『地平線の向こうへ』<2>
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「ねえ、言いたくないけどさ」
「じゃあ言うな」
見も蓋も無いモンタナの言葉に、アルフレッドは一瞬閉口した。
「モンタナ、あのさ」
「言いたくないんだろ?」
いつものケティの機内。
アルフレッドは操縦桿を握っているモンタナの答えに、ややむっとした顔になる。
「モンタナ」
「…ワリィ、冗談だ。何だ?」
彼の強張った声に、流石に言いすぎたと思ったのか、モンタナは前を向いたままそう言った。
それにアルフレッドも大きくため息をつく。
「…最近、なにかあった?」
「んあ?」
「何かおかしいよ、モンタナ」
「そんなことねぇさ」
そして、また大きなため息。
…この従兄弟には絡め手は無駄らしい。アルフレッドは単刀直入な聞き方へ切り替える。
「最近いつもに輪をかけて家に居つかないよね」
「――」
「一週間、いや3日も続けて家にいないじゃないか」
そう、最近彼はゆっくりと家にいる機会が少なくなっていた。
仕事だのなんだの、と理由をつけて、数日も間を置かない内に、ケティでどこかへ旅立ってしまうのである。
最初のうちは気にしすぎかと思っていた。彼が飛行機馬鹿なことは周知の事実なのだし。
しかし、最近のあまりに顕著な行動に、周囲もようやっとおかしい、と気付き始めた。
今彼は、家のベッドで眠るよりも、ケティの機内にいることのほうが多くなってしまったのではないだろうか。
いつ何処にいるかも判らなくなってしまった為、彼を捕まえるのすら困難になってしまったほど。風来坊的な素養は今までにも有ったにせよ、これでは酷すぎる。
普段から口喧しく心配をしているアガサはもちろん、彼の性質のよき理解者であるアルフレッドでさえ、違和感を覚えるほどだ。
今回も、ギルト博士の指令、ということで、やっと無線で連絡を取り付け、同行させることができたのだが。
「生活費なら出先で色々稼いでるから心配するなよ」
「そうじゃない、モンタナ。僕は君の体を心配してるんだよ」
そんな生活続けたら体が持たない。
言ってアルは眉を寄せた。
いくら飛行機が好きだといっても、操縦には自動車の運転以上の精神的・肉体的な負担が掛かる。どんなに忙しい旅客航空機のパイロットでも、もっと休んでいるだろう。
それをほぼ休みなしで何週間も続ければ、どうなるか。
「ああ、ありがとな…判ってるって」
しかし、返ってくるのは生返事だけ。アルフレッドは思わず天を仰いだ。
大体、彼がおかしくなった原因は、なんとなく判っている。
賭けても良い――十中八九、メリッサだ。
アルフレッドは、この昔から『飛行機が恋人』と言って憚らない従兄弟が彼女に惹かれているのは以前から気付いていた。
同時に――メリッサも。
いろいろ問題はあるにせよ、割れ鍋に閉じ蓋、といった感でお似合いだともおもったし、なにより二人とも大好きな友人だ。彼らには幸せになって欲しい、とも思っている。
だが、現在彼等はかなりどうもぎくしゃくしているようなのだ。
そういえば、あのパーティの後メリッサとは会っていない。
いつも取材で出張していないなら、一週間に一度は必ず店に顔を出すのに。
…まさかあの新聞記事が尾を引いてるんじゃないよな?
思って、アルフレッドは困ったように顔へ片手を遣る。
パーティの日にメリッサが来る前、常連客が持ってきた新聞。
いつも家はメリッサが勤めている『ボストン紙』を購入しているのだが、それとは違う別会社のものを持ってきたのだ。
まあ、『ボストン』よりも大分格が落ちる、三流新聞ではあったが。
『よくこの店に来てる娘さん!この方じゃないのかね?』
それは、新聞の社交欄で。ソーン家のお嬢様でもある彼女の記事が載っていた。
だが、記事の内容が、あまり宜しいものではなくて。
いや、世間一般から見れば特に問題のある記事ではなかっただろう。――単なる、とある実業家との婚約報道だったのだから。
もちろん、実際は単なる噂で。
後からそれを見たメリッサ曰く、「食事に何度か誘われただけよ。しかもちゃんと丁寧にお断りしたわ」らしい。
しかし、ゴシップを売りにしているその新聞は火の無いところに煙を立たせるのが仕事のようなもの。
…きっちりそれは記事にされ、結果彼らの目に触れることと相成ったのである。
だが、――そこからが問題だったのだ。
『そんな風に書かれるって事は、満更でもなかったんじゃねえのか?』
このモンタナの大馬鹿――少なくともその場に居たアルフレッドとアガサはそう思った――発言に、メリッサが激怒。
それに彼も一見口調はからかっているようだがキツイ言葉で応酬。
結果、パーティに似つかわしくない、呆れた口論に突入した、というわけだ。
あの後何があったかは知らないが、ちゃんと二人が戻ってきたからには、てっきり仲直りしたと思っていたのに。
「…とにかくさ、暫くでいいからこれが終わった後は家に居てよ。ママも2~3日なら店の手伝いしなくて良いって言ってたし」
「…ああ」
やはり生返事のモンタナに、彼は本日何度目になったか判らないため息を付く。
全く、本当にどうしてしまったのか。
普段とは全く様子の違ってしまったこの愛すべき従兄弟に、何がしてやれるかさっぱり見当のつかないアルフレッドは困りきって頭を抱える。
しかし、彼の学術的に明晰な頭脳も、今回ばかりはものの役にたたなかった。
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