「ねぇ、アタシ、 ブス? 」
うららは盛大に絡んでいる。それはもう、形振り構わず目の前の男に絡んでいる。目元をほんのりと紅色に染め、グロスと口紅で艶やかに彩った唇をうっすらと綻ばせ… た事まではいいのだが、後がいけない。目は胡乱だし息はすっかりバーボン臭だ。
「…おい、おめぇはもうちっと静かに酒が呑めねぇのかぃ…」
一方絡まれた男は呆れ顔だ。今更この女(と、とある刑事)の酒癖の悪さに驚きやしないが、そもそもが男は”酒は静かに呑みたい派”なのである。寧ろ驚きなのは、それにも関わらずこうして付き合ってやっている自分の人の良さだ。
「いーから答えてよぅっ! アタシはブスですかーーっ!!」
猪木じゃあるまい、何だぃそのでけぇ声は…。男は聞こえない振りをして(それにしては耳を劈かん許りの音量だが)今一度グラスを傾ける。 …男は正直、孤独と酒の似合うダンディーキャラだと自負している。と云うかそれ以外のキャラの自分など到底許し難い程だ。にも関わらず、あの戦いを共に潜り抜けた仲間達と居るとどうにも調子が外れてしまう。彼等と居ると男は要らぬ心配をさせられたり要らぬ面倒を見なければならなくなる。その筆頭例がこの女…芹沢うららである。うららは事件後も男の傍らに在ったけれど、だからと言ってでは彼女が男同様闇の似合う妖しい女になったかと言われれば…
「…お見合いパーティー行って来たの… もう、五回目よ五回目!三度目の正直だって嘘だったわよ!そしたらさー、なんかちょっとソリマチ風のイケメンがいてさー…アタシ、ターゲットロックオンしたの!したわけ!そしたら向こうから話し掛けて来て!今度こそ鯛を釣り上げた!?って喜んじゃったわよぅ!なのに信じられる!?そいつ、よりにもよって 「お連れの方は今どちらに?」 だって!マーヤよマーヤ!!ありえる!?!?」
…否、だ。
喚くなよ…と思いつつも、そう云った類の台詞が火に油を注ぐのは目に見えているので”黙る”と云う事を知った男だ。要するに男はうららを始めとする仲間達に出会い、忍耐を知ったのだろう。…喜ばしいかどうかは別として。
「ちょっとー!パオ!!聞いてんの!?」
男、パオフゥは、聊かうんざりとしながらうららの前にチョコレートボンボンの乗った皿を差し出した。煩い口は塞ぐに限る。普段ダイエットだ何だと騒ぐ女ほど、実際は食に貪欲なものなのだ。うららは普段なら「減量中」と口にしないチョコレートの包み紙をあっさり解いた。酒が入っているから箍が緩んでいるのだ。ひょいっと口に含んでしまえば暫くの間は静かになる。此処はパオフゥの戦略勝ちと云った処だろう。
「 …もごもご… …タシはさー、だから考えたわけよ… もご。 …て言うかお見合いパーティーなんてさー。やっぱ、 んぐ やっぱ見てくれから入るわけじゃん?あさはかよね、あさはか。 もぐ、 でもさー、やっぱマーヤばっかり声かけられるの考えると、アタシブスなんかなーってさー… そりゃー超美人なんて思ってないけど普通?人並み?くらいはさーって思ってたんだけどさー。なーんかエリーちゃんとか達哉君とか周防兄とかさー、あーゆーの見ちゃうとアタシすっごいブスなのかなーとか思っちゃって」
止め処ない。
パオフゥは酒の入ったグラスを傾けながら、俺もヤキが回ったもんだと考えている。結局それでもパオフゥはうららと人を探すし、得た報酬で同じ皿の物を食う。惰性とは思っていない。パオフゥはきちんと分別の付く男だから、敢えてそう云う日常を選択しているのである。このやかましい一人の女と、やかましい毎日を送る事を選んでいるのだ。
「喋るか食うかどっちかにしな。」
するりと気付かれぬようにうららの手元からグラスを奪う。このままでは明日も頭が痛いだ何だと騒がれ兼ねない。うららがもう一粒チョコレートを口に運び、消沈したように俯いたまま目元を拭う。そんな仕草を煩わしいと思いながらも許せるようになったのは、パオフゥが彼女によって変質しつつあるからだ。
どうしてこいつぁ目先にばっかり走りやがるか。
パオフゥはうららの涙には気付かない振りをして、溜め息混じりにグラスを傾ける。
「…ま、美人たぁ言えねぇが、愛嬌はあるんじゃねぇか?」
うららは何も答えなかった。
たまさか薮蛇だったかと恐る恐る横を向くと、うららはチョコレートを含みながらすっかり眠りこけていた。口元から零れそうなチョコレートを親指で拭ってやりながら、パオフゥは今度こそ呆れて盛大な溜め息を吐いた。
ぐしゃぐしゃと掻き回してやった髪の毛先は、彼女の心同様酷く傷付いていた。
「 …ってな訳でさぁ~… そのソリマチ風の男は、あんたを探してたわけよ。マーヤ!」
「ん~~、だってトイレ行きたかったの。そしたら仕事の電話入っちゃったしね~」
「ね~、じゃないわよ!アタシ、あんたの為を思ってお見合いパーティー申し込んだんだかんね!?」
「…でもうららだってめかし込んで来てた癖に」
「う゛っ… そ、それはっ お、女は何時だって女なのよっ つうかトイレとか言うなっ!」
「で? パオフゥに慰めて貰ったんだ?」
つん、と居酒屋のテーブルの上で茶化すように手を突付かれて、うららは一気に赤面した。ルナパレス港南を引き払ってしまったうららは、今やパオフゥと半同棲状態である。勿論うららは”仕事で便利だからでしょ”と照れ隠しに意地を張ってはいるが、実際のところはパオフゥが認めてさえくれるなら同棲と言いたくてしょうがない事など誰より舞耶が知っている。基本的にうららは”女の子”なのだ。多少年を取って譲れない意地が出来てしまってはいるが、矢張り恋に憧れ溺れてしまうような側面を持っている。舞耶はうららのそんな純粋さが好きだ。とても可愛いと思う。もっと素直になればいいのにな、と、大切な友人を見て思う。
「慰めて…っつか、 いやちょっと待てよ? あいつ、あたしがブスって事、否定しなかった気がするわ… 」
「…えぇ? そんな事聞いたわけ??」
「う… …だって、アタシ、声かけられるの少ないしさー…」
ほっけの塩焼きを摘みながら、うららは浮かない顔をする。
うららの欠点は否定して欲しいが為に自虐する事である。時によってそれは己を貶める。パオフゥもだから何も言わぬのだろう。あんな顔して優しいんだから、と、舞耶はパオフゥがどんな顔をしていたかを想像して笑ってしまう。…仏頂面の癖に眉だけちょっとハの字かな?クールな男もうららの前では形無しである。それをうららももうちょっと自覚してあげればいいのに。
「こ~ら、 うらら、後でパオフゥに謝るんだぞっ」
「…はぁ!?アタシが!? なんであいつに謝んなきゃなんないのさ!」
「だってぇ… じゃあうららは、パオフゥがお見合いしたらどうするの??」
マスカット味のチューハイは、甘ったるい癖にやっぱりお酒の匂いがする。うららにとって今では酒はパオフゥの匂いだ。「あいつがお見合い?似合わなーっ」なんて明るく茶化しながらでも、矢張り嬉しい気分じゃないのだ。
「ほら。やな気分。 パオフゥも同じだったと思うよ?」
うららは黙って俯いてしまう。
「…でも、アタシとあいつじゃきっと違うし」
けれど舞耶はそんなうららが可愛くて可愛くて、思わずぎゅっと抱き締めてしまった。本当に素直じゃないのだ。この親友は。
「うらら、かわい~~っ」
「あ、こらっ マーヤ! 」
照れているのか、真っ赤になった目尻を突付く。
「本当は、話を聞いて欲しいの、私じゃないんでしょ?」
うららは驚いたように目を丸く見開いた。本当は泣き虫なうららが、今は誰の胸で泣きたいのかを知らない舞耶ではないのである。
困ったように黙った後、うららはそわそわと時計を気にし、携帯電話をチェックした。
「ご、ごめんねマーヤ。あたしちょっと」
うららが遂にそう言い出すまでの五分間。
舞耶は何だかくすぐったい気持ちで親友の綺麗な横顔を眺めていた。
うららは盛大に絡んでいる。それはもう、形振り構わず目の前の男に絡んでいる。目元をほんのりと紅色に染め、グロスと口紅で艶やかに彩った唇をうっすらと綻ばせ… た事まではいいのだが、後がいけない。目は胡乱だし息はすっかりバーボン臭だ。
「…おい、おめぇはもうちっと静かに酒が呑めねぇのかぃ…」
一方絡まれた男は呆れ顔だ。今更この女(と、とある刑事)の酒癖の悪さに驚きやしないが、そもそもが男は”酒は静かに呑みたい派”なのである。寧ろ驚きなのは、それにも関わらずこうして付き合ってやっている自分の人の良さだ。
「いーから答えてよぅっ! アタシはブスですかーーっ!!」
猪木じゃあるまい、何だぃそのでけぇ声は…。男は聞こえない振りをして(それにしては耳を劈かん許りの音量だが)今一度グラスを傾ける。 …男は正直、孤独と酒の似合うダンディーキャラだと自負している。と云うかそれ以外のキャラの自分など到底許し難い程だ。にも関わらず、あの戦いを共に潜り抜けた仲間達と居るとどうにも調子が外れてしまう。彼等と居ると男は要らぬ心配をさせられたり要らぬ面倒を見なければならなくなる。その筆頭例がこの女…芹沢うららである。うららは事件後も男の傍らに在ったけれど、だからと言ってでは彼女が男同様闇の似合う妖しい女になったかと言われれば…
「…お見合いパーティー行って来たの… もう、五回目よ五回目!三度目の正直だって嘘だったわよ!そしたらさー、なんかちょっとソリマチ風のイケメンがいてさー…アタシ、ターゲットロックオンしたの!したわけ!そしたら向こうから話し掛けて来て!今度こそ鯛を釣り上げた!?って喜んじゃったわよぅ!なのに信じられる!?そいつ、よりにもよって 「お連れの方は今どちらに?」 だって!マーヤよマーヤ!!ありえる!?!?」
…否、だ。
喚くなよ…と思いつつも、そう云った類の台詞が火に油を注ぐのは目に見えているので”黙る”と云う事を知った男だ。要するに男はうららを始めとする仲間達に出会い、忍耐を知ったのだろう。…喜ばしいかどうかは別として。
「ちょっとー!パオ!!聞いてんの!?」
男、パオフゥは、聊かうんざりとしながらうららの前にチョコレートボンボンの乗った皿を差し出した。煩い口は塞ぐに限る。普段ダイエットだ何だと騒ぐ女ほど、実際は食に貪欲なものなのだ。うららは普段なら「減量中」と口にしないチョコレートの包み紙をあっさり解いた。酒が入っているから箍が緩んでいるのだ。ひょいっと口に含んでしまえば暫くの間は静かになる。此処はパオフゥの戦略勝ちと云った処だろう。
「 …もごもご… …タシはさー、だから考えたわけよ… もご。 …て言うかお見合いパーティーなんてさー。やっぱ、 んぐ やっぱ見てくれから入るわけじゃん?あさはかよね、あさはか。 もぐ、 でもさー、やっぱマーヤばっかり声かけられるの考えると、アタシブスなんかなーってさー… そりゃー超美人なんて思ってないけど普通?人並み?くらいはさーって思ってたんだけどさー。なーんかエリーちゃんとか達哉君とか周防兄とかさー、あーゆーの見ちゃうとアタシすっごいブスなのかなーとか思っちゃって」
止め処ない。
パオフゥは酒の入ったグラスを傾けながら、俺もヤキが回ったもんだと考えている。結局それでもパオフゥはうららと人を探すし、得た報酬で同じ皿の物を食う。惰性とは思っていない。パオフゥはきちんと分別の付く男だから、敢えてそう云う日常を選択しているのである。このやかましい一人の女と、やかましい毎日を送る事を選んでいるのだ。
「喋るか食うかどっちかにしな。」
するりと気付かれぬようにうららの手元からグラスを奪う。このままでは明日も頭が痛いだ何だと騒がれ兼ねない。うららがもう一粒チョコレートを口に運び、消沈したように俯いたまま目元を拭う。そんな仕草を煩わしいと思いながらも許せるようになったのは、パオフゥが彼女によって変質しつつあるからだ。
どうしてこいつぁ目先にばっかり走りやがるか。
パオフゥはうららの涙には気付かない振りをして、溜め息混じりにグラスを傾ける。
「…ま、美人たぁ言えねぇが、愛嬌はあるんじゃねぇか?」
うららは何も答えなかった。
たまさか薮蛇だったかと恐る恐る横を向くと、うららはチョコレートを含みながらすっかり眠りこけていた。口元から零れそうなチョコレートを親指で拭ってやりながら、パオフゥは今度こそ呆れて盛大な溜め息を吐いた。
ぐしゃぐしゃと掻き回してやった髪の毛先は、彼女の心同様酷く傷付いていた。
「 …ってな訳でさぁ~… そのソリマチ風の男は、あんたを探してたわけよ。マーヤ!」
「ん~~、だってトイレ行きたかったの。そしたら仕事の電話入っちゃったしね~」
「ね~、じゃないわよ!アタシ、あんたの為を思ってお見合いパーティー申し込んだんだかんね!?」
「…でもうららだってめかし込んで来てた癖に」
「う゛っ… そ、それはっ お、女は何時だって女なのよっ つうかトイレとか言うなっ!」
「で? パオフゥに慰めて貰ったんだ?」
つん、と居酒屋のテーブルの上で茶化すように手を突付かれて、うららは一気に赤面した。ルナパレス港南を引き払ってしまったうららは、今やパオフゥと半同棲状態である。勿論うららは”仕事で便利だからでしょ”と照れ隠しに意地を張ってはいるが、実際のところはパオフゥが認めてさえくれるなら同棲と言いたくてしょうがない事など誰より舞耶が知っている。基本的にうららは”女の子”なのだ。多少年を取って譲れない意地が出来てしまってはいるが、矢張り恋に憧れ溺れてしまうような側面を持っている。舞耶はうららのそんな純粋さが好きだ。とても可愛いと思う。もっと素直になればいいのにな、と、大切な友人を見て思う。
「慰めて…っつか、 いやちょっと待てよ? あいつ、あたしがブスって事、否定しなかった気がするわ… 」
「…えぇ? そんな事聞いたわけ??」
「う… …だって、アタシ、声かけられるの少ないしさー…」
ほっけの塩焼きを摘みながら、うららは浮かない顔をする。
うららの欠点は否定して欲しいが為に自虐する事である。時によってそれは己を貶める。パオフゥもだから何も言わぬのだろう。あんな顔して優しいんだから、と、舞耶はパオフゥがどんな顔をしていたかを想像して笑ってしまう。…仏頂面の癖に眉だけちょっとハの字かな?クールな男もうららの前では形無しである。それをうららももうちょっと自覚してあげればいいのに。
「こ~ら、 うらら、後でパオフゥに謝るんだぞっ」
「…はぁ!?アタシが!? なんであいつに謝んなきゃなんないのさ!」
「だってぇ… じゃあうららは、パオフゥがお見合いしたらどうするの??」
マスカット味のチューハイは、甘ったるい癖にやっぱりお酒の匂いがする。うららにとって今では酒はパオフゥの匂いだ。「あいつがお見合い?似合わなーっ」なんて明るく茶化しながらでも、矢張り嬉しい気分じゃないのだ。
「ほら。やな気分。 パオフゥも同じだったと思うよ?」
うららは黙って俯いてしまう。
「…でも、アタシとあいつじゃきっと違うし」
けれど舞耶はそんなうららが可愛くて可愛くて、思わずぎゅっと抱き締めてしまった。本当に素直じゃないのだ。この親友は。
「うらら、かわい~~っ」
「あ、こらっ マーヤ! 」
照れているのか、真っ赤になった目尻を突付く。
「本当は、話を聞いて欲しいの、私じゃないんでしょ?」
うららは驚いたように目を丸く見開いた。本当は泣き虫なうららが、今は誰の胸で泣きたいのかを知らない舞耶ではないのである。
困ったように黙った後、うららはそわそわと時計を気にし、携帯電話をチェックした。
「ご、ごめんねマーヤ。あたしちょっと」
うららが遂にそう言い出すまでの五分間。
舞耶は何だかくすぐったい気持ちで親友の綺麗な横顔を眺めていた。
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