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             『地平線の向こうへ』Interval4(1)


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カーテンを閉め切った、暗い土壁の部屋の中で。





「モンタナ、この単語はなんという意味ですか」
「ん?」

首をめぐらすと、そこにはくしゃくしゃになった紙切れのようなものを見つめているカシムが居た。
それに、モンタナは一瞬瞠目する。






「…それは」
「はい、モンタナの上着のポケットに入っていました。アメリカの新聞の記事ですよね」


にっこり、と笑い、カシムはモンタナを見上げた。
しかし、彼の強張った表情を見てしまい、その笑みはしぼんでしまう。



「…読んでは、いけませんでしたか」
「いんや…そうじゃないさ。貸してみろ」


困ったようなカシムの目に、彼は慌てて笑みを作った。そして、カシムの褐色の指が押さえていた単語を読んでやる。かさり、と乾いた紙の音がした。




「『engagement(婚約)』――結婚の約束、だな」
「アルバート氏とこの写真の女性、がですか」

訊かれ、彼はぐ、と唸って口を引き結ぶ。
それに、カシムはいよいよ訝しげに眉を寄せる。彼は暫し宙に視線を泳がせた後、搾り出すように息を吐いた。



「…似合いだろうぜ、名家のお嬢様と実業家」
「そうなんですか?」
「ああ」

言って、面倒くさそうに彼は手を振った。
カシムは暫く記事とモンタナの顔とを試すがめつ見比べていたが、やがてううん、と唸る。


「その人たちの相性もありますし、一概にはそういえないと思いますけど」
「…」
「大事なのは本人達の気持ちだと思います」






正論過ぎる正論。
幼さゆえか、何の衒いもなしに真面目に言うカシムに、彼の胸の底はぴり、と痛んだ。


たしかに、その通りなのだ。
その通り、なのであるが――









「……」






駄目だ。
どんどん自分が思考の泥沼に嵌っていくのを感じ、彼は頭を抱える。


ああ、格好悪い。悪すぎる。

結局、自分は馬鹿げた嫉妬とちっぽけな自尊心を守る為に、彼女から逃げ回っていただけなのだ。
その結果が、今回の事故。…情けなすぎることこの上ない。







どんなに、言い訳をつけて突っ張ってみても。
どんなに、逃げ回ってみても。

最終的に彼の心は、いまだ『恋』という悪魔の手の中で、何の解決もしていない。

こんな風に、何気ないカシムの言葉で不必要に苛立つ程。




事実――言い訳の仕様が無いほど、ふとしたことで彼女が頭に浮かぶ。





質素な部屋の隅に紅茶の缶を見つければ、いつぞや彼女が淹れていたものだ、と思い出す。
窓の隙間から入って来た砂を見れば、いつか砂漠で死にかけた時の事を連想する。

――情けないほどに。


…自分がここまで、どっぷりと泥沼に入り込んでいるとは思わなかった。







それでいて、ぐだぐだ慣れない理屈をこねてみた挙句、この様だ。
「彼女の為に」――そう、呪文の様に唱え続けていたのは、結局「自分の為に」という醜い思いを隠す為で。


この数週間の自分の所業の所為で、得たものは、額と左肩の怪我だけだった。

地位や、名誉や。
それ以前の問題で…自分は、自分が思っていたよりずっとちっぽけで、――馬鹿な男だったらしい。











あれから何日も経ち、ようやく冷えてきた頭で理解できてきたこと。
でも、――それは自分で認めるには、あまりに痛い事実でもあった。



























――――と。







「『いずれすべては砂の下』」
「?」
「Drタラールの口癖です」

言って、カシムはにこり、と笑った。










「確かに、先人は素晴らしい文明を築きあげ、富を得ました。…けれどどんな権力も金銀も、今では砂の下」




名誉より、金より。
誰にも恥じることなく胸を張って生きる。それに勝る宝は無い。










「だから、結局は、人間の心が一番大事だと、僕は思います」















真っ直ぐな、言葉。
まるで眩しい、空のような。

彼が焦がれて止まない――地平線の色。
























『いずれすべては砂の下』。
彼の苦手な、学術的で哲学的な色を帯びた言葉。
しかし、その言葉は、――彼にも理解できる気がした。




飛行機に乗っているとき、眼下の都市がまるでミニチュアのように見える。
N.Y.の自由の女神も、パリのエッフェル塔も、手に乗るような小ささで。

あの、世界の全ての色を集めた様な綺麗な空の上に居る時は、――人間の作り出したものなんて、酷くちっぽけなものに見える。

それでも、あの一つ一つの灯りに価値があると思えるのは、そこに人が住んでいるからだ。
そこに住む人間がどう生き、どう死んでいくか。
それが一見無機質な都市に、酷く美しい煌きを与えている。

























あの、――恐ろしいほど美しい、天と地の狭間の世界で見える煌き。




…いつか、野垂れ死にしそうになった砂漠で見たひかりの様な。


































「…――」







すとん、と。
何かがささくれ立った心の中に、落ちてきた気がした。






























「…そうか」




「モンタナ?」
「いんや…」

訝しげに首を傾げるカシムに、彼はようやく柔らかく微笑う。
それに、カシムも表情を緩めた。

カシムから記事を受け取り、彼は薄くその空色の目を細める。
彼は手の中のそれを一瞥すると、くしゃり、と丸めて、それをゴミ箱に投げ捨てた。












――久々に、彼はあの青い空の上に居る気がした。











 
 

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