疲労すれば自然と眠りは襲ってくるものだ。だが今は眠るわけにはいかない。
与えられた官邸、椅子に腰掛けおとなしく李斎は待ちわびていた。部下に指南を終えて、帰宅すれば幼い台輔が待っていた。笑顔で待っていて、と言われ待つこと一刻。疲れた体に眠りは容赦なく襲ってくる。
「……台輔は何をなされるのか」
愛らしい、身分に深く頓着しない台輔――泰麒は心穏やかに導いてくれる。故国では身分差は多少あるものの、ここまで差があるわけでもないようだった。
「駄目だ」
己に言い聞かせる。
しかし瞼は重く――。
扉の開ける音がした、同時に声が響き渡る。
「李斎……あれ?」
卓の上に突っ伏して眠る李斎の横顔を覗き込んだ。硬く閉じた瞳、規則正しい寝息、熟睡しているようだった。
「そんなに長く待たせたかしら?」
「疲れているのだろう」
片割れの後にやってきたのは、その主である驍宗だった。やんわりと微笑み、羽織っていた衣を李斎の背にかけた。
「先程まで指南をしていたようだからな」
「そうなんですね……ふあ……」
眠気に誘われたのか、泰麒は欠伸を漏らした。
「李斎を臥牀に寝かせよう、嵩里も眠るか?」
「でも……驚かないですか?」
「驚くかもしれんがな」
李斎を抱き上げて、臥室へと向かう。行き慣れているのはなぜなのか、と普通ならば気にするところなのだが、泰麒は気にも留めていないようだった。衾褥を捲り上げ、李斎を横たわらせた。
暖かい感触がする。どのくらい前に感じた温もりだろうか。身を全て預けて眠ってしまいたい。心地よい眠りが約束されているのだろうから。
――眠る……いや、私は!
夢から目覚めて瞳を見開き、そして凍りついた。
確か椅子に座り、台輔を待っていたはずだった。
だが今は臥牀の上に横たわり、目の前には泰麒が、頭の下には枕ではなく腕が入り込んでいた。
「主上――!」
「静かにしていろ」
耳元で囁く。吐息がかかって身じろいだ。
「よく眠っている」
「ですが、あの、その」
「動揺するな」
それは無茶な注文というものだろう。あろうことに主の腕を枕にして眠っていたのだ。焦るのは当然だ。
「慣れたものだ」
「いえ、ですが」
「――――静かに」
慌てる李斎を諌めるように囁く。
「余程疲れていたようだな」
「仙でありましても、無尽蔵ではございません」
「確かにな……」
「とにかく静かに動きます、台輔はよく眠られておりま……ぅ」
首を沿ったまま強引に口づけられる。身じろげば動いて泰麒が起きかねない。かといって、この状態が長続きするとは思えない。首も痛むが、何より理性が押さえつけられないような気がする。
「――っあ、おやめくだ……」
静かに眠る泰麒のためなのか、ただ口づけたいのか定かではない。
けれどまだ女怪の添い寝を恋しく思う泰麒に、李斎の胸の中は同様に感じられることだろう。
その時を崩さぬように。
そして偶然にも崩さぬように、口に栓をするために深い口づけを施す。
泰麒が目覚めるまでし続けよう。
瞳が開いたその時こそ、二人の甘い時も終わりを告げるのだから。
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