『地平線の向こうへ』<10>
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「おーい、こっちこっち!」
「アーメッド!」
翌日、降り立ったエジプトの空港で手を振っていたのは、小さな商売人アーメッドだった。
彼の姿を認め、アルフレッドはメリッサと共にそちらに歩いていく。彼も小走りに人の波を器用に掻き分け、彼らの元にやってきた。
「どうしたのさ、一体。急に車用意しておいてくれ、なんて。
今回もギルト博士の指令?…にしちゃあ、なんでケティで来てないんだよ?」
彼は開口一番当然、といえば当然の疑問を二人にぶつけてくる。
しかし、何から話していいものやら。
思って、アルフレッドは困ったように曖昧に微笑んだ。
「それが、…、いや、それより、人を探しているんだ。Dr.タラールって人物で…ここで待ち合わせているんだけど」
「医者?何でお医者が?」
「さあ…ギルト博士のレコードではその人に会えって」
ふうん、と頷き、アーメッドは辺りを見回す。それに伴い、アルフレッドも一通り、周辺に目を配る。
しかし、彼らを探しているようなめぼしい人物はどこにも見当たらない。
相手はギルト博士と連絡を取っているはずだ。当然、待ち合わせ相手のアルフレッドたちの特徴も聞いているはず。
なのに、彼らを探していそうな人物も、彼らの元にやってくる人物もどちらも見当たらない。
それに、アルフレッドは不思議そうな顔になった。
「うーん、困ったな。彼に会わないと」
「で?今回のお宝は一体なんなのさ!うう、わくわくするなあ」
「ああ…今回はお宝じゃないんだよ」
言って、アルフレッドは苦笑する。この小さな商売人は、何度も彼らの冒険についてきては自分の商売のタネにしようと狙っているのだ。
まあ、何度もその要領のよさと、エジプト周辺の地理の詳しさに助けられたこともあり、それを頭からとがめる事は出来ないのだが。
「え?じゃあなんなのさ?」
「なんでもその人がチェリ村の秘密を告発したいって――」
瞬間、アーメッドの笑顔が凍った。
「!」
「?アーメッド?」
「ちょ、ちょっちょっと二人ともこっち来て!!」
「きゃあ!」
「な、なんだい、一体!」
二人の抗議も聞かず、アーメッドは二人をずるずる、と手を引き、空港の隅に連れて行く。
それに、アルフレッドは大きくその目を見開いた。
「ちょ、ちょっと、Dr.タラールに会わないと――」
「とりあえずこっち!」
手を引く彼に、アルフレッドは慌ててアーメッドに声を掛ける。
しかし彼は有無を言わせぬ真剣な態度でアルフレッド達を引っ張っていった。
そして、人気のないことを確認し、アーメッドは二人に向き直り、声を潜めて話し出す。
「い、今チェリ村って言ったかい!?」
「うん、それがなにか――」
「あそこはやばいんだよ!いくらギルト博士の指令だって無茶だ!」
「?」
アーメッドの言葉に、彼らは思わず顔を見合わせる。それに、アーメッドは厳しい表情で二人を見た。
「どういうこと?」
「どうもこうも!あそこは――」
聞くメリッサに、アーメッドは大きく手を振り――
「まてっ!このクソガキっ!!」
「待つんだもんね!」
聞き覚えのありすぎる男たちの怒鳴り声に、彼らははっと顔を上げた。
その視線の先には、痩せ型と太目の二人の男に追い回されている、褐色の肌の少年の姿があった。
「――す、スリムとスラム!」
『~~~~!!』
アルフレッドの判らない現地の言葉で何事かを叫び、彼は必死でその小柄な身体を利用して人ごみを縫い、彼らの手から逃げようとしている。
「た、助けて、って言ってるよ!」
「な、なんとかしなきゃ」
「え、ええ!」
「二人とも、あっち!あの子を誘導してくるから、車宜しく!」
アーメッドが投げてよこしたキーを受け取り、アルフレッドはメリッサと二人、慌てて彼がの用意してくれていたレンタカーのある入り口を目指す。
そして、アーメッドは大急ぎで少年の元に駆けて行った。
『助けてやる!こっちだ!!』
『!』
現地語でそう叫び、アーメッドは少年に大きくこちら側へと手招きをする。
それに追い詰められかけ、絶望感が漂い始めていた少年の表情が、ぱっと明るくなった。
「あっ!アイツ前にもギルトの弟子どもと一緒に居た!」
「両方掴まえろ、スラム!」
スリムの言葉に頷き、スラムはその大きな腕をアーメッドの方に伸ばす。それを通行人の間に滑り込むよう、紙一重でアーメッドはかわした。
大体、ここは空港。小柄な少年たちの身体はごったがえす沢山のモノと人で紛れ、大人とはいえ、たった二人で掴まえるのは至難の業。
先刻からこの凸凹コンビが褐色の肌の少年を結構長い間追いかけているのも、その所為である。
『あの車に乗るぞ!友達の車だ!』
どうにかこうにかスリムとスラムの追撃を回避し、二人は空港の入り口までやってきた。
その向こうには、自分が手配しておいた青いバンが止めてあり、後部座席を空けて、中からメリッサが手招きをしている。
荷台に乗せた彼らの荷物と、運転席に着いてキーを回しているアルフレッドを見留め、アーメッドは車を目指して少年の手を引いた。
「急げ!」
「あーーーー!ギルトの弟子どもだもんねっ!!」
「ちっくしょう!よくも俺たちを騙しやがって!この上、チェリのお宝の手がかりまで掻っ攫っていかれてたまるか!!」
叫んで、スリムは手近にある観光客の台車着き荷物を奪い、アーメッドの方に投げつける。
荷物は弧を描き、勢い良く彼らの前を遮った。
「うわっ!」
「掴まえたもんね!!」
瞬間足を止めてしまい、スラムに少年の二の腕を掴まれる。その力の強さに、少年の足が宙に浮いた。
「離せ!」
「無駄だぜ!」
アーメッドがその足を蹴るも、子供の力ではびくともしない。
スリムはそれを見、安心したように笑い――
パコーン!!
刹那、景気のいい音がし、スラムの顔面にメリッサが投げた本がクリーンヒットした。
『二人とも!早く来なさい!!』
「メリッサさん、ナイスフォロー!!」
「ああっ、僕の本が!!」
「つべこべ言わないで!!車出しましょう!」
喜色満面で、アーメッドは顔の痛みに思わず手を離してしまったスラムから少年を奪回し、一目散に車の荷台に駆け上がった。
途端、車が急発進する。その勢いの良さに、彼らは思わず荷台に転がった。
「待てーーー!!」
背後で凸凹コンビが喚く声が聞こえる。しかし流石に相手が車には追いつけない。
彼らが遠ざかっていくのを見、アルフレッドは安心したように息をついた。
「…ああ、あの本最新刊だったのに」
「もう、今度弁償するから!…大丈夫?二人とも」
メリッサの言葉に、二人は肩で息をしながら頷いた。
そして、追いかけられていた少年は彼らをかわるがわる見、困惑したような顔になる。それを見留め、メリッサはにっこりと微笑んだ。
『ああ、私達は怪しいものではなくてよ。彼らを完全に撒いたら、家に連れて行ってあげるから』
「…どうも、ありがとうございました!」
彼女の言葉に安心したのだろう。表情を緩めた少年はカタコトの英語で礼を言い、ぺこり、と頭を下げる。
それに、彼らはきょとん、とした顔になった。
「あ、あんまり、早口では無理ですが、すこしなら」
「そっか。でもどうして君はあいつらに追いかけられてたんだい?」
当然といえば当然のアルフレッドの疑問。
しかし、それを聞いた少年の表情はやや曇るのを見、彼は目を瞬かせた。
「ねえ、僕は一介の考古学者だけどさ、できることがあれば力に――」
「…考古学者?」
「うん。紹介がまだだったね。僕は、アルフレッド・ジョーンズっていう考古学者で」
「!!」
「?どうしたの」
「――ジョーンズ博士ですか!?ギルト博士の弟子の!!」
突然の少年の言葉に、彼らは思わず息を呑む。
「あ、ああ。そうだよ」
「僕、あなたたち、まってました。――僕が、Dr.タラールの代理人です」
「ええっ!」
三人の驚いた声に、少年は一つ頷く。
そしてその黒い瞳で、彼らを真っ直ぐ見据えた。
「僕は、カシム。……チェリ村の人間。
――ジョーンズ博士、…Dr.タラールと、あの人を助けてください」
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