感心して損しちゃったわ」
メリッサが肩を落とした。
しばらくすると煙に澱んだ空気も澄んで、4人は入れ直したコーヒーでのんびりと寛ぐ。
カップを両手で包み込んだチャンが、おずおずと疑問を口にする。
「ゼロ卿とは、何者なのですか?」
「ま、一言で言うなら、泥棒も辞さない悪のコレクターさ。ドジでマヌケでキザで、その上執念深い連中だよ」
「一言になってないよ、モンタナ・・・」
アルフレッドが小声で諭す。
「これからどうするの? 盗まれた短剣をゼロ卿から取り返すといっても、ゼロ卿の居場所なんて、私達知らないわよ」
「それなら心配ないよ、メリッサ」
「あら、どうして?」
アルフレッドの訳知り顔が、メリッサとチャンを見比べる。
「ギルト博士のレコードに、紫禁城という言葉があったのを覚えているだろう? ゼロ卿の最終目的地は、中国にある紫禁城・・・つまり、今の故宮博物院だよ。連中は、必ずあそこに現れる!」
「それに・・・」
モンタナは、アルフレッドの後を取る。彼は窓辺に寄り、外からはわからぬように博物館の周囲を観察していた。
「連中は鳳凰の短剣も欲しくて、チャンさんの荷物を狙っているって言ってたろ。・・・アルフレッド、そっとこっちに来て、窓の下を見てみろ」
「窓の下?」
ぎこちない仕種で、アルフレッドはモンタナとは反対側の窓辺についた。
その部屋は大通りに面しており、階下を見ると、人や車の賑やかな往来を目にする事ができる。
「もっと下だ。博物館の入り口に一番近い街灯に1人、通りを隔てた向こう側に1人だ」
アルフレッドが、ようやくモンタナの言う人影を二つ捕らえた。失業者風のさえない恰好で、通行人をやり過ごしながらいつまでもそこに立っている男がいる。細身の男が1人、そしてでっぷりとした体躯の男が1人。
怪しげな物売りもこの時代には目についたが、彼等2人は客である筈の通行人には一向に興味を示していない。何より、目つきが鋭く周囲からは浮いていた。
「あれは・・・スリムとスラムじゃないか!」
「さっそく、向こうさんからお出ましになったぜ」
「どうしてここがわかったんだろう?」
「わからねぇ。ただ単に、ギルト博士のレコードが目当てなだけかもしれねぇしな」
「ここから出られないよ・・・」
おたおたするばかりのアルフレッドに、モンタナは余裕の笑みを浮かべる。
「情ない声を出すなって、アルフレッド。この建物にだって通用口くらいはあるだろう。まず俺が1人で外に出る。そして車を博物館の前につけるから、3人で一気に飛び乗れ。後は、ケティまで一直線だ」
「そんなに上手い事いくかなぁ」
「上手い事やるの! ・・・やらなきゃ後がないぞ」
語尾にかけ、モンタナは凄んだ。
「このまま窓に張りついて、5分したら2人を連れて一階まで降りろ。俺がクラクションを3回鳴らすから、そうしたら全力で走って車に飛び乗るんだ。・・・車はほとんど停めないぞ、いいか?」
「・・・わかったよ」
「よし、メリッサとチャンさんを頼んだぜ」
真顔でアルフレッドに念を押した後、モンタナは自信ありげに親指を立てた。
表情の固いアルフレッドに、束の間の苦笑いが蘇る。
そそくさとモンタナが部屋を出てゆくと、チャンがメリッサにそっと囁いた。
「頼もしい方ですね、モンタナさんは」
「こういう時はね、とても心強い味方よ。心配しないで、きっと無事に脱出できるから」
「はい」
「これで、大味なところとむらっ気がなかったら・・・、それにちょっと強引よね。あーあ、イヤリングを取りに来ただけだったのに・・・」
「はあ・・・」と、チャンが相槌を打つ。
階段を降りながらくしゃみを一つし、モンタナは一階の通用口までやって来た。
ここに来るまで40秒。ここからは、スピード勝負になる。
ノブに手をかけ、突然止めた。
誰かいる。ドアの向こうに、人の気配があった。
1人か、2人か。その人数は定かではない。
こちらの動きに気付かれたのか。モンタナの脳裏に、余り楽しくもないシナリオが思い浮かぶ。
意を決し、ノブを回した後、モンタナは力任せにドアを蹴り開けた。
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第2章 ギルト博士は知っている
モンタナとメリッサが博物館を訪れた時、アルフレッドは来客中であると告げられた。警備員が客人を案内してから、既に小一時間は経つという。
「そういえば、ロンさんの紹介で人が訪ねてくるって言ってたな」
モンタナは、以前食事の時に出たアルフレッドとの会話を思い出した。
「ロンさん・・・って言うと、サンフランシスコの?」
「そうらしい」
メリッサにも、ロンの名前には心当たりがある。出会ったのはサンフランシスコで、その時にモンタナ達共々事件に巻き込まれてしまった。ロンは、中国から流出し闇取り引きされている国の財産を思い、ギルト博士に事件の調査を依頼したという。チャイナタウンを舞台にした冒険の顛末を、メリッサはあらためて思い起こす。
「さぁてと。・・・こうなっちまうと、俺達は何処かで暇潰しをする事になるんだけど・・・」
お茶でもしようという事になり、モンタナはレコードを持ってメリッサを外にエスコートする。
モンタナは、暇潰しにはうってつけの喫茶に心当たりがあった。が、程なくして、建物奥から警備員が呼び止めながら走って来る。わざわざアルフレッドのもとへ走ってくれたようだ。
「アルフレッド教授がお待ちです。そのまま入って下さい」
モンタナは、帽子の鍔を弄ぶ。
「来客中なんだろう?」
「はい。それでも、ちょうどよかったという口ぶりで・・・」
「わかった・・・行こう、メリッサ」
他の観覧客が見学順路に流れていく中、警備員を先頭に2人は建物奥へと歩いてゆく。
通されたいつもの部屋には、アルフレッドの他、弁髪を垂らした若者が1人、椅子に座って神妙な顔を交わしていた。
アルフレッドは椅子から立ち上がっただけで、モンタナとメリッサにおざなりの挨拶をする。
「アルフレッド、お客さんが来てるんだろ? 入っていいのか?」
モンタナは、部屋の端から声をかける。一見がさつではあるが、客人に気を遣ってのモンタナなりのやり方だ。
「ああ。ちょうどいいところに来てくれたね。・・・それに、メリッサまで・・・」
アルフレッドが、警備員が口にしたものと同じ言葉を繰り返した。
モンタナとメリッサは、顔を見合わせる。モンタナがギルト博士からの包みを無言でちらつかせても、了解と手を挙げるばかりだ。
「さぁ2人共、そんな所に立っていないで・・・」と言いかけ、アルフレッドがぱちんと手を叩く。
「そうか、椅子が足らないんだ・・・。僕が取って来るよ」
「俺も手伝うぜ」
モンタナは包みをメリッサに預け、アルフレッドに続いて部屋を出た。
1つづつ椅子を抱えながら、部屋に続く廊下を行く。モンタナは、アルフレッドに耳打ちした。
「ギルト博士からレコードが来たぞ」
「うん、そのようだね・・・」
すっかり乗り気のモンタナに、アルフレッドが殊更気のない返事をする。
「どうしたんだい? また何か大発見ができそうだってぇのに」
「それどころじゃないんだよ、モンタナ。僕達はこれから、中国で盗まれた短剣を取り戻しに、アメリカ中を探し回らなくちゃいけないんだ」
「中国の短剣? そりゃまた一体、どういう事なんだ?」
「困った人を放ってはおけないだろ? おまけに僕らは、ロンさんに大きな借りがある」
「ロンさん? …ああ、やっぱり。そのお客さんじゃないかと思ってたんだ。しかし何だよ、その短剣っていうのは?」
「モンタナ、君の大好きな冒険ができるよ」
「ったく、何の事か後でちゃんと教えろよ。・・・しかし、ギルト博士のレコードも来てるってのになぁ。どっちを先にすりゃあいいんだ・・・」
ドアの前に立つと、モンタナはドアを足で蹴った。
コーヒーを4つ用意し万事支度を整えると、アルフレッドがチャンに2人を紹介すると言う。
座っていた弁髪の青年は、とても華奢な体を僅かに屈め立ち上がった。立ち姿がつい前屈みになるのは、青年の癖のようにモンタナには映る。良識を感じる知的な青年だが、自信がないのか、不安を隠しきれない様子が、体を一層小さく見せてしまう。
「チャンさん、彼はモンタナ・ジョーンズ。ロンさんのお話にも出てきた僕の従兄弟ですよ。メリッサ、モンタナ、彼はチャン・チョンペイさん。ロンさんを頼って、はるばる中国からアメリカにやって来たんだ。近代史の研究家をしている人なんだよ」
「アメリカへようこそ。中国からの長旅、大変だったでしょう」
モンタナは、チャンと握手を交わす。とても柔らかい感触に、なるほど、らしいと微笑した。
アルフレッドの手よりも、メリッサのそれに近いとモンタナは思った。水仕事や力仕事には、おそらく縁がないのだろう。滑らかな、指先までしなやかな手をしている。
チャンも微笑した。
「いえ、船旅は初めてでしたが船酔いもありませんでした。モンタナさん、お噂はかねがね。お会いできて本当に光栄です」
「噂か、あの闇取り引きの事件の事だろう? そう言われると、何だかちょっと照れるな」
アルフレッドが、チャンにメリッサを手で示す。
「そして、彼女はメリッサ・ソーン。ボストン・タイムズの記者をしている、語学堪能な我々2人の心強い味方です」
「初めまして、メリッサさん」
「ようこそ、ボストンへ。ロンさんと言うと・・・サンフランシスコのあの事件を、御存知なんですね?」
握手を交わしながら、チャンが笑う。
「はい、皆さんにお会いできて、ボストンまで来た甲斐がありました」
アルフレッドが、チャンへ椅子を勧める。
どっかと腰を下ろしたモンタナは、さっそく一同を見回した後、興味津々でアルフレッドに説明をねだった。
「さぁて、そろそろ何の話か聞かせてもらおうじゃないの!」
「うん・・・」
アルフレッドがチャンに、「よろしいですか?」と問うた。
「是非お願いします」
チャンが鞄の口を握り締めた。アルフレッドが、ふむと膝を押さえる。
「さて・・・僕も近代史については余りよく知らないんだけど、チャンさんに随分と教えてもらったよ。モンタナ、メリッサ、今の中国、中華民国の前、あの国土を支配していた国について知っているかい?」
「中国の前ってか? そりゃあ・・・知る訳ねぇだろう。俺は、お勉強は苦手だもん」
モンタナを横目に、メリッサがにこりとする。
「清という国でしょ」
「正解。封建制度の国家で、太祖から宣統帝まで10代も続いた一大帝国だったんだ」
「その清が、どうしたって?」
モンタナが話の先を急かす。
「第9代皇帝に就いたのは光緒帝という人物で、彼は晩年、二振りの短剣を作らせているんだ。どちらも黄金と宝石で美しく飾り、片方の鍔には龍を、そしてもう片方の鍔には鳳凰を彫金させたそうなんだ。・・・チャンさん、先程のものをお願いできますか?」
「はい」
鞄に手をかけ、チャンが中から黄色い布の包みを取り出す。一同の視線が集まる中で、チャンがおごそかに包みを広げた。
窓から日が差し込み、固唾を飲む見物人を黄金の輝きで明るく満たす。
「これが、その片方なのです」
余りの華やかさに、モンタナは言葉を忘れた。メリッサもまた両手を重ね、歓声を体の内側に発しているのがわかる。
チャンの手元から放たれる黄金の輝きは、陽光よりも眩しかった。一度見ている筈のアルフレッドさえ、うっとりと細工の繊細さに息を止めてしまう。
「東洋の細工ものの技術は、世界一と言ってもいいよ。その緻密さといい、正確さといい。これは清時代のもので、伝統として使われるようになった模様が沢山描かれている。すばらしいものだよ!」
「鍔のところに、鳥の絵があるな」と、モンタナ。
「それが、鳳凰という鳥なんだ。中国の皇室では、皇后のしるしとされている。ちなみに皇帝のしるしは龍であり、両方で皇室の権威を表すんだ」
「そりゃまた大層な代物だな。・・・って、アルフレッド。俺達がのんびり眺めてていい品物なのか?」
チャンが、僅かに項垂れた。
「国に置いておくのがどうしても不安で・・・。私の旅行中に、また盗難に遭う事にでもなれば・・・。それを思うと、持ち歩くのが一番安全かと、結局ここまで持って来ました」
「盗まれた? 何だか物騒な話になってるな」
モンタナの何気ない言葉に、チャンがぴくりと反応する。
「この短剣は、そもそも二振りで一対を成すもので、私の祖父が翁大臣からお預かりした光緒帝所縁の品なのです。人目に触れぬよう隠し置く事を命じられ、祖父の代から私まで、三代に渡って短剣の守護をしてまいりました。ところが半年程前、私の留守の間に賊が家に侵入し、龍の短剣を奪っていったのです。万一に備え二振りの短剣はそれぞれ別の隠し場所へとしまっていたので、この鳳凰の短剣だけが無事でした。しかし・・・」
「龍の短剣とやらは行方知れずという訳か」
「はい・・・」
黄色の布で、チャンが短剣をそっと包み込む。
「八方手を尽くして手掛かりを追っていたところ、ブローカーによって国外へ持ち出されたと聞き、ここまでやって来ました。が、ロンさんの調べでも、この国に入った事までしかわからなくて・・・」
「なるほどね」
大きく頷いてから、モンタナは立ち上がった。資料の上に乗せられた包みに手を伸ばし、梱包用の紐をナイフで切る。
「これからどうする、モンタナ?」
いそいそと包みを開くモンタナに、アルフレッドが本音を漏らす。
短剣を探すとなれば、2日・3日の話では済まないだろう。しかも、運悪くギルト博士からの指令と重なってしまった。どちらを先送りにしても、わだかまりは残ってしまう。
「ギルト博士からの指令も聞いてみようぜ。案外、博士が短剣の行方を知っているかもしれねぇしな」
「まさか」
アルフレッドが天井を向く。
「とか何とか言いながら、レコードの内容が気になるだけなんでしょ」
呆れたメリッサも、アルフレッドに賛意を示した。
「ま、聞いてみればわかる事よ」
蓄音機にレコードをセットし、モンタナはそっと針を落とす。
耳障りな雑音の後、いつものミステリアスな曲が部屋に流れ出す。
「親愛なる我が弟子アルフレッド君とモンタナ君、元気かね」
慣用句となったギルト博士の言葉で、それは始まった。
「中国から盗み出されたという龍の短剣の行方がわかった。買い取ったのは、ゼロ卿だ。彼は短剣の秘密を知り、残る鳳凰の短剣の行方を追って、チャンという人物の足跡を辿っているという。君達はゼロ卿から龍の短剣を取り戻し、紫禁城に隠されているという西太后の宝を守るのだ。・・・例によって、行く先々では危険が待っている。君を守るのは君自身だ。・・・成功を祈る・・・」
モンタナが針を上げるより早く、レコードからは煙が吹き出してきた。部屋にいる全員が咳込み、モンタナはたまらなくなり慌てて窓を全開にする。
「ホントにギルト博士が知ってるとはね」
帽子を取り、モンタナは顔をぱたぱたと扇ぐ。
「わかっていたの、モンタナ?」
「まさか!」
感心顔のメリッサに、モンタナはおどけて否定をした。
「ただ、予感はしたのさ。よく当たるんだぜ、俺の予感はさ」
「よく言うよ。ただ単に、ロンさんからギルト博士に、今回のこの話が行ってるんじゃないかって、そう思っただけなんだよ」
ベストの埃を手で払いながら、アルフレッドが修正する。
「ま、感心して損しちゃったわ」
メリッサが肩を落とした。
しばらくすると煙に澱んだ空気も澄んで、4人は入れ直したコーヒーでのんびりと寛ぐ。
カップを両手で包み込んだチャンが、おずおずと疑問を口にする。
「ゼロ卿とは、何者なのですか?」
「ま、一言で言うなら、泥棒も辞さない悪のコレクターさ。ドジでマヌケでキザで、その上執念深い連中だよ」
「一言になってないよ、モンタナ・・・」
アルフレッドが小声で諭す。
「これからどうするの? 盗まれた短剣をゼロ卿から取り返すといっても、ゼロ卿の居場所なんて、私達知らないわよ」
「それなら心配ないよ、メリッサ」
「あら、どうして?」
アルフレッドの訳知り顔が、メリッサとチャンを見比べる。
「ギルト博士のレコードに、紫禁城という言葉があったのを覚えているだろう? ゼロ卿の最終目的地は、中国にある紫禁城・・・つまり、今の故宮博物院だよ。連中は、必ずあそこに現れる!」
「それに・・・」
モンタナは、アルフレッドの後を取る。彼は窓辺に寄り、外からはわからぬように博物館の周囲を観察していた。
「連中は鳳凰の短剣も欲しくて、チャンさんの荷物を狙っているって言ってたろ。・・・アルフレッド、そっとこっちに来て、窓の下を見てみろ」
「窓の下?」
ぎこちない仕種で、アルフレッドはモンタナとは反対側の窓辺についた。
その部屋は大通りに面しており、階下を見ると、人や車の賑やかな往来を目にする事ができる。
「もっと下だ。博物館の入り口に一番近い街灯に1人、通りを隔てた向こう側に1人だ」
アルフレッドが、ようやくモンタナの言う人影を二つ捕らえた。失業者風のさえない恰好で、通行人をやり過ごしながらいつまでもそこに立っている男がいる。細身の男が1人、そしてでっぷりとした体躯の男が1人。
怪しげな物売りもこの時代には目についたが、彼等2人は客である筈の通行人には一向に興味を示していない。何より、目つきが鋭く周囲からは浮いていた。
「あれは・・・スリムとスラムじゃないか!」
「さっそく、向こうさんからお出ましになったぜ」
「どうしてここがわかったんだろう?」
「わからねぇ。ただ単に、ギルト博士のレコードが目当てなだけかもしれねぇしな」
「ここから出られないよ・・・」
おたおたするばかりのアルフレッドに、モンタナは余裕の笑みを浮かべる。
「情ない声を出すなって、アルフレッド。この建物にだって通用口くらいはあるだろう。まず俺が1人で外に出る。そして車を博物館の前につけるから、3人で一気に飛び乗れ。後は、ケティまで一直線だ」
「そんなに上手い事いくかなぁ」
「上手い事やるの! ・・・やらなきゃ後がないぞ」
語尾にかけ、モンタナは凄んだ。
「このまま窓に張りついて、5分したら2人を連れて一階まで降りろ。俺がクラクションを3回鳴らすから、そうしたら全力で走って車に飛び乗るんだ。・・・車はほとんど停めないぞ、いいか?」
「・・・わかったよ」
「よし、メリッサとチャンさんを頼んだぜ」
真顔でアルフレッドに念を押した後、モンタナは自信ありげに親指を立てた。
表情の固いアルフレッドに、束の間の苦笑いが蘇る。
そそくさとモンタナが部屋を出てゆくと、チャンがメリッサにそっと囁いた。
「頼もしい方ですね、モンタナさんは」
「こういう時はね、とても心強い味方よ。心配しないで、きっと無事に脱出できるから」
「はい」
「これで、大味なところとむらっ気がなかったら・・・、それにちょっと強引よね。あーあ、イヤリングを取りに来ただけだったのに・・・」
「はあ・・・」と、チャンが相槌を打つ。
階段を降りながらくしゃみを一つし、モンタナは一階の通用口までやって来た。
ここに来るまで40秒。ここからは、スピード勝負になる。
ノブに手をかけ、突然止めた。
誰かいる。ドアの向こうに、人の気配があった。
1人か、2人か。その人数は定かではない。
こちらの動きに気付かれたのか。モンタナの脳裏に、余り楽しくもないシナリオが思い浮かぶ。
意を決し、ノブを回した後、モンタナは力任せにドアを蹴り開けた。
PR