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うろほろぞ
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いよいよ面会時間も終わりそうな頃だった。
 ようやく研究室から抜け出した呉は、疲労を押し殺してへろへろと病室に向かっていき、へろへろとそこから出て行った……手にしているのは沢山の着替えだ。アレは戴宗、これは鉄牛と、気付けばちょっとしたカートが必要な量の荷物になっている。実はカートをその為に購入した。所謂共通通貨でざっと20ドル辺りで。頼まれて断れないのが悪い所だと言われたが、此処に居てもいいと言われるならばちょっとした労苦はむしろ福音にも思えた。
 呉はそんな過去現在の戒めに微かに首を竦め、ふるりと全身を振るわせた。新年を越した季節は骨まで凍り付く寒さで、病棟の廊下まで忍び寄っている。道着の上にコートを羽織ったいささか奇妙な格好は、既にここでは呉の一般的な姿として知られている。
 北京支部を去って一月が経つが、どうしても此処に居を構えてしまうため、何故に呉が北京支部にいないのかを理解できていない人間も多い。
 しまったとは思った。組織としては悪い傾向だ。
 しかし個人的な願いはどうしても消せなくて、ことんと住んだのは中条のアパートの同じ棟の、丁度隣だった。寮を出ることになってたまたま空きが出ていたのを、必死で借り取ったのだ。
 中条の別名で借りてあるアパートはまるで国警の匂いはしなくて、自然呉はその住民になりすました。丁度空いていた、中条の隣の部屋の……おかげで、たとえ本人が居なくても、知られていなくても、毎日が嬉しくて、洗濯をしていてもテレビを見ていても何となく笑ってしまう。隣にあの人は住んでいるのだし、と嬉しくなってしまう。
 今日も寝るまで洗濯機を回す事になるから迷惑かも、と思いながら歩いていく呉は、とんとんとんと歩いていく姿に少しだけ緊張した。
 オロシャのイワン。彼はそう呼ばれている。


「おや、お帰りで」
 戦闘の場に居ないイワンは、B級エージェントという物騒な代物よりも、超一流の執事にこそ相応しく見える。呉は執事というものを見たことが無いが、多分イワンの様な存在なのだろうと思う。
 何一つとってもそつがない。事実、呉が買い物袋の様に洗濯物を運んでいるなら、イワンは令状の様に洗濯物を運んでいる。一つ一つ皺にならない方法を選んでいるのだと知った時は、思わずため息が出た程だ。そこまでの領域に呉は至った事がないし、そんな事をしていたら心労で死んでしまうのだが、その歴然とした差異に、どうしてもほぉとため息は出てしまう。
 負けたと思わないと言ったら、嘘だろう。事実完敗だ。仮に実際の戦闘と比較した場合で言うと、梁山泊はとっくの昔に粉砕消失している。
「ええ」
 呉は出来るだけ背を伸ばしたが、カートを押していては話にならない。体勢上、自然微かに背は丸まって、視線はどうしても下を向いてしまう……一瞬だけ洗濯物に視線を落とした呉は、ああとため息をついた。
 まるで惨めな自分。本当に惨め。貧乏の子沢山ってこんな気分かも? だって10人分の洗濯物をこうして抱え込んでいるのだ。対するイワンは同じように洗濯物を持っていても背筋はピンとしていて、彼単体だけでも立派な紳士だろう。顔の傷さえなかったら、社交界には欠かせない存在だ。抱えているのが仕立てたばかりの礼服でも違和感はないし、そうと言えるだろう。
「今から」


 国際警察機構というものは、一体全体どういう存在なのか?
 カートを押して弱々しく微笑む元軍師に、イワンは小一時間尋ねたい気分だった。
 イワンに戦術能力はないし、求められても居なかった。それを特に不遇とは思わないが、在れば少なくともアルベルトの役には立っただろうと思う。自分が小手先をひねれば、彼の所存は幾らでも融通が効くと分かれば尚更に。
 しかしたかがB級エージェント、作戦の駒の一つでしかない。意見を述べたところで響くことは皆無だ。ただただ、間違っていようが何だろうが、命令一つで突撃して死ねばそれまで、背けば反逆者としての死、生きていれば次の作戦の駒だ。楽しい生き方ではない。
 その環境そのものを作り上げる能力と地位が目の前の男には存在している。孔明にも匹敵する軍師と言ったのは誰だったか? それなら国際警察機構でもさぞかし珍重されていようと考えてふいと見れば、下級エージェントの洗濯物を抱えている優男で、しかも今にも泣き出しそうだ。
 確かに湯水の如く金を用いるBF団と違い、国際警察機構にはれっきとした運用資金やら時給やらが存在する。ちなみに全員、生命保険にも自動車保険にも入れない。私用自動車が壊れれば、公務であっても全額負担だ。公務中に死んだって、雀の涙ほどの見舞い金が提供されるだけだ。
 結構、痛々しい。


「私もなんです、でも多分明日から暫く、ローテーションが厳しくて」
 ちょっと厳しいかもしれませんと言いながらも、呉は困った様に笑った。
「でも、御世話になった北京支部の皆さんなので」
 駄目だと思った10年間で、それでもこの支部の一つ一つの、あの廊下さえ覚えていて、暇を貰ったと言ったものの今更全部きっぱり無かった事にも出来ないわけで。あの挨拶の一つや視線も、気付けばちゃんと覚えていて。
 そして振り向けば、静かに笑っているあの人がいて。


「忘れられないんです」
 左様ですか、とイワンは肩をすくめてみせた。
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