◆追う理由◆
「パパ」から「父さん」から「親父」へと。
変わり行く呼び名は時の流れこそ意味してはいたが、いつだって父親の存在を認めていた。
だがもう俺はアンタの事をそうは呼ばない。
赤い軍服を着た背中は相変わらずでかく、威圧感を保っていた。
机へと向かうその総帥の背中を見ていれば、これからの己の起こそうとしてる行動に躊躇を覚えた。
(別に大した事しようってんじゃねーだろ。何、緊張してンだ……。)
だけど、これは俺なりのけじめだ。
アンタへの俺からの気持ちだ。
(……よし。)
拳を握りしめれば、その背中に近づく。
「……マジック。」
その男の名を初めて呼んだ声は、決心とは裏腹に控え目に紡がれた。
しかし返事は返ってこない。
もう一度、その名を呼ぼうと口を開く。
「あれ?」
だが、振り返ったその男によってそれは果たされずに終わる。
「シンタロー、来ていたのか。」
ようやく気付いたようなその声に、拍子抜けして眉をしかめる。
「どうかしたのかい?今、パパは」
「なんでもねーよッ!」
男の声を遮るように怒鳴りつけ、後は何も述べずに背中を向ける。
「シンタロー?」
聞こえないとばかりにその場を走り去る。
(チクショー……)
マジックを父親を意味する以外の呼び名で呼んだ初めての夜だった。
いつからか口癖になっていたその言葉をお前は何回聞いたのだろうか。
『パパだよ』
私は怖かったのかもしれないね。いつかお前が私を父親と認めくなるのが。
だからそれを阻止したくて何度も何度も唱えたんだ。
『パパだよ』
呪文のようにその名を植え付けた。
だけどそれだけじゃ阻止できないのだって本当はわかっていたんだ。
お前が苦しんでいるのを知りながら私は見ない振りを決め付けて『総帥』で居続けた。
そんな私の事をお前が初めてマジックと呼んだ夜の事を覚えているかい?
心臓が停まった気がして、何も言えなくなってしまったんだ。
お前が『親父』と呼んでくれる度に許されてる心地がしていた。
いつまでもそれに甘えていた報いなんだろうか。
でもお前はやはり優しい子だね。
私が総帥として追わねばいけない理由を持って逃げてくれた。
お前がそれを持っていってくれなければ私はきっとこんなふうに堂々とお前を追えなかった。
一番大事なお前を追う事すら出来なかっただろう。
「シンタロー、秘石を持って行ってくれてありがとう」
こんな不穏な言葉、部下には聞かせられないが。
これで心置きなくお前を追える。
ガンマ団の総帥として秘石を追うのではない。
お前を必ず捕まえる。
「必ずパパが捕まえてあげるからね。」
お前の父親でいたいんだよ。
私の大事な息子
シンタロー
パパだよ
パパだよ
呪文だけじゃ足りない。
追い掛けよう。
小さい頃、花畑で追い掛けっこをしたあの頃のように。
end
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