『地平線の向こうへ』Interval4(2)
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「なーるほどな。…それで、カシムの『この村からは出られない』発言か」
全ての詳しい話を聞き終わり、モンタナは深い息をついた。
それに、目の前の眼鏡をかけた中年男は、すまなそうに顔を伏せる。
その横顔には深い皺が刻まれ、髪の毛にも白いものが混じっていた。
「…どうにか、貴方の存在は家に隠す事が出来ました。そろそろ動けるようになりましたから、逃げることは出来るでしょう。
けれど、飛行機までは。…すみません、こんなことになって」
彼の教養の高さが伺える、流暢な英語での謝罪の言葉。
それに、モンタナは慌てて頭を振った。
「いや、命を助けて貰っただけでも感謝しても仕切れない。先生とカシムに非はねえよ」
「今、飛行機は村の技術者が修理しています。…売るにしても動かなければ、話になりませんから」
「ありがたいやら、ムカつくやらだがな」
イラついたように目を伏せ、彼はぼりぼり、と頭を掻く。そして、タラール医師の方を向いた。
「…まあ、それはともかく。タラール先生、このまんまでいいのか?俺を助けたこと見つかったら」
「………実は、君が来る前から考えていたんですが、…私は、この村を告発しようと思ってるんです」
「告発…って、役人に話しても無駄だって、さっき」
「ええ。でも、それは国内末端の役人です。
ですから、先月、海外の考古学の権威と連絡をとりました。その人を通じ、国外から政府に直接告発すれば、きっと」
「内から駄目なら外から、って訳だ」
彼の言葉に、タラールは頷く。
「そして明日、――私が先日『隠れ家』から幾つか証拠の品を持って、その人物の代理人との接触をする予定です。
そして、情報提供の見返りに、――カシムと私のアメリカ亡命の援助を約束してもらっています」
「なるほどねえ」
その言葉に、モンタナは感心しきりの表情になった。
タラールはそれに複雑な笑みを浮かべる。
「…自分の生まれ育った村を裏切る、というのはいい気分はしませんね」
「先生は間違っちゃいないさ。こんな事、続けていい訳がない」
「ええ、でも…先祖代々、我々がこんな愚かな事を続けていたのも理由があるんです」
「…え」
「……これが公になれば、この村の困窮は更に大きくなるでしょう。大きな収入源の一つがなくなるんですから」
それに、モンタナははっと顔を上げる。
病院も無いこの辺境の村では、日々の暮らしがやっとの人間も多い。
続けて良い訳は無い――それを簡単に言えたのは、モンタナが異国の人間だからだ。
気まずそうに、軽々しく物を言ってしまった口を押さえた。しかし、タラールはそれを見、静かに微笑する。
「いえ、貴方のいう事はもっともです。…こんな事、続けてはいけない。
養子にしたカシムの将来の為にも、…今後の村や、わが国そのものの為にも」
「…」
言って、壮年の医師は微笑んだ。その物柔らかな笑顔の中には、堅い意思が感じられる。
それに、彼は尊敬の念を込めた息を吐いた。
「その時に大使館に掛け合って、貴方も何とかアメリカに帰してさしあげますから」
「…ケティは」
「心配要りません。村の人たちはいつもの裏オークションで売却する予定のようですから、告発が上手く行けば、訴えて一緒に取り戻してさしあげます」
「そうか」
その言葉に、モンタナは安堵の表情になる。
――と。
『~~~~!!』
聞き覚えのある声が聞こえ、彼らは慌ててドアの方を振り返った。
『カシム!?~~』
『~~~』
息せき切って走ってきた少年は、非常に慌てた様子で何かをまくし立てる。
残念ながら会話は現地語で、モンタナは聞き取る事が出来なかったが、何か抜き差しならぬ事態が起きたことだけは理解できた。
「先生、カシム、どうしたって言うんだ」
「村の人間に、『隠れ家』の存在が知れたらしいんです。
明日証拠品として持って行く物を、カシムに持ってきて貰ったのですが。それを見られて、取られたと」
「何だって!」
「…村長が、どこからとってきたか場所を教えろ、と。言わなかったら、…殴られた。だから、逃げてきた」
よく見ると、カシムの顔には薄く痣が出来ていた。それに、モンタナは舌打ちする。
同時に、ドンドン、と家のドアが乱暴に叩かれた音がした。
『タラール、~~~!!』
『~~』
外から響く怒鳴り声に短く応え、タラール医師はカシムの頭を優しく撫でた。
そして、彼の手に一つの黒い手帳を落とす。
「カシム、これを持って裏から空港に行きなさい。歩いて行っても、明日の朝には着く筈」
「Dr!?」
「博士の代理人に逢いなさい。時間は私が稼ぎます」
言って、タラールはカシムを裏口の方に押しやった。
彼は戸惑ったようにタラールとモンタナを交互に見やる。
「こっちは大丈夫だ。先生は俺が守ってやるから」
「モンタナ」
ウインクをしてカシムの肩をたたく。
それに、少年は一瞬逡巡したものの、すぐに頷き走り出した。
少年の小さな背が見えなくなり、ドアを叩く音が激しくなる。
それに、彼等は顔を見合わせた。
「モンタナさんは――」
「どっちにしろ、踏み込まれたら俺が居るのはバレるだろ。それに、こういう荒事には幸か不幸か慣れてるんでね」
言って、彼は傍にあった天秤棒を掴み、ドアの脇に身を潜める。
相手が銃を持っていたならかなり心もとないが、不意をつけば2・3人はなんとかなるだろう。
彼が目線でドアの方を示し、一呼吸置いて同時に二人は頷く。
――そして、タラール医師はノブに手を掛けた。
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