めでたし。めでたし。
パラリ、ページをめくって静かに閉じる。パタリと軽い音が鳴れば、物語はそこで終わり。ついさっき読み終えた話を反芻する。みんなが幸せになれるかなれないか。前者が八割で後者が二割で。物語は大抵誰も彼もが幸せになれるように組まれている。けれども、幸せになれてもなれなくても。パタリと閉じればそこで終わり。
めでたし。めでたし。
くるくるくるくる泡になった人魚姫。泡になり。海に溶け。紅い靴を履いて。百年の眠りについて。眠り姫は死ななかったけれども。幸せになれたけれども。いつか、いつの日か幸せになるまで。ずっと、百年。待って待って待ち続けて。
考えてみれば、いつも不幸なのは女の人ばかり。最後は幸福になれたとしても。ずっとそれを待ち続けるばかり。
(王子様は幸せなのに)
けれども、唯一、幸福の王子だけが、何もかもを人に与えて死んでしまった。
(身を削って。命を削って。金色もいつの間にか鉄の色)
それに怖くなって、本を置くと走り出した。ソファーに座っている人を見つけて、ぽんっと膝の上に飛び乗った。随分勢いをつけたのに、彼は欠片も姿勢を崩さなかった。ただ、おやっと不思議そうな顔をした。突然飛び乗ったのに、怒らないのもいつも通り。どうやら新聞を捲っていたらしいのに、何も言わないのもいつも通り。
「おじさんは、人にあげるばっかりね」
そっと手を伸ばす。指を無骨な頬に触れさせてそう言えば、訝しげな表情が返った。急にどうしたと聞く声は心配そうで、何でもないのとゆっくりと首を振った。
そう、お姫様を助けるのはいつも王子様で。貧しい者を病める者を助けるには、魔法が使えなければ身を削るしかなくて。この世界は悲しいほどに現実で。物語ではなくて。
お姫様は一人じゃないから。助けなくてはならない人は無数にいるから。
だから、幸福の王子は幸せにはなれない。
(鉄色さえも削って、削って、削り過ぎた跡には何も)
「ねぇ、おじさんは」
辛くないのと聞こうとして、言葉を飲み込む。少女はお姫様で、彼は勇者で。彼女の王子様で。どこにいても、何があっても助けてくれて。ずっとそう。百年たっても。茨に囲まれても。助けてくれることを知っていて。だから、助けられる立場のものは、そんなことは聞けはしない。彼は笑って、嘘を答えるだろうから。
彼女は、お姫様だったから。
だから、自分がツバメになれないことなんて、とうの昔に知っていた。
反 幸 福 論
ルビー一つ運べない。この手は幼すぎて飛ぶことすらできない。
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