『地平線の向こうへ』<11>
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「その質問にはお答えしかねますな、ゼロ卿」
粗末な土壁の屋敷の中で対面した、慇懃に微笑む褐色の肌を持つ壮年の男の言葉に、ゼロ卿は不愉快そうに眉を寄せた。
もともと彼は、商売人然、とした人間は好きでは無い。
あの手の人種は、知的探究心や芸術的な存在に意味を見出さず、しばしば損得勘定をすべての基準に考えるからだ。
そうでない人物も勿論居るだろうが、少なくともゼロ卿はそう思っていた。
目の前の男は、そういった彼の嫌いなタイプの男だった。
「答えかねるとはどういうことかね、ハシード村長」
「私は考古学的遺産に興味のある方は好きです。
わが村は、貴方様のような方を近隣の遺跡に案内することが、大きな収入源の一つなのですから」
「ならば、どうして」
「その土地の遺跡は、その土地の民のもの」
言って、ハシードと呼ばれた男は物柔らかに目を細める。
「我々は、それを管理する権利がある。あなた方にはその一端を公開しているだけ。
…当然、どれを直接お見せするか、というのも我々の判断ということです」
「…」
その慇懃無礼な態度に、彼は微かに鼻を鳴らし、唇を引き結ぶ。
コツコツ、と椅子の肘置きを神経質そうに人差し指で叩いた。
その様子を見、ハシードは肩をすくめ、笑う。それに、ゼロ卿はため息をついた。
「……まあ、我々を介して一部のみ、というのであれば話は別ですが」
「それも、収入源の一つですかな」
「ええ、そうです。先祖代々のね」
ゼロ卿の鋭い言葉に、彼は怯まず笑顔を崩さない。
狸め。
思って、ゼロ卿は舌打ちする。
「どうです?いい物をご紹介いたしますよ」
「…いや、結構」
息をつき、椅子の横に掛けておいたステッキを手に取り、彼は席を立った。
それに、ハシードは意外そうな表情になる。
「お帰りですか」
「ああ」
「それではお見送りを」
「結構だ」
「残念ですな。それでは、また今度、という事で」
気が変わるのを待っていますよ。
ハシードが背中にそう声を掛けるのを聞きながら、ゼロ卿は眉間に皺を寄せながらハシード家を出る。
その前には、一台の車が停まっていた。
「どうでしたか」
顔を出したのは、初老の眼鏡をかけた小太り男。
しかし、ゼロ卿の表情を見、今の交渉が決裂した事を知り、小さく肩をすくめた。
「しかし、なんでまた科学者の儂が運転手まがいのことをせにゃならんのですか。
…メカローバーの機器類点検がまだ終わっていないのですぞ」
「スリムとスラムがおらんのだ。仕方あるまい。そういえばあいつらの首尾は?」
「まだ連絡がきておりませんな」
ばたん、と乱暴にドアを閉め、ゼロ卿は更に渋面を深くする。
「やはりあの峡谷を虱潰しに探すしか無いようだ。メカローバーの調整を急げ」
「はっ」
内心、科学者の苦労も知らず勝手なことを、といつもの台詞をぼやいたニトロ博士だが、それを口には出さずにアクセルを踏み込んだ。
ぶるん、と大きな音を立て、車が発進する。
窓の外の先程まで居た土壁の粗末な屋敷をねめつけ、ゼロ卿はふん、と再び鼻を鳴らす。
「遺跡は我々の物、だと?」
ふざけるな。
「世界の考古学的遺産は、全て私のものだ」
呟き、彼は座り心地の良くないレンタカーのバックシートに背を預けた。
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