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寄せては返す潮騒よ
お前は一体何事に想いを馳せるのか
浮いては消えていく白泡よ
お前の心は何処かに留まる事を知らないのか









    漣
     漣
      漣















「どうかしたのかい?顔色が優れないようだが…」

ぼんやりと空を見ていたうららは、その声で我に返った。
視線を上げてみれば、声の主はいつも通りの照れくさそうな笑顔でそこに立っていた。
「君がこんなところで呆けているなんて、珍しいね。」
克哉はきょろりと辺りを見回す。
季節はずれで人影の全くない、黒く重たい波が打ち寄せるばかりの恵比寿海岸。
その冷え切って寒々とした砂浜に、うららは独り座り込んでいたのだ。
「そーいう周防兄こそ、こぉんなとこで何してんよぅ。仕事は?」
体育座りのまま、うららは克哉を見上げ尋ねた。
「僕かい、今日は非番でね、暇だったからぶらぶら散歩していたんだ。
そうしたら、偶然、君が座り込んでいるのを見つけてね。…隣、失礼。」
克哉はゆっくりとうららの隣に腰を降ろす。寂しい浜辺の影は二つになった。
「何してたんだい?考え事?」
答えに詰まり、うーん、とうららは唸り声を上げた。
「考えてたのか、考えてなかったのか、よくわかんないのよねぇ。」

なんとなく、ぼーっとしてただけだと思うわ。と、うららが笑う。
そうか。たまにそうしたい時もあるよね。と、克哉も笑い返した。
砂浜に並んで座り込んだまま、二人は言葉も交わすことなくぼんやりと海を眺めていたが、
ふいにポツリとうららが口を開いた。

「ねぇ、周防兄。」
いつもよりも低いそのトーン。克哉はうららに顔を向ける。
「うん?何かな?」
うららはちらりと克哉を横目で見てから、再び視線を海に戻し今度は先ほどよりも小さい声で呟く。
「周防兄ってさーぁ、マーヤのどこが好きなわけ?」
唐突な質問に最初はぽかんとしていた克哉だが、その顔は見る見るうちに赤く染まっていった。
「ななな何を!?」
動揺し呂律が上手く回らない克哉に目もくれず、うららは海を見つめながら続ける。
「ヒトってさぁ、どうしてヒトを好きになるのかしらね?どう思う?」
「…」
水平線。眩いばかりに光を帯びている。

「言葉では伝えきれないものって、どうしたら伝わるのかしら。」
「…」
貝殻。人知れず砂に埋もれている。

「ヒトの心って、まるで漣みたいじゃない?掴めそうで掴めない…。
寄せて返して、ほんの少し近づいたかと思えば手の内も見せないまま、また逃げていっちゃう。
捕らえたと思えば、それはただの水になっちゃって、さ。いつまでたっても、それ自体に届かない。」
「…」
うらら。膝に顔をうずめる。

「どんなに頑張っても、理解できない。手に入らない。…なんだか、悲しいわね。」
「…」
溜息。波の囁きと混じりあい、浜に融け消えた。




僅かに生じた沈黙を、潮風がゆっくりと遠くへ誘って行く。
ふ、克哉が見せた笑みは、それは酷く穏やかで。
「…嵯峨のことだね?」
顔を上げ、へへへと、困ったようにうららは笑った。
「ご名答。って言っても、アタシの悩みなんてたかが知れてるからすぐに分かっちゃうわよねぇ。」
うららはじいっと克哉を見詰める。
「で、マーヤのどこが好きなのかしら?」
尋ねられた青年の端正な顔はあっという間に茹でダコ状態に変わっていった。
「ど、どこって言われても…こ、困ったな。う、う~ん。」
克哉はお気に入りの赤いサングラスを何度も何度も指先で掛け直す。
「そうだな、あえて挙げるならいつでも前向きで、まっすぐで、強い信念を持っていて、
どんなときも自分を信じているあの性格…かな?」
真っ赤な顔を俯かせてもごもごと呟く克哉に、うららは吹き出した。
「あははは!周防兄ってば、か~わいぃのね!相も変わらず純情乙女なのか。」
けらけらと笑ううららに、克哉は違う意味で顔を赤らめる。
「せ、芹沢君!」
克哉の精一杯の非難に耳を貸すことも無く、うららは前を見つめる。


沈み始めた太陽のその赤みがうららと克哉をゆぅるりと染め上げてゆく。
「強い信念、前向き、まっすぐ、自分を信じてる…かぁ。
そうだね、マーヤって女のアタシから見ても素敵だって思うもの。ま、家事は出来ないけどさ。
でも…はは、周防兄が言ったのって当然ながら全部アイツには当てはまらないわねぇ。おっかしぃの!」
うららはひとしきり笑い、最期に小さなため息を付いた。
目線を克哉に向ける。
「周防兄ってさ、なんかいいよね…。安心できるカンジするもん。」
「…芹沢君、嵯峨と何かあったのか?」
心配そうに自分を見る克哉の問いにうららは笑みだけを返す。
「きっと、あなたならマーヤを幸せにしてくれると思える。」
再び克哉はタコ星人になった。
あははは、本当にかわいい!と声を上げながらうららは立ち上がった。そして波打ち際まで走り出す。
「周防さん。聞いてくれる?」
ばしゃり、波を蹴り上げる。
黒いブーツと針樅色のスカートはたちまちの内に水を吸い込みその色を重く変える。
「アタシの予定ではさーぁ、25までにお金持ちでルックス良くって優しい、
性格も2重丸の完璧イイ男と結婚しててぇ。」
ばしゃり、飛沫が上がる。克哉は立ち上がる。
「家事上手の奥さんになって数年後にはかわいい子供が3人の、
誰もがうらやむような幸せな家庭築き上げるつもりだったのよぅ。なのにね。」
ばしゃり、雫が光をはじく。克哉はうららに近づく。
「あーあ!アタシったら、なんであ~んな男に惚れちゃたのかなぁ。」
蹴り上げる足を止める。克哉は近付く足を止める。
「パオのばっかやろぉ!」
腕を組み、ただ黙って克哉はその姿を見つめていた。


息を付いたのか、うららの肩から力が抜ける。そして、背を向けたまま呟いた。
「ゆらゆらゆら。あてなくタユタウ白波よ……。ねぇ、周防さん。
止まることを知らない漣は、ひと時でも心が休まるときはあるのかしら。
絶えず揺れ動く漣は、自分以外のものに目を向けることは無理なのかしらね。」
じゃりじゃりと砂を踏みしだく足音をさせながら克哉はうららに近付いていった。
「僕は…僕が口出ししていいような事ではないけれど、でも少なくとも―――」
小さな低いエンジン音が響く。克哉はうららの肩を叩いた。
「少なくとも、君の目の前に寄せてくる波は、君を気にかけているさ。
…ほら、どうやらお迎えみたいだよ?」
うららが振り返り、克哉の指差した先――停車した白いクラウンから長髪の黒いシャツの男が一人、
のそりと降りて来るのを見て、うららは目を丸くした。
「共鳴切ってたのに何でここが分かったんだろ?」
「…そうだね、どうしてだろうか?」
克哉のその一言で、うららは何もかもを理解した。
「周防さん。」
「ん?」
「ありがと。」
























「それじゃあ、また。」
克哉は振り返ることなく右手だけを上げ、そして赤く染まった砂浜を去ってゆく。
「ひゅ~。カッコイイ♪」
口笛を吹きながらうららは克哉の背中を見送る。
『本当に周防さんていい人よねぇ』
『でも、あの性格が災いして恋愛が上手くいかないんだろうな』
『器用貧乏、か…』
ふふと、うららは小さく笑った。
と、自分の名を呼ぶ声にうららは振り返る。
「あーい?」
「帰るぞ。俺は腹が減ったんだ。」
「はーい、今行くわよぅ!」
自分を待っている男の元へ、うららは砂に足を取られながらぽてぽてと走る。
「早くしろ。」
「あー!待ってよぅ。砂浜は走りにくいんだから!」
不機嫌そうな男の声と、嬉しそうなうららの声が響き渡る。


バルル…
やがて、エンジン音が鳴り響き、それは遠ざかって行った。








誰もいなくなり、静かになった海には、潮騒のざわめきだけが取り残された。

ザ…ン ザ…ザザ…ン
















寄せては返す潮騒よ
浮いては消えていく白泡よ
お前の想い馳せる先が 私であることを願いながら
その脆く儚い心が 私の内に留まることを願いながら
今日も私はお前を待ち続けている
この手を伸ばし続けている

その幸せを 祈りながら





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