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CALLIN’

『もしもし』
東城会幹部衆の親睦会の帰り、突然大吾の携帯にがかかってきた。その電話の相手は、前に会った時より実に一ヶ月ぶりでは
あったが、特に畏まるわけでもなく楽しそうな声を上げた。大吾はネクタイを緩め、後ろに流れる車窓の景色を眺めた。
「遥か。何か用か」
電話の向こうの少女は小さく笑い声を上げた。
『別にないよ。大吾お兄ちゃん何してるかなって思って』
「用もないのに、かけんなよな。桐生さんは?」
『おじさんは、薫さんと電話してる』
そうか、と大吾は少し長くなった前髪をかきあげた。遥は再び問いかける。
『ね、お兄ちゃんは今なにしてるの?』
「車で帰ってる」
『車?どこか行ってたんだ』
「まあな。幹部連中と飲み会だ」
遥は一瞬沈黙し、次に心配そうに声を上げた。
『えー、飲みすぎてない?大丈夫?』
どうやら、大吾が前に飲みすぎた時の事を根に持っているらしい。彼は肩で携帯を挟み、袖のボタンを外した。
「仕事で飲みすぎるか、ばーか」
『そっかあ。あ、そうだ。幹部の人がいたなら柏木のおじさんもいた?』
柏木さん?大吾は怪訝な顔で答える。
「まあ、いたけど……なんだよ」
『柏木のおじさん、元気?』
なんで今そんなこと聞くんだ。彼は素っ気無く答える。
「何で俺に聞くんだよ、自分で聞け」
『えー、聞きたいけど、柏木さんの携帯番号知らないもん。今度会った時教えてもらおうかな』
真剣な遥の様子からして、冗談ではなさそうな口ぶりだ。大吾はぽつりと告げた。
「……元気だったぞ」
『え?』
「柏木さん」
『あ、そうなんだ。よかった!このところ本部にも行ってないから、皆さんどうしてるかなって思ってたんだ』
スケジュールが合わないためか、今月は桐生も狭山に会ったりする事はなかったらしい。そのため、堂島家にも遥は訪れる事は
なく、当然本部にも顔を出す事もない。いつも半月に一度くらいのペースで堂島家に来ていたのが、今回一月もあいたことで
弥生はひどく寂しそうだった。丁度いいから聞いてやるか、大吾は問いかけた。
「お前、今度いつ来るんだよ」
『え?』
驚いたように遥は声を上げる。同時に、ガラスの触れ合うような高い音が響いた。どうやら遥は氷の入ったジュースでも飲みながら
話をしているらしい。彼女はうーん、と言いつつ足音をたて始めた。どうやらどこかに移動しているらしい。
やがて紙をめくる音――おそらくカレンダーだろう――が聞こえる。そしてまたうーん、と言いながらどこかに歩き始めた。
大吾は煙草に火をつけながら告げた。
「おい、わからなきゃいいんだぞ」
遥はくすくす笑い、どこかの扉を開けた。
『ううん、いいんだ。私、お兄ちゃんに会いたいもん』
大吾は言葉を詰まらせ、やがて苦笑を浮かべる。はたから聞けば、これはまるで恋人同士の会話だと思った。
『どうした、遥』
電話の向こうで聞き覚えのある声がする。桐生だ。ということは、桐生のところまで聞きにきたのか、大吾は慌てた。
「お、おい遥!桐生さんには聞かなくていい……!」
しかし、時すでに遅し。遥は彼の声が聞こえていないらしく、桐生に告げた。
『電話中ごめんなさい。今度おじさんいつ薫さんと会う?』
『え?なんでそんなことを?』
桐生の声は訝しげだ。彼は遥が電話中だということに気付いていないらしい。頼むから、いらない事を言ってくれるなよ。大吾は
祈るような思いで煙草をふかした。遥は少し沈黙し、やがて無邪気に答えた。
『大吾お兄ちゃんに、会いたいから!』
「……言いやがった……」
がっくりうなだれ、彼は頭を抱える。助手席の護衛が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫ですか?何か……」
「あ、ああ。大丈夫だ。厳密に言えば大丈夫じゃないが、気にするな」
「はあ……」
男はその尋常ではない様子に、バックミラーで大吾を窺うように見ている。大吾が電話の向こうに意識を集中すると、それから
しばらく沈黙していた桐生が声を上げた。
『そんなに、大吾に会いたいのか』
不機嫌だ、非常に桐生は不機嫌だ。彼は背筋を寒くする。しかし、遥はそれを気にもしていないように明るく答える。
『うん!会いたい!』
「も、もう、それ以上言うな、遥!」
おそらく携帯は耳から離しているのだろう、叫んでも、彼の声は届かない。やがて、桐生の声が近付いてきた。
『遥、大吾は今一番忙しいんだ。邪魔したら駄目だ』
必死に諭してるよ、桐生さん……大吾は溜息混じりに煙を吐く。遥はえー、と不満を口に出した。
『邪魔してないよ。ちょっとお話したりするだけだよ』
『でもな、迷惑かもしれないだろ』
『そんなことないもん、だって……』
嫌な予感がする。大吾は俯いていた顔を上げた。遥は携帯を振っているらしい、時折ストラップのあたる音がした。
『お兄ちゃんにさっき、今度いつ来るんだって聞かれたもん。お兄ちゃんだって私に会いたいよ!』
「わあああああああ!誤解だ!誤解!こらー!人の話をちゃんと聞けー!」
突然叫んだ大吾に驚き、護衛はさすがに振り返る。しかし、彼にはそれに構っている余裕はない。
長い沈黙の後、貸せ、と桐生が声を低めて告げる。大吾は息を呑んだ。やがて聞こえてきた桐生の声は、往年の彼を髣髴とさせる
ような迫力のあるものだった。
『仲のいいことだな、大吾』
「桐生さん、誤解だ」
『誤解か。お前はこの前もそんなこと言ってたな、こんな時間に遥と連絡をとって、一体どうするつもりだったんだ?』
「いや、俺がかけたわけじゃないって!それに、あれはただ、お袋が遥に会いたがってたからだな……」
『言い訳が上手くなったじゃないか、大吾』
『おじさん、携帯返してよー!』
遠くで遥がせがむ声が聞こえる。桐生はそれに答えず、続けた。
『素直に言えば、許してやる。お前は俺に黙って遥に会おうとしてたんじゃねえのか?』
「なんでそうなるんだよ!違うって!さっき言ったとおり、お袋が遥に会いたそうだったから聞いただけだ!」
『本当だろうな』
「頼むよ、桐生さん。変な誤解はよしてくれ。俺を犯罪者にする気かよ!」
それもそうだな、と桐生は渋々ではあるが納得したようだ。携帯を遥に返したらしい、彼女の声が近くなった。
『ねえ、おじさん。いつ薫さんと会うの?』
正直、もう聞かないでくれと大吾は思う。桐生はしばらく沈黙していたが、やがて重い口を開いた。
『再来週だ』
『わかった、ありがとう!』
扉の閉まる音がして、遥の足音がする。よいしょ、とかけ声がしたので、恐らくもといた場所に戻ったのだろう。
『再来週だって』
弾むような声が聞こえてくる。大吾は疲れたように溜息をついた。
「聞こえたって……」
そう、と遥は嬉しそうな声を上げた。
『会えるの、楽しみだね!』
ここは、ちゃんと言っておかなければ。後でどんな会話が展開されるか分からない。大吾は叫んだ。
「会いたがってるのはお袋だ!いいな、お袋がお前に会いたがってんだ!それだけ覚えとけ!」
『あれ、そうなの?』
遥のきょとんとした声がする。大吾は舌打ちした。
「そうだよ」
『それじゃ、大吾お兄ちゃんは、私に会いたくない?』
よりにもよって、今聞くのか、それを。彼は苛立たしげに煙草を揉み消し、わざとらしく声を上げた。
「ああ、もう本部に着いたから切るぞ!」
本当は、まだ本部に着くまで時間がある。しかし、それを知らない遥は不満そうに声を上げた。
『えー、答えてよー!』
「うるさい、そんなこと聞きたいなら、直接聞け!」
一方的にまくしたて、大吾は電話を切った。どうやら、窮地は乗り越えた……ような気がする。と、同時に、勢いとはいえ遥に対して
かわいそうなことをしたような気にもなる。携帯を見つめていると、やがてメールが届いた。差出人は遥。

『そうする』

短い文面。大吾はそれに返信することなく携帯をポケットに収めた。さて、次会うときまで彼女は今日の事を覚えているだろうか。
「頼むから、忘れてろよ……」
祈るような声で呟き、大吾は窓の外を眺めた。車は大通りから離れ、閑静な住宅街へ。あと15分もすれば本部に到着するだろう。

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