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mo6
冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第6章  ゼロ卿一味現る

 テーブルをどんと叩くと、満を辞してモンタナは立ち上がった。
「いくら何でも遅過ぎるぜ」
 チャンが水を貰いに出かけてから、既に2時間は経過している。雲は空一面を覆いつくし、地上は朝よりもずっと暗くなった。湖面は鉛色で光を失い、荒涼とした周囲の風景にすっかり溶け込んでしまっている。
 雨が降るのかもしれない。収穫を終えた畑には、この時間になっても人影の現れる気配は全くなかった。ケティ号を発見される心配はなさそうだが、戻ってくる筈の人影もないとなると、無人の畑に不安は募る。
「何かあったのかしら」
 空のコーヒー・カップから目を離し、メリッサの美しい顔が眉をひそめる。
 モンタナは無言のまま、帽子を取って席を離れた。
「何処に行くの、モンタナ?」
 簡易コンロの番をしていたアルフレッドが、引き寄せられるように立ち上がってモンタナの背中に問う。
「後を追ってみようと思う。ゴタゴタに巻き込まれたのかもしれねぇからな」
「ゴタゴタって?」
 モンタナは、歩みを止めた。振り返ると、何かを言いたげなアルフレッドの顔がある。メリッサも真顔そのもので、いい加減な返事で納得する様子でもなさそうだった。
「…ゼロ卿達でない事を祈ろうぜ」
 モンタナは努めて平静を装い、かぶりを振った。
「ゼ、ゼロ卿!」
「もう、ここまで追って来たって事!?」
 ほぼ同時に顔を見合わせ、アルフレッドとメリッサがモンタナを注視する。
 短く首肯し、モンタナの目が僅かに細くなった。
「ボストンで振り切られた位で、諦めるような連中じゃねぇだろう。・・・畜生! こんな事なら、チャンさんを1人で行かせるんじゃなかった」
「僕も一緒に行くよ!」
「私も!」
 アルフレッドが帽子に手をやり、メリッサが着替えをする為ケティに戻る。 思えばそもそもこの事件は、チャンがアメリカに持ち込んだものだった。ゼロ卿一味がチャンを追っていたのは知っていたし、モンタナ達を巻き込んでいる点について、チャンはとても気に病んでいる様子だった。3人の誰しもが、共に出かけるべきであったとの思いは強い。
 空模様を眺めてから、モンタナは先に立って畦道に降りた。5分、10分と、3人はチャンが歩いたと見られる畦道をとぼとぼと進む。
 時折、空から鳥の群れが舞い降りては畑でしきりと何かをついばんだ。収穫の手を逃れた作物の種でも落ちているのだろう。人も家畜もいない畑で、鳥だけがあくせくと働いている。
 ケティを離れ、20分も歩いた頃であろうか。モンタナは、地平線を睨みつけると急に立ち止まった。
「2人共、ここでストップだ!」
「どうしたの、モンタナ? 雨が近付いているの?」
「それどころじゃねェぞ。あれを見ろ!」
 モンタナは、アルフレッドとメリッサにもわかるように地平線を指した。
「え?」
 メリッサとアルフレッドは、咄嗟に雨の簾を想像した。ここで雨に降られてしまえば、作物のない畑は一面の泥土と化してしまう。装備がないだけに、それはそれで有り難くはない。
 しかし、モンタナの指は雲を指してはいなかった。
 雨がしたたり落ちそうな灰色の空の下、モンタナの指し示す先で、畑から砂煙が舞い上がっている。つむじ風の悪戯というより、トラクターの暴走によく似ていた。地面で何かがバウンドしているのがよくわかる。
 砂煙は段々と大きくなるので、3人は身を固くした。見間違いでなければ、こちらに近付いて来る気配がある。
「様子がおかしいな・・・」
「・・・止まると思う?」
 アルフレッドが苦笑した。
「俺がゼロ卿なら、止まらねぇだろうな」
「わかっているなら、ねぇちょっと・・・!」
 ハイヒールを脱ぎ、メリッサが左手に両方の靴を持った。
「逃げるっきゃないか!」
 モンタナは踵を返し、メリッサの右手を引いて走り出す。
「ああ、僕も!」
 遅れをとったら、後ろには砂煙が迫ってくる。アルフレッドも慌ただしく、元来た道をケティに向かって駆け出した。
 三人の後ろからは、砂煙が追いかけてくる。それも、ロード・ローラーもかくやとばかりの重低音が、3人の耳を驚かせた。
 メリッサの手をしっかりと握ったまま、モンタナは頭を上げるように後ろを見る。
「いっ!」
 案の定、砂煙の中に赤い物体を見て取る事ができた。カバ、いや熊のようでもあるが、金属製の熊などそうお目にかかれるものではなかろう。
 後ろで肩を弾ませたアルフレッドが、モンタナの思いを口にする。
「あれって・・・ニトロ博士の・・・メカ・ローバー・・・!」
「イヌじゃねェのか。太り過ぎの」
「熊じゃ・・・ないかな」
「曲芸がやりたきゃ、サーカスに行きゃあいいのによ!」
「何を言ってるのよ!」
 手を引かれながら、メリッサが呑気なモンタナを窘めた。
 メカ・ローバーは、熊のような前足と後ろ足で、それぞれ1つづつ巨大な黒い球を転がしている。おそらくは、2つの球を操る玉乗り動物を模しているのであろう。
 かわいい姿と、見えない事もない。
 が、それはあくまで、もっとサイズが小さければの話である。玉乗りの球、そしてメカ・ローバーもまた、あれだけ巨大で硬質な輝きを帯びていると、製作者の殺意を読み取らずにはいられない。
 その上、操縦者の性格を、モンタナは嫌という程よく知っていた。
 金属製と思われる黒い球の直径は、2メートル近く。メカ・ローバーの頭部は、見上げる空の遥か上にある。
 トラックに追いまくられるとは、こんな恐怖を味わう事なのかもしれない。モンタナは、おかしな事を考えた。
 メカ・ローバーはわざと蛇行しながら、モンタナ達の尻を追い立て走っていた。
 蛇行しながら走るのは、3人を抜く気がない為であろう。スピードを誇示しつつも、追い抜くでもすぐに轢き殺すでもないからである。
 メカ・ローバーの中でさも楽しげに笑うある男の顔を、モンタナは想像する。途端にむっとして、「ゼロ卿らしいぜ」と顔を歪めた。
 モンタナの後ろで、アルフレッドの息が荒く弾む。元々が、運動不足の考古学者。全力疾走を強いられては、そう長く走っていられそうにない。スカート姿のメリッサにしても、大した違いはない筈であった。
 折角のサファリ・ルックから動きづらいスカートに着替えてしまったメリッサへ、モンタナは男なりの同情をする。
 盛んにバウンドを繰り返し、メカ・ローバーがじりじりと距離を詰めてきた。そろそろ、追いかけっこにも飽きてしまったらしい。
「がんばれ、アルフレッド! メリッサ! もうすぐケティが見えてくるぞ!」
 アルフレッドの返事はなかった。モンタナは心配になって、腰から体を捻り後ろの従兄弟を確認する。
 アルフレッドが両手を上げ視界下へ消失する瞬間を、モンタナは目撃した。足が縺れたのか、アルフレッドが驚いた様子で地面にぼてっと膝から落ちる。
 モンタナは、メリッサの手を引き寄せた。
「しっかりつかまってろよ」と言い含め、その体を右手でしっかりと抱きしめてやる。腕に力を入れると、メリッサの両足が宙に浮いた。
 アルフレッドは顔面を硬直させ、ようやく自力で起き上がった。
「モンタナ…」
 アルフレッドの向こうに、メカ・ローバーが操る黒い球が迫っている。距離は、最早10メートルもない。
 モンタナはメリッサを包み込むと、アルフレッドにわかるよう左方向へと顎をしゃくった。
「飛べ、アルフレッド!」
 アルフレッドが渾身の蛙飛びをする。ほぼ同時に、モンタナもまたメリッサを抱きしめ横に転がった。
 メカ・ローバーの轟音が、頭の横を通り過ぎる。
 埃を巻き上げ、アルフレッドが剥き出しの土くれに無造作な着地をする。抱き合った2人は、一緒になって土の上を転がる。モンタナが手を放すと、2人は別々になった。
 咄嗟にモンタナが上体を起こし、メカ・ローバーの動きを警戒する。
 と、メカ・ローバーは次第に速度を落とし、やがて離れた場所へと停止した。
 モンタナ達がジャンプした跡には、鉄球の痕跡がしっかりと重なっている。ぶるっと、モンタナは身震いをした。
 舌打ちをするゼロ卿の姿が、目に浮かぶようである。
「大丈夫か、メリッサ?」
 丁重にメリッサを助け起こし、モンタナは彼女の無事を確かめる。
「ええ、何とか・・・」
「アルフレッド! アルフレッドは大丈夫か?」
「ぼ、僕も、何とか・・・」
 立ち上がるなり、余程気になるのか、アルフレッドが体についた埃を手で落とす。
 メリッサもまた、しきりと白い手で服の汚れを取り払っていた。
「お洋服のお洗濯代、ゼロ卿がもってくれないかしら・・・」
 靴を履き直し、メリッサが玉乗りメカ・ローバーを睨みつける。
「僕らのも、そうしてもらいたい位だよ。・・・チャダがかわいそうだ」
 帽子の被り具合を確かめ、アルフレッドが愚痴を零した。
「おいおい、2人共・・・」
 モンタナは、メカ・ローバーと呑気な2人を見比べずにはいられない。
 敵はまだそこにいるというのに、この落ち着きようは何処から来るのか。半ば呆れ、半ば感心さえした。
 モンタナの髭が、ピクリと動く。メカ・ローバーが方向転換をしている事に気がついた。
 頭をこちらに向け直し、再び接近しつつあるではないか。
「メリッサ! アルフレッド!」
 警戒を呼びかけ、モンタナは素早くメカ・ローバーと対峙する。相手の動きを見極める為の動作だった。
 玉乗りメカ・ローバーが、眼前で止まった。これ以上、攻撃してくるつもりはないらしい。
 モンタナはゆっくりと近付いて、恐る恐る黒い玉にそっと手を置く。
「モンタナ!」
 後ろから、アルフレッドの声がした。
 黒い球の直径は、やはりモンタナの背と同じ位はあった。金属製と見たモンタナの判断も誤りではないようである。
 前足と後ろ足には皿状の円盤が取りつけられ、それが鉄球を両側から挟み込む格好になっている。足回りがよく、タイヤを使用するよりきれいなS字を描くのも、このニトロ博士の工夫がものを言っていた。
 性能は、まんざらでもないところが見られる。しかし、メカ・ローバーは熊よりも頭が大きく、玉乗りをしている熊を再現している訳ではなさそうであった。
 何より、動物など生き物に拘るマシン・デザインが笑わせてくれる。
「でっけぇ熊もどき・・・」
 モンタナが呟くと、メカ・ローバーから罵声が飛んだ。
「ジャイアント・パンダじゃい!」
「これが・・・パンダだって・・・!?」
 モンタナの独り言に腹を立てたのか、メカ・ローバーが突然1メートルばかり前進する。
 危うく轢かれそうになり、モンタナは慌てて横に避けた。
「ふーっ、危ねぇ危ねぇ・・・」
 メカ・ローバーから金属音がし、四つん這いをしている熊の胸が開いて仰々しいタラップが現れる。
 モンタナがアルフレッドとメリッサを庇いに戻ると、メカ・ローバーの中からは、いつものように白いマントとシルクハットの気障な男が姿を見せた。
「口は災いの元だ。まだわからないのかね、モンタナ君」
「てめぇに説教されたかぁねェな、ゼロ卿のおっさんよ!」
 モンタナは、大声でうそぶいた。
「フン、減らず口を」
 そんなモンタナを鼻で笑い、ゼロ卿が畑に降りるとメカ・ローバーの乗員にわかるよう手招きをする。
 1人、2人と、男達が降りてきた。スリムとスラム、そしてスリムの腕の中には縄で縛り上げられたチャンがいる。
 目が合った途端、顔を曇らせた青年に、モンタナは声もなく拳を握った。
 スリムの手には、チャンに向けられた銃がある。
「また会ったな、ギルトの弟子諸君。こちらには人質がいるのだ。大人しくしていただこう」
「汚ねぇぞ、ゼロ卿!」
「世界の考古学的遺産は、総て我がゼロ卿のコレクションに。大切なのは結果なのだよ、モンタナ君」
「その為になら、何でもするつもりだってか?」
「当然だ」
「・・・偉いと言おうか、馬鹿げてると言おうか・・・」
「何とでも言いたまえ。西太后の財宝は、この私を待っているのだよ」
 苦汁に塗れた表情をする3人の前で、ゼロ卿が1人勝鬨を上げる。
 マントをさばく仕種、ステッキの扱い、何をとってもゼロ卿の動きにはそつがない。成金とみまごう傲慢さを身につけ、世界の何処へ行っても人を見下して回る。しかし何よりモンタナは、勝ち誇ったこの高笑いが一番嫌いであった。
 さも得意げに、ゼロ卿が何がしかをわめいている。が、モンタナは最早耳を貸していなかった。
「モ、モンタナ・・・」
 ジャケットの袖に、アルフレッドがしがみついてくる。
 スラムが銃を抜き、銃口をモンタナに向けてきたのだ。
「鳳凰の短剣を渡せってか?」
 腰に手をやり、モンタナは白けた半眼を作る。
 ゼロ卿が、ステッキの先をくるりと回した。
「そう・・・と言いたいところだが、今回は特別面白い趣向を用意してみた。謎解きを得意とする君達に、私からのプレゼントだ」
「何だ、そりゃ?」
 モンタナの勘に、ちくりと刺さるものがあった。ろくな話ではなかろう。モンタナは、げんなりと口の端を曲げる。
「さては、龍の短剣の謎解きに飽きたな?」「当たりィ!」とにこやかに笑うスリムを、ゼロ卿が一睨みする。スリムが慌てて口を噤み、その手に捕らえているチャンにさえ呆れられた。
 図星を刺してしまったようである。
「なるほどね、そういう事か・・・」
「自分達では、何もわからなかったって事ね」
 アルフレッドとメリッサが失笑すると、2人の足元で地面が音を立てた。
 アルフレッドとメリッサが、踊るように飛び上がる。
「ボスのお話の途中だ。黙ってな!」
 銃を構え直しながら、スラムがまくしたてた。
「やめろ、ゼロ卿!」
 両手を広げたモンタナの抵抗を一蹴し、ゼロ卿はそしらぬ顔で自分の懐を探る。そして、黄色い包みを取り出すと、包みごとモンタナに投げつけた。
「それは、一時君達に預けておく。勿論、お宝が見つかった暁には、宝共々返していただくがな」
「・・・って、いう事は!」
 急ぎ、モンタナは包みを開いた。曇天の下、鮮やかな金属の装飾が目を奪う。
 鳳凰の短剣と、大きさと形もほぼ同じ。鍔の部分には彫金で龍が描き出され、龍の目には青い宝石が埋め込まれていた。
 ゼロ卿でなくとも、この輝きを見てしまったからには胸ときめかせずにはいられまい。
 黄金と宝石でできた、清の皇帝所縁の短剣。これだけでも財宝と呼ぶには充分過ぎる品物であった。
「龍の短剣だ!」
「まぁ、きれい! 鳳凰の短剣とそっくりよ!」
 モンタナの両脇に立って、アルフレッドとメリッサがそれぞれの言葉で息を吐く。
「なぁ、ゼロ卿」
 短剣をアルフレッドに渡し、モンタナは作り笑いで向き直った。
「何だ」と、ゼロ卿が流石に気味悪がる。
「折角だから、チャンさんも置いてってくれ。もし、そのまま帰ってくれると、尚ありがたいんだけどな」
「ば、馬鹿者が!」
 ステッキを振り上げてからゼロ卿が怒りを堪え、したり顔に切り換える。
「ギルトの弟子共、彼はお宝と交換だ。君達はこれから故宮に行って、西太后の財宝を探し出してこなければならない。お宝を持ち帰ってきた時、お宝と短剣を我々に提供してくれるのなら、この青年は返してやろう」
「何だと!」
 前に乗り出したモンタナを、アルフレッドが咄嗟に制止する。
「僕に任せて」
 アルフレッドが、小声で呟いた。
「何をぼそぼそ話しているのだ、アルフレッド先生?」
 小細工でも気にしているのか、ゼロ卿がけげんそうな目つきをし、ステッキの先でチャンを指した。
 縛られているチャンの両目が、恐怖の為見開かれる。
 アルフレッドが、わざと大きく肩をすくめた。
「つまり、ゼロ卿。僕達は北京の事を何も知らないという事だよ」
「どういう事かな、アルフレッド先生?」
「チャンさんがいないと、北京に入ってから何もできなくなってしまうんだ。僕の専門は考古学で、現在の中国については余り知識がないからね。・・・ほら、地元のガイドがいないと困るっていう、あれだよ」
 いかにも尤もらしい事をアルフレッドが言う。演技か本音か、いつになくアルフレッドの態度が堂々としていた。
 それが幸いしたのか、ゼロ卿も真顔になって顎に手をやり眉をひそめて考え込む。
「うーん、しかしこいつは・・・」
「それに、ゼロ卿」
「まだあるのか」
「チャンさんでなければわからない短剣の秘密も、きっとあると思うよ。・・・わかったろう? 僕達には、彼が必要なんだ」
「しかし・・・」
 ゼロ卿が、尚も低く唸る。
「チャンさんを返してくれ」
「・・・止むを得ん」
 ゼロ卿が、スリムにチャンを解放するよう命令する。
 アルフレッドがモンタナにほくそ笑んだ時、ゼロ卿もまたスリムに一言耳打ちをした。
 縄を解いたところで、ゼロ卿がチャンを乱暴に突き飛ばす。
 よろけて転ぶ青年を、モンタナが急ぎ助け起こす。そのモンタナの耳に、突如女の悲鳴が届いた。
「お前じゃないんだよ」とアルフレッドを突き放し、スリムがメリッサを連れ去り縄をかける。
「ゼロ卿! 貴様って奴は、どこまで汚ねぇんだ!」
 モンタナはスリムに掴みかかろうとしたが、スラムの銃でぐうの音も出せなくなった。銃が相手では、分が悪過ぎる。
「メリッサ・・・」
「モンタナ・・・」
 見つめ合う2人の視界で、飾りのついたステッキが揺れる。
「それでは、アルフレッド先生。お望み通り、チャンをお返ししよう。但し、その代わりにこちらではお嬢さんを預からせてもらう。明日の朝、お宝と交換してくれるまでな」
「・・・てめぇ、ゼロ卿・・・!」
 モンタナが肩を震わせ、声を荒げた。ゼロ卿を睨み据えたが、厚顔無恥な悪党には視線の槍など武器にはならない。
 ゼロ卿はさも得意げに、自慢のちょび髭を弄んでいる。
「スリム、スラム、宝探しは我々のボランティアがしてくれる事になった。食事に戻るぞ!」
「ボランティアだと! てめェの!?」
 我慢も限界に達し腕を振り上げたモンタナを、アルフレッドが後ろからしがみついて止める。
「抑えて・・・、モンタナ、メリッサが危なくなるよ」
「くぅっ」
 歯がみをし、やがてモンタナは項垂れた。
「じゃあね、バイバーイ!」
 スリムとスラムが意地悪く手を振りながら、メカ・ローバーの中へと消えて行く。
 スリムの体に隠れ、メリッサの姿はすぐに見えなくなってしまった。
「ギルトの弟子共! 明日の朝、もう一度ここに来い! 勿論、財宝を持参でな!」
 メカ・ローバーのハッチが閉まってから、マイクの声がしつこく念押しをする。
「へーい、わかったよ。泥棒大将」
 モンタナの返事で納得がいったのか、鉄の球が動き出し、パンダ型と称するメカ・ローバーが弧を描きつつ方向転換を始めた。
 チャンとアルフレッドを庇うモンタナの前を、ごろごろと大きな2つの鉄球が転がってゆく。トラックのような真っ赤なパンダが尻を向け、再び砂煙を巻き上げる。と、軽快な玉捌きで視界から遠去かってしまった。
 すさまじい土の礫に、3人が思わず顔を覆う。
 嫌がらせのつもりなのであろう。メカ・ローバーが、わざと土くれがぶつかるよう尻を向けているのに違いない。
 玉乗りパンダの姿は、曇天も手伝ってすぐに判別がつかなくなった。先程見たあの後ろ姿が殊更浮かれ弾んでいるようで、思い出すだに腹が立つ。
 モンタナは特大のくしゃみをし、鼻をすすった。後ろにいる2人の分も砂を浴びてしまったので、鼻や口の中にまで土と砂が入り込んでいる。
「えーい、畜生!」
「大丈夫ですか、モンタナさん」
「鼻がムズムズすらぁ。でも、大した事ぁない。・・・俺の事より、チャンさんこそ」
 チャンは首を横に振って、軽く腕をさする。
 おそらくは、縄の当たっていた場所なのであろう。メリッサの身を案じているので、自分の事は口にしない。チャンとは、そういう男である。
「私がいけないんです。このような事件に巻き込んだ上、メリッサさんを私の代わりに・・・」
 眉をひそめる青年に、モンタナは優しく指を振った。
「チャンさんがいけない訳じゃねぇのさ。あの泥棒野郎を、まともに考えちゃいけねぇ」
「これからどうするの、モンタナ?」
 アルフレッドが、縋る眼差しで近づいてくる。困惑ぎみのその顔には、何を一番心配しているかがはっきりと書いてあった。
「やるっきゃないだろう、宝探しをよ」
「まずメリッサを助けなくっちゃね。・・・でも悔しいよ、モンタナ。メリッサの為とはいえ、ゼロ卿に折角の財宝を渡さなくちゃいけないなんて・・・」
「俺だってそうさ。だから考えようぜ、メリッサを助け出せて、財宝も渡さずに済む方法をよ」
 モンタナは、力づけるつもりでアルフレッドの肩を叩く。
「私も謎解きを手伝いましょう。北京の案内も任せて下さい」
 チャンがモンタナの手を取り、潔い笑いを浮かべた。
「チャンさん・・・」
 アルフレッドも、チャンの手の上に自分の手を重ねる。
 メリッサの為に、チャンは財宝を諦めようとしているのかもしれない。アルフレッドには、そんな気がし胸が熱くなった。
 あのゼロ卿の思う通りに、事を運ばせてなるものか。一泡吹かせてやりたいという気持ちは、一つだった。
「アルフレッド、まずはいつもの謎解きだ」
「うん、そうだね」
「…雨が降り出しそうだな。急いで戻ろう」
 アルフレッドとチャンの背中を押しながら、モンタナはケティ号のいる湖のほとりにUターンを始めた。
 アルフレッドの手には、龍の短剣が光っている。
 東洋では、龍は水を司る神とされていると言う。アルフレッドが短剣を懐におさめた頃、ぽつりぽつりと堪えきれなくなった雨の滴が地上にしたたり落ちてきた。

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