冒険航空会社モンタナ(モンタナ・ジョーンズ)同人小説
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第4章 短剣の謎
息せききって走って来たスラムが、スリムを路地裏に引き摺り込み殊の外どやしつけた。
「何で、ボーッと見送っちまうんだよ!」
「えー? だって・・・」
のんびりとしたスリムの返答は、要領を得ない。スリムの前でスラムがばりばりと頭を掻いた。
「だーっ! 全く、しょーがねぇな!」
2人は再び別れ、スリムが裏通りに隠れ通信機を取り出している間に、スラムは自動車をちょろまかしに行く。
気がすまないものの報告を怠る訳にもいかず、スリムは無線機で作戦が失敗した旨をゼロ卿に知らせる。
「この大馬鹿者めが!」
無線機がわめいた第一声は、スリムが予想した通りの罵声だった。
「チャンという男は、ギルトの弟子共と合流したというのか!?」
「そうだよ、ボス」
無線機がしばし沈黙した。
「それで奴等は何処に行った?」
「うーんとね、ちょっとわからない。車で逃げちゃったよ」
「車だと? 後を追わなかったのか!?」
「だって、モンタナがクラクションを・・・」
「だっても、あさってもない! 全くお前らは話にならん!」
「ごめんなさい。・・・どうします、ボス?」
無線機から、低く呟く男の声がする。
「奴等、一体何処へ行くというのだ。いや・・・おそらく、目的地は中国の筈だ。それしか考えられん。鳳凰の短剣一つを持って、北京に先回りしようというのか」
「ボス?」
「すぐに帰って来い。最早ボストンに用はないのだ」
「はーい!」
スイッチを切ってから、スリムが大きな溜め息を吐いた。怒られるのには慣れてしまったが、あの怒鳴り声を聞くと憂欝な気分になってしまう。首尾よく任された仕事がこなせればそもそも怒られやしないのだろうが、それができれば苦労はしない。
大通りから、クラクションの音がする。短く1回、2回、そして長く3回目。
「あ、スラムだ」
耳を押さえながら、スリムは盗難車両の助手席に大きな体を押し込んだ。
バックミラーに警察官が映っている。舌打ちをし、スラムが車のアクセルを踏んだ。
通行人と警官が、たちまち視界から消えた。スラムの運転はかなり荒っぽい。タイヤが軋む音を響かせながら、車はブロックの角という角を猛烈なスピードで擦り抜けてゆく。
「スリム、ボスは何て言ってた?」
前方を注意しながら、スラムが尋ねる。
暴走車を避けようと、2人連れの男女が路上で転倒するのがミラーに映った。スラムが口の端で笑う。
「ボスってば、すっごく怒ってたよ」
「やっぱりな」
「それから、すぐに戻ってこいって」
「また、こき使うつもりなんだろ。ボスは人使いが荒いからな」
「ねえねえ、スラムぅ」
「何だよ」
「オイラにも、それ、やらせて」
スラムが止める間もあらばこそ、スリムがクラクションに手を伸ばしてきた。
最初は短く鳴らすだけだったが、やがて面白くなって、かけた手を離さなくしてしまう。
2人の乗った盗難車は、サイレンのようにクラクションを鳴らしながらボストンの町を走り、人々の注目を浴びた。
「やかましいんだよ、スリム!」
「モンタナの真似」
「真似なんかしなくっていいんだ!」
「奴等、頭がいいよね。こうやってプップーって鳴らしながら逃げて行ったんだよ。オイラなんか、耳が痛くて動けなかったんだから」
「俺も耳が痛くて仕方がねぇよ!」
スラムが、無理矢理スリムの左手をクラクションからもぎ取った。
「ああ、まだ耳鳴りがすらぁ」
「ごめんね、スラム」
警察の追跡を振り切り、2人は車を市郊外の空港付近で乗り捨てた。
空港には、モンタナのケティ号よりも二回りは大きい双発の輸送機が、腹を開いて待機している。機体横には紋章らしいものが描かれ、個人所有の飛行機である事を物語っている。
スラムとスリムは、その飛行機の腹に消えた。
「遅い、遅いぞ、2人共!」
スラムとスリムは、同時に一歩退く。
ステッキを持った中年の紳士が、白いマントを翻し2人をやぶ睨みした。取り出した懐中時計の蓋を閉め、優雅に懐へとしまう。
「何分待たせるのだ。すぐに戻って来いと言った筈だ」
コツコツと神経質そうにステッキで客席の床を叩く。しかし、暖簾に腕押し、無駄な事に時間を費やすのが馬鹿らしくなり、紳士は「すぐ出発だ」と、スラムに操縦席を示した。
「行きますぜ、ボス!」
ふんと、紳士は鼻を鳴らす。
すらりとした長身に、黒い山高帽と白いマント、仕立てのよい上下のスーツは黒の上、コンビの靴という出で立ち。1930年代にあっても、紳士のこの服装はかなり古風なものだった。着こなしは悪くはないのだが、嫌味な程優雅な仕種をする。これでは、紳士の人を食ったキザな印象はぬぐいようもない。
スリムとスラムは、彼をボスと呼んでいた。ゼロ卿と呼ぶ事を許されているのは、ゼロ卿お抱えの自称天才科学者ニトロ博士、一人である。
機体腹のハッチを閉めると、輸送機はゆっくりと鈍重な動きを開始する。
機が離陸をしてから、ゼロ卿は客席でニトロ博士を呼んだ。
「何用ですかな、ゼロ卿」
白衣に袖を通した小太りの男が、髭をもじゃつかせて現れる。
「わかっている筈だ、ニトロ博士」
ゼロ卿はいらいらと、ステッキの頭を初老の科学者の顔前に寄せた。
「龍の短剣を調べて、もう何日になる?」
「そうは言われましても、その・・・」
「何だ」
「ですから・・・」
ニトロ博士が、持っていた黄金の短剣を鞘から抜いた。
白刃の輝きは目を奪う程で、鍔には雲龍文様が繊細な細工で描かれている。龍の目には、青い宝石が埋め込まれ、怪しい輝きを放っていた。
「刀身には文字らしいものもなく、鍔には龍、鞘の彫り物も植物の模様が描かれているだけですじゃ。本当にこれが手掛かりなんですかの」
「間違いない。私の情報網を疑うというのか?」
「ここまで何も出ないとなると・・・」
ニトロ博士が、蓄えた長い髭を揺らした。肩を竦めた途端、くたびれた白衣のポケットでドライバーが音を立てる。
「それにワシは科学者じゃ。謎解きなんぞ、ギルトの弟子共にでもやらせたらよかろうて」
聞きたくもない口答えに、ゼロ卿の頭へさっと血が昇った。しかし、ステッキを握り直したところで、それも妙案と一人納得する。
「・・・それはいい手だ、ニトロ博士」
ゼロ卿の手で、ステッキがパチンと鳴った。
「使い勝手のきかない科学者よりも、お節介な冒険者共に謎解きはしてもらおう。故宮で奴等が財宝を見つけ出した時がチャンスだ」
「使い勝手のきかない科学者だと? 科学者の苦労も知らないで・・・」
ニトロ博士が、口の中でもごもごとゼロ卿への不平を唱える。
「何か言ったか、ニトロ博士?」
「いえ、何も・・・」
両手を振り、ニトロ博士がお茶を濁した。
「さて、そうと決まれば、この龍の短剣を如何にしてギルトの弟子共に渡すかだが・・・、ただ渡すのでは芸がない」
ゼロ卿は、自慢のちょび髭を一擦りした。
「・・・いい手を思いついたぞ」
ひとりごちていたゼロ卿は、急に何を思いついたのか、立ち上がってマントを翻し操縦席に足を運んだ。
残されたニトロ博士が「御苦労の一言も言えんのか」と、一人憤慨する。
「スラム」ゼロ卿は、操縦桿を握るスラムに低く呼びかけた。
「はい、何でしょうボス?」
「奴等のオンボロ飛行艇を探し出して、上陸前に頭を押さえろ。きっと奴等はいつもの東回りで、中国に向かっている筈だ」
「わっかりやした!」
スラムが舌なめずりをし、さも楽しげに高度をとり始める。
「モンタナの野郎、思い知りやがれ・・・」
呪詛を唱えるその様子に、スリムが「今日は楽ちんな方だよね」と感想を添えた。メカ・ローバーの動力係が頻繁なので、操縦室詰めは仕事が少なく居残りたい程体が嬉しい。
「スリム、手持ち無沙汰でいい身分だな・・・」
ゼロ卿は、そんな呑気なスリムの背後に怪しい影を落とす。
「あ、あの・・・ボス・・・」
「お茶の支度だ、5分以内に!」
「は、はい! 只今!」
虫の居所を察し、慌ててスリムが客席に逃げた。
「ったく、気のきかない奴だ。どいつもこいつも・・・」
客席に睨みをきかせてから、ゼロ卿はステッキの先を手の平で受けパチンと鳴らす。
「お楽しみはこれからだ、ギルトの弟子共。北京に眠る西太后の財宝は、このゼロ卿が戴く。しっかりと働いてくれたまえ、このゼロ卿の為に・・・」
輸送機はケティ号を探しながら、ロンドン他数か所を経由しつつ中国へと向かった。しかし、モンタナが今回北極海経由の進路を選んだなど、ゼロ卿が知る筈もない。
一行は中国上空に入っても尚、ケティの影さえ捕らえる事ができなかった。
ケティ号が湖の端に着水したのは、現地時間で真夜中だった。人目につく事を恐れたモンタナが到着時間を逆算し千歳を出たのが、幸いしている。
周りを見渡しても、人家の明りはひとつもない。湖は静かで、ケティの揺れはほとんどなかった。
ここから北京までは、ほぼ20キロ。舗装もされていない陸路を、これからひたすら移動しなければならなくなる。
「これ以上飛行機で行く事はできません」
申し訳なさそうに、チャンが頭を垂れた。
「見つかれば、逮捕か」
「はい。今、反米意識がとても強いので、万一逮捕される事にでもなれば、もう帰国は難しいかと…」
「うひょーっ! そいつぁ、おっかねぇな」
エンジンを止め、モンタナは客席に向かう。後ろから、アルフレッドとチャンが続いた。
「これから歩きづめなら、今のうちに腹ごしらえといこうじゃないの」
モンタナはスパゲッティ用の鍋を用意し、ケティの外へ持ち出した。桟橋がないので、ブーツぎりぎりまで足が水に漬かる。
「これじゃあメリッサは、外に出るのが大変だ」
「えーっ!」と不平顔のメリッサを、モンタナは抱えて岸まで連れてゆく。
アルフレッドがいつもの鞄から乾燥スパゲッティを出すと、モンタナは湖のほとりに石を集める。石で作ったリングの中央に簡易コンロを据え付け、愛用のライターで火を入れた。こうしておけば、風に火が煽られる心配がない。
火番をアルフレッドに任せ、モンタナはチャンとランタンの明りを頼りに短剣の吟味にかかった。
「今まで1・2回、調べる機会はあったのですが、私の目では何も発見できませんでした」
「どれどれ・・・」
モンタナは、鳳凰の短剣を鞘から抜いてみた。刃の先に、ランタンの明りが鋭く映える。
「文字らしいものは、何処にもないな」
「はい」
刀身の調査を諦め、モンタナは次に鞘を逆さにして振ってみる。
「やっぱ、何も出てこないか・・・」
「それ、私に貸してくれない?」
モンタナが顔を上げると、綺麗に整えられたテーブルを背景に、メリッサがこちらを観察していた。
「いいけど、ホレ!」
モンタナはメリッサに鞘を差し出す。
「待って、今そっちに行くから」
メリッサはハイヒールで、でこぼこの地面をこちらに歩く。が、おぼつかない足取りに、モンタナがひやりとするものを覚える。
「俺の方から」と立ち上がった直後、悲鳴と共にメリッサの体勢が思いきり崩れた。
前のめりになったメリッサが、モンタナに向かって倒れ込んでくる。咄嗟にメリッサを抱き止めようとし、大きく両手を広げたが、上手くいかなかった。
メリッサはモンタナの右手にぶつかってくる。鞘が弾き飛ばされ、黄金の弧を描いて宙に舞う。
「メリッサ!」
慌ててモンタナは胸に飛び込んできたメリッサを抱き起こしたものの、彼女のスカートはすっかり砂にまみれていた。
「ああん、もうっ!」
「着替えるしかねぇよな、そこまで汚れちゃ」
ぱたぱたと服を叩くメリッサを横目に、モンタナは闇夜に解けた黄金の鞘を探し始める。
「着替えなんて・・・」と言いかけ、メリッサがケティ号に走って戻った。
モンチナはひとりごちる。「ありますよぉ、君のサファリ・ルックなら。洗濯屋から戻ってきた状態で、積んであるってば」
ランタンを掲げながら、モンタナは前進する。と、ランタンの光を弾く物体を砂の間に見出だした。
「あったぜ!」
モンタナは丁寧に砂を払い、黄金の鞘とランタンを手にチャンの隣へ座り直す。
「済まないな、チャンさん。ちょっと汚れちまったかもしれない」
チャンが鞘を受け取ると、チャンのみならずモンタナも驚いた。
「チャンさん、これ!」
「ええ!!」
モンタナは、ランタンの明りにもう一度鞘を翳してみた。
鞘は、刀の鍔とぶつかる部分の金具が外れ、下にあるなめし皮の部分が少しばかり、表面を飾る黄金の装飾部分から顔を覗かせている。ちょうど缶の中に敷きつめた防湿用の袋が缶の口からはみ出すように、二重になった鞘が、外側・内側と別々になりかけた状態で、モンタナの手の上にあった。
「チャンさん、なめし皮の表面に・・・」
チャンがモンタナに向かって、力強く頷く。モンタナは、慎重な手つきで、なめし皮だけそっと引っ張り出してみた。
袋状になったなめし皮の鞘に、ごちゃごちゃと何本もの線が描かれている。
「アルフレッド! アルフレッド! ちょっと来てくれ!」
火番のアルフレッドが鍋を揺する。
「スパゲッティができたばかりだよ!」
「そいつぁ後だ! 早く!」
「もしかして・・・何か見つけたんだね!」
火の消えた簡易コンロに鍋を戻し、アルフレッドが走り寄る。
「僕にも見せてよ」
アルフレッドが、ポケットから愛用の眼鏡を取り出した。
「ほら、これだ。なめし皮の表面に直線が沢山描かれている。こいつぁ装飾とは関係ねぇぞ。何かのしるしの可能性大だ」
「成程・・・」
アルフレッドが、なめし皮の鞘をそっと受取り眼鏡越しに吟味する。
「確かに・・・今までは、これを覆っていた黄金細工の紋様で、なめし皮にまで気が回らなかった。もしかしたら・・・或いはこの模様こそが宝の手掛かりかもしれない」
「だろぉ!」
発見者然として、モンタナはとても得意げだった。
「この模様を書き写してみる事にするよ。何かわかるかもしれない」
すっかり乗り気になったアルフレッドが、さっそく手帳にメモを始めようとする。
「おいおい! スパゲッティが茹で上がったんだろう? まずは食事にしようぜ。これから俺達は、20キロもの道程を歩いて北京まで行くんだぞ」
「あっそうか・・・」
モンタナは、後ろからアルフレッドとチャンの肩を押した。
「まずは腹ごしらえ、腹ごしらえ。なっ! チャンさんも、アルフレッド自慢のスパゲッティをどうぞ!」
アルフレッドとチャンが半ば強引に、メリッサの用意したテーブルへと招かれる。
まだ湯気の昇るスパゲッティを分けるのは、アルフレッド。汚れた服とハイヒールを脱いだメリッサもサファリ・ルックで食事に加わり、一同は暖かいイタリア料理に舌鼓を打ち、その夜もふけた。
「 故宮の東・西太后の財宝を追え! 」
第4章 短剣の謎
息せききって走って来たスラムが、スリムを路地裏に引き摺り込み殊の外どやしつけた。
「何で、ボーッと見送っちまうんだよ!」
「えー? だって・・・」
のんびりとしたスリムの返答は、要領を得ない。スリムの前でスラムがばりばりと頭を掻いた。
「だーっ! 全く、しょーがねぇな!」
2人は再び別れ、スリムが裏通りに隠れ通信機を取り出している間に、スラムは自動車をちょろまかしに行く。
気がすまないものの報告を怠る訳にもいかず、スリムは無線機で作戦が失敗した旨をゼロ卿に知らせる。
「この大馬鹿者めが!」
無線機がわめいた第一声は、スリムが予想した通りの罵声だった。
「チャンという男は、ギルトの弟子共と合流したというのか!?」
「そうだよ、ボス」
無線機がしばし沈黙した。
「それで奴等は何処に行った?」
「うーんとね、ちょっとわからない。車で逃げちゃったよ」
「車だと? 後を追わなかったのか!?」
「だって、モンタナがクラクションを・・・」
「だっても、あさってもない! 全くお前らは話にならん!」
「ごめんなさい。・・・どうします、ボス?」
無線機から、低く呟く男の声がする。
「奴等、一体何処へ行くというのだ。いや・・・おそらく、目的地は中国の筈だ。それしか考えられん。鳳凰の短剣一つを持って、北京に先回りしようというのか」
「ボス?」
「すぐに帰って来い。最早ボストンに用はないのだ」
「はーい!」
スイッチを切ってから、スリムが大きな溜め息を吐いた。怒られるのには慣れてしまったが、あの怒鳴り声を聞くと憂欝な気分になってしまう。首尾よく任された仕事がこなせればそもそも怒られやしないのだろうが、それができれば苦労はしない。
大通りから、クラクションの音がする。短く1回、2回、そして長く3回目。
「あ、スラムだ」
耳を押さえながら、スリムは盗難車両の助手席に大きな体を押し込んだ。
バックミラーに警察官が映っている。舌打ちをし、スラムが車のアクセルを踏んだ。
通行人と警官が、たちまち視界から消えた。スラムの運転はかなり荒っぽい。タイヤが軋む音を響かせながら、車はブロックの角という角を猛烈なスピードで擦り抜けてゆく。
「スリム、ボスは何て言ってた?」
前方を注意しながら、スラムが尋ねる。
暴走車を避けようと、2人連れの男女が路上で転倒するのがミラーに映った。スラムが口の端で笑う。
「ボスってば、すっごく怒ってたよ」
「やっぱりな」
「それから、すぐに戻ってこいって」
「また、こき使うつもりなんだろ。ボスは人使いが荒いからな」
「ねえねえ、スラムぅ」
「何だよ」
「オイラにも、それ、やらせて」
スラムが止める間もあらばこそ、スリムがクラクションに手を伸ばしてきた。
最初は短く鳴らすだけだったが、やがて面白くなって、かけた手を離さなくしてしまう。
2人の乗った盗難車は、サイレンのようにクラクションを鳴らしながらボストンの町を走り、人々の注目を浴びた。
「やかましいんだよ、スリム!」
「モンタナの真似」
「真似なんかしなくっていいんだ!」
「奴等、頭がいいよね。こうやってプップーって鳴らしながら逃げて行ったんだよ。オイラなんか、耳が痛くて動けなかったんだから」
「俺も耳が痛くて仕方がねぇよ!」
スラムが、無理矢理スリムの左手をクラクションからもぎ取った。
「ああ、まだ耳鳴りがすらぁ」
「ごめんね、スラム」
警察の追跡を振り切り、2人は車を市郊外の空港付近で乗り捨てた。
空港には、モンタナのケティ号よりも二回りは大きい双発の輸送機が、腹を開いて待機している。機体横には紋章らしいものが描かれ、個人所有の飛行機である事を物語っている。
スラムとスリムは、その飛行機の腹に消えた。
「遅い、遅いぞ、2人共!」
スラムとスリムは、同時に一歩退く。
ステッキを持った中年の紳士が、白いマントを翻し2人をやぶ睨みした。取り出した懐中時計の蓋を閉め、優雅に懐へとしまう。
「何分待たせるのだ。すぐに戻って来いと言った筈だ」
コツコツと神経質そうにステッキで客席の床を叩く。しかし、暖簾に腕押し、無駄な事に時間を費やすのが馬鹿らしくなり、紳士は「すぐ出発だ」と、スラムに操縦席を示した。
「行きますぜ、ボス!」
ふんと、紳士は鼻を鳴らす。
すらりとした長身に、黒い山高帽と白いマント、仕立てのよい上下のスーツは黒の上、コンビの靴という出で立ち。1930年代にあっても、紳士のこの服装はかなり古風なものだった。着こなしは悪くはないのだが、嫌味な程優雅な仕種をする。これでは、紳士の人を食ったキザな印象はぬぐいようもない。
スリムとスラムは、彼をボスと呼んでいた。ゼロ卿と呼ぶ事を許されているのは、ゼロ卿お抱えの自称天才科学者ニトロ博士、一人である。
機体腹のハッチを閉めると、輸送機はゆっくりと鈍重な動きを開始する。
機が離陸をしてから、ゼロ卿は客席でニトロ博士を呼んだ。
「何用ですかな、ゼロ卿」
白衣に袖を通した小太りの男が、髭をもじゃつかせて現れる。
「わかっている筈だ、ニトロ博士」
ゼロ卿はいらいらと、ステッキの頭を初老の科学者の顔前に寄せた。
「龍の短剣を調べて、もう何日になる?」
「そうは言われましても、その・・・」
「何だ」
「ですから・・・」
ニトロ博士が、持っていた黄金の短剣を鞘から抜いた。
白刃の輝きは目を奪う程で、鍔には雲龍文様が繊細な細工で描かれている。龍の目には、青い宝石が埋め込まれ、怪しい輝きを放っていた。
「刀身には文字らしいものもなく、鍔には龍、鞘の彫り物も植物の模様が描かれているだけですじゃ。本当にこれが手掛かりなんですかの」
「間違いない。私の情報網を疑うというのか?」
「ここまで何も出ないとなると・・・」
ニトロ博士が、蓄えた長い髭を揺らした。肩を竦めた途端、くたびれた白衣のポケットでドライバーが音を立てる。
「それにワシは科学者じゃ。謎解きなんぞ、ギルトの弟子共にでもやらせたらよかろうて」
聞きたくもない口答えに、ゼロ卿の頭へさっと血が昇った。しかし、ステッキを握り直したところで、それも妙案と一人納得する。
「・・・それはいい手だ、ニトロ博士」
ゼロ卿の手で、ステッキがパチンと鳴った。
「使い勝手のきかない科学者よりも、お節介な冒険者共に謎解きはしてもらおう。故宮で奴等が財宝を見つけ出した時がチャンスだ」
「使い勝手のきかない科学者だと? 科学者の苦労も知らないで・・・」
ニトロ博士が、口の中でもごもごとゼロ卿への不平を唱える。
「何か言ったか、ニトロ博士?」
「いえ、何も・・・」
両手を振り、ニトロ博士がお茶を濁した。
「さて、そうと決まれば、この龍の短剣を如何にしてギルトの弟子共に渡すかだが・・・、ただ渡すのでは芸がない」
ゼロ卿は、自慢のちょび髭を一擦りした。
「・・・いい手を思いついたぞ」
ひとりごちていたゼロ卿は、急に何を思いついたのか、立ち上がってマントを翻し操縦席に足を運んだ。
残されたニトロ博士が「御苦労の一言も言えんのか」と、一人憤慨する。
「スラム」ゼロ卿は、操縦桿を握るスラムに低く呼びかけた。
「はい、何でしょうボス?」
「奴等のオンボロ飛行艇を探し出して、上陸前に頭を押さえろ。きっと奴等はいつもの東回りで、中国に向かっている筈だ」
「わっかりやした!」
スラムが舌なめずりをし、さも楽しげに高度をとり始める。
「モンタナの野郎、思い知りやがれ・・・」
呪詛を唱えるその様子に、スリムが「今日は楽ちんな方だよね」と感想を添えた。メカ・ローバーの動力係が頻繁なので、操縦室詰めは仕事が少なく居残りたい程体が嬉しい。
「スリム、手持ち無沙汰でいい身分だな・・・」
ゼロ卿は、そんな呑気なスリムの背後に怪しい影を落とす。
「あ、あの・・・ボス・・・」
「お茶の支度だ、5分以内に!」
「は、はい! 只今!」
虫の居所を察し、慌ててスリムが客席に逃げた。
「ったく、気のきかない奴だ。どいつもこいつも・・・」
客席に睨みをきかせてから、ゼロ卿はステッキの先を手の平で受けパチンと鳴らす。
「お楽しみはこれからだ、ギルトの弟子共。北京に眠る西太后の財宝は、このゼロ卿が戴く。しっかりと働いてくれたまえ、このゼロ卿の為に・・・」
輸送機はケティ号を探しながら、ロンドン他数か所を経由しつつ中国へと向かった。しかし、モンタナが今回北極海経由の進路を選んだなど、ゼロ卿が知る筈もない。
一行は中国上空に入っても尚、ケティの影さえ捕らえる事ができなかった。
ケティ号が湖の端に着水したのは、現地時間で真夜中だった。人目につく事を恐れたモンタナが到着時間を逆算し千歳を出たのが、幸いしている。
周りを見渡しても、人家の明りはひとつもない。湖は静かで、ケティの揺れはほとんどなかった。
ここから北京までは、ほぼ20キロ。舗装もされていない陸路を、これからひたすら移動しなければならなくなる。
「これ以上飛行機で行く事はできません」
申し訳なさそうに、チャンが頭を垂れた。
「見つかれば、逮捕か」
「はい。今、反米意識がとても強いので、万一逮捕される事にでもなれば、もう帰国は難しいかと…」
「うひょーっ! そいつぁ、おっかねぇな」
エンジンを止め、モンタナは客席に向かう。後ろから、アルフレッドとチャンが続いた。
「これから歩きづめなら、今のうちに腹ごしらえといこうじゃないの」
モンタナはスパゲッティ用の鍋を用意し、ケティの外へ持ち出した。桟橋がないので、ブーツぎりぎりまで足が水に漬かる。
「これじゃあメリッサは、外に出るのが大変だ」
「えーっ!」と不平顔のメリッサを、モンタナは抱えて岸まで連れてゆく。
アルフレッドがいつもの鞄から乾燥スパゲッティを出すと、モンタナは湖のほとりに石を集める。石で作ったリングの中央に簡易コンロを据え付け、愛用のライターで火を入れた。こうしておけば、風に火が煽られる心配がない。
火番をアルフレッドに任せ、モンタナはチャンとランタンの明りを頼りに短剣の吟味にかかった。
「今まで1・2回、調べる機会はあったのですが、私の目では何も発見できませんでした」
「どれどれ・・・」
モンタナは、鳳凰の短剣を鞘から抜いてみた。刃の先に、ランタンの明りが鋭く映える。
「文字らしいものは、何処にもないな」
「はい」
刀身の調査を諦め、モンタナは次に鞘を逆さにして振ってみる。
「やっぱ、何も出てこないか・・・」
「それ、私に貸してくれない?」
モンタナが顔を上げると、綺麗に整えられたテーブルを背景に、メリッサがこちらを観察していた。
「いいけど、ホレ!」
モンタナはメリッサに鞘を差し出す。
「待って、今そっちに行くから」
メリッサはハイヒールで、でこぼこの地面をこちらに歩く。が、おぼつかない足取りに、モンタナがひやりとするものを覚える。
「俺の方から」と立ち上がった直後、悲鳴と共にメリッサの体勢が思いきり崩れた。
前のめりになったメリッサが、モンタナに向かって倒れ込んでくる。咄嗟にメリッサを抱き止めようとし、大きく両手を広げたが、上手くいかなかった。
メリッサはモンタナの右手にぶつかってくる。鞘が弾き飛ばされ、黄金の弧を描いて宙に舞う。
「メリッサ!」
慌ててモンタナは胸に飛び込んできたメリッサを抱き起こしたものの、彼女のスカートはすっかり砂にまみれていた。
「ああん、もうっ!」
「着替えるしかねぇよな、そこまで汚れちゃ」
ぱたぱたと服を叩くメリッサを横目に、モンタナは闇夜に解けた黄金の鞘を探し始める。
「着替えなんて・・・」と言いかけ、メリッサがケティ号に走って戻った。
モンチナはひとりごちる。「ありますよぉ、君のサファリ・ルックなら。洗濯屋から戻ってきた状態で、積んであるってば」
ランタンを掲げながら、モンタナは前進する。と、ランタンの光を弾く物体を砂の間に見出だした。
「あったぜ!」
モンタナは丁寧に砂を払い、黄金の鞘とランタンを手にチャンの隣へ座り直す。
「済まないな、チャンさん。ちょっと汚れちまったかもしれない」
チャンが鞘を受け取ると、チャンのみならずモンタナも驚いた。
「チャンさん、これ!」
「ええ!!」
モンタナは、ランタンの明りにもう一度鞘を翳してみた。
鞘は、刀の鍔とぶつかる部分の金具が外れ、下にあるなめし皮の部分が少しばかり、表面を飾る黄金の装飾部分から顔を覗かせている。ちょうど缶の中に敷きつめた防湿用の袋が缶の口からはみ出すように、二重になった鞘が、外側・内側と別々になりかけた状態で、モンタナの手の上にあった。
「チャンさん、なめし皮の表面に・・・」
チャンがモンタナに向かって、力強く頷く。モンタナは、慎重な手つきで、なめし皮だけそっと引っ張り出してみた。
袋状になったなめし皮の鞘に、ごちゃごちゃと何本もの線が描かれている。
「アルフレッド! アルフレッド! ちょっと来てくれ!」
火番のアルフレッドが鍋を揺する。
「スパゲッティができたばかりだよ!」
「そいつぁ後だ! 早く!」
「もしかして・・・何か見つけたんだね!」
火の消えた簡易コンロに鍋を戻し、アルフレッドが走り寄る。
「僕にも見せてよ」
アルフレッドが、ポケットから愛用の眼鏡を取り出した。
「ほら、これだ。なめし皮の表面に直線が沢山描かれている。こいつぁ装飾とは関係ねぇぞ。何かのしるしの可能性大だ」
「成程・・・」
アルフレッドが、なめし皮の鞘をそっと受取り眼鏡越しに吟味する。
「確かに・・・今までは、これを覆っていた黄金細工の紋様で、なめし皮にまで気が回らなかった。もしかしたら・・・或いはこの模様こそが宝の手掛かりかもしれない」
「だろぉ!」
発見者然として、モンタナはとても得意げだった。
「この模様を書き写してみる事にするよ。何かわかるかもしれない」
すっかり乗り気になったアルフレッドが、さっそく手帳にメモを始めようとする。
「おいおい! スパゲッティが茹で上がったんだろう? まずは食事にしようぜ。これから俺達は、20キロもの道程を歩いて北京まで行くんだぞ」
「あっそうか・・・」
モンタナは、後ろからアルフレッドとチャンの肩を押した。
「まずは腹ごしらえ、腹ごしらえ。なっ! チャンさんも、アルフレッド自慢のスパゲッティをどうぞ!」
アルフレッドとチャンが半ば強引に、メリッサの用意したテーブルへと招かれる。
まだ湯気の昇るスパゲッティを分けるのは、アルフレッド。汚れた服とハイヒールを脱いだメリッサもサファリ・ルックで食事に加わり、一同は暖かいイタリア料理に舌鼓を打ち、その夜もふけた。
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