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うろほろぞ
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             『地平線の向こうへ』<6>


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最後の交信は、スエズ運河近くの海上。
そこで彼の行方は途絶えた。
その日、珍しくその海域では大きな嵐が発生したらしい。何隻もの船や飛行機が被害にあったという。

翌日のラジオでそれを聞いたとき、全員の顔から一気に血の気が引いた。
ショックを受け、アガサは店を暫く休業する事を決めてしまったほどだ。

慌てて現地の博物館の知り合いに頼み込み、即座にケティらしき機体を探してもらったが、それらしきものは一切発見できなかった。
そして、…そのパイロットも。

つまりは、ケティも――モンタナも。その日以来、行方知れずになってしまったのだ。


そして、最悪な事に。

「…向こうの警察から、これが届いたよ」

夕焼けの赤いが差し込む店内で。
アルフレッドが沈痛な面持ちで、テーブルの上にあるものを置いた。
…白い、塗料の禿げかけた大き目の金属片。

「これは」
「…ケティの、尾翼の欠片の一つだよ。本当はもっと大きいものもあるらしいけど、とりあえず小さいものを一部ってことで」

アルの言葉に、メリッサは息を呑んだ。

「でも、これがケティって証拠は」
「近くの海岸に流れ着いたんだそうだ…ほら、このあたりに前の修理の痕がある」
「…」

「10日も…連絡が無いんだ」

普段なら、何かしらの手段でつなぎをとってくるはずなのに。

「地元警察も、あの嵐でこの機体損傷じゃ、って…」

「いいたく、ないけど…モンタナは」
「やめなさいよ!」

彼女の悲痛な叫び声が、彼の言葉を遮る。
その声に、思わずアルフレッドは口をつぐんだ。

「あのしぶとい男がそんなわけ無いでしょう!!100回殺したって死なない男じゃない!」
「メリッサ」
「そのうちけろっとした顔で帰ってくるわよ!絶対、…決まってる!」
「…」

彼女の声に、彼は黙って俯く。
それに、メリッサも目の奥が熱くなるのを感じ、きゅ、と唇を噛んだ。

生きている。そう信じたい。
だけど、――この機体の破片を見てしまっては。







……空ばかり見ている人は空に魅入られて、その青さに取り込まれてしまう。
だから、空は見上げすぎてはいけないのだ、と。



昔、読んだ本に、そんな事が描いてあった。
初めてそれを読んだ時、彼女は「怖い」、と思った。



けれどそれを聞いた彼は――「羨ましい」、と言ったのである。






“空と一つになれたら、最高だろうなあ。…そうだろう?”







――そう言って少年のように笑った彼の横顔は、酷く彼女の心を奪って。















…どこまでも、遠く。高く。
彼は、空に連れて行かれてしまったのだろうか。






「………」

アルフレッドが、ぎゅ、と膝の上で握り締めた拳に力を入れたのが判る。
メリッサは黙って、そのケティの尾翼を見つめた。




「…私、帰る」



「…」

ゆっくりと立ち上がり、メリッサは言った。
それにアルフレッドは顔を上げる。

「…メリッサ」

ドアの直前で声を掛けられ、彼女は動きを止める。



「…あの日、なにがあったの?」






息が―― 一瞬止まるかと思った。



――…

メリッサは、そのままドアのノブに手を掛けた。

「…メリッサ」



「『まずった』」

「え」

「あの人が開口一番、言った言葉よ」
「何が…」



「あのひとは、私のこと、好きじゃなかったの」



「メリッ―――!!」



「――」

からんからん…。

メリッサは答えずに、そのまま店を出た。

キティが無い桟橋が、夕日に赤く染まっている。
泣きたくなるほど、綺麗な赤。

寂しげに、赤い水面が揺れていた。




 
 

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             『地平線の向こうへ』<5>


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…恋とは、陣地取りゲームなのだとある友人が言っていた。

メリッサも、今までそうだと思っていたのだ。
上手く立ち回って、楽しく勝負。どうやって自分の陣地を増やせるか。それだけを追求する。




ただ、周りの友達がなんでそこまで熱中するのかは、メリッサにはさっぱり判らなかったけれど。

笑顔と物腰、軽快なお喋りとウイットを武器に。陣地を増やして、相手の顔色だけ伺って。

相手だって、ニコニコしている顔の面を一皮剥けば、自分にとってどうやったら有利になるかしか考えていない。

ゲームといっても、至極退屈。それに溺れるよりかは、まだショッピングや観劇をしていた方が楽しかった。


ゲームに誘ってくれた紳士は、沢山いたけれど。実際付き合ってみた人は何人もいるけれど。 ――その悉くはつまらない結果に終わって。




だから、ショッピングにも観劇にも、旅行にも退屈した彼女には「楽しいこと」が見つからなかったのだ。







だけどある時、それは空から降ってきた。
至極、――この上なく彼女をドキドキさせることは。


最初は自動車泥棒だと思ったのだ。
けれど、話を聞けばとても楽しそうなことをしていることが判って。



冒険!

その言葉は彼女の耳には非常に魅力的に響き、今迄のどんな物より彼女をドキドキさせた。

それからは、退屈という言葉とは一切無縁。
次から次へと色々な事に巻き込まれ――逆に、少しは退屈で平凡な生活を長く送りたい、と思うほど。
危険な目にも遭ったし、辟易するような体験もした。けれどそんな日々をちっとも苦にしていない自分も確かにいるのだ。




しかし、そんな日々には、おまけもついていた。
それは結局――おまけとすら言えない大きな形で、彼女の中に根付いてしまったけれど。







飛行機のことしか頭に無くて。
平凡で堅実な日々より綱渡りのような冒険を好む様な、とんでもない男。
いい大人の癖にいつも子供みたいに無茶ばかりやって、皮肉交じりの冗談を飛ばす。

…彼はメリッサのいままで知っていた「男の人」とはまるで違っていた。
実際、彼女も話だけで彼のことを聞けば、「とんでもない」と否定したに違いない。


けれど、――目でみた真実は、字面だけで並べた単語とはまるで違う様相を呈していた。

たしかに、子供っぽさはかなりある。けれど、それはきちんと大人として、人としてやるべき事を踏まえていないのではない。
それどころかどんな時だって、友人である自分たちをさりげなく助けてくれた。

自分だって、けして実際は大した余裕があるわけではないのに。
基本的にかっこつけで、…優しすぎるのだ。あの男は。
あえてそれを周りに吹聴したりはしないが、その頼もしさには、窮地に陥った時に何度助けられた事か。

悔しいけれど。本当に、悔しいけれど――そんなときは他の誰より素敵に見えて。
腹が立つ男ではあるけれど、…なぜかどうしようもなく魅かれて。



一時は、ただの気の迷いかと思っていた。冒険のスリルに感覚がただ麻痺させられたのだ、と。
けれど、現実に戻ってきたときにも、一度感じた引力は続いていて。その引力は単なる気の迷いでは済まされないことを悟らせるには十分強く、持続性を帯びていた。

…さすがのメリッサもそれが単なる勘違いではないことが判らないほど、子供ではなくて。


…全く、世の中と言う物はままならない。
恋というものはいつでもつまらないゲームで。だけれどもいつかはその辺の適当な男と打算的な結婚をしなくてはならないのだ、と思っていたのに。


打算や適当、などという言葉とは程遠い――反対の局地にある男に、恋をしてしまったのだから。








だから、無かった事にしようと思ったのだ。
彼が――そう望んでいるのだから。


…覚悟、決めなくちゃ。
思って、メリッサはアガサのイタリアンレストランへの道を歩き始めた。
どんなに逃げ回ったって、絶対一生会わない、というわけには行かないんだから。

そうして、彼女は角を曲がり、いつもの桟橋の所へゆっくり近付いて行き――

そこにいつも停めてあるはずのオンボロ飛行機が無いのを見、目を見開いた。

「……」

アルフレッドの話では、いるという話だったのに。
それにどこかほっとしながら、彼女はレストランに向かい――

「??」

窓ガラスを通して、店の中に誰も人が居ないのが判り、彼女は首を傾げた。
この時間は、まだ営業しているはずなのに。見ると、ドアには早々とCLOSEDの看板が掛かっていた。
しかし、その看板もどこか急いで掛けられたように、大きく傾いている。

…と。


「あっれ~、このお店、こんなに早く閉まりましたっけ」
「え?」

突然かけられた声に後ろを振り向くと、そこには夕方の最終便を届けに来た、ポストマンの姿があった。

「…いえ、そんなはずないんですけど」
「困ったなあ、お届け物が…あ、貴方、この店の関係者の方とお知り合いですよね。何度か見かけたことが」
「ええ、友人です」
「じゃあこれ、渡して置いてください」

言って、ポストマンは小さな茶色の紙に包まれた小包を彼女に渡した。
見慣れた大き目の――だが軽くて薄い正方形のアルフレッド宛の箱。…送り先はフロム・ギルトとだけ書かれている。

…おなじみ、ギルト博士からの指令レコードだ。

「じゃあ、宜しくお願いします」

一礼してポストマンは店の入り口に止めていた自転車のスタンドを蹴るや否や、メリッサの返事も聞かずにそれに飛び乗り、走り去っていった。
彼女はぽかん、と暫しその背を見送っていたが、やがてふう、と息をつく。


しかし、本当に何故こんな時間に店を閉めてしまったのだろう。
彼女は不思議に思い、裏口の方へ回り――

「モンタナ!聞こえますかモンタナっ!!」
「ちょっとお貸し、チャダ!」
「ああ、ママ、静かにして、聞こえない!!」

騒ぐ声が聞こえ、彼女はそっと中へ入った。無用心にも、鍵は開いている。

「ねえ、何があったの!?」
「あ、メリッサ!!」

皆が集まっていたのは、チャダの部屋の無線機の前。
三人は蒼白な顔で、無線に齧りついていた。
無線から聞こえるのは、砂嵐のような激しいノイズだけ。聞こえてくるはずの声は、嵐の向こうにかき消されている。

「ケティが、嵐に巻き込まれたみたいで…」
「!!今どこなの!」
「それが、スエズの辺りらしいんですが、詳しい事は無線の調子が悪くて」
「貸しなさい!」

言うが早いか彼女はチャダを無線機の前から押しのけ、椅子を奪い取った。
そして必死に耳を凝らす。

“ザザザザ…ガ――…ザザ…”
「モンタナ!返事を!」

しかし、帰ってくるのはただの雑音だけだった。
彼女は歯噛みし、無線機を叩く。

「ちょっと!聞いているの!?モンタナ!」
「め、メリッサそんな乱暴な!」
「モンタナ!!」

――と。

“…ダ、は……ザザ…現在…”

微かに聞こえた声に、一瞬にして皆は色めきたった。

「モンタナ!」

“…ャダ、マズイ……尾翼が…”

「尾翼?!」

“風にあおら…っ!!!”

「!!…もしもし!」


“…うわぁあああっ!!”


瞬間、ゴウッという音と共に、大きく鈍い衝撃音が聞こえる。
重い、金属が強く殴られるような音。

同時に、――無線が途切れる。

「――モンタナっ!!」

しかし、無線は沈黙したまま。
…一同は呆然と無線機を見る。

「…タナ…」


いつのまにか足元に放り出されていたギルト博士からの小包が、かたん、と微かな音をたてて傾く。




――呟いた声は、これ以上無いほど掠れていて。





そして結局――その日から丸10日。
…ケティ号との無線は、一切通じなくなってしまった。



 
 

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             『地平線の向こうへ』<4>


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「…パンチドランカーかい、あれは」
「言い得て妙だよ、ママ」

彼らが店に顔を見せるや否や、

「ある程度の纏まった睡眠をとるまで、此処から出るな」

と、モンタナを彼がいつも使っている部屋へ放り込んできたアガサは、階下に居た息子を見、小さく肩をすくめて見せる。それにアルフレッドも困ったように息を吐いた。

「ケティに乗ってたときからああでさ。ぼーっとしてるし、口を開けばイラついたような発言か生返事。…言っちゃ悪いけど脳の神経が2・3本飛んだ感じだね」
「全くだらしないねえ」

言って、アガサは息をつく。アルフレッドは苦笑しながら手近な椅子へと腰を下ろした。
そして、あることを思い出す。飛行機の中でも気になっていたこと。

「…そういえばさ、メリッサ来てない?」
「え?」
「いや、ほら、最近顔見てないから…」

何の脈絡も無く聞いたのはまずったか、と思い、アルフレッドは慌てて手を振り――


「いいや、そうじゃないよ。…おまえも気付いてたんだと思ってねぇ」
「ママ?」
「あんた達より伊達に長生きはしてないよ――彼女が原因だろう、あの腑抜けの」
「…ママ」

ぽかん、としている息子に向かい、彼女は苦笑を投げかけた。

「なによりまあ…判りやすいしねえ。わが甥っ子ながら」
「…ねえ、ママどうしたら良いかな」

あんなの、見ていられないよ。
アルフレッドは、言って母親を見る。しかし彼女は静かに首を横にふった。

「ほっとくしかないね」
「ママ、そんな!!」
「惚れた腫れたってのは本人同士しかどうにも出来ないものさ。おまえにゃまだ判らないのかもしれないけれどね」
「…でも、あれは酷すぎるよ」
「仕方ないさ。…諦めるしかないんだから」
「え!」
「……世の中にはどんなに思いあってても、添い遂げられない人種が居るんだよ」

アガサはそう言って、目を伏せた。

「全く…あの子私に似てるところはこれっぱかしも無いと思ってたのに…損な子だよ」
「…ママ」
「…湿っぽくなったね。…ほら、手を洗っておいで!スパゲティを茹でるよ!」

そして彼女はアルフレッドの肩を叩き、そのまま厨房へと入っていった。彼はそれを見送り、なんともいえない顔で頭をかく。
――と。


からんからん。


「はい?」
「あー、夕刊です」
「ああ、ありがとう」

店のドアを開けた新聞配達の男から夕刊を受け取る。
彼の店が取っているのは「ボストン紙」。彼は第一面、社会面へと目を移す。次に、メリッサの書いているコラムを探し、紙面をめくり――

「…――ええっ!?」

その途中、社交欄が目に入り、彼は目を丸くした。

「ママ!!ママッ!!」
「どうしたんだい?一体」
「これだよ!」

スパゲティを茹でている母親の元に、アルは慌てて走り寄る。そして、たった今受け取ったばかりの新聞の一角を指し示した。

「…まあ」
「どどどどうしよう!!」

しかし、アガサも一瞬は驚いたものの、すぐにやれやれといった様子で頭を押さえた。

「…だから言ったろう?ほっとくしかないって」
「だだけど…僕、ちょっとボストン紙へ行ってくる!!」
「あ、お待ち、アルフレッド!!」

アガサが止める間もあらばこそ。アルフレッドはそのまま新聞を店のテーブルの上へ放り捨て、外へ飛び出して行ってしまった。
その背中が扉の向こうに消えた後、アガサはふう、と息をつく。

「…全く」


アルフレッドが行った所でどうにもならないのにねぇ。

呟き、アガサは手に持っていたトングでとんとん、と肩を叩く。
――しかし、彼女もスパゲティをやや茹ですぎてしまったところから見ると、動揺していたに違いないのだが。






「メリッサッ!!」
「あら、アルフレッド。久しぶり」

久々に、面白い考古学上の発見でも持ってきてくれたの?
そう言って、メリッサ・ソーン嬢は突然職場を訪ねて来た友人にも、にっこり笑って応対した。

しかし、黙ってアルフレッドはバン、と目の前のデスクに新聞をたたきつける。それにさしもの彼女も目を丸くした。

「ち、ちょっとアルフレッド、なにがあったの?」
「これ、本当かい?」

言って、彼は新聞の社交覧を指差す。


――サー・ヘンリー、ミス・ソーンと婚約。
そこにはそう、はっきりと書いてある。


それに、彼女はああ、と合点がいった様に頷いた。

「ええ、本当よ」

耳が早いわね。お祝いでも、言いに来てくれた訳?
彼女はその新聞を彼の手から取り、丁寧に畳むと改めて彼に返す。
それに、アルフレッドは呆然とした顔で受け取った。

「だ、だけど」
「何?」
「…いや…」

言いよどむ彼。
勢いでここまで来たはいいが、これからどうすれば良いのか判らなくなってしまったのだ。
しかも、本当だとは心のどこかで信じていなかったので、余計に。


「まあ、正確には少し違うけれどね。…お付き合いをさせていただいてるわ」
「メリッサ」
「ヘンリーは良い人よ、優しいし、大人だし。今話題の青年実業家ってやつね。彼自身はタイトルホルダーではないけど、あちらの貴族の血も引いてるらしいわよ」
「メリッサ、その…」
「実はね、彼と会うまで私貴族の血を引いてる人って、ゼロ卿みたいに偏屈な人ばかりだと思ってたのよ。でも全然違ったわ!」


頭も良いし、話題は豊富だし。
くすくす、と楽しそうに笑いながら言う彼女に、アルフレッドは言うべき言葉が見つからず、ふう、と息をついた。
それに、彼女は小首を傾げる。


「どうしたの?」
「いや…メリッサは、もう暫くそういうのは断ると思ってたよ」
「そんな事無いわよ。…女としては色々考える年だし」
「…」

――おめでとう、というべきなのだろう。
けれど、アルフレッドは、その言葉を言う気にはなれなかった。



別に、アルフレッドはメリッサのことを女として好きだから、そういう気になれないわけではない。
彼女が大変魅力的な女性ということは、アルフレッドも判っている。
というか、正直に言えば何度かはそういう意味で見とれたこともある。



けれどもっと強い引力で。もっと早いスピードで。

彼は目の前で彼女が別の男に惹かれてゆく様を見た。
…そして、その男もまた。



だからほのかな彼の思いは、自然と友情への昇華という方向へ向かった。
その相手が、彼も大好きな親友であるのも、その昇華を早める原因だった。
彼なら、彼女が惹かれるのも当然だろう。


…言わないけれど。自分は昔から、彼のようになりたかったのだ。

どんなときも自由で、いざという時は誰より頼りがいがあって。
子供のときからとろかった自分を叱咤し、手を引いてくれた。

飛行機と冒険には目が無いという悪癖はあるにせよ、それ以外はどんなことでも諦めない、強さを持っている。


だからこそ、幸せになってもらいたかったのだ。
大好きなふたりだから。
大好きだから、幸せな結末がみたかったのだ。

そうすることによって、――自分が幸せになれると思ったから。

それが自分のエゴだというのは、アルフレッドも判っている。
けれど。

「…メリッサ」
「何?」
「――モンタナは、今日店にいるよ」

言って、アルフレッドはメリッサを見た。


「――」


同時に、彼女は沈黙する。
それを見、アルフレッドはまた息を付いた。

「ここんところ、店に来てなかったろう?…仕事が終わったら、久々にきなよ」

待ってるから。

言って、彼はそのままデスクに新聞を置き、部屋を出て行く。

カチカチカチ。
部屋の壁に掛かった時計の秒針の音だけが、やけにはっきり聞こえた。


…彼女の終業まで、あと2時間半。















…眠れねえ。
口の中でそう呟き、彼はベッドから起き上がった。
叔母さんに自室に追いやられてから2時間。だが彼は、ちっとも睡眠を取る事ができなかった。
かわりに考えてしまうことの方が、より多くなって。

「…くそっ」

がしがし、と頭をかいて、部屋のドアを開ける。
すると、出てすぐの廊下で、チャダと鉢合わせをした。

「あれモンタナ、帰ってたんですか?」
「ああ、お前は何してるんだ?」
「さっきから夕刊をさがしてるんですが、見当たらないんですよ。…いつもならそろそろ来るのに、おかしいなあ」

「新聞屋の配達おくれてるんじゃないのか?」
「まったく…奥様が聞いたらまた雷おとしますよ…どうしましょう」


「なら俺がその辺の売店で買ってくるさ。【ボストン紙】の今日付けの夕刊だろ?」
「はい、じゃあお願いします」

言って、彼はすたすたと階下への階段を降り始める。
ケティの止まっている桟橋を横切った向こうの、近くの雑貨店。
あそこなら煙草等と一緒に新聞もおいてあるだろう。

「あ、それから叔母さんとアルフレッドには俺が出て行ったってことは内緒だぞ」
「え?」
「色々有るんだよ…まあ、散歩程度だから。20分もしないうちに帰ってくるさ」
「判りました、いってらっしゃい」


そういえば、この所の不規則な生活で、最近ロクに新聞というものを読んでいない。
買ったら自分も目を通しておこう。

思いながらチャダに見送られ、彼はこっそりと店を出て行った。








とにかく、モンタナを部屋から引きずり出して、メリッサとテーブルに着かせて。
店に帰ってきたアルフレッドは思って頷きながら、厨房へむかう。

お節介となんと言われようが、このままの状態でいるよりかは、百倍マシだ。
そうしたら、何かが変わるはずなのだ。…それがどう変わるかは、アルフレッドにはわからなかったが。

「アルフレッド」
「?どうしたんだい?チャダ」

すると、厨房に入ろうとしたとき、不意にチャダに声をかけられる。
なんだか落ち着かなく、きょろきょろしていた。

「なんだい、ギルト博士から指令でもあった??」

それならそれで、好都合だ。
疲れていそうなモンタナは心配だが、冒険とあれば無条件で付いてくるだろうし、メリッサも上手く言いくるめれば一緒にくるだろう。

いや、それが駄目でもアルフレッドが無理にでも引っ張っていく覚悟だ。

そうすれば、話し合う時間もついでに取れるだろうし、おたがい逃げられないだろうし。
いつもはあんまり嬉しくない指令も、今回ばかりは天の助けのように感じる。
思って、彼はチャダの方を見――

「いや、そうじゃないんです」
「じゃあなんだい??」
「…その…モンタナを、見てないかなあ、と」
「え??」

意外な彼の言葉に、アルフレッドは眼を丸くした。

「…モンタナは部屋で寝てるんじゃあ」
「いや、それが…さっきちょっとした買い物を頼んじゃいまして」

20分で戻ってくるっていったんですが、さっきからずっと帰ってこなくて。
気まずそうに言うチャダ。
それに、思わず彼はぽかん、とした顔になった。

「…何を頼んだんだい?」
「新聞です…夕刊が届いてないようでしたので」



「――――!!」




アルフレッドの顔から一気に血の気が引く。

まさか。
そんな。




瞬間、いつもの彼の足では考えられないほどのスピードで彼は走り出す。客が驚き、目を回すのもお構いなしだ。
店の中を突っ切り、一気に階段を上った。

「モンタナッ!!開けるよっ!!」


言うが早いか、彼は部屋のドアを開ける。
しかし、その中には誰も居なかった。

「…っ」

舌打ちし、窓に駆け寄る。
すると、窓の外の桟橋にはあるべきものが無かった。
――あの、オンボロ中古飛行機の姿は。

「…クソッ!!」

アルフレッドは普段絶対つかないような悪態をついて、窓枠を殴る。




…見てしまったのだ。彼は。――あの新聞記事を。



それは今度こそ、決定的で。
変えられない、絶対的なものとして、彼の中に刻まれて。

「モンタナの馬鹿…」

呟いて、アルフレッドは顔を押さえる。

しかし、この後に更に信じがたい事態が起こるなどとは。――アルフレッドはまだ、知る由もない。







 
 

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             『地平線の向こうへ』<3>


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ぐるぐるぐるぐる。
ひたすら逃げ回っている。――そんなつもりは、断じてなかった。

彼は挑戦を宗とする男だし、実際今までどんな困難な状況に陥っても諦めなかった。
だから、これはただ単に元の生活へ戻ろうとしているだけなのだ。

何も無かった生活。それに戻る努力。



少ない貨物仕事をかき集めて、いろんな所へ飛んで。
現地で燃料がなくなれば、そこで日雇いの仕事で稼ぎ、ついでにまた仕事を請け負う。無くてもとりあえず帰らずに、他の場所へ旅立つ。

ボストンに来る仕事は、チャダから無線で連絡を取れば良いし、日雇いの労働は、体力には自信があるため、結構良い稼ぎになる。
そして、我が愛機――ケティにもずっと乗っていられる。…なかなか良い生活なんじゃないだろうか。

ただ、アルフレッドと叔母さんにはかなり心配をかけているようなので、暫くは彼の忠告通りボストンの家へ居ようと思っているが。




あの後、メリッサとは会っていない。
アルフレッドの話からすると、暫く店にも顔を出していないようだ。


『なかったことにしましょう』。


あの態度の意味を、彼の脳内辞書はそう単純に翻訳した。
だけど、それは本当にそうだったのだろうか。

それどころかそのセンテンスは、暗喩も含んでいて、

「二度と顔もみたくないが、一応は大人の対応をとっておく」

というニュアンスを含んでいたのかもしれない。


んなこたぁねえだろ!
自分の中に浮かんでしまった考えに、彼は思わず叫び返す。
大体、そこまで思われる理由は無いはずだ。――はずだ。

その場の勢いと酒の所為もあったものの、あの夜は合意の上だったし。…それは彼の認識の中でだけで、事実は異なっているのかもしれないが。
口頭確認は、一言もしてないのだ。だからもしかしたら――



そこまで考えて、彼は操縦桿を握ったまま、思わず顔をしかめた。


そんなことを考えるのは彼の被害妄想――そんなことは判ってる!
男としてはあるまじき余裕の無さ――判ってるってんだろ!!


10代のガキの様な苛々を沈める為、彼は悪魔の皮肉げな囁き以上の音量で叫び返す。心の中はもうぐちゃぐちゃの大変な騒ぎだ。

そんな自分にいらいらして――悪循環。



全く、なんなんだ俺は。無かった事にしたかったのは、自分もなのに。

…別に。事実に関しては、けして嫌だとは思っていないのだ。惚れた女を自分のものに出来て、嬉しくない男は居ない。






けれど。一応、彼だって――社会的立場というものを、考えていない子供でもないのである。

ソーン家、と簡単に言うが、それは結構大変な名前だ。

まず、当主である父親が某先進国大使を歴任した事もあるとかの立場の人物で。
加えて元々かなりの資産を持っているという。多分、一流新聞社交欄にもよくその名前が挙がることから、昔からの名家の系統を引いているのではないだろうか。
実際、彼女が勤めている「ボストン紙」は実質ソーン家の持ち物の一つなのだそうで。

そこの当主の一人娘といったら――立場は推して知るべし。


彼女は、本来ならば冒険なんかよりも、サロンでおしゃべりしたり花嫁修業したりしているはずの――何で新聞記者なんかやっているのか疑問に思うほどのお嬢なのである。

だからこそ、軽率な真似はできなかった。
この自由な国で、階級制度にこだわるなんてと言う人はいるかもしれないけど――純然たる溝というのは、どこの世界でも必ず存在する。

名も無い若者が、お姫様との恋を実らせてめでたしめでたし、という幻想は、御伽噺かハーレクイン小説の中だけで。自分の力だけではどうしようもないこともある。

挑戦する前から、結果は見えている事象も、世の中にはある。
いくら少年のような心をもった彼でも、そんな世界の摂理は判っているのだ。


こうなると、あのいまいましいゼロ卿でさえ羨ましく見えてくる。
あの男は善良さとか部下運とかは欠如した男だが、今、彼がメリッサを手に入れる為に必要な物は持っているのだから。
まあ、だからといって、いまさら地位とか財産とかが欲しいわけではない。
それを引き換えに、冒険と飛行機を捨てろ、といわれたら――彼は今の生活を選ぶ。
結局の所、彼女と自分は生きていく生息圏が、そして人生において目指すところが違う。
ただ、それだけなのだ。


また、そもそも彼女が自分をどう思っているかも問題だ。
たしかに、今までのことを総合して考えるに、彼女も自分のことを憎からず思っているのだと思う。
これには希望もやや入っているかもしれないが、客観的に見ても、そうだと思うのだ。



だが、彼等は普通の出会い方をしなかった。
世界各地への旅や冒険によって、彼らの距離は縮まったのだ。

ならば、世間知らずな彼女が冒険の際に感じたスリルや楽しさを、彼への好意と絶対に摩り替えていないと言えるだろうか?

人間、緊急事態が起こると近くに居る異性に急に惹かれるという。

好意は単なる勘違いで、――それと同じような現象が、彼女の上にも起こっているのではないのだろうか?

勘違いを真実と見誤って、そのままずるずると進んでいく。
そんな不幸な目に惚れた女を合わせられるほど、彼は冷血ではなかった。



だから、彼はずっとこのままで居ようと思ったのだ。
ありきたりな結論だが、これがたぶん一番の正解なのだ。

典型というのは、それが正しいからこそ皆に普遍的に使われて典型となるのだ――そんなくだらない事を思ったくらいで。

しでかしてしまった事は、もう元には返らないけれど。
お互いが忘れれば、限りなくなかった事になるのは確実。

「……」

彼は黙って、操縦桿を引く。
ぐい、と機体が傾ぎ、雲の下へ出た。
眼下には見慣れたボストンの町が広がっている。

この下にはどれだけのありきたりが詰まっているのだろう――ありきたりな結論を出した男は、そう思って苦笑を噛み殺した。






 
 

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q2







 

             『地平線の向こうへ』<2>


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「ねえ、言いたくないけどさ」
「じゃあ言うな」


見も蓋も無いモンタナの言葉に、アルフレッドは一瞬閉口した。


「モンタナ、あのさ」
「言いたくないんだろ?」



いつものケティの機内。
アルフレッドは操縦桿を握っているモンタナの答えに、ややむっとした顔になる。

「モンタナ」
「…ワリィ、冗談だ。何だ?」

彼の強張った声に、流石に言いすぎたと思ったのか、モンタナは前を向いたままそう言った。
それにアルフレッドも大きくため息をつく。

「…最近、なにかあった?」
「んあ?」
「何かおかしいよ、モンタナ」
「そんなことねぇさ」

そして、また大きなため息。
…この従兄弟には絡め手は無駄らしい。アルフレッドは単刀直入な聞き方へ切り替える。
「最近いつもに輪をかけて家に居つかないよね」
「――」
「一週間、いや3日も続けて家にいないじゃないか」

そう、最近彼はゆっくりと家にいる機会が少なくなっていた。
仕事だのなんだの、と理由をつけて、数日も間を置かない内に、ケティでどこかへ旅立ってしまうのである。




最初のうちは気にしすぎかと思っていた。彼が飛行機馬鹿なことは周知の事実なのだし。
しかし、最近のあまりに顕著な行動に、周囲もようやっとおかしい、と気付き始めた。

今彼は、家のベッドで眠るよりも、ケティの機内にいることのほうが多くなってしまったのではないだろうか。

いつ何処にいるかも判らなくなってしまった為、彼を捕まえるのすら困難になってしまったほど。風来坊的な素養は今までにも有ったにせよ、これでは酷すぎる。

普段から口喧しく心配をしているアガサはもちろん、彼の性質のよき理解者であるアルフレッドでさえ、違和感を覚えるほどだ。


今回も、ギルト博士の指令、ということで、やっと無線で連絡を取り付け、同行させることができたのだが。




「生活費なら出先で色々稼いでるから心配するなよ」
「そうじゃない、モンタナ。僕は君の体を心配してるんだよ」

そんな生活続けたら体が持たない。

言ってアルは眉を寄せた。

いくら飛行機が好きだといっても、操縦には自動車の運転以上の精神的・肉体的な負担が掛かる。どんなに忙しい旅客航空機のパイロットでも、もっと休んでいるだろう。
それをほぼ休みなしで何週間も続ければ、どうなるか。

「ああ、ありがとな…判ってるって」

しかし、返ってくるのは生返事だけ。アルフレッドは思わず天を仰いだ。


大体、彼がおかしくなった原因は、なんとなく判っている。
賭けても良い――十中八九、メリッサだ。

アルフレッドは、この昔から『飛行機が恋人』と言って憚らない従兄弟が彼女に惹かれているのは以前から気付いていた。
同時に――メリッサも。
いろいろ問題はあるにせよ、割れ鍋に閉じ蓋、といった感でお似合いだともおもったし、なにより二人とも大好きな友人だ。彼らには幸せになって欲しい、とも思っている。

だが、現在彼等はかなりどうもぎくしゃくしているようなのだ。

そういえば、あのパーティの後メリッサとは会っていない。
いつも取材で出張していないなら、一週間に一度は必ず店に顔を出すのに。



…まさかあの新聞記事が尾を引いてるんじゃないよな?
思って、アルフレッドは困ったように顔へ片手を遣る。

パーティの日にメリッサが来る前、常連客が持ってきた新聞。
いつも家はメリッサが勤めている『ボストン紙』を購入しているのだが、それとは違う別会社のものを持ってきたのだ。
まあ、『ボストン』よりも大分格が落ちる、三流新聞ではあったが。

『よくこの店に来てる娘さん!この方じゃないのかね?』

それは、新聞の社交欄で。ソーン家のお嬢様でもある彼女の記事が載っていた。
だが、記事の内容が、あまり宜しいものではなくて。

いや、世間一般から見れば特に問題のある記事ではなかっただろう。――単なる、とある実業家との婚約報道だったのだから。

もちろん、実際は単なる噂で。

後からそれを見たメリッサ曰く、「食事に何度か誘われただけよ。しかもちゃんと丁寧にお断りしたわ」らしい。

しかし、ゴシップを売りにしているその新聞は火の無いところに煙を立たせるのが仕事のようなもの。
…きっちりそれは記事にされ、結果彼らの目に触れることと相成ったのである。

だが、――そこからが問題だったのだ。



『そんな風に書かれるって事は、満更でもなかったんじゃねえのか?』



このモンタナの大馬鹿――少なくともその場に居たアルフレッドとアガサはそう思った――発言に、メリッサが激怒。
それに彼も一見口調はからかっているようだがキツイ言葉で応酬。

結果、パーティに似つかわしくない、呆れた口論に突入した、というわけだ。

あの後何があったかは知らないが、ちゃんと二人が戻ってきたからには、てっきり仲直りしたと思っていたのに。


「…とにかくさ、暫くでいいからこれが終わった後は家に居てよ。ママも2~3日なら店の手伝いしなくて良いって言ってたし」
「…ああ」

やはり生返事のモンタナに、彼は本日何度目になったか判らないため息を付く。
全く、本当にどうしてしまったのか。

普段とは全く様子の違ってしまったこの愛すべき従兄弟に、何がしてやれるかさっぱり見当のつかないアルフレッドは困りきって頭を抱える。

しかし、彼の学術的に明晰な頭脳も、今回ばかりはものの役にたたなかった。



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