「桐生のおじさん、だーいすき!」
リビングのラグに胡坐をかき新聞を読んでいた桐生の広い背中に、遥は後ろから抱きつくと満面の笑みを浮かべてそう言った。
強くて、優しくて、とてもかっこいい桐生のおじさん。
本当の”お父さん”ではないけれど、遥は父親以上に桐生のことが大好きだった。
「…俺も遥が好きだぞ」
「えへへー」
突然の遥の行動に面食らいながらも優しい眼差しで答えてくれる桐生に、ああ、やっぱり大好きだ、と遥は笑いが止まらなくなる。
「桐生チャン、ワシもめっち好いとるでぇ!」
「ま…真島の兄さん…?!」
「わぁ!真島のおじさん、いつの間に来たの?」
突然どこから沸いたのか、真島が桐生の胡坐の上に頭を乗せ、まるで膝枕をしているかのような状態で下から桐生を見上げていた。見ている者全てが幸せになる様な遥の笑顔とは正反対の、どんなに贔屓目で見ても「何か良からぬことを考えていそう」としか見えない表情でニタァと笑う。
「あんた一体…」
普段殆ど表情を変えない桐生が心底嫌そうな顔をしている事を気にも留めず、真島はニヤニヤとしたまま言葉を続けた。
「なぁ?桐生チャンは?ワシの事好きなん?」
「………………」
「桐生チャン?どないやねんな、ん?」
「……………………………」
「おじさん………真島のおじさんの事、嫌いなの?」
中々返事をしない(というか、返事をする気が無い)桐生に、焦れた遥が後ろから覗き込む。
以前真島に誘拐された事があるのにも関わらず、本当にそんな過去があったのかと自分の記憶を疑うほど、何故か遥は彼に懐いていた。
元極道ではあるものの生来が生真面目な桐生と違い、アウトローでデタラメで、いい加減ここに極まれりと言った真島の姿が、子供には魅力的に映るのだろう。
「桐生のおじさんは、真島のおじさんが嫌い?」
自分の好きな人達が、嫌いあってたらどうしよう…と、今にも泣き出しそうな眼差しでじっと見つめてくる遥に、桐生はどう答えたら良いものか、心底途方に暮れていた。
「あー…いや、その、な…」
答えあぐねながらふと視線を下方にやると、先程よりも更に極悪な笑顔を浮かべた真島が桐生を見上げている。
全くこの男は碌な事をしない…
桐生は遥に気づかれないように、真島の横っ腹に渾身の力を込めてグリグリと拳をねじり込む。相当効いているはずなのに、真島は眉一つ動かさず、相変わらずニヤニヤと桐生を見つめていた。
実の所、真島と桐生は人には言えない様な行為をする関係なのだ。
今まで口にした事はないが、それなりの感情は持っている。
だが。
ここで。
遥を背中に抱き、真島を(心底不本意だが)膝枕しているこの状況で。
その感情を言っても良い物だろうか。
…いや、良くない。
それを口にしたが最後、真島は言質をとったりと、今まで以上に桐生にちょっかいを出してくるだろう事は容易に想像できてしまう。
今でさえ持て余している様な状況だ。これ以上被害を被るのは本気で勘弁願いたい。
しかし、それを口にしない限り、桐生の可愛い天使の表情は曇ったままなのだ。
「おじさん?」
「桐生チャン?」
ああ…神様、仏様、親ッさん…
この無間地獄から今すぐ俺を救い出してください…
遠い目をした桐生の願いは、儚く虚空に散って良くのだった。
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