冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第12章 対決
「アルフレッド、チャンさん、伏せて! 目を瞑るのよ!」
メリッサが叫ぶと、2人は一応姿勢を低くした。メリッサもまた、急ぎメカ・ローバーの中に戻る。
「何!?」
ゼロ卿が階段の途中で硬直する。
「ボス!」
急接近するケティに気付いたが、スラムも銃を片手にそれ以上の言葉を言い澱んだ。
「スラムぅ!」
右手の銃と左手で頭を庇い、スリムが兄貴分のスラムに助けを求める。
低空で侵入してきたケティの左翼端が、風と砂を巻き上げた。
風が渦を巻く。
「おわーっ!」
逃げ場をなくしたゼロ卿は、マントが風を受け階段から吹き飛ばされた。宙に浮いたところをじたばたしているうちに、その体が畑へと墜落する。
「スラムぅ、オイラ目に砂が入っちゃったよ」
「畜生! あのモンタナの野郎・・・!」
スリムとスラムも、手に武器はあるものの反撃どころではない。
メカ・ローバーから、メリッサが飛び出してきた。
「アルフレッド、チャンさん! 逃げるわよ!」
埃塗れの学者2人を先導し、メリッサがケティを指さして走る。ケティ号は、メカ・ローバーを掠めた直後、かなり強引な着地を見事やってのけていた。
客室のドアから降り、モンタナは3人を次々と押し上げてやる。
「全員、無事だったな」とモンタナは、一息つく間もなく離陸準備に入る。
副操縦席につき、アルフレッドがげんなりと萎んだ。
「僕はもう、半年はランニングをしたくないよ。足が痛いのなんのって・・・」
「まぁ」
メリッサが操縦室に入ってくるなり、笑顔で異議を唱え始めた。
「アルフレッドは、少し位ダイエットをした方がいいのよ。あんまりお部屋に閉じ籠っていると、体に悪いわよ」
「それじゃあまさか、メリッサはわざと僕達を・・・?」
「そんな訳ないじゃない! 私だって、大変だったのよ!」
礼もない上に、アルフレッドの随分な言種。急にメリッサが怒り出すのも無理はない。
「普通なら、レディを助けるのが紳士でしょ。私はその逆をやったんだから」
「違えねェや」と、モンタナは笑った。
ケティ号は綺麗な離陸を果たし、メカ・ローバーを下に見ながら東へと飛行してゆく。
「このまま逃げきれると思う?」
アルフレッドがモンタナに尋ねた。
「あのメカ・ローバーじゃあ、空は飛べねぇだろう。飛んじまえば、ケティの楽勝・・・」
キャノピーの左手に、真っ赤なものがちらついている。声を忘れたモンタナは、すごいものを見てしまったと思った。
アルフレッドとメリッサも茫然自失としてしまい、後ろからチャンが操縦室に飛び込んでくる。
4人全員が、キャノピー左手に釘付けとなってしまった。
メカ・ローバーの操縦室では、ゼロ卿がニトロ博士に罵声を飛ばしている。
「博士! これが、サブ・システムだと言うのか!?」
「何しろ予算がぎりぎりなもんでの。取り敢えずは空を飛んでおるのじゃ。文句はなかろう?」
「うぬっ! ニトロ博士、あのオンボロ飛行艇を攻撃だ!」
「お任せを」
ニトロ博士が、伝声管に大声で怒鳴る。
「スリム、スラム、ミサイルの準備じゃ!」
メカ・ローバーが口を開けた。
ちょうど喉にあたる部分では、いつもの2人組が動力係はせず、パンダ型のミサイルを慎重にセットしている。
「これ、表面が紙だよ」と言うスリムの口を、スラムが塞いで辺りに聞き耳を立てた。
「しっ! 滅多な事を言うもんじゃねェ!」
「うん、わかった」
「ったく、それもこれも・・・」
「モンタナの所為だね」
スリムとスラムは、2人なりにモンタナへの恨み節をミサイルにこめる。
メカ・ローバーのエンジンが唸りを上げ、短い尻尾に動力が伝達される。パンダ・メカは大きな体で風に逆らいゆっくりと加速度をつけた。
今回のメカ・ローバーは、人力動力ではない。いつになく大きな肺活量を誇るエンジンを搭載している。それというのも、ニトロ博士がエンジンと駆動系、つまり玉乗り技術に拘ってしまったからである。
離陸の秘密は、メカ・パンダの首に付けた風呂敷包み。その中に水素ガスを充填し、足で回転させていた2つの鉄球を地上に放棄した上で、気球のように離陸している。
前足には、巨大な扇子が左右に1つづつ。飛行の際、姿勢制御に役立てようというアイディアのようである。
首の風呂敷で浮力、尻尾のプロペラで推進力、2つの扇子でバランスを保ち、パンダ型メカ・ローバーは巨大なボディを何とか浮かせていた。
しかし、風呂敷気球の下で、コロリとしたボディが直立してしまう。空気の抵抗がかなり大きいので、前進をする姿を飛んでいるとは言いにくかった。
パンダ・メカを、モンタナはケティであっさりと追い抜いてしまう。
「遊び心でしょうか、あれは。とても真面目な感覚で作っているとも思えませんが・・・」
窓外の景色にチャンが唸る。
モンタナは、手をひらひらとさせた。
「北京に展示してみっかい? 本人曰く、芸術品なんだと」
目を見開いて、チャンが大事な鞄をどさっと落とした。
「・・・前衛芸術ですか?」
「かもな」
軽く頷いて、モンタナは笑った。
「モンタナ!」
アルフレッドが怒鳴った途端、ケティの機体が大きく振動する。
メカ・ローバーからの攻撃と思うしかない。メカ・パンダから飛来したミサイルが、至近距離で爆発したようである。
「っくそうっ!」
曲芸パンダを少々甘く見ていた事を後悔する。試しにモンタナは、ケティとメカ・ローバーの距離をの倍以上確保してみた。
メカ・パンダの中は、ゼロ卿とニトロ博士の罵声と反論が交錯している。
「はずしたではないか、馬鹿者!」
「それが、なかなか狙いが定まらなくて・・・その・・・」
ニトロ博士の言い訳が、次第に勢いを失ってゆく。
勿論、それで納得するゼロ卿ではなかった。
「飛行機のあんな手前で爆発させおって! 届いておらんではないか!」
「つまり・・・、このパンダ型ミサイルは花火を改良しておりまして、射出用の火薬を使いきってしまうと、自動的に爆発するのです」
「花火だ?」
「はい、つまり予算の関係で・・・」
「予算、予算と、何でも予算の所為にするのではないっ! 花火など使ってどうする!? そんなものの射程距離がどれだけあるというのだ!」
ゼロ卿が立ち上がった。
「えーい! もう何でもいいから、もっと撃ち込んでやれ!今度こそ奴等に、目にもの見せてやるのだ!」
ニトロ博士がパネルのスイッチを2つ3つ操作すると、プロペラがパワー全開で回転する。
心持ち、スピードが上がった。
しかし、それでも飛ぶ為に作られたケティ号には、スピードに於いて適う筈もない。
「撃ってこないね」と、アルフレッドが呟いた。
「・・・ニトロ博士、ミサイルの材料費をケチったな」
モンタナに、不敵な笑顔が浮かぶ。勝算を見出だした時、モンタナがよくする表情がこれである。
「よし。全員席について、何かにつかまれ。ちょっと荒っぽいが、やってみるぞ」
モンタナの真顔に、メリッサとチャンが急ぎ客室に戻った。渋面で抗議するのは、アルフレッドただ1人。
「そんな危ない事をしなくたって、あいつを振り切って逃げちゃえばいいのに。ミサイルを持っていたって、奴等はケティに追いつかないよ」
「いや、駄目だ」
「何で?」
「メカ・ローバーの残った所に、チャンさんを降ろす訳にはいかねぇ」
「あ、そうか・・・」
「大切なのは、諦めさせる事だ。・・・アルフレッド、俺の操縦を少しは信じろって」
アルフレッドが、無言でシート・ベルトを締めた。その表情は複雑そのもので、まだ言い足りないものを飲み込んでいる節がある。
「・・・いいよ、準備OKだよ」
「へへっ! さぁて曲芸パンダ、本当の曲芸ってぇものを教えてやるぜ!」
モンタナは操縦桿を右にきり、急旋回をかけた。わざとUターンをし、メカ・ローバーの右舷側を擦り抜けていく。
メカ・ローバーが、回頭をしながら急ぎミサイルを撃ち出した。
ところが、スピードに勝っているケティには1発も当たらない。しかも、総てのミサイルがケティに届かないうちに爆発してしまう。
「チョロチョロと・・・」
狙いあぐねて、ニトロ博士が毒づいた。旋回速度が遅いので、パンダ・メカはケティの機動力に全く追いつかずにいる。
「何とかしたまえ、ニトロ博士!」
ゼロ卿の忍耐は、既に限界を遥かに越えていた。
「何とかしましょう!」
売られた喧嘩を真っ向から買い、ニトロ博士が狙いを定めボタンを押す。
メカ・ローバーの鼻から、ワイヤーが射出される。先には矢じりが付いており、ケティ号の垂直尾翼を射抜いて止まった。
ケティに傷を付けられ、腹を立てたのはモンタナである。
「そうきたかよ!? それなら・・・」
モンタナは、ケティで高速度を保ったまま急降下と急上昇を繰り返した。
「何て奴だ!」
操縦桿の重さに、モンタナは驚く。
引っ張っているのは、気球で首を吊った直立メカ・パンダ。空気抵抗が思った以上に大きく、ケティへの負担が並ではなくなっている。
ケティは速度が上がらなくなり、強力なエア・ブレーキに泣かされた。
一方、思わぬケティの苦戦にすっかり気をよくしている男もいる。言うまでもなくゼロ卿であった。
「よくやった、ニトロ博士! ワイヤーを巻き取って、飛行艇にしがみつけ。奴等を地上に引き摺り下ろす」
「お任せを」
ニトロ博士が、伝声管へ指示を飛ばす。
操縦室下では、ミサイルをセットしかけていたスリムとスラムが、自転車で動力を伝え、ウィンチを動かし始めた。
今回こそ楽ができると思い込んでいた2人組の落胆は、尋常ではない。
ワイヤーは、なかなか短くならなかった。
「ったく、折角でっかいエンジンを付けたんなら、ウィンチ位、そいつで動かしゃいいのによ・・・」
「結局オイラ達、こんな仕事ばっかりだね」
スラムの愚痴に、スリムが不満を重ねる。
ケティ号では、モンタナがどうにかしてワイヤーを切る方法を考えていた。このままでは、ミサイルをお見舞いされるか、ケティの尻尾に抱きつかれるかのどちらかだと思っている。
と、メカ・ローバーの首に巻きついている風呂敷気球に目が行った。
「・・・あれだ」
モンタナはケティを荷物付きのまま、再び上下に揺さぶってみる。
2回、3回と繰り返したが、なかなか上手い結果が出ない。
ところが、十数回目にして、赤パンダの首から風呂敷がするりと取れた。振動と空気抵抗で、気球だけが首から外れてしまったのである。
ケティは勢い速度を増し、メカ・ローバーを引き摺り回した。気球がなくなっただけで、空気抵抗は随分と軽減されている。
しかし、メカ・ローバーの中では右へ左へ乗員が激しく移動を強要されていた。
パンダ・メカは浮力を失い、突然ケティの言いなりである。鼻を吊られた恰好で、ケティの後方下、扇子を動かしながら上昇を試みるのが精一杯だ。
「ニトロ博士!」
シルクハットの中で、ゼロ卿の髪が逆立った。
「ワイヤーは短くなってきております。あと300メートル程巻き取る事ができれは、飛行艇を捕獲する事は可能かと・・・」
「ワイヤーなど、どうでもいい・・・」
「は?」
「ミサイルだ! ミサイルを使え! 奴等を撃墜するのだ!」
ニトロ博士が、下手に出ながら両手で長さを表現する。
「その・・・ミサイルの射程距離には、まだ少し・・・距離があり過ぎますので・・・」
「もっと他に何かないのか!?」
「何しろ予算が・・・」
「もういいっ! とにかくミサイルだ!」
渋々、ニトロ博士が伝声管にミサイルの準備を伝える。
ウィンチ係に徹していた2人のうち、スラムがさも嫌そうに壁を伝ってメカ・ローバーの喉に向かった。
ケティの為に、パンダ・メカの振動は何処にいても大きい。内部での移動には、不便がつき纏う。
「スリム、ちゃんと漕いどけよ」と、念を押した後、先程までいた部屋のドアを開ける。
すると、床に置いてあったパンダ型ミサイルが転がり出てきた。パンダの鼻がほぼ真上を向いているので、副動力室にまで落ちてきてしまったようである。
スラムの息が止まる。
スリムが、ペダルの隙間にそのミサイルを巻き込んでしまった。
爆発と同時に、スリムとスラムが副動力室から飛び出してくる。
急ぎ操縦室に上がってくると、ゼロ卿の顔が呆然としていた。既に、何かの予感は感じとっている気配がある。
「何だ、今の爆発は!?」
スラムが、息せききって下を指す。
「ボス! ミサイルに引火・・・」
ゼロ卿の顔が、蒼白になった。
「何ィ!!」
赤いパンダが、尚赤い炎に包まれる。その爆発でワイヤーも切れ、メカ・ローバーは地上に激突した。
4つのパラシュートを横目に、ケティの操縦席で、モンタナはガッツ・ポーズを作る。
「帰りの旅費が欲しかったら、雑技団でアルバイトでもするんだな! お前達なら、きっと雇ってもらえるだろうよ!」
キャノピー越しに、嫌味ったらしくゼロ卿一味への別れを告げる。
パラシュートで揺られながら、ゼロ卿がニトロ博士に食らいついた。
「ニトロ博士、事情を説明してもらおうか?」
「今少し、時間と予算を頂ければ・・・」
小さくなった老科学者に、ゼロ卿の一瞥が容赦なく刺さる。
「弁解は、罪悪と知りたまえ・・・」
上空のケティはそんな事など露知らず、東の空を目指し、パラシュートの花から見送られて念壇を後にする。
後に残されたパラシュート組が、東の空に呪詛を唱えた。
男達の声が響く。
「お前達、これで終わったと思うなよーっ!!!!」
チャンの故郷に着地をし、モンタナ、アルフレッド、メリッサの3人は、チャンと熱い握手を交わした。
足元に置いた鞄を、チャンが大事そうに持ち上げる。
「今回は、本当にありがとうございました。龍の短剣を探して下さったばかりか、西太后の財宝まで発見していただくなんて・・・。御礼の言葉もありません」
「僕達は、チャンさんのお手伝いをしただけですよ」
アルフレッドが、人のいい微笑みを浮かべた。
「そうそう。だから、もしまた何か困った事でもあったら、呼んでくれ。・・・また逢おうぜ」
陽気なウィンクを、モンタナはして見せた。チャンも、それは嬉しそうに笑顔で応える。
「ここの整理がついたら、私はまた北京に行きます。仕事の傍ら、通訳と観光ガイドをしているので、用があったら呼んで下さい。今度は、私が皆さんのお手伝いができるようになりたいです。無理・・・かもしれませんが」
「そんな事はないわよ」
首を振って、メリッサが否定をした。
「・・・ありがとうございます」
チャンの頬が、心持ち赤く染まった。
「そうそう!」
自分の鞄を開いて、アルフレッドが2つの首飾りをチャンに差し出す。
ところが、チャンが両手を立て、受取りを拒む。モンタナ達の顔が驚きに曇った。
「どうして! あんなに大切に思ってたんだろう?」
モンタナの主張は尤もで、アルフレッドやメリッサも話に同調する。
しかし、チャンの態度は頑固そのものであった。
「これを、預かって欲しいのです。いつか、この国が安定するまで・・・お願いします」
「チャンさん・・・」
渡す事も鞄に戻す訳にもいかず、アルフレッドが眉をひそめる。
「故宮でお話しした通りです。今、ここに財宝を置いていても、国の為にはならないかもしれないのです。この二振りの短剣は、もう一度私が守ってみます。ただ、その財宝は、信頼できる人の手により一度この国を出るべきなのだと感じました。・・・いつまでもこのような情勢が続く事もないでしょう。いつか、この国から戦争がなくなった時、あなた方の手で故宮に寄贈して下さい。略奪者の手に触れぬように」
チャンの顔が、優しげに、そして少し寂しげに揺れた。
モンタナ達は、チャンの心を初めて覗き込んでしまった気がし、引き下がるしかなかった。
チャンは、首飾りとの別れを惜しんでいるばかりではない。今は、それがよくわかる。
アルフレッドが、首飾りを鞄にしまい精一杯の気迫でチャンの手をもう一度握った。
「わかりました。この宝物はギルト博士に保管をお願いしてみます。中国の国情が安定した時、きっとお返ししますよ」
目を潤ませて、チャンもアメリカの考古学者に感謝を示した。
チャンを村に残し、ケティ号が離陸をする。
一度旋回してから、モンタナはケティの進路を東の日本、北海道は千歳に向けた。
副操縦席で、アルフレッドが鞄からあの首飾りを出してみる。黄金と真珠、そしてルビーの輝きが、後ろにいるメリッサの気を引いた。
「まぁ! 素敵な首飾り!」
「ああ、これが故宮で見つけた西太后の財宝なんだ」
「不思議なデザインね。形はヨーロッパ風なのに、ルビーも真珠も東洋のものよ」
「ああ、これにはきっとまだ謎がある筈なんだ。清時代の遺産、まだまだ知らない事は多いよ」
「そうね・・・」
メリッサが、アルフレッドの後ろで息を吐く。
誰も、チャンのたった一つの望みについて口にする事はなかった。
彼は、歴史研究を愛し、そして同じ位に国の平和を望んでいるのであろう。
モンタナは、アルフレッドに向かい片手を上げた。
「アガサおばさんのスパゲッティが食いてぇな」
「うん! もうママの味が恋しくて! 早く帰ろうよ、モンタナ」
「よっしゃ!」
3人を乗せ、ケティは飛行した。
日は高く、ケティと地上を同じように明るく照らしている。
モンタナは考えた。今、故宮の養心殿を見る事ができればと。
陽光が降り注ぐ中、故宮をあらためて眺める事ができれば、夕べとはまた違った顔で訪問者を迎えてくれるのかもしれない。ふと、そんな気がした。
「ありがとうよ・・・」と、一人呟く。
まだ見ぬ光景に遥かなる思いを馳せ、モンタナはケティの高度を上げた。
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第12章 対決
「アルフレッド、チャンさん、伏せて! 目を瞑るのよ!」
メリッサが叫ぶと、2人は一応姿勢を低くした。メリッサもまた、急ぎメカ・ローバーの中に戻る。
「何!?」
ゼロ卿が階段の途中で硬直する。
「ボス!」
急接近するケティに気付いたが、スラムも銃を片手にそれ以上の言葉を言い澱んだ。
「スラムぅ!」
右手の銃と左手で頭を庇い、スリムが兄貴分のスラムに助けを求める。
低空で侵入してきたケティの左翼端が、風と砂を巻き上げた。
風が渦を巻く。
「おわーっ!」
逃げ場をなくしたゼロ卿は、マントが風を受け階段から吹き飛ばされた。宙に浮いたところをじたばたしているうちに、その体が畑へと墜落する。
「スラムぅ、オイラ目に砂が入っちゃったよ」
「畜生! あのモンタナの野郎・・・!」
スリムとスラムも、手に武器はあるものの反撃どころではない。
メカ・ローバーから、メリッサが飛び出してきた。
「アルフレッド、チャンさん! 逃げるわよ!」
埃塗れの学者2人を先導し、メリッサがケティを指さして走る。ケティ号は、メカ・ローバーを掠めた直後、かなり強引な着地を見事やってのけていた。
客室のドアから降り、モンタナは3人を次々と押し上げてやる。
「全員、無事だったな」とモンタナは、一息つく間もなく離陸準備に入る。
副操縦席につき、アルフレッドがげんなりと萎んだ。
「僕はもう、半年はランニングをしたくないよ。足が痛いのなんのって・・・」
「まぁ」
メリッサが操縦室に入ってくるなり、笑顔で異議を唱え始めた。
「アルフレッドは、少し位ダイエットをした方がいいのよ。あんまりお部屋に閉じ籠っていると、体に悪いわよ」
「それじゃあまさか、メリッサはわざと僕達を・・・?」
「そんな訳ないじゃない! 私だって、大変だったのよ!」
礼もない上に、アルフレッドの随分な言種。急にメリッサが怒り出すのも無理はない。
「普通なら、レディを助けるのが紳士でしょ。私はその逆をやったんだから」
「違えねェや」と、モンタナは笑った。
ケティ号は綺麗な離陸を果たし、メカ・ローバーを下に見ながら東へと飛行してゆく。
「このまま逃げきれると思う?」
アルフレッドがモンタナに尋ねた。
「あのメカ・ローバーじゃあ、空は飛べねぇだろう。飛んじまえば、ケティの楽勝・・・」
キャノピーの左手に、真っ赤なものがちらついている。声を忘れたモンタナは、すごいものを見てしまったと思った。
アルフレッドとメリッサも茫然自失としてしまい、後ろからチャンが操縦室に飛び込んでくる。
4人全員が、キャノピー左手に釘付けとなってしまった。
メカ・ローバーの操縦室では、ゼロ卿がニトロ博士に罵声を飛ばしている。
「博士! これが、サブ・システムだと言うのか!?」
「何しろ予算がぎりぎりなもんでの。取り敢えずは空を飛んでおるのじゃ。文句はなかろう?」
「うぬっ! ニトロ博士、あのオンボロ飛行艇を攻撃だ!」
「お任せを」
ニトロ博士が、伝声管に大声で怒鳴る。
「スリム、スラム、ミサイルの準備じゃ!」
メカ・ローバーが口を開けた。
ちょうど喉にあたる部分では、いつもの2人組が動力係はせず、パンダ型のミサイルを慎重にセットしている。
「これ、表面が紙だよ」と言うスリムの口を、スラムが塞いで辺りに聞き耳を立てた。
「しっ! 滅多な事を言うもんじゃねェ!」
「うん、わかった」
「ったく、それもこれも・・・」
「モンタナの所為だね」
スリムとスラムは、2人なりにモンタナへの恨み節をミサイルにこめる。
メカ・ローバーのエンジンが唸りを上げ、短い尻尾に動力が伝達される。パンダ・メカは大きな体で風に逆らいゆっくりと加速度をつけた。
今回のメカ・ローバーは、人力動力ではない。いつになく大きな肺活量を誇るエンジンを搭載している。それというのも、ニトロ博士がエンジンと駆動系、つまり玉乗り技術に拘ってしまったからである。
離陸の秘密は、メカ・パンダの首に付けた風呂敷包み。その中に水素ガスを充填し、足で回転させていた2つの鉄球を地上に放棄した上で、気球のように離陸している。
前足には、巨大な扇子が左右に1つづつ。飛行の際、姿勢制御に役立てようというアイディアのようである。
首の風呂敷で浮力、尻尾のプロペラで推進力、2つの扇子でバランスを保ち、パンダ型メカ・ローバーは巨大なボディを何とか浮かせていた。
しかし、風呂敷気球の下で、コロリとしたボディが直立してしまう。空気の抵抗がかなり大きいので、前進をする姿を飛んでいるとは言いにくかった。
パンダ・メカを、モンタナはケティであっさりと追い抜いてしまう。
「遊び心でしょうか、あれは。とても真面目な感覚で作っているとも思えませんが・・・」
窓外の景色にチャンが唸る。
モンタナは、手をひらひらとさせた。
「北京に展示してみっかい? 本人曰く、芸術品なんだと」
目を見開いて、チャンが大事な鞄をどさっと落とした。
「・・・前衛芸術ですか?」
「かもな」
軽く頷いて、モンタナは笑った。
「モンタナ!」
アルフレッドが怒鳴った途端、ケティの機体が大きく振動する。
メカ・ローバーからの攻撃と思うしかない。メカ・パンダから飛来したミサイルが、至近距離で爆発したようである。
「っくそうっ!」
曲芸パンダを少々甘く見ていた事を後悔する。試しにモンタナは、ケティとメカ・ローバーの距離をの倍以上確保してみた。
メカ・パンダの中は、ゼロ卿とニトロ博士の罵声と反論が交錯している。
「はずしたではないか、馬鹿者!」
「それが、なかなか狙いが定まらなくて・・・その・・・」
ニトロ博士の言い訳が、次第に勢いを失ってゆく。
勿論、それで納得するゼロ卿ではなかった。
「飛行機のあんな手前で爆発させおって! 届いておらんではないか!」
「つまり・・・、このパンダ型ミサイルは花火を改良しておりまして、射出用の火薬を使いきってしまうと、自動的に爆発するのです」
「花火だ?」
「はい、つまり予算の関係で・・・」
「予算、予算と、何でも予算の所為にするのではないっ! 花火など使ってどうする!? そんなものの射程距離がどれだけあるというのだ!」
ゼロ卿が立ち上がった。
「えーい! もう何でもいいから、もっと撃ち込んでやれ!今度こそ奴等に、目にもの見せてやるのだ!」
ニトロ博士がパネルのスイッチを2つ3つ操作すると、プロペラがパワー全開で回転する。
心持ち、スピードが上がった。
しかし、それでも飛ぶ為に作られたケティ号には、スピードに於いて適う筈もない。
「撃ってこないね」と、アルフレッドが呟いた。
「・・・ニトロ博士、ミサイルの材料費をケチったな」
モンタナに、不敵な笑顔が浮かぶ。勝算を見出だした時、モンタナがよくする表情がこれである。
「よし。全員席について、何かにつかまれ。ちょっと荒っぽいが、やってみるぞ」
モンタナの真顔に、メリッサとチャンが急ぎ客室に戻った。渋面で抗議するのは、アルフレッドただ1人。
「そんな危ない事をしなくたって、あいつを振り切って逃げちゃえばいいのに。ミサイルを持っていたって、奴等はケティに追いつかないよ」
「いや、駄目だ」
「何で?」
「メカ・ローバーの残った所に、チャンさんを降ろす訳にはいかねぇ」
「あ、そうか・・・」
「大切なのは、諦めさせる事だ。・・・アルフレッド、俺の操縦を少しは信じろって」
アルフレッドが、無言でシート・ベルトを締めた。その表情は複雑そのもので、まだ言い足りないものを飲み込んでいる節がある。
「・・・いいよ、準備OKだよ」
「へへっ! さぁて曲芸パンダ、本当の曲芸ってぇものを教えてやるぜ!」
モンタナは操縦桿を右にきり、急旋回をかけた。わざとUターンをし、メカ・ローバーの右舷側を擦り抜けていく。
メカ・ローバーが、回頭をしながら急ぎミサイルを撃ち出した。
ところが、スピードに勝っているケティには1発も当たらない。しかも、総てのミサイルがケティに届かないうちに爆発してしまう。
「チョロチョロと・・・」
狙いあぐねて、ニトロ博士が毒づいた。旋回速度が遅いので、パンダ・メカはケティの機動力に全く追いつかずにいる。
「何とかしたまえ、ニトロ博士!」
ゼロ卿の忍耐は、既に限界を遥かに越えていた。
「何とかしましょう!」
売られた喧嘩を真っ向から買い、ニトロ博士が狙いを定めボタンを押す。
メカ・ローバーの鼻から、ワイヤーが射出される。先には矢じりが付いており、ケティ号の垂直尾翼を射抜いて止まった。
ケティに傷を付けられ、腹を立てたのはモンタナである。
「そうきたかよ!? それなら・・・」
モンタナは、ケティで高速度を保ったまま急降下と急上昇を繰り返した。
「何て奴だ!」
操縦桿の重さに、モンタナは驚く。
引っ張っているのは、気球で首を吊った直立メカ・パンダ。空気抵抗が思った以上に大きく、ケティへの負担が並ではなくなっている。
ケティは速度が上がらなくなり、強力なエア・ブレーキに泣かされた。
一方、思わぬケティの苦戦にすっかり気をよくしている男もいる。言うまでもなくゼロ卿であった。
「よくやった、ニトロ博士! ワイヤーを巻き取って、飛行艇にしがみつけ。奴等を地上に引き摺り下ろす」
「お任せを」
ニトロ博士が、伝声管へ指示を飛ばす。
操縦室下では、ミサイルをセットしかけていたスリムとスラムが、自転車で動力を伝え、ウィンチを動かし始めた。
今回こそ楽ができると思い込んでいた2人組の落胆は、尋常ではない。
ワイヤーは、なかなか短くならなかった。
「ったく、折角でっかいエンジンを付けたんなら、ウィンチ位、そいつで動かしゃいいのによ・・・」
「結局オイラ達、こんな仕事ばっかりだね」
スラムの愚痴に、スリムが不満を重ねる。
ケティ号では、モンタナがどうにかしてワイヤーを切る方法を考えていた。このままでは、ミサイルをお見舞いされるか、ケティの尻尾に抱きつかれるかのどちらかだと思っている。
と、メカ・ローバーの首に巻きついている風呂敷気球に目が行った。
「・・・あれだ」
モンタナはケティを荷物付きのまま、再び上下に揺さぶってみる。
2回、3回と繰り返したが、なかなか上手い結果が出ない。
ところが、十数回目にして、赤パンダの首から風呂敷がするりと取れた。振動と空気抵抗で、気球だけが首から外れてしまったのである。
ケティは勢い速度を増し、メカ・ローバーを引き摺り回した。気球がなくなっただけで、空気抵抗は随分と軽減されている。
しかし、メカ・ローバーの中では右へ左へ乗員が激しく移動を強要されていた。
パンダ・メカは浮力を失い、突然ケティの言いなりである。鼻を吊られた恰好で、ケティの後方下、扇子を動かしながら上昇を試みるのが精一杯だ。
「ニトロ博士!」
シルクハットの中で、ゼロ卿の髪が逆立った。
「ワイヤーは短くなってきております。あと300メートル程巻き取る事ができれは、飛行艇を捕獲する事は可能かと・・・」
「ワイヤーなど、どうでもいい・・・」
「は?」
「ミサイルだ! ミサイルを使え! 奴等を撃墜するのだ!」
ニトロ博士が、下手に出ながら両手で長さを表現する。
「その・・・ミサイルの射程距離には、まだ少し・・・距離があり過ぎますので・・・」
「もっと他に何かないのか!?」
「何しろ予算が・・・」
「もういいっ! とにかくミサイルだ!」
渋々、ニトロ博士が伝声管にミサイルの準備を伝える。
ウィンチ係に徹していた2人のうち、スラムがさも嫌そうに壁を伝ってメカ・ローバーの喉に向かった。
ケティの為に、パンダ・メカの振動は何処にいても大きい。内部での移動には、不便がつき纏う。
「スリム、ちゃんと漕いどけよ」と、念を押した後、先程までいた部屋のドアを開ける。
すると、床に置いてあったパンダ型ミサイルが転がり出てきた。パンダの鼻がほぼ真上を向いているので、副動力室にまで落ちてきてしまったようである。
スラムの息が止まる。
スリムが、ペダルの隙間にそのミサイルを巻き込んでしまった。
爆発と同時に、スリムとスラムが副動力室から飛び出してくる。
急ぎ操縦室に上がってくると、ゼロ卿の顔が呆然としていた。既に、何かの予感は感じとっている気配がある。
「何だ、今の爆発は!?」
スラムが、息せききって下を指す。
「ボス! ミサイルに引火・・・」
ゼロ卿の顔が、蒼白になった。
「何ィ!!」
赤いパンダが、尚赤い炎に包まれる。その爆発でワイヤーも切れ、メカ・ローバーは地上に激突した。
4つのパラシュートを横目に、ケティの操縦席で、モンタナはガッツ・ポーズを作る。
「帰りの旅費が欲しかったら、雑技団でアルバイトでもするんだな! お前達なら、きっと雇ってもらえるだろうよ!」
キャノピー越しに、嫌味ったらしくゼロ卿一味への別れを告げる。
パラシュートで揺られながら、ゼロ卿がニトロ博士に食らいついた。
「ニトロ博士、事情を説明してもらおうか?」
「今少し、時間と予算を頂ければ・・・」
小さくなった老科学者に、ゼロ卿の一瞥が容赦なく刺さる。
「弁解は、罪悪と知りたまえ・・・」
上空のケティはそんな事など露知らず、東の空を目指し、パラシュートの花から見送られて念壇を後にする。
後に残されたパラシュート組が、東の空に呪詛を唱えた。
男達の声が響く。
「お前達、これで終わったと思うなよーっ!!!!」
チャンの故郷に着地をし、モンタナ、アルフレッド、メリッサの3人は、チャンと熱い握手を交わした。
足元に置いた鞄を、チャンが大事そうに持ち上げる。
「今回は、本当にありがとうございました。龍の短剣を探して下さったばかりか、西太后の財宝まで発見していただくなんて・・・。御礼の言葉もありません」
「僕達は、チャンさんのお手伝いをしただけですよ」
アルフレッドが、人のいい微笑みを浮かべた。
「そうそう。だから、もしまた何か困った事でもあったら、呼んでくれ。・・・また逢おうぜ」
陽気なウィンクを、モンタナはして見せた。チャンも、それは嬉しそうに笑顔で応える。
「ここの整理がついたら、私はまた北京に行きます。仕事の傍ら、通訳と観光ガイドをしているので、用があったら呼んで下さい。今度は、私が皆さんのお手伝いができるようになりたいです。無理・・・かもしれませんが」
「そんな事はないわよ」
首を振って、メリッサが否定をした。
「・・・ありがとうございます」
チャンの頬が、心持ち赤く染まった。
「そうそう!」
自分の鞄を開いて、アルフレッドが2つの首飾りをチャンに差し出す。
ところが、チャンが両手を立て、受取りを拒む。モンタナ達の顔が驚きに曇った。
「どうして! あんなに大切に思ってたんだろう?」
モンタナの主張は尤もで、アルフレッドやメリッサも話に同調する。
しかし、チャンの態度は頑固そのものであった。
「これを、預かって欲しいのです。いつか、この国が安定するまで・・・お願いします」
「チャンさん・・・」
渡す事も鞄に戻す訳にもいかず、アルフレッドが眉をひそめる。
「故宮でお話しした通りです。今、ここに財宝を置いていても、国の為にはならないかもしれないのです。この二振りの短剣は、もう一度私が守ってみます。ただ、その財宝は、信頼できる人の手により一度この国を出るべきなのだと感じました。・・・いつまでもこのような情勢が続く事もないでしょう。いつか、この国から戦争がなくなった時、あなた方の手で故宮に寄贈して下さい。略奪者の手に触れぬように」
チャンの顔が、優しげに、そして少し寂しげに揺れた。
モンタナ達は、チャンの心を初めて覗き込んでしまった気がし、引き下がるしかなかった。
チャンは、首飾りとの別れを惜しんでいるばかりではない。今は、それがよくわかる。
アルフレッドが、首飾りを鞄にしまい精一杯の気迫でチャンの手をもう一度握った。
「わかりました。この宝物はギルト博士に保管をお願いしてみます。中国の国情が安定した時、きっとお返ししますよ」
目を潤ませて、チャンもアメリカの考古学者に感謝を示した。
チャンを村に残し、ケティ号が離陸をする。
一度旋回してから、モンタナはケティの進路を東の日本、北海道は千歳に向けた。
副操縦席で、アルフレッドが鞄からあの首飾りを出してみる。黄金と真珠、そしてルビーの輝きが、後ろにいるメリッサの気を引いた。
「まぁ! 素敵な首飾り!」
「ああ、これが故宮で見つけた西太后の財宝なんだ」
「不思議なデザインね。形はヨーロッパ風なのに、ルビーも真珠も東洋のものよ」
「ああ、これにはきっとまだ謎がある筈なんだ。清時代の遺産、まだまだ知らない事は多いよ」
「そうね・・・」
メリッサが、アルフレッドの後ろで息を吐く。
誰も、チャンのたった一つの望みについて口にする事はなかった。
彼は、歴史研究を愛し、そして同じ位に国の平和を望んでいるのであろう。
モンタナは、アルフレッドに向かい片手を上げた。
「アガサおばさんのスパゲッティが食いてぇな」
「うん! もうママの味が恋しくて! 早く帰ろうよ、モンタナ」
「よっしゃ!」
3人を乗せ、ケティは飛行した。
日は高く、ケティと地上を同じように明るく照らしている。
モンタナは考えた。今、故宮の養心殿を見る事ができればと。
陽光が降り注ぐ中、故宮をあらためて眺める事ができれば、夕べとはまた違った顔で訪問者を迎えてくれるのかもしれない。ふと、そんな気がした。
「ありがとうよ・・・」と、一人呟く。
まだ見ぬ光景に遥かなる思いを馳せ、モンタナはケティの高度を上げた。
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