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うろほろぞ
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「ねぇおじさん、真島のおじさんって結婚してるの?」
「…………は?」



いつもと同じ様に二人で作った夕食を食べながら、その日にあった出来事を遥から聞いていた桐生は、いきなり振られたその話題に、思わず間の抜けた声を出してしまった。

「今日ね、事務所でみんなが<理想のタイプ>のお話ししてたの」

遥の言う"事務所"とは、真島建設の事務所の事だ。
時々仕事で帰りが遅くなる桐生は、一人で留守番をする遥を心配して、常々どこか信用の置けるところに預けるべきではないかと考えていた。
しかし今まで起きた事件の事を思うと、下手な所に預ける訳にはいかない。遥の身の安全を考えると、預ける先は極端に制限されてしまう。
そんな時、真島が「だったらウチに預けたら良いがな」と、いつのも人の悪い笑顔で立候補してきたのだ。
確かに、真島の元ならこれ以上なく安全だろう。
社長の真島を始め、従業員は皆元・真島組の構成員だ。腕に覚えのある男たちばかりなのだから、今までの様に簡単に遥が攫われてしまう事は無いはずだ。
だが、できるだけ遥を極道世界から離して育てたい桐生は、真島の申し出を素直に受け入れる事ができなかった。
最終的には本人の「真島のおじさんの所が良い」という一言に折れる形で、遥の真島事務所行きが決まったのだが、最近遥の言葉の端々に真島たちの影響が見え隠れして、桐生としては気が気ではない。
今日のこの話題にしても、年端もいかない子供の前でする話ではないだろう。
まったくあの男は何を考えているんだ。次に会うときにきつく言っておかないと。
そう思っていた矢先に先程の言葉だ。
桐生は口元まで運んだ箸を下ろしもせず。ポカンと遥を見つめていた。

「そしたら真島のおじさんが『世界中の女が束になってかかってきても、ワシのカミサンには適わへんで!』って」

遥はピヨちゃん柄の箸とお揃いのご飯茶碗を持ったまま話し続ける。

「《カミサン》って奥さんの事だよね?」
「…………あ、ああ」

何とか返事を返した桐生は、遥の言葉を頭の中で反芻する。
真島に。
あの真島に”奥さん”がいる?

「すっごく嬉しそうに奥さんの事話してたよ。聞いてる私たちが恥ずかしくなっちゃう位」
「そう、なのか」

遥はその時の様子を思い出したのだろう。ほんのりと頬を染めている。
桐生はというと、”真島の奥さん”という言葉が相当衝撃的だったのか、そんなかわいらしい遥の表情に気づきもせずに呆然としていた。
11年、いやそれ以上前から事あるごとに自分に付きまとってきた真島。
どれだけ邪険に扱っても、ヘラリとした顔で「桐生チャン、好っきやで~」と纏わり付いてきたあの男に”奥さん”がいると言う。

今だって町で顔をあわせれば、薄気味悪い程の素早さで自分に絡み付いてくるくせに。

毎週週末になると、酒を持参で桐生と遥のアパートに転がり込んでくるくせに。

遥が眠った頃を見計らって、自分にちょっかいを出してくるくせに。


”奥さん”がいると言う。


「真島のおじさん、奥さんがいたんだねぇ。おじさんは会ったことある?」
「いや、初耳だ」
「ふーん、そうなんだ。どんな人なんだろうね」
「さぁ、な」

いろんな意味で付き合いの深い桐生でも会った事の無い”真島の奥さん”の話はそれで終わり、遥の同級生の失敗談に話題が移った後も、桐生の脳裏には”真島の奥さん”の事で一杯で。
せっかく遥と二人で作ったハンバーグを味わう余裕もなくなってしまっていた。






翌日、またしても仕事で遅くなった桐生は、遥を迎えに真島建設の事務所に来ていた。
できることなら昨日の今日で真島の顔を見たくは無かったのだが、遥を預けたままには出来ないのだから仕方がない。
しかし一体、どんな顔をして真島に会えば良いのだろうか…
真島が”カミサン”と言い切る位なのだから、おそらく遊びではない筈だ。
ならばここは自分が身を引くべきなのだろう。

…いや、ちょっと待て。

《身を引く》なんて、まるで自分が真島に惚れている様ではないか。
自分は真島が余りにもしつこく言い寄ってくるものだから、ちょっと、その、絆されてと言うか流されてと言うか、まぁ、そんな感じで相手をしてやっていただけなのだ。
だから別に、真島にそういう相手がいても、別に全然関係ない。
そうだ。全然関係ないし、痛くも痒くもなんとも無い。
事務所の前で1時間ほどウダウダと思い悩んでいた桐生はようやくそう思い切ると、安いプレハブ建ての事務所のドアノブに手をかけた。

『せやから何べんも言うとるやろが!世界中の女が束になってかかってきても…』
『『『《ワシのカミサンには適わへん》』』』

何とも運の悪い事に、どうやら事務所内では、またしても真島の”カミサン”の話題になっているようだ。
せっかく思い切ってドアノブに手を掛けたのに、桐生はそれ以上動く事が出来ないでいた。

『なんや、解っとるやないか』
『でも親父、そないな風に言われたかて、その《カミサン》について具体的な事、いっこも教えてくれはらへんや無いですか』
『アホか!そんなん勿体無くてお前らなんぞに教えられるか!』
『いやでも、親父の奥さんだったら俺らの姐さんになる訳ですし、少し位教えてくれはってもええのんとちゃいますか?』

入り口前で立ち往生している桐生に気付く訳も無く、真島建設の面々は、真島の”カミサン”の話題で盛り上がり始めている。
ここは何気ない振りをして中に入り、遥を連れてさっさと帰るのが一番だろう。
真島がどんな態度を取るか気になる所だが、そんな事は知った事ではない。
再びドアノブを握る手に力を込めると、今度は遥の声が聞こえて来た。

『私も真島のおじさんの奥さんの事聞きたーい!』
『なんや、嬢ちゃんまで』

そうだ、遥。
何だってお前はそんなに真島の”カミサン”について知りたがるんだ…

『だってこの間桐生のおじさんに聞いてみたんだけど、桐生のおじさんも聞いた事無いって言ったたんだもん』
『おいおい、嬢ちゃん、桐生チャンに聞いてもうたんかいな???』

なんとなく慌てた様子の真島の声に、桐生の気分は更に下降した。
やはり自分には内緒にしていたのだ。
いや、別に、落ち込んでなどいない。
落ち込んでいる訳ではないが、なんとなく、心の奥に大きな石を抱え込んだような、そんな気持ちになっただけだ。
そうだ、別に落ち込んではいない。

『うん。でもおじさんも知らないって』
『しゃぁないなぁ…ほんじゃちぃとだけ教えたるわ』
「!!!!!」

真島自身が語る彼の”カミサン”。
聞きたくは無いが、いっその事聞いてしまった方が重たい気持ちもスッキリするのではないか。このままではモヤモヤとして気分が悪いだけだ。
そしてその"カミサン"の話を聞いたら、一切真島との付き合いを絶とう。
遥は寂しがるかもしれないが、こればっかりは譲れない。
桐生はそう決意をすると、事務所内の様子に耳をそばだてた。

『解っとるやろうけど、それ聞いて岡惚れでもしようもんなら、お前等皆殺しやで?』
『『『………………………う、ウィッス』』』
『で、真島のおじさんの奥さんってどんな人なの?』
『せやなぁ…まずはスタイル抜群や。背は高めで、巨乳でなぁ。尻もバーン!と張ってんねん。あれはまさに安産型やな』

そうか、真島は巨乳が好きだったのか。
まぁ同じ男としては解らなくも無い。

『デルモっすか?』
『さすが親父や!』
『アホか。そんなチャラチャラしたもんとちゃうわ。』

真島の答えと共にバキッと何かが折れる音がした。
おそらく棒状のもので誰かが殴られたのだろう。

『一見近寄りがたい雰囲気を全身から醸し出しとんのやけど、話してみると結構真面目での。一本筋の通った、真っ直ぐな人間なんや』
『ほほぉ』
『でな、厳つい顔しとるくせに子供が好きやねん。小さい子ぉと話す時は自分がしゃがんでちゃんと目線を合わせたるんや』

真島は”狂気”などと呼ばれている割りに、そういう常識的な人間を好む傾向がある。
彼らしい人選ではあるな、と桐生は小さく息を吐いた。

『っかぁ~!完璧やないですか!』
『一体どこでそんな上玉と知り合うたんですか。馴れ初めも教えてくださいよー!』
『お前等、調子に乗りすぎやぞ…まぁ今日は気分も良えしの。特別に教えたるわ』

嫌そうな口調ではあるが、その声色は間違いなく楽しそうで。
そんな風に”カミサン”について話す真島の様子に、桐生は胸の奥が更に重たくよどむのを感じた。

『ワシとカミサンが初めて会うたのはもう20年以上前やったかのう』
『結構古いお付き合いなんですね』
『あの頃のカミサンはまだまだ子供でなぁ、初めの頃はワシも大して興味を惹かれへんかった』

20年以上前といえば、桐生が初めて真島と出会った頃と重なる。
当時の自分は中学を卒業して堂島組に入ったばかりで、右も左もわからずに必死で使いッ走りをしていた。
その頃に真島はその”カミサン”と出会ったのか。

『それが日に日に大人になっていくのを見るうちに、なんや、こう、沸々と胸にこみ上げるものがでてきてのお』
『わかります!』
『大人の階段を昇る過程ってのは、危うい魅力がありますもんね!』
『そやねん!お前、よぉ解っとるやないか!』

ドゴォ!
今度は何か重たい物がぶつかる様な音がしてきた。
真島という男は、舎弟が口を滑らせても上手い事を言っても、結局は何かしらの暴力で対応する傍迷惑極まりない人物なのだ。

『まぁそん時はワシも嶋野の親父の組におったし、向こうは風間のオッサンの秘蔵ッ子でな、下手にちょっかいもだせんかったのよ』
『あー、風間の叔父貴のお知り合いやったんですか』
『街中で会うても挨拶くらいしかできんくてのぉ。向こうも恥ずかしがりなんか知らんけど、いっつもツれない態度ばかり取りおったんや…あの頃は切なかったでぇ』

結局その”カミサン”について聞いたところで、モヤモヤとした気分が晴れる訳も無く、こんな事なら最初から立ち聞きなどするのではなかったと、桐生が後悔し始めた頃、聞き捨てなら無い名前が真島の口から飛び出した。
聞き間違えでなければ、真島は今”風間のオッサン”と言わなかっただろうか?
風間の親ッさんの関係者なら、自分も会った事ががあるはずだ。
まさか真島の”カミサン”がそんな近くにいたとは。
桐生は手を掛けたままだったドアノブを思わずギリ…と握り締めた。









『でもそんな状態でよくモノにできましたね』
『そらお前、おしておして、押し捲ったのよ』
『マジっすか!』
『さすが親父、情熱的っすね!』
『当たり前やっちゅうねん!極上の相手モノにしよう思たら、恥も外聞もかなぐり捨てなあかんのや!!お、ワシいま、物凄いえぇ事言うたな。お前等、ちゃんとメモしとき』
『ウィッス!!!』
『…初めてカミサンと寝た夜は、そっらもう感動的やったでぇ。忘れもせん、15年前の冬や』

もう、だめだ。
15年前といえば、自分が真島と関係を持った頃と重なる。
背中に入れたばかりの刺青から発熱し、朦朧としていた自分を介抱してくれた真島の思いもよらない一面を見たのと、それまでに散々好きだの惚れただの言われていたのとに絆されて、関係を持ったのが15年前の冬の事。
つまり真島は、自分に言い寄っていたのと同じ様に、他にもそういう相手がいたのだ。
普段ならば「遥がいるのに、そんな話をするな」と、事務所内に乗り込んでいく所なのだが、いまの桐生はうめき声すら出せず、ただ氷のように冷たくなったドアノブを握り締めているだけだった。

『カミサンの背中に入れたばかりの龍が汗に塗れてえらい艶かしくてのぉ』








「……………え?」








ちょっと待て。








背中の…………………………………龍?








『り、龍…でっか?』
『そうや、名匠と言われたあのうた…』
「兄さん!」

桐生は事務所のドアを蹴破ると、突然の出来事に呆然としている真島の舎弟たちに見向きもせず、そのまま事務所の最奥の社長机にふんぞり返っている真島の元へ足音も荒く近づいていった。

「あ、桐生のおじさん」
「おう、桐生チャン、今日は随分ゆっくりなお迎えやな」

明らかにいつもの様子と違う桐生に気を止めることも無く、普段どおりに接する遥はやはり只者ではないのかもしれない。一方真島はと言うと、ニタリと人の悪い表情を浮かべて、ワザとらしく桐生へ笑いかけた。

「あんた…一体なに話してるんですか!!!」
「何って、馴れ初めやないかい、ワシと、桐生チャンの」
「な…!!!!」

その言葉に事務所内の空気が一気に凍りつく。
今まで自分たちは”親父のカミサン”について聞いていたのではなかったか?それがなぜ”親父と桐生の馴れ初め”になるのだろう…

つ……………つまり……………?

真島の舎弟たちは必死になって思い当たってしまった”その事”から考えを逸らせようと必死だった。
殺される。それに気付いたと桐生にバレたら間違いなく殺される。
桐生の全身から噴出している怒気と殺気に動じないのは、神室町広しと言えども遥と真島くらいのものだろう。
それなのに、真島は桐生を引き寄せると、気持ちが悪いほど全開の笑顔で言うのだ。

「ま、丁度ええ。今更紹介するのもなんやけどな、コレがワシの可愛い可愛いカミサ…ンーーーーー?!?!?!?!?」
「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇーいっ!!!!!!!!!!」

真島が最後まで言い切る前に、桐生は真島の体を抱えあげると、2階建ての事務所の窓から外へと放り投げた。ぶち破られたガラス窓の破片と、2階から投げ落とされた衝撃で、いかに不死身な真島といえども、重傷は免れないだろう。
突然の事態に、桐生の殺気にあてられて凍り付いていた舎弟たちも窓際へ駆け寄り、階下の真島を心配そうに覗き込んだ。
…さすが真島だ。
全身の切り傷から血を吹き出させていても、まだ何とか蠢いている。

「お、親父ぃぃぃーーーーー!!!!!!!!!」

親父、頼むから起き上がってくれ!
自分たちではキレた桐生の叔父貴の相手なんて絶対に無理だ!!!
そんな切実な願いも虚しく、背後に迫ってきた桐生の気配に舎弟達は再び凍りついた。

「………テメェら………」

地を這うような桐生の声に、舎弟たちはもう生きた心地もしない。

「「「は、ハイッッッ!!!!!」」」
「今の話…他所でしたらどうなるか、わかってんだろうな…?」
「「「ハハハハハハハハハイィーーーーッ!!!!!!!!!!」」」

これ見よがしに拳を作り、パキパキと骨を鳴らす桐生の姿に、舎弟たちは直立不動で返事を返した。怖いもの知らずの武闘派連中でもやはり怖いものは怖いのだ。
真島がいない今、鬼の如き形相の桐生に勝てるものなど誰もいやしない。

「…真島のおじさんの奥さんって…」
「!!!!!!!!!は、遥………」

いや、一人だけいた。

「桐生のおじさん、だったの?」

小首をかしげて尋ねる遥に、桐生から発せられた殺気はなりを潜めた。
そして物凄く気まずそうに遥から目を逸らし、もごもごと口の中だけで返事をする。

「…ちがう」
「だって真島のおじさんが言ってたのって…」
「絶対に違う。真島の兄さんは、ちょっと、その、アレな人なんだ」
「えー、でも…」
「絶・対・に・違・う!!」

遥に手を引かれて事務所を出て行く桐生の後姿を、息を詰めて見ていた舎弟たちは、そっと振り返ってウィンクをした遥の様子に、天使を見たとか鬼を見たとか。
そしてこの日以来、遥は”真島のおじさんの奥さん”について話をすることは無くなり、桐生もそれについて全く触れようともしなかった。
ただ、真島についてはずいぶん長い間桐生家への出入りが禁じられていた様だ。
その出入り禁止が解かれたのにも、遥が一枚噛んでいた様で、真島建設内ではまことしやかに「お嬢最強説」が流れて行くのだった。


「全く…ウチのカミサンは照れ屋やのぉ…」




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