昔、自分は雨が降るの心待ちにする子供だった。
雨が降ると、由美と錦と三人でひまわりの玄関まで風間の親っさんを迎えに行った。
由美はヒマワリの柄が入った白色の傘。
錦は黄色の傘。
自分は紺色の傘。
そして親っさんには黒色の傘。
車から園の玄関までの、ほんの僅かの距離の為だけあの人を守る傘。
その傘を持つのは、何故か俺の役目だった。
大きな傘を両手で握り締め、親っさんを守る事が出来る喜びを感じていた幼い頃の自分。
「有り難う、一馬」と温かい大きな手で頭を撫でてくれる事が、何より嬉しかった。
「・・・・・・今日は雨降らないかな・・・。」
宿題をほっぽり出し、冷たい机に突っ伏しながらよくそう言っていた。
待っていたのは、本当は雨じゃなく…あの人の温かな手だった。
鉛色に燻り、今にも降り出しそうな厚い雨雲を睨み桐生は舌打ちした。
今日の天気予報は降水確率40%。
しかし自分は「60%は降らねぇんだろ」と楽観的に考え、何も持ってきていない。
こんなとこなら、家を出る時に遥が差し出してくれた傘を素直に受け取っておけば良かった。
ポツリ。
頬に雨粒が当る。
次第に強く振り出す雨に、桐生は仕方なく駅の奥へと引っ込んだ。
自分と同じ考えの人間は多かったらしい。
駅の中に組み込まれたコンビニの傘は売り切れていた。
値札だけ残った傘立てを見て、溜め息を吐く。
濡れて帰ってもいいが、この雨の量だと流石に風邪を引きそうだ。
タクシー乗り場・バス乗り場は大混雑。
さて、どうするか。
眉を寄せ、思案していると遠くの白い傘が目に留まった。
花柄の傘を差した子の手には、大きな黒色の傘。
何だか懐かしい。
あの子も誰かを雨から守りたい為に、わざわざ迎えに来たのだろうか。
どんどん近付いてくる、白色の傘。
よく見たら由美も好きだったヒマワリの柄だ。
ああ、だから懐かしいのか。
フ、と思わず笑みが零れる。
と。
「おじさん!」
白色の傘が閉じられる。
「……遥?」
「ふふ、お迎えに来ちゃった。」
ててて、と笑顔で近付く少女は、間違いなく遥だ。
長靴が雨を含んだ道を走る度にキュッと鳴る。
「危ない、転ぶぞ。」
「大丈夫!」
二本の傘を抱え、にっこり笑った顔で走る遥。
ゴール!!
と言いながら逞しい腕にしがみ付いた。
「お帰りなさい、おじさん!」
「…ただいま。」
空いた手の方で頭を撫でてやると、照れたような笑顔になる。
「あ…はい、これ。」
照れたような笑顔の次は、少し膨れた顔。
黒色の傘を差し出し、「だから朝言ったのに…」と呟く。
桐生は素直に謝った。
「悪かったな、有り難う。次からは遥の忠告にちゃんと従うよ。」
微笑んで言うと、また笑顔。
「絶対だよ?でももし忘れたら、私がちゃんとまたお迎えに来てあげるからね!」
胸を張って言う遥に、桐生はじんわりと胸が温かくなるのを感じた。
もしかしたらあの時の親っさんもこういう気持ちだったのか、と思いながら。
相変わらずのどしゃ降りの中。
並んで歩くは黒と白の傘。
繋いだ手が少し濡れても、温かい掌があるなら大丈夫。
完
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